青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第18話

--side 八百万 百--

 

「おかしいですわね……」

 八百万の言葉に1-Aの生徒は考え込んだ。

 彼女たちは現居るのは1-Aの教室。

 今は放課後。

 クラスでは皆で青石ヒカルをお見舞いに行こうと話が持ち上がった。

 飯田が言い始めたのだ。「青石君を見舞いに行こう」と。

 学級委員を決める途中で青の少女は倒れた。

 相澤が彼女を抱きかかえていったがその後、彼女が教室に戻ることはなかった。

 流石に陽気な彼らも彼女の具合の悪さを目の当たりにして心配になった。

 殆どの人は飯田の言葉に賛同した。

 先生たちから早退したという話も聞いていないし、保健室にいるんだろうと生徒達は考えた。

 だがしかし彼女は保健室には居なかった。

 それどころか、そこに運ばれてすらいなかった。

 保健室に居たリカバリーガールに青石ヒカルの事を尋ねると、彼女は露骨に表情を変えた。

 何か聞いてはいけない事を聞いてしまったかのような居心地の悪さすら感じた。

 生徒たちは学校内で聞き込みをするが、何の成果も得られない。

 校内の何処にも影も形もない。

 先生らに聞いても彼らは揃って口をつぐんていた。

「青ちゃんもう帰ったのかな?」

「いえ、それはあり得ません」

 麗日お茶子の疑問に八百万が返す。

「何で?」

「校門の方に聞き込みに行った人達から連絡が有りました。

 誰も青石さんを見かけていないそうです」

 彼女はスマホを開いていた。

 そこに映っているのはフリーアプリでのトークでの飯田とのやり取りだ。

 校門の方には飯田たちが向かった。

 だが結果は芳しくなかった。

「人が居ない時に帰ったとか?」

「ここは雄英ですわよ」

 雄英程の学校ともなると校門周辺には人が常にいる

 特にこの頃は張り込みをしているマスコミが常に構えているのだ。

 彼らの目当てはオールマイトだが。

 オールマイトが雄英で教師を勤めている情報が流れたらしい。

 クラスの何人かでそのマスコミにも聞き込みをしたが成果はゼロ。

 彼女が登校している姿すら誰も見ていなかった。

 制服を着ていない上に、あれほど見た目が目立つ存在なのにだ。

「なぁ……誰か青石が一度でも登校しているとこ見たやついるか?」

「……」

 切島の言葉に答えられる生徒は誰も居なかった。

 当然だろう。彼女は普段、雄英の地下三千メートルに隔離されているのだから。

 その出入り口も生徒たちの目の届くところには存在しない。

 そして朝早くに相澤に連れられて人目を避けて登校させているのだ。

 見かけるはずも無い。

 だがそれを知らない生徒たちがそんな真実にたどり着くはずも無かった。

 そして彼女は自分の家について話したことは一度もない。

 国家推薦という表向きの名目で入学した彼女。

 青石ヒカルは頑なに自分の事を話そうとはしない。

「来る時も帰る時もいつの間にか居ないし……」

「授業も先生達青ちゃんに構おうとしないよね?」

「堂々と居眠りしてるぜあいつ」

「途中で自販機行ってたりするな」

「でも先生方は見て無ぬふりですわ」

「宿題もしてないし、勉強も全然だもんね」

「個性は確かに凄ぇ事は分かるけどあれで国家推薦?」

 生徒たちの中に溜まっていた疑問が、後から後から湧いてくる。

 初日の個性把握テストに二日目の対人訓練で、彼女の力は分かっている。

 だが青石ヒカルは勉強がてんで出来ないし、それ以上に授業態度が最悪だった。

 雄英はエリート校である。

 ヒーロー科としての勉強は当然として普通の科目の授業も行っている。

 青石ヒカルは普段の授業をまともに受けていなかった。

 授業を進んで妨害している訳ではない。

 が、寝てたり勝手に外に出たりやりたい放題だ。

 その様子は気ままに過ごす猫を連想させた。

 そして何より不可解なのがそれを先生たちは見過ごしているという事。

 唯一例外なのは相澤が授業に関わっている時だけだ。

 青石ヒカルの相澤に対する挙動を見れば昨日今日の関係ではないなど、誰にでも推し量る事は出来た。

「噂なんだけどよ、アイツ雄英(ここ)に住んでるらしいぜ。

 本気にしてなかったんだけどまさか……な?」

「……何かが、おかしいですわ」

 生徒達の中に疑惑がどんどん広がっていく。

 青石ヒカルという少女を取り巻く環境そのものが、異質で有ることに徐々に気がつき始めた。

 

…………

 

………

 

 

--side 緑谷 出久--

 

 緑谷は体操服姿になっていた。

 緑谷はやせ細った姿のオールマイト。

 そしてシアンの二人に同行し、雄英の地下施設と繰り出していた。

 教職員しか入れない電子ロックで封鎖されたエリアを抜けた先のエレベーター。

 そこを下り、エレベーターを途中の階層で降りて、まるで迷路のように続いている廊下を抜けた先。

 そこは緑谷の記憶にもあるだだっ広い訓練施設だ。

 緑谷にインストールされたアズライトに見せられた部屋と全く同じ。

 あれは、まさしくここだと緑谷は確信した。

 聞けばこの雄英の地下に広がっているこの施設全体をアーコロジーと呼ぶらしい。

 オールマイトの視線が静かに緑谷の元に向く。

 緑谷は身がすくむのを感じた。

 その様子にオールマイトが首を傾げた。

 

 昨日の晩、緑谷のアズライトに見せられた光景は、今までの価値観を破壊するのに充分すぎた。

 青石ヒカルにオールマイトの事を聞いた時を思い出す。

 彼女がオールマイトに憎しみを抱くのに、あれは充分すぎる理由だ。

 今になってみれば分かる。

 本能的に彼が今にも襲い掛かってくるのではないかと緑谷はどうしても身構えてしまう。

 緑谷がヒーローになりたい理由は単純明快だった。

 単純明快の筈だった。

 オールマイトに憧れて、オールマイトのようになりたいと願ったからだ。

 だが、緑谷は純粋にオールマイトの事を尊敬できないことに気が付いている。

 彼の事を知れば知るほど理想としていた筈の姿がぼやけていって、彼のなかを不安がどんどん支配していくのを感じる。

 そして心のどこかで思ってしまった。

 こんな筈てはなかった、と。

 見せられたこの国の現実。

 貧しさに飢えていた貧民街の人の姿が、緑谷の頭の中にこびり付いて離れない。

 例え緑谷がどんなに力をつけてヒーローになったとしても、社会の理不尽がなくなることは決してない。

 飢えた人たちが救われるわけでは無い。

 そしてその理不尽がまた新たな(ヴィラン)を作り出す。

 だから(ヴィラン)は居なくならない。

――結局の所、彼は(ヴィラン)を暴力で押さえつけていただけ。

(……違う!)

 アズライトの言葉がナイフの様に緑谷に突き刺さる。

 テレビではヒーローの活躍だけが華々しく報道される。

 確かに(ヴィラン)は危険な存在であり、犯罪者だ。

 だからヒーローがそれを取り締まるのは当然だと緑谷は考える。

 だが――(ヴィラン)だって人間なのだ。

 けれども世間にとって(ヴィラン)とは、ヒーローに倒される為の記号的な存在に過ぎない。

――人が(ヴィラン)という定義をされた瞬間、その人は「人間」では無くなります。

  社会は一度(ヴィラン)になった人を人間扱いしません。

  (ヴィラン)とは「悪」だからです。

  仕事なんて、どこにもありません。

  一度(ヴィラン)になってしまった以上、どこにも受け入れられず排斥されて生きる糧を失います。

  そうして出所した(ヴィラン)はまた罪を重ねるのです。

  そうしないと、生きていけなくなってしまうからです

 かつて(ヴィラン)だったシアンの言葉を思い出す。

 あの貧民街を生き延びた子供たちが、社会に対してどんな感情を抱くかなど分かりきっている。

 憎いに決まっている。

 こんな理不尽な目に合っているのに、見て見ぬふりをする民衆達。

 救いの手など差し伸べられず、生き延びるために犯罪を犯すしかない。

 そんな人たちと颯爽とヒーローが駆けつけて対峙する。

 社会に害をなした(ヴィラン)と。

 なぜ(ヴィラン)が一般市民を犠牲にしたがるのか緑谷には分かった気がした。

 (ヴィラン)が憎しみを抱くのは当然の帰結だ。憎まずにはいられない筈だ。

 彼らにとって、理不尽を押し付けてくる社会。

 (ヴィラン)になる以外の選択肢を与えない世界そのもの。

 (ヴィラン)にとって自分達に、()()()()()()()()()()こそが(ヴィラン)なのだから。

 

(僕はなんで……ヒーローになりたいんだろう)

――これは……重症ね。

 ふと今日一日聞いていなかったアズライトの声が緑谷に聞こえた。

 姿は見えなくても確かに自らの中にその気配を緑谷は感じた。

 

「緑谷少年、君には毎日放課後に訓練を受けて貰いたい。

 言いたくないんだが、君は他の子達に比べると圧倒的に出遅れている。

 そうじゃなくてもヒーローを目指しているんだ。

 危険なことはこれから数えきれないほどあるだろうね。

 それらから身を守らないといけない。

 出来れば受けてくれると有りがたいんだが」

 オールマイトの言葉に緑谷は我に返って気合を入れる。

 ごちゃごちゃと悩むのは後にしようと決心した。

 真っすぐとオールマイトの方を見て返事をした。

「断る理由なんて有りません! 是非お願いします!」

「……といっても緑谷少年の訓練を主導するのは私じゃないけどね。

 シアン」

 スッと彼女が一歩前に出た。

 彼女の紫苑の目と視線が合う。

 元(ヴィラン)にも拘らず、彼女の目はどことなく緑谷を安心させてくれた。

 しかし彼女は相変わらずメイド服である。その服にそんなに拘りがあるのだろうか。

 緑谷は疑問に思った。

「彼女はヒーローではないけど、実力は間違いなくトップヒーロー並みさ。

 彼女が生き残るために編み出した戦闘技術は、きっと力になってくれる」

 

…………

 

………

 

 

「急なことですが、私は緑谷様の訓練を任されました」

「はい」

「それと訓練が終わった後、昨日の孤児院に私と一緒に来て頂けませんか?」

「構いませんけどどうして?」

「施設長の竜胆藍理(りんどう あいり)様が、緑谷様の事を気にかけてらっしゃいます。話をしたいとのことです」

 オールマイトは訓練室の隅で緑谷たちの様子を見ている。

 緑谷はやはり昨日見せられた光景が頭にチラついていた。

 何処かに血の跡が残っていないか気になってしまう。

「緑谷様。あなたの基礎体力は把握しております。

 相澤様が行ったテストのデータを参照させてもらいました。

 ……はっきり申しまして」

「申しまして?」

「論外です」

「あああ!? 」

 緑谷は思わずオーバーリアクションを取ってしまう。

「落ち着いてください」とシアンに声を掛けられてようやく緑谷は収まった。

「現時点での話です。”ワン・フォー・オール”とは何人もの極まりし身体能力の結晶。

 今の緑谷様の体の強度で無理なく使えるとしたら……八木様の恐らくほんの十パーセントほどでしょうか」

「……そんな、そんなんじゃ平和の象徴になんか」

――平和の象徴に縋りつく今の現状。

  それで本当の平和だと言えるのかしら?

 また緑谷の頭に思い出されるアズライトの言葉。

 必死に頭をふってそれを追い払う。

 シアンが優しい顔をして励ましてくる。

「緑谷様。焦ることは有りません。あなたはまだ成長期です。

 これから努力すればいいのです。無理は禁物です。

 もし重大な怪我をして後遺症が残ったら目も当てられません。

 個性を使うときは慎重になってください。

 最も映像で見た限り、入試試験の際に盛大に腕が折れたようですが……」

 半目になって見てくるシアン。

 緑谷はどことなくばつが悪くなった。

「す、すみません」

「謝らなくて結構ですよ。……しかし不可解ですね。

 緑谷様はなぜ体を鍛えていなかったのですか?」

「鍛えてます!ほら!オールマイトの特訓をうけて!」

 緑谷がようやく盛り上がった力こぶをシアンに見せた。

「いえ。私が申したいのは八木様に出逢う前の緑谷様の話です。

 無個性でもヒーローになりたがっていたと聞いています。

 ならば尚更体を鍛えておくのが当然でしょう。

 無個性は個性に頼れないのですから。

 例えヒーローになることを心の底では諦めていたのだとしても。

 人を助けるヒーローに近い仕事……警察なども体は重要です。

 それは緑谷様も分かっていたと思うのですが……」

 初めて出会った日のオールマイトの言葉が緑谷の脳裏に思い出された。

――人を助ける事に憧れるなら、警察官って手もある。

  (ヴィラン)受け取り係なんて揶揄されちゃいるが……

  あれも立派な仕事だ!

「っ……そ、それは……!」

 シアンのその言葉に緑谷の中の何かが反発した。

 目を逸らし続けていた何かに気付きそうになった。

 人の為になる仕事に就きたいのであれば、何故体を鍛えていなかったのか。

 ヒーローを自分なりに調べていた緑谷には、体を鍛えることの重要性など、とっくに把握していた筈なのに。なぜ……。

「私は決して責めているわけでは有りません緑谷様。

 ……なるほど。つまり緑谷様は……いえ、止めましょう。

 それは私が言うべき事では有りませんね」

 シアンは一人で頷くとその話を切り上げた。

 緑谷は内心でホッとする。

 その話を追及され続けたら、自分の中の何かが否定されるような気がした。

 それを受け入れる事は今の自分には不可能だと思っていた。

「緑谷様、まず確認します。

 これから先、私はあなたに戦闘訓練を教授する事になります。

 期間などは特に決められていません。

 緑谷様が望むのなら、やめてもらっても結構です」

「いえ! 是非お願いします!」

 シアンの言葉に緑谷は即答した。

 貧民街のシアンを思い出す。

 大人二人を手早く無力化したシアンの技量は間違いないと緑谷は判断している。

 あの時緑谷は一歩も動くことが出来なかった。

 がシアンの体術が紛れもなく本物だという事は理解できた。

 オールマイトも認めているのだ。

 彼女の実力は疑いようもなかった。

「緑谷様、あなたは最終的にどのような戦闘スタイルを身に付けたいと考えていますか?」

 シアンの質問に緑谷は少し考える。

「……オールマイトのような。そんな圧倒的な力で相手を……」

 やはり緑谷の中で目指す像は依然としてオールマイトの姿。

「なるほど、継承者ですし当然でしょう。憧れるのも納得ですね」

「そ、そうですよね!」

 そんな緑谷に。

「ですが、不可能です」

 彼女は冷たく言い放つ。

「ええ? 不可能!? 個性は受け継いだのに!」

 緑谷は明らかに動揺した。

「いえ、厳密には可能ではありますが、目指すべきではありません」

「……どうしてですか?」

 緑谷の質問にシアンは淡々と答えていく。

「1つ目は体が出来上がっていない

 八木様の戦闘スタイルはあくまで、極限まで鍛え上げた地力の体があってこそです。

 緑谷様、あなたはまだ鍛え初めて一年も経っていません。

 まだ成長半ば。オールフォーワンの個性も、恐らく体にギリギリ入っている状態でしょう。

 少なくとも就学中の三年間で、あの域まで鍛え上げるのは土台不可能です。

 無理をすればあなたの人生そのものがダメになりかねません。

 そして、骨や筋肉などの体の素材の強度そのものは人間である以上鍛えられません。

 いくら鍛えようが骨そのものが鋼鉄の強度になったりはしません。

 そういう個性でも別に持っていれば話は別ですが。

 今のような体で個性をフルに活用すれば、どうなるかなど目に見えています。

 深刻な後遺症が残るかもしれません」

 シアンの言葉に緑谷はブツブツと呟きながら考察する。

 そんな緑谷にシアンは言葉を続ける。

「2つ目はあなたの長所を生かしきれないからです」

「長所?」

「緑谷様、あなたにはオールマイトより明確に優れた身体的特徴があります。

 それは何でしょうか?」

 緑谷は考え込んだ。オールマイトより優れた点など考えたことも無かった。

 彼は明確に緑谷の完全上位互換だからだ。

 だがシアンは明確に優れた身体的特徴が有るといった。

 ふと緑谷の心の隅に考えが思い浮かぶ。

「……身長?」

「ええ。正解です。

 今後伸びるでしょうが、大柄な身長には恐らくなれないでしょう。

 しかし小柄なその体は、小回りという面において人より優位に立てます。

 それは狭い場所での戦闘などで特に有効に活用できる特徴です。

 小さいことも立派に強みになるのです。

 そして小柄な人はどうしても非力ですが、その弱点もワンフォーオールの個性でなくなります。

 緑谷様、下手に八木様の真似だけしたところで体格で勝っていない以上、下位互換にしかなりません」

 目から鱗が落ちるような気がした。今まではオールマイトのような戦い方を目指せばいいと思っていた。彼女はオールマイトのような戦い方ではなく、あくまで緑谷に合った戦い方をすればいいと言っているのだ。

「よって私は緑谷様の基礎体力を伸ばすのと同時に、効率的かつ基本的な体の使い方……体術を教えていきます。

 個性の制御も当然教えますが、その前の段階を鍛えなければなりません。

 体作りも平行して行って行きましょう。

 それらに終わりなど有りません。

 プロヒーローになった後でも続いていくのです」

 緑谷はその言葉に黙って頷く。

 シアンもそれを見て続きを話し始める。

「八木様の戦いかたは圧倒的に強く派手。

 見た目は良いかもしれません。

 ですが、効率が非常によくありません。

 極端に悪く言えば”ワン・フォー・オール”におんぶにだっこな戦いかたです。

 常人が真似出来るものでは有りませんし、真似してはいけません。

 あのように緑谷様が戦っていては、体が幾つあっても足りなくなります」

 

…………

 

………

 

 

--side シアン--

 シアンは緑谷の右人差し指を痛ましそうな顔で見た。

 そこにはまだ包帯が巻かれている。

 その前には彼は右腕を骨折する怪我も負っているのだ。

 ”ワン・フォー・オール”の力は強大だ。本来なら人の手には有り余る力だ。

 なのにオールマイトはその個性の力の使い方を教えないまま、緑谷を入試試験へと送り出した。

 それをオールマイトに知らされたシアンは激怒した。

 問い詰めると彼はただ驚くだけで何も返事を返さなかった。

 彼は何も考えてなど居なかったのだ。

 案の定力の加減を間違えた緑谷は、右腕を損傷する事態になった。

 巨大な0ポイントの仮想(ヴィラン)を倒すために空中に飛び上がっていた彼は、その場に麗日お茶子が居なければ着地を失敗して死んでいたかも知れない。

 この場所は何時でもそうだ。人の怪我や痛みを余りにも軽視しすぎる。

リカバリーガールが居るからと、それに頼りきりになりそれを善しとする。

(戦闘訓練……ですか)

 シアンは思い出す。

 青の少女に対する訓練もそうだった。

 まだ幼い彼女はトップヒーロー達に徹底的にしごかれた。

 彼女は個性で自らのあらゆる怪我を直してしまう。

 個性が暴走しそうな気配を見せるや否や、青の少女はヒーロー達に教育という名の暴力。

 それを法月将臣に指示されたヒーロー達に受けた。

 スターレイン。明確に迫りつつある世界の終わり。

 世界を救うためという大義の前に、ヒーロー達はなすすべもなく屈したのだ。

 シアンはそれをただ見ていることしか出来なかった。

 少女は痛みに対する耐性は出来上がっていた。そうでなければ到底この十年間の訓練を耐えきる事など出来なかっただろう。

 シアンが唯一出来たことは訓練を耐えきった青の少女に寄り添ってあげる事だけだった。

 甘えてくる青の少女をシアンはただ抱きしめた。

「私がスラムを生き抜くために培った戦闘技術。それを緑谷様に叩き込みます」

 数分後、訓練室の中を走りこむ緑谷の姿があった。

 彼女が緑谷に教えていくのは”忍者”としての技だ。

 シアンはオールマイトに緑谷出久の教育を任せる事は避けたかった。

 わざとではないにしても、彼なら同じ過ちを繰り返すのではないかと思えてならなかった。

(何故でしょうね。やはり似ています)

 緑谷出久を見ていると、どうしても青の少女の姿が思い出されて仕方ない。

 環境も人柄も何もかも違うはずなのに、緑谷出久と青石ヒカルはまるで鏡映しの様にそっくりにシアンには見えた。

 だから無理を言ってオールマイトにシアンが言い出したのだ。

 緑谷出久の訓練を任せてくれないかと。

 そしてその事は伏せておいてくれないかと。

 オールマイトに任せていてはいずれ重大な怪我を負うだろうとシアンは考えた。

(緑谷出久。あの子には確かに不思議な何かを感じます。

 何処までも普通の少年の筈なのに……何処までも普通ではない。

 確かに八木様。あなたが言っていた通りかも知れません。

 この子は”平和の象徴”を超えた何かになる。そんな気がします)

 シアンは走り込みを続ける緑谷を観察する。

 緑谷の表情を見て頬を緩めた。今度こそはとシアンは決意する。

 青の少女は世界の為に使い捨てられる。

 それをシアンは善しとするしかなかった。

 ならばせめて緑谷出久を、第2の青の少女にならないようにしたい。

 平和のために酷使されて使い捨てられないように。

 平和の象徴という重荷に押しつぶされないように。

 そのために出来ることしていこうと誓った。

(何か悩みがあるようですが……きっとこの子なら大丈夫でしょう)

 緑谷の方を改めてみる。

 走り込みを続ける緑谷の顔は何処までも真剣だった。

 

 


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