青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第一章
第1話


 彼が放った拳は世界を救った。

 「青」が世界から消え去り、世界には平穏が戻った。

 世界の空が「青」から青に晴れ上がる。

 だがオールマイトの心の中は晴れないままだった。

 オールマイトは意識を失った少女の体をそっと抱きかかえた。

 まだ五歳になったばかりの彼女の体は驚くほど軽い。

 この少女が暴走させた個性が、先ほどまで世界中を危機に陥れていたとは、

 とても信じられない。

 彼女の頬に伝う涙を拭う。

 オールマイトは彼女と出会った日を思い出していた。

 

…………

 

………

 

 

 オールマイトが彼女を知ったのは、事件の一年前の事だった。

 とある山中の国有地に、ひっそりとたたずむ古ぼけた施設。

 そこにオールマイトは来ていた

 政府から極秘任務だった。内容は現地で通達するらしい。

 中に入ると外観からより中身は近未来を思わせる立派な作りをしていた。

「ご苦労、ナンバーワンヒーロー”オールマイト”よ」

「法月将臣……!?」

 オールマイトの前に現れたのは杖をついている壮年の男性。

 日本において唯一の「高等尋問官」だ。

 高等尋問官は生きる法律だ。

 個性が世界に発現し、人間という規格が崩れ去った社会は混迷した。

 現代は結果的にヒーロー社会という形に収まったが、その結果を得るまでに

 社会は様々な制度を導入したのは言うまでもないだろう。

 そこで必要とされ生まれたのが高等尋問官だ。

 あらゆる法的な介入が必要なケースで介入でき、組織ではなく個人で処罰できる。

 ヒーローはあくまで敵(ヴィラン)を逮捕して警察に引き渡すまでが仕事。

 対して高等尋問官はあらゆる処罰や刑罰を、即座に一人で決めることが出来る。

 余りにも個性を利用した犯罪が後を絶たなかった黎明期。

 そのような時に今までと同じ回りくどいやり方では、とても対処しきれなかったのだ。

 だがそれも昔の話。

 独裁者にも簡単になり得るその絶大な権力は危険視され、やがてヒーローの登場と共に歴史の影に消えていった。

 今ではこの法月将臣のみが唯一の高等尋問官だ。

「何のためにお前を呼んだのか不思議に思うだろう。

 一体この場所が何なのか疑問に思うだろう」

「……ええ」

「ここは国による個性の開発研究が現行で行われている、唯一の施設である。

 無論極秘事項だ。例えヒーローであろうとも口外すれば極刑に処される。

 ナンバーワンヒーローのお前であろうとも例外はない。

 付いてくるといいオールマイト」

 聞いたことはあった。国による公開されていない「個性」の研究が今でも行われているらしいと。

 あくまで噂の話だった。

 それは倫理的問題や技術的問題を孕んでおり廃止されている筈だった。

 だが現に禁止されている筈の研究は続けられていて、

 しかもそれは国の主導であって。

 誰にも止めることも出来なかった。

「先に言っておく。今からお前が会う少女は非常に危険な存在だ。

 取り扱いを間違えると世界すら滅びかねない。

 だから閉じ込めているのだ。誰が悪いわけでもない。

 何かの罪を背負っているわけでもない。覚えておくがいい。

 この世の理不尽の全てが「仕方がない」ことの積み重ねで起きているのだということを」

法 月がしゃべっている内容が、あまり頭の中には入ってくることはなかった。

 

 施設の地下五階。

 研究施設の最深部。分厚い鋼鉄の扉と、電子ロックに守られている区画。

 太陽の光が届かない、LEDの照明だけが光源の少し薄暗い部屋。

 全てが白く染められた白亜の空間。

 何も無駄なものが一切なく、一つの椅子に、テーブル、ベッド。

 人が合理性を極限まで切り詰めて、人間性までも捨ててしまったような。

 そこに彼女は居た。

「あなたがオールマイトさんですか?」

 とても幼い少女だった。

 まずは青い髪が目に入った。そして全く同じ色の青い瞳。

 空の色とも海の色とも違う不思議な青。

 だが、それを言っても彼女には分からなかった。

「ごめんなさい。見たことないから」

 まだ四歳の彼女は、空も海も見たことがなかった。

「名前?ごめんなさい分からない」

 名も与えられてはいなかった。

 彼女の生活を支えるのは機械によるシステムだ。

 毎日決まった時間に食事や水分を出し、空調に照明のオンオフその他全てを管理する。

 毎日起きて食べて寝る。ただの繰り返し。

 誰とも会うことはない。誰ともしゃべることはない。

 教育されていないのに言葉を話すことが出来るのは、脳内に直接電気信号を送り学習させる装置。

 その学習装置の成果だと、職員の一人が得意げに話していた。

 彼女の服は一種類だけ、飾り気のない白のワンピース。

 出てくる食べ物はまるで、ドックフードのような茶色の合成食品。

 皿に盛られたそれをスプーンで食べる彼女の顔は、何処まで無表情だった。

 彼女に断ってひとつまみ食べてみた。

「うおっまず!」

「……?」

 彼女はコテンと首を傾げる。

 何の味もしなかった。温かみなど何処にもなかった。

「君はこれを美味しいと思っているのかい?」

「……おいしいって何?」

「……!!」

 彼女は「美味しい」という概念すらも知らなかったのだ。

 彼は色々なことを話した。

 自分のこと世界のことヒーローのこと。

 彼女は何も知らなかった。

 例え用語としての知識が存在しても、そこには体験が欠如していた。

 表情は無表情のまま、ずっと変わらなかった。

 だがオールマイトは話し続けた。

 確かな感情が彼女に有ることをオールマイトは感じていた。

 

…………

 

………

 

 

 彼女に最初に会った日から一か月が過ぎた。

 オールマイトは時間を見つけ次第、彼女の所に顔を出すようになっていた。

 法月は過度な干渉は控えるようにしろという。

 面会が許されるのは、一週間に一度だけだった。

 まだ彼女の顔は無表情のままだ。

 だが何度も会って話をしていくうちに心を開き始めている。

 彼はそう感じていた。

 現に口数もどんどん増えている。

 まだまだ言葉足らずだが、それでも一生懸命に伝えようと努力しているのが分かる。

 時間はあっという間に過ぎていった。

 どれだけ話しても話し足りないということはなかった。

 けれども時間というものは非情だ。

 やがて面会の刻限になった。帰りたくないと彼は思う。

 だが、高等尋問官の命令は絶対である。

 例えナンバーワンヒーローであろうとも、従わなければならない。

 おしむらく別れを告げて退出しようとするが、

「……えと」

 彼女の手がオールマイトの服の裾を掴んでいた。

 小さいその手は震えながらも、決して離そうとはしなかった。

 目を見つめるとその視線はオールマイトを通り抜け、後ろの扉に向けられている。

 何度も何度もオールマイトが入っては出て行った扉。

 それは彼女の知る世界の果て。

――外に出たい

 そんな彼女の声が聞こえた気がした。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 やがてポツリと彼女の口から言葉が漏れ出した。

「連れてってよ……」

「……」

「置いていかないで……。笑顔でなんだって助けちゃうんでしょ?私を外に出してよ」

「すまない私は……」

「私は好きでここに居るんじゃない!」

「っ……!」

「ヒーローなんでしょ!?」

「ああ……」

「私何も悪いことしてないよ!?誰にも迷惑なんてかけないよ!?

 なんでずっと閉じ込められないといけないの!?

 どうして外に出ちゃいけないの!?

 私行きたい!世界中の何処にでも行きたい!

 何処までも行きたい!!色んな人たちと一緒に居たい!」

「すまない……それは……」

 出来ない相談だった。ヒーローといえ所詮は公務員。

 国のため社会のために、彼らは存在している。

 そしてこの少女を閉じ込めているのは、この”社会”だ。

 社会に属している存在である以上、その不利益になることは許されない。

 ヒーローが法を破るわけにはいかないのだ。

「夢があるの……。

 何処にでも行きたい、何処までも行きたい。

 人の為に、誰かの為に。

 世界の何処にでも、行きたい。

 どんな人とでも、居られるように。

 人が広く、生きて行く為に。

 ねぇオールマイト。私は……」

――ヒーローになりたい

 強く握られている小さな手。

 だがそんな彼女の震える手を彼は

「あ……」

 振り払った。まっすぐに扉に向かって逃げ出すように駆け出した。

 出る際に一度だけ彼女のほうを見る。

 その時初めて彼女の無表情以外の顔を見た。

 彼女は静かに泣いていた。

 

――すぐに連れ出してやりたかった。

 彼女がいったい何をしたというのだ。

 こんな場所にずっと閉じ込めて管理して、

 まるで

「まるで敵(ヴィラン)のすることのようではないか。と考えているのか。オールマイトよ」

「――!!!……っ」

 あの時オールマイトは何も言えなかった。

 声が遠のいていく。記憶がぼやけていく。

 彼の意識が過去から現在に引き戻される。

 後悔していた。

 あの日あの子を連れだせなかった事を。

 世界を見せてやれなかったことを。

 あの子は危険なんかじゃない、ただの少女ではないか。

 ずっとそう思ってきた。思い込んできた。

 だが彼女は世界を危機に陥れた。

 結局の所、彼女は確かに危険な存在だった。

 彼はその現実がたまらなく悔しかった。

 彼女とオールマイトが次に出会うのは一年ほど経ってからの事になる。

 世界が青に飲まれた日。「青の世界」の事件の時だった。

 

 


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