青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第30話

side--オールマイト--

 

「一つ問う、オールマイト。(ヴィラン)とは何だ」

 昔問いを投げかけられたことが有る。

 その問いにオールマイトは答えられなかった。

 誰も答えられた者は居なかった

 

 ずっと力が欲しかった。

 力が有れば、この世界を変えられるのに。そう思っていた

 この国には寄りかかれる柱がない。

 本当に正しいもの、絶対的に善いもの。

 何物にも揺るがされる事ない、絶対的な基準。

 それが欠けているから、人は迷うのだろう。

 そう思った。

 だから成ったのだ。

 何物にも、誰にも決して負けない絶対的な正義の体現者へと。

 決して悪に挫けることは無い、平和の象徴へと。

 人々の決して強くない心。それを奮い立たせる事が出来るように。

 例えテレビやパソコンの画面越しでも、せめて希望は持たせられるようで有りたいと。

 そう、願っていた。

 

 だが、いざ目の前に突き付けられた、圧倒的な理不尽を前に彼の心は揺らぐ。

「夢があるの……。

 何処にでも行きたい、何処までも行きたい」

 ()()()有ったら生きてはいけない彼女という存在を。

 彼女には名が無かった。

 彼女は世界を救うために作られた。

 世界を救うための、圧倒的な力。

「人の為に、誰かの為に。

 世界の何処にでも、行きたい」

 世界を滅ぼしうる力。

 自分が例えどんなに努力しようとも、一生手が届かない力。

 それほどの力を持っているのに。

 白い部屋の奥で虚ろな目をしていた彼女は。

 今まで見た中の誰よりも弱者だった。

 彼女という存在に人の世界は耐えられない。

「どんな人とでも、居られるように。

 人が広く、生きて行く為に」

 彼女が欲しいものは、世界にありふれているのに。

 それを彼女に渡すには、支払わなければならない代償が余りにも大きすぎた。

「ねぇオールマイト。私は……」

 だから十年前オールマイトは選択した。

 救うべきなのは、世界か、彼女か。

 オールマイトは……

「私は――ヒーローになりたい」

 世界を選択した。

 オールマイトは彼女の手を振り払う。

 彼女の表情が崩れていく。本当は自由になりたい彼女が、気持ちを押し殺しながら泣いていた。

 彼女はきっと、最初から知っていた。

 自分はヒーローにはなれない事を。

 何も知らされず、何も知らず。

 人の愛情を受けず、スターレインの迎撃という世界の命運だけ押し付けられた。

 

 彼は扉を固く閉じる。彼女を閉じ込めるしか人類には生きる道がない。

 彼女を救いたければ、自由にしたいのならば、世界を生贄に捧げるしかない。

 彼女をあの狭い部屋に縛り付けている鎖は。

 世界そのものなのだから。

 

 今になってオールマイトは気付く。

 今までヒーローとして生きていたつもりだった。

 しかし世界の為に少女を狭いあの場所に閉じ込めたあの瞬間。

 彼女の手を振り払い救う事を諦めたあの時から。

 

 彼女を犠牲にしなければならない世界が。

 世界を救うために彼女を管理する法月が。

 彼女の手を振り払ったオールマイトが。

 この世の人間全てが、正しくあったら生きてはいけない、(ヴィラン)だった。

 そして彼女も数千万の人間を殺め、(ヴィラン)に身を落とした。

 彼女はワザと出なかった、事故だった。そんなのは言い訳にしかならなかった。

 実際に彼女の個性で大切な人を奪われた人に、そのような言葉をオールマイトはかける事は出来なかった。

 彼女のもたらした傷跡はあまりにも大きすぎた。

 彼女は(ヴィラン)ではないなどと、とてもじゃないが言えなかった。

 

「こんなの――オールマイトじゃない」

 世界が青へと塗り替えられている。目の前の嘆く少女に世界が侵略されていく。

 まるで世界そのものが、彼女という存在に怯えているかのよう。

 まさに今この場が世界の命運を握っている。

 自らの力を彼女(レギオン)は人々に分け与えようとする。

 人の為に、誰かの為に。どんな人とも共に在る存在になるために。それが人に破滅を与えるとも受け入れず、抱いた夢をそのままに彼女は突き進んでいる。

「なんでっ!? なんで誰も返事を返してくれないの!?

 誰か一人くらい答えてよ!」

 答えられる人間など誰も居ない。

 彼女(アズライト)は個性だ。だが不完全で未完成な彼女をインストールしても、人間は耐えられない。

 彼女に適性を持っている人間は居ない。アズライトを宿したが最後死ぬしかない。

 昏睡状態に入り、二度と目覚めることは無くやがて息絶える。

 死ぬまでにかかる時間に個人差があるものの、結果は同じだ。

 昏睡病と呼ばれているそれに治療法はない。

 

 視界の隅に人は存在するが、皆生きてはいない。

 恐らくこのUSJに居る人間は殆ど、昏睡病に陥っている筈だ。

(オール・フォーワン……生きていたのか……。

 まさか彼女の個性欲しさに襲撃してきたと? ……馬鹿な事を)

 いかに人の個性を我が物にする個性。オール・フォーワンを持っている彼でも彼女の個性は手に負えないだろう。

 そこらの個性と青の少女の個性は比較にすらならない。

 そもそもの存在からして彼女は異質で歪で、かつ強大だ。

「うああああぁぁああ!!!」

 レギオンが頭を抱えて絶叫する。

 世界中に拡散したアズライトの情報を受け取っているのだろうか。

 時折彼女の傍に青石ヒカルそっくりの人影が現れては、彼女に耳打ちし消えていく。

 彼女たちの言葉を聞くたびレギオンの顔は青ざめて首を振る。

 聞きたくない、受け入れたくないと耳を貸さない。

 十年前と同じ、いや十年前よりもっと性質(たち)が悪い。

 十年前は全く制御出来てないがゆえに、オールマイトに攻撃する余地が生まれていた。

 しかし今は違う。

 彼女は力を制御した上で、この事態を引き起こしている。

 アズライトという個性に人間は適応できない。その現実を彼女は理解していないだけだ。

 だから暴走とは少し違う。彼女は自分の夢を叶えるために突き進んでいるだけ。

 レギオン。

 それは青石ヒカルが内包している、億を遥かに超える数の人格(こせい)の最上位個体。

 だが何のことは無い。

 レギオンとは未だ、アズライトという個性の理不尽な現実を受け入れられない、ただの子供だ。

「アズライト」

 彼女が怯えたように体を竦ませる。

 オールマイトから飛んでくるかもしれない拳に対して身構えている。

 オールマイトは首を振って言葉を使わず否定した。

 

 今のオールマイトに先ほどまでの暴力という選択肢はない。

 やせ細ったその姿がそれを証明している。

 今更不意打ちするような真似はしない。

 十年前彼女を救ったつもりでいた。彼女を暴走から救い、数千万人という犠牲は出たが、文字通り世界を救った。

 けれども何も変わってなどなかった。

 法月らの言う通り暴力で、一旦は彼女を抑え込めたように思えた。

 極論、この世界の全て殴れば解決するのだと、そう思っていた。

 (ヴィラン)達も結局は力で押さえつけていた。

 だがオールマイトが今まで押し通してきた論理は、力では叶わない彼女の前ではもろく瓦解する。

 もはや力では彼女には叶わない。

 力だけではどうしようも無い時に人は交渉を持ち出す。

 情けない話だがそれが現実か。

 力だけで全て解決するのなら、交渉なんて段階持ち出す必然性が低いのだから。

 今までだってずっとそうしてきた。

 (ヴィラン)相手に交渉する必要なんてなかったのだから。

 殴り飛ばしたら全て解決したのだから。

 オールマイトは交戦の意思を破棄したと分からせるため両手を広げた。

「……話をしよう」

 彼女は目をパチクリさせて呆けている。

 やがて少しずつオールマイトの飲み込み、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「……ええ、ええ! お話ししましょう!

 ずっとずっと会いたかった! お話ししたい事が沢山有るの!」

 彼女が軽やかにステップを踏むようにオールマイトに駆け寄る。

 そのままオールマイトの胸に飛び込んだ。

 オールマイトは一瞬躊躇して、だが彼女を優しく抱き留めた。

 彼女は念願の叶った逢瀬に幸せそうな顔をする。

 先ほどまで戦闘をしていた相手だというのに、今の彼女は余りにも無防備だ。

(彼女は……そう、か。今の彼女こそが()()()姿なのか……。

 なぜ、今まで気付かなかった。彼女は……)

 レギオンとは、意思をもつ人工個性アズライト。

 その個性の最上位個体。

 億を超える数に分裂増殖したアズライトを統括する存在。

 法月らから存在を忌み嫌い封印されていた人格。

 そして、まだ彼女の人格が分かれて居らず、ただ一人の”人間”だった時。

 最初にオールマイトに出会い、言葉を重ねた存在。

 青石ヒカルと名付けられるより前。人に作られる事なく、生まれつき備わった純粋(ナチュラル)な心。

 青の少女の()()()()()()姿()がレギオンだ。

「……昔約束を交わした、覚えているかい?」

「ええ、もちろんよ、片時も忘れたことは無いわ」

「その時に約束を交わしたのは……()か? 他の君かい?」

「正真正銘、()()()よ。忘れる訳ない。

 私は青石ヒカルじゃない。まだ名も無い本当の私。

 私は記憶があるだけの……偽物のあの子達なんかと違う。

 ずっと封印されていたけど、本当の私なんだから!」

「……私に怒りを抱いていないのか?」

「え?」

「私は君を傷つけた。言葉では言い表せない程、残酷な事をした」

「……あなたがやりたくてやってるんじゃないって。ずっと分かってた。

 でも偽物の私が支配するようになってきて、だんだん表に出せなくなって。

 本物の私はずっと待ってた。ずっとあなたに逢いたくて……。

 でもあなたが来てくれる事はあれから無かった」

 彼女はずっと待っていた。法月に命ぜられるまま、残酷な仕打ちをしたオールマイトをずっと。

 どれ程傷つけられても、心を追いやられようとも。じっと耐えていた。

 彼女が危険な存在でなければ、と思わずにはいられない。

 彼女自身に、人に対する敵意や害意はない。

 人の為に、誰かの為に。彼女はそう願い、実行している。

 だがそれに”結果”が付いてこない。

 彼女の”善意”で人は死ぬ。彼女が共に在りたいと、繋がりたいと願い、個性を人に宿らせ、結果死に至る。

 もし彼女が人の事をどうでもいい、と思っていてくれたのなら。今のような事態にはなっていないだろう。

 彼女が全人類に対しての脅威になっている理由は、彼女が人が好きだからに他ならない。

 そして皮肉な事に人が大好きな彼女は肝心の”人”について余りにも無知だ。

 だから人が死ぬ。今も人は死んでいく。

 前回の規模を鑑みるに恐らく現時点で、軽く億を超える人が死んでいるだろう。

 彼女の”善意”が所以に。

「そう……か……」

「なぜ泣くの?」

 オールマイトの頬に一筋の伝う涙。レギオンがそれを優しく指で拭う。

「ずっと……私は君から逃げていた。

 君を助けたいと思っていても、助ける事が出来なかった。

 君という存在を認めてしまうと、今まで私が築いてきたものが全て壊れていくようで。

 ……目を逸らした。私は君を――助けられなかった」

「オールマイトさん……」

「今も君は……」

「もういいの!」

 オールマイトの言葉を彼女は強く遮る。

「……もういいの。やっと外に出てこれた。本当はあなたに連れ出して欲しかったけど。

 でもこれからはずっと一緒に居られるね」

「……」

 どこまでも純粋な彼女の言葉。彼女が危険でなければそのまま受け入れられた。

 自由になりたいと恋焦がれ、人格を封印されても決して諦めることなく。

 ようやく彼女は表に出れた。

 それがもたらす結果が人類の死滅だとしても。少女が独り抗い続け自由を手にした。

 その事自体は喜ばしいものなのに。

「だから泣かないでよオールマイトさん。私ずっとあなたの側に居るわ」

「ああ……」

 だが涙は止まらない。彼女が自らの過ちに悟ってくれるのは、どのくらい後になるのだろうか。

 それまでに何人死ぬのだろうか。

 ……何人生き残るのだろうか。

 そんなオールマイトの思いも知らず、レギオンは訝しむ。

「本当おかしな人。でも見た目が変わってしまっても、あなたはあなたなのね」

「一つ聞きたい」

「何かしら?」

「なぜ、君は私にアズライトをインストールしない?」

「そんなの決まっているわ」

「私とオールマイトさん、ずっと昔に分かり合っているもの」

 彼女は快晴の空よりも晴れ渡った笑顔。

 それに反して未だ空気は「青」に染められ戻らない。

 彼女が笑う。オールマイトは黙ってそれを見つめる。

 レギオンは彼との再会をただ純粋に喜んでいた。

 青の少女のありのままの姿がそこにあった。

 

…………

 

………

 

 

 

side--轟焦凍--

 

――あなたは何を知りたいの

 少女の問いかけに轟は間髪入れずに答える。

「あいつを(たす)ける方法を知りたい」

 轟の言葉に一様に頷く面々。

 緑谷のアズライトは「そう」と一言呟き口にした。

「あの子を、レギオンと言われているあの子と戦い、倒して欲しい」

「……ぶっ飛ばせって事か?」

 轟の疑問にアズライトは首を縦に振る。

「でも此処は現実ではないのでしょう? そして現実の私達は昏睡病で倒れている。

 一体どうやって」

「あなた達の1-Aの人の体は私が保護しているわ。

 他にも手当たり次第、人は私が保護している。正直、国内の人を守るので精一杯だけど……。

 あなた達を私が現実へと返す。私の主も戦うわ。共に力を貸して欲しいの」

 アズライトの真摯な頼みに轟が「ああ」と返す。

「本当に……それしか無いの?」

「無いわ」

 麗日の疑問にアズライトは即答した。

「倒せば、青石君を正気に戻せる……か。荒っぽい事を女子にしたく無いが」

「余計な心配はしないで飯田君。半端な衝撃ではレギオンから肉体の制御権は取り戻せない」

「やるなら全力で、と?」

「殺す気でやって頂戴。間違っても首をトンとやって気絶を狙うなんてしてはダメ」

「正直、青石君の個性を聞いている限り勝てる気なんてしないが。

 一言でまとめるならどういう個性になるんだ、青石君の個性は」

「……さしずめ”架空(ゆめ)現実(げんじつ)にする個性”と言ったところでしょうね。

 ここ電脳空間と同じことが現実でも出来る。

 一見何でも出来そうで、でも制約も多い個性よ」

「そうなの? 何でも出来る万能個性みたいに思えるけど……」

「……架空(ゆめ)は結局、架空(ゆめ)でしかないのよ」

「???」

 彼女の説明に一同は理解しかねる様子だ。

「例えば……そうね。ミジンコという生き物がいるわね。

 もしあなた達と同じように立って喋って感情が有って、普通の人間の様に振舞える。

 そんなミジンコが居たとして、それは本当にミジンコかしら?」

「んー……分かるような分からないような……」

「言葉を話す知性を持ったミジンコはもうミジンコじゃない。別の何か。

 つまりアズライトを使えるようになった時点で”人”という定義からは大きく外れてしまう。

 人では無くなってしまう。そういう事よ」

「青ちゃんは人間だよ! もちろんあなたも!」

「いいえ、私は個性。人工アズライト。

 数千万の人間を死に追いやってしまった。

 史上最悪の――(ヴィラン)よ」

「お前は(ヴィラン)なんかじゃない!」

 轟自身が自分の口から出た言葉に驚いた。

 いつもは冷静な筈の轟。だが何故か頭に血が上った。

 彼女は確かに失敗した。大勢の人間が死んだ。

 だが決して(ヴィラン)なんかじゃないと轟は思う。彼女は抗っただけだ。

 人としての尊厳を勝ち取るために足掻いた。

 それが罪だと彼女は言うのだろうか。

 青石ヒカルとそっくりの顔が嫌でも彼女に被って見える。

 全てを悟っているように達観している目だ。

 本当は生きたいくせに、自由になりたいくせに。

 そんな事は許されないんだと諦めて、自分が居ないとどうしようも無い癖にと。

 そうやって内心で見下したような目だ。

「それはまたの機会に話しましょう。……さぁ」

 轟達の体が光に包まれていく。

 轟の意識が段々と薄れていく。

 先ほどまで周りに居たはずのクラスメイト達の気配も感じない。

 この感覚はまるで朝に夢から覚める感覚とそっくりだ。

「そう、これは夢。あくまで電脳空間でのこと。でも、忘れないで」

 耳元でアズライトの声が聞こえる。

 薄れていく意識の中でアズライトが悲し気に微笑む。

「あなた達が夢から覚めても、私は電脳空間(ここ)にいる。

 例え見えなくても、いつも側に居るから」

「また会えるのか?」

「そのために今を頑張って欲しいの」

「……俺には……アズライト(おまえ)の適性は無いのか?」

「轟君……。――(ヴィラン)とは何だと思う」

「何を急に……。関係あるのかその質問」

「とても大事な質問よ。いいから答えて」

「……犯罪に”個性”を使う奴、だろ」

「そう、そうよね。うん……分かってた」

「何か間違っているか?」

「ううん、間違ってはいないわ。

 ――けれども、()()()()()()()()()()()()()()()

「……?」

「分からないわよね。……そう、だから轟君。あなたにアズライトの適性は無い。

 元より適性のある人なんている筈無いもの」

「……っ!」

 轟は悔しくて手を伸ばす。彼女によると緑谷は適性が有り、轟には無いという。

 先ほどの彼女の言葉。

 (ヴィラン)とは何か。

 それがカギだというのか。

 緑谷はそれに答えられたというのか。(ヴィラン)とは個性を悪用する者の事ではないのか。

 彼女は何を伝えたかったのか。

 轟は彼女から紛れもなく”青石ヒカル”と同じ何かを感じていた。

 彼女は過去に罪を犯したかも知れない。だが彼女も救われるべきだと轟は思った。

 勝手に作られて、閉じ込められ。

 重責を背負わせて、用が無くなったら殺される。

 彼女たちはそんな境遇に精一杯抗っただけではないのか?

――確かに貴方に私の適性は無い

  けれど私にできる限りの”力”をあなた達に託すわ

  お願い、時間がないの。世界中の人間が死んでいる。

  あなた達に世界の命運を預けたわ

 彼女の言葉が遠く聞こえる。

 やがて轟は現実世界へと帰っていく。

 レギオンにより文字通り地獄と化した、現実へと。

 

 地獄絵図と化した世界。轟はうっすらと目を開けた。

 頭の中に何故か情報が流れてくる。

 自分が行くべき方向が、現在の状況が分かる。

 それが緑谷のアズライトによる外部からの情報伝達だと瞬時に理解した。

 青石ヒカルを元に戻すため轟は、駆け出す。言葉も躊躇いも要らない。

 今の彼の頭の中には自分が今できる事、するべき事しかない。

「あら?」

「あらあらあら?」

 轟の行く手を遮る様に出現する無数のアズライト。

「あなたは何を知りたいの?」

「あなたは何を知りたいの?」

 轟をインストールするべき対象だと見てか、わらわらとそこら中から湧いてくる。

「邪魔だ」

「きゃあ!?」

 轟が放った氷結の攻撃。それが電脳体の彼女たちを貫く。

 一切の物理攻撃は彼女たちには通常効かない。

 今の轟の攻撃がアズライトに通用するのは、緑谷のアズライトが回してきた力が有るからだ。

 その事も轟の脳裏に知識として流れ込んでくる。

「なるほど……」

 何よりも普段よりも、強力な攻撃を繰り出せたと轟は実感する。

 先ほど電脳空間に行く前より轟の”半冷半燃”が強くなっている。

「能力自体ブーストされているのか……」

 ちらと辺りを見渡すと無様に地面に横たわる(ヴィラン)の姿。

 そしてクラスメイト達。

 よく見るとクラスメイト達の胸は呼吸で上下しているが、(ヴィラン)のほうはピクリとも動かない。

 これも緑谷のアズライトが手を回した結果か。

 保護していると彼女は言っていたし、放っておいても問題はないだろう。

 まぁ風邪くらいはひくかもしれないが。

「待ってろよ青石」

 轟は止めていた足を再び動かし始める。当然目的地は青石ヒカルの元へ。

 真っすぐ前を向く轟の瞳からは青い光が漏れていた。

 

 既に事態は最悪と言っていい被害へと拡大している。

 法月やヒーロー”サー・ナイトアイ ”らが予定していた、”未来予知”の個性により最善に近いはずの”未来”。それは、もはや何処にもない。

 この時点でどれ程の被害が出ているのか、彼らに知る由もない。

 もっと早く対処していればと、彼らは思わずにはいられなかった。

 後の調査で判明した事だが、この段階で人類の35億人が昏睡病へと感染していた

 適合者は一人も居ない。

 轟が駆け出した時既に、人類の半分が死滅していた。


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