青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第二章
第35話


「皆、朝のHR(ホームルーム)が始まる! 席につけー!」

 飯田が教壇で大声を張る。

「ついてるよ、ついてねーのお前だけだ」

 呆れた生徒からの突っ込みが入った。

「すぴーすぴー」

「こらー! 青石君! 居眠りするな―起きろー!」

 飯田から青石ヒカルに注意が飛ぶ。彼女は構わず寝続けている。

「起きろ馬鹿野郎」

「ぎゃわっ!?」

 眠りこけていた青石ヒカルは、相澤に鉄拳制裁を受ける。

 教室が笑いに包まれる中、ジト目で青石ヒカルは相澤を見た。

「ううー! 相澤さんのばかぁ……」

 相澤は相手にせずに飯田に指示を出す。

「飯田、席につけ」

「無視しないでよ!」

 だがやはり相手にしない相澤。ジロリと青石は睨まれて縮こまる。

「……朝のHR(ホームルーム)を始める」

「はーい」

 気の抜けた返事を青石は返した。

 そのまま相澤により朝のHR(ホームルーム)が開始される。

 何とも無しに窓から空を見上げる。

 今日も空は快晴で、晴れ晴れとした天気だった。

 教壇の方を向いた彼女は、今度は自分の服装を見てニマニマしている。

 彼女が今に着用している服は白のワンピースではない。

 そこには雄英の()()姿()()青の少女の姿があった。

――ふああ。退屈よねぇ?

 青石ヒカルの隣に、今はすっかり大人しくなったレギオンが姿を現す。

 彼女レギオンの姿が見えるのは、自分と一部の生徒だけ。

 一連の事件でレギオンは、自らの危険性を認識してくれた。

 レギオンと青石ヒカルは今は共存して生活を送っている。

 互いに分かり合う事が出来たのだ。

 緑谷の席に視線を移す。

 緑谷のアズライトが意味ありげにウインクしてくる。それに青石ヒカルは小さく手を振って応えた。

 クラス中をそれとなく見渡す。

 セルリアは、残念ながら犠牲になってしまった。だからと言って、彼女の死が無駄になったとは思わない。

 セルリアの青石ヒカルを助けたいという心は、確かに自分の心を揺り動かしてくれたのだと確信している。

 残念に思っている事は確かだ。けれども、それ以外の世界中の全ての人間は無事に生還した。

 本当にそれを生還だと認めるかどうかは、葛藤している部分もある。

 きっとそれは一生悩んでいく事になるのだろう。

 だがそれはそれとして、青石ヒカルは改めて、この奇跡のような結果に感謝する。

 自分一人では到底到達しえなかった。

 轟に飯田、八百万。そして緑谷出久といった助けが有ってたどり着くことが来たのだ。

 

 雄英のウソの災害や事故ルーム(USJ)で起きた一連の騒動。

 時間にすると、ものの一時間も経たないうちに終了した。

 全世界が「青」に飲まれ、次々に人が昏睡病に倒れる惨事。

 だが奇跡的に、昏睡病にかかった人は、全員意識を取り戻した。

 事件が経って早三日経ったが、昏睡病から回復していない人は一人として報告されていない。

 一旦は絶望の淵に追いやられた人類ではあったが、幸い死者の一人も出すことなく、事なきを得た。

 様々な乗り物の運転手が昏睡病で意識喪失し、大規模な被害が予想されていたのだが、結果事故も0。

 世界の乗り物は自動的かつ安全に運行されていて、二次的な被害すらも起きていない。

 これは奇跡だと人々は口々に言う、まるで神が手を差し伸べたかのようだと。

 

 もちろん、これらの事実は今世界中の話の種だ。

 テレビを付けると専らこの話ばかりしている。

 衝撃的かつ謎に満ちたこの出来事は、長く語り継がれていく事になる。

 世界は緩やかに「青」から元の色へと戻り、人々はいつもの日常へと帰っていた。

 

……。

 

 雄英の校舎の一角。校長室の隣。

 高等尋問官、法月将臣の執務室。そこで一人の女が男に報告していた。

 女はメイド服を身にまとっている。

 だがいつもはきちんとしているメイド服も少しくたびれていた。

 顔色もよくなく、目の下に隈が出来ている。

「……以上となります」

「ご苦労」

「法月様……」

「何だシアン。何か言いたいことが有るか」

「いえ、その。……私を罰しなくてよろしかったのですか」

「……レギオンの元へたどり着いた時には、既に事態は収拾されていた。そうだな」

「ええ」

「ならば何の問題もあるまい。お前に与えた指示は、あくまでやむを得ず緊急措置として与えたものだ。

 好き好んであのような指示を出しはせん」

「それは……承知しております」

「お前は事態を見極めたうえで正確に対処した。

 現に今回の事案で()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最高の結果を得ることが出来た。なぜ文句のつけようがあろうか」

「……出過ぎた真似をお許しください」

「よい、今の私は実に気分が良い」

「はぁ……」

 法月はいつもは見せないような笑みを浮かべて、椅子にどっぷり腰かけた。

 疲労が溜まっているのだろう。

 今回の騒動で様々な対処に出ざるを得なかった。ろくに寝ていない筈だ。

 それにしても法月にしては、浮かれているようにシアンからは見える。

 もっとも世界中が今お祭り騒ぎ状態なのであるが。

 世界の終わりが訪れたかと思ったら、まるで神の御業としか思えないような奇跡の数々。

 一人として目覚める事がなかった昏睡病。それから全員が生還したのだ。

 だがここに居る二人は、その生還の真実を知っている数少ない人物だ。

 それは極秘事項だし、そうでなかったにしても言いふらす事は出来ない。

 シアンは生きて帰れて喜ぶ人に、そんな残酷な真実を突きつけるような人物ではない。

 それにしても法月の機嫌の良さは少し異常だ。

 これほどまでに笑いをこらえきれない彼を見たのは、初めてだ。

「ふふふふ、ははは!

 もはや()()すらも必要ない!

 後はレギオンが敵性存在にならぬよう刺激せず、注意して監視を行えばいい!

 人類の未来は拓けた……ふははははは!」

 笑いをこらえ切れずに高笑いをする法月。

 それを見てシアンは明日は槍でも振ってくるかも知れないと、心配になった。

 

……。

 

 相澤の元で朝のHR(ホームルーム)はつつがなく進行している。

 幾つか重要な知らせなどが有ったが、青石ヒカルは聞いていない。

 どうせ相澤が保護者代わりに把握しているから、問題は無いのだが。

 そしてHR(ホームルーム)の終わりごろ

「そしてだ――雄英体育祭が迫ってる!」

 相澤の言葉に教室中が沸騰した。

「クソ学校っぽいの来たぁああ!!」

 周りの生徒達は好き勝手に、周りの生徒達と会話を繰り広げている。

 だが青石ヒカルはイマイチ理解できていない。

「雄英体育祭……ってなに?」

「知らねぇのかよ!……ってそうか……」

 切島がツッコミを入れた直後、一人で納得している。

 箝口令こそ敷いているが、青石ヒカルの大体の事情を1-Aのクラスメイト達は把握している。

 相澤の判断と本人の希望で、話せる範囲で話したのだ。

 中には十年前の災厄で、身内が被害に遭った生徒も居た。

 複雑な気持ちではある。真実を知り、生徒も少なからず青石を憎んでいる。

 けれども話してよかった。そう青石ヒカルは感じていた。

 憎しみが籠った視線が向けられることも有るが、我慢する。

 それだけの事をしてしまったのだと、自覚を彼女は持っている。

 真実を知ったうえで友達になってくれた存在も居る。

 飯田、八百万、緑谷。そして轟と麗日。

 特にこの五人とは他の生徒達とは、一線を画す程親密な関係になれた。

 彼らは全てを知ったうえで、青石を受け入れてくれている。これほど嬉しい事があろうか。

 何はともあれ、雄英体育祭とやらに彼女の思考は移る。

 彼女が小首をかしげていると

「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つだ。

 かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれて、熱狂されていた。

 が、形骸化している。そこでかつてのオリンピックに代わるのが、この雄英体育祭だ」

 相澤が知らない青石にかいつまんで説明してくれた。

 彼女はうんうん頷いて、分かったかのように振舞っている。

 実際に分かっているかは、実に怪しいものだ。

「青石、つまりどういう事か分かるか?」

 相澤が試しに理解しているか、軽く聞いてみる。

 彼女は……。

「つまり……すっごいのをやるって事だね!」

「……まぁそれでいいか」

 相澤はどうやら妥協したらしい。

「全国のヒーローも見ますのよ、スカウト目的でね」

 八百万が更に補足する。相澤はその言葉に頷く。

「そうだ、プロに見込まれれば……その場で将来の道が拓けるわけだ」

 相澤の言葉に青石は少しだけ引っかかりを覚えた。

(将来……将来……?。でもボクはスターレインを処理した後、死ぬんだから将来なんて。

 あれ? でもそれってレギオンが危険な存在って前提の話……。

 レギオンはもう危険じゃない。だからこうして制服を着られる訳で……。

 という事はレギオンが危険じゃないって事は法月も認めてるって事?

 じゃあ、スターレインの後ボクは……)

 一体どんな将来を進めばいいんだろう。彼女の中に言いようのない不安が満ちる。

 先が有るなんて考えていなかった。スターレインが終わったら後は死ぬだけだった。

 全て人生はレールに乗せられていて、そのレールに沿って進めばそれで良かった。

「年に一回、在籍中三回しか来ないチャンス。

 ヒーローを志すのなら絶対に外せないイベントだ!」

 相澤の言葉もうわの空で聞いている。青石ヒカルの頭の中は”将来”についての不安に占められていた。

(スターレインを迎撃し終わっちゃった後。ボクが生まれてきた存在意義が無くなる。

 そしたらボクは、ボクは……一体どうしたらいいのかな?

 ボクは何をしたらいいんだろう? ボクは――)

 彼女は完全では無いが”自由”を手に入れたが故の悩みを、抱えつつあった。

(ボクは――何になりたいんだろう?)


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