青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第36話

 雄英は昼休みの時間。

 青石ヒカルは緑谷と飯田、それと麗日に挟まれて食堂へと向かっていた。

「お金!? お金が欲しいからヒーローに?」

「究極的に言えば」

「……ふーん?」

「なんかごめんね。飯田君とか立派な動機なのに、私恥ずかしい」

 麗日はきまり悪そうにしている。だが青石ヒカルは彼女の動機の何処が恥ずかしいのか分からない。

 一応お金がどういうものなのか、基礎知識は教わっている。

 だが実際に使った経験は殆どない。

 唯一の使った経験。それは入学初日に、自販機で大量に買い込んだ時だけだ。

 未だにその時の話は、幾度となく蒸し返される。

 爆豪にも未だに”自販機女”と言われ続けていた。

 多分その話は、一生ついて回るのだろう。

「でもお金って、生きていくうえで必要不可欠……なんでしょ?」

 青石は素直に思った事を口にする。

 その疑問に麗日は「まぁ、そうなんだけどね」と歯切れ悪く返す。

「だったら何がいけないの?」

「青石さん、世間にお金にがめつい人は……。

 その……汚い人だという風潮が有るんだ」

「へーそうなの。知らなかったなぁ」

 緑谷の言葉にきょとんとする。

 彼女の世間知らずな一面を、また一同は知った。

「まぁずっと閉じ込められて生活していたら、仕方ないよ」

 緑谷がフォローする。麗日は依然として恥ずかしそうにしていた。

「生活の為に目標を掲げる事の何が立派でない? 誇っていいと思うぞ!」

 飯田の励ましも、あまり効いていないように見える。

 生活するうえで、お金が必要。だからお金を稼ぐためにヒーローになる。

 単純で当たり前の動機じゃないか。そう青石は思う。

 なのに、何がそんなに後ろめたいのか。青石は分からない。

「お茶子ちゃんは、何のためにお金が欲しいの?」

 青石は次に疑問に思った事を聞く。

「ウチ……」

 麗日は喋り始める。

 なんでも麗日の家は建設会社を営んでいるそうだ。

 だが全然収益が振るわず、貧しい生活を余儀なくされている。

 そんな両親のになりたい。麗日の”個性”なら仕事を手伝えると、両親に言った。

 だが断わられてしまったらしい。

 それよりも、夢であるヒーローになってくれた方が嬉しいと、両親はそう言ったそうだ。

「私は絶対ヒーローになってお金稼いで、父ちゃんと母ちゃんに楽させたげるんだ」

 話しているうちに彼女は自身が出てきたのだろうか。

 さっきより迷いのない目になっていた。

「麗日君……! ブラボー!」

 飯田は酷く感激したようだ。

「……お茶子ちゃんは、凄いね。ボクにはとても真似できそうにないや」

「えっ、そんな事ないって! そんな事……」

 麗日が言いかけた矢先、一同の前にぬっと姿を現した。

 ただでさえ痩せていた頬が更に痩せこけている。

 疲れ切った顔の奥で光る眼。

 それは一般的に知られている彼の姿からはかけ離れている。

「オールマイト……!」

 緑谷は警戒を顕わにする。麗日と飯田も同様だ。

 彼らは一連の騒動の後、オールマイトのトゥルーフォームを目撃している。

 辺りに人影はない。

 今の彼はいったい何をしでかすのか、分からない。

 そう思えてならない。緑谷達は不信感にかられていた。

「大丈夫だよ、皆。……全てじゃ無いけど、この人とも分かり合えたから」

 オールマイトの視線は、真っすぐ青石ヒカルに向いている。

「ついて来てほしい」

「良いよ、八木さん」

 彼女は気軽に返事をした。

「けど青ちゃん! この人は……」

「大丈夫、お茶子ちゃん。大丈夫だから」

 麗日の心配そうな顔に青石は、あくまで笑顔で応じる。

 特に作った顔でもなく自然な表情。

 麗日達を置いて、青石はオールマイトと共に別の場所へと向かっていく。

 生徒たちは黙って彼女の背中を見送った。

 

……。

 

「じゃあ、始めようか」

「あの……ボク何のために呼ばれたんでしょうか」

 青石ヒカルが連れてこられたのは職員室だった。

 教職員が一堂に会している。

 彼らはそれぞれ教師であるが、同時に一流のヒーローだ。

 ヒーローオタクの緑谷が、ここに居たら興奮しっぱなしだっただろう。

 青石ヒカルの隣に座るのは、当然の様に相澤消太。

 彼女を連れてきたオールマイトは対面の斜め向こう。彼女から一番遠い場所に座っている。

 根津は「ははは!」と笑いながら口を開いた。

「ここに来てもらった理由は一つ。

 今回の議題、話の中心はまさに君の事だからさ。

 相澤先生から雄英体育祭についての話は聞いただろう?

 朝のHR(ホームルーム)で話が有ったはずさ」

「はい、それは……」

 聞いています、と続けながらも、やはり気になるのはオールマイトの事。

 彼は何食わぬ顔で席に座っている。

 他の教師陣も、彼に特に敵意を向けている様子はない。

 彼女はそこに違和感を覚えた。

 

 彼女自身、オールマイトの扱いがどうなっているのか知らない。

 レギオンが巻き起こした事件。その時、彼がどんな言動をしたのか。

 それは緑谷達によって、とっくに把握されている筈だ。

 高等尋問官、法月将臣には。

 

 レギオンを救おうとするあまり、彼は世界を犠牲にする選択をした。

 緑谷達の働きの甲斐あって、結果こそ世界は滅びなかった。

 だが彼が、彼女を救い、世界を滅ぼす選択を自ら選んだ。それは紛れもない事実。

(”平和の象徴”がそんな選択をした、そんな事実は都合がよくない。

 だから隠しているという事? 仮にもオールマイトが一時的と言え(ヴィラン)なった。

 そんな事実が知られたら、”平和の象徴”が崩れる。きっとみんな不安になって、治安も悪くなる。

 そうならないように、隠蔽している……?)

――八木さん、あまり元気ないみたい。……きっと私のせいね。

 隣にレギオンがうっすら姿を現す。

 元気がないと心配するレギオンの方が、よっぽど元気が無いように見える。

(体、借りる?)

――いいわ、顔を見れただけで充分よ。ありがとう。

 今では青石ヒカルとレギオン。それぞれ互いに尊重できる関係を築いている。

 気軽に体の主導権を貸し借りできる程の中になれた。

 どちらが本物でどちらが偽物とかではない。

 両方とも本物の青の少女(じぶん)。それが彼女達がたどり着いた答えだ。

 そんな時

「あいた!」

 相澤からげんこつが落とされる。

「人の顔をジロジロ見るんじゃない」

 相澤から怒られてしまう。

「はは……そう言えば昼休みだったね」

 根津は微笑ましく彼女らを見て言う。

「ほら、いつものご飯を食べながら、聞いているといいよ」

 根津から今日の昼の分のご飯を渡される。

 ご飯と言っても見た目はドッグフードそっくりの合成食品。

 彼女専用の食事。

 彼女以外、一度食べたら二度と食べたくないであろう。それほどの激マズ食品だ。

 青石はいつもの様に封を開けて、「あーん」と口の中に運ぼうとして

「お待ちなさい」

 それを止められた。

 彼女の手を、横から華奢できれいな手が掴んでいる。

「シアンさん!」

 青の少女の声が弾む。シアンは一礼し、紫苑の髪が緩やかに刎ねた。

 メイド服の裾がなだらかに波打つ。

「お久しぶりです。青石様。

 いきなり辛いでしょうか伝えなければなりません。今後一切()()()()()()()()()()()()

「ええー! じゃあボク何を食べればいいの!?」

「食べるものは私が用意いたします。今しばらくは我慢を……失礼」

「ああ!?」

 せっかく食べられると思ったご飯。それがシアンに取り上げられてしまう。

 彼女は取り上げたそれを、スカートのポケットにささっとしまい込む。

 不服そうにしながら、けれども抵抗しない。それはシアンへの信頼故か。

「……理由は説明してくれるんだろうな?」

 相澤の視線にシアンは首をこくりと上下に動かす。

「青石には、今まではレギオンの危険がある為、様々な()()が掛けられていました。

 それはご存知ですね」

 相澤は頷く。職員室にいる他の教師たちも、一様に首を縦に振る。

 最新鋭のコスチュームの技術を詰め込んでいた、白いワンピースという名の拘束具。

 地下で密かに稼働している、詳細が一切不明のシステム『ラピスラズリ』。

 個性を抹消する相澤消太。

 命令を強制させる法月将臣。

 国によってこれでもかという程、念入りに積み上げられていたセキュリティ。

 それらは国立の雄英だからこそ、成立させられるものだ。

「この合成食品もそれらの保険の一環でした。

 万が一、彼女が外の世界へ飛び出した時、長く生きられないようにするため。

 これを長年摂取する事で、彼女の内臓は歪に発達し、コレを食べなければ生きていけない。

 そのように仕組むために開発されたものです」

「じゃあ……一体何なんだ。合成食品(それ)はよ」

「かいつまんで言うと」

 彼女は青石の頭を優しくなでる。

「……毒ですよ」

 場の空気が凍ったように青石には感じられた。

 

……。

 

「じゃあ、落ち着いたところで本題に入ろうか」

 あれから少しばかり取り乱した青石ヒカルを、相澤とシアンがなだめ、ようやく会議が始まった。

「内容は前もって言っていた通りだよ。

 二週間後行われる、雄英体育祭。

 それに青石ヒカル君を出場させるか、させないか。

 皆の意見を聞きたい」

 根津の言葉がシンと静まり返った職員室によく響いた。

「私は反対ですねェ。いくら何でもリスクが高すぎる」

 大柄な男が最初に口を開いた。

 彼のヒーローネームは”セメントス”。本名、石山堅(いしやま けん)

 彼は現代文の授業を担当している。触れたコンクリートを意のままに操る個性”セメント”の所持者だ。

 何となく見た目もセメントっぽいなぁと青石は思っている。

「リスク……というと」

「とぼけないでくださいよ。青石君の個性がどれ程”規格外”か……。

 雄英の中で生徒だけ目撃するならまだしも、テレビで全国放送される。

 一体どんな反応が起きるか、分かったもんじゃ有りません」

「俺も同意見だ。わざわざ大衆の目に晒す事もねぇだろ。

 それになぁ、雄英体育祭を見てるのはヒーローや一般人だけじゃねぇ。

 (ヴィラン)だって見てるんだぜ?

 大体、この前青石が()()なった時に侵入してきた(ヴィラン)

 肝心の首謀者は、どさくさに紛れて逃げおおせたって話じゃねぇか」

「えっ……そうなの? 相澤さん」

 初めて聞いた話に青石は小声で相澤に聞く。

 話が進行している中、小声で相澤は返事をする。

「ああ……、緑谷達がお前を何とかした後、事後処理で(ヴィラン)を捕縛していたんだが。

 ……どうもおかしい。数が少なすぎる。

 特にだ。俺もお前も見た凶悪な(ヴィラン)が影も形も見当たらなかった」

「まさか逃げたの?」

「もしかしたらワープの個性を持っている(ヴィラン)

 そいつが早めに目が覚めたのかも知れない。

 USJで捉えられたのは全員チンピラばかりだ。そうでもないと、つじつまが合わない」

「……」

 青石が思い出しているのは、脳みそがむき出しになっていた異様な姿の(ヴィラン)

 それとスーツ姿でガスマスクのようなモノを付けた男だ。

 確か”オール・フォー・ワン”と名乗っていた。

 彼は……

「けどよ! だからこそ、出す意味が有るんじゃねぇのか!?」

 議論の最中大声を出したのは、ボイスヒーロー”プレゼント・マイク”だ。

 彼は相澤と同期だ。その関係で青石と話す機会もそこそこにあった。

 決して悪い人では無いのだが、どうにも青石は彼が苦手だ。

 せめて喋る時は、もう少し音を小さくしてくれないものだろうか。

「……確かに意味は有るのかも知れない」

 オールマイトが口を開いた。ボソッとした声だったが自然と皆の注目が集まる。

 押しも押されもせぬ、ナンバーワンヒーロー。

 ナンバーツーヒーロー”エンデヴァー”と客観的に評価しても、隔絶した強さを誇る”平和の象徴”。

 ヒーローと言えばと聞かれたら、十人中十人が彼を思い浮かべるだろう。

「私の力は衰えてきている。もうじき”平和の象徴”を引退しなければならない日も……おそらく近い」

「そんな悲しい事言わないで下さいよ」

 セメントスの声に彼は首を横に振った。

「事実だよ。元より怪我をしてからというもの、活動時間はどんどん短くなってる。

 これから先一体どれほど動けるか……」

「それは……」

 オールマイトの告げる事実に、職員室は静まり返る。

「私は彼女に、示して欲しい。その圧倒的な力を。

 ”平和の象徴”を担うに値する存在が、オールマイトだけでない。

 次世代の芽も育っていると。だから……」

「待て」

 オールマイトの言葉を強めの口調で遮るものが居た。

 相澤消太。他でもない青石ヒカルの担任だ。

「オールマイト、そういう話なら俺は反対させてもらう」

「相澤さん……?」

 相澤はただでさえきつい目つき。それを普段より数段、鋭くオールマイトを睨んでいる。

「こいつは平和の為に生贄になるための道具じゃねぇ。

 ”平和の象徴”? ……ああ、それを自分でやるのは勝手だ。好きにしろよ。

 けどな、そんな事を望んでないこいつに、押し付けようとすんじゃねぇよ!」

「私は……! 押し付けようとしているんじゃない!

 ただ、私は示して欲しいと思っている。

 君が来たと、世に知らしめて欲しいと! 私は……」

「それが押し付けているって言うんだよ!」

「まぁまぁ二人とも落ち着いて」

 根津の仲裁にも相澤は止まらない。完全に頭に血が上っている。

 これ程までに怒っている相澤を見るのは、初めてかもしれない。

「緑谷と上手くいかなかったらから、今度は青石か!?

 いい加減にしやがれ! てめぇが背負っている”平和の象徴”がどんだけ残酷なもんなのか。

 胸に手を当ててよく考えろ!」

「もう良いよ! 相澤さん! 良いから!」

「はいはい、落ち着いて。どうどう」

 いつの間にか相澤とオールマイトの脇にヒーローが数名来ていた。

 万が一の事にも備えたのだろう。

「もういい……お前ら。さっさと戻れよ」

 しっしっと手を振る相澤。顔を抑えている相澤。数秒後は元の冷静な顔に戻っていた。

「こんな会議をしておいて何だけどね。相澤先生が、青石君の事を一番よく分かってる。

 相澤先生がこういうのなら、残念だけど今回は……」

「ま、待って!」

 青石ヒカルはそれに思わず声を上げる。

「うん?」

 青石をじっと見つめてくる根津の目が少し怖かった。

 彼は人間ではなくネズミ。人以上の頭脳をもった個性”ハイスペック”の主。

 彼に見られていると隠し事が一切できないような錯覚に陥ることが有る。

 彼女は息を整える。

 相澤を見て、オールマイトを見て。

 自分の心に問いただし。

 彼女は自らの望みを口にする。

「ボ、ボクは!」

 脳裏に浮かぶのは、友人達。将来を見据え、必死に努力し抗う彼らの姿。

 例え”無個性”に生まれても夢を捨てきれない少年が居て。

 酷い境遇で暴力を受けて育っても、反骨の精神で何度でも立ち上がり。

 家が裕福でなかったとしても、それをバネにして頑張る。

 彼らの様に彼女はなりたい。

 彼女はヒーローにはなれないかも知れない。

 だけど、彼女は願う。あの日命を賭して、自らを助けてくれた友の様になりたいと。

 彼女の中の憧れは、既にオールマイトにない。

 それはもっと身近で、ありふれた存在への感情で上書きされていく。

「ボクは――青石ヒカルは! 一年A組、ヒーロー科の一員として!

 雄英体育祭に出たいです!」

「――採決をとろう」

 職員室の会議の結果は満場一致で決まった。

 二週間後、青石ヒカルは1-Aの生徒の枠で出場する。

 その21人目として。

 多くの者の助けを受け、彼女の中の忘れかけた夢は、今動き出した。


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