青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第37話

「彼女の雄英体育祭への参加が、職員会議で正式に決定されました」

「そうか」

 法月将臣は自らの執務室で、シアンから報告を受け取った。

 彼は窓際に立ち、シアンに背を向けている。

 シアンは返事が予想外だったのか、質問を投げかける。

「よろしかったのですか?」

「何がだ」

「いえ、今まで彼女を(おおやけ)の場に出す事は、可能な限り避けていました。

 存在自体が国家機密。事情が事情だけに仕方がない配慮でしたが。

 その傾向から思うに、法月様は……」

「反対ないし、高等尋問権限で取り消すことを予想したか?」

 シアンは首を振って肯定した。

「確かに以前まではそうだった。だがシアン。

 私は何の理由も無しに、今まで彼女をあのような扱いにしていたのでは無い」

「……」

 法月は完全にシアンに背を向ける。シアンは複雑そうな気持ちを顔に出す。

「状況は大きく変わったのだシアン。今や青の少女は、敵性存在では無い。

 無論、安全だとは言えん。だが今の彼女を今までの様に拘束しては、むしろ良からぬ事態を誘発する事になるやも知れん」

藪蛇(やぶへび)は避けたいと?」

「有体に言うとそういう話だ。だが、それには当然リスクもある。

 現に、各国上層部から牽制の動きが出始めている。

 だが方針は変えぬ。

 彼女を縛るセキュリティは、緩やかに解除してゆく」

「……承知しました」

 いきなり 完全に自由にしてしまうと一体どうなるか。彼女自身は恐らく問題ない。

 けれどもそれを、世界各国がどう受け止めるかが問題だ。

 各国上層部では、事件の真相が共有されている。

 まぁ一部は法月が伏せているのだが。

 そうだとしても、危うく殆どの人間を死滅させかけた青石ヒカル。

 彼女が自由に動き回る事態を、喜ばしく受け入れられるはずがない。

 他の国からすれば、日本が世界を滅ぼせる最終兵器。それを手中に収めている事になるからだ。

 到底納得できる状態ではないだろう。

 従来通り地下に閉じ込めておけ。用が済んだら直ちに処分しろ。

 そう思って当然の話だ。

 本来ならば敵性存在で無くなったから。そう言って縛りを緩めているこの事態こそ問題なのだ。

 だからと言って、彼女の拘束を強める訳には行かない。

 そんな事をしたら法月の言う通り、藪蛇(やぶへび)になってしまうかも知れない。

 あちらが立てばこちらが立たず。

 だがその状況を、細心の注意でコントロールしていくしか道はない。

 実のところ人類は未だ、瀬戸際に立っているのだ。

 肝心の青石ヒカルが、何処までそれに気づいているか。それは全く定かでは無いが。

「しかし、今年の一年共は運がない。在学中自らを売り込める、数少ない好機だというのにな」

「……法月様、昨日(さくじつ)より、噂が出回っているのをご存知ですか」

「ほう?」

 法月の顔がシアンを向く。眉が興味深げに吊り上がっている。

「雄英高校1年A組が、ヒーロー基礎学の際、(ヴィラン)の襲撃を受けた。

 しかし、一人の犠牲者もなし。それどころか生徒の活躍により、逆に(ヴィラン)を撃退した。

 そういう話です」

「噂というより、いずこかより洩れ出た真実だな。それは。

 シアン、それは把握している。残念だが、それは噂に留まらなかったようだ」

「……は?」

 シアンの目が丸くなる。

「つい先ほどだ。まさにお前が言っていた内容が、とある民営放送局より流れた。

 ゴシップ記事も作られ、出回り始めている。

 今頃雄英中が、その話で持ちきりであろう」

「……一体どこから!?」

()()()()()()()

 目をつむりながらしゃべる法月。彼の口の端が微かに緩んでいた。

 どこからその情報が漏れたのか、シアンは言われずとも察する。

(いったい何を企んでおいでですか?)

 彼の漏らす微笑みに、彼女は不安を拭えずいた。

 

……。

 

「あ、お茶子ちゃん。ボク雄英体育祭に出られるんだって」

 昼休み上がりの青石の一言。

 それに1-Aの教室は、文字通り揺らいだ。

「なっ……何だってーーー!?」

……。

 放課後になった。

 青石ヒカルは取り敢えずやることも無く、ボーッとしていた。

 彼女は未だ雄英の地下に住んでいる。

 緩やかに彼女を取り巻いている状況は改善している。

 だが一朝一夕に行くはずも無い。彼女にとっても雄英の地下こそ慣れ親しんだ我が家だし、出ていけともし言われたら困る。

 何より彼女が今ぼんやりしているのは、お昼ご飯を食べていない影響が大きい。

 シアンが夕食を作ってくれると約束したので、そこは信頼している。

 けれども、今までずっと食べてきた合成食品。

 それに毒が含まれていたなんて信じられなかった。

 

 教室を見渡す。

 雄英体育祭に参加する旨は、既に伝えている。

 一部を除き、生徒達は「もう一番は絶対に無理だ」と天を仰いだ。

 無理もない。

 もし例え参加するのが生徒ではなく、プロヒーローであろうとも。彼女の出鱈目な力の前には敗北するのが必定。

 ましてや参加するのは生徒なのだ。勝てる訳無い。

 生徒達は青石の事を参加できないのだと、勝手に勘違いしていた。

 彼女が存在が国家機密である。つまりは、全国に顔を晒す体育祭に出られる訳が無い。

 そう踏んでいた。

 それは捕らぬ狸の皮算用。

 生徒達は勝手に最大のライバルの存在。

 それを無意識に可能性から除外していたのだ。

 青石としては一緒に仲良く参加して盛り上がりたい。

 けれども、現実はそうもいかないようだ。

 

「何ごとだぁ!?」

 教室の入り口の方で大声が聞こえた。

 ふと見ると麗日お茶子が教室の外に出られず、立ち往生している。

(なんか友達のピンチだ!)

 と青石ヒカルは、だだだと彼女の元に駆け寄って聞いてみる。

「どしたの?」

「み、見て」

「おおお……」

 麗日の指の先は廊下。そこには人がごった返してわらわら湧いていた。

 一体何処にこれだけの生徒が居たというのか。

 なぜこんな事になっているというのか。

 青石は知識は多少あれど知性に乏しい頭を、フル回転させる。が、分からない。

「敵情視察だろ、ザコ」

 そんな青石を煽りつつ隣をスタスタ歩くのは

「着火マン!」

 爆豪克己だ。彼女は未だセンスが有るとは、とても言えないあだ名で呼び続けている。

 爆豪も訂正する事を諦めたのか、最近はスルー気味だ。現に今も何の反応も示さない。

(ヴィラン)の襲撃を耐え抜いた連中だもんなぁ。

 体育祭の前に見ときてぇんだろ」

「???」

 爆豪の言葉に青石の頭に疑問符が浮く。

 (ヴィラン)の襲撃に耐えた? しかしその事は箝口令が敷かれていて、他のクラスの生徒は知らない筈では? と思う。

 しかし

「青ちゃん知らんの?」

「何を?」

「ウチ達の活躍。ほら青ちゃんがああなった時の。

 そん時(ヴィラン)が襲ってきたことがね。

 どっかからバレて……今すっごいニュースになってるみたいだよ」

「えっ!? そうなんだ……へー」

 お茶子に見せられたネットニュースを見て彼女は感嘆の声を漏らす。

 そこには「お手柄! 雄英生徒、襲来した(ヴィラン)を撃退する!」との見出しがあった。

 流石にレギオンを止めたとまでは書かれてはいなかった。

 もしもそれが洩れる事が有ったら国家の危機だ。

 そうなれば本格的に、法月達が動き回る事になるだろう。

 どうやら洩れた情報は、断片的で限定的なものらしい。

 それでも箝口令が敷かれている中、外部に知られたのは問題だろう。

「やっぱり知らなかったんだね……」

 青石は今初めて聞いた話だ。彼女の反応に、緑谷は大して驚いていない。

 それはそうとして、青石は爆豪から先ほど言われた「サコ」という言葉が思い出されて今頃頭にきた。

「着火マン! ザコって言った方がザコなんだからね!」

「小学生並みか! しかも遅っ!」

 切島のツッコミも聞いておらず、彼女は鼻息を荒くする。

 他の人に言われても平気な事が、何故か爆豪の時だけ気になる。

 つまり彼女は爆豪に対して、ある種特別な感情を持っていた。

 他の人間がその感覚を言葉で表現するなら「気に入らない」辺りになるのだろう。

「意味ねぇからどけ。モブ共」

 爆豪は廊下の連中に、短く煽りを入れながら退けと言う。

「何をー!?」

 その言葉に、何故か言われていない青石が腹を立てていた。

「随分と偉そうだな。ヒーロー科の奴は皆こんななのかい?」

「ああ!?」

 廊下の集団の中から掛けられた言葉に、爆豪は青筋を立てる。

「そうだそうだ!」

 青石は囃し立てる。「お前もヒーロー科だろうが……」とう突っ込みは聞いていない。

 そして爆豪に幼稚な悪口を延々と飛ばし続けている。

 全く持って誰も聞いてはいないが。

「こういうの見ちゃうと幻滅するなぁ」

 ズイッと人の中から、比較的背の高い男子生徒が現れる。

 爆豪に声を掛けたのはのこの生徒だろう。

「普通科とか他の科には、ヒーロー科落ちたから入ったって奴。

 結構いるんだ知ってた」

「知らなかった……でも実力が足りずに落ちたんでしょ? それがどうしたの?」

 青石の言葉は誰も聞いていない。1-Aの生徒達は青石の天然ボケに対して、スルースキルが身についている。

「体育祭の結果によっては、ヒーロー科への編入も検討してくれるんだって」

 生徒はそのまま言葉を続ける。

 もちろん青石ヒカルの言葉に返したわけでは無い。

 しかし、彼女はすっかり会話している気分になっているようだ。

「へぇ、そうなんだ、頑張ってね!」

「……」

 その生徒はジッと青石の方を見る。青石は単純に思った事を口にしているだけ。

 だが些か煽っているように聞こえても仕方ない。

 その男子は青石を見て、小さく舌打ちした。

「――敵情視察だって? 少なくとも俺は……。

 調子乗ってると足をゴッソリ掬っちゃうぞつう、”宣戦布告”しに来たつもり」

 生徒達は彼から発された異様な気迫にたじろぐ。

 だがたった一人、それに飲まれていない生徒が居る。

 言わずと知れた青石ヒカルだ。

 それとも単純に空気が読めていないだけか。

「でも君、全然強そうに見えないよ?」

 ことりと首を傾げてまた煽るような事を言う。

 彼女の場合悪気がないだけに、余計性質が悪い。表情から怒らせたいのではなく、本当に思っている事を口にしているのだと誰にでも分かる。

 それが更に腹立たしくさせるのだが。

「……青石ヒカル」

「わっ、ボクの事知ってた!」

「……」

 彼は青石ヒカルを一瞥しただけで踵を返す。

 そのまま廊下に溢れる人垣の向こうに消えていった。

「隣のB組のモンだけどよぉ!」

 また新たな生徒が出てくる。だが青石は、麗日に袖を引っ張られた。

 そのまま教室の中に引き込まれる。

「わわっ、お茶子ちゃん?」

「今のは流石に不味いって……謝りに行った方が良いよ」

 青の少女は首を傾げる。

「なんで?」

「それは……」

「待てコラ! どうしてくれんだ!

 ()()()()のせいでヘイト集めまくりじゃねえか!」

 切島が爆豪と青石を指さし、そんな事を言ってくる。

「ええっ!? なんでボクまで!」

「分かんねぇのかよ!」

 すっかり怒っている切島。

 だが……

「関係ねぇよ……」

 爆豪が静かに。しかし迷いなく言い切る。

 切島は「はぁー!?」と声を上げてるが

「――上にあがりゃ、関係ねえ」

 爆豪の決然とした態度に黙りこくった。

 ちらと青石、そして隣の緑谷を見てくる爆豪。

 だが視線を静かに外す。そのまま人垣を押しのけて外へ出ていく。

「……かっちゃん」

 緑谷の呟きが耳にやけに残る。

 その一言には、どんな気持ちが籠っていたのだろう。

 

 青石は爆豪の事が気に入らない。

 なんであんな人が居るのか、青石には理解できない。

 いちいち他人を見下すし、言葉も荒い。

 なんでそんなに虚勢を張って生きているのかと、彼女にはそうとしか見えず。

 爆豪を見るたび腹が立ち、同時に憐れんでもいた。

 けれども彼の”一番”になるという決意と拘りは、並大抵のものでない。

 それは理解する。

 彼は一切諦めてなどいない。

 彼女が体育祭に参加すると言った時でも、爆豪の目は死んでいなかった。

 他の生徒たちとは違う。

 彼は本気で青石ヒカルに、勝つつもりでいる。

 それほどの自身がどこから湧いてくるのか、彼女には分からない。

 だが爆豪が、青石にはない物を持っているという事だけは理解する。

(良いよ、本気で来て。でも負けるつもりは全然ないよ。着火マン)

 青石は心の中で、爆豪に宣戦布告する。

 彼は本番、本気で青石に挑んでくるだろう。

 青石も彼の本気には真剣に応えようと考える。

 雄英体育祭。その開催前の時点で、既に戦いは始まっている。

 彼女は人垣を見て、それを肌で感じ取っていた。


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