青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第3話

 雄英高校入学日。

 青の少女は相澤先生に連れられ、地下三千メートルの管理施設から出てきた。

 長い長い地下の通路を移動して、

 何度通過したか分からない電子ロックのドアを通り、

 エレベーターをいくつも乗り継いで約三十分。

 ようやく雄英高校の建物内に出た。

 始業開始まで一時間ほど有るらしい。

 相澤さん(先生と呼べと言われている)は職員室にそそくさと行ってしまい、

 さっそく一人きりにされた彼女は、相談室を右往左往していた。

 正確には相澤から「ここを動くな」と言われていた。

 だがしかし。

 彼女のテンションは実に上がっていた。

 実にアゲアゲだった。

 話など聞いていなかった。無理もないかもしれない。

 地上に出てこられたのは今日を含め数回しか今までなかった。

 憧れの地上がすぐ目の前にある。

 この状況で果たして、彼女が落ち着いていられるだろうか。

 おとなしくしていられるだろうか。

 否、断じて否。

 少女はそーっと相談室の扉を開けて顔を出し、外の様子を探る。

(誰もいない。よし)

 そろっと相談室を出てみる。そしてせわしなく、キョロキョロ辺りを見渡した。もしかして相澤さんが、まだ近くにいるかもしれない。

 彼女はまるで猫のように警戒心を高めながら廊下を進んでいく。

 少し進むとちょうど、日差しが差し込む中庭が見えた。

 辺りに人影は見当たらない。

(よし!)

 彼女はダダダと外へ駆けて飛び出し、勢いよく空を見上げた。

 白のワンピースが翻る。眩しい日差しで髪が宝石のように煌めいて、

 スカートは風と踊る様に波打った。

「太陽だ……! 空だ……すごい……広い」

 中庭から見えた景色はまるで、校舎という額縁に切り取られた絵画の様に見えた。

 少女の目に青空が飛び込んでくる。

 彼女にとってそれは、無限に広がる世界の入り口だ。

 普通の人には当たり前の景色。

 太陽が白く輝いている。羊雲がゆっくりと流れていた。

 彼女は大空へと両手を広げる。

 その体いっぱいに地球を感じてジャンプする。

 そのまま掴めるような気がして太陽に手を伸ばした。

 腕を広げて、風を感じる。クルクルとその場を回りだす。

 優しい風の音に耳を澄ましたら、世界中のまだ知らない多くの人と繋がれる気がした。

 芝生をゴロゴロと転がってみる。緑の匂いが心地よく、すうーっと息を吸い込んだ。

 よく見ると様々な小さい生き物が、土や草の上で動いているのが見える。

 無機質な地下施設と違って、地上は命に溢れていた。

 大の字で仰向けになり空を見上げる。

 世界が広がっているのを肌で感じる。

 心がどこまでも広がるような感覚を覚え、次第に思考がクリアになる。

 澄み渡った空に心が同化され、青く青く染まっていく。

 

――何処にでも行きたい、何処までも行きたい。

  人の為に、誰かの為に。

  世界の何処にでも、行きたい。

  どんな人とでも、居られるように。

  人が広く、生きて行く為に。

――ボクは…………ええ私達は

 

 

「なあお前」

 声を掛けられた。少女はその声の方向に、上体を起こしてふり向いた。

 太陽がちょうど逆光になっていて、少女にその人の顔は見えづらかった。

「そんなところで何をしてる」

 起き上がるとその声の主は少年だった。

 真新しい雄英高校の制服に身を包んでいる。

 顔の色が左右で分かれていて、左が白くて右が赤い。

(変な人だなぁ)

 彼女も大概人の事を言えないのだが、そんな失礼なことを思ったのだった。

「制服も着てねぇし行動がアレだったからな。少し気になって声かけただけだ」

「ふーん……」

 彼女は制服を着ていない。

 いつも身に着けている、簡素な白のワンピースだ。

 制服は着てはいけないのだそうだ。

 法月から説明を受けているが、難しくて途中で理解するのを放棄していた。

 そして彼女は目の前の少年より、今見つけた天道虫に夢中になっている。

 少年の顔が、すこしむっとなった。

 自分など眼中にもないその様子が、癇に障ったのだろうか。

 ぶっきらぼうに口にした。

「轟だ」

「……何が?」

「轟焦凍(とどろき しょうと)。俺の名前だ」

 少年――轟焦凍は名前を告げていた。

「ボクはね――ちょっと待って」

 ごそごそとポケットをあさる彼女。そしてメモを取り出して

「ボクの名前はえとね、青石ヒカル……だって」

「……おい」

「ん……何かな?」

「色々と言いたいことはあるが、まずお前女だよな」

 ボクという呼び方は女の子の呼び方には変だ、というのが轟の感想だ。

 女の子が自分の事をボクと表現するのは、まあ一般的でなないだろう。

 ちなみに相澤が一生懸命直そうとしていたが、何の成果も得られなかった。

「???ボクの性別は雌で間違っていないよ」

 彼女の胸部は年頃にしては、かなり控えめである。

 だが腰つきや顔。それに仕草などは、はっきりと女のそれだ。

 男に見間違う人はまずいないだろう。

 しかし雌という言い方は如何なものか。

 そこは女と言えよと、内心轟は思った。

「名前を言うのになんでメモを取り出す必要があるんだよ」

 まるで「偽名です」と宣言しているようなものだ。

「えとね、色々と有るんだよボクには」

 追及されたくないとでも言いたげに、強めの口調で言う。

「色々か」

「そう色々」

 家庭の事情でもあるんだろうと轟は推測した。

 彼も家庭について触れられて欲しくない。

 それは目の前の女の子も一緒かもしれないと考える。

「とにかく邪魔しないで欲しいな。ボクはもっと外を堪能したいんだ」

「……教室に行かなくていいのか」

「えっ?」

「見えたんだよ、そのメモ。お前1-Aに来るんだろ」

 彼は目がいい。風でちらっと捲れて見えたそれには

 1-Aのクラスに在籍と書いてあった。

 よりによって轟と同じクラスのヒーロー科。

 なおさら彼女が制服を着ていない理由が、彼には分からなくなった。

 なお彼女にも分かっていなかった。

「そういえばそうだったよ。うん」

 なんて呑気な奴だと彼は思う。

「俺も1-Aだ」

「へー……」

 またも興味なさげな返事。轟は少しイラっとした。

「大方道にでも迷ったんだろ。連れて行ってやる」

「……えと……どうしよう」

 結局教室に向かったのは、それから二十分ほど後の事。

 彼女が思いっきり日光浴を楽しんだ後のことになる。

 

…………

 

………

 

 

「お友達ごっごしたいのなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」

(おお、相澤さんだ。けど、なんだろう? ……! ……いつもよりやさぐれている!)

 あの後色々な事を体験しながら、青の少女は無事に教室までたどり着いた。

 だが彼女から周りは若干距離をおきながら、ひそひそと話をしている。

 ただ何もせずに黙っているだけなら、日本人離れした人形のような美貌なのに。

 その雰囲気から醸し出される残念感は、いったい何か。

「そして青石……」

(そういえばボクそんな名前だっけ)

「なんなんだ!?その机の上の飲み物は!!!」

 デッデーン。

 彼女の机の上にはペットボトル飲料と缶飲料が、ずらっと所せましと置かれていた。

 既にそれらは大量の汗をかき、机周辺は水浸しになっている。

「お金をくれたのは相澤さんだよ?だから試しに全部」

――買ったってか?

ざわ……ざわ……。

 

…………

 

………

 

 

――少し前の話――

「ねぇ轟君、轟君」

「何だ」

「あれは何?」

「……(またか)」

 彼女が指をさしたのは自動販売機。

 商品も普通。何のことはない、飲料水のラインナップのそれだ。

「自販機まで知らないのか?」

 轟はここまで連れて来るまでに、彼女してきた数々の所業を思い出す。

 マンホールの蓋を眺めていると思ったら、こじ開けようとする(氷結を使って阻止した)。

 非常ベルを見つけた際には押しに行く(これも氷結を使って阻止した)。

 消火器を見つけたら使用方法を読みだして、ノズルを轟に向け使おうとする(全力で氷結を使って阻止した)。

 AED(自動体外式除細動器)を見つけては自分に装着しだす(何とか穏便に説得した)。

 あれは何?これは何?

 いつまでも止むことはない、質問の絨毯爆撃。

 数々の試練を彼は乗り越えて、もう少しでクラスに着けるというころ。

 彼女は自動販売機(それ)を見つけてしまった。

 轟は疲労困憊、満身創痍。

 彼の精神力は既に限界を迎えていた。

 轟という抑止力を失い暴走しだした彼女は、

 相澤さんから渡されたという財布の中身を使い果たすまで、ひたすら自動販売機で買い続けた。

「おお……すごい! すごいよ轟君! お金を入れてボタンを押したら……

 なんと飲み物が出てくるんだよ、これ!」

「自販機だからな」

「楽しいよこれ!」

「……(もう疲れた)」

 ちゃりん、がこん。ちゃりん、がこん。ちゃりん、がこん。

 ちゃりん、がこん。ちゃりん、がこん。ちゃりん、がこん。

 ちゃりん、がこん。ちゃりん、がこん。ちゃりん、がこん。

 ウイイーン(紙幣を入れ)。

 がこん、がこん、がこん、がこん、がこん……。

 ウイイーン(紙幣を入れ)……。

 轟は止めることはせずに、廊下に延々と並べられる飲料を黙って運んだ。

教室にいる人たちに勝手に一本ずつおごったが、それでもなお彼女の机の上に大量に余っている。

 ちなみに彼女は自販機に夢中で一本も飲んでいない。

 轟はのちに語る。なんで俺あの時止めなかったんだろうと。

「馬鹿野郎が!」

「そ、そんな……これ全部ボクのおごりであげるから」

 水たまりから足を退けつつ懇願するが

「全部俺の金だろうが!」

 相澤先生から大目玉を食らったのは言うまでもない。

「ハイ静かになるまで32秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

(相澤さん本当に)

「担任の相澤消太(あいざわ しょうた)だ。よろしくね(ハァ、疲れた)」

(どうしちゃったんだろう?やっぱり悪いものでも食べたんだ!)

 

「個性把握テスト!?」

「入学式は!?ガイダンスは!?」

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」

「……はっ!」

 気付けばいつの間にか彼女以外は、体操服に着替えていた。

 彼女は相澤の説明が退屈で、しばらくボーっとしていた。

 相澤からキツイ視線が飛んできていたのに、彼女は全く気付いていなかった。

 なにせボーっとしていたのだから。

 彼女だけさっきと変わらない白のワンピースだ。

 体操服なんて用意していなかった。

 はっきり言って完全に浮いているとしか言いようがない。

(相澤さん酷い!ボクにも体操服くらい用意してよ!怠慢だよ!)

「雄英は”自由”な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り」

 相澤さんの話は続いている。

(仕方ないとはいえ、ずっとボクを閉じ込めていた所の売りが”自由”なんて皮肉かな?)

 と思っていると、なにやらガラの悪そうな少年がソフトボール投げをしていた。

 爆豪君というらしい。デモンストレーションでやらせて見せたらしい。

 個性込みで705.2メートルだった。

 掌から爆発が起きた個性を見た彼女は、彼の事を”着火マン”と呼称した。

(個性込みで大気圏突破も出来ないなんて、せめてキロメートル単位は飛ばせないとね……手加減しているんだよね?)

「705メートルってマジかよ」

「なんだこれ!!すげー面白そう!」

(あれ?これですごいって認識なんだ?うそ……うちのクラス弱すぎ……!)

「面白そう……か。ヒーローになるための三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

「相澤さん、それって酷い揚げ足取りだよね?誰もそんなこと……」

「黙れ」

「モガモガ!(うわぁ!)」

(捕縛武器が飛んできた!酷いや!その気になればいくらでも引きちぎれるけど!)

青の少女は相澤の捕縛武器でぐるぐる巻きにされてしまう。

 相澤が使うその捕縛武器は、炭素繊維に特殊な合金の鋼線を編み込んである特注品だ。

 ますます周囲が彼女を避けているのが相澤には分かった。

「よし……」

(よしじゃないよ!)

「トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、”除籍処分”としよう」

「はあああ!?」

「生徒の如何は先生の”自由”。ようこそこれが雄英高校ヒーロー科だ」

「モガ!モガガガガ!!!(酷い!横暴だ!)」

「お前は見学していろ。邪魔だ」

「モ、モガガ!?(そ、そんな!?)」

 クラス中から悪い意味で注目を浴びる彼女。

 それを見て相澤はげんなりする。

 はたして彼女がクラスに溶け込めるときは来るのだろうか。

 彼女に関して相澤の不安が尽きることはない。

「モガ!モガ!モガガ!モガガモガガ!(馬鹿!阿保!間抜け!オタンコナス!)」

(除籍してぇ……!)

 生憎、彼女を除籍することは出来ないのだ。


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