青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第38話

 雄英は放課後。

 職員室で相澤たちは作業に追われていた。

 その作業というは言うまでもない。

 青石ヒカルを、雄英体育祭に参加させる事が決まった。

 それに向けての対応作業だ。

 口で言うのは簡単だが、その作業の詳細は多岐にわたる。

 なんでもありな彼女が参加するのだ。時間はいくらあっても足りない。

「あー……なんでこんな事になったんですかねぇ」

「おーおーセメントス! おめぇだって賛成したじゃねぇか!」

「そりゃあそうですよ、子供が成長した姿を見て、応援しないヒーローが何処に居ますか」

「かっ、違いねぇ!」

 職員たちは、時折愚痴を零しながらも表情は明るい。

「ああ、第一種目の通過探知のセンサー。もっと増やした方が良いですねぇ」

「どれくらいだ?」

「ざっと今の十倍くらいは、後スーパーハイスピードカメラも増設しないと」

「十倍!? おいおい予算は!? 時間もそんなねぇぞ!?

 本当にそんな必要なのかよ?」

「彼女が本気を出したら、外周四キロなんて一秒もかかりませんよ。

 彼女がスタジアムに戻って来た時、確実に通った事を証明するために必要なんですよ。

 何も知らない人間が見たら、スタートから瞬間移動したようにしか見えないでしょうしね」

「ああー……そっかー……」

「それに第二種目に本当に参加させられるのか、そこも検討しないとですね。

 彼女が第一種目の一位はほぼ確定。まぁそれは良いんですが。

 第一と第三はあくまでも個人種目。問題は第二種目。

 団体競技に彼女をぶち込んだら、彼女と組んだ生徒が勝つだけですよ」

「……鉢巻き全部取るかな?」

「取るでしょう……喜んで」

「クソゲーじゃねぇか!」

「だから考える必要があるって言うんですよ!」

「アー! めんどくせぇ!」

(ごちゃごちゃうるせぇな……)

 相澤はそんな会話を横に聞きながら、作業に参加している。

 今見ているのは警備シフト表だ。

 依頼を出しているヒーロー事務所。各ヒーローの巡回計画に、休憩時間の設定。

 青の少女が出るとあっては、警備は更に万全にしなければならない。

 対策するべき事柄は幾つもある。

 正直二週間しか時間が無いのはきついが、やるしかない。

「相澤君」

 声に振り向くと根津校長だった。

「青石君をそろそろ連れていってあげなさい」

「まだ時間は有りますよ」

「そうは言ってもね」

 根津の指さす方を見ると、職員室に体を半分乗り出している姿が。

「じー……」

 (くだん)の青石ヒカルの姿があった。

 クラスメイト達も下校して一人になったのだろうか。どうやら寂しくなって姿を現したらしい。

「馬鹿が、職員室は遊び場じゃねぇぞ……」

「まぁまぁ、相澤君は職員だけど、それ以前に彼女の父親なんだ。

 彼女を優先してあげなさい」

「いつから俺が親になったんです?」

「前から皆思ってたよ? 青石ヒカルの父親が誰になるのか、それは相澤君しか居ないって」

「じーっ……」

「後は僕達がやっておくからさ。相澤君は行きなよ」

 相澤が渋々立ち上がる。

 職員室の外に出た瞬間、がばっと青石ヒカルが抱き着いてくる。

 そしていつもの様に引っぺがす。

 彼女の顔はいつもより華やいでいた。

「行くぞ」

「うん!」

 言葉短くやり取りして歩き始める。

 彼女はいつもより更にピッタリ身を寄せてくる。

 その行動に少しだけ相澤は違和感を覚えた。

「何か……悩みでも有るのか」

「……うん」

 夕日に照らされた長い廊下を二人の足音が響く。

 窓の外を彼女は見ながら、ため息を漏らす。

 青い髪が日に照らされて、金色に光った。

「これ以上ないほどのハッピーエンドなんだ。

 轟君に緑谷君お茶子ちゃんに……。

 皆が助けてくれた。なのに居ないんだ。

 ボクの大事なものを、皆いつの間にか忘れちゃっているんだ。

 おかしいよね、その事今さっきようやく気付いたんだ」

「……」

「ボクを助けようとしてくれた、友達が居たんだ。

 それを轟君や、緑谷君やお茶子ちゃんに聞いても、覚えていなくて。

 ボク訳わかんなくなっちゃって……」

「お前の言っている事はよく分からん。

 だが……きっと明日が来れば、また立ち直れる」

 相澤の励まし。彼女は「うん」と返して顔を俯かせる。

「泣いているのか……?」

「……あの色を見ると、思い出してしまって。どうしても悲しくなるんだ」

 青石ヒカルの指さす先には沈む夕日。

 空がいつもの青から、赤を帯びた金色に輝く。

 それを彼女は泣きながら見つめている。

 世界が暗闇に沈む前の、眩い輝きを。

 相澤もどこかで見た気がしたが、思い出せない。

 どの道人間は、全ての事を覚えていられない。

 相澤も、青石ヒカルも。少しずつ何かを得ては、何かを失って進んでいく。

 時には失った事すら気付かない事すらある。

 だがその忘れてしまったものが、今の自分をきっと支えてくれているのだ。

 そう相澤は信じている。

 世界は今日も美しく、黄金の輝きを放っていた。

 

……。

 

 爆豪勝己は人垣を押しのけて、とある場所に向かっていた。

 先ほどまでのクラスの連中を思い出す。

 あれから数日たち、その騒動でクラスの中の一人が欠けた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(一体どうなってやがる……。いくら何でもあっさりしすぎやしねぇか?)

 爆豪は決して悪人ではない。

 言動などで誤解されがちではある。が、彼は自分本位で動いてしまう傾向が強いだけだ。

 人を殺して喜ぶような人間ではない。

 ましてや、爆豪が殺めてしまったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 騒動が終わり、折を見て委員長に探りを入れたことが有る。

 生真面目な飯田。あの場で爆豪の行為を非難した生徒だが……。

「セルリア? ()()()()()?」

 もう疑いようが無かった。

 クラス全員かは分からないが、彼女の存在は1-Aの生徒から。

 完全に抹消されていた。

 いや、正確にはもう一人いる。青石ヒカルだ。

 クラスで彼女だけが、セルリアの名前に唯一反応を示していた。

 爆轟は今でも思い出せる。

 

――人は間違える生き物です。本当に必要なのは、間違えたときに罰する事ではありません。

  次は間違えないように、教え支え導いていく。

  傍に寄り添って、心の支えとなる。人々と共にある。

  それが本来の、高等尋問官のあるべき姿です。

 

 法月に啖呵を切った金髪の女。

 アメリカからやって来たという高等尋問官の少女。

 セルリア・セレスタイトという人間は確かに存在したのだ。

「入れ」

 法月の執務室。その目の前に立つと、ノックする前に声が中から聞こえた。

「失礼します」

 いくら爆豪でも、この男の前では礼儀を弁える。

 部屋の中に居たのは法月一人だった。

 扉を閉めて、中央の方に歩み寄る。

 法月の方から口を開いた。

「爆豪よ、お前が来るのは分かっていた。

 大方セルリア・セレスタイトの件であろう」

「……ちっ」

 小さく舌打ちした爆豪。その程度など見通しだ。そう言わんばかりに法月は口を歪める。

「なんで、誰も覚えていねえ……?」

「その問いは少々的外れだ爆豪。

 お前は自分が()()()()()()()()に疑問を持つべきだ。

 逆に問おう、爆豪。あれだけの事が起きたのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「意味が解らねぇ」

「では説明してやろう。

 爆豪、私は高等尋問官だ。秩序の為あらゆる権力を振りかざす存在だ。

 無論、その任を遂行するため、あらゆる手駒を使う。

 様々な”個性”の持ち主を、あらゆる事態に備えて用意している。

 数々のヒーロー共に加え、表には出せないような連中もな。

 それは理解しているだろう」

「……」

 爆豪は沈黙で肯定した。

「今回セルリアは、高等尋問官であるにも関わらず(ヴィラン)となった。

 お前が高等尋問官の立場なら何を考える?」

 その言葉だけで充分だったのだろう。

 爆豪は彼の言おうとしている事を理解したようだ。

 高等尋問官という立場の人間が、危険性を孕んでいる事は分かる。

 だが彼らはあくまで”正義”を実行する人間。その前提条件が有るからこそ、許されている。

 ヒーローに様々な権力が備わっているのと一緒だ。その仕事を遂行する上で、それは必要なものだ。

 逆に高等尋問官のセルリアの行動。それが世間一般に伝わるのは、法月にとって非常にまずい。

 高等尋問官という立場を問いただす、世論が形成されてしまったら。

 さすがに法月にも手遅れだ。

 だから手を打った。

「事態の隠蔽。記憶の改ざん……ないし消去か?」

「そうだ。爆豪、人の口に戸は立てられぬ。

 箝口令を敷きこそしたがな、あれは信用ならぬ。ましてやお前たちは、まだ学生。

 情報が洩れぬようにするには、()()()絶つしかない。

 そして隠蔽は珍しい事でも何でもないぞ。

 あのオールマイトですら、必要と判断すれば隠蔽をしているのだ」

 法月将臣。

 彼は自ら何らかの個性を使って。

 もしくはそれが可能な誰かに、1-Aの生徒の記憶を改ざんさせたのだ。

 疑う余地はない、もうそれしかない。

 そうでもないとクラスメイト達が、ああも平然としていられることなど有り得ない。

 

 爆豪は苛立ちを隠せずにいる。

「なんで」

「なぜお前の彼女に関する記憶を消さなかったのか、教えてやろう。

 初めて人を殺したその記憶。それはお前のこれから先、必要な糧になると確信した。

 それだけの事だ」

「ただの嫌がらせだろうが……!」

 法月は目を細める。どこか懐かしいものを見るような、そんな目つきだった。

 

 その後、執務室を出る爆豪の姿があった。

 彼の足取りは普段に比べ重い。

 

 あの場で仕方がないと思った。

 ほんの一瞬の気の迷いで、全員の命が危ぶまれる。

 どうしようもなく、追い詰められた状況だった。

 だからあの時、あの場。爆豪は彼女を殺す決断をしたのだ。

 その決断自体は、客観的に見て()()()()()()()()と思う。

 だが、()()()()()()()()()()()

 ではどうすれば良かったのか。果たして対案が有ったのか。

 考えたところで分かる筈無い。

 彼女を生かしていたら、最悪の事態に発展したかもしれない。

 今回の結末には、たどり着けなかったかも知れない。

 言い出したらキリがない。

 どうあれ、爆豪はセルリアを殺し。セルリアは(ヴィラン)になり死んだ。

 そしてそれを覚えているのは爆豪。それと青石ヒカルだけ。

「けど関係ねぇ……それでも俺は”一番”になる。完膚なきまでの一番に」

 死んだ人間は蘇らない。

 爆豪が幾ら悔やんだところで、彼女は帰っては来ない。

 だから彼は前を向く。

 どんな障害も乗り越えて、なってみせる。

 ナンバーワンになれるのは、只の一人だけ。

 その道のりで、どれ程の人を蹴散らす事になったとしても。

 他人の夢を諦めさせる結果になったとしても、知った事ではない。

 元から夢を叶えるためには、人は人を蹴落とすしかないのだから。

 だからこそ、青石ヒカルを見ているとむかむかする。

 あの女はそんな単純な原理にすら、気づいていない。

 所詮この世はどこまでも不平等で、弱肉強食なのだから。

 

 外を見ると日が落ちかけている西の空が、夕焼けで輝いている。

 空が黄昏の時間、黄金の色に輝く。

 その色は嫌でもセルリアの髪の色を思い出させた。

 彼女の髪の色も同じように、金色に輝いていた。

 爆豪たちが見た彼女の輝きは、黄昏る時の太陽だったのかも知れない。

 世界は闇に沈むその瞬間、黄金に輝いていた。


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