青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第40話

 

 雄英体育祭の当日になった。

 時の流れは速い。二週間という時間は、あっという間に過ぎていった。

 

 緑谷は二週間の間、必死に努力した。

 余りにも濃密な二週間だった。

 シアンに頭を下げ、鍛錬を付けてもらい。

 彼女が生きるために培った技を伝授してもらった。

 ”ワン・フォー・オール”を使用した新しい技の開発。

 体を鍛えるため、そして初心に返るためゴミで溢れた海岸の清掃。

 シアンに連れて行ってもらい、貧民街(スラム)にも足を運んだ。

 時には戦闘になる事も有り、実戦経験も少ないながらも積めた。

 

 孤児院の子供達とも知り合いになった。緑谷に懐いていてくれている子も居る。

 今日も孤児院の一部の子は、雄英体育祭に招待されている。

 残念ながら行けなかった子も、今頃孤児院のテレビの前で、胸を躍らせながら見ているだろう。

 

 緑谷は胸を夢で膨らます子供たちの姿を、思い出しながら歩いている。

 緑谷は生徒達と、別の部屋に呼び出されていた。

 まだ開催までは時間がある。

 と言っても余裕をもって生徒達は体操服に着替え、控室で待機している。

 緑谷も体操服姿だ。コスチュームは着用禁止だ。

 体育祭にはヒーロー科以外の学科の生徒も参加する。

 少し残念だが、公平性を考えた際やむを得ないだろう。

 個性の都合上、付けないと危険な器具などはもちろんOKだ。

 だから青山は、いつもの様にベルトを付けていた。

「来たな緑谷」

 呼び出した人物は。法月将臣。

「何でしょう?」

 警戒心を顕わにしながら緑谷は言う。

「貴様には以前から質問を投げていたな。そろそろ答えは出たか」

 緑谷は返事を返さない。法月将臣をただ見つめ返している。

 下手な返事を出したら、この男は何をするか分からない。

 だがそんな緑谷の様子に、法月は概ね満足したらしい。

「その様子では、まだのようだな。しかし良い。

 考えを止めてさえいなければ。今のまま問いかけ続けることだ。

 だが今日は、ひとつ釘を刺しに来た」

「釘を?」

 緑谷の疑問に法月は切り出す。

「貴様が考えているその疑問。(ヴィラン)とは何か。

 それは、絶対に表に出してはならん。

 間違ってもそれを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 法月の言葉の意味をよく考える。

 もしかして緑谷が思いつめた末に、そんな事を聴衆に呼びかけるかもしれない。

 それを危惧したのだろうか。

「……どうしてですか?」

「民衆とはな、貴様が思っているよりも、ずっと無知蒙昧(むちもうまい)だ。

 緑谷、(ヴィラン)とは何か。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どうでも良いって……そんな事……!」

 法月は口を歪める。

「民衆はな、説教など求めておらん。

 求めているものは、強烈な快楽をもたらすエンターテイメントなのだ。

 奴らは、快楽に群がる獣の群れだ。

 物事を、「快」と「不快」に分類し、それで全てを判断する。

 家畜と同じだ。

 与えられた餌に、美味い不味いと意見は言えど。

 その餌がどのように作られておるのか、考えもしない」

 緑谷は法月の言葉に些か動揺した。

 だが、この手口はいつもの事だ。

 この男は人の心の隙間を狙って、”もっともらしい暴論”で攻撃してくる。

 確かに民衆には、愚かな一面が有るだろう。

 だが余りにも、民衆を馬鹿にしすぎでは無いのか。

 緑谷は法月の言葉に内心憤慨した。

「緑谷。お前もそれなりの現実を見てきただろう。

 理不尽で不条理。過酷極まりない、この世界の歪みを。

 人々を(ヴィラン)へと追いやる、その一端を見た筈だ」

「……はい」

 その言葉には素直に同意する。

「だが悲しいかな。もしも貴様がどれほど口すっぱく、民衆に訴えかけた所で……。

 奴らは絶対に耳をかさん。

 それは民衆にとって「不快」な情報だからだ。

 奴らは常に「面白いもの」を求め続け、「つまらないもの」を排除する。

 何はともあれ「面白いもの」が民衆にとっての「正義」であり。

 「つまらないもの」を「悪」だと断じる」

 緑谷の中で思い浮かべるものは、創作物。

 漫画などで、一番重要視されるポイントは「面白いか否か」だ。

 いかに技法が優れていたとしても、作者のメッセージ性が伝わってくるものだとしても。

 つまらないなら、エンターテインメントとして失格なのだ。

 面白くも無い漫画など、緑谷だって見る気はしない。

「だが本当に己の糧となるものとは、往々にしてつまらないものなのだ。

 民衆は目をそらす。良薬は口に苦し、その現実から逃げる。

 そのまま、より自分を甘やかしてくれる、甘美な幻想へと惹かれていく。

 自ら思考を放棄して、より強いものに管理される家畜へと身を落とす。

 それが民衆にとっての合理的判断であり、楽な選択肢なのだ。

 何のために回しているのかも分からん歯車をクルクル回し。

 どうやって作られたかも知らない餌の中から奴らは選ぶ。

 選ぶ基準はただ一つ。「より美味なものを」それだけだ。

 その餌の中に、破滅をもたらす”毒”が入っているなど考えもせん」

 暴論だ、と緑谷は思う。

 だが具体的な反論の言葉が口からは出てこない。

 この男の言う事は、確かに真実を孕んでいるのだろう。

「緑谷、なぜ雄英がこのような催し物を、大々的に行うか分かるか?」

「……雄英高校への民意を、好意的なモノにするため」

「そうだ。行う理由はそれだけでは無いが、そもそもはその為に行っている。

 民衆を味方につける為の、正しい方法は一つ。

 エンターテインメントを見せる事だ。

 地味に正しい事を、とくとく説いた所で時間の無駄だ。

 雄英ひいてはヒーローに対し、好意的にさせるには。

 雄英体育祭(コレ)が一番の方法なのだ」

「ただのプロパガンダでしょう!」

「そのプロパガンダに向けて、真剣に努力したのはお前だ。お前達だ。

 認めろ緑谷。踊らされている事を。

 この世はあらゆる場所に打算が働いている。

 人と金が動く時は、誰かが利益を求めている時だ。

 その現実は決して変わらん」

「あなたは僕に……いったい何を言いたいんですか」

「お前に期待している事はただ一つだ。

 最高のエンターテインメントを民衆に見せろ。それだけだ」

「それが、あなたの言うヒーローですか」

「そうだ。無知で愚かな民衆を扇動し、同時にその民衆の奴隷となる。

 社会の歯車から零れ落ちた、元々民衆だった者を摘み取る。

 それが貴様たちが目指すヒーロー。その本質だ」

(絶対にそれは違う!)

――ええ、そうよ

 緑谷は法月の言葉が間違いだと断定する。

 心の中でアズライトの声もした。

「下がれ」

 法月に背を向ける。

 やはりこの男の事は受け入れられない。

 緑谷の中の何かが拒絶する。

 法月将臣。彼は”正しい”論理を積み上げた後に、先ほどの結論に到達したのかも知れない。

 だが、それは違う。それが緑谷には分かる。

 あの時、青石ヒカルがとレギオンが(たす)けを求めていた時。

 もっと前、ヘドロの(ヴィラン)からオールマイトが救ってくれた時。

 その場に居たヒーローは、そんな薄汚れた原理で動いてなど居なかった。

 人の為に、誰かの為に。

 アズライトが、そして青石ヒカルが時折口にする言葉。

 とても眩しく、とても綺麗だと思った。

 そうありたいと緑谷は願った。それはそうある存在こそが、ヒーローだからだと。

 緑谷はそう思った。

「……アズライト」

――何?

「今日は、絶対に()()に行く。青石さんが強いのは分かってる。

 でも僕一人では出来ない事も、きっと」

――二人でなら出来る、かしら

「うん」

――ええ……分かったわ。

「僕は勝ちに行く」

 緑谷の決意は彼のアズライトだけが、静かに受け止めていた。

 

……。

 

 

 控室で青石ヒカルは暇を持て余していた。

 そこは1-Aの生徒達に割り当てられた控室だ。

 彼女はパイプ椅子に腰かけ、上体を左右にゆらゆら揺らしている。

 青石ヒカルは体操服姿だ。入学初日の個性把握テストを青石は思い出す。

 あの時に、着たかったと思ったっけと思う。

 だが、それを体験したのは、今の青石ヒカルではない。

 青石ヒカルの意識の更新は、あの事件以来止まっている。

 今の青石ヒカルは、()()()に生まれた青石ヒカルなのだ。

 でも彼女にはその実感が沸かない。理性として理解はしている。

 しかし自分の記憶が確固たるものとして有る以上、中々受け入れるのは難しかった。

 

 飯田が壁掛け時計を見て、全体に声を掛ける。

「皆準備は出来てるか? もうじき入場だ!」

「おー!」

 返事をしたのは青石ヒカルだけだった。

 飯田は気合が入りすぎて、若干空回る時が有る。

 だけど青石はそんな、真面目過ぎるほど真面目な飯田を好ましく思う。

 出来れば変わって欲しくないなと思った。

「青石」

「轟君」

 轟焦凍が青石に話しかける。一部の生徒の目が、青石達に向く。

 それらの中には爆豪の視線も有る。

「本当に大丈夫なのか?」

 轟の心配そうな表情に青石は笑顔で答える。

「大丈夫、あれからボクも考えたから。

 戦っても、痛くしない方法を考えたから。

 だから大丈夫」

「折り合いを付けられたって事か?」

「轟君も手伝ってくれたしね」

 ありがとうと続ける青石。パァアと擬音が付くような眩しい笑顔を浮かべた。

「客観的に見て、実力はお前の方が上だと思う。

 けど――俺は、勝ちに行くぞ」

「……轟君」

 唐突に告げられる宣戦布告。

 確かに客観的に見て、青石の方が轟より強い。

 彼が青石に体育祭で勝てる要素なんて、まずない。

 けれど、それを青石は決して笑ったりなんてしない。

 むしろ嬉しかった。

 例え勝てないと分かっていても、全力を尽くして向かってきてくれる。

 その事自体に胸が高揚した。

「あっデク君!」

 部屋に緑谷が戻ってくる。

 彼の顔は先ほどまでとは全然違う。

 何を法月に吹き込まれたのか。それは知らない。

 彼は静かに青石の側に来て言う。

「――僕は本気で獲りに行く」

 緑谷の目の中に「青」が宿る。

 青石は肉食動物が獲物を刈る時のような、どう猛な笑顔になった。

「やれるものならね」

「……ちっ」

 視界の隅で爆豪が舌打ちした。

 

……。

 

「選手宣誓! 選手代表、爆豪勝己!」

 競技の主審を務めるヒーロー”ミッドナイト”の声がスタジアムに響く。

 彼女もれっきとした雄英の教師だ。

「18禁なのに高校に居てもいいものなのだろうか?」

 常闇の疑問が青石にはよく分からない。

 彼女には”18禁”が何を意味しているか分からない。

 相澤もいずれは教えないといけないと思っているが、中々きっかけがないらしい。

 シアンに頼もうにも、法月から止められているとの事だ。

 つまりは青石にはまともな性知識がない。

 轟や緑谷など男子に無防備に接するのもこのためだ。

 それはさておき。

「せんせー」

 やる気がまるで無い選手宣誓を爆豪は始めた。

「……俺が一位になる」

「なっ……?」

 1-Aの生徒達から驚きの声が漏れる。

 今年は青石がいる。青石の力は個性把握テストで嫌という程目の当たりにしていた。

 ソフトボール投げ。記録:無限大

 立ち幅跳び。   記録:無限大

 50メートル走。 記録:0.01秒

 持久走。     記録:0.01秒

 握力。      記録:測定不能

 反復横跳び。   記録:1万回

 上体起こし。   記録:1万回

 長座体前屈。   記録:50センチ

 これが、彼女の個性把握テストの記録だ。

 実力が飛びぬけているのは明らかだ。

 力だけで言えばオールマイトすら優に超えている。それが1-Aの共通した見解だった。

 その彼女が居るというのに、一位になる?

 気が狂っているとしか思えない。

 彼は()()()()()()()()()()()()()

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 そう言って締めくくった。

 青石は爆豪の顔をじっと見つめる。

 爆豪は自分を追い込んでいる。それは強がりなのかもしれない。

 けれどそれが格好悪いとは思えなかった。

 

……。

 

「第一種目は……コレ!」

「障害物競争……!」

「計11クラスでの総当たりレース!

 コースの全長はスタジアムの外周約4キロメートル!

 さぁ位置に着きなさい! コースさえ守れば、()()()()()()構わない!」

 スタートのゲートが開いていく。

 青石は生徒を最後方でそれを見守る。

 彼女の視線が横を向く。そこには生徒が返ってくるゴールゲートが有った。

 当然そこには誰も居ない。

 スタートランプが点灯を始める。

 青のランプが灯った瞬間が、スタートの合図だ。

 

 青の少女の思考が加速する。

 周囲の世界がゆっくりと見え始める。

 フリッカー融合頻度を急激に高めて行く。

 ひとまずは思考速度を、通常の3000倍に定義。

 彼女は「青」の力を身にまとう。

(行こうか、レギオン)

――本当に良いのかしら、本気を出しちゃって?

  早すぎて見えなかったら?

  観測と計測が上手くいかなかったら、瞬間移動扱いで失格?

(大丈夫じゃないかな、相澤さん達、用意は万全たって言ってたよ。

 でも、まぁ。ほんの少しだけ抑えた方が良いかな?)

――了解、行くわよ私

(うん、いつでも良いよ、レギオン)

青の世界(コード・ブルー)

「スタート!」

 お互いを受け入れ合った、青の少女と青の少女の力が共鳴する。

 電脳に現実が同化されて、作り変えられる。

 架空(ゆめ)が現実になる。

 全てがゆっくりになった世界の中、彼女は駆け抜けた。

 

……。

 

「スタートーーーー!『プーーーーーー!』

 はぁ!? もうゴールのブザーが鳴ってるぜ!

 っておいおい、いきなり故障かぁ?

 ……は?

 相澤はため息をついた。隣でわざとらしく驚く”プレゼント・マイク”。

 相澤の視線の先には、ゴールゲートを潜った青石ヒカルの姿がある。

 ざわざわと、スタジアムにどよめきが走る。

 生徒達も何事が起きたのか気になり足を止めている。

「なんだ!? まさかもうゴールしたのか!?」

「いやいや、それは無いっしょ。コースは四キロ。まだ一秒も経ってない

 無理に決まってるって」

 観衆の何処からか聞こえてきた。

「瞬間移動の個性だ!」

「こんなのズルだ!」

 すかさずプレゼント・マイクが実況を伝える。

「今しばらく待ちやがれ! エヴィバディ!

 今、解析班がデータまとめている所だぜ!」

 その間もスタジアムでは、どよめきが広がっている。

 ゴールゲートで青石ヒカルはオロオロしている。

 捨てられた子犬のような目で、相澤の方を見てきた。

 目を逸らした瞬間、彼女はガーンと顔を硬直させた。

「……来たな」

 相澤の手元の端末にスタジアムの外周。そこのコースに設置されていたカメラにセンサー。その情報がまとめられて送られてくる。

 相澤はマイクを取った。

「あーあー。俺は1-Aの担任の相澤だ。よろしく。

 えー、解析結果を中央モニターに表示する」

 スタジアムの中央。何処の観客席から出も見える位置にある、巨大なモニター。

 そこに様々なカメラの映像が映っていた。

 相澤は続ける。

「今回スタジアムの外周、千か所以上にカメラを設置していた。

 そして、その全てのカメラに、今ゴールゲートに居る生徒。

 青石ヒカルの姿が確認された」

 どのカメラもスーパーハイスピードカメラ。

 それでも映っているのはほんの一瞬。ブレも激しいものが多い。

 だがその青い髪に青い目の姿は紛れもなく、今ゴールゲートに居る生徒だった。

「カメラに加え、通過を探知するセンサー。同様に全て反応が見られた。

 探知された順番も、コースに沿っている。

 つまりこの生徒は、決められたコースを全部回った。その上で、戻ってきた。

 きちんと不正なくコースを守り、障害物競走を完走した。

 これが、我々雄英体育祭、実行委員の結論です」

 更にスタジアムのどよめきが大きくなる。

 生徒達のあっけにとられた表情が青石ヒカルに向く。

 大半の生徒が、まだスタートゲートを潜ってすらいない。

 なのに彼女は、この一秒にも満たない刹那の間。

 全ての道のりを終えて、戻って来たと。

 そう言うのか。

「有り得ない……!」

「第一種目、障害物競走。

 最初に戻って来たのは1-A。青石ヒカルだ!

 オラぁ、どうした!? 勝者への礼儀も忘れちまったか!?

 ホラホラ拍手だ拍手!」

 プレゼント・マイクが煽る。

 聴衆たちにも映像に出ている確たる証拠が、段々と認識され始めたらしい。

 まばらに拍手が起こっていく。やがてそれば満員の拍手となり。

――オオオオォオオォオォォ!!

 最後には耳が割れるかと思う程の轟音となった。

「うおおおぉおお! なんっだっ! コレ!?」

「スゲェ凄すぎるぜ!」

「わっ!? わわわ!?」

 青石ヒカルが耳を抑える。

「ほらほら。勝者へのインタビューが待ってるわよ」

 そんな青石ヒカルの手をミッドナイトがを引いて行く。

 彼女が青石ヒカルにマイクを押し付ける。

 青石ヒカルが戸惑っている。だが決して嫌そうな顔じゃない。

 民衆の反応も相澤が予想していた物よりは、好意的だ。

「あ、あの! ボクは青石……青石ヒカルです!」

 両手でマイクを青石は握りしめる。

 スタジアムに拡声された彼女の声が響く。

 テレビをインターネットを通じ、日本中。それどころか、世界中に広まっていく。

 かつて狭い部屋に閉じ込められていた少女。

 彼女が名を、世界に刻んだ瞬間だった。

 青石ヒカル。その存在を今、世界は知った。


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