〇〇テレビでは、人が慌ただしく動いていた。
今日はとうとう雄英体育祭の当日だ。
かのオールマイトやエンデヴァーを輩出した、超が幾つ付いても足りない。
それくらいの有名進学高校だ。
たかが体育祭と侮るなかれ。
歴史を重ねていくにつれ、評価されていき。今やオリンピックに代わるとまで言われるほどになった。
全国から集まった”個性”豊かな彼らが、ぶつかり合う様子は全国で放映される。
そこで活躍し名を広めたヒーローは数多い。
ともあれ、今はテレビ局に限った話では無いが忙しい。
他の局よりいかに目新しく、人々の興味を引く話題を探すため血眼だ。
そしてその成果が、如実に数字として表れるのだ。
視聴率という厳然たる結果として。
必死にならない理由がない。
「今年はどうですかねぇ。私はやっぱり三年生を注目したいですが」
「具体的に誰をお前は注目してる。やはりビッグ3か?」
「そっちは当然として、他に成長している生徒が居ないか。
それもちゃんとチェックしてますよ。やっぱり経験値が違いますからねぇ。
一年生は元気が有っても、そこはどうしてもね。2年3年には劣りますよ。
3年生は卒業後も視野に入れてますし、プロはそっち視るんじゃないですか?
実際カメラ
「ああ、まぁそうだな」
「とはいえ
「大変です、プロデューサー!」
「なんだ」
「とんでもない奴が現れました! 一年に!
とにかく休憩なんてしてる場合じゃないですよ!」
「まぁ落ち着け。まだ、第一種目段階だろ? んな大袈裟な……」
「”超新星”が出たんですよ!」
その一言にプロデューサーと呼ばれた男は、途端に速足になる。
例年いつも忙しいテレビ局だが、今年は特に忙しくなりそうだ。
……。
「ヨーコソー! 青石ヒカル、歓迎するぜ!」
「えと、あの……。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる青石。
マイクで拡声された声に、スタジアムが大きくどよめき返事を返す。
その反応におっかなびっくり。おずおずと用意された椅子に座る。
目の前には集音のマイク。ここに喋りかけると先ほどの様に、スタジアム全体に声が届く。
隣には相澤消太、反対の隣には”プレゼント・マイク”が居る。
青石ヒカルは、大人二人に挟まれてる。
彼女はゲストとして、実況席に招かれていた。
正確には招かれるというより、連行されてきた。
誰に連れてこられたかは言うまでもない。
相澤の顔は、いつもよりぶすっとして不機嫌そうだ。
青石達に向けられているカメラに意識が向く。
この実況席の様子も、全国のお茶の間に届いているそうだ。
何千万という人間が画面越しにこちらを見ている。何となく彼女は居心地が悪くなった。
「ぶっちぎりの実力! 障害物競走、文句なく一位で帰還だ! 感想は?」
「あの……ごめんなさい」
「なんで謝りやがる?」
「だって……」
彼女が指さす先には、再び準備を整えだす生徒達の姿。
「やり直す事になっちゃったんでしょ?」
「気にすんじゃねーよ!」
”プレゼント・マイク”が背中をバンと叩いて少し痛い。
彼女が一位でゴールした時、生徒の誰もスタジアムから出てすらいなかった。
詳細に吟味した結果、彼女は0.0015秒ほどで帰ってきていた。
そんな時間では普通一メートルも進めない。
ブザーがいきなり鳴った事も有り、生徒全員が何か障害が発生したのだろう。
そう考えて、止まっていた。
だから一旦、仕切り直しになったのだ。
当然それは青石ヒカルは除いて、だが。
「さーて実況していくぜ!
アーユーレディ!? 青石ヒカル! イレイザー・ヘッド!」
「お、おー!」
「……」
割とノリよく返事する青石に対して、相澤は更に不機嫌そうになった。
今再び青石ヒカルを除いた一年生全員が、スタートゲートの前に集まっていく。
そして”プレゼント・マイク”が
「ハイ、スタートー!」
開始を告げて始まった。
生徒の集団が動き出す。
密集し団子状態で、身動きするのも、やっとに見える。
ゲートを潜る事すら、大半の生徒に難しい。
それを見た青石ヒカルは思わず声が出る。
「ねぇ、相澤さん」
「
この会話も余すことなく、実況として全国に放送されている。
スタジアム中にも聞こえている。
だが彼女は大した緊張もなさそうに、相澤に話しかけている。
「相澤先生、それにマイクさん。あの出口狭すぎない? 全然通れてないよ?」
「そうかも知れねぇな! カカッ!」
生徒達はぎちぎちに固まりながら、スタジアムの外に出ていく。
スタジアムの外の様子は、カメラ越しに映像として見る事になる。
「狭すぎるよ! こんなの怠慢だよ!」
「……いや、つまりこれが。最初の
「戦いってのは、実際に戦う前から始まってるんだぜ!?
最初の位置取りから考えて本気にならねえと、スタートする事すらままならねぇ。
そんなもんよ!」
そんな時、先頭集団に動きが有った。
いきなり地面が氷結していく。
氷に足元を凍らされた生徒が動けなくなり、その場に止まる。
それは……。
「おっと先頭の轟焦凍! いきなり地面凍らせ妨害だ!
凍らされた生徒の足が止まるぅ!
初見殺し過ぎんだろコレ!」
「ルール違反じゃないの?」
「コレはセーフ!」
青石の疑問に答えたのは、主審のミッドナイト。
確かにコースさえ守れば、
そう言っていた記憶は有るが。
「うう、痛そう……皆怪我してないと良いけど……」
足が凍ってしまった生徒を見て、青石ヒカルが心配の声を上げる。
「そこら辺はバッチリだ! 不慮の事故にも備えて、コースにはプロヒーローが陰から見守ってるぜ!」
「怪我や、体調不良等、途中での棄権も受け付けている」
相澤が補足する。
プレゼント・マイクはニカッと笑い。
「出来れば完走して欲しいけどな! 当然救護班も待機中だ。
安心して見ていてくれよ!」
安全対策も怠ってはいないと宣伝する”プレゼント・マイク”。
「凍らせた生徒は轟焦凍! 個性”半冷半燃”! 左で凍らせ、右で燃やす!
「逆だ馬鹿」……あ? 逆? ……右が氷?
どっちでも良いだろ。とにかく正真正銘の
そういや、轟も1-Aだったな、青石と同じクラスだな!」
「うん、友達だよ」
彼のテンションはいつもより更に高い。
まぁ騒がしいのはいつもの事だが、実況なので仕方ない。
「おい、イレイザー・ヘッド! お前のクラスはどうなってやがる!?」
「俺が知るか」
相変わらずぶっきらぼうな相澤。
それを見て少し青石ヒカルの頬が緩む。
実況席から青石ヒカルは轟焦凍を見つめる。
プレゼント・マイクのうるさい声がスタジアム中を沸かせていた。
……。
(危なかった!)
緑谷は間一髪、轟焦凍の攻撃を回避していた。
アズライトの警告も有ったが、やはりクラスメイトとして事前に知っていたのが大きい。
「そう上手くいくかよ! 半分野郎!」
(そりゃあ、かっちゃんなら避けるよね!)
やはり爆豪も回避している。両手から爆発を起こし、その衝撃で宙に浮いている。
そのままロケットの様に推進していく。
爆豪が雄英に入ってから見せ始めた、個性を使った移動法。
あれほど使いこなしているとなると、雄英に入る前から、日ごろコッソリ練習していたのだろうか。
腕は足に比べ力が弱い。宙に浮くほどの爆発になると、手への衝撃もかなりのものの筈。
一朝一夕に出来る移動法じゃないだろう。
「あぶなっ……」
緑谷と爆豪の他に、轟焦凍の攻撃を免れた者は、1-Aの者達ばかり。
青石ヒカルという存在に埋もれているが、轟はとんでもない実力者だ。
青石ヒカルを除けば、断然クラスの中で最強は轟。
当然皆、彼の使う氷結を頭に置いていた。だから回避できたのだ。
集団から緑谷含めた、1-Aのクラスメイトは抜け出していく。
緑谷も、前に見える轟の背中を追いかけている。
そう言えば飯田の姿が見えない。この競技なら足の速い彼の、独壇場だと思っていたのだが。
まだ後ろの団子状の集団に、揉まれているのだろうか。
(……ワン・フォー・オール……)
緑谷は個性を使う。周りに人はいるが、先ほどよりまばら。
ここなら人に被害は出ない。
体に力がみなぎる。体を屈め、クラウチングスタートのような姿勢に。
そして一気にためた力を全身へと伝達させる。
ばねの様に体がしなり、地面から反作用を受け取る。
そして一気に加速。ライバルたちをごぼう抜きにしていく。
(よし、やれた! 訓練通りだ!)
シアンからこの二週間特訓を受けた。その際に身に付けた技術の一つ。
ワン・フォー・オールの力を纏うフルカウル。その更なる発展。
纏った力を更に、よどみなく流れるイメージで回す。
緑谷の体はまだ未熟。だが例え成長したとして、一極に力が集中すれば壊れるのは自明の理。
――力が一か所に加わらないよう、常に流動し続けるイメージです。
シアンのアドバイスを思い出す。
今まで移動するときは足。殴る時は手に、ワンフォーオールを使っていた。
それを全身に分散させる。
今までは腕や足だけでは耐えきれなかった衝撃を、全身に回して受け流す。
そのまま先頭の轟の横を、風よりも早く駆け抜ける。
「っ……! 緑谷ぁ!」
轟の顔が見えたのはほんの一瞬。
更に加速を開始する。
一歩一歩が地面を踏み砕く。歩幅も尋常ではなく広い。
人が本来発揮できる力を優に超え、緑谷は突き進む。
そのまま先へと向かおうとするが――
『さぁ障害物だ! 第一関門、ロボ・インフェルノ!』
実況の声が聞こえる。
立ちはだかるのは雄英の入試でも使われたロボット。0P仮想
ただその大きさが半端ではない。
高さ10メートルは優に有るだろう。それが所狭しと並んでいる。
数は10や20できくだろうか。
けれども、
(アズライト、頼む)
――本当に、良いのね?
(うん)
アズライトが緑谷の痛覚を遮断すると同時。
ワン・フォー・オールの力を更に解放する。
力を凝縮させた右腕が「青」に輝く。
彼女と思考が共有される。”ワン・フォー・オール”と”アズライト”が互いに響き、更に先のステージの力が解き放たれる。
緑谷の腕の根元から肩のあたりにかけて、アズライトと同化する。
同化された部位が、青い結晶に包まれた。
「
ドオン! という轟音がした。大気そのものが、巨大なエネルギーに揺さぶられる。
暴風が吹き荒れる。
緑谷の右ストレートが大気を貫き、衝撃波を起こしたのだ。
『なんだこりゃああ!』
辺りに舞い上がる塵と粉塵。
もろに衝撃を受けた仮想
周囲のそれは、近くのは吹き飛び。遠くのモノも、次々とドミノ倒しの様に倒れていく。
緑谷から前方が抉れて、筒状の何もない空間が出来ていた。
半径数メートルのそこに、緑谷は体を滑り込ませる。
緑谷の右腕は衝撃に耐えきれずにボロボロ。だがそこを結晶が包み同化する。
そして砕けてはがれる結晶。
アズライトの力により、緑谷の腕が完璧に元の姿を取り戻した。
走り抜けながら緑谷が行う治癒。それの同化結晶が軌跡として残り、太陽の光で虹の様に輝く。
『強力! 破壊力なら、もしかしてオールマイトにも迫るか!?
体がぶっ壊れるリスキーで滅茶苦茶な威力! だが再生能力も完備!
正体不明! 何の”個性”だ緑谷出久!?
そしてこいつも青石と同じ1-Aだ! どうなんてんだこのクラスは!?』
実況の声も緑谷には届かない。
集中力が極限までに高まっている。
視界の要らない情報はカットされ、色彩すらも消え失せる。
緑谷は一気に集団を抜き去り、単独トップに躍り出る。
(アズライト!)
――ええ、後ろは気にしなくてもいい。
今はとにかく前に向かって走って。
緑谷は既に、次の関門を視界に収めていた。
……。
少し時は遡る。
まだ集団がロボ・インフェルノに入る前の頃。
プレゼント・マイクの実況に合わせて、青石は何とかコメントを返していた。
「青石、今、全国から凄ぇ数のメールと電話が来ているみたいだぜ!」
「そうなの?」
「Hey! 全国のリスナー諸君! 取り敢えず、後で質問タイムを設けるから、今は実況を優先させてもらうぜ!
イレイザー……は良いか、どうせ答えないし。「おい」
青石、誰が一位になると思う? トップが考える順位予想を聞かせてくれ!」
相澤が抗議の声を上げるが、マイクはどこ吹く風。
実況席に居るのは三人だが、まともに実況しているのはプレゼント・マイクだけだ。
このイベント、彼にかかる負担が、いささか大きいのではないか?
もし彼が雄英を止めてしまったら、来年はどうするのだろうか。
青石は少し心配になった。
まぁ他に二年、三年の会場でも実況している人はいる。
人員に当ては有るのだろうが。
「……えと、ボクの予想なんか当てにならないよ?」
「んなのテキトーで良いんだよテキトーで!
ちなみに下馬評じゃ、轟焦凍辺りが人気高いみたいだぜ?」
「えと、じゃあ……一位は緑谷君。これは多分、ううん絶対。
二位は轟君……ううん飯田君かな? 三位が轟君。だと思う」
「緑谷? オーそうか……じゃあ選手宣誓で一位になるつった爆豪は?」
「四位か五位……もしくはそれ以下かな……。
飯田君は純粋に足が速いし、轟君は強いから。
多分その二人には勝てないと思う」
「ほー? でも、今見てる分だと、飯田は割と遅れてるな」
確かにプレゼント・マイクの言う通りだ。
飯田の真面目な性格が災いしたのだろうか。集団の中でもみくちゃにされ、中々抜け出せていない。
強引にでも出たら、彼も本領発揮出来るのだが。
「うん。勝負は時の運だし結局分かんない。
ちゃっ……爆豪君も、爆発を使った柔軟な移動が出来るし、かなりいい勝負になるんじゃないかな?
……緑谷君以外は」
「おっと! その緑谷が動きを見せた!
”個性”を使ったか!? 速ぇ速ぇ! なんつースピードだ!
そのまま一気に轟焦凍をぶっちぎって、単独一位だ!」
スタジアムが一気に沸いた。
緑谷が”ワン・フォーオール”でグングン速度を上げる。
他の生徒を置き去りにしていく。
「緑谷は第一関門に到着!
さぁ障害物だ! 第一関門、ロボ・インフェルノ!
後続も続々緑谷に続き……なんだこりゃああ!」
スタジアムにまで轟音が届く。緑谷が放った拳が嵐となる。
そしてカメラの中の仮想
緑谷が拳を振るった後、反動で自傷した腕が再生する。
その時に見えた結晶。過去に嫌という程見たものだ。
それは現実を電脳に同化するアズライトの力。
多分緑谷は”ワン・フォーオール”の力をまだ扱いきれない。
その欠点をアズライトを使い、強引にねじ伏せているのか。
(そっか……あのボクは、緑谷君を選んだんだね)
感慨深げに緑谷を見る青石。アズライトの想定されていた使い方は、全ての人に宿る事。
だがそれは叶わない。けれど全ての人とは行かずとも、緑谷は適合して扱えている。
元々想定されていた使われ方とは違う。
それでも緑谷のために、もう一人の自分が役に立てている。
その事がとても嬉しく思えた。
「緑谷はもう、第二喚問。『ザ・フォール』も軽々突破だ!」
プレゼント・マイクの声に青石は我に返った。
「早ぇなおい! というかあれ、一応綱渡りなんだけどな!
ジャンプで軽々突破していきやがった! おい綱渡りしろよ」
「あの程度、緑谷君には意味ないよ」
「っていうか緑谷速すぎじゃね? まだ他の奴ら第二関門についてすらいねぇぞ?
っていうか話してる間にもう第三関門まで来やがった!
だが、さっきの様には行かねぇぞ?
一面地雷原! 怒りのアフガ……」
ゴオオン!
映像の中の緑谷が腕を振るった瞬間、画面が揺れた。
緑谷の攻撃で埋められていた地雷が全て誘爆して、大爆発を引き起こしたのだ。
わずかな振動か実況席にも伝わってくる。
そしてカメラには爆発の後に立つ煙を背にして、入り口にまで駆けていく緑谷の姿。
「どわあああ! もう無茶苦茶だ! 早い早い早い!
早すぎるぅ、緑谷出久! 片手の一振りで埋まってた地雷を一斉除去!
悠々とゴールゲートを潜っていくぅ! そしてゴール!」
スタジアムに帰ってきた緑谷の息は上がっている。
映像の中の他のライバルたちは、まだ第二関門すら突破していない。
余りにも圧倒的。だがその緑谷ですら、青石ヒカルには及んでいない。
実際今の競技、全盛期のオールマイトが参加したとしたら、緑谷以上に早くゴール出来ただろう。
「ゴール! いったい誰が予想できたか!? 大半の予想を覆し、一位になったのは!
1-A緑谷出久だ!」
ゴールした緑谷の息は上がっている。
汗も大量に噴き出して、滝の様に流れ出していた。
青石は個性を使う。スローモーションになった周囲。
その中を青石は、スポーツドリンクを一つ手に取る。生徒に配布する水分補給用だ。
そして緑谷の前にまで来て、個性を解除する。
速度が戻っていく世界。
いきなり目の前に現れた青石に、緑谷はビックリする。
「はい、どーぞ」
「……ありがとう」
緑谷は素直に飲み物を受け取る。
ごくごくと一気に飲んでしまった。もう少し大切に飲んで欲しかったが、あまりに一生懸命に飲むので何も言えない。
「ふー……」
「どうだった?」
「どうって言われても、今はまだ……必死にやっただけだよ」
「そっか」
次に適当なタオルを個性で創り出して、緑谷に渡す。
緑谷は「ありがとう」と受け取り、汗をぬぐった。
「でも……」
「でも?」
言いよどむ緑谷。青石は訝しげに見る。
緑谷は静かに己が潜ったゴールゲートを見る。
まだそこには誰も現れていない。
生徒達も必死になっているが、まだ第二関門の途中らしい。
その中では轟が一歩抜け出ている形。続いて頑張っているのは爆豪だ。
「……ボクやオールマイトさんが見ていた景色。
多分、緑谷君にも、少し分かったんじゃないかな」
「そうかな? ……そうかもね」
誰も居ないゴールをひたすら見続ける緑谷。
何となく青石には彼の気持ちが分かる気がする。
「……寂しいよね。誰も横に並んでくれないのは」
「そうだね……でも手を抜くわけには行かない。手は抜けなかったんだ」
「うん、そうだね。本気で来てくれたんだから、本気でやらないと。
じゃないと失礼だもんね」
「うん」
それっきり二人は黙りこくる。青石は
「実況が有るから行くね」
といい、一瞬で実況席に戻っていった。
緑谷はひたすら待つ。未だに誰も来ないゴールゲートを。
横に並び立つものが居ない、青石ヒカルが経験していた孤独。その辛さを味わっている。
力を求め、そのトップに立った時。その果てにいったい何が有るのか。
それが緑谷には分かった気がする。
緑谷がゴールして二分経った。
まだ、ゴールに人は来ない。