「いやー圧倒的だね。青石君はもちろん分かっていたけど。
緑谷君もなかなかどうして」
「根津校長、それは?」
「何ってポップコーンさ。いる?」
根津校長と八木は観客席から体育祭を見物していた。
オールマイトの姿は痩せこけた姿だ。
この姿がオールマイトだとは一部の人間にしか知られていない。
もしマッスルフォームで観客席に居ようものなら大変だ。
騒ぎで競技どころではなくなってしまう。
「いや結構ですが……本当に良かったんですか?」
彼が聞いているのは当然、青石ヒカルの事だ。
「正直な話。まぁ、良くは無いね。
青石君も、そして緑谷君も。力が有る生徒が居るのは当然嬉しいけどさ。
パワーバランスが崩れるのは良くない。
強いにしても、そうだね。轟君くらいが丁度いい。
爆豪君みたいな例外じゃないと、挑む気すら湧かなくなってしまうからね。
向上心がなくなってしまうのは、良くない」
「……では何故参加させたのです。青石君を。
緑谷少年は、まだあの段階では分からなかった。ですが青石君は違う。
理由なら幾らでも付けられたはず
このままでは彼女が圧倒したままで終わる。
雄英体育祭が彼女の力を、誇示するだけのイベントになってしまう。
それは最初から分かっていた筈では……」
「まぁ同情してたっていうのが大きいかな。
でも八木君。君の心配は無用さ。
「は……? そんな筈無いでしょう……彼女の力は本物だ。
彼女にかかればハチマキなど、それこそ一瞬で」
「そういう問題じゃないさ。……まぁ見ていたらすぐに分かる筈だよ。
多分見られるはずさ。人間の悪意って奴をね」
校長の寂しげな笑みに、オールマイトは不安を隠せない。
先ほどの校長の言葉。もう一度思い出す。
何も出来ずに敗退する。何も出来ずに。
次の競技は騎馬戦。チームは15分の交渉時間を使い、自分で作るないし入れて貰わなければならない。
(……待て、騎馬戦は障害物競走から上位42名。
そして騎馬の人数は2~4人……。
……! まさか、いやしかし……!
生徒達がその事に、果たして気付くか? 気付いたとして、実行するか?)
オールマイトの予感は後に的中する事になる。
……。
「くそっ……くそ!」
遠くで爆豪が悔しがっている様子が見えた。
青石ヒカルはぽけーっと次の競技の説明を待っている。
正直彼女は自信が有る。どんな競技が来たところで負ける筈無い。
自惚れているつもりすらない。
現に彼女は周りを圧倒できる
「予選通過は上位42名! 落ちちゃった人にもまだ見せ場は有るわ。
安心しなさい!」
ミッドナイトの説明が始まった。
結局障害物競走の結果は、概ね予想通りだった。
一位は青石ヒカル。二位が緑谷。三位に轟。四位が爆豪だった。
青石はてっきり飯田は三位辺りになると思っていたのだが、6位だった。
それでも十分上位だ。
「そして次からいよいよ本選よ! ここからは取材陣も白熱してくるよ!
第二種目は……騎馬戦!」
「……騎馬戦?」
青石ヒカルは騎馬戦を知らない。頭にクエスチョンマークが浮いている。
実際に浮いている訳では無いが、第三者から見て明らかに分からない風の顔をしている。
「参加者には
基本は普通の騎馬戦と同じ、けれど違う点は……。
先ほどの結果に従い各自に、ポイントが振り分けられることね」
「ポイント制だと!?」
青石は昨日見た、アニメの登場人物のセリフを使ってみる。
全身が白い人で、イマイチ頼りにならない人だった。
最後は仲間を庇って死んでいくが、その仲間も結局死んであまり良い所が無かった。
一緒に見ていたシアンはきっぱりと「無能ですね」という始末だ。
でも青石は例え無能でも、一生懸命だった人なので割と好きだ。
頼りにならないとは感じたが。
それはさておき、ミッドナイトの説明は続いている。
「ポイントは下の順位から5ポイントずつ振り分けられるわ。
42位は5ポイント。41位は10ポイント。という具合にね。
そして――」
ミッドナイトの視線が青石に向けられる。
「一位に与えられるポイントは1000万!」
一斉にこちらに向けられる視線。青石は少したじろぐ。
だがそれが何だというのか。
青石は心の中で自分を鼓舞する。
ミッドナイトは更に説明を続ける。
「競技の制限時間は15分。振り分けられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、
騎手がポイントを表示されたハチマキを装着。
終了までハチマキを奪い合い、ポイントを稼ぐのよ。
取ったハチマキは首から上に巻く事。
そしてハチマキが全部取られても、騎馬が崩れても、失格にはならない。
最後の最後までチャンスは有るわ!
当然、個性の使用は有り。でも悪質な崩し目的の攻撃はレッドカード!
そして、最終的にポイントが多かった
その騎手とメンバーが、決勝へと駒を進められるのよ!」
「ふむふむ……」
「それでは
「ミッドナイトさん!」
青石は手を上げて質問した。
「何?」
「もし15分で、
まぁ、自分がそうなるとは思っていないが、一応聞いてみた。
ミッドナイトは薄く笑って。
「……ええ、
せめて何処かに入れてもらえるよう、交渉頑張りなさい
これは君たちのコミュニケーション能力も、同時に計っているのよ」
「大丈夫です!」
騎馬かなんだか知らないが、要はハチマキを取られなければいいのだ。
実力は皆分かってくれたはず。自分が居るだけでそのチームの勝ちは確定だ。
「――では、交渉時間始め!」
……。
「ヒカルが敗退する? ……本気でおっしゃっているのでしょうか。法月様」
「少し考えれば分かる事だ。100%ではない。絶対はない。
だが、そうなる確率は低くない。そう踏んでいる」
法月の言葉に耳を疑うシアン。
「考えても見ろ。他の生徒から見たら青石ヒカルとはどのような存在だ?
正体不明の訳の分からん個性を振りかざす、素行不良のならず者だ。
その分際で先生達からは目を掛けられている。たかが個性に恵まれたぐらいで。
大半の生徒はそう思っているのだ。
だとすると、集団競技の中に放り込むと、周りはどういう反応を示すと思う?」
「……彼女と組めば勝つのは確定します。それでも組む人はいるでしょう」
「それがそうはいかん。奴らは曲がりなりにもヒーローを目指している。
各々必死だ。勝ったその先の事も考えている。
仮に青石ヒカルと組んで決勝に上がったとしても、彼女がいる限り優勝は不可能な話だ。
そして彼女がいる限り、雄英体育祭は正常な運営など出来ん。
奴が勝つことが誰にでも分かり切っているからだ。
それではエンターテインメントにはならん」
「……それが、なにか」
「よく考えろシアン。なぜ騎馬戦に出場できる人数が42人なのだ?
最大で4人のチームが組めるというのにだ。
なぜチーム決めの交渉に、15分の制限時間を設けていると思っている?」
「……まさか、生徒達が
「雄英は進学校だ。それもトップレベルのな。
その程度の頭、皆持ち合わせている。
条件は整った。やらない理由があるまい。
まぁ奴がチームを組めたら組めたで、考えは有る。
それはその時の想定の対応をするまでだ。
可能性は低いと思うがな」
「っ! ……ヒカル!」
シアンは走った。今恐らく青石ヒカルは絶望の中に居る。
例え何も出来なくても、少しでも彼女の支えになりたかった。
観客席から見るしか出来なくても、何もしないという選択肢は彼女の中に無かった。
……。
「ねぇ!? なんで誰も組んでくれないの……ねぇ!?」
青石ヒカルが入れてくれるチームを求めて、右往左往している。
その様子を見て、
(くくく……奴はここで落ちる。皆の結束の力でね!)
相変わらず青石ヒカルは、ただ彷徨っている。
(くくなぜ奴は気付かないんだろうね。なぜ皆入れてくれないか。
入れる筈無いだろう!
……簡単な話。まず騎馬戦に参加できる人数。
それが42人という中途半端で、不自然な数だった。
この騎馬戦では最大で4人のチームが組める。
だが三人以下の人数で組むメリットは、ほぼないと言っていい。
一人入れるだけで、その個性で対応できる幅も広がるし。
騎手を支える重量も分散できる。人数は多いに越したことはない。
だけど全員が、4人チームに入る事は出来ない。
総勢が42人なわけだから。4人ずつで組んでいくと、2人余る計算になる。
つまりこれは、組むことを悠長にしている奴が、炙り出されて不利になる仕組み。
そういう事)
青石ヒカルは辺り構わず声を掛けている。だが誰も取り合わない。
物間がその
(チームは2人から組める。つまり逆に言うと、他の全員で結託し。
1人しかチームに入れていない状態を作れば……。
その1人だけを失格に追い込むことが出来る!
そいつがどれ程の力を持っていようとね。
その状況を作るには、青石を除いた41人。
その41人全員が、チームに入っている状況を作る。
つまり4人チームを8組。3人チームを3組作ればいい!
これなら青石ヒカルを除いた、41人だけがチームに所属して。
青石ヒカルだけを排除した形になる。
全員で口裏を合わせていけば、不可能な話じゃない。
皆それに気づいている。
それに気づかない残念な頭の人間なんて、ここにどれだけいるんだろうね。
皆あの力を恐れている。彼女を排除できる、絶好の機会を逃すはずがない。
……本当は緑谷出久も排除したかったが、それは出来ない。
やつまで炙り出そうとして、4人チームを10組作って余りを2人にしたら。
その残った2人がチームを作ってしまうからな。
だから緑谷は妥協するしかなかった……)
「ねぇ!? 誰か! ねぇ!?」
(だが、青石ヒカルは排除できた。十分!
ははは、怯えろ、竦め、個性の性能を活かせぬまま、死んでいけ!)
……。
「どうして!? どうして誰も組んでくれないの!?」
青石は組んでくれる人を求めて彷徨う。
最初は轟に言ったが、彼は青石と戦う事を望んでいる。
そして飯田を含んでいる、4人チームを既に組んでしまっていた。
だから諦めた。緑谷も麗日も、すでに彼らで4人チームを結成していた。
八百万も既に組んでしまっていた。
もうこの時点で、仲のいい知り合いとは組めない。
彼女は手当たり次第に声を掛け始める。
だが全然ダメ。
何処の誰もチームに入れてくれない。
「ヒカル!」
観客席から声が聞こえてきた。何回も何回も聞いてきた声。
紛れもなくシアンだった。
青石はシアンも間近に寄る。
手を互いに伸ばせば触れられる距離に来る。
「シアンさん! あのね……誰も、誰も入れてくれないんだ!
ボクどうすればいいの!?」
「ヒカル落ち着いてください。時間は後、どれくらいありますか?」
「……五分くらい」
「ヒカル、あなたは強い。あなたを入れたら絶対に勝てるという事。
それは皆分かっています」
「ならどうして!?」
「……恐れているのですよ」
「恐れている?」
「あなたには決して勝てない、次の
そういう事です」
「そんな……それじゃボクはどうすれば……」
「……今は高圧的にならず、下手に出るしか有りません。
そして、知り合いをとにかく探しなさい。
あなたの人となりを深く知るものなら、助ける選択をしてくれる人も居る筈です」
「……分かった。とにかく頑張ってみる」
「はい、頑張って下さい。ヒカル」
「うん! シアンさんありがとう!」
青石ヒカルは再び、生徒達の群れの中に飛び込んだ。
「誰か! 誰か組んでくれる人は居ませんか!? お願いします!」
彼女の声が、生徒達の喧騒の中消えていく。
彼女と組んでくれる人は、まだ居ない。