青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第43話

「お願い! お願いします! どうかボクをチームに入れてください!」

「オイオイ、こりゃどういう事だ!?」

 解説のプレゼント・マイクは驚きの声を上げている。

 スタジアムも何とも言えない困惑した雰囲気に包まれていた。

 15分のチーム決めの交渉時間。それも今、残り五分を切った。

 どのチームにも所属していない生徒は、青石ヒカルだけ。

 既にスタジアムでは、4人チームが8組。3人チームは3組出来上がっていた。

 つまり青石ヒカルを除いた41人は、全員チームに所属している。

 障害物競走でぶっちぎりの1位だった彼女は、3人チームの方に寄るが明らかに敬遠されている。

 どのチームも彼女だけは、お断りと言わんばかりの表情だ。

 いや、一部1-Aの生徒は苦渋の表情になっている。

 助けてやりたいが、助けてあげられない。

 言葉に出なくても目がそう語っていた。

「一体何が起こってやがる!?」

「少し考えれば分かる事だろ、これも立派な戦術だ」

「戦術ぅ?」

 相澤はため息を吐く。

 彼も絶対にこうなると分かっていたわけでは無い。

 だが予感は有った。

 青石ヒカルは確かに強い。世界に類を見ない凶悪な個性の持ち主だ。

 だが何でも出来る個性だからと言って、本当に何でも出来る訳では無い。

 今の状況がいい例だ。

 彼女の個性は万能であったとしても、決して全能では無いのだ。

「お願いします! どうかボクを……」

 青石ヒカルは藁にも縋る勢いで、チームに入れてほしいと嘆願するが。

「しつこいんだよ!」

「あっ……」

 邪険に振り払われる。呆然となる青石。スタジアム中でどよめきが起きる。

「おいイレイザー・ヘッド! 何が起きてやがる?」

「……ここに居る生徒全員。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう判断したという事だ」

「はぁ!? あんな出鱈目な事が出来る奴だぜ! 組んだら勝ち確じゃねぇか!

 組むしか普通ないだろ!」

「そうだ、組めば勝ちが確定する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……どういうこった」

 相澤の言葉にプレゼント・マイクは訳の分からないと言った感じに聞く。

 スタジアムの聴衆たちも、皆聞いているようだ。

 相澤はすっと息を一度吸って、言葉を続ける。

「ここに居る生徒は、全員お遊びでここに居るんじゃない。

 ヒーローになるために、ずっと努力を重ねてきて、雄英に合格し。

 ようやく、この舞台に立つことが出来たんだ。

 何十人、何百人も蹴落とした末にな」

「それが、どうしたって言うんだ」

「分からないか、青石と組んで勝つのは、確かに簡単だ。

 だが、そしたら。スカウト達……プロヒーローからはどんな目で見られると思う?」

「あっ……」

 ようやくプレゼント・マイクは得心した感じになった。

 だが彼は悔しそうに眼下の生徒達を見る。

 まるで今の状況は、青石ヒカルに対するいじめだ。

 けれど、責めるにも責めようがない、そう思っているように見える。

「勝ち確定の勝ち馬にのり、悠々と決勝に進んだとしても、世間からは評価されない。

 それで評価されるのは青石であって、組んだ自分ではない。

 これは体育祭だが、各々が真剣に自己アピール出来る絶好の機会でもある。

 そして在学中3回しかない。

 各自、真剣だ。だからこそ、みすみすそれを潰すような真似は絶対にしない。

 青石と組んで木偶の坊になるような、馬鹿な選択が出来ない」

 もう、交渉する気も無くなってしまったのだろうか。

 青石はその場に両膝を着いてしまった。

 両手で顔を覆っている。泣かないように耐えるので必死のようだ。

「……出る杭は打たれるって奴か?」

「平たく言えばそういう事だ。あいつは目立ちすぎた。

 絶対に勝てない敵だと思われたのが、運の尽きだ。

 生徒全員から共通の敵として、認識されてしまった。

 そして、おあつらえ向きの騎馬戦のルールだ。

 このルールなら全員で結託すれば、確実に一人を狙い撃ちして、失格に出来る。

 青石を倒せる機会はここしかない、そうあいつらは考えてる筈だ」

 先ほどから青石は顔を覆ったまま、一歩も動いていない。

 自らがどんな状況に置かれてしまったのか、それを理解したのだろう。

 彼女は強かった。雄英のどの生徒よりも確実に。

 彼女は一生懸命、全力でやったのだろう。だが、そこには賢明さが足りていなかった。

 己がやった事を、周りがどの様に受け止めるのか。

 それを予見する力が欠けていた。

 何のことは無い。

 彼女は”分り合いたい”という願いを持ちながら、人の事を何も分かっていなかった。

 だからこそ起きた悲劇。

 結託して、彼女を失格に追い込む生徒を相澤は責められない。

 これは彼らに出来る、”最善”の選択肢だからだ。

 青石の手から、抑えきれない涙が一滴こぼれた。

「おい! ふざけんな!」

「こんな真似して何がヒーロー志望だ!? 今すぐ止めちまえ!」

「卑怯者!」

 彼女の涙が心に来たのか、会場内でブーイングが巻き起こる。

「おいおいエヴィバディ! ちっと冷静になれよ! 気持ちは分かるがな!」

 プレゼント・マイクの呼びかけにも、会場内の熱は収まらない。

「残り1分よ」

 ミッドナイトが冷酷に残り時間を告げる。

 会場内のボルテージは最高になった。主に怒りのだが。

 オールマイトをも超えるだろう逸材が出てきて、その活躍を見られる。

 皆そう思っていた。

 別に何も悪い事は何もしていない。

 だが彼女は強すぎる。ゆえに、排除される。

 その理不尽に皆、不快感を露わにしているのだ。

「これがヒーロー志望の奴らがやることたぁ呆れるぜ!」

「こんなやり方しか出来ないのかよ!? ああ!?」

 相変わらず観客席から飛んでくるのは罵倒雑言。

 このような事態は、雄英体育祭において例にない。

 生徒達は困惑しながらも、決して態度を変えようとはしない。

「残り30秒!」

 ミッドナイトが告げると、青石は立ち上がる。

 顔に流れる涙を拭って、彼女の元へと歩く。

 そして、彼女は

「ミッドナイトさん……ボク」

「――オイ、待ちやがれ!」

 青石はグイっと肩を引き寄せられた。

 そこには……。

 

……。

 

「お願い! お願いします!」

 遠くで青石ヒカルがチームを求めて、あてもなく歩き回っている。

 足を棒の様に動かし、目には涙すら滲ませている。

 爆豪はそれを見て小さく舌打ちした。

 爆豪も回っている話は耳にした。

 青石をどのチームにも入れずに失格に追い込もうという話だ。

 確かに全員で青石をチームに入れなければ、最大の敵は此処で消える事になる。

 だが爆豪は決して、納得などしていなかった。

(何の冗談だよこれは……ああ!? ふざけんなよ!

 んな1位に何の価値が有んだよ!)

 爆豪が求めているのは1位だ。

 だが、ただ1位になっても意味はない。

 彼の中で明確に基準が有る訳ではない。

 けれど完膚なきまでに相手を上回り、勝つことに意味がある。そう考えている。

 その為には青石ヒカルという存在。それを何としても、叩きのめさなければならない。

 あのムカつく、とぼけた女をぶっ潰し、雄英体育祭で1位になる。

 周りがどう思おうとも、そうするのだと決めていた。

 だが今のこの状況はなんだ?

 このままでは戦うまでもなく、謀略で青石ヒカルは敗退する。

 確かに青石ヒカルがこのまま消えれば、爆豪も1位に近づく。

 それは確かに理解できる。

 客観的に見て爆豪も、自分が青石にまともに勝てる確率は0に近い。そんなことは理解している。

「残り30秒!」

 ミッドナイトが残り時間を告げると、青石はトボトボ歩き出す。

 主審のミッドナイトの近くに行って、口を開こうとしている。

 おそらく棄権しようとしているのだろう。

 彼女の行為は爆豪にとって、とても許しがたいものだった。

(……! クソッ……! クソが!

 俺は欲しいのは……んなぬりぃ1位じゃねぇんだよ!)

「オイ、待ちやがれ!」

 

……。

 

「着火マン……? 何?」

 青石の肩を掴んだのは爆豪だった。

 彼女は爆豪の後ろを見る。彼は既にチームを組んでいた筈だ。

 しかも4人チーム。爆豪の他に、切島、芦戸、瀬呂のメンバーのチームだ。

「俺がてめぇと組む」

「何を言ってるの……? ……()()()はもう4人チームに入ってるんでしょう。

 5人チームは無理……」

「チッ……! だからそのチームを抜けて、俺が組んでやるって言ってんだよ!

 オイ、主審! 騎馬は2人から組めるんだよなァ?」

「ええ、そうよ……まさかあなた」

 ミッドナイトが言いよどんだ。爆豪は言葉を続ける。

「ああ、俺ぁこいつと騎馬を組む、文句あるか自販機女!」

 爆豪が睨み殺すかのような目つきで、青石を睨む。

 青石は今見ている物が信じられない。

 誰も助けてくれないと思っていた。

 まさか手を差し伸べてくれた人が、

 緑谷でも麗日でも、飯田や八百万じゃなく。そして轟でもなく。

 爆豪だなんて、とても信じられなかった。

「……ううん、有る筈無いよ! 組んでくれるの!?」

「だからそう言ってんだろうが! しつけぇ!」

「わあ……! ありがとう!」

 青石は感激のあまり爆豪に抱き着いた。公衆の面前だという事も忘れている。

 スタジアムには当然マスコミも居て、カメラも回っていた。

 だが、青石はそんな事は関係ないと言わんばかりだ。

「何しやがる! このっ! 放しやがれ!」

 爆豪がジタバタするが、青石は笑顔のまま放そうとしない。

 そして……

「ハイ、制限時間終わり! では準備したのち、さっそく開始するわ!」

「はい!」

 青石は元気よく返事をする。

 目の端からこぼれた涙は、先ほどまでと違う。

 それは嬉しい気持ちが、強すぎる故の涙だった。

 

……。

 

『よーし組み終わったな! 準備は良いかなんて聞かねぇぞ!』

 プレゼント・マイクの実況が響く。

 青石は爆豪の背中に捕まっている。

 男女の二人騎馬だ。外野から、カップルだの冷やかしの声が聞こえてくる。

 だが青石の興味はそこには無い。

「ねぇ、着火マン。何でボクと組んでくれたの?

 ボクを蹴落とすのに、最大のチャンスだったのに」

「……」

 爆豪は答えない。青石からは爆豪の顔は見えなかった。

 だが密着している体から、心臓の音がトクトク伝わってくる。

「教えてくれてもいいのにー」

 体をゆさゆさする。爆豪が止めやがれと声を出して、動くのを止める。

「……意味がねぇんだ」

「うん?」

「てめぇは決勝で俺が直々に叩き潰す……! そして1位になる!

 そう決めてたんだよ!

 そうじゃないと意味がねぇ。あんなやり方で、てめぇが落ちて俺が1位になっても。

 誰も俺を1位とは思わねぇ、誰よりも俺が認めねぇ」

「そっか……そうなんだね」

 爆豪の1位への執着は、一体どこから来るのだろうか。

 青石には分からない。気付いたら”力”は持っていた。

 ただ力が有ってもどうしようもない理不尽に苦しんでいて、力なんて意味が無いんだと。

 そう思っていた。

 彼がセルリアを殺したことに対しても、まだ青石は受け止め切れていない。

 状況が状況だった。仕方なかったと思う。

 けれど青石は心のどこかで、爆豪を憎んでいる。

 そう言えば、セルリアについて、クラスメイトは記憶修正を受けているみたいだった。

 だけど何となく青石は。爆豪だけは、セルリアを覚えているのではないか。そう思った。

 だから試しに、彼女の名前を耳元で囁いてみる。

「――セルリア」

 ビクッと爆豪の体が反応した。密着している今だから分かる。

 顔を見らずとも爆豪は

「てめぇっ……!?」

「……覚えていてくれたんだね……ううん、大丈夫。仇を討とうなんて思ってない。

 セルリアはそれを望んでないって、そう思うから」

「チッ! ……後悔なんてしてねぇぞ」

「うん、仕方なかったんだよね」

「……」

「もしかして爆豪君がボクと組んでくれたのって、セルリアの……」

「それは無ぇ」

 きっぱりと爆豪は言い切った。「そっか」と青石は返す。

 爆豪の青石を支える腕に力が入る。

『いくぜ残虐バトルロイヤル! カウントダウン!』

「とにかくな……俺が狙うのは完膚なきまでの1位なんだよ!

 おい自販機女。てめぇ”個性”使うな」

「えっなんで!?」

 青石は個性を使って、あっという間に大勢を決してしまおう。

 そう思っていた。ハチマキなんて青石がその気になれば、息をするように簡単に手に入る。

 青石が個性を使って、いったい何がいけないというのか。

「分かんねぇのか? てめぇの力で勝ち上がっても、誰も俺の勝ちと認めねぇ。

 誰より俺が認められねぇ。この騎馬戦。てめぇは俺の背中に乗るだけにしろ。

 俺の力だけでやる。全部俺がねじ伏せる!」

「そんな……無茶苦茶だよ!」

「余計な事言ってんじゃねぇ! 始まんぞ!」

「そんな! 横暴だ!」

『スタート!』

 マイクの実況からスタートの合図が出される。

 第2種目の騎馬戦が始まった。

 青石は個性を使わない。

 首に下げるのは1000万ポイントと200ポイントのハチマキ。

 周囲からそれを求めて騎馬が殺到してくる。

「オラぁ! 死ね!」

 爆豪の個性が文字通り火を噴く。

 彼のたぐいまれなセンスにより、青石の体重もなんのその。

 爆風の反動で宙に舞い上がり、空を自由に駆けていく。

 青石は怖くてずっと目を閉じていた。

 爆発する音。何かが殴られたような鈍い音。様々な音がせわしなく360度、全方位から聞こえてくる。

「自販機! さっさと首に下げやがれ! てめぇが騎手だろ!」

 さっそく分捕ったハチマキを、押し付けてくる爆豪。

 爆豪の片手がハチマキで塞がり、二人は地面に着地する。

 急いでハチマキを受け取る青石。両手が空いた爆豪は再び宙に舞い上がり、次の獲物を探していく。

「着火マン……! ボク達のこのポイント守れば勝ちなんだよ!?

 そんな無茶しなくても……」

「言っただろうが!」

 再び彼は別の騎馬に戦いを挑む。

 青石を背に乗せているにも関わらず、彼は変幻自在に空を跳ぶ。

「俺が狙うのは、完膚なきまでの1位なんだよ!」

「……馬鹿」

 言葉に反して彼女の言い方は優しい。

 彼女は爆豪の背中に負ぶわれている。

 目を閉じて離れないように、しっかり掴まっていた。


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