青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

47 / 96
第45話

「青石……お前が出ると決めた理由がやっぱ分からねぇ」

「俺を……無視してんじゃねぇ!」

 爆豪が吼える。だがそこに、先ほどまであった勢いはない。

 轟の眼中には爆豪の姿はない。

 彼が敵として脅威に思っているのは、爆豪が背負っている青石の方だった。

「着火マン……! 腕……!」

 青石は悲鳴を上げる。

 爆豪の右腕が氷に覆われていて、使い物にならなくなっていた。

 彼は右腕に既に力が入らないのだろう。

 つい先ほど、轟との接近戦で怪我を負って以来、だらんとぶら下がったままだ。

 青石は痛々しく見ていられない。治そうと思い腕を伸ばす。

 しかし

「使うんじゃねぇ!」

「でも!」

 爆豪の右腕に伸びた手が弾かれる。

 爆豪は頑なに、青石の助けを拒み続けていた。

「轟君! ……こんなのって!」

「何ぬりぃ事言ってやがる。勝負ってのは、こういうもんだろうがよ!」

 青石は抗議するが、他ならぬ爆豪が否定する。

 爆豪は4人騎馬に、突撃を開始した。

 彼は既に片腕しか使えない。空も飛べない。余りにも無謀だ。

「駄目! 無茶だよ! 下がって爆豪君!」

「うるせぇよ!」

 爆豪は裂帛の気合が入った咆哮を上げる。

 まだ動く左腕を彼は振りかざす。

「勝つのは俺だ、半分野郎!」

 爆豪は轟を真っ直ぐ見据えている。だが彼が乗っている物は騎馬。

 そこに控えている彼らが、見過ごす筈もなかった。

 八百万が動く。バサッと布がはためく音。彼らの騎馬がシートのようなもので覆われた。

「はっ! モブが! んなもんで防ごうってか!?」

 爆豪は何も気にせず足を止めない。

 青石は嫌な予感がした。だが今更止められない。

 そんな時、轟の騎馬の左翼がピカッと光る。稲光にも似たそれを、目で確認した時には既に遅すぎた。

「っく!? ぐあああああ!」

「きゃあああああ!」

「……俺を忘れて貰っちゃ困るぜ」

 爆豪と青石の二人騎馬はその場に崩れる。

 爆豪は咄嗟に、青石を下にしないようにしたのだろうか。

 最初うつ伏せになりかけた体勢を、仰向けになり地面に倒れ伏す。

「上鳴君……」

 青石と爆豪はもろに感電して、悶絶する。

 受けた攻撃。それは上鳴電気(かみなりでんき)の個性”帯電”による放電だ。

 彼は電気を放出して、纏うことが出来る。

 だがあくまで纏う事が出来るだけで、指向性を持たせることは出来なかった筈。

 だがら爆豪も青石も、彼の攻撃を頭の中から除外していた。

 彼が放電したら、彼らの騎馬もろとも巻き添えになるからだ。

 けれど……。

「そっか……絶縁体のシート……八百万さん」

「その通りです青石さん。悪いですが勝たせてもらいます」

「爆豪君……! しっかりして爆豪君!」

「うっ……くっそがぁ……!」

 爆豪は何とか意識を保っている。がそれだけだ。

 本当にしゃべるのだけで精一杯。

 緑谷達との戦いで消耗したその上に、利き腕は轟の氷結に凍らされてしまい。

 あげく今、上鳴の帯電をもろに受けたのだ。

 意識を失っていない。それだけでも信じられない程の耐久力だ。

「酷いよ轟君! 上鳴君! 何もここまでしなくても良いじゃない!」

「……多少加減を間違えたかもな」

「これが多少!?」

 轟の呟きに青石は憤慨する。

 ピピー!と笛の音が響く。

 主審のミッドナイトが、場外から声を届かせる。

『轟チームイエローカード! 悪質とまで行かなくてもやりすぎよ!

 次は退場処分とします! よろしい!?』

「……うす」

 ミッドナイトに轟は頷いた。

「爆豪君! 爆豪君!?」

 青石は爆豪の肩を揺さぶる。爆豪の意識は落ちかけていた。

 

……。

 

『ああーっと!? 爆豪チームダウン!

 轟チームからの電撃をモロに食らった! 流石にコレはキツかったか!

 ……おっと、その攻撃でイエローカードが出されるようだぜ!

 だが依然として爆豪チームは立ち上がれない!

 盛り上げてくれた二人騎馬(カップル)も果たしてここまでか!?』

 相澤は実況席で、騎馬戦の行く末を見守っていた。

 プレゼント・マイクの実況が大きくスタジアムに響く。

 カメラも大半が爆豪チームを追っている。

 スタジアムの中央モニターに大写しで爆豪チームは映される。

 どれ程の実力差が有っても、どれ程の怪我をしようとも、どれ程のハンデを背負っても。

 彼は決して自分を曲げない。

 どれ程の逆境が襲い掛かろうとも、彼は逃げずに立ち向かう。

 爆豪の一位を取るというその覚悟。それはスタジアム中の観客の心を捉えていた。

 最初こそは皆、爆豪の横柄な態度に眉をひそめていた。

 だが彼への評価は、この戦いを通じて既に逆転していた。

「頑張れー!」

「卑怯者共に負けんじゃねぇ!」

「立てー! 立ってくれー!」

 倒れてしまった爆豪。

 その彼に会場から、大きな声援が送られている。

 轟チームが何かやる度にブーイングが起きる。

(やれやれ、まるでこれでは轟チームが(ヴィラン)だな)

 事実轟チームは、かなりやり辛そうにしている。観客を敵に回しながらアウェーで戦うのは、気分が良くないだろう。

 爆豪が意図した事では絶対にない。

 だが爆豪の持っていた素質は戦いを通じて、確実に開花していた。

 それはトップヒーローが、身に付けなければならない素養。

 オールマイトなどが持つトップヒーローが持つもの。

 カリスマ性。

 爆豪はそれを獲得しつつある。

 どれ程の活躍をしたとしても、民衆に支持されないヒーローは二流だ。

 爆豪の良くも悪くもひたむきで真っ直ぐな姿勢。

 それは万人からの応援を受けるには、十分すぎるものだった。

「あ! 立った! 立ったよ、バクゴー君!」

 子供の歓喜の声が聞こえた。

 爆豪がまた立ち上がる。足は既にガタガタ震えている。

 呼吸も荒い。

 本当は直ぐに、棄権させるべきだと相澤は思う。

 だがそれは出来ない。その判断はミッドナイトに一任されている。

 そして彼女は中止の判断を下せていない。気持ちは分かる。

 民衆がこうまで熱狂していて、それを途中で邪魔したとあっては。

 今後のヒーロー活動を止める覚悟すら、しなければならない。

 それこそこのスタジアムのみならず、全国で応援している国民全てを敵に回す覚悟がいる。

 そこらの普通の高校の体育祭と、訳が違うのだ。

 爆豪の状況は酷い。

 右腕は氷漬けになって封じられている。

 おまけに、個性を使わせていない青石を背負っている。

 この状況からなら、青石に個性を使わせても文句は出ないだろう。

 だが、爆豪は

「ああああああ! クソがああ!」

 青石に個性を頑として使わせない。

 彼はあくまで己の力だけを使う。

 まるで獣の様に爆豪は轟チームを襲い出す。

 だが体力も既に限界だ。

 轟チームからの氷結や電撃。二重三重の攻撃を受けて再び沈む。

 会場のあちこちから落胆の声が聞こえた。

 今度こそ倒れてしまった爆豪。

 ミッドナイトはレッドカードを出さない。

 あくまで個性の使用は、最低限の応酬のみだった。そう判断したようだ。

 轟チームが倒れた爆豪の元へと近づいていく。

 そして青石のハチマキに手を伸ばし……。

「え……?」

 それは一体誰の声だったか。

 轟チームの前騎馬の飯田。彼が青石のハチマキを取ろうとした瞬間。

 ――彼女は姿を消した。

 会場に居る人間すべて、何が起きたか理解できない。

「ごめんね、爆豪君。ボクのせいで……。

 うん、そうだよね。きっと最初からこうすれば良かったんだ」

「あそこだ!」

 観客の一人が指をさす。そこに先ほどの二人は居た。

 青石ヒカルは、一瞬でスタジアムの反対の隅に移動していた。

 ギリギリ競技を行う範囲の場内。

 一斉に視線が彼女の方に向く。

 彼女は気を失った爆豪を背負っている。

 爆豪の右腕は既に完治していて、端々に負っていた傷も全て癒えている。

 そして片手に持っているのは、大量のハチマキ。

 それを「よいしょ」と自らの首にかけた。

「あれデク君! ハチマキは!?」

「え? ああ!? な、ない!」

 驚きの声を上げる麗日と緑谷。

 わたわたしている二人に、青石は気軽に声を掛ける。

「うん、ハチマキ。全部ボクが獲っちゃった」

 青石ヒカルは「てへ」と舌を出す。だがその仕草とは裏腹に、目は一切笑っていない。

 相澤は久々に、彼女のその感情を見た。

 青石ヒカルは静かに、怒りの炎を燃やしていた。

 相澤は見れば分かった。彼女の怒りの対象は、生徒達に向けてでは無い、

 他ならない自分自身に対して、彼女は腹を立てていた。

 

……。

 

「あれデク君! ハチマキは!?」

「え? ああ!? な、無い!」

「うん、ハチマキ。全部ボクが獲っちゃった」

 青石ヒカルが口にしてようやく、全ての騎馬が自分のハチマキを探し始める。

 だが有る筈がない。

 競技に参加している全てのチームのハチマキ。それらは全て今青石ヒカルの首に下がっているのだから。

「ごめん、着火マン。やっぱり個性使っちゃった」

 青石の言葉に返事は帰ってこない。

 帰ってくるのは静かな呼吸音だけ。青石は背中に彼の鼓動を感じる。

 爆豪の意識は既に落ちていた。

『や……やりやがったー!!!

 青石ヒカル! 満を持して個性を解禁! いったい何が起きやがった!?

 だがしかし! 確かな事はただ一つ!

 今ハチマキは! 全部青石ヒカルの手に有るって事だ!』

 実況の声がうるさくスタジアム中に届いた。

 観客の熱量が上がる。

 だが青石ヒカルにとって、それらは全て些末事。

 今は先ほどまでの自分自身が、恨めしくてたまらない。

 爆豪は無理をしていた。

 途方もなく虚勢を張って、一位になるためにあらゆる無茶をして。

 しかもそれが、ただ一位になるじゃ駄目と来た。

 青石ヒカルを倒し、完膚なきまでの一位になる。

 そのために、青石ヒカルと組み。結果、とてつもない負荷を彼にかけてしまった。

 爆豪を追い込んだのは青石だ。

 青石ヒカルという人間だ。それを自らに刻み付ける。

 

 爆豪の事は好きにはなれない。

 個性を使った事を爆豪はきっと怒るだろう。でもそれでも良い。

 理由はどうであれ、自分を助けてくれた爆豪が倒れた。

 それを個性を使わず見過ごせるほど、彼女は我慢強くなかった。

「ミッドナイトさん。通過するのは、最終的にポイントが多かった()()()()()()

 間違いないですよね」

『……そうよ』

「じゃあこのまま……。

 ボクが全部ハチマキを持ったまま時間来たら、どうなりますか?」

『それは……』

 青石は意地悪な表情を浮かべる。主審のミッドナイトは言いよどむ。

 青石は恐らく「何も決まっていない」だろうと思う。

 多分こうなる事態を避ける。それがまず前提条件だったはず。

 思えば騎馬戦のチーム分けのルールも、少し違和感が有った。

 それも、少し考えれば青石が排除される事は目に見えるルールだった。

 最初からチームに入れて貰えず競技に参加できない。

 そんな算段を、運営側は持っていたのではないか?

 青石ヒカルはそんな気がした。

『そして残り時間2分を切った! さぁさぁお前ら何ボーっとしてやがる!?

 さっさと奪いに行きやがれ!』

「……ああああ!」

 予測していない事態に、生徒の反応が遅れていたのだろう、

 今頃になって全ての騎馬が、青石ヒカルに向かってくる。

 だがそれらは全て、光る障壁に阻まれ、彼女の数メートル手前で止まった。

「何だ!? クソ固ぇ!」

「下がって皆!」

 騎馬から単身飛び出した影がある。緑谷出久だ。

 彼の瞳が青に染まる。彼の肩がアズライトの結晶に包まれた。

Plus Ultra(プルス ウルトラ)!」

 障壁に向けて自らの拳を全力で打ち出す緑谷。

 障害物競走で、巨大な仮想(ヴィラン)をなぎ倒した必殺技。

 だが

「ぐっ! あああああ!」

 砕けたのは障壁ではなく、緑谷の拳。

 青石ヒカルが出した透明(clear)な壁はビクともしない。

 それは彼女の心が作り出す拒絶そのもの。

 彼女は既に目覚めている。

 レギオンと分り合い、力を完全に制御している青石ヒカル。

 本気になった彼女に勝てる相手は、この地球上に存在しない。

『そこまで! 競技終了!』

 主審のミッドナイトが終了を告げた。

「ま、まだ時間は……!」

 緑谷の拳が再生する。

 まだやれると。そう緑谷が抗議するが

『これ以上やっても時間の無駄よ。予測外の事象が発生したことにより、これから協議します。

 生徒は各自待機。次に備えて体を休めなさい。以上!』

 生徒達の間に広がるのは、安堵と落胆。戸惑い、それと怒り。

 多くの生徒が不完全燃焼のまま、騎馬戦は終了を告げた。

 

 青石ヒカルという滅茶苦茶な存在。

 彼女の存在が全てを狂わした。

 彼女がやっていることに、問題がある訳ではない。

 青石はただ、自分に出来る事をやっている。

 それだけの事だ。

 ルール違反でも何でもない。

 

 だが、その力と影響が余りにも大きすぎる。

 力がある存在は、そこに居るだけで歪みをもたらす。

 まるで星の重力そのものだ。

 彼女という巨大な星が持つ時空の歪み。それに全て引きずり込まれていく。

 

 青石ヒカルの肩に一匹の蝶が、どこからが飛来してとまる。

 太陽は遥かな空の向こうから、燦々と地上を照らしている。

 青石が太陽に手をかざすと、蝶はその中に飛んでいくように肩から飛翔した。

 そのまま、日の光に溶けるように姿を消す。

 その蝶の行方が、青石は気になって仕方がなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。