青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第50話

『ス……』

 ”プレゼント・マイク”の試合開始の声。

 それが言い終わらない内に、青石は個性を使う。

 

 自らの内に秘めた個性(レギオン)と思考が同期する。

 世界が彼女の「青」に同化され、望みのままに作り変えられる。

 青石ヒカルは、通常の一万倍の速度で動く。

 実況室から抜け出した時と同じだ。

 周囲の時間は、彼女から見たら止まったかのように見えるほど、ゆっくりと流れる。

 青石は、緊張した顔で固まっている緑谷の側にまで来た。

 近くに来たというのに、彼は何の反応も示さない。

 当然だろう。

 緑谷からすると、彼女はいつもの一万倍の速さで動いているのだ。

 反応できるはずも無い。

 そのまま青石は、緑谷を場外に移動させようとして……。

「待って」

 そんな青石の前に、別の青の少女が現れる。

 軍服のような恰好、丈の短いスカートが翻った。

 前に見たことが有る。間違いなく緑谷出久のアズライトだ。

「何?」

「このまま緑谷君を場外に出す気?」

「うん、そうだよ」

 緑谷のアズライトの質問に、青石は素直に頷く。

 相変わらず緑谷に動きはない。

 爆豪との戦いを見る限りは、思考速度をそれなりに強化できるらしい。

 だがあくまでもそれなり。

 思考を速く出来るとはいえ精々、10倍前後の強化だろう。

 今彼女は一万倍の速さで動いている。実際の身体速度も、思考速度も両方が一万倍。

 もっと早くしようと思えば、幾らでも上げられる。

 十万倍だろうが百万倍だろうが、一兆倍だろうが。

 だから緑谷出久は勝てない。

 どれだけ気合が十分だろうとも。

 そもそも彼女との戦いの土俵に上がってこれない。

「最終的にあなたが勝つのは構わない。

 だけど少しだけ、緑谷君に合わせて戦ってあげて欲しいの」

「……それに何の意味が有るの?」

 緑谷のアズライトの願いに、青石は首を傾げた。

 戦ってあげて欲しい。彼女はそう言う。

 だが青石にはそれが何の意味が有るのか、さっぱり分からない。

「この戦いは緑谷君にとって、次の段階に進むために必要なもの。

 そう私は思っている。だから……」

「分からないよ。なんで戦わないといけないの?

 ボクは争いたくなんてない。そんなの悲しいだけだよ」

 青石にとって戦いとは暴力だ。

 そして暴力は、忌むべき野蛮で残酷な仕打ちだ。

 だというのに、何故わざわざ戦おうというのか。

 戦わずに済むのなら、それに越したことは無い。

 この雄英体育祭の一対一の戦い。

 青石にとって、この競技そのものが狂気の沙汰だ。

 だからそれを青石は否定したい。

 圧倒的な力を見せつけて、誰も傷つけることなく終える。

 そうする事で、青石は暴力を否定したい。

 彼女を助けてくれたものは、暴力では無い。

 暴力など使わずとも、救われるものが有るのだと世に示したい。

 そんな思考。

 それを目の前の緑谷のアズライトに直接送りつける。

 言葉を介さずに意思が伝わる。

 緑谷のアズライトは、悲しそうに首を振った。

 彼女の思考もまた、青石の心に流れ込んでくる。

 緑谷のアズライトの考え。それ青石は理解して……

「はぁ、分かったよ。……ちょっとだけだからね」

 心底うんざりした顔で答えた。いかにも渋々だと言わんばかりだ。

「ありがとう」

 緑谷のアズライトは礼を言う。その顔は笑顔に綻んでいた。

「一つ聞いていい?」

 青石は何となく、試合で心操に聞かれた場面。それを思い出しながら質問してみる。

「何かしら?」

「どうして君は緑谷君を選んだの?」

 彼女はミステリアスにほほ笑むと、口ずさむように答えた。

「内緒」

「そっか」

「ええ」

 青石は再び試合開始の時、立っていた場所にまで戻る。

 少しずつ自らの思考速度、及び身体速度を落としていく。

 5000倍……1000倍……500倍……100倍。

 50倍の時点で、ようやく緑谷が動き始めた。

 呆れるほどゆっくりと彼は拳を構え、こちらに突撃してくる。

 青石は片手を軽く前に突き出す。

 緑谷の拳を彼女は正面から受け止める。

 純粋な力と力。同じアズライトの力がぶつかり合う。

 周囲の時間を置き去りにしながら、二人の戦いの舞台は始まった。

 

……。

 

『スーー』

 試合開始の声が聞こえ瞬間、緑谷の緊張が極限に高まった。

 青石ヒカル。間違いなく雄英最強。

 いや純粋な力のみなら、雄英どころか世界最強の存在。

 そんな彼女との戦いの火蓋が切られる。

 緑谷はアズライトの力を借りる。

 フリッカー融合頻度が上昇する。

 思考速度が速くなり、周囲がゆっくりとした動きになる。

 実況のマイクの声も呆れるほど遅く聞こえていた。

 緑谷の体感時間は、全て20倍に引き延ばされる。

 周囲で1秒で起きた出来事が、緑谷から見たら20秒かけて過ぎる。

 本来ならば、全てがスローモーションに見えるほどの動体視力。

 だというのに

「……速い!」

 青石ヒカルは、緑谷のそれ以上に速い。

 緑谷が右腕を振りかぶる。

 そして繰り出す攻撃も、余裕を持ちながら彼女は回避する。

 次に左足の上段蹴り。それも彼女は、すれすれで避けた。

 まるでダンスを踊っているかのように軽やかな動き。

 ひらりひらりと、蝶のように惑わせるような舞踊。

 多分ギリギリで回避しているのはわざとだ。

 緑谷も気づいている。

 青石は手を抜いている。

 もし彼女が本気なら、とっくの昔に緑谷は場外に放り出されている。

『ーーーターーートォーーーー』

 実況の声が間延びして聞こえている。

 ようやく今、スタートのコールが言い終わった。

 緑谷は体感上、既に数十秒戦っている。が、周囲からすれば一秒ほどしか経っていない。

 だがその間にも緑谷は、既に10を超える攻撃を繰り出していた。

 その攻撃のどれも当たっていない。

「へへーんだ」

 青石ヒカルは余裕の笑みを崩さない。

 その顔が言葉より雄弁に語っている。

 あくまでも自分は、遊んであげているのだと。

 自分が本気になったら、そもそもの戦いすら成立しないと。

 それも緑谷は分かっている。

 第二種目でハチマキを奪われた際、緑谷は思考速度を強化していた。

 だというのに彼女に奪われた事実に全く気付いていなかった。

 緑谷が可能な思考速度の強化と、彼女のそれはまるで次元が違う。

「退屈だなぁ」

 青石が大きな欠伸をした。

 挑発するようにニヤリと彼女は笑う。

 むかっ腹がした緑谷。攻撃を放つが、再び外れる。

(アズライト!)

――本当に良いの? 今のあなたには現時点(コレ)が本当にギリギリなのよ?

(構わない)

 アズライトの思考が伝わってくる。緑谷の要求にあまり彼女は気乗りじゃない。

 緑谷は更に思考速度の引き上げを要求する。

――あまり無理はしないでね。

 緑谷のアズライト。彼女の嘆息する声が聞こえた。

 彼の思考速度は更に早くなる。

 先ほどは20倍だったが、今は倍の40倍だ。

 緑谷は”ワン・フォー・オール”の力を使う。

 時間を40倍に引き延ばした世界。そこを日常と変わらない速さで動く。

「お?」

 彼女は急激に速くなった緑谷に、やや驚いた様子だ。

 不意を突けたのだろうか。今青石に攻撃が届きかけた。

 彼女もやや驚いたような顔をしている。

 だが肝心の攻撃は彼女には届いていない。そして仮に届いたところで、どれ程の効果が有るのか。

 それも疑わしい。

 緑谷と青石に繰り出される攻防は、常人にはとても見えない速度。

 通常の40倍の速さで繰り広げられる戦い。

 幾重にも重なる拳のやり取り。緑谷が打ち付け、青石がいなす。

 躱してばかりだった彼女が、先ほどから適切に防御もするようになっている。

 放った拳の数は、百をとうに超えている。

 そんな中、彼の右腕がようやく彼女の胴体を捉えた。

「やった!?」

 ”ワンフォーオール”の力を存分に込めたパンチだ。正真正銘何の手加減もしていない。

 普通なら場外にまで吹っ飛んでいくのだが。

「……何かした?」

「ぐっ!」

「あはは! 一度言ってみたかったんだよね、こういうセリフ」

 彼女は蚊に刺されたほどのダメージも負っていない。

 キョトンと首を傾けている。

 そしてお返しと言わんばかりに、彼女の片腕が動いた。

「行くよ、ちゃんと防いでね?」

 軽くなぐようにビンタが緑谷を襲う。

 全力で両腕に力を込め、それをガードするが

「ぐううぅううぅ!?」

 凄まじい衝撃。

 緑谷の両腕の骨が、彼女の力に耐えきれず、粉砕される。、

 その場に立っていられず後退していく。

 踏ん張っている足元のセメントがガリガリ削れる。

 あわや場外というところまで、押し返されて止まった。

 ギリギリで何とか踏ん張っている。

「わぁ緑谷君やっぱり強いね」

「随分と手加減しているくせに。そんな事言われても嬉しくないよ」

 緑谷の両腕をアズライトの結晶が包み込む。そして再生する。

「やっぱり分かる? でも緑谷君のアズライトがいけないんだよ?

 ボクだって本当は戦いたくなんて無いのに。

 緑谷君のアズライトが(けしか)けてくるんだもん」

「僕のアズライトが?」

「うん、緑谷君のレベルに合わせて戦って欲しいって。

 つまり、戦闘訓練だよね。

 緑谷君を場外に出すのは簡単だよ。ボクはそうしたいけどね、暴力は嫌いだし。

 でもアズライトの頼みは断り辛いもん。

 だって緑谷君のアズライトは、同じ過去から分かれた、もう一人のボクだからね」

「……そんな事この場で言っていいの?」

 緑谷の質問にケラケラ彼女は笑う。

「大丈夫だよ、ボクの声は周囲には届かない。ちゃんと仕込みも終わってる。

 ボクの声が聞こえているのは、緑谷君だけ。

 口元だって見られないように細工してるし、問題ないよ」

「……」

 彼女の笑みには余裕がある。

 実際緑谷が彼女に勝てる確率は0に近いだろう。

 むしろあの日、レギオンが暴走したのを止められた原因。

 それは力で上回ったからではない。アズライトの力で皆の思いを繋ぎ、レギオンに届けられたからこそ、彼女は止まってくれた。

 だから、緑谷は戦いで彼女に勝ったわけでない。

 彼女が勝つか負けるか。それは彼女の心の思うがままなのだ。

「ねぇ、緑谷君……やっぱりもう……」

 彼女の言葉を待たずに再び緑谷は挑む。

 再び力が激突する。

 周囲の人間を完全に置き去りにしていく。

 二人だけが理解できる演武が、今開催された。

 

……。

 

 緑谷が再び挑みかかってくる。

 ”ワン・フォー・オール”の力を全身にまとい、鋭い一撃を浴びせてくる。

 その一つ一つが、一撃必殺。

 青石ヒカルが相手だからこそ、緑谷は放つ。

 それを普通のヒーローや(ヴィラン)が食らったら即死している。

 相手が青石ヒカルだからこそ、力を容赦なく出せていた。

 既に速度は音速の壁を突破している。

 青石は自らの動きが衝撃波を生み出さないように、周りの空気も同時に操作している。

 一方の緑谷はそこまでの余裕は無いらしい。

 持てる力のままに、こちらに攻撃してくる。

 辺りにまき散らされるソニックブームは、青石は力で打ち消しておく。

 観客席に届く時には、強い風程度になっているだろう。

 本当はこのスタジアム程度の広さでは狭すぎる。

 彼女が全力で戦ったら、それこそこの地球そのものが持たないのだが。

「ねぇ、緑谷君。どうして緑谷君はヒーローになりたいの?」

「それを言うなら君だって、なんで体育祭に出たんだ」

 緑谷は質問に質問で返してきた。

「……なんでだろ、ボクにもよく分かんない」

 緑谷のパンチが顔面に飛んでくる。

 青石はそれを片手で軽くいなす。

「ボクはスターレインに対抗するために生まれてきた。

 閉じ込められて、何処にも行けなくて。

 ずっとスターレインに備えて訓練をしてた。ボクが頑張らないと、人間は滅んでしまう。

 それが、現実だから」

「……」

 緑谷は黙って頷く。

 結局の所、青の少女の監禁生活はまだ続いている。

 縛りは徐々に緩くなってきている。

 だが、相変わらず水面下でのせめぎ合いは有るらしい。

 世界各国からしたら、青石ヒカルが自由になる事を善しとするはずがない。

「だからスターレインが終わった後の事なんて、何も考えてなかったんだ。

 だってその後は死ぬだけだったんだから。

 緑谷君、スターレインが終わったらボクは……。

 ボクはいったい何をすればいいの?」

「そんな事、自分で勝手に決めたらいいだろ!」

「分かんないよ! ……ねぇ緑谷君。

 ボクはずっと知りたかった。ボクが守る人達は、どんな存在なんだろうって。

 ボクは、一体どんなモノを守るために生まれてきたんだろうって。

 ”人間”ってどんな存在なんだろうって。

 ……でも、駄目だ。知れば知るほど、駄目なの……。

 雄英体育祭にこうやって出て、色んな人が見える。

 色んな人を知っちゃえば知っちゃうほど……。

 どんどん人間が嫌いになっていって、もう止められないんだ。

 ねぇ緑谷君。なんでボク達がこうやって戦っているのを……。

 それをどうして、あの人達は笑って見ているの?」

 青石は観客席を指さした。緑谷もその先を見る。

 視線の先の観客達は、興奮に顔を赤らめ、笑っていた。

「こんな狭い所で生徒を戦わせて。

 夢を叶えたい皆の思いを利用して、見世物にしてる!

 それを見て笑ってるんだ! ねぇ、これが”人間”なの緑谷君?」

 青石の嫌う暴力。それは世の中に溢れている。

 そして世の中は暴力で回っている。それが紛れもない世界の真実だ。

 言葉だけでは、人を制御することは出来ない。

 言葉だけでは、(ヴィラン)を捕まえる事は出来ない。

 オールマイトがオールマイトたり得たのは、あくまで力があったからだ。

 緑谷に限らず、生きてたら自然に馴染んでいく原理。

 だが青石はそれに拒否感を覚えている。

「どうして皆、人が殴り合っているのを見て、笑っていられるの?

 こんな……ボクはこんな人達を守るために、今まで閉じ込められてきたの?」

「……」

「”人間”ってなんなの!? 人が戦ってる姿の、何がそんなに面白いの!?

 緑谷君! 答えてよ!」 

 繰り返される彼女の問い。

 それに緑谷は答える事が出来なかった。

 

……。

 

「スタート……ってえええ!? ななな何コレ!?

 全っ然速すぎて目で追えねぇ!」

 緑谷と青石の姿がぶれる。

 はた目には何をしているのか分からない程、高速で動いている。

 相澤は鍛えぬいた動体視力で観察する。

 だが辛うじて端々に蹴りなどの動作が見えるだけ。

 設置してるハイスピードカメラ。それの録画した映像を相澤は手元で再生した。

 何十分の一というスローモーションにしてようやく分かる。

 彼らの繰り広げている戦いの内容。

 普通の人間が瞬きしている間にも、彼らは数十を超す応酬をやり取りしていた。

 緑谷の拳がうねる。

 大気が彼らの戦いに揺さぶられる。

 彼らの戦いは強風となってスタジアム内に吹き荒れていく。

 風を操作しているのではない。これは只の、攻撃の余波に過ぎない。

 観客席の最前列位になると、風が強すぎて目を開けるのもやっとみたいだ。

 相澤は割と離れた実況席に居るから、冷静に戦いを観察していられる。

 もっともただ見るだけでは何が起きているのか、把握する事すらも困難だ。

 マイクも実況のしようが無いらしい。

 彼らの手足の動きの一つ一つ。その戦う姿すらもぼやけて見えていない。

 何をしているのか分からない以上は、何も言いようがない。

「なんつーか……次元が違ぇな」

「……」

 マイクのしみじみとした声。相澤は何も返さない。

 青石は手加減している。それは間違いない。

 だがはた目から見たらどうか。

 緑谷が猛攻を仕掛けて、青石に食らいついている。

 あるいは共に、互角の攻防を繰り広げている。

 そう見えていてもおかしくない。

 だがそれは有り得ない。

 彼女の本気はこの程度ではない。

 青石がもし本気ならば、既にこんな戦いすらも成立していない。

 スローモーションで再生した映像を確認する。

 青石は無意識にだろうか、口の端に笑みを浮かべている。

 それからは圧倒的な高みから、緑谷を見下ろしているような印象を受けた。

「……」

 マイクが実況を忘れて、無言で見守っている。

 観客は反対に大賑わいだ。

 あちこちから口笛や歓声が上がっている。

 まるで古代のコロッセウムだ。人々の興奮は最高潮に達している。

 プロヒーロー間でも見られないような最高レベルの戦い。

 それがまさに今、目の前で起きている。

 興奮するのは無理もない。

 

 残像だけが残り、目で追う事すらも不可能なバトル。

 およそ生徒の戦いには似つかわしくない、レベルが高すぎる一対一(タイマン)

 もはや彼らの輪郭をとらえる事も難しい。

 その空気に飲まれているのだろうか。

 どのくらい経っただろうか。

 終わりは唐突に訪れた。

 競技場の中心部から勢いよく弾かれる人影。

 そのまま場外の壁に激突して、その場に倒れる。

 速度があまりに早く、一体どちらが場外に出されてしまったのか。

 一瞬では判断できない。

「……緑谷君、場外! 青石ヒカル3回戦進出よ!」

――おおおぉおお!!

 スタジアムに一斉に歓声が沸いた。

 場外の緑谷はむくりと起き上がる。顔に悔しさがにじんで隠しきれていない。

 折れた両腕を結晶が包んで、次の瞬間には元通りになった。

 青石は、喜ぶ観客を見ている。

 その表情は一体何と形容した物だろうか。

 出来るだけ理性的に振舞おうとしているようであり、感情を殺そうとしているようでもある。

 超然としているようでいて、同時に見下しているようで。

 相澤は彼女の心境が、何となく分かる気がした。

 青石は恐らく緑谷にした事を暴力に過ぎないと、そう認識している筈だ。

 だが民衆は彼女を責めることは無い。

 これは試合であって、あくまでルールにのっとったもの。だから仕方がない。

 普通はそう考える。

 だが彼女はその考えを心底嫌う。

 暴力は何が有っても暴力なのだと考えている。

 理由があれば仕方がないと、受け入れることが出来ない。

 だがそのくせ彼女は、普段の相澤の拳骨などは受け入れている。

 その時にはどうやら、仕方がないと受け入れている。そのように見える。

 彼女は自らが矛盾を抱え込んでいる事に、果たして気付いているのだろうか。

(気付いていないか、気づいていても意識しないようにしているか……)

 試合を行った両者は、中央に再び集まり礼をする。

 そして握手。

 けれども互いの顔に笑顔はない。

 緑谷は分かる。だが試合に勝った青石さえニコリとも笑わない。

 その光景は違和感があるが、誰も気にしている様子はない。

 彼女は人は話し合えば分かり合える。

 そういう存在だと信じている。

 だが現実は残酷だ。人間は言葉だけで分かり合えるほど、賢くはない。

 言葉を交わしても、決して分かり合えない事。

 その現実を彼女はまだ知らないのだ。

 それがきっと、彼女が挫折を味わうとしたら。

 その現実を受け入れた時なのだろう。

 青石の顔を見る。

 その顔は侮蔑に満ちている。その感情は紛れもなく、戦いに興奮冷めやらぬ観客に向けてだろう。

 例えルールが設けられているものであったとしても、人が互いに傷つけあう。

 そしてそれを観戦して楽しんでいる風景。

 彼女にはとても耐え難い苦痛だったに違いない。

 だがこれも人間が持っている確かな本質の一つだ。

 受け入れていくしかない。

 

 中央モニターに表示されているトーナメント表が更新される。

 

 

       ┌─  飯田天哉

     ┌─┤

     │ └─  発目明

   ┌─┤

   │ │ ┌─  常闇踏陰

   │ └─┤

   │   └─   轟焦凍

 ┌─┤

 │ │   ┌─ 青石ヒカル

 │ │ ┌─┤

 │ │ │ └─  心操人使

 │ └─┤

 │   └───  緑谷出久

─┤

 │     ┌─  尾白猿夫

 │   ┌─┤

 │   │ └─  上鳴電気

 │ ┌─┤

 │ │ └─    青山優雅

 └─┤

   │   ┌─ 庄田二連撃

   │ ┌─┤

   │ │ └─  八百万百

   └─┤

     │ ┌─ 麗日お茶子

     └─┤

       └─  爆豪勝己

 

 次に戦うのは上鳴電気と青山優雅。

 だが会場内で盛り上がるのは、専ら今の試合の事。

 実力からして事実上の決勝戦だった。無理もない。

 相澤は青石をもう一度見た。

 彼女の顔は失望の色に染まり切っている。

 雄英体育祭に出場して彼女は、だんだんと昔の姿に戻りつつあるのではないか。

 そう相澤は危惧する。

 青の少女の瞳は今まで見た中でも、ひときわ濁っていた。

 


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