青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第51話

 青石は逃げるように、控室に駆け込んだ。

 1-Aに充てられたそこには誰も居ない。

 たぶん皆観戦しているのだろう。

 彼女はドカッと身を投げるように、椅子に腰かける。深いため息を吐いた。

 トーナメントはまだ終了していない。

 まだ試合は残っている。

 次は確か轟焦凍と当たる筈だ。

 彼女は聞こえてくる実況の音を聞き流している。

 どうやらマイクが独りで喋っているらしく、相澤の声は聞こえてこない。

 

 彼女は先ほどの、自らの試合を思い出す。

 正確には試合を見ていた観客たちの顔を。彼らには悪意はない。

 彼らの目に宿っていたのは純粋な善意、そして好意だ。

 青石達の力を称賛し、評価し、中には憧れている者もいるだろう。

 人々は誰も、彼女の事を責めたりしていない。

 青石もそれを感じ取っている。

 ()()()()()、青石は嫌悪する。

 仕方がないと受け入れるだけならまだいい。

 でも自分も含めて人が行う暴力的な行為を、彼女は前向きに捉えて欲しくない。

 だが、それは彼女のエゴに過ぎない。

 彼女は応援している彼らの姿を思い出すたび、吐き気を催すかと思う程の嫌悪感に襲われた。

 そして何より、そう考えてしまう普通の人と違う自分自身に嫌悪感を覚えてしまう。

 

 そのような思考。人々に対して無条件に湧き上がってくる嫌悪感。

 それらが自身の本質である事にも気付いている。だが目を逸らし続けている。

 彼女の願い。

 人の為に、誰かの為に。

 そんな存在でありたい。

 だがその願いは、彼女自身が持っている本来の性質と相容れない。

 彼女は人の為になりたい。

 けれどもそれ以前に。

 彼女は、人という存在そのものが大嫌いなのだから。

 長年に渡り続けられてきた地下生活。

 そして過酷極まりない訓練に生活環境。

 それらは、彼女の人類そのものに対する憎しみを抱かせるに有り余るものだった。

 もっとも彼女はその事に、明確には気付いていない。

 気付かないように目を逸らしている。

 気付いてしまったら己が何をしてしまうのか。それを分かっているからだ。

「……行こう」

 彼女は立ち上がり椅子から腰を上げた。

 

 控室から出た青石はスタジアムの裏に居た。

 遠くから青石を呼ぶマイクの放送が聞こえるが気にしない。

 彼女の興味は足元のアリの巣。それと側のアゲハチョウの死骸に有る。

 アゲハチョウの死骸には、大量のアリが餌にするため群がっていた。

「つんつん……わっ怒ってる! 危ないっ! 危ない!」

 危ないと口でそう言いながらも。

 巣穴近くにたむろしているアリの群れに、青石はちょっかいを出し続ける。

「つんつん! つんつん!」

 アリに夢中になっている彼女の姿は子供その物。

 アリの巣で遊ぶ。普通なら、とうの昔に終わっている筈の経験。

 それを彼女は今している。

 そんな彼女に背後から影が覆った。

 振り返るとそこには微笑んでいるメイドの女性が居た。

「シアンさん」

「遊んでいるのですか?」

「うん、見てこのアリさん。すっごく大きいんだ!」

 青石はつまんでシアンに見せつける。

 青石の輝いている目を見て、シアンは優しく口を緩めた。

「……これはクロオオアリですね。日本に分布しているアリの中で最大の種ですよ」

「へぇ、一番大きいアリさんなんだ」

「ええ」

「もしかして世界一大きいのかな?」

「さすがにそこまでは。世界にはもっと大きいアリは沢山いますよ」

「本当!? これより大きいんだ……凄いなぁ」

 青石が顔に浮かべた寂しげな表情。それをシアンは目ざとく見つけた。

「……見てみたいですか?」

 青石は何も言わない。

 ゆっくりとつまんだアリを地面に戻してあげる。

 そして首を横に振った。

「見てみたい、なんて……ボクが言えるわけないよ。シアンさんだって知ってる癖に。意地悪」

「……ヒカル。貴方が出ようと思えば出られるのですよ」

 青石は黙ってシアンを見つめる。

 彼女の言葉を黙って待っている。

「気付いていると思います。あなたを無理やり閉じ込めるのは、もう不可能なのです。

 あなたは出ようと思えば幾らでも外に出られる。

 止められるものは、何もないのです」

 その言葉にも青石は首を横に振る。

「駄目だよシアンさん。ボクはそんな事思っちゃいけない。

 ボクはスターレインを迎撃する。それだけでいいんだ。だから……」

「ヒカル」

 シアンは青石を背中から包む。

 優しく抱きしめられた青石。彼女はその温もりの中に永遠に居たいと思う。

 だがそれは出来ない。

 それは許されてはいけない。

 どんな理由が有ろうと、青の少女という存在がもたらした罪が晴れる事は無い。

 数千万人の命が失われた。

 その過去は決して消えることは無い。

 青石は自分にそう言い聞かせる。

 青石が出ようと思えば確かに出られる。

 外の世界へと行ける。何もスターレインをわざわざ待つ必要性すらも、本当はない。

 今すぐ地球を飛び出して、その流星群を片っ端から潰せばいい。

 彼女にとっては造作も無い事だ。

 だが出来ない。

「……シアンさん何だか怖いんだ」

 シアンは何も言わない。ただ腕に込める力を強くする。

「ずっと昔は思ってた。何処までも行きたい。

 人の為に、誰かの為に。

 だから人を知りたいってずっと思ってた。

 なのに今は……人を知るのがとても怖い。

 でもどんどん人を知れば知る程、ボクの中にドロドロしたのがどんどん溜まっていくんだ。

 知れば知るほど、人を嫌いになって行く自分を抑えられないんだ」

 思い浮かべるのはスタジアムで熱狂している民衆。

 その表情は熱に浮かされたかのよう。

 興奮に体をどっぷりと沈め、本能から湧き上がる快楽に理性を溶かしていた。

 彼らの視線にヒカルは恐怖を覚えた。

「ヒカル、人間とは決して綺麗な存在ではないのですよ。

 あなたはそれを分かってきています」

「でもシアンさんはあの人達とは違うよね!?

 シアンさんは誰よりも優しいもん!」

 青石はシアンの顔を正面から見つめる。

 シアンはただ微笑んでいる。

 何も返事をせずとも青石にはシアンの気持ちが何となく分かった。

「そんな……。ねぇ、シアンさん」

「何でしょう」

「……ごめん、なんでもない」

「そうですか。……行きましょう」

「うん」

 青石はシアンに手を引かれていく。

 シアンの柔らかい手とメイド服の裾を強く握る。

 まだ雄英体育祭は終わっていない。

 結果は既に出ているも同然。だが出たからには最後までやり通す責任がある。

 それくらい青石も分かっている。

 

 青石は憧れた。

 あの日自分を救うために必死に頑張ってくれた生徒たちに。

 轟や緑谷達の姿が眩しく見えた。

 だから職員会議の時に声を出した。

 自分だけが置いてけぼりになるのは。仲間外れになるのが嫌だった。

 何だと青石は心の中でため息を吐く。

 彼女は既に答えにたどり着いていた。

 その事に今更になって気付くなんて、どうかしている。

「シアンさん」

「はい」

「ボクは……本当は何処にでも行きたい、何処までも行きたい。。

 世界の何処にでも、行きたい」

 シアンの顔がこちらを向いた。優しい瞳は静かに青石を捉えている。

 どれ程の悲しみや苦しみを経験したら、こんな目になれるのだろう。

 青石は自らを見てくるシアンのこの目が大好きだった。

「だけどそれは出来ないから。

 ボクはヒーローにはなれない。だけど、ボクはシアンさんのような優しい人になりたい」

 青石の頭をシアンはそっと撫でる。

「ボクはシアンさんみたいになりたい。

 優しくなりたい。ボク、シアンさんのようになれるかなぁ」

 風が吹いた。風で青石の長い髪が巻き上げられる。

 木の葉や土ぼこりが青空に吸い込まれていく。

 青石はそれを見上げ、思わず手を伸ばした。

 空は何処までも青く広く晴れ渡っている。

 行こうと思えば行ける。

 何処までも行ける。

 だが、それは出来ない。してはいけない。

 やっていい事と、出来る事は違うのだから。

 青石という存在が自由になった時、社会にどれ程の混乱が巻き起こるか。

 それを青石は雄英体育祭を通じて感じている。

 青石とシアンは手を繋ぎ歩く。

 彼女たちはが去った後のアリの巣の前。

 チョウの死骸はアリに解体されていく。チョウの羽が根元からアリの顎で食いちぎられた。

 日差しは強く照っている。

 世界の片隅で起きている命の営み。それを見ている人は一人も居ない。

 空は何処までも澄み切っていた。

 

「よぉ」

「やぁ轟君。飯田君との試合見てたよ」

 青石は轟とリングの中心で向かい合う。

 

 スタジアムに戻った青石には早速試合が待っていた。

 予定よりも早く進んでいるらしい。

 青石は目の端でモニターに映っているトーナメント表を確認した。

 

       ┌─  飯田天哉

     ┌─┤

     │ └─  発目明

   ┌─┤

   │ │ ┌─  常闇踏陰

   │ └─┤

   │   └─   轟焦凍

 ┌─┤

 │ │   ┌─ 青石ヒカル

 │ │ ┌─┤

 │ │ │ └─  心操人使

 │ └─┤

 │   └───  緑谷出久

─┤

 │     ┌─  尾白猿夫

 │   ┌─┤

 │   │ └─  上鳴電気

 │ ┌─┤

 │ │ └─    青山優雅

 └─┤

   │   ┌─ 庄田二連撃

   │ ┌─┤

   │ │ └─  八百万百

   └─┤

     │ ┌─ 麗日お茶子

     └─┤

       └─  爆豪勝己

 

 勝ち残っているのは四名。

 青石ヒカルと轟焦凍。青山優雅と爆豪勝己。

 彼女はもう自分の勝ちを確信している。

 奇しくも青石とかかわりの深い人間が勝ち残ったのは、感慨深くもあった。

 青山や爆豪の試合は見ていない。

 もっとも試合は映像として保存されているので、後で幾らでも見れる。

 青山がどの様に上鳴に勝ったのか、それは気になる所ではある。

 爆豪は八百万を下して準決勝に上がった。

 まぁ八百万は少し頭が固い。

 爆豪の動きに咄嗟に対応できなかったのだろうか。

 本来個性だけの力で言えば、爆豪より強力なのだが。

『じゃあ準決勝! 始めるぜ! 青石ヒカルVS轟焦凍!』

 マイクの声が聞こえる。

 青石は轟の顔を見る。

 互いに言葉は要らない。今更この場で話すべき事など何もない。

 話なら後で幾らでもできる。

 何よりここは話をするには人が多すぎる。

 

 彼はずっと友達で居てくれた。

 雄英体育祭に参加すると青石が決めた時も、ずっと心配してくれていた。

 轟のヒーローを目指す願いの強さは知っている。

 だが負けるつもりは無い。

 手加減なんて轟は望んでいない。そう青石は感じている。

『スタート!』

 マイクの声で始まりが告げられた。

 その瞬間決着はついた。

「はい、ボクの勝ち」

 轟はスタジアムの外でただ立ち尽くしている。

 青石は個性を使う暇すら与えなかった。

 開始と同時に轟を場外に移動させただけ。

 青石は視線を主審のミッドナイトに向けた。

 彼女は反応が遅れながらも高らかに声を上げる。

「試合終了! 勝者、青石ヒカル!」

 ミッドナイトが青石の勝利を告げる。

 

 会場内はやけに静かだ。

 彼女のやっている事は単純極まりない。けれどもそれが、余りにも早すぎる。

 観客は先ほどの緑谷と青石との試合のような展開。

 それを予想したのかも知れないが。

「あっさりしすぎじゃね?」

「なんだかなー」

「まぁ、仕方ないかもだけどねぇ」

 観客の中から、ぽつぽつ不満げな声が聞こえてきた。

 彼らの声をまとめると「つまらない」になるのだろうか。

 彼らはエンターテインメントを見にやってきたのだ。

 青石ヒカルは確かにすごい。

 だがそれも繰り返し見ていれば飽きる。

 力と力の拮抗。強者と強者の鎬を削る戦い。

 それを彼らは望んでる。

 まだ学生でそれほどの力はないにしても、いい勝負を見たいと思っているのだ。

 だが彼女はそんな娯楽は提供しない。

「何コレ? つまんね」

 案の定そんな声が聞こえてきた。

 青石は静かに舞台を降りていく。

 彼女を讃える声も聞こえるが、割と少数派だ。

 青石は静かに舞台裏に帰っていった。

 

……。

 

 相澤は放送室から出る。

 青石は試合が終わっても、放送室には来なかった。

 一応テレビ出演なのだから出て来いと言っている。

 あくまでも体育祭であるが、マスメディアも深くかかわっている行事だ。

 蔑ろには出来ない。

 だが相澤には分かる。青石は一般的に知られているようなヒーローの活動に向いていない。

 

 相澤は選手の控室のドアを開けた。

「相澤さん……」

 青石ヒカルはそこにいた。力なくパイプ椅子に腰かける彼女はゆらりと立ち上がる。

 何も言わずに相澤の胸に飛び込んできた。

 二人以外部屋には誰も居ない。

 青石は両手を相澤の背中に回してくる。

 ヒーローの本分は(ヴィラン)を倒す事。そして芸能活動をして名声を広げ人気者になる事。

 そう思われている。

 だが相澤は違うと考える。

 (ヴィラン)を倒す事、芸能活動をする事。

 それらは人を(たす)ける為の手段でしかない。

 (ヴィラン)を倒すからヒーローなのではない。

 (たす)ける為に、(ヴィラン)を倒すからヒーローなのだ。

 その事を見失っていくと、人は道を踏み外す。

 いつしか”手段”が”目的”へとすり替わっていく。

 青石を見るたびに思う。

 人の為に、誰かの為に。

 本来その願いは、ヒーロー達が持っていていなければならない。

 そんな綺麗な願いなのだと。

 互いに言葉は交わさない。

 温もりを共有して穏やかに時間は流れる。

 遠くからマイクの実況が聞こえる。

 どうやら爆豪勝己と青山優雅の試合が始まったらしい。

 雄英体育祭は終わりへと向かっていく。

 相澤は青石を引っぺがす。

 不満そうな青石だが頭を撫でてやると途端に機嫌が良くなった。

 スターレインは近い。

 それが終わった後の事も考えなければならない。

 青石が相澤に抱いている感情についても、その逆も。

 相澤は、せめて目の前の普通の少女が。”青石ヒカル”が幸せであって欲しい。

 ただそれだけを願っていた。

 


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