青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第56話

「うう、疲れたー」

 雄英地下三千メートル。青の少女の管理施設。

 いつもの部屋、いつもの寝室で青石は、ボフンと音を立てながらベッドにダイブする。

 既に時刻は夜の十時を回っている。

 普段ならとっくに寝ている時間帯だ。

 宇宙から相澤と一緒に戻った青石は、万雷の拍手と声援に迎えられた。

 聞けば世界各地の観測装置や、天文台でスターレインの脅威の排除が確認されたらしい。

 あっという間に青石はカメラとマイクに取り囲まれた後、記者会見に連れ出された。

 当然それは、全世界中に放送されている。

 世界の終わり、巷にはハルマゲドンとも呼ばれていたスターレイン。それらは急速な治安の悪化を生み、

(ヴィラン)も多く発生していた。

 どうせ世界が終わるのなら、一発でかい事をしてやろう。そんな風に考え出しても、何ら不思議ではない。

 けれど世界は終わらない。

 青石ヒカルの手により、世界はスターレインの危機を回避した。

 事前に雄英体育祭で彼女の実力は、世に知れ渡っていた。

 彼女がスターレインを迎撃したのは厳然たる事実だし、多くの人が信じている。

 そして実際に人類を救った事で、彼女に対して掌を返す人が一斉に増えた。

 世間での彼女の評価は一転して好意的になっている。

 世界を救った英雄扱いだ。英雄かはともかく世界を救った事は事実だが。

 だが、青石はまだあまり実感が沸いていない。

 今はただ、自分がずっと抱いてきた使命を果たすことが出来た。

 その達成感で、むしろ胸に穴が開いたような気分になっている。

 ずっとスターレインを迎撃する事だけの為に生きてきた。

 だからいざ終わってしまうと、どこか空虚になってしまう。

「入るぞ」

 相澤が部屋に入ってきた。

 青石はベッドの上で寝がえりをしながら、彼の顔をチラッと見た。

 流石に顔に疲れが残っている。

 あれから色々仕事が有ったみたいだし忙しかったのだろう。

 何しろ隕石群の撃退を生で見た唯一の証人だ。

「相澤さん疲れてる?」

「……色々あったんだ」

 相澤の手には何やら資料があった。分厚く重そうだ。

 所々にマーカーが引かれていて、端々からは付箋が飛び出している。

「そっか、そうだよね。ごめんね、いつもボク相澤さんに迷惑かけてばかりだよね」

「何言ってんだ。お前は世界を救ったんだぞ。

 お前は誰にも出来ない事をやったんだ。胸を張れ」

「う、うん。だけどあんまり実感が沸いてこないんだ。

 なんだかあっという間に終わっちゃって、拍子抜けというかなんていうか」

 彼女はもぞもぞ体を動かしてベットの淵に腰かける。

 相澤が目の前に来た。

「よくやったな、青石」

 珍しく相澤が素直にほめてくれる。

「えへへ」

 頭を撫でられる感触が心地よく目を閉じた。

 だが

「コレ目を通しておけ」

「ぎゃっ!?」

 相澤が持っていた資料を、青石の膝の上にドサッと置いた。

「ちょっと相澤さん!?」

「明日、学校でも触れる内容だ。チェックしておけ」

「これ何?」

「インターンの指名だ」

「インターン?」

 何それと言わんばかりの青石の表情。相澤は呆れた顔をする。

「職場体験だ。……授業で説明しただろう。

 実際にプロヒーローの仕事現場に参加させてもらって経験を積む。

 そういうカリキュラムの一環だ」

「指名……職場体験の……」

「全国のヒーロー事務所から来ている。まだ増え続けているぞ。

 今の時点で一万以上の指名が来ている」

「い、一万!? それってやっぱり多いの?」

 相澤は困ったような表情で髪をかき上げた。

「無茶苦茶な数だ。……はぁ。

 お前が決めてしまえば、打ち切る事が出来る」

 だからさっさと行く場所を決めて、楽にしてくれ。

 そういう事だろうか。

 ぺらと資料をめくる。

 青石に指名を出したヒーロー事務所の情報が、びっしりと記載されている。彼女にも理解しやすいようマーカーも引かれていた。

「これ相澤さんが……?」

「勘違いするな。俺だけじゃない。他の先生方も手分けしてやっている。

 お前が決めてくれないと、俺達の心の休まる暇がない」

「……うん、そっか。ありがとうね、相澤さん。

 ボクきっと立派なヒーローになって見せるから」

お前はもう……

「うん?」

 相澤の言葉が聞こえずに聞き返す。

「いや、何でもない」

「そう? それにしても……職場体験かぁ」

「ちゃんと考えて決めるんだぞ。テキトーに決めるなよ」

「それくらい分かってるよ!」

「ならいい。……お前もヒーローになるんだろ。なら頑張らないとな」

「あっ……」

 それだけ言うと相澤は外に出ていってしまう。

 理由もなく伸ばした手は何にも触れずに、宙をさまようばかり。

 扉の向こうを見つめる。

 結局、今日も帰ってきた。地下三千メートルのいつもの部屋に。

 閉じ込められているという感覚は無い。実際出ようと思えばいつでも出られる。

 けれどもう、彼女にとってはここが自分の家だ。

 だがいずれ、ここから出ていかないといけない日が来るのだろうか。

「でも。まだ先の話だよねきっと……」

 

 ……。

 

「やっぱり決まらないー!」

「青ちゃんそれ何?」

 翌朝雄英の教室で頭を抱える青石。

「お茶子ちゃん! どうしよう! 全然、全く決められないよ!」

「えっ何? 何が!?」

「えと、職場体験」

 青石は麗日に事情を説明した。

 昨日突然職場体験の指名が来ている事を告げられたこと。

 そしてそれは資料としてまとめられて、今青石に渡されていること。

 当然青石が持っているのは原本ではなくコピーだが。

 麗日は青石に渡された資料に目を通す。

「凄い数やね……」

「ねっ? こんなんじゃ全然決められないよ……」

「贅沢な悩みだな」

「あっ轟君、おはよう」

「ああ、おはよう」

 轟は黙って資料を麗日から受け取って、中身を一瞥する。

 するとある一点に目を細めてみていた。

「何か気になるのが有った?」

「……親父から来てるんだな」

「お父さん?」

「これだ」

 轟の指さした先にはエンデヴァー事務所の情報が有った。

「あ、そっか。うん、そう言えば来ていたね。(えん)ドバーさん」

「なんか発音違くない?」

 麗日の疑問に手を振る。

「気にしない気にしない! ……そっか、轟君のお父さんか」

 エンデヴァーが話に上がったとたん、轟の表情が曇るのが分かった。

 やはり仲がギクシャクしているのか。

 血のつながった親子だというのに不仲なのは悲しいと青石は思う。

 だが変に口出しすることも出来ない。これはあくまで本人たちの問題だからだ。

「そう言えば青ちゃん、どんなヒーローになるのか悩んでたよね。

 あれから決まった?」

「えっ、うん。決めたよ! えとね……」

 青石はスターレインを迎撃するために宇宙に行った時の話をした。

 地球が青くて綺麗だったこと。

 その地球は宇宙から見たら、ほんのちっぽけな星で、宇宙は無限に広がっていること。

 そして誰もが自由に、その景色を見られるようにしたいと思ったこと。

 人の為に誰かの為に。何処にでも行きたい、何処までも行きたい。

 人という存在が、宇宙の何処までも行けるようにしたい。

 話の途中で他の生徒も登校してきて、気づけばクラスメイト達全員が彼女の話を聞いていた。

 たどたどしくも全部話し終えた時、八百万が称賛の声を上げた。

「とても素晴らしい夢だと思いますわ!」

「えと、そうかな? ただボクがそうしたいと思っただけなんだけど。

 大したことなんかじゃ」

「いえ、大したことです。先生から聞いた話は確かに本当です。

 人類は個性の出現が無かったら、とっくに外宇宙に進出していた。そう言われています。

 ですが個性の出現による社会の混乱で、それは叶わなかった。

 個性によって失われた進歩。それを個性によって取り戻す。

 とても素晴らしいですわ!」

「そ、そうかな。えへへ」

「そうですとも!」

 なにやら八百万はとても興奮していた。

 クラスメイト達の顔を見渡しても、概ね皆納得したような顔をしている。

 だが一人だけ違った様子の生徒がいた。

「緑谷君は反対なの?」

「えっ!?」

「うん、だって何か難しそうな顔してる。ボクがやりたいことって変かな?」

 変じゃないよ、と緑谷はボソッと呟く。

 だが彼が全面的に青石のやろうとしていることに賛同していない。それは分かる。

 だから青石は知りたい。

 彼は青石のやろうとしていることの、何がいけないと思うのか。

 冷静で客観的な意見が彼女は欲しい。

「青石さんは(ヴィラン)をどうするつもりなの?」

「それは……これから考える」

「青石さんがやろうとしていることって、宇宙開発だよね。

 でも僕は、青石さんが普通のヒーローをして、(ヴィラン)を捕まえる方か良いって思う」

(ヴィラン)と戦うヒーローになるべきだって。そう緑谷君は言うの?」

 青石の疑問に緑谷は首を縦に振った。

 だが飯田が緑谷に異論を唱える。

「緑谷君、人には向き不向きがあるだろう。

 俺も青石君の性格からいって、(ヴィラン)と戦うヒーローは向いていないと思う。

 人が宇宙に出られるように、進歩に貢献する。

 それも立派なヒーローだろう?」

 緑谷は返事をしない。じっと青石の目を見てきている。

「……緑谷君の言う事も分かるよ。……でもボクは」

「戦いたくない、誰も傷つけたくない?」

「う、うん」

 緑谷の機先を制する言い方にたじろぐ。

「青石さん。だけど、青石さんが戦わない。

 その選択をして助けられなかった人は、一体どうすればいいの?」

「助けないって……そんなこと言っていない!

 ただボクは……」

「でもそういうことでしょ。戦わないって。

 青石さんは(ヴィラン)とは戦わない。

 だから何処かで(ヴィラン)に誰が襲われようと助けない。

 知った事じゃない。そういうスタンスで行くってことだよね」

「誰もそこまで言ってないでしょ!?」

「おい緑谷! 流石に言いすぎだろ」

 だが青石の頭も、緑谷の頭も熱くなってている。

 危険な雰囲気だ。理性でどこかでブレーキをかけようとしている。

 なのに止められない。

 緑谷は青石の触れられたくないところに触れてしまった。

 ここで引くことは絶対に出来ない。

「たった今だって、この世界のどこかで誰かが(ヴィラン)に襲われている。

 僕たちなんかじゃ助けられないような人達だって、簡単に助けられる!

 青石さんにはやろうと思えば出来る!

 やろうと思えば出来る癖にやらない! じゃあ見捨てているのと同じだろ!」

「……! 違う……」

「なのに何で……」

「うるさい! 緑谷君には関係ないでしょ!」

「関係なくないよ! (ヴィラン)を君は一人残らず駆逐できる! なのに!」

 食い下がる緑谷。青石は怒気を強める。

「じゃあ(ヴィラン)って何!? (ヴィラン)は個性を使う犯罪者?

 なら緑谷君……。

 ボクが世界から個性を全部没収したら、(ヴィラン)はいなくなる!?

「……」

「気づいちゃったんだよ。最初はね、緑谷君が言ったようなヒーローになろうかなって思った。

 でもきっと、その先には何も残らない。

 ボクが力ずくで(ヴィラン)を排除しても、きっと何も変わらない。

 力で支配しても、きっと人は幸せになんてなれない。

 だからボクはボクのやり方で行く。

 やりたい事は変わらない。

 ボクは人の為に誰かの為になりたい。

 何処にでも行きたい、皆と一緒に何処までも行きたい」

「青石さん、君の言うことも分かるけど……」

 それでも緑谷は青石の選択に不満が有るようだ。

 だが青石は曲げるつもりは無い。

 一般的に人が想像するヒーローと、青石の目指すヒーローは違うだろう。

 でも青石はそれで良いと思う。

「ボクは、正しさを押し付ける暴力を振るいたくない。

 ヒーローがやっていることは否定はしないよ。

 だけどボクは、ボクのやり方で行く。

 ボクがなりたいのは(ヴィラン)が出たらやっつけるヒーローじゃない。

 皆と一緒に自由で幸せで、誰もが(ヴィラン)にならずに済む。そんなヒーローになりたいんだ」

 相澤に以前言われたことが有る。

 青石は(ヴィラン)も助けたい。

 それはあらぬ誤解を生んでしまうから、絶対に口にしてはいけない。

 だから青石は間接的に表現する。

 青石が助けたいのは人間全員。国や人種に個性、言葉や宗教も関係ない。

 全てを分け隔てなく助けたい。

 当然そこには(ヴィラン)も含まれる。

 悪事に加担するという事では無い。

 (ヴィラン)にならずに済むように環境を変え、(ヴィラン)なってしまった人も足を洗い、幸せに暮らせるように協力したい。青石はそう考えている。

 だがそんな考えが緑谷に伝わる訳もなく。

「青石さん……それはあくまで理想論だよ」

 緑谷の呟き。熱くなった頭を、理性で覚ましながら青石は聞いた。

「これは何の騒ぎだ?」

 相澤が教室にやってきた。どうやら、もう朝のホームルームの時間になったらしい。

「何でもありません」

 青石はさっさと自分の席に戻り着席する。

 緑谷を見ると、彼はまだ立ちすくんだままでいた。

 さっきは緑谷の言葉に必要以上に熱くなってしまった。

 だが彼に指摘されて、分かった事が有る。

 自分の選ぶ道、やりたい事。

 それ一つで救われる命の数が多くなったり、逆に少なくなったりする。

 青石の決断で今後多くの人の運命が変化することは間違いない。

 仮に青石が普通に(ヴィラン)を捕まえるヒーローをしたとする。

 だがそうなったら、国内の(ヴィラン)は狩りつくされるかもしれない。

 そしたら他のヒーローは廃業するしかない。多くのヒーローが食い扶持を失って路頭に迷うだろう。

 相澤はよく考えて決めろと言った。

 確かに青石の選択一つで、多くの人の運命が変わる。

 だがやりたい事の方針は決まった。

 後は具体的にどうやって実現していくかだ。

 机の上に置いた資料を眺める。

 それには相澤らの苦労が詰まっている。相澤達先生たちの思いそのものだ。

 無駄には出来ない。

 とりあえず目前に迫っている職場体験。それに向けて頑張るしかない。

 頭の中で想像しながら一つ気付いたことが有る。

 青石は確かに宇宙にまで行った。なんなら月面にも寄ったりした。

 だがまだ街に出かけた事が無い。

 友人らが話をしている買い物にも興味がある。

 ヒーローの活動も殆どは市街地で行われていると聞く。

「よし」

 窓の外を見上げた。

 未来は既に拓けている。緑谷と衝突したように、これから色々なすれ違いもあるだろう。

 だがそれでも、きっと大丈夫なはずだ。

 両手拳に力を入れて、次にやる事に向けて気合を入れた。

 

…………

 

………

 

 

 緑谷出久はずっとモヤモヤしたまま午前中過ごした。

 注意力散漫になり、授業中なんども注意されたが、中々集中できない。

 そして昼休み。

 緑谷を心配する飯田と麗日と共に学生食堂で過ごしていた。

「デク君、麺伸びるよ」

「うん」

 頷きながらも、うどんは一口も食べられていない。

「聞いてないねこりゃ」

 青石はこの場に居ない。

 昨日スターレインを迎撃してからというもの、マスコミ関係の仕事が舞い込んできているらしい。

 主にインタビューなどだ。

 雄英側が選定したテレビ局や記者の人達と、個別に対応しているという事だ。

 マスコミの競争率も凄まじい。

 何とか青石ヒカルの情報を得ようと必死だ。今やテレビをつけると途端にスターレイン消滅のニュース。

 それと青石ヒカルの話題だけだ。

 世間の中には陰謀論を唱える人もいるらしいが、そんなのは少数派。

 十年前の災害を引き起こしたのは彼女だが、それ以上に失われるであろう命を救った。

 彼女を世間は賛否両論の前とは打って変わり、彼女を好意的に報道し始めた。

 どんな理由が有れ、例えスターレインを迎撃したとしても。

 彼女が数千万人を死に至らしめたのは紛れもない事実なのだ。

 だが今は、むしろ彼女を叩こうものなら、逆に袋叩きにされる。

 空気とは実に恐ろしいものだと緑谷は思う。

「一体どうしたんだ緑谷君、今日はなんだか変だぞ。

 青石君に突っかかるなんて初めて見たな」

 学級委員長として見過ごせないのは有るだろう。

 まあ、それ以上に友人同士の言い争いだから気にかけてくれているのはある。

「青石君の目指すヒーロー像の、何が悪いと言うんだ?

 人の為に誰かの為に、彼女なりに一生懸命考えて出した答えじゃないか。

 宇宙開発を進めるヒーロー。俺は彼女にピッタリなヒーローだと思うぞ」

 飯田の言葉にも緑谷はうんと言わない。

 緑谷は、最近の青石を見ていると不安な気持ちに駆られてくる。

「……青石さんを見てると、何だか嫌な予感がするんだ。

 いや、予感っていうより……確信……だと思う」

「嫌な予感? 青ちゃんの何が問題なの?」

「青石さんの言う事も確かに分かるよ。でも……」

 人の為に誰かの為に。

 彼女が繰り返し口にする言葉。それは本当なのだろうか。

 彼女に関して一番大事な何かを見落としているような気がしてならない。

 大体今の彼女はとても危険な存在だ。

 それを周りの人達は皆、すっかり忘れているように思える。

 明日にも「やっぱり人類を滅ぼす」とか彼女が言い出さない可能性が無いなど、誰にも言えないのだ。

 だからこそ、彼女は今まで閉じ込められていた。

 非人道的だとは理解できる。だがそれ以上に非人道的な結果を彼女はもたらしたではないか。

 共同墓地の慰霊碑が頭に蘇る。

 失われた数千万の命は、何をしても帰ってくることは無い。

 ある日突然命を奪われた彼らの無念は、如何ほどのものだっただろうか。

 確かに彼女は世界を救った。

 だが命は単純な足し算で計算など出来はしない。

 いくら世界を救ったからと言って、彼女の罪がチャラになるなど有り得ない事なのだ。

 (ヴィラン)とは何か。

 青石や法月が繰り返し問いかけてきた言葉。

 緑谷は改めて考えざるを得なかった。

「緑谷君、言いたくないがこれだけは言わせてもらう」

 飯田が真剣な顔をする。

「彼女がヒーローとして自身の力をどう使うか。

 それは彼女の自由だと思う。勿論、法律に従う範囲だが……。

 緑谷君が青石君を(ヴィラン)を倒すヒーローになるべき。

 そう考えても、決めるのは青石君だ。君じゃない」

「……っ! だけど!」

「緑谷君が目指すような、(ヴィラン)を倒すヒーロー。

 ……青石君に向いてなさすぎる」

「それは、そうだけど」

 それきり言葉は出てこなかった。

 世界は彼女に引っ張られて、少しずつ変化していく。

 その変化が緑谷には恐ろしく感じられた。

――ボクが力ずくで(ヴィラン)を排除しても、きっと何も変わらない。

  力で支配しても、きっと人は幸せになんてなれない。

  だからボクはボクのやり方で行く。

 彼女はそう言った。

 だが彼女の言葉を皆聞いていたのも、彼女の力が有るからではないか。

 スターレインを迎撃出来たのも、雄英体育祭で優勝できたのも。

 彼女に理想があったからではない。

 彼女に力があったからだ。

 力に頼らないような理想を口にしておきながら、結局彼女は力を根拠にしている。

 彼女を見ていると不安になるのは、その歪みを彼女自身が気付いていない事に有るのかも知れない。

 結局その一日、緑谷の不安が晴れることは無かった。


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