青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第57話

「やぁ法月」

「ギルバートか」

 法月は衛星通信を取る。

 一般は使用されていない回線を使った、テレビ電話。

 かけてきた相手は、アメリカの上院議員議長。ギルバート・デュランダル。

 遺伝子学者でもあり、遺伝子研究、遺伝子工学における第一人者だ。

 ”計画”を法月と共に進めていた人物。

 青の少女の遺伝子を設計したのも、このギルバートだ。

「何の用だ」

「いや、何という程の事では無いのだがね。

 明日、私用で日本に訪れる予定でね。

 そちら雄英高校に寄らせてもらいたいと思っているのだよ」

「……青の少女か?」

「無論、そちらにも興味はあるがね。

 私が注目しているのは別の生徒さ。……緑谷出久」

 ギルバートの言葉に眉がピクリと動いた。

「……良かろう。話をつけておこう。

 オールマイトに伝言させる。よろしいか」

「ああ、彼が居るのだったね。だったら話が早い。

 随分顔を会わせていないし、彼には世話になったからね。

 出来れば都合をつけてもらえると、非常に有難い」

「……手配しておこう」

「ありがとう。そう、法月。

 彼女の事は確かに計算外だったが、”計画”は進める。その予定は変更しない」

「もはや青の少女が、ここまでの存在になった以上不要だ」

「いやいや、法月それは買い被りだろう。

 彼女に力が有ると言っても、心は人間だ。

 彼女が理想のまま突き進んだとしても、人は決してその愚かさを捨てることは出来ないさ。

 彼女の理想を支える為にも、計画は必要不可欠。そう私は考えている」

「デスティニープラン……正気か、あれを実行に移すと」

「もちろん、事前準備は必要だろう。実際に実行できるのは果たして何年先か。

 だが彼女という存在で、大幅に計画を前倒し出来る。

 争いから解放される未来へ、ようやく人類は進み始められるんだ」

 

 数分後、法月は電話を切る。

 青の少女は未来に向けて走り始めた。

 だが、安々と夢を叶えられるほど、世界は優しく出来ていない。

 青石の知らない所で、あらゆる人間が彼女を利用しようと動き出している。

 法月とて、その人間達の一人だ。

 彼の胸の高等尋問の証が、鈍く光を反射していた。

 

…………

 

………

 

 

 

「街に行きたい!」

 帰りのホームルームが終了するや否や、大きな声が響いた。

 声のした方向を緑谷は見る。

 青の少女が相澤先生の服の裾を掴みながら、街に一緒に行きたいとお願いしている。

 上目遣いでねだり、梃子でも動かぬ格好だ。まるでデートの誘いみたいに見えた。

「相澤さん!」

「……そうか」

 相澤は複雑な表情をしていた。

 クラスメイト達もすっかり呆れた様子だ。

 青石は駄々っ子のように服を引っ張る。

「いーきーたーいーのー!」

「……好きにすればいいだろ。お前は自由だ」

「相澤さんは?」

「俺は仕事が有る。一緒には行けない。一人で行くなり、友達と一緒に行くなり好きにしろ。

 轟や麗日も居るだろう」

「やだ! 相澤さんと一緒じゃなくちゃやだ!」

「……どうしてもか?」

「どうしても!」

 相澤抜きの外出を、断固青石は拒否する。

 1-Aの生徒がほほえましく青石を見ている。

 青石は特殊すぎる環境で育ってきた。

 スターレインを迎撃するために彼女は宇宙に行った。

 宇宙からの帰りに月に寄ったりしたらしい。

 だが未だに街に出かけた事すら無い。

 青石が街に興味を持って、行きたいと言い出すのは当然の話。

 そして彼女にとって未知の世界。

 知っている人に案内してもらいたいと思う気持ちは分からなくはない。

(だけど……)

――ええ、今考えなしに出たらどうなるか。

  分からないわけ無いのだけど

 緑谷のアズライトの声が聞こえた。彼女もまた青石が街に行くのを心配しているらしい。

 今や青石ヒカルは世界でトップクラスの有名人。

 何も用意もなく街に出させたら、何が起こるなど目に見えている。

 きっと見物に来る人達で、手一杯になってしまうだろう。

 とても街を散策するどころではない。

 そう考えると、監視役として誰かが付いていった方が良い。

 きっと生徒では身に余る。

 何かあった時対処できるプロヒーローが望ましいだろう。

 そう考えたら、青石に一番好かれている相澤が一緒に行くのは理にかなっている。

 どうやら相澤も同じ結論に達したらしい。

「はぁ……分かった俺も行く」

「やったー! えへへー」

 無邪気にはしゃぐ青の少女。

 ねだったのは本当に些細な願い事。

 彼女にとっては街に出かける。きっとそれすらも一大イベントなのだ。

 

 ……。

 

 ホームルームからしばらくして、緑谷は校門の外に居た。

 青石は校門に居る。彼女も一歩踏み出せば、雄英の外だ。

 青石は既にスターレインを迎撃する際に、一度地球の外に出ている。

 何をいまさら躊躇する事が有るだろうか。

 緑谷はそう思うが青石は中々動き出さない。先ほどから足を外に出そうとして、引っ込めてを繰り返している。

「どうしたんだろう青石さん」

「……今までの事情を考えたら無理もない」

 緑谷の隣のオールマイトも口を開いた。

 今オールマイトは痩せた姿。

 そういえば青石とオールマイトは和解したと聞いている。

 だったら昔の傷を治して貰うくらい出来る筈。

 なのに何故彼は、青石に傷を治して貰わないのだろう。

 青石に目をやる。

 まだ彼女は二の足を踏んでいる。

 今まで散々出てはいけないと言い聞かされていた。

 それがこうも急に変わると戸惑いもするか。

 校門の周辺にマスコミらの人影はない。

 校長らに連絡を取って、人払いをしてもらっている。

 姿は見えないが、何処かでマスコミの進撃を必死に食い止めているヒーロー達が居る筈だ。

 これは些細かも知れないが、青石にとって重要な意味のある一歩。

 確かに緑谷も、それを衆目の目にむやみに晒したくは無い。

「ほら、青ちゃん」

 ゲートの外で麗日お茶子が手招きしている。

 青石はなかなか動かない。

 青石の隣の相澤は焦れたのか、先に校門の外に出ようとする。

「待って!」

 だが青石は相澤の腕をガシッと掴む。

「相澤さん……ボクやっぱり……」

 だが足が校門内の地面にへばりついたように動いていない。

 やはり躊躇いが有るのだろうか。

 彼女の表情からは様々な感情が見えた。

「……来いよ」

「あっ……」

 相澤が手を掴んで校門の外へと軽く引く。

 手を引かれた彼女は抵抗せずに、外へとするりと体を投げ出した。

 タンと乾いた音がする。

 彼女の靴が雄英の敷地外へと踏み出されていた。

「ようこそ、青ちゃん。外の世界へ」

 麗日のニカッとした笑いと対称的に、緑谷の表情は沈んでいた。

 

 ……。

 

「ねぇ、相澤さん相澤さん! これ何!?」

 緑谷の視線の少し先に青石と手を引かれた相澤の姿がある。

 麗日は青石のすぐ傍についていて、緑谷とオールマイトは、後ろからそれを見守っている。

 周囲にチラッと目をやる。

 事前にヒーロー達により準備されていたのだろう。

 青石めがけて群がってくる民衆は一人たりとも居ない。

 遠巻きに青石を眺めているが、近寄っては来ない。

 それを青石は不自然にも思っていないらしい。

 初めて街に出たのだ。

 実際にどのようなものなのか、知らなければ違和感が湧きようも無い。

 彼女は目の前の初めて見る色々なものに夢中になっている。

「本当に、こんな日が来るとは夢にも思っていなかったよ」

 オールマイトがしみじみと言った感じに口を開いた。

「八木さんは諦めていたんですか?」

「……ああ、正直な気持ちを言うとね」

 緑谷の視線もオールマイトは受け入れている。

 痩せた姿は前に見た時よりも、更に小さく見えた。

 彼が緑谷に頼んだ願いは叶った。

 青の少女は世界を救済し、その上で外に出られるようになった。

 結論として最高の結果を得ることが出来ただろう。

 客観的な視点で評価してだ。

 けれど、緑谷は過去のオールマイトの所業を許していない。

 必要な事だったのかも知れない。

 それはこの現在にたどり着くために必要な、パズルのピースになってたのだろう。

 だからといって許すことは緑谷には出来ない。

 USJでの事件が解決した後、青石ヒカルに問うたことが有る。

 過去のオールマイトがした事、それを許すのかと。

 彼女は悲しそうに「もう過ぎた事だから」ほほ笑みながらそう言った。

「僕は……」

「ん、なんだい?」

「いえ、なんでもありません」

 だからと言って、緑谷は文句が言える立場だろうか。

 結局の所、緑谷は青石が閉じ込められている事実を心のどこかで「仕方がない」と受け入れていた。

 彼女が今この結果を迎えられたのは、偶然に過ぎない。

――ボクは、正しさを押し付ける暴力を振るいたくない。

  皆と一緒に自由で幸せで、誰もが(ヴィラン)にならずに済む。そんなヒーローになりたいんだ

 彼女が言った言葉も、冷静になった頭で考えたら分かる。

 青石はずっと”正しさ”を押し付けられて苦しんでいた。

 多数の為に、犠牲になる事を強いられていた。

 青石自身が切り捨てられる少数の立場だった。

 だからこそ、彼女はあんな綺麗ごとを言うのだろう。

 緑谷が言った(ヴィラン)を倒すヒーローを、青石が拒絶したのは当たり前だ。

 それは青石がされて嫌だったことを、進んでしろ。そう言っているのと同じことだったからだ。

 彼女が表現した”正しさを押し付ける暴力”という言葉。

 まさにその言葉を体現した存在が、緑谷の隣に今いる。

 オールマイトは多くの(ヴィラン)を打ち倒し、平和の象徴となった。

 彼の生きざまを、緑谷や世間は称賛した。

 おそらく青石ヒカルが(ヴィラン)と呼ぶ正体。

 それが薄々分かった気がした。

――ボクが世界から個性を全部没収したら、(ヴィラン)はいなくなる?

 彼女はこう言いたいのかも知れない。

 (ヴィラン)がやられているのを、緑谷達が喜んでいるとき。

 その時、緑谷達も(ヴィラン)になっているのだと。

 彼女はそう言いたいのかも知れない。

 雄英体育祭で彼女が言っていた事も、それなら納得がいく。

 彼女の理屈がようやく分かった気がする。

「青石君はね、優しすぎるんだ」

 オールマイトがポツリと呟く。

「人の為に誰かの為に。それは私も緑谷君も、ヒーローになりたい人はみんな一緒さ。

 だけど普通、その助けたい”人”に(ヴィラン)は含まれてない。

 当たり前の話だけどね。けれど彼女は違う」

 オールマイトの言葉に、何処かで聞いたシアンの記憶が蘇った。

――人が(ヴィラン)という定義をされた瞬間、その人は「人間」では無くなります。

  社会は一度(ヴィラン)になった人を人間扱いしません。

  (ヴィラン)とは「悪」だからです。

 ヒーローが救う対象は、民間人。そして(ヴィラン)は救う対象に入っていない。

 当然だ。(ヴィラン)は倒すべき敵だから。

「彼女はきっと(ヴィラン)も助けたいんだろうね」

 オールマイトが遠い目をしている。

 彼は多くの(ヴィラン)を倒した。そして倒した(ヴィラン)以上の人を救った。

 だが(ヴィラン)を救う事は出来なかった。

 そして助けたかった青石ヒカルは、災害を起こした張本人。

 被害者でもあり、同時に”(ヴィラン)”だった。だから助けられなかった。

 (ヴィラン)の青石ヒカルを、ヒーローは助けられなかった。

 (ヴィラン)とは何か。

 真剣に緑谷は考えてこなかった。

 ほとんどの人間がそうだろう。

 そして考える意味も無いとそう思っている筈だ。

 考えたところで答えが出るはずも無いし、(ヴィラン)が居なくなるわけでなはい。

 けれど青石は問いかけてくる。(ヴィラン)とは何か。

 少し前の緑谷はこう考えていた。(ヴィラン)とは、個性を悪用した犯罪者の事だと。

 今は少し違う。

 (ヴィラン)とは何か。色々な人達から色々な意見を貰った。

 しかし緑谷の中に確固とした答えは出ていない。

 だが(ヴィラン)とは、個性を悪用した犯罪者。そんなちゃちな存在では無いと、今は考えている。

 青石ヒカルは言った。

 この世界から個性が無くなれば、(ヴィラン)は居なくなるのかと。

 今の緑谷の考えでは、そんなことでは(ヴィラン)は居なくならない。

 (ヴィラン)とは何か。それは、個性が無くなれば解決するほど簡単な問いでは無い。

「緑谷君、実はとあるアメリカの偉い人が、君に会いたがっていてね。

 明日の放課後大丈夫かい?」

「えっ? アメリカの偉い人? 誰なんです。

 僕なんかに会ってっていったい何を……?」

「それが内緒にしていて欲しいそうでね。

 お忍びで日本に来ているんだ。だからまぁそれは実際に会うまでのお楽しみって事さ」

「オールマイトの知り合いですか?」

「アメリカに居た時に少しね」

「……」

「構わないかい?」

「ええ、良いですよ」

「緑谷くーん! 早く早く! 八木さんも!」

 遠くに見える青石が緑谷に手を振っている。

 オールマイトも苦笑いしながら、青石の方に歩み寄っていった。

――呑気なモノね……。あの私は……。

 緑谷のアズライトは複雑な心境だろう。横に現れた彼女の顔は苦虫を噛み潰したようだった。

 例え世界に生贄にされかけても、彼女はあくまで人の為に誰かの為になりたいと言う。

 その”人”が青石を殺そうとしていたというのに。

 緑谷は己の立場だったらどうだろうかと考える。

 緑谷に果たして真似ができるだろうか。

 視線の先では青石がオールマイトに笑顔を見せている。

 全ての過去を踏まえ、あらゆる汚れを彼女は飲み干して。その上で笑顔を浮かべる。

 内心、どれだけの恨みが溜まっているだろうか。

 どれほどの憎しみが募っているのだろう。

 けれどそれを青石ヒカルは表に出さない。

 あくまで彼女は笑顔。

 どれだけの困難が待ち受けても、彼女はその先で笑顔を浮かべている。

 笑顔の大切さはオールマイトにも、何度か言われたことが有る。

 人々を助ける存在のヒーローは、笑っていなければならない。

 だが緑谷は、彼女が浮かべる笑顔を見るたびに不安になる。

 彼女が無理をして笑っていると分かるから、嬉しさより先に、悲しい気持ちが先に来る。

 それでも彼女は、相澤と手を取りながら、無邪気に笑っていた。

 いつか彼女のやせ我慢が限界を迎えた時。

 人類にとって最大の脅威になるかもしれない。

 その時にはもしかしたら、戦わなければならないかも知れない。

 対抗できるのは自分くらいの物だろう。そう緑谷は思う。

 緑谷の不安が、消えることは無かった。

 

…………

 

………

 

 

「そうだ!」

「うわ!? いきなり何青ちゃん?」

 ポンと一つ青石は手を打った。

 青石は今街に出かけていた。

 隣に居るのは相澤と麗日。それと緑谷とオールマイトだ。

 総勢五人で雄英から街に繰り出したのだ。

 轟も誘ったのだが、断られてしまった。

 地下の訓練施設で個性の訓練をしたいとのことだった。

 残念と言えば残念だが。街に行こうと思えばまた行ける。

「青石……」

 相澤がぎろりと青石を睨んでくる。

 その声と目に我に返った。

 そう、青石は今麗日達に宇宙に連れていってあげようと思い立ったのだ。

 街を案内してくれて、青石はとても嬉しかった。

 一人で勝手に行くことも確かにやろうと思えばできた。

 だがやはり、友達と一緒に行く方が絶対に充実すると思ったし、正解だったと思う。

「えとね、麗日ちゃん! 今日ボクが話したこと覚えてる?」

「うんと……どれのことやろ」

「ほら宇宙から見た地球が綺麗だって話!」

「うん、覚えてるよ」

 頷いた麗日。青石は拳を突き上げて気合を入れる。

「それ今から見に行こう!」

「ええっ!? 今から!? 急すぎない?」

 緑谷は反対しているが、青石は止まらない。

「大丈夫だって緑谷君。

 それに宇宙から見た地球を見たら、緑谷君だって分かってくれると思う。

 ボクの夢のこと」

「えっと……」

 歯切れ悪い緑谷だが、青石は放っておいて個性で準備を進める。

――とりあえず何処に行く? 月とかかしら?

 レギオンもノリノリだ。

「そうだね。とりあえず月に行こう!」

「そんな旅行みたいなノリで!?」

 緑谷は悲鳴を上げる。青石の目が青く染まった。

 次の瞬間青石達の姿はそこにない。

 遥か空の向こうの月面に向けて、出発していた。

 

 ……。

 

「うわぁ……」

「……綺麗」

「ね!? とっても綺麗でしょ?」

 青石は一行を、月面に連れてきていた。

 月に居るのは青石含めて五人だけ。

 他には相澤、緑谷、麗日そしてオールマイトだけだ。

 一応、あまり遠くに行かないようにお願いしている。

 月面は空気がほとんど無い。気温も低いし、宇宙線もビュンビュン飛んでいる。

 青石の個性で安全は保障しているが、あまり予想外な行動を起こされると困る。

 本当に一瞬で死んでしまうだろう。

「これは凄いな」

 オールマイトも感嘆の声を上げる。

 皆の視線の先に有るのは地球。

 月から見た地球は、昨日相澤と見た時と同じ色をしている。

 闇に浮かぶ水の星。

 それを見ると青石は今までの悩みなど、なんて小さいものだったのだろうと思う。

「ボクねこの景色をもっともっと多くの人に見てもらいたい。

 ここだけじゃなくて、もっともっと一杯。

 宇宙って無限に広がってるの。あの狭い星に閉じ込められたままなんて勿体ないよ!

 ボクは皆と一緒に何処にでも行きたい。何処までも行きたい。

 この宇宙の何処までも皆を連れていきたいの」

「青ちゃん……」

「もっともっと見た事ない景色が有る筈だから。

 だからボクは見た事ない物をもっと見たい。

 皆と一緒に見たいんだ。こんな綺麗な景色を」

「……」

「緑谷君。ボクは人が誰もがこの景色を見られるようにしたい。

 どんな人でも。誰でも、何処にでも行けるようにしたい。

 この風景を見ても、まだ駄目……?」

 先ほどから黙りこくっている緑谷に尋ねてみる。

 彼の目からは迷いが見える気がした。

 彼が振り向く。

 正直緑谷が青石に何を言いたいのか、彼女はあまり分からなかった。

 どうしてそうまでして、緑谷は(ヴィラン)を倒すことを優先するべきだと、そう言うのだろうか。

 確かに青石のいう事は綺麗ごとで、理想論かも知れない。

 けれど人の為に誰かの為に。何処までも行きたい、何処までも行きたい。

 それは有るがままの、自分のしたい事だと確信している。

 だから青石は曲げるつもりは無い。

 緑谷が反対しても青石は、なりたい自分の姿を変えるつもりは毛頭ない。

「……好きにすればいいだろ」

 素っ気なく緑谷は漏らした。

「うん、じゃあ好きにするね!」

 緑谷の目に一瞬怒気が宿った。青石は何故なのか分からずビクッとする。

 だがそれも彼が瞬きした頃には消えていた。

(気のせい……だったのかな?)

 多分自意識過剰だったのだ。そう自分に言い聞かせる。

「見つけたんだね。君がやりたい事。君がなりたいものを」

「オールマイトさん……。うん、決まりました。

 ボクはこの月にだって誰もが来れるようにしたい。

 ううん、月だけじゃない。火星にだって、木星にだって。

 この宇宙の何処にでも、行けるようにしたい。

 皆がこういう景色を見られるようにしたいんです」

「……君らしい答えだと思うよ」

「じゃあ!」

 思わず声のトーンが高くなった。

「ああ、思うようにやってみるといいさ」

「やった! ねぇ聞いた相澤さん!?」

 オールマイトの言葉に胸が弾む。

 嬉しくて相澤に抱き着いてしまう。

「青石……」

 相澤の視線に少しばつが悪くなる。

 つい嬉しくなると青石は相澤に抱き着いてしまう。そういう癖が有る。

 それは直さなくてはいけない言われなくても分かっている。

「わ、分かったよ相澤さん」

 渋々相澤から手を放した。

 相澤は首の後ろを掻いている。

 青石は空に手を伸ばした。

 地球とは違う真っ暗な空に、青い地球が浮いている。

 今日、この綺麗な景色を麗日や緑谷にも見せることが出来た。

 明日轟にも見せてあげたいなと青石は思う。

 広い宇宙にひっそりと佇む小さな星。

 あそこに世界中の人々が、ぎゅうぎゅうになって敷き詰められている。

 世界はもっと広いのに。

 地球に拘らなくても、無限に広がっているのに。

 行く手段が無いがため、離れられない。何処にも行けない。

 それはとても悲しいことだと思う。

 青石は自分の決めたことを再確認する。

「ボクは何処にでも行きたい、何処までも行きたい!

 人の為に、誰かの為に。

 世界の何処にでも、行きたい。どんな人とでも、居られるように。

 人が広く、生きて行く為に」

 誓いのように口から流れる。彼女の言葉を遮るものは何もない。

 月の上から地上を眺める。

 きっとこの眺めも、青石だけの特権ではなくなる。

 そんな日が来る。

 少し寂しい気がするが、それでいい。青石は自らに言い聞かせる。

 きっと本当の幸せは、独占する事では得られない。

 みんなと分かち合う事で得られるのだと、彼女は信じている。

 それを教えてくれたのは、相澤に緑谷もそうだ。

 先生として、友達として傍に居てくれる。

 それは個性などより遥かに勝る幸せなのだと思う。

「相澤さん」

「何だ」

「ボクずっと側に居るから。ずっと側に居るからね!」

 彼女の誓いの言葉を、相澤は静かに受け止めてくれている。

 今日も月面は地平の果てまで荒廃していて。

 頭上の地球は青く輝いている。

 世界はまた、ほんの少しだけ変化していた。


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