青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第60話

 これは一週間ほど前の話。

「青石さん、これ受け取って」

 朝のホームルーム前。青石は机でまったりしている時に緑谷が来た。

 軽く挨拶を交わした後に、緑谷は大量の紙束を青石の机の上に置く。

「コレなに?」

「署名だよ」

「署名?」

 青石が疑問に首を傾げる。そして一番上の用紙をぺらっとめくる。

「青石さんはテレビでも言ったよね。青石さんがどんなヒーローになりたいのか」

「うん、言ったけど……」

 確かに三日ほど前、青石が出演した番組が放送された。

 その中で青石にどんなヒーローになりたいのか質問された。

 青石の中の答えは変わらない。

 緑谷達に話した夢と同じことを話した。

 人が地球を超えて何処までも行けるようにしたい。

 誰もが(ヴィラン)にならずに済む。そんな優しい世界を目指したい。

 そして(ヴィラン)を退治することは、基本しない方針だとも伝えた。

 青石が目指しているのは、戦って勝つヒーローでは無い。

「これは青石さんに(ヴィラン)と戦って欲しい。そう思っている人たちの署名だよ」

「……そうなんだ」

「全部でおよそ100万人だよ」

「100万!? そんなに!」

「だからこれもほんの一部。どれだけの人が青石さんに戦って欲しいって。

 (ヴィラン)から救って欲しい。そう願っているか分かるよね」

「緑谷まだ言ってんのか。青石には青石の……」

「まだ、話は終わってないよ」

 珍しく轟が突っ込んでくるが、緑谷は無視して続けた。

「手紙も有るんだ。青石さん宛だよ」

 手紙の束を渡してくる。

 その中の一番上の一枚を、青石は開封して文面を見た。

 書いた人は(ヴィラン)により家族を失ったらしい。

 遅れてやってきたヒーローにより自分の命は助かったが、母は助からなかった。

 もし青石のようなヒーローが(ヴィラン)を退治してくれれば、自分のような悲しい思いをする人が減る。

 青石の夢も立派だが、もっと足元の苦しんでいる人達に目を向けてほしい。

 そんな内容だった。

「……そっか。この人は(ヴィラン)に」

「別に珍しくないよ。世界中に居るんだそんな人が。

 ……青石さんがどんなヒーローになりたいのか。確かにそれは自由だよ。

 でもこの署名と手紙に込められている人達の気持ちも忘れないでほしい。

 青石さんに助けを求めている人が……(ヴィラン)を退治して欲しいって人がどれだけいるのかってことを。忘れないで欲しい」

「そんなに皆、ボクに(ヴィラン)をやっつけて欲しいの?」

 緑谷は無言で頷いた。

 青石はため息をついた。

「……分かったよ」

 教室の扉が開く。担任の相澤がゆらりと入室してくる。

 緑谷は席に戻っていく。

「青石。なんだそれは?」

 青石の机の上に置いてある大量の署名を見て、相澤が聞いてくる。

 まぁそのまま放置も出来る筈無い。

「ファンレターと署名です」

「署名? 聞いていないぞ」

「緑谷君に渡されました」

「本当か? 緑谷」

「はい」

 肯定した緑谷。相澤はこれ見よがしに大きくため息をついた。

「緑谷、こういうものは一旦雄英を通せ。

 特に手紙なんて代物はな。何が入っているか分かったものじゃない。

 安全のためにもな。分かったか?」

 そしてそのまま始まるホームルーム。

 青石は甘く見ていた。それほどまでに青石に(ヴィラン)と戦って欲しい。

 そんな人たちが居るのだと思っても居なかった。

 改めて考えたら分からなくもない。

 青石が(ヴィラン)を退治する事で、確かに救える命が有るだろう。

 それは間違いないと思う。

 その日の放課後、青石は職場体験の希望を提出した。

 行き先はエンデヴァーのヒーロー事務所。

 轟焦凍と同じ希望だった。

 

…………

 

………

 

 

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫相澤さん、無理はしないよ」

「……」

 相澤の顔を見た青石はヘラっと笑う。相澤の顔は真剣そのものだ。

 相澤の横には轟焦凍も居る。彼も相澤に負けず劣らず真剣な顔をしている。

 真剣を通り越して怖いくらいだ。

 スターレインから一か月が過ぎた。

 ここしばらくは世界が滅亡を逃れた事への歓喜で湧いていた。

 当初予定されていたインターン。つまり職場体験はやや日程を遅らせて実施される事になった。

 スターレイン。世界が滅びから救われたなど、人類が今まで体験してなかった事態。

 何が起きるか分かったものではない。そんなイレギュラーな環境に生徒を放り込むわけにもいかない。

 だからインターンは当初より一週間ほどたった後に行うと決定された。

 様子を見つつ判断をしたわけだ。本当は一か月以上予定は伸びるものだと思われていた。

 そして本日に至る。

 青石は空を見上げた。今日もまたいい天気だ。

 まぁ仮に雨が降っていたとしても、彼女はいくらでも晴れに出来るのだが。

 今日はインターンの初日だ。

 青石はエンデヴァーの元の職場体験。その一環として(ヴィラン)に対処する事になる。

 エンデヴァーの事務所の前はやけに人が少ない。

 これもまた雄英が手配して人払いしているからだ。

 彼女はあまりにも有名になりすぎた。

 こうでもしないと青石が馬鹿正直にファンに対応し始めて、いつまで経っても職場体験どころではない。

「どうしたの相澤さん?」

「……いつも通りのバカ面だと思っただけだ」

「ひ、酷いや! ねぇ轟君もそう思うでしょ!?」

「あっ……うん……良いんじゃねぇかそれで」

「聞いてなかったんだね轟君!」

 わーわー青石は能天気に騒ぎ始める。

 それを見ながらやはり相澤は心配だった。

 彼女は既にメディアでどのようなヒーローになりたいか公言している。

 雄英体育祭が開催された直後やスターレインの最中は、(ヴィラン)は殆ど出現しなかった。

 (ヴィラン)が彼女の力を恐れたからだ。

 いつ何時彼女が捕まえに来るか分からない。彼女はまだヒーローでは無いが、政府やヒーロー公安が彼女に命令する可能性もゼロではない。

 青石ヒカルは潜在的に(ヴィラン)に対する抑止力として働いていた。

 当然それは本人が意図している事ではないだろう。

 彼女は暴力を振るいたくない。(ヴィラン)を個性を使って捕まえる。そんなヒーローにはなりたくない。

 青石ヒカルはそれを公言してしまった。

 雄英の中だけではなく、メディアに向けても。

 だが(ヴィラン)はそんな彼女の優しさに付け入る。

 彼女の脅威が無いと分かると(ヴィラン)が爆発的に増えた。

 それを受けてヒーロー公安は彼女に依頼したのだ。

 一週間ほどだけでいいから(ヴィラン)を捕まえる普通のヒーローをやって欲しいと。

 その名目として職場体験が利用された。

 全国から寄せられていた署名も後押しした。

 お人好しな青石はそれを断る事は出来なかった。

 それが例えやりたくない事であろうとも。

 だから今回青石がやる事も職場体験を名目とした、(ヴィラン)達への見せしめだ。

 彼女が本気を出すとどうなるのか。

 それを分からせてやるつもりだ。

 どれほどの力を彼女は持っているにしても、彼女はまだ子供。

 権力に利用される立場の弱い人間なのだ。

 相澤はそれを歯がゆく思う。

 もっと自由に思うがまま生きられたのなら、どれほど良いだろう。

 けれどそれは叶わない。彼女がどれほどの力を持とうとも、彼女もまた人間に過ぎないのだから。

「本当だって。ボクを信じてよ」

 青石は相澤に微笑みかける。相澤も不器用な笑顔を浮かべた。

HN(ヒーロー・ネットワーク)を利用した全国の(ヴィラン)の摘発……か」

 だが再び相澤の笑顔は消え、心底心配そうな顔になる。

 青石は手元の端末を覗き込む。

 そこにはHN(ヒーロー・ネットワーク)上の様々な(ヴィラン)の情報が流れていた。

 もちろんそれはヒーローにしか知り得ない機密情報。

 現在進行中で(ヴィラン)は全国で出没し続けている。

「時間だ」

 エンデヴァーの短い言葉に彼女は顔を上げた。

 作戦の時刻は来た。

 青石は顔を引き締める。

「大丈夫だよ、きっと!」

 青石は笑顔になる。大切な人には笑顔で居てほしい。幸せでいてほしいから、彼女は笑顔を作る。

「……気を付けろ」

「うん!」

「青石……その……」

「轟君も心配?」

「……」

 轟は無言だが何を考えているのか何となくわかる。

 明らかに轟は今回の作戦に不満そうだった。

 (ヴィラン)の摘発および捕縛など、青石に向いているとはとても思えない。

 彼女は与えられた力と

「作戦開始だ」

 エンデヴァーの短い言葉に頷く。

「相澤さん行ってくるね!」

「青石……行ったか」

 相澤はため息をついた。

 青石は一瞬でその場から消え去った。

 手元の端末に目をやると、凄まじい勢いで情報が更新されていく。

 言わずと知れたHN(ヒーロー・ネットワーク)だ。

 全国で出没している(ヴィラン)が次々に逮捕されている。

 風がびゅうと吹いた。もうすぐで夏になろうという時期だというのに、やけに寒々しく感じられた。

「……どうやらこの周囲の(ヴィラン)は全て青石に捕縛されたようだ」

 エンデヴァーの声に首を向ける。

 彼も報告をサイドキック達から受けたらしい。

「流石といったところか」

「……そうだな」

「それにしては浮かない顔だな」

 青石にかかれば(ヴィラン)の摘発など、赤子の手を捻るより容易い。そんな事は分かっている。

 だが相澤の胸の奥はざわついたままだ。

「嫌な予感がするんです」

「嫌な予感だと?」

「ええ……」

 相澤は空を見上げた。

 今頃青石は人が持つ様々な負の側面を見せつけられている筈だ。

 全国に出没している様々な(ヴィラン)

 彼らを見て彼女は何を思うのだろうか?

 ”人間”その物に対して失望したりしないだろうか?

 彼女は度々口にする夢。

 人の為に誰かの為に。

 だが彼女は”人”そのものをどれだけ理解しているのだろうか。

 普通の人は彼女のような夢を抱いたりはしない。

 何故なら物心ついた頃より”人間”がどういうものなのか。それを身をもって体験していくからだ。

 人には拭い去れない醜く愚かな面が有る。

 それはどうしようもない。

 だから人は人の為に誰かの為に。そんな風に生きようとはしない。

 それほどの価値を”人間”というものに見いせてはいない。

 人の為に誰かの為に。そうやって他人の為に尽くせる人間など、ほんの僅かな例外に過ぎない。

 オールマイトが正しくその例外だった。

 人の為に誰かの為に。

 彼ほどそれを体現した存在が今まであっただろうか。

 そして世間は彼女を新しい”平和の象徴”として迎えようとしている。

 彼女の思いを世間は汲み取らない。

 力だけが彼女の全てでは無い。だが世間から見たらどうか。

 実際に世間が見ているのは彼女ではなく、彼女の”力”だ。

 青石ヒカルという、本人そのものではない。

 同じことを為す人間なら、中身など誰だっていい。

 本当の意味で青石を見ている人間など、ほんの僅かだ。

 結局の所、彼女が無力な無個性の人間だったら。誰も彼女に見向きもしないのだ。

「ちっ……」

 相澤は踵を返す。

 ここにいつまでも居たところで時間の無駄だ。

 予定通り彼は雄英に帰ることにした

「帰るか?」

「ここに居ても何もすることは無い。しっかり頑張れよ轟」

「あいつが頑張ってる限り、する事なんてなさそうですけど」

 全くだと相澤は息を吐いた。

 今日はどうにもため息が多い。

 エンデヴァーの事務所の前に車が停車した。

 中から人が降りてくる。

「相澤様、迎えに参りました」

 高等尋問補佐のシアンが頭を下げる。彼女はやはりいつものメイド服。

 エンデヴァーもいちいち声を上げたりしない。

 どうやら二人は顔見知りのようだ。

 いったいこのシアンと言う女は何者なのか。

 それはともかく、事前に頼んだ時間通り来てくれたようだ。

「すまない」

「いえ」

 短く言葉を交わして車の中に体を滑り入れた。

 助手席に腰かける相澤の横。運転席にいつものメイド服の

 エンジンが音を立てて発車する。

「……」

 車の外の流れる景色を見る。

 考えているのは青石の事。

 彼女がいったい今頃どんな気持ちで居るのだろうか。

 いったい何を見て、何を感じているのだろうか。無性に気になった。

 けれど相澤に出来る事は何もない。

 ただ無力に待つことしか出来ない。

 彼女の隣に立つこと。側に居る事。

 それは余りにも困難で難しい。

 かつてオールマイトにはそれが出来なかった。相澤は、なんとか辛うじて実現できた。

 だがそれは今までの話。これからどうなるかそれは分からない。

 携帯端末には青石の捕まえた(ヴィラン)の情報が行き交っている。

 全国のヒーローがHN(ヒーロー・ネットワーク)に情報を上げて、青石がそれを処理する。

 捕まえられた(ヴィラン)の数は、僅か数分経っただけの今でさえ1000を超えている。

 実際はそれ以上だろう。

「ったく……あの馬鹿が。何が人の為に誰かの為にだよ。

 ……本当は」

「何かおっしゃいましたか?」

 小さく漏れた声にシアンが反応した。

「何でもない」

 

…………

 

………

 

 

(行こう、レギオン)

――ええ、任せて。

 青石は個性を解放する。

 青石の思考速度が急激に高まっていく。

 個性を使って世界ないし時空そのものを歪め、青石だけが早く動けるように改ざんする。

(思考速度、身体速度を100万倍に再定義)

 彼女は今、周囲の人間の100万倍の速さで動いて、考えられる。

 彼女にとって100万秒が過ぎたら、ようやく周囲の世界では一秒流れる。

 世界が100万分の1の速さになる。

 彼女の目からは、事実上世界の時は停止した。

 青石はHN(ヒーロー・ネットワーク)の情報をネットワーク上に直接展開する。

 人々を助ける為に彼女は行動を開始した。

 ……。

「これで、もう何人目かな?」

――これで1051人目よ、……先は長いわね

 青石の質問に個性(レギオン)が答える。

 彼女の心はだいぶ追い詰められていた。

 HN(ヒーロー・ネットワーク)の情報を頼りに、彼女は静止した世界の中を駆けずり回る。

 彼女は甘く見ていた。この世界はもっと優しく美しいものだと、無条件に信じていた。

 自分が受けた悲しみや苦しみを上回るものなど、そうはないと。高をくくっていた。

「これが”世界”なんだね。……これが”人間”なんだね。緑谷君」

 まさに今目の前で(ヴィラン)が、年若い女性に襲い掛かっている所だった。

 止まった世界の中で、襲われている人は恐怖に慄き。

 (ヴィラン)は残酷な笑顔に顔を染めている。

 (ヴィラン)の手には刃物が握られていて、もうあと数センチで首を貫くところだった。

「ボクは……ボクは暴力なんて振るいたくない。……だけど」

 ひとまずそっと傷つけないように、襲われている一般人を少し離れた場所に移動させる。

 そして怪我を治癒。

 多分逃げる時に打撲と擦り傷を負ったのだろう。

 軽く捻挫もしている。

 被害者を助ける事は比較的簡単に終わった。

 当の本人たちは100万分の1の速さでしか認識できないので、今救われた事にすら気付いていない。

 改めて青石は(ヴィラン)の様子をジッと見た。

 心の中も少し覗いてみたが、あまりにも汚れ切った悪意と欲望に吐き気を催しそうになる。

 (ヴィラン)になった経緯や、なぜ追い詰められたのだろうかと考える。

 だが(ヴィラン)の記憶を覗いてみても、皆目青石には分からない。

 青石の判断基準からすれば、この(ヴィラン)の人は充分に恵まれているはずだ。

 なのに、(ヴィラン)としてこうして人を襲っていた。

 考えに考えてもいつまでも分からない。

 結局青石はこの男が、自分勝手な男なのだと。そう判断するしかなかった。

「……個性抹消(delete)

 青石は男の個性を削除した。相澤の抹消の個性とは違う。

 個性そのものを完全にその(ヴィラン)の中から消し去る。

 そして身動きが出来ないよう束縛した。

「……次行こう」

 彼女は再び歩き出した。

 しばらく青石は日本中を飛び回り、手当たり次第に(ヴィラン)達を駆逐し続けた。

 そして気付いたことが有る

 (ヴィラン)になるのに特別な理由など、そう必要ない。

 何人もの(ヴィラン)を見ていくうちに、青石は理解した。

 青石は救い続けた。

 何人も、何人も。

 何度でも、何度でも、青石は止まった世界の中を飛び回り、人を助け続ける。

 彼女のスピードに置き去りにされて、人は助けられたことにすら気付けない。

 そして助けなければいけない人は、後から後から湧いてくる。

「キリがない……」

 気付けば青石は助けた人間の数も、捕縛した(ヴィラン)も数えなくなっていた。

 最初は(ヴィラン)を捕まえる事に躊躇いが有った。

 だが何度も(ヴィラン)の悪行を目にした末に、そんな躊躇いはいつの間にか消えていた。

 青石は暴力が嫌いだ。

 人を傷つけたくないし、人を力でねじ伏せたくない。

 話し合いの末に、解決出来たらどれだけいいかと思う。

「だけど、どうすればいいの? 話し合いなんてしてたら間に合わない……」

 彼女の言葉に応えられる人間は誰も居ない。

 青石の声は虚しく街の中に消えていく。

 結局、彼女は(ヴィラン)を行動不能にすることに決めた。

 危険そうな個性は取り上げ、無個性になって貰った。

 (ヴィラン)が人を襲っていた、ありのままの現実を目にしたら、人を傷つけたくないなんてお笑い種だ。

 なんて自分は甘い事を言っていたのだろうと思う。

 緑谷の言葉を思い出す。

 

――たった今だって、この世界のどこかで誰かが(ヴィラン)に襲われている。

  僕たちなんかじゃ助けられないような人達だって、簡単に助けられる!

  青石さんにはやろうと思えば出来る!

  やろうと思えば出来る癖にやらない! じゃあ見捨てているのと同じだろ!

 

「ボク馬鹿だ……」

 再び青石は(ヴィラン)を捕縛する。捕縛された事にすら、まだ(ヴィラン)は気付いていない。

 100万分の1の速さの時で流れる世界。

 その青い空を眺める。

 青石は思う。緑谷は正しかった。

 青石がただぼんやりと過ごしている間に、いったいどれだけの人が苦しんでいたのだろう。

 どれだけの人間が死ななければならなかったのだろう。

 それらの命は全て彼女が、助けようと思えば助けられたはずなのだ。

「ボクのせいで……ううん駄目だよね相澤さん、弱気になったら」

 パンパン自身の頬を叩く。

 救いを求める人は何処にでもいた。

 青石は個性を使う。人の為に誰かの為に。

 (ヴィラン)が出没していたので、出来るだけ痛くしないよう捕縛した。

 交通事故が起きかけていたら、未然にそれを阻止した。

 病院に寄ったら、今にも死にそうな患者たちが居たので治療して。

 寝たきりの人が居たら、歩けた頃の状態まで回復させた。

 目の見えない人が居た。耳の聞こえない人が居た。

 味覚を失った人も居て、仕事を失って金に困っている人も居た。

 今日食べるものすら無くて貧困に喘いでいる人も居れば、金が有っても寂しい思いをしている人も居た。

 いじめを受けている人、差別されている人。

 中には男や女といった性別のカテゴリに入らない人々も居た。

 皆救いを求めていた。

 この世界の誰もが、助けを求めていて、悩み苦しんでいた。

 青石は駆ける。一人でも多く助けたいと願って、一人一人の困難を個性を使って対処する。

 気付いたら彼女は(ヴィラン)を捕まえるだけの予定から、大きく外れた行動を取っていた。

 (ヴィラン)は捕まえる。それに変わりはない。

 だが彼女は助けを求める人を見捨てられるほど、冷酷になれなかった。

 青石は手当たり次第に人を助け続ける。

 進まない時の中、ゆらゆらと彷徨い続け。

 救いを求める人たちに手を差し伸べ続けた。

 助けられた人達からの返事は、まだない。

 助けられたことにすら気付いていない。

 どのくらいの時間が経ったかすら、彼女にはもう分からない。

 彼女が救い続けても、苦しんでいる人はそこかしこに溢れている。

 例え独り善がりだとしても。彼女はひたすらに、人を救い続けた。


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