青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第61話

「デク君おはよー!」

「うん麗日さんおはよう」

 朝から元気な声をかけられ緑谷は挨拶を返した。

 麗日は怪訝そうな顔になる。

「デク君なんかあった?」

「えっ何もないよ」

「でもなんか暗い顔してる。もしかして……青ちゃん関係?」

 麗日の指摘に緑谷はだんまりになる。

「あっデク君だんまりになった。ってことは図星だ!」

 緑谷は心にやましい事が有ると口を閉ざす。

 その癖を麗日は見抜いていた。

「別にただ……」

「ただ?」

「インターンが中止になったのが何て言うか……」

「ま、まぁまぁ……ね?」

 青石に対して直接的な文句が有ったりするわけではない。

 だが彼女がもたらした影響は大きすぎた。

 青石ヒカルが一週間前に開始したインターン。

 一応エンデヴァーの事務所の元でヒーロー活動を学ぶ、とういう体裁になっている。

 だが実際には全国の隅々にまで、青石ヒカルは活動範囲を広げている。

 緑谷は携帯を開いた。

 画面上に青石ヒカル関係のニュースを出してみる。

 もはや解決した事件や事故の数、捕まえた(ヴィラン)の数がとんでもない事になっている。

 初日だけでとうに一万以上の事件を解決している。

 全国のヒーローが普段解決している事件。

 それが全部そのまま青石ヒカルに置き換わっている形だ。

 ヒーロー形無しどころではない。

 ネットの掲示板では「もうアイツ一人で、もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。なんて言われている始末だ。

 どこでどんな(ヴィラン)が出ようが瞬殺である。

 警察に突き出される(ヴィラン)の数はすさまじく、刑務所はパンク寸前だ。

 ヒーローがどんなに頑張って(ヴィラン)を捕まえようとしても、青石ヒカルが先に捕まえてしまう。

 ヒーローの出番がまるでない。

 だから当然、緑谷達のインターンが普通通り行くわけが無い。

 (ヴィラン)を捕まえようとしても、全て青石にかっさわれてしまう。

 まるで仕事にならない。

 よってインターンに出た生徒が雄英に突っ返されるのは、自明の理。

 青石ヒカルが全部一人でやってしまうのだ。教えられるものなどありはしない。

「確かに青ちゃんが全部やっちゃうのは、フクザツだけど……。

 うちは何となく予想ついていたし。

 青ちゃんが本気出したらね。どんな(ヴィラン)もいちころだもん。

 ヒーローの仕事なんてそりゃなくなっちゃうよね」

 緑谷は頷く。

 ネットの情報を調べてみるとまぁ、凄まじい。

 初日でエンデヴァーの事件解決数をあっさり凌駕。

 彼女の事件の解決が余りにも早く分かりづらいので、後から遅れて情報がやってくる。

 現在明らかになっている解決した事件の倍近くは、青石ヒカルが解決しているだろう。

 彼女の出現から数日で、(ヴィラン)の発生は激減した。

 そして発生した(ヴィラン)もことごとく、青石ヒカルにより捕縛されている。

「凄いよね青ちゃん。(ヴィラン)だけじゃなくて、病人も治してるんだよ?」

「うん、知ってるよ。寝たきりの人が歩けるようになったってね」

「凄いね青ちゃん。信じてた通り……ううん、それ以上だよね」

「……」

「デク君?」

「えっ? ああうん! 凄いよね! 青石さん」

 救った命は数知れず、(ヴィラン)の逮捕はおろか、病人も治す。

 普通のヒーローが一生かけても積み上げられない功績。それをたった一日で成し遂げている。

 そしてそれを驕ることも無い。

 クラスメイトの前でもそうだが、メディアの前でも彼女は自身の力を誇示したりはしない。

 あくまでも彼女は力を使わない、平和的な解決を望んでいる。

 現に逮捕された(ヴィラン)達も、殆ど全員が怪我すら負っていない。

 中には個性が青石に焼失させられたケースもあるらしい。だが(ヴィラン)の個性が消されたところで、それを非難する人間はあまりいない。

 それより民衆の大部分は、悪をくじく絶対なる力が降臨した。

 そのように捉えて歓喜の渦に沸いている。

 そして彼女の活動は今日をもって、停止する。それにガッカリする人は多い。

 あくまで彼女はインターンで活躍しているだけであり、正式なヒーローでは無いのだ。

 だが民衆の大半は、既に彼女を受け入れて歓迎している。

 当然十年前、彼女によって数千万が死んだことも承知の上でだ。

 彼女が雄英体育祭で罪を告白した際には、”許せない”といった民意が大半だったのに意見をコロッと変える。

 

 教室に徐々に人が集まってくる。

 本来はクラスメイト達は全員今頃は、インターンで雄英の外に居る筈だったのだ。

 それなのに青石ヒカルによって、全ては狂った。

 ヒーローは活躍の機会を奪われてしまった。

 元はと言えば、緑谷自身が言い出したことがきっかけだ。

 それは分かっている。

 だが彼女がやっている間違っていない事。

 それがもたらすものは、決していい影響だけではない。

 緑谷はそれを肌で感じていた。

 彼女は余りにもその存在そのものが大きすぎる。

 居るだけで世界を歪ませる。

 青石ヒカルという危険な存在を、緑谷はどうしてもすんなりと受け入れる事が出来ない。

「緑谷、なにボーっとしている?」

「すみません」

 相澤から注意が飛んだ。

 いけないと気を引き締める。

緑谷は心に抱えている不安が大きくなっているのを確信した。

 青石ヒカル。

 彼女はきっと緑谷の知っているこの世界を、いずれ破壊してしまうだろう。

 きっとそこには緑谷の目指すヒーローの姿は無い。

 緑谷の目指すヒーローは必要とされない。

 青の少女をなんとかして止めなければ、とてもつまらない、死んだ世界になってしまうだろう。それだけはなんとして阻止しなければならない。

 緑谷はヒーローになると誓ったのだから。

 そのために今、ヒーロー科の教室に座れるこの場所。

 それを勝ち取ったのだ。

(とにかく、青石さんに注意しないと。皆青石さんに用心しなさすぎる。

 何かあった時どうにか出来るのはもう僕しか居ない……!

 もう二度と十年前のようにならないように)

 緑谷の青石に対して燻ぶり続けていた不安は、どんどん大きくなっていた。

 

…………

 

………

 

 風が強く吹いた。もうすぐで夏だというのに寒気すら覚えるほどの冷たさだ。

 雄英は小高い丘の上に有る。その屋上となると遮るものが無いので、風は強く吹く。

 転落防止のフェンスに寄りかかる青の少女。

 他には人っ子一人いない。

 日は傾きかけて、徐々に夕焼けに染まろうとしている。

 長く伸ばした髪をそっと片手で押さえる。

「髪……切ろうかな?」

 鬱陶しく思っただろうか。

 彼女は風にあおられる髪を手にとり、しげしげと見つめる。

 しばらく思案すると

「止めとこ」

 小さくポツリと呟いた。

 手元の端末が震えた。HN(ヒーロー・ネットワーク)を通じて青石に連絡が寄越される。

「……そっか、終わりか。長かったなぁ」

 彼女は寂しそうに言う。連絡は法月からだった。

 青石のインターンは今日で終了との事だった。

 一週間前、青石のインターンは始まった。

 エンデヴァーの事務所の前で見送ってくれた相澤の顔は今でも覚えている。

 もっとも一週間と言うのはこちらの世界の話。

 青石からしたら、もっと長い月日が経過している。

 自身の思考速度を100万倍の速度で働いたのだ。

 それは青石と周囲の人間との間で、時間の感覚のずれをもたらしていた。

「ま、いっか」

 彼女は空を見上げた。

 色々な人達が居た。それぞれが全く違う人生を生きていた。

 自分に出来る事なんて、そんな大したことじゃないと青石は思う。

 青石が本当に助けられた人なんて、どのくらい居たのだろうか。

 病気や怪我は治した。出来る限りの事故や、災害は未然に防いだ。

 既に犯罪を犯した(ヴィラン)達は、可哀そうだが警察に突き出した。

 (ヴィラン)にも色々な人が居た。

 本当にどうしようもなく追い詰められた人間もいた。

 ただ単に身勝手なクズも居た。

 心の中を覗いてみても、青石にはどうしても理解できない人たちが居た。

 (ヴィラン)とはどんな人達なのか、青石には分からない。

 だが分かることもある。

 人間とは、全ての人と分かり合える程に賢くも無ければ、単純でもない。

 勿論それは、青石ヒカル自身も含めて。

 けれど青石は信じている。今は分かり合えなくても、時間をかければきっと変わることが出来ると。

 確かに目を背けたくなる程、人は残酷で愚かだった。

 だがちゃんと優しく、互いを思いやる心も人は持っている。

 それは確かなのだ。

 青石は人を信じたい。どれ程人間が愚かだと分かっても、信じたい。

 いつの日かきっと、(ヴィラン)など出ず。

 全ての人が幸せで温かい幸せな世界に出来ると。

 だから人に絶望して裁きを与えるなど、一瞬でも頭に思い浮かんだ自分が恥ずかしい。

 今はだいたい数千万人殺してしまった張本人が、(ヴィラン)を責め立てるなどちゃんちゃらおかしいじゃないか。

 どの口が言えるのだろうか。青石はそう思う。

 だがしかし、彼女のやった事は極めて単純だった。

 弱い人を助け、悪をくじいた。

 オールマイトがやっていた事と何も変わらない。

 ただそれが、あまりにも影響が大きすぎただけだ。

 人を傷つけたくない。誰も犠牲にしたくない。

 そう言いながら、(ヴィラン)を捕まえ犠牲にしている。

 明確な悪事をはたらく(ヴィラン)を見逃せはしなかった。

 だから法に従い捕まえた。

 正しい事をしたはずなのに。だというのに良心の棘が、心にチクチク刺してくる。

 インターンは終わった。もっともインターンと言うのも名ばかりだ。

 教わった事なんて一つも無い。

 元から個性の制御に関して、青石の右に出るものなど居ない。

 青石は思う。やはり普通のヒーローがやっている事は、自分の性に合わない。

 もっと自分にあった他にやれることを探した方が良いだろう。

(……お医者さんなんてどうかな?)

 青石の力なら、どんな病気だろうと理論上治せる。

 誰かを傷つけることも無い。医者は天職なのでは、そう思える。

 けれど青石の力は大きすぎる。もしかしたら、普通の医者が仕事を失ってしまうかもしれない。

 ヒーローだってそうだ。

 実際この一週間。ヒーローはろくに活躍しなかった。

 どこにいる(ヴィラン)だろうとも、青石が一瞬で片づけてしまうからだ。

 おかげでヒーローは一週間の間、うどの大木となっていた。

「うん?」

 キィと扉が開いた。音の方を見る。

 屋上に繋がる扉は一つ。

 さび付いた蝶番を開いた人間は

「なんだ緑谷君か」

 緑谷出久だった。

 彼は何も言わず青石の前に立つ。

 顔をじっと青石は見つめる。

「インターンは?」

「やる事なんて何も無いからって、一週間前に返されたよ」

 一週間前というと初日からか。なるほど、(ヴィラン)は出てきた次第に捕まえていた。だから他のヒーローは暇になって当然だ。やる事も無くなるか。

 青石が動いていた一週間は、ヒーローも商売あがったりだっただろう。

「そう」

「僕だけじゃない。皆ね」

「そっか」

 思えば緑谷に説得されてから、青石は動いたのだ。

 皆を(ヴィラン)から救ってほしいと。

 緑谷だけでない。大勢の人間が青石に助けを求め、それに青石は応えた。

「ねぇ、緑谷君。これで満足?」

「……」

 緑谷は黙っている。青石は不安になった。

「緑谷君?」

「……青石さんは」

「うん何?」

「もう、(ヴィラン)を……」

 緑谷が何を言いたいのか、何となく分かった。

 青石は(ヴィラン)を捕まえるヒーローにはならないと言っていた。

 今回は特別に動いただけの話。

 緑谷は不安なのかも知れない。その不安を一時的に紛らわすことは出来る。

(……でもそれは良くないよね)

 だが青石は嘘をつかずに本音を言う事にした。

「うん、(ヴィラン)を捕まえるボクは今日でお終い。

 明日からは……またいつものボクだよ」

 口にした途端、緑谷の顔が激しく歪む。

 明確に口にせずとも、目が語っていた。

 どうして――と。

「どうしてって?」

 緑谷は首を縦に動かした。

「じゃあ、緑谷君。逆に聞くね。

 君たちはいつまでこんな事を続けるつもりなの?」

「……言ってる意味が分からない」

「言葉通りだよ。

 きっと明日から世界は、いつもの日常に戻る。

 (ヴィラン)が出て、それをヒーローが捕まえる。

 あなた達は、いつまで繰り返すの?」

「なっ……そ、それは……どういう? 意味わかんないよ!」

「言葉通りだよ緑谷君。

 (ヴィラン)が出て、それをヒーローが捕まえる。

 それをいつまで続けるの?

 いつになったら終わらせるの?

 ボクがもし、緑谷君の言うように生きるとしたら。

 ボクはいつまで頑張れば良いの?」

「そんなの僕には……でも青石さんが頑張ればもっと救われる人が!」

「もう、いい加減緑谷君も気づいてよ。

 (ヴィラン)が出て、ヒーローが捕まえる。

 そんなのボクはもう嫌だよ。もう終わりにしたい。

 ボクはもう戦いたくなんてない。

 誰にも苦しんで欲しくなんてない。(ヴィラン)にだって。

 世界は変わる。きっと変われるんだって信じてる。

 だから……」

 続きを言おうとしたら視界が突然ぶれた。

 頭の奥がガンガン鳴る。どちらが上でどちらが下か。それすら分からない。

「あ――れ?」

「青石さん!?」

 顔色を変えた緑谷が目の前に見えた。

 体の感覚が遠い。

 だんだん目の前がぼやけていく。

 体が揺さぶられている感覚も、必死に名前を呼ぶ緑谷の声も。

 全てが遠くなっていく。

 夕焼けに染まりつつある空の色が綺麗で、それがやけに印象に残っていて。

 青石ヒカルは意識を手放した。

 

…………

 

………

 

 

「馬鹿野望が……」

 眠り続ける青石を見て相澤は言葉を漏らす。

 青石はいつもの地下三千メートルの部屋に居る。

 格好もいつもの姿ではなく、パジャマ姿に着替えさせられている。

 ベッドで寝ている彼女が目を覚ます気配はない。

 ずっと悪い夢でも見ているように、苦しそうにしている。

 いつもヘラヘラ笑っている彼女が嘘のようだ。

 青の少女の管理施設。

 そこには彼女専用の医療設備が整っていている。

 三日前に青石ヒカルは倒れた。

 インターンを丁度終えて、緑谷と会話していたら糸が切れたように気を失ったらしい。

 原因は検査をしたら直ぐに分かった。

 単純な理由だ。過労、つまり頑張りすぎたのだ。

 一生かかっても出来ない仕事をたった一週間でこなしたのだ。

 疲れて当たり前だ。

 無理はするなと言ったのに、なぜこうも言うことを聞かないのだろうか。

「失礼します」

 部屋に入ってくるのはシアン。いつもの丈の長いメイド服だった。

「まだ目を覚ましませんか」

「ああ、相変わらずだ」

 シアンは物憂げに青石の手を取った。

 すると青石の顔に少しだけ変化が有った。

 ほんの少し青石の表情が和らいだように見える。

「起きてるんじゃないだろうな?」

「……いえ、寝ていますね。じきに目覚めるとは思いますが」

 シアンは否定する。

 しばらくするとまた苦しそうな顔に戻ってしまった。

「こいつが倒れてもう三日か。シアン、こいつは」

「命に別状はありません。恐らくは力を使いすぎて疲労困憊しているだけです」

「本当に確かなんだろうな」

「検査で明らかになってます、じき目を覚まします。大丈夫です」

 シアンが嘘を言っているようには見えない。

 そもそもシアンは青石に普段から肩入れしているし、心配は人一倍している筈だ。

 目に入れても痛くない程に溺愛しているし、甘やかしている。

 そのシアンが大丈夫と言うからには、その通りなのだろう。

「……そうか」

 長く返事をためて相澤は息を吐いた。

「地上は? (ヴィラン)はまた?」

 相澤は短く聞いた。相澤はずっと青石の側についていた。

 いつも通り教職を務めようとしたが、校長らに止められた。

 青石の側に居る事。それが相澤の為すべき事だと諭された。

 ただ側に居るだけで、何かが出来るわけでは無い。

 それでも側に居るべきだと根津らは言う。

 それが青石の望んでいる事だと。

「お察しの通りです。地上は……」

 シアンの口から地上の状況を告げられる。

 一週間の間、青石ヒカルは働きづめだった。

 本来インターンは昼間活動する。だが青石はずっと夜の間も活動し続けた。

 夜に活動しないと(ヴィラン)が理解すれば、その時間帯を狙うのは明白だったからだ。

 相澤は、夜も活動するのは反対した。

 そんな事をしたら、青石自身のプライベートも何もかも無くなってしまう。

 あくまで青石は学生であり、そこまでする必要は無いと主張した。

 だが結局、青石は一週間ずっと休まず活動し続けた。

 それこそ一睡もしていないだろう。

 なにせインターンの間ずっと絶え間なく、(ヴィラン)は彼女に捕え続けられていた。

 彼女が力を示せば示すほど。人を助ければ助けるほど、人は彼女に縋った。

 あらゆる(ヴィラン)の犯行を未然に防ぎ。

 (ヴィラン)の犯罪を摘発し、事故や災害を防いだ。

 全国のヒーローの誰もが、この一週間手持ち無沙汰になっていた。

 どんな事件が起ころうと、どんな(ヴィラン)が出ようとも。

 彼女が一瞬で解決してしまう。

 自分たちの出る幕が無い。

 だがそれは全国のヒーローがやっていた作業を、青石が一手に引き受けてしまった事を意味する。

 確かに(ヴィラン)は減った。

 彼女が出た日以降、(ヴィラン)は見る間に数を減らした。

 青石が活躍し始めて、犯罪数は半分以下になった。

 凶悪な(ヴィラン)は、殆ど出現しなくなったと言っていい。

 だが今では再び(ヴィラン)は出現している。

 彼女がインターンを終えて三日経過した。

 そして日本は再び以前と同じ状況になった。

「結局、以前と同じ状況か……」

 ヒカルの手を握る。

 彼女の手は温かい。こんな小さな手でどれ程の人を救っただろうか。

「全く同じではありません。ヒカルに救われた人は山ほど居ます。

 (ヴィラン)の居ない世界。(ヴィラン)にならずに済む世界にしたい。

 ヒカルの思いは確実に伝わっています。

 現にヒカルが活動する前に比べ、三割ほど(ヴィラン)は減っていますから」

「……ふん」

 どうにもシアンは青石が絡むと感情的になるきらいがある。

 青石ヒカルが捕まえ始めた途端、(ヴィラン)は姿をひそめた。

 そして活動を停止した瞬間、これ幸いと悪事を働き始める。

(ヴィラン)が減ったのはこいつが力を示したからだ。

 こいつの思いに共感したからじゃない。

 ……どいつもこいつも、ヒカルの”力”しか見ちゃいない。

 世界は何も変わってない」

 青石の手がぴくっと動いて、相澤の手を握った。

 目を覚ましたかと思って青石を見るが、まだ寝たままだ。

「それでも私は信じています」

「それはこいつを? それとも世界を?」

「ヒカルを……いえ今では違いますね」

 クスッとシアンは微笑んで言う。

「両方です」

「は?」

「ヒカルと世界。両方です」

「随分とめでたい頭してるんだな」

「この子を見ていると信じたくなるんですよ。この世界にもきっと救いが有るのだと。

 きっと変わることが出来るのだと」

「……ふん」

「相澤様もそうでしょう?」

「どうだかな」

 シアンが青石の手を取る。青石の表情が和らいだ。

 寝ている彼女はどんな夢を見ているのだろうか。

 シアンは言った。

 青石と世界。両方を信じていると。

 青石が目指す世界など、子供の理想論に過ぎない。

 誰も(ヴィラン)にならずに済む世界。

 誰も犠牲にならない世界。

 果たして本当にそんな日が来るのだろうか。

 歴史を紐解けば嫌でも気づく。人はいつの時代も戦い続けていた。

 戦いの形の変化は有れど、戦いその物は無くなったりしなかった。

 今この国は戦争はしてないが、ヒーローと(ヴィラン)が戦っている。

 きっと(ヴィラン)が居なくなっても、新たな形で人は戦い続けるだろう。

 その時に青石はどんな顔をするのだろうか。

相澤さん……すき

 寝言だろうか。青石の口から何かが呟かれる。

 相澤には何を言ったか分からなかった。

 シアンはただおかしそうに微笑んで、青石の頭を撫でる。

 その様子は本当の親子のように相澤には思えた。

 青石の顔を覗き込む。

「よく……頑張ったな。偉いぞ」

 相澤も少しだけ、青石を信じてみたくなった。

 彼女と、彼女の言う理想を。

 世界は本当に変わる事が出来るのだろうか。

「お前の言う世界になったら。ヒーローは必要ないな。

 ……やれやれ、転職しなくちゃいけないじゃねぇか」

 シアンの紫苑の髪がそっと小刻みに揺れる。

 地下三千メートル。日が差さないその部屋は、世界中のどの場所よりも温かかった。


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