青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第69話

 雄英の校舎に明かりが灯る。

 相澤が一つため息を吐いた。疲れ切った体を椅子に深々と沈める。

 周りを見ても誰も居ない。

 職員室に残っているのは相澤消太只一人だった。

「ちっ……」

 舌打ちしながらも黙々と作業をしていく相澤。

 相澤は1-Aの担任だ。当然それ相応の仕事が割り振られている。

 だが彼は青石ヒカルの監督も兼ねている。

 彼女に時間を割り振ればその分、他が忙しくなるのは当然の事。

 周りのサポートは当然あるが、どうしても細かな雑務が毎日少しずつ溜まっていく。

 おかげで処理しなければならない書類が山のようになっている。

「お疲れ、相澤君」

 机に缶コーヒーがトンと音を立てて置かれた。

「……オールマイト」

「おごりさ。少しは休みなよ」

 コーヒーを置いた人物はオールマイトだった。

 痩せたその姿からは全盛期の姿を想像する事は難しい。

 ふと疑問がわいた。

 青石はインターンの間、片っ端に日本中の人間を治療した。

 おかげで大体の人間は五体満足の生活を送っている。

 目が見えない人は見えるようになり。

 足が無くなった人も、手が無くなった人も、元通りに再生された。

 耳が聞こえない人も聞こえるようになったし、寝たりきりだった人は歩けるようになっている。

 しかし、目の前のオールマイトが治療されたようには到底見えない。

「オールマイト……一つ聞きたい事が」

「なんだい?」

「……いえ、何でもありません。忘れてください」

「そうか?」

 オールマイトはキョトンとしている。

 相澤は疑問をそっと胸の内に閉じ込めた。

 相澤がオールマイトの立場だったらどう考えるだろうか?

 彼が過去に青の少女にした仕打ちは知っている。

 それがきっかけで青石はオールマイトを憎むようになり、オールマイトは彼女を割けるようになった。

 今でこそ普通にに会話している。

 だが通常そんな事あり得ない。

 言葉にするのが憚れる程の凄惨な暴力を受け、それを許してしまえる青石がただただ異常なだけだ。

 法月に命令されて実行したオールマイトにも、深い傷を残しただろう。

 だが一番辛かったのは紛れもなく青の少女なのだ。

 そんな彼女にいけしゃあしゃあと傷を治して欲しいなどと、オールマイトが言えるだろうか。いや、言えやしない。

 少なくとも相澤がオールマイトの立場なら、口が裂けてもそんな図々しい頼みなど出来はしない。

「相澤君、緑谷君を……」

「休暇を出しました」

 オールマイトは「ふむ」と相槌をして顎に手をやる。

「青石君をあんな形で出したのに何の意味が……あっ!」

 彼が喋る最中、視線で訴える。

 相澤はこれ見よがしに法月の執務室の方を見た。

 それで伝わっただろう。

 オールマイトは相澤の耳元で囁く。

「もしかして緑谷少年を守るためかい? 法月から」

 相澤も小声で返す。

「……青石の側が一番安全です。法月は青石を避けている」

 青石は法月を嫌っている。法月もそれは知っている。

 そして青石が本気を出せば、法月とてやられるしかない。だから法月はむやみに手は出せない。

 今の青石が何だかんだ危険である事に変わりはない。少し機嫌を損ねたら、人類滅亡にすらなる。冗談でも何でもない。

 彼女は指先一つで地球など木端微塵に出来る。

 実際彼女は人類を滅亡させるスターレインを事も無げに一蹴した。

 同じぐらいのことをやろうと思えば出来るのだ。

 彼女はこの世界で切れる最強の切り札(ジョーカー)だ。

「法月将臣……彼が何か仕掛けてくると?」

「既に仕掛けられています。教師にあの映像をばら撒いたのは法月です。

 その後いったい何をしてくるか分からなかった。後手に回っては手遅れになりかねない。

 だから先手を打たせてもらったまでです。

 馬鹿げているように見えるかも知れませんが、緑谷を守るにはそうするしかなかった」

 もっとも猫にするのは相澤の発案では無いが。

「そうするしかなかった、か。しかし緑谷少年は一体どうしてしまったのか」

「……それはあいつにしか分かりません」

 相澤には分かる気がする。

 きっと緑谷は、青石がもたらす世界の変化に付いて行けていないだけだ。

 彼は元々無個性だった。ずっと夢見ていたヒーローにあと一歩というところまで来ている。

 けれども青石は緑谷の夢その物を破壊しようとしている。

 ヒーローを前提とした社会そのものを変えよう。彼女はそう言い張っている。

 緑谷が青石に反感を持つのは無理はない。

 相澤は窓の外を見上げる。夜空には月がぼんやりと浮かんでいる。

 青石は今頃何をしているのだろうか。

 自分で送り出しておいてと、相澤は自嘲するが無性に青石の事が気になった。

「やぁ」

 相澤とオールマイト、二人の側に影が落ちる。

「校長」

 相澤は会釈する。根津校長だ、小声で二人に話しかけてくる。

「相澤君、どうだった?」

「上手くいきました。あいつは校長の案だとは思ってません」

 勿論青石に猫になって欲しいと頼んだ件だ。

 何も考えも無く相澤もあんな話を持ち出したりなんてしない。

 先ほどオールマイトにも話した通り、今回教師たちに監視カメラの映像をばら撒いたのは法月だった。

 彼がこのように動くことに根津校長は違和感を覚えたらしい。

 もしや緑谷を邪魔に思い、排除しに来るのでは?

 法月が強硬に出てくることも十分に考えられる。根津はそう判断した。

 だから青石に猫になる事を提案して、相澤に指示を出したのだ。

「まぁ、猫になれだなんて一見馬鹿げた話だしね。

 僕が考えただなんて、言わなければ分からないだろうね」

 だが青石と緑谷は今、仲がよろしくない。

 だいたい青石がそのままの姿で緑谷と一緒に居ては、男女という事もあり何かと問題が有る。

 緑谷には騙すようで悪いが、あのようにするほかに、青石を緑谷の側に置く方法が見当たらなかった。

 そして猫になるなんて指示。相澤以外が出しても聞くとは思えない。

「……二人とも、時間はいいかい? 大事な話が有るんだ」

「どのような要件でしょう?」

「……法月の”個性”についてさ」

 相澤ががたっと立ち上がる。

 オールマイトの顔色も明らかに変わっていた。

「ずっと調べていたけどね、ようやく突き止めた。本当にいや、骨が折れたよ」

「それで、どのような個性なのですか奴は」

「うーん、法月の個性……正確には法月の”力”について、と言った方が正しいかな?」

「どういう事でしょうか? ()()()()()()()()()()()()。そんな風に聞こえますが」

「まぁ順を追って話すよ。いいかい?」

 二人の首が即座に縦に振られる。

 根津の口が動き始める。

 今日の夜もまた長くなりそうだ。

 

…………

 

………

 

 

 青石は窓の外から月を見上げる。

 猫の目から見た世界は、いつもと何もかも違って新鮮に見える。

 緑谷宅の居間で青石は欠伸する。そのソファの上で青石は丸くなった。

 大きい掌がそっと頭を撫でてくる。

 青石は猫の体で撫でてくる緑谷の方に振り向いた。

「何とか落ち着いたみたいだけど。はぁ……何やってるんだろ僕は」

 青石は取り敢えずむやみやたらに鳴くことは控えるようにした。

 あまりにも都合よく返事をしていると、変に勘繰られるかもしれない。

 ひとまずは只の猫のフリをしているのが正解だろう。

 元々相澤は猫として、青石を緑谷の元にやった訳だし。

(ううう、これからどうなっちゃうのかな? 会いたいよ相澤さん)

「よしよし、いい子だね」

 緑谷が見た事ない笑顔で背中を撫でてくる。

 なるほど、普段の青石にこんな態度で接してくるわけがない。

 今の青石は只の猫だ。

 緑谷も目の前の猫が実は青石だとは夢にも思っていない。

「出久お風呂沸いたわよ」

「分かったー、入るよ」

 緑谷が離れていく。

 青石はソファから起き上がった。

 取り敢えずやる事もなく暇だ。緑谷の母は洗い物に取り掛かっている。

 ひとまず家の中を物色しようと思うが。

『ねぇ青石ヒカル』

 驚いて飛び上がりそうになる。

 目の前にいきなり青の少女が現れた。

 目の前の彼女は体が透けている。

 緑谷の母も気づいている様子はない。間違いなく電脳体、緑谷のアズライトだろう。

(な、何のことかなぁー?)

『とぼけても無駄よ。私には分かってる。猫の姿になっても私の目は誤魔化せないわ』

 どうやら緑谷のアズライトには看破されているようだ。

 青石は素直に謝る事にした。

(うう、ごめんなさい。でも僕だってやりたくてやってるんじゃないの。

 だって相澤さんが……あ、あにまるせらぴー? それを)

『それも分かってる。でもね、本当にそれだけの理由でこんな馬鹿げたことをさせる。

 そんな風に思ってるの? あの相澤先生が?』

(どういう事?)

『こんな強引な手段を使ってまで、緑谷君にあなたを付けた。

 それがどういう意味なのか』

(……緑谷君が危ないから? ……もしかして法月が?)

『私はそう思ってる、きっと相澤先生は緑谷君を守るために、こんな事をあなたにさせてるのよ』

(……そっか)

 彼女に言われて考えてみる。ようやく腑に落ちた気がした。

 確かに法月が緑谷に害をなしに来ることは十分に考えられる。

 緑谷は強い。それこそ青石も油断は出来ない程度には。

 だが油断は出来ない。

 緑谷は強いと言っても法月にはいくらでも手段が有るだろう。

 相性のいい人間を刺客でやるなども考えられる。

 けれども、青石が側に居れば手を出すのは相当に難しくなる。

(この事緑谷君には?)

『言っていないし、今後伝える気も無いわ安心して』

(ありがとう)

 流石に青石も正体を今更バラされるのは恥ずかしい。

 黙っていて貰えるのなら、それに越したことは無い。

『私からお願いが有るの?』

(なに?)

『……緑谷君を(たす)けて欲しい』

(たす)ける? ボクが? ……どうすればいいの?)

 アズライトは真っすぐ青石を見つめる。

『彼を”見て”欲しい』

(見る?)

『ちゃんとありのままの姿を。曇りなき目で。

 力とか、肩書だとか。そんなものに関係ない。

 ありのままの緑谷君を。本当の”緑谷君”を』

(……)

『きっとそれが、緑谷君を(たす)けられる唯一の方法。

 他ならないあなた自身がそれで救われたはずよ』

 彼女の言葉で一人の男が頭に浮かぶ。

(……相澤さん)

『違うかしら?』

(……ううん、違わないよ。相澤さんはきっと”ボク”を見てくれている。

 ホントは見えていないかも知れないけど、見ようとしてくれている。

 ”力”なんて関係ない、ありのままの”ボク”を……)

 それがどれほどの救いになるか、青石は知っている。

 緑谷は雄英に入る前、友人が一人も居なかったと聞いている。

 それは”無個性”のせいだからだと、思っていた。

 だが青石は違うのではないかと思う。

 個性が無くても、力が無くても、友達というものは作れるものだ。

 ちゃんとお互いを理解し合い、歩み寄ればなれるものだ。

 青石は思う。

 仮定の話。もしも、緑谷が青石と友達になれたのが”個性”のおかげだと考えているのなら、それは間違っている。

 ”力”を前提にしなければ成り立たない友情など、それはもはや友情では無い。

 青石はそう考える。

(分かった。どれだけ出来るか分かんないけどやってみる)

『ありがとう』

 彼女はすうっと消えていく。きっと緑谷の元へと帰ったのだ。

 青石はごろんと横になる。

 猫の体はいつもの体に比べても更に眠気が来る。

 いつの間にか青石は眠りに落ちていった。

 いつもと違う猫の体で。

 

…………

 

………

 

 

 

 風呂から緑谷が上がると、猫のウラキは寝ていた。

 だが緑谷が想像していた猫の寝相とはかなり違う。

 それもかの猫は。

にゃ~

 ソファーの上、腹を堂々と上に向け、仰向けに寝ていた。まるで万歳をしているようだ。

「なんてふてぶてしい猫なんだ」

 両手足の肉球が見え、何となく触りたくなる。

 緑谷は猫を両手で抱えた。

 居間から自室へと移動させるためだ。

 緑谷が抱えると猫はゆっくり目を開けた。

 暴れるかもと一瞬思ったが、猫はされるがままになっている。

 だいぶ慣れてきたのだろうか、もっと懐いてくれると嬉しいのだけど。そんな事を思う。

 ともあれ、緑谷は猫を自分の部屋に運んだ。

 母親が用意していた、猫用のクッションに置く。

 部屋の隅には雄英から送られてきたという段ボール箱が有った。

 中を見ると様々な猫用のグッズがこれでもかと詰められている。

「お?」

 猫は起きてきて緑谷の側に居た。

 段ボール箱に上半身を乗せ、段ボール箱の中身をしげしげと眺めている。

 緑谷は試しに猫じゃらしを取り出してゆらゆらと揺さぶってみた。

「ほらほら」

「にゃっ!」

 猫は猫じゃらしに飛びついてくる。

 どうやら効果覿面らしい。

 少し臆病な猫みたいだが、ちゃんと落ち着いて相手をしてやれば問題なさそうだ。

 相澤先生も賢い猫だと言っていたし、緑谷にも何とかなりそうだ。

 緑谷はひとまず猫じゃらしを脇に置いた。

 そして箱の中身を仕分けしていく。

 

 ……。

「ふう、こんなものかな? ここで君は過ごすんだよ。えーっとウラキ」

「みゃー」

 猫は先ほど設置した猫用トイレの上に居た。

 専用の容器に脱臭効果のある専用の砂を敷き詰める。

 猫は本能的にそこをトイレだと理解するらしい。

 思ったよりも賢くて助かった。部屋のあちこちに、節操なく糞や尿をされたらたまったものではない。

「にゃ……」

 じっと猫は緑谷を見てくる。

 トイレの上に座ったまま身じろぎ一つしない。

「どうしたの? そこがお前のトイレだよ。さっさとしなよ」

「にゃー! にゃー!」

 何やら訴えかけてくる猫。緑谷にはまるで意味が分からない。

 そうこうしているうちに緑谷自身も尿意が湧いてくる。

 仕方ないのでとりあえず目を放してトイレに緑谷も行く。

 緑谷が帰ってくると、猫はトイレには居なかった。

 ベッドの上に座り、窓から外を眺めている。

 部屋の隅のトイレに目をやると、何やら用を足した跡が有った。

「もしかしてこの子、トイレを見られるのが恥ずかしいのかな?」

「にゃー!」

 まるで緑谷の言葉を理解したかのように返事をする猫。

 緑谷はそんな猫の様子に疑問が沸き一つ仮説を立てた。

「もしかしてこの子、元々人間だったとか? なんかの個性で猫にされちゃったとかかな?」

「にゃっ!? にゃぁ~?」

(明らかに言葉を理解しているように見える。

 やっぱり普通じゃないこの子。人間を相手にしていると思って接した方が良さそう)

 ピピピと緑谷の携帯が着信音を鳴らした。電話だ。

 誰からだろうと思って緑谷は携帯電話を開く。

 かけてきた相手は……

竜胆瑠璃(りんどう るり)……はい、もしもし」

『もしもし緑谷君? 元気してた?』

「う、うん大丈夫だよ、そっちこそ元気?」

『毎日チビ達の相手で忙しいけどね』

 向こうが苦笑したように笑い、緑谷も釣られて笑う。

 竜胆瑠璃(りんどう るり)。彼女は法月の義理の娘だ。

 彼女とはモルグフ孤児院で出会った。

『そう言えば雄英体育祭ぶりよね?』

「あ、うん」

 そう言えばもうだいぶ行っていない気がする。

 モルグフ孤児院は法月が立てた施設だ。国内から行き場のない子供たちを受け入れている。

 法月自身に善意が有って設立している訳では無い。

 だが緑谷は思惑はどうあれ、法月のその行為自身は褒められるべきものだと思っている。

 モルグフ孤児院が無かったらどうなっていたか分からない子供が、どれ程いるだろうか。

『チビ達が寂しがってるのよ。デク君が来てくれない。嫌われたんじゃないかって』

「そ、そんな事ないよ!」

『分かってるわよ。……ちょっと良い? 藪から棒にだけど頼みごとが有るのよ』

「えっ頼みごと?」

『といっても私じゃないけどね。レンって子覚えてる?』

 緑谷の頭の中に一つの光景が思い出された。

 忘れることなんて出来ない。

 オールマイトとシアン。三人でスラムへと足を運んだ時に出会った少年だ。

 ふとその日に元(ヴィラン)のシアンの言葉が蘇る

 

――(ヴィラン)が居なくなって、一番困るのは誰だと思いますか?

 

『緑谷君! 緑谷君!? もしもし!』

「あ、ああ、うん。聞こえてる」

『大丈夫?』

「うん……大丈夫。ちょっとボーっとしちゃって」

 頭を殴られたかのような衝撃を緑谷は受けていた。

 かつての緑谷は憤慨していた。

 (ヴィラン)へと追い込まれる環境を放置しているヒーロー達に。

 だが今の緑谷は一体どうだろうか。

 力を得て強くなったはずだった。なりない物に少しずつ近づいていた筈だった。

 けれど、もしかして。いつからか、緑谷は間違えていたのだろうか?

『しっかりしてよ! 未来のヒーローがそんなのでどうするの?』

「……ヒーロー……か」

『えっ? 何? もう、しっかりして!

 正義の味方がそんなんじゃ皆不安に思ってしまうでしょ!』

 

――覚えておいて欲しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今度はオールマイトの言葉が蘇る。

 あの時には分からなかったが、今なら分かる気がする。

 ヒーローは秩序の番人だ。今の社会を維持する。その為に存在している。

 だからこそ、法は守らなければならないし、従わなければならない。

 (ヴィラン)が逮捕されるのは、彼らが”悪”だからではない。

 法にひいては社会に害をもたらす存在だから、間引かれる。それだけの話。

 彼らにどれだけの言い分が有ろうが、正義が有ろうが関係ない。

 秩序を維持するためのヒーローに、そんな理由は通用しない。

 だから、緑谷は分からなくなる。

 もしも正義と秩序が相反し、真っ向から対立したとき。一体どちらを優先すべきなのか。

 青石ヒカルのいう事に、心の底から賛成できない一つの理由かもしれない。

「……ええと、何だっけ?」

『とにかく替わるわね。レン!』

 電話の主が遠くなる。

 そして入れ替わりに別の声が携帯から流れてきた。

『もしもし! デク? オレ! オレだよオレ! 分かるだろ!?』

 何となく昔猛威を振るったという詐欺を思い出した。

「えっと誰だっけ?」

『思い出せないのかよ! レンだよ。海路(かいろ)レン』

「え? あ、ああ! うん大丈夫覚えてるよレン君。久しぶりだね」

 電話の向こうの声の主をはっきり思い出す。

 はつらつとした少年の声だ。

 彼の名は海路(かいろ)レン。確か彼は十歳ほどの”無個性”だったはずだ。

 まぁ今はそれは関係ないか、そう思い緑谷は頭の隅に置く。

 彼は緑谷の事を気に入ってくれているらしい。

『実はさ……イジメられてんだよ!』

「えっ! 君が!?」

『違ぇよ! ……友達だよ』

 ああ、なるほどと心の中で納得する。レンは気が非常に強い。

 イジメなんて受けたとしても、逆に反撃してやっつけてしまうだろう。

 だてにスラムで生き抜いて居ない。

『そのよ、”青石ヒカル”ってヒーローが色々な事したじゃん?』

「ああ、うん。知ってる」

 正確にはヒーローでは無いが。まぁインターンでの活躍の事だろう。

『それでよ、モルグフ孤児院(うち)にも結構新入りが来たんだよ』

 なるほど考えられることだろう。

 様々な劣悪な環境に居た子供たちを、青石ヒカルは助けただろう。

 青石ヒカルの活動。その結果孤児院に入られるきっかけを得た子供は少なくない筈だ。

『大抵の奴はもう馴染んだんだけど……そいつ目をつけられてさ、イジメられてんだよ』

「それは……大変だね」

『大変だね、じゃねぇよ! 他人(ひと)事みてぇに!

 ”でりかしー”が無ぇなデク!』

「ご、ごめん」

 やけにデリカシーの部分がゆっくりだった。最近覚えたのだろうか。

 小さい頃は覚えたての言葉を使いたがる時が有る。

 レンも丁度そんな年頃なのだろう。

『とにかく明日モルグフ孤児院(うち)来いよ! 色々相談してぇんだよ!

 良いよな!』

「ちょ、ちょっと待って、随分と急な話でその……」

『絶対来いよな! 色々見せてぇものも有るんだよ!

 オレの修行の成果も見せてぇし! じゃあな!』

「あっ! ま、待って! ……切れた」

 電話は一方的に切られてしまった。

 一応明日は平日で、一般的に学校が有る日だ。

 レンが緑谷が休みになっていたのを知っていたとは到底思えない。

 つまり頭から最初から抜けていたか、もしくは休んででも来いという意味か……。

(休んででも来いって意味だろうなぁ……)

――どうするの緑谷君?

 アズライトが姿を見せる。

 緑谷は力なく頷いた。

「行くよ、何にしてもイジメは放っては置けないしね」

――そう

「なんだか嬉しそうに見えるけど?」

――ふふ、何でもないわ

 やっぱりアズライトは嬉しそうに見える。

 緑谷はアズライトの笑みを見て、思わず顔がほころんだ。

 それはともかくとして、緑谷は先ほどのレンとの会話を思い出す。

(何にしても、気の強いレン君が相談なんて、よっぽどの事だろうな……)

 海路レンは非常に勝気だ。

 いじめっ子なんて大抵圧倒してしまうだろう。

 だが友達が受けているイジメの相談をしに来ている。

 覚悟していた方が良さそうだ。

 緑谷は時計を見る。いつの間にか、いつもはもう寝ている時間になっていた。

 部屋の明かりを切る。

 いつの間にか猫のウラキは、猫用の寝床に移動していた。

 窓の外から見る星空は、少しずつ移り変わっている。

 明日は良い一日になりますように。

 そんな事を思いながら、緑谷は布団をかぶる。

 数分後、緑谷は寝息を立てていた。

 それを青の少女が見ている。

 青の少女の髪が星の光で艶やかに光っていた。


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