青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第71話

「おーい、いつまでやるんだよデク?」

 遠くでレン少年が声を上げる。

 ザザーンと波打ち際でしぶきが上がる。額からの汗が目に入り、強い日差しが滲んだ。

 緑谷が持っているのは40リットルのゴミ袋。それに砂浜のあちこちに散乱したゴミを、せっせと放り込んでいく。

 ちなみにこのゴミ袋は緑谷のアズライトが作ってくれたものだ。

 簡単な構造の物体なら作れるまで、緑谷はアズライトに適応してきているらしい。

 八百万までとは行かないが、十分に強力な力だ。

 ゆくゆくは青石ヒカルと同レベルまでのことも出来るようになりたい。

 だがそれはおすすめしないと、アズライトに釘を刺された。

 レンが近くまで来る。

「ゴミ拾いすんのは偉いと思うけどさ……もう十分だろ?」

「……いい」

 レンが顎でエリたちの方を示すが、緑谷は拒否する。

 レンはため息を吐く。

 海路兄妹とエリ。それに緑谷は海浜公園に足を延ばしていた。

 もちろん猫のウラキも一緒だ。今はエリに抱きかかえられている。

 海浜公園。そこは緑谷にとっての思い出の場所。

 地下で閉じ込められていたエリ。彼女とその後に話をしたら、海が見たいと言いだした。

 流石にまだ十歳の海路レンと海路レイだけでは、エリを連れてはいけない。

 そこで施設の先生に相談したところ、緑谷が連れ添うならいいと言ってくれた。

 だから緑谷達は海に行く事にしたのだ。

 そして今に至る。

 緑谷はどうせ海に行くなら、綺麗な海を見せたかった。

 自分が何か月も時間をかけて、チリ一つ無くなった海浜公園を自慢したかった。

 けれども、半年以上足を運んでいなかった海浜公園は……。

「糞ッ……なんでこんなに、ふざけんなよ」

 見渡す限りにゴミゴミゴミ。再びゴミの溜まり場へと変わり果てていた。

 口が悪くなるのも仕方ない。

 緑谷が最初に清掃し始めた時よりは幾分ましなのが、唯一の救いか。

「デクってさ、ここ掃除した事前にも有るの?」

「うん」

「でもまぁ、仕方ないんじゃねぇの? ゴミ捨てる奴が居なくなるわけじゃねぇし。

 時間経てば戻るのは当たり前だろ?」

「……」

 レンのいうことは確かに正しい。

 だいたいここにはゴミが集まりやすい条件がそろっていた。

 海流の関係上、海の方からゴミが漂着しやすい地形。

 交通の便もよくなく、住宅地からも離れている。

 夜の間は人の目が無くなるので、不法投棄しやすいのだ。そしてゴミが溜まると便乗して、後からどんどんゴミを捨てに来る人が集まってくる。

 確かに緑谷はオールマイトから受けた修行の一環で、チリ一つ無い海岸にした。

 だが、それもいつまでもは保てない。

 緑谷はゴミを取り除きこそしたが、ゴミの原因となるものを排除したのではないのだから。

 だから時間の経過とともに、ゴミが再びどんどん溜まっていくのは必然だった。

「はぁ」

 一息ついて、適当な場所に腰を下ろす。

 遠くに目をやるとまだゴミが少ない場所にエリたちは居た。

 エリは興味津々と言った感じに海面の方を見ている。

 その海面にもちらほらゴミが見える。

「そろそろ戻ろうぜ、エリたちだけじゃ心配だしよ」

「……分かった」

 緑谷はこれ以上入りきらないゴミ袋の口を結んだ。

 横を見るとゴミ袋なんかで収まりきらない家電が鎮座している。

 あそこには冷蔵庫、あそこには電子レンジ。向こうに見えるのはタイヤに、エアコン。

 ありとあらゆるゴミがある。

 どうやら緑谷が綺麗にした後、地域で清掃で景観を維持する活動はなかったようだ。

 それもこれもヒーローの仕事だと思っているのだろうか?

 ヒーローは食い扶持となる(ヴィラン)を探すので手一杯だ。

 わざわざ金にもならない清掃活動をしている余裕なんてない。

 だからこの海岸も、緑谷とオールマイトが来るまで放置されていたのだ。

「お疲れ様です、緑谷さん。これどうぞ」

 エリたちの元に行くと、海路レイがジュースを一本差し出してくれた。

「ありがとう」

 緑谷はそれをごくごくと飲む。

「どうしたんだよそれ?」

「自動販売機で買いました」

 自販機と聞いてどうしても緑谷の頭に青石の顔が思い出される。

 未だに爆豪は青石の事を自販機と呼ぶ。

 入学初日、青石が自販機のジュースを大量に購入した事件、今でも昨日のことのように思い出せる。

 思わず思い出し笑いをして吹き出しそうになった。

「俺の分は?」

「兄さんの分? ある訳が無いでしょう」

「ええ!? ケチだなおい!」

「兄さんは黙って見ていただけでしょ! 少しは緑谷さんの爪の垢を煎じて飲んだらどう?」

「いやだね! ゴミ拾いなんてけち臭ぇ! オレは自分のしたいことしかしない主義なんだ!」

(レン君はいい意味で自分本位な性格って感じがするなぁ)

「それにしても緑谷さん見直しました。ボランティア活動も目に見えないところでやってたんですね。

 とても偉いと思います!」

「そんな僕は……」

「オレちょっと向こうの様子見にいってくるぜ!」

 何かを見つけたのだろうか。少年はずっと向こうの方に走っていってしまう。

 緑谷は視線で危険が無いか追った。今のところ周囲に怪しい人物は見えない。

「謙遜しなくてもいいです。それにですね、モルグフ孤児院(うち)で時々、雄英体育祭のDVDみんなで見たりするんですけど、緑谷さん大人気ですよ!」

「そうなの? てっきり青石さんとかが人気かと……」

「それが意外に青石さん言う程は人気無いんです。まぁ一番人気では有るんですけどね、当然」

「なんでだろう?」

「それが青石さんを嫌いって子もいるんです。割と結構な数」

「……十年前の事件の?」

「やっぱりそれは大きいかと思います。でもその時青石さんも5歳くらいだったから、仕方ないと思いますけどね。

 法的に責任能力が有りませんから! それに……」

 訳知り顔で話し始めるレイ。

 マシンガントークを右から左に受け流し、エリの方に視線を向ける。

 エリは猫とじゃれ合っていた。

 猫が草むらの上でお腹を上に出して寝転がり、エリはお腹を撫でまわしている。

 そうかと思えば、エリはそこらの葉っぱをちぎって猫じゃらしのように誘惑する。

「にゃっ! にゃっ!」

 猫もエリと存分に遊びに乗って楽しんでいる様子だ。

 温かい日差しの下で小さな女の子と猫が遊んでいる風景はとても尊く見えた。

 こんな生活が彼女にいつまでも続いて欲しいと願わずにいられない。

 だが同時に、それが叶わない事も知っている。

「……エリちゃん、ちゃんと笑えるんだね」

 緑谷の一言に海路レイが我に返る。

「……緑谷さん、相談考えてくれますか?」

「……」

 緑谷は返事を返さない。

 海路兄妹のお願いは当然理解している。その思いの強さも。

 だが少なからず思うところが有った。

「卑怯なやり方だとは分かってます。でも私達にはこんな方法しか思いつかない。

 青石ヒカルさんに私達が直接お願いする事は出来ません。青石さんは世界で一番の重要人物ですから。

 でも緑谷さんは、青石さんと同じクラスです。私達にとって緑谷さんだけが、青石さんと繋がれる唯一の道です。

 青石ヒカルさんにあなたから伝えて欲しいと思ってます」

「それは――エリちゃんを”無個性”にして欲しいってかい?」

 風が吹いた。海からの風は先ほどより一段と強い。

 遠くから海鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 潮の香りがほのかに鼻腔に広がる。

 レイは迷いなく頷いた。

「それが最善たと私は思ってます。なによりもエリちゃんがそれを望んでます。

 現に青石さんは何人かの(ヴィラン)を”無個性”に……」

 エリを無個性にして欲しい。

 それこそが緑谷を呼びつけた本当の理由だった。

 もちろんやるのは緑谷自身ではない。青石ヒカルに緑谷から依頼してくれないか。

 そういうお願い事だ。

「それは出来ない」

 だが緑谷は首を横に振る。明確な拒否の意思を示した。

 レイの顔が気色ばむ。

「レイちゃん、本当にそんな方法でエリちゃんが幸せになれるのかな?」

「どういうことです?」

 レイは動揺しているように見える。

 緑谷は迷った。

 自分の忌むべき過去、その一端を明かすのは正直怖い。

 だが自分の思った事を素直に言ってみる。

「……僕は無個性だった」

「緑谷さんが!? 信じられない……何かの間違いじゃ」

「詳しい事は教えられない。でも事実だよ。僕は昔、”無個性”だった。

 なんの取柄もない木偶の坊だった」

 緑谷は立ちあがる。手元の手ごろな小石を一つつまみ上げ、海の向こうへと投げる。

「惨めだったよ。周りの皆は皆個性を持ってた。

 僕だけが持ってなかった。持ってて当たり前の個性を。

 僕もね最初色々と試したりしたんだ。

 何か僕自身が気付いていない個性が宿ってるんじゃないか?

 火を出そうとしたり、物を浮かそうと念を込めた事もあったよ。

 でも出来なかった。”無個性”だったからね。ついにはお医者さんにはっきりとそう告げられても、諦めなんてつかなかった」

「……」

 レイは無言で聞いている。

 レイも詳しくは聞いていないが、何らかの個性を持っていると聞いている。

 少なくとも無個性では無い。彼女達は無個性がどれ程苦しいものなのか、全然分かっていない。

「”無個性”がどんな扱いを受けるかなんて、君は知ってるかい?

 本当に嫌になるよ。思い出したくも無い。

 何で僕だけが、何で僕なんだ。皆だってたまたま運が良かっただけの癖に。

 一日中そんな事ばかり考えてた。

 僕がどんな努力をしても手に入れられないものを、皆は生まれつき持っていたんだ」

「……才能とは、そんなものじゃないんですか?」

「そうだよ。持ってる人は生まれつき持ってて、持てない人はどれ程もがいても貰えない。

 それが現実なんだ」

 緑谷はレイに向き直る。彼女の瞳を真っ直ぐに見返す。

「だから、僕にはエリちゃんを”無個性”にしようだなんて……まるで信じられない」

「それでもエリちゃんは苦しんでるんです!」

「レイさん……」

 レイの元にいつの間にかエリがやってくる。

 猫を大事に抱えて大きな目で緑谷とレイを交互に見ている。

「エリちゃんに必要なのは”個性”なんかじゃない!

 ”力”や”才能”なんかじゃない!

 ただありふれた当たり前の幸せが、欲しいだけなんです! なんで分かってくれないんですか!?」

「なんでって? ……むしろこっちが聞きたいよ。

 僕たちが、どれ程欲しいと願っても、努力しても手に入れられないものを何で簡単に捨てられるんだい?」

「私はエリちゃんに! これ以上苦しんで欲しくない!」

 レイは金切り声を上げる。彼女の言葉からは悲しみの感情が嫌という程伝わってくる。

 もしかしたら、この少女の方がエリよりも苦しんでいるのではないか。

 そう思わせるだけの言葉に力がこもっている。

 ズキリと痛む心をぐっと抑えながら、緑谷は続ける。

「それでも青石さんは乗り越えたよ」

 緑谷はエリの頭を撫でる。

 エリは不思議そうに緑谷を見上げる。

「今は確かに苦しくて辛くて、どうしようもなく逃げ出したいかも知れない。

 だけど、自分の持っている力が何なのか分かりもせずに捨ててしまう。

 それはとても不幸なんだって、僕は思う」

「……それは」

「比較対象がおかしいかも知れないけどさ、青石さんは最後までやりきったよ。

 どんなに死にたくても投げ出したくても、ちゃんと逃げずに向き合った。

 自分の出来る事から逃げなかった。自分に課せられている使命を果たしたんだ」

「……」

 だからこそ、世界は今こうして存続している。

 一人の少女が最後まで耐え続けた事で、スターレインは回避され世界は救われた。

「正直、青石さんはどうしても好きになれない。

 授業中寝てばかりだし、気まぐれで過ぎるし、すぐ泣くし。

 だけど、諦めずに最後までやり切る心は僕も見習いたいと思うんだ」

「みどりやさん……あの……わたし……」

 エリが悩んでいる風に見える。

 エリ自身は個性を捨て去りたい。そう願っていた筈だ。

 だが緑谷はそれに賛成できない。確かに残酷かも知れない。

 でもだからといって、彼女の望むままに個性を刈り取って、その先の未来を潰したくない。

「エリちゃん、もう少しだけ頑張ってみよう? 自分の可能性と向き合ってみよう。

 自分の出来る事から逃げてはいけない。きっとそれは、本当に悲しい事だと思うんだ」

「……うん、ちょっとだけ……こせいがんばってみる」

 エリは少し気合を入れたように見える。

 緑谷は笑顔になった。

「エリちゃんは偉いね」

「えへへ」

 頭をなでるとエリは恥ずかし気に微笑んだ。

 だが脇に立っているレイは感情の籠っていない目で緑谷を見ている。

「緑谷さん、見損ないました」

 日は少し傾き、空は赤く色づき始めていた。

 西の空の端っこに一番星が煌めいた。


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