青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第四章
第76話


 皆さん、こんにちは。ボクは青石ヒカルです。

 

 この放送は、日本のみならず全世界に放映されている筈です。

 

 まず、私が十年前に引き起こしてしまった事件を重ねてお詫び申し上げます。

 

 本当に申し訳ありませんでした。

 

 本日は、皆様に一つの疑問と提案があり、この場を設けさせて頂きました。

 

 さて、”個性”という超常が出て100年以上経過して、人類は変化せざるを得ませんでした。

 

 ”個性”が人類に発生し、人という規格その物が崩壊してしまったからです。

 

 そして年々、”無個性”の人は減少し。

 

 逆に新しい世代の人ほど強力な”個性”を持って生まれつつあります。

 

 いつ世界を滅ぼせるほどの力をもった(ヴィラン)が現れても、おかしくないのです。

 

 

 ……皆様に問います。

 

 このままの世界で、本当に良いのでしょうか?

 

 今の世界は平和でしょうか?

 

 私の住む日本は平和だと言われています。

 

 ですが、本当にそうでしょうか?

 

 ”平和の象徴”オールマイトを始めとした数多くのヒーローが存在する事で、辛うじて秩序が保たれているにすぎません。

 

 ヒーローの給料は基本的に歩合制です。

 

 ヒーローが多く存在するということは、逆に言うと彼らの収入を支えられるだけの(ヴィラン)がいる。そう言うことになります。

 

 今はヒーロー飽和社会、そう言われています。

 ですがそれは、数多くの(ヴィラン)が発生し、それをヒーローが倒す事で成り立っているのです。

 

 それは殆ど奇跡に近いです。

 

 神様が示し合わしたような、本当に小さな確率の偶然の積み重なり。

 

 奇跡のような偶然に縋りついて、ボク達は生きながらえているんです。

 

 ボクは疑問に思います。

 

 (ヴィラン)が発生し、それをヒーローが倒す。

 

 あなた達は、いつまでそれを繰り返すのですか?

 

 いつまで続けるのですか?

 

 もしボクが(ヴィラン)を捕まえ続けるとしたら、いつまで頑張らないといけないのですか?

 

 ボクは嫌です。

 

 この社会……世界の現状がとても嫌いです。

 

 (ヴィラン)が発生し、それをヒーローが倒す。

 

 そんな悲しい戦いの歴史は、もう終わらせたいです。

 

 もう一度問います。

 

 あなた達は、今の社会のままで、本当に良いのですか?

 

 (ヴィラン)が発生し、それをヒーローが倒す。

 

 それで、本当に良いのですか?

 

 それで、本当に満足ですか?

 

 ボクは、変えたい。

 

 (ヴィラン)が発生し、それをヒーローが倒す。

 

 それを終わらせたい。

 

 ボクは(ヴィラン)が一人も居ない世界にしたい。

 

 誰も(ヴィラン)にならずに済む世界にしたい。

 

 ヒーローが要らない。必要とされない世界にしたい。

 

 そんな世界にしたいんです。

 

 今の飽和している程に、ヒーローが必要な社会の現状が、おかしいとは思いませんか?

 

 本当は、ヒーローなんて必要なかったんです。

 

 ”個性”が出現していなかったら……。

 

 ボクは、その気になればこの世界から、全ての個性を抹消できます。

 

 個性のない世界に出来ます。

 

 やろうと思えば、地球上全ての人を”無個性”に出来ます。

 

 ……もちろん、ボクもそれだけで平和な世界になるなんて考えていません。

 

 たとえ世界から”個性”がなくなっても、悪いことをする人は出てきます。

 

 個性が無くなる。それだけでは、(ヴィラン)は決して居なくなりません。

 

 (ヴィラン)とは、そんなに簡単な存在ではないのですから。

 

 ですが……どうか、皆さん考えてください。

 

 あなた達は、テレビでヒーローが(ヴィラン)を倒しているのをどう見ていますか?

 

 

 (ヴィラン)がなぜ(ヴィラン)になるのか、考えたことが有りますか?

 

 (ヴィラン)とは、何でしょうか?

 

 ボクはこう定義しています。

 

 (ヴィラン)とは、人が誰も心に持っている残酷な本性。それに負けてしまった人です。

 

 (ヴィラン)は強いから、(ヴィラン)になるんじゃないんです。

 

 (ヴィラン)は弱いから、(ヴィラン)になるんです。

 

 (ヴィラン)にならずに済む強さを持たない弱者なんです。

 

 (ヴィラン)になるまで追い詰められた、可哀そうな人なんです。

 

 (ヴィラン)なんて他人事だと、考えないでください。

 

 (ヴィラン)はボク達のすぐ傍に居ます。

 

 (ヴィラン)はボク達の心の中に居ます。

 

 誰もが心の中に、(ヴィラン)を飼っています。

 

 関係ないなんて思わないでください。

 

 あなた達は(ヴィラン)が傷つくのは楽しいですか? 気持ちいいですか?

 

 (ヴィラン)がやられていても、心は痛みませんか?

 

 ですが忘れないで下さい。

 

 あなたがテレビの向こうのヒーローを讃え、(ヴィラン)(さげす)むとき。

 

 あなたもまた、(ヴィラン)になっているのですから。

 

 ヒーローが(ヴィラン)に振るっている物は、紛れもない暴力なんですから。

 

 どうか、考えてください。

 

 どうか、話し合ってください。

 

 これ以上、誰も(ヴィラン)にならないように。

 

 誰も(ヴィラン)にならずに済むように。

 

 この世界が、今より少しでも優しくあれるように。

 

 それは、ボクだけでは決して出来ないことです。

 

 ボクだけでは駄目なんです。皆さんの力が必要なんです。

 

 どうか、ボクに力を貸してください。

 

 この世界から、(ヴィラン)が居なくなるように。

 

 (ヴィラン)に苦しむ人が、居なくなるように。

 

 (ヴィラン)に追い込まれる人が、居なくなるように。

 

 (ヴィラン)が居ない世界、ヒーローが要らない世界になるように。

 

 どうか――どうか。

 

…………

 

………

 

 

 青石ヒカルは空が好きだと、相澤は知っていた。

 授業中も休み時間も、暇さえあれば空を眺めている。

 地下に居る時でも、天井の遥か向こうに広がる空の方を見ている。

 青石にとってきっと空とは自由の象徴なのだろうと思う。

 何物にも束縛されず、どこまでも自由にあれたら。

 思い描くまま何処にでも行けたなら、どれ程良いだろうか。

「青石」

 相澤はただ夜空を見上げている彼女に呼びかけた。

 青石の髪が翻る。白いワンピースがたなびく。

 月に照らされて彼女の髪が、艶やかに光を纏う。

 彼女の首から下げられた二つのロケットが揺れてぶつかり、風鈴のような音が響いた。

 夜の雄英の屋上は風通しも良くとても寒い。

 彼女の髪が風でゆっくりと波を描いている。海の波のように穏やかに緩やかに揺れていた。

「相澤さん、迎えに来たの?」

「ああ」

 彼女の目が夜空の向こうに向けられる。

 相澤はフェンス越しに見える夜景を見た。

 眼下の街には明かりが煌々と灯っている。

 雄英は丘の上に有るから、屋上からの夜景の景色は結構なものだ。

 けれども彼女の目は街には向いていない。

 彼女の目はただ、果てしない闇の向こうに広がる宇宙。そして星々に向けられていた。

「星を見ていたのか」

「うん」

「そうか。……空は好きか?」

「うん、相澤さんはどうなの?」

 相変わらず彼女の目は空に向いたままだ。

「別に好きでも嫌いでもない」

「……そうなんだ、ねぇ相澤さん。

 相澤さんは、(ヴィラン)が傷つくのを見ているのは好き?」

「……さっきと同じだ。好きでも嫌いでもない。

 役割だから捕まえる。必要であれば傷つけもする。そこに感情が入り込む余地はない」

「そっか……うん、そうだよね」

 青石は静かに相澤の傍にまでくる。

 スカートの裾が舞う。

「ねぇ、相澤さん。ボクの声、皆に届いたかな?」

 たぶん彼女は、今日行ったテレビでの演説の事を言っているのだろう。

 青石は決意表明をした。

 (ヴィラン)が居ない世界、ヒーローが要らない世界。

 それを目指していくと宣言した。

「ちゃんと届いているさ」

 彼女の頭にいつものように手を置く。

 青石は幸せそうにはにかんだ。

「けど、大変になるぞ。きっと」

「うん、分かってる。……でも、もう戻れないよ。

 それにここで諦めてしまったら、緑谷君が……」

 彼女はそこから先を口にする事は無い。

 はっとしたと思ったら口をつぐんでしまった。

 緑谷が彼女の思想をどう思っていたかは知っている。

 緑谷は青石の考えを間違っていると指摘し、それで対立した。

 相澤には青石と緑谷。どちらが正しいか分からない。

 どちらにもそれなりの言い分が有って、正当性がある。

 正義と正義のぶつかり合いに、答えなんてない。

 だから(いにしえ)からそういう時は、力が有る方が正義だと相場は決まっている。

 論理を積み上げたその先に答えが無い時があるから、そうするしかなくなる。

「世界は……時代は変わる」

 彼女の目が見開いた。

「変わるしかなくなる。個性を持ったまま、社会を維持するのか。

 それとも廃棄するのか、それは分からん。

 だが、どっちにしても世界は止まらない。

 きっと今回のお前の選択で、死ぬことになる人間も出てくる」

 青石は無言で頷いた。伏せられた目に見えるものはやはり後悔。

 誰も傷つけたくない。誰も不幸になって欲しくない。

 そんな思いが、逆に人を追い詰めることも有る。

 全ては救えない。

 だから、青石は矛盾している。そのことを彼女自身気付いている。

 緑谷の件で、目を逸らしていた事に嫌でも気付かされただろう。

「けど、俺はそばにいる」

 だから、相澤に出来ることは彼女のそばに居る事くらいしか無い。

 それが彼女が相澤に求めている物だと知っている。

 彼女がそっと相澤の背中に手を回してくる。

 震えてるのが分かった。彼女は何も言わない。

 それでもこうしてそばに居たら、少しでも心が近づくような気がした。

 星は、街の明かりに邪魔されて弱々しく光っていた。

 

…………

 

………

 

 

「個性廃止論者?」

「おう、青石はどう思ってんだ?」

 切島の問いに青石は考えに沈んだ。

 今は朝のホームルームの前。朝日がさんさんと窓から差し込んできている。

 切島から聞いた話は簡単なことだ。

 昨日の青石の演説は世界中で大きな議論を呼んだ。

 それこそ青石が求めたように皆考えては、自分の意見を述べているらしい。

 今までは(ヴィラン)など他人事だと思っていた人たちも、それなりに意見交換しているとのことだ。

 そしてやはり強硬派は出てくる。

 一刻も早く全人類無個性になるべきだという、個性廃止論者たちは既に大勢いるらしい。

 既に青石に向けての署名活動すら始まっている。

 逆に”個性”を無くすべきでは無いという保守派の人も居る。

 色々な意見が有るのは当然だし、青石は議論して結論を出して欲しいと思っている。

 青石の思いは少なからず届いている。

 だが切島は青石の行動に困惑を隠しきれないようだ。

 切島鋭児郎。

 普段彼とそこまで話をする機会は無い。

 青石は慎重に考えながら答えた。

「……どうって……”個性”は無くなった方が人は幸せになる。ボクはそう考えているよ。

 だからあんな提案したんだし」

「……そうかよ」

 やはり切島はかなり不機嫌そうになっている。

 何がいけなかったのだろうか?

 勝手にあんな演説を相談もなくしたのは不味かっただろうか。

「青石はよ、もうちっと、自分の言葉の重さを考えるべきじゃねぇか?」

「切島君、ボク怒らせる事しちゃった?」

 明らかに険悪な切島に青石は戸惑いを隠せない。

 少し周囲に視線を配らせる。

 どうにも周りは遠巻きに伺って介入してこようとはしない。

「なぁ、青石」

「なに?」

「青石の(ヴィラン)に対する考えは間違ってるぜ」

「……!」

 頭に血が上る。切島が口にした言葉が、青石の理性の枷を外しにかかる。

 ダメだ、またここにも居る。

 どうして、緑谷も彼も邪魔ばかりしようと言うのか。

 皆が平和に暮らせる世界を、どうしてここまで拒否しようと言うのか。

 逆らおうと言うのならば、容赦するわけにいかない。

 とっさに個性の力を借りようとしたが……。

――冷静になりなさい。

 その個性に諭される。

 今、自分が何をしようとしたのか振り返り青石はぞっとした。

(今ボク何をしようとした?)

「何か言えよ青石」

 だがそんな青石の内の葛藤は、切島には分からない。

 青石は奥歯を噛み締める。

「切島君、ボクの何が間違ってるの?」

「お前言ったよな? ヒーローを応援して、(ヴィラン)を見下してる奴も(ヴィラン)なんだって」

「うん、そうだよ」

「なんでだ?」

「なんでって? むしろそっちこそなんでだよ」

「分かんねぇよ! 熱く戦ってるヒーローを応援しちゃいけねぇのかよ!?

 純粋にカッコいいと思っちゃいけねぇかよ!?」

 切島が爆発したように怒鳴る。

 教室がにわかに騒がしくなった。

 なぜ切島が怒っているのか、それを青石は一生懸命に推察する。

 きっと彼はヒーローに憧れていたのだろう。

 だが青石はそれを否定する。ヒーローが(ヴィラン)にしているのは、ただの暴力に過ぎない。

 市民を守るためだろうが、なんだろうが。暴力は暴力だ。

 そう言っている。

「ねぇ、切島君。(ヴィラン)がやられている姿を見るのは楽しい?」

「そうじゃねぇ! ……ヒーローが活躍しているのが嬉しいんだよ」

「でも(ヴィラン)が傷ついても、心は痛まない。そうだよね」

「それは……!」

「違うの?」

「けどよ……当たり前だろうが……(ヴィラン)なんだから」

()()だよ。ボクが(ヴィラン)と言ってるのは」

 なおも口を開こうとする切島。

 だが青石は個性を使って黙らせる。

沈黙(Silence)

 切島の口は動くが、音は一切出てこない。

 個性で強制的に音が出ないようにしたのだ。

 青石は視線を切島からクラスメイト達に向ける。

「皆も考えて。皆は、(ヴィラン)がやられるのは嬉しい? 楽しい?

 ヒーローが(ヴィラン)をやっつけるのは熱い? 格好いい?

 でもそんなの間違ってる。(ヴィラン)は人間なんだよ。

 どうして人が傷ついているのに、笑って見ていられるの?

 おかしいよこんなこと。

 いくら犯罪者でも、人が傷つく姿を見せしめにして娯楽にしているなんてどうかしてる」

「でも、青ちゃん……」

 控えめに言葉が投げかけられる。青石は体を声の方に向けた。

「なに? お茶子ちゃん?」

 麗日は困惑していた。緑谷が欠けた1-Aのクラスは、それだけで少し寂しい雰囲気に感じられる。

「青ちゃんが言ってることは分かるよ。青ちゃんは優しいから。

 だから(ヴィラン)だって可哀そうだって思えるんだろうけど……」

「けど?」

 麗日は首を横に振った。

「青ちゃんが求めてるものは、あんまり……荷が重たすぎるよ」

 青石は分からない。

 青石としては、そこまで特別なものは要求していないつもりだ。

 だが、反発は出る。

 彼女の理想を、思想を、間違っていると指摘する人間は出てくる。

 緑谷がそうだった。

 青石は人の為に誰かの為になりたい。

 平和で、どんな人も幸せに暮らせる世界にしたい。

 なのにどうしてこうも上手くいかないのだろうか。

 青石が無理やり力ずくで従わせるのは簡単だ。

 だが、それでは意味がない。そうしてしまうと、自分が嫌っている論理に嵌ってしまう事になる。

 青石は信じている。

 世の中には暴力に頼らない力が有る筈だと。

 だがそれが具体的に何なのか、全く見えてこない。

「分かんない……分かんないよ」

 彼女の理想はあまりにも、誰もついていけない。

 緑谷が居ないだけで、教室はやけに広く感じられる。

 やがてホームルーム前のチャイムが鳴る。

「皆、もう席に着こう」

 飯田の一声でクラスは動き出す。

 大人しく生徒たちは席に着き相澤を待つ。

 程なくして相澤は現れて、朝のホームルームが始まる。

 不穏な空気がまとわりついて消えない。

 そんな彼女の心と裏腹に空は明るく晴れ渡っている。

 嫌な予感は午前中ずっと無くならなかった。


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