青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第78話

「青石君、少しいいかい? 実は……」

 青石ヒカルはオールマイトに呼び止められる。

 しばらく足を止めて会話し、その後オールマイトに聞いた場所へと青石は歩みを進める。

 昼休み青石はマスコミのインタビューを受けていた。

 それが今さっき終わったところだ。

 中にはテレビ局の取材もあった。

 それらに青石はなるべく丁寧に対応した。

 そして呼びかけた。

 (ヴィラン)の居ない世界。ヒーローが要らない世界にしたい。

 そのために協力して欲しいと。

 確かな手ごたえがあった。

 青石が求めている優しい世界に向け、少しずつ変わっている。そんな実感が有った。

 だがそんな達成感は、彼を見た途端にどこかへ消えてしまった。

「ええと、どちら様ですか?」

 緑谷がベッドに身を横たえながら聞いてくる。

 きょとんと首を傾けてこちらをジッと見てくる。

 部屋の隅には花瓶に花が飾られていた。

 脇に置いてあるテレビからは雑音が空虚に流れている。

 やがてCMが終わってニュース番組が始まった。

 今日もとりわけ大したことは放送していない。

 緑谷はテレビが不快だったのだろうか。

 リモコンをとって映像を切ってしまった。

「あっ……」

「ごめんなさい、勝手に切って良かった?」

「ううん、いいよ」

 放っておいたらその内青石が画面に映るかもしれなかったし、渡りに船だった。

 テレビが消え、部屋の中は静かになる。

「すみません、さっきからずっと見ていたので疲れていたんです」

 他人行儀に振舞う緑谷は、青石の知っている緑谷とはまるで別人だ。

 個性を使わなくても分かる。

 彼はアズライトの力を使いすぎて、脳に後遺症を負ってしまったのだろう。

 ただここまで深刻なものになるとは、青石には想像できていなかった。

(レギオン、どう?)

――脳機能を元のレベルにまで回復は出来る。でも消えた思い出までは元に戻せない。

(そっか……)

 レギオンの言葉に一人納得する。

 青石の横に現れた不可視の青の少女。

 この前までは緑谷には見えていた電脳体の姿。

 だが今の緑谷には見えないようだ。何の反応も示していない。

 彼は力を失った。否、青石が力を奪い去った。

 そして今の彼が居る。

 皮肉にも何もかも全てを失った今の方が、以前よりも幸せに見える。

 それがされに痛々しく思え、直視する事すらもためらわせる。

「あの……もしかしてあなたが青石ヒカルさんですか?」

「ボクを知っているんですか?」

「思い出したんです」

 心臓がドキッと高鳴る。もしかしてまだ覚えているのだろうか。

「さっきチラッとテレビに出てました」

 その一言で気分はどんより落ち込んだ。

 視線で今は画面が付いていないテレビの方を見る。

「そっか。他には思い出せない?」

「他に……? うーん、すみません。僕とあなたは初対面だと思うのですが」

 彼が口を開くたびに心が切り裂かれるように感じる。

 これはお前のせいだ。お前がしっかりしていないからだ。

 アズライトを得た最初のうちに対処しておけば、こんなことにならなかった。

 緑谷とちゃんと向き合っていれば、こんなことにならなかった。

 もし、もし、もし、あの時にこうしていれば。

 堂々巡りに青石の中でif(もしも)の仮定が繰り返される。

 今更そんな事を考えても何になると言うのか。

 過去は変えられない。

 だがそれを分かっていても、考えずにはいられない。

 緑谷が、こんな惨めな姿にならない未来がきっと有り得た筈だと。

「あの……」

「ボクは君を知っていた。ううん、知っていると思っていた。

 でも本当は……何も知らなかったんだね」

「……?」

 彼は不思議そうに首を傾げるだけだ。

 きっと意味を何も理解していない。

「すみません、お医者さんに言われたんです。どうやら僕は記憶を失くしてしまっているみたいです」

「うん」

「あなたとは知り合いだったのですか?」

「そうだよ」

「どんな関係だったんですか?」

 言葉に詰まる。

 友達だったと青石は思っている。

 だが最後には憎しみあい、怒りをぶつけあうしかなかった。

 誰も傷つけたくない、皆を幸せにしたいといいながら、結局力でねじ伏せることしか出来なかった。

 彼女は自分の両手を見つめる。

 この手は血にまみれている。その手は生まれる前から、血に汚れている。

 青の少女というプロジェクトで生み出された青石ヒカル。

 その裏でいったい何人の犠牲者が出たかも分からない。

 生まれてからも、個性を暴走させ数千万人を殺し。

 理想を追い求め、あらゆる(ヴィラン)を手当たり次第に牢屋に押し込めた。

 今度こそ、今度こそは誰も傷つかないように。誰も泣かないように。

 皆を幸せにしたいと願いながら、多くの人間を力で屈服させた。

 そして犠牲にした多くの(ヴィラン)や緑谷。それ以上の人間を救った。

 青石は皆を幸福にしたい。

 誰もが平和で自由で在れる、そんな世界にしたい。

 けれども、青石が頑張れば頑張るほど、犠牲になった人が積みあがる。

 本当は皆を助けたいのに。皆を救いたいのに。

 心の内で悲鳴をあげている(ヴィラン)を助けたいのに。

 蹂躙した(ヴィラン)を道しるべに、人々に希望を示すことしか出来ない。

 本当にしたい事は何一つ叶わない。

 青石の中で影が差す。

 こんなことはもう嫌だと、心の中で悲鳴をあげる。

 だが、それは押し込める。

 そんな事を言ってはいけない。

 そんな事を思ってはいけない。

 自分は唯一の希望なのだから。

 既に大勢の人が青石ヒカルを頼り、縋っている。その人達の手を振り払ってはいけない。

 今も、こうしている間に、新たな理不尽が生まれ、新たな(ヴィラン)が出ている。

 変えなくてはいけない。

 変えなくてはいつまでも、(ヴィラン)で苦しむ人が居なくならない。

 だから(ヴィラン)が居ない世界にする。

 ヒーローが要らない世界にする。

 間違ってはいない筈だ。こんないつまでも続く、愚かな争いはやめさせなくてはいけない。

 今の人類はこの青い星にしがみつく、ちっぽけな存在でしかない。

 宇宙に自由に出入りできる青石には分かる。

 宇宙は限りなく無限に広い。地球だけにこだわる必要なんてない。

 こうやって地上に張り付いて、いつまでも小競り合いを繰り返すなんて愚の極みだ。

 だが、一方で。

 こうして何もかもを失った緑谷を見ていると、変わらなくてもいい。

 そう思えてくる自分が居ることに青石は気付く。

(ボクは……ボクは……人の為に誰かの為に……)

 人の為に誰かの為に。だがそれは、果たして本当の願いなのだろうか。

 そんな一抹の不安が彼女の胸に沸いてきた。

「あの……僕とあなたの関係は……」

「あっ! ううん、友達、友達だったんだよ」

「そうだったんですね」

「うん……そうだったんだよ」

 それっきり二人は黙り込む。

 気まずい雰囲気というわけでは無い。

 お互いに話をしなくても、そこに居るだけで良いと思った。

 青石は緑谷を見る。緑谷も青石を見る。

 青石は自らの胸に下げている二つのペンダントを手に取った。

「それ、なんですか?」

 案の定、緑谷はそれも覚えてはいない。何か思い出してくれるかも知れない。

 そんな微かな希望も裏切られる。

「ロケットペンダント」

「中に何が入っているんです?」

 その中にはかつて緑谷の個性だったものが入っている。

 青石の頭の中には、これを返す。そんな選択肢も最初は有った。

 だが、今の緑谷を見ているととてもそんな気にはなれない。

 もしまた今の緑谷が力を付けて、再び同じ状態になったと考えたら。そう考えると恐ろしい。

 これ以上緑谷が悪くしないよう治療だけして、大人しく平和に暮らして貰う。

 それが一番いいと青石は思っている。

 現状、緑谷が失った記憶は戻らないかも知れない。

 だが、普通の日常生活に戻すことは可能だ。

 それで良しとするしかないと青石は思う。

「内緒」

「教えてくれないんですか?」

「緑谷君が思い出せないのなら、そういうことになるね」

「僕は知っていたんですか?」

「ボクと君くらいしか知らないことだったよ」

 相槌を打つ緑谷から視線を逸らす。

「ねぇ、緑谷君」

「何ですか?」

「ボクはね、(ヴィラン)が居ない世界にしたい。

 ヒーローが要らない世界にしたい」

「そうなんですか」

「緑谷君は――どう思う?」

 青石は真っすぐ緑谷を見る。

 真剣な表情で返事を待つ。

 彼の口が動くのがスローモーションに見える。

 花瓶から一枚の花びらがはらはらと舞い落ちた。

 

…………

 

………

 

 

 緑谷は気付けば全ての記憶を失っていた。

 いや、正確には全部を失った訳でない。

 例えば自分の名前と性別は覚えている。

 言葉も理解できるし、単語もしっかりと覚えている。

 目覚めた時は知らない病室だったが、テレビの操作だってしっかり出来た。

 記憶にも種類があるらしく、記憶喪失にしても全てを失う訳では無い。

 そうイエローとなのった医者から説明を受けた。

 ガリガリに痩せすぎた変な名前の医者だが、腕は確実らしい。

 何しろあのオールマイトのお墨付きなのだ。

 医者に負けず劣らず痩せた男が、病室に入ってきた時には驚いた。

 その正体がオールマイトと知った時にはもっと驚いた。

 オールマイトがナンバーワンヒーローで、憧れだとはっきりと覚えている。

 だが緑谷はどうやらオールマイトと知り合いだったらしい。

 師弟の関係だった、思い出せるかと言われたが全く思い出せなかった。

 そして今目の前に居る彼女。

 彼女は青石ヒカル。

 先ほどまで見ていたテレビにも出ていた。

 彼女についても覚えていないが、それこそテレビで言っていた。

 オールマイトをも凌駕する実力を持つ、次世代のスーパーヒーローだと。

 青い髪と瞳が凄くきれいな人だと思った。

 その彼女ともどうやら知り合いだったらしい。

「緑谷君は――どう思う?」

 青石ヒカルが聞いてくる。

 (ヴィラン)が居ない世界。ヒーローが要らない世界にしたいという。

 それを緑谷はどう思うか、尋ねられている。

 緑谷は思い出せないか考えるが、何も思い出せない。

 彼女は真剣そのものだ。

 それだけこの質問は大切なものなのだろう。

 (ヴィラン)が何かくらいは、緑谷は覚えている。

 個性を悪用して、人々に迷惑をかけ続ける悪党どもだ。

 そんな人間が居なくなったら、確かに平和で良い世の中になるだろう。

 ヒーローが要らなくても済む世界になったら、確かに住みよい世界になるだろう。

 そう、考えた。

「とても、良い考えだと思います」

「――え?」

「とても優しく、平和な世界だろうなと思います。

 応援したくなる夢だと思います。

 だから、僕は……青石さん?」

 彼女は泣いていた。

 断じてそれは嬉し泣きじゃない。そう記憶を失った緑谷にも分かる。

「あっ……ああああぁあっ……!」

 彼女の涙は止まらない。両手で懸命に目を押さえているが、どんどん溢れている。

 息もしゃくり上げ、顔をぐしゃぐしゃに歪ませて。

 彼女は哀しみの淵に居る。

「なんで……なんで泣くんです?」

「緑谷……君が……それを分からないから……」

――あなたが、それを分からないから

 脳裏に一つの映像が去来する。

 雨の中でも濡れていない少女が、ただ泣いている姿。

 知らない筈の風景。知らない筈の少女。

 記憶が風化し、ノイズが混じってかすれてしまった声。

 目の前の青石ヒカルとは違う、青の少女が一瞬蘇る。

「うっ!」

「緑谷君……?」

「うああああぁあ!」

 頭が割れそうに痛い。

 天と地がどちらかも分からない。

 何も見えない。何も聞こえない。手足の感覚も遠くなる。

 全てがごちゃごちゃにかき混ぜられ、かき回される。

 あらゆる情報がノイズのように氾濫していく。

 視界がどんどん青く染まる。

 ひたすらに濃い青に。全身が沈んでいく。

 緑谷は何も分からずひたすらにもがき、そして意識を完全に手放した。


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