青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第79話

「ひったくりだーーーー!」

 街の中で大きな声が響く。

 個性を使って悪事を働く輩は未だに居なくならない。

 青石ヒカルがインターンを終えたこの世界には、再び悪がはびこりつつある。

 オールマイトこと八木俊典は、犯罪者を取り締まるべく走る。

 人々が悪態をついている。

 青石ヒカルが活躍している時は、こんなの事件にすらならなかった。

 ヒーローが事件が起きてから動くが、青石ヒカルがいればそもそも事件すら起こらない。

 ヒーローは悪人を倒すが、人々の身に降りかかる理不尽を失くせはしない。

 あらゆる貧困や差別を、ヒーローは無くしたりしない。

 そして青石ヒカルが呼びかける。

 街中の至る場所に張られたポスター。そして街頭のディスプレイ。

 大写しになった青の少女は呼びかける。

 (ヴィラン)が発生し、ヒーローが倒す。

 こんなことはもう終わりにしたい。

 いつまでも続く連鎖を断ち切りたいと叫ぶ。

 そもそもの(ヴィラン)が発生する原因を解決しなければならない。

 そう彼女は社会に訴えかけている。

「そうだそうだ!」

「いつまで続けんだよヒーロー共!」

「さっさと(ヴィラン)はこの世から消えろー!」

「世界から”個性”は消えて、全員無個性になるべきなんだ! 違うか!?」

「そうだ! それが本来のあるべき姿だ!」

 ディスプレイから流れる彼女の演説に、人々は同調して声を上げている。

 だが彼女の考えた事。発した言葉。

 それはそのまま届くとは限らない。

 人間は各々自分勝手に言葉を捉えるものだからだ。

 だからと言って、意味がないなんてことはない。

 彼女の言葉は確かに世界を動かしつつある。

 真の平和な世界を目指しつつある。

 オールマイトも青石を応援するつもりだ。

 (ヴィラン)が居ない世界。ヒーローが要らない世界。

 オールマイトもそうなるべきだと考えるし、彼女の意見に賛同した。

 だがもしも、同じことを別の人が言ったら誰が聞くだろうか。

 彼女には力が有る。

 そしてその力を使って、スターレインを迎撃して世界を救った。

 一週間に及ぶインターンではあらゆる病人を治療した。

 今や寝たきりになった人は一人も居ないし、一部の人を除けば全国民が五体満足である。

『私は青石ヒカルの活動を応援しています』

 (ヴィラン)の戦いで一度は引退を表明した”インゲンニウム”が画面に出ている。

 彼は全国に数多く存在する、青石ヒカルによって普通の生活に復帰できた人の一人だ。

 彼だけではない。

 多くの人が青石ヒカルに直接的に助けてもらっている。

 それに比べたら、オールマイトが積み上げた実績すらも霞んで見えてしまう。

 世間は青石ヒカル一色に瞬く間に染まった。

 そしてその熱は未だ冷めやらぬものだ。

「青石ヒカル万歳! 万歳!」

 街のあちこちから声がする。彼女の意見に賛同し、変わらなくてはならないと信奉者が過激に街頭演説も行っている。

 自らの力の限界を情けなく思いながら、オールマイトは駆ける。

 青石ヒカルに熱中する人々に背を向けながら、犯人の居場所を絞り込んでいく。

 風よりも早く群衆の間を走り抜け、雑踏の中に怪しい動きをした人を発見した。

 その人はそのまま何食わぬ顔で集団に紛れ込もうとしている。

「わーたーしーがー来た!」

「何ッ!? ぐわっ!」

 オールマイトは犯人が反応する前に、首に手刀を叩き込む。

 そして男が持つにはあまりに似つかわしくない、女物のバックを取り返した。

 小汚い男の靴底は限界ギリギリだったのか、べろんべろんに剥げている。

「オールマイトだ!」

 周りの人間は遅れて反応する。

 青石ヒカルという超新星が現れても、オールマイトはオールマイトだ。

 その人気は未だ衰えを知らない。

 オールマイトは安心させるために笑顔を振りまきつつも、警察へと連絡を取る事を忘れることはない。

「ってて」

「うん?」

 オールマイトが気絶させた人は直ぐに起きた。

 油断しているつもりは無かったが、少し打撃が浅かったようだ。

 無論殺してはいけないので、その辺りの調整は難しいもの。

 保有する個性によっては常人よりむしろ弱い身体能力の場合もある。

 見極めを間違えたら最悪死に至ることも考えられる。

「大人しくするんだ。いいね?」

「ちっ!」

 ひったくり犯のちんけな(ヴィラン)は舌打ちしつつも大人しくなった。

 彼の方から風が吹いて、風上のオールマイトに何と言えない臭い匂いが漂ってくる。

 髪のあちこちにふけもついている。

 恐らくこの男、何日も風呂に入っていないのだろう。

 もしかしたらホームレスなのか。

「警察が来たぞ!」

 パトロール中の警察官が来て、ひったくり犯に手錠をかけた。

 オールマイトはそれをただ見送る。

 いつもの仕事だ。

 しようもない犯罪者を捉えて、警察に引き渡しただけ。

 それだけのこと。

 なのに何故か後味が悪く感じられる。

『目指そう(ヴィラン)の居ない世界! ヒーローが要らない世界!』

 街頭のディスプレイの青の少女が訴えかける。

 本当にこの社会で良いのかと、疑問を投げかけている。

 どうか(ヴィラン)が居ない社会になって欲しいとこい願う。

 そんな世界に具体的にどうすればいいのか、オールマイトには分からなかった。

 ただそんな彼の戸惑いを置いてけぼりにして、世界は確実に変わり始めていた。

 彼は自分に向けられていた厳しい視線に、気付けないでいた。

 

…………

 

………

 

 

「青石、そろそろ良いだろう」

「……もうちょっとだけ」

 相澤は深々と息をはく。

 緑谷出久が雄英の地下に来たのを、相澤消太は知った。

 どうやらアズライトの個性で脳にダメージを負ったらしい。

 普通の病院では手に負えなかったということだ。

 だから緑谷は雄英の地下のアーコロジーで、入院生活を送っている。

 正確にはここは病院では無いので入院とはまた違うのだが。

「緑谷君……」

 青石ヒカルが心配そうに緑谷を見つめている。

 どうやらオールマイトが青石に緑谷をどうにか治してくれないか頼んだらしい。

 そして青石と緑谷は顔を合わせた。

 相澤からすると、あんな形で別れてしまった二人を会わせるのは反対したかった。

 けれども知らない間に動かれてはどうしようもない。

 もっとも緑谷は青石を覚えていなかったようだが。

 そして青石も緑谷と面会したこと自体は後悔していないみたいだ。

 むしろもっと早くするべきだったと言っていた。

「切島君の声、ごめんなさい。ボクそんなつもりじゃなかったの。

 あれはつい……」

 相澤は深くため息をついた。

 目を向けると青石は体を震わせた。

 相澤が青石と切島の朝に起きた口論。それの顛末を知ったのは午後の授業の最初の時だった。

 授業に顔を出していない青石はいつもの事だった。

 が、問題だったのはそれ以外の事。

 切島が朝からずっと青石に黙らされて以来、未だに話す事が出来ない。そう1-Aの生徒から訴えが有った。

 試しに切島に向け相澤の”抹消”を使ったら、幸いなことに切島の声は元に戻った。

 けれどもそれはそれとして、青石が切島の声を個性で黙らせたことは、相澤の怒りに触れた。

 そして相澤がカンカンに青石を叱りつけたのはつい先ほど。

 青石は涙ながらに、ごめんなさいと繰り返した。

 だがその言葉を向けるべきは相澤に対してではなく、切島だ。

 そう言ったら一瞬で姿を消し、しばらくすると戻ってきた。

 ちゃんと本人に謝ってきたという。

 疑うつもりはない。だが、それが本当なのか明日相澤は確認するつもりだ。

「青石。もう行こう」

「嫌だ、ボクはここに居る。ここで見てる。今の緑谷君、とても目を離せない」

 青石が頑として首を横に振る。

 視線はジッと緑谷の寝顔に向けられている。

 彼女は未だ緑谷の事を大事な友人だと思っているのは、言葉に出てなくても分かった。

「ごめんなさい相澤さん、これはボクのせいなの。ボクの責任なの。

 ボクがしっかりしてなかったから、緑谷君がこうなってしまったの。

 だから、離れられない」

「それは違う。昨日も言っただろう。

 確かにお前にも原因が有ったかも知れない。

 だがそれより担任の俺や他の大人に責任がある。

 あまり抱え込むんじゃない」

 相澤は首を振って否定したが、青石は視線を下にして俯く。

 規則的に胸が上下に揺れている。

 穏やかな顔で緑谷はベッドの上で眠りについている。

 緑谷はまだ先ほどと同じ部屋。アーコロジーの一角で経過観察されている。

 正確に言えば昏睡状態になるのだろうか。

 相澤は壁にかけている時計を見た。

 緑谷が青石の前で苦しみだしたのは10時間程前になる。

 青石も出来る限りのことをしたらしい。

 そして驚くことに何らかの”個性”が緑谷の中で活動している。

 それが青石には分かったということだ。

 緑谷は”無個性”になった。そう相澤も青石も思っていた。

 けれども、何らかのバイオウェアが緑谷の中で動いている。

 その上で、どうやら緑谷の脳の組織が少しずつ回復しているらしい。

 もしかして、緑谷のアズライトが何らかの保険をかけていたのかもしれない。

 そう青石は語っていた。

「緑谷の中に残った”個性”か……確証は有るのか?」

「無い……けど、そうとしか考えられないよ」

「お前の力で目覚めさせることは出来ないのか?」

「ボクだって考えたよ。でも止めたの。

 緑谷君の頭の中で起きている変化はとても繊細なんだ。

 変にボクが手を出したら、それこそ取り返しがつかなくなっちゃうかもしれない」

「……なるほど」

 つまり下手に手を出したら、それこそ全てを無かったことにしかねない。

 下手すれば後戻りできない廃人になってしまう。

 そう言いたいのだろうか。

 だからと言って、目を離すことも出来ない。

 何かあった時に対処できる青石が居ないと、取り返しがつかないことになるかもしれない。

 結論として、様子見をするしかない。きっと彼女はそういう判断に至ったのだろう。

 相澤は口を開く。

「でもお前がやれることはないんだろう?」

「うん。ボクが出来る治療は全部したよ」

「だったら行こう」

「いや」

 彼女の足はピクリとも動かない。

「学校は明日も有るんだぞ」

「ごめん、休ませて」

「マスコミのスケジュールも組んでいたよな?」

「それも、休むよ」

 相澤は額に手をやる。

「あのな」

「友達だから」

 短くしかし鋭く彼女は強く言う。

 ナイフのように切れ味鋭く、有無を言わせない口調で言う。

「緑谷君は、ボクが助けられなかった人だから。

 ボクが今度こそ助けないといけない人だから」

「どうしてもか?」

「どうしても。これは緑谷君を助けられなかった、ボク自身のけじめだから」

 青石がゆっくりとしっかりとかみしめる様に呟く。

 確かな覚悟が彼女の目に宿っていた。

 そんな目をされたら相澤も何も言えなくなってしまう。

「……あと五分だけだぞ」

「……うん分かった」

 仕方なく妥協案を出して、渋々彼女は頷いた。

 結局彼女がいつもの部屋に足を向けたのはそれから一時間ほど後になった。

 

…………

 

………

 

 

 沈む、ただ沈んでいく。

 深くほとんど闇に近いような青の中を、緑谷は沈んでいく。

 まるで深海へと潜っていくようだ。

 緑谷の頭の中を幾つもの声が反響しては消えていく。

 どれも聞いた事が有る筈なのに、どういう状況で、誰が言った言葉なのか。

 全く思い出せない。まるでパズルのピースだけがばら撒かれて目の前に置かれているようだ。

 どのピースを何処に収めて良いのか、皆目分からない。

 そんな感覚に近い。

 体に意識を向ける。体はピクリとも動かない。

 そもそもの手足の感覚が無い。

 頭もぼうとして定かではない。

 そうして長い長い時間が過ぎていく。

 一分か一時間か。はたまた何日も経ったのだろうか。

 緑谷にとって永遠にも思えるような退屈な時間が過ぎ、唐突にそれは終わりを迎えた。

「えっ?」

 固い床に寝転がっている。

 鈍色の材質も定かでないひんやりとした床。

 まるで床というイメージその物で出来ているみたいだ。

 辺りを見る。見渡す限りの闇が広がっている。

 光源が何処にもないのに、なぜか自分の体はハッキリと見える。

 おかしい。

 あまりにも理屈に合っていない、おかしな空間。

 これは――

「やっと来たわね。はぁ。アズライトったらまったく! 面倒くさい役割押し付けてくれちゃってもう!」

 闇の中から金色が現れた。

 それは人の髪の毛だった。まるで闇を引き裂く黄金の太陽に見えた。

 翡翠のような目がキラキラしている。

 彼女の名前を、緑谷は知っていた。

 知らない筈だと思っていたのに、すんなりと喉の奥から出てくる。

「セルリア……セレスタイト?」

「あっ、やっぱり思い出せた? まぁ修復作業もぼちぼち進んでるし、当然っちゃ当然よね」

 修復作業が何なのかは分からない。だが彼女の名前はセルリアで合っているらしい。

 だが緑谷は彼女の事を知らない筈。

 知らない筈だと思っているのに、名前は出てきた。

 明らかにおかしい。

 そして彼女を思い出そうとしたら、もっとおかしな記憶が出てくる。

「君は……死んだんじゃ?」

「うん、まぁね」

 事もなげに彼女は頷いた。緑谷の顔から血の気が引く。

「だからここにいる私は偽物。

 アズライトの力で限りなく忠実に再現(バックアップ)されたコピーよ。

 あなたのアズライトが万が一に備えて、あなたの中にバックアップを用意していたってわけ。

 それに私は使われたってことよ」

「……ここは僕の見ている夢なの?」

「理解が早いわね。そういうことよ」

 彼女が上を見る。つられて視線を上に向けると、幾千もの星々が見えた。

 もう一度目の前のセルリアに目をやる。

 彼女からはアズライトと同じ雰囲気が感じられた。

「君は……”個性”なの?」

「言ったでしょ? 君のアズライトにバックアップされた人格。元人間の個性。

 いずれあなたが体を壊してでも力を使うことを、あの子は悟ってた。

 だから私をその時に備えるための保険として、あの子が用意していたのよ。

 リカバリーディスクって知らない? まぁそういう役回りね」

「……僕はこれからどうなるの?」

「うーん、このままじっとしていたらその内終わるけどね。

 それじゃつまらないでしょ。どうせなら、記憶の旅に出かけない?」

「旅? 記憶の?」

「あなたがヒーローになりたいと思う本当の理由。

 あなたの原典(オリジン)。私はそれが何か知ってるけど……。

 どうする? あなたの原点思い出したくない?」

「……」

 緑谷は前の少女を見る。

 彼女の目はとても穏やかだ。人を思いやる心を形にしたら、このような感じになるのだろうかと思う。

 緑谷は自らの掌を見つめる。

 ところどころ、虫食い状態ではあるが記憶が蘇りつつある。

 自分が雄英に通っていたことは思い出せた。

 そしてヒーローを目指していたことも、オールマイトに偶然出会い、そして後継者に選ばれたのも思い出せる。

 だが何かが決定的に欠落している。

 欠けているのが分かるのに、何が無いのかが分からない。

 非常にもどかしい。

「歯がゆいのは分かるけど、それもしばらくしたら終わる。

 あなたは何もかもを思い出す」

「……!」

「驚いた? だって私緑谷君の中で動いているバックアップだもの。

 思考を読むなんて、どうってことないわ。

 それで、どうする?」

 彼女が手を差し伸べてくる。

 緑谷は言葉は返さない。ただじっと思考の中に浸る。

 考えても考えても、今は分からない事、思い出せないことばかり。

 だが目の前の彼女は何故か信用できる。

 そう本能が言っている。

 だから彼は彼女の手をそっと取った。


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