青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第82話

 青石ヒカルが消えた。

 そのニュースは瞬く間に全世界中へと広まった。

 雄英体育祭をきっかけにして現れた新星は、何の前触れも無しに行方をくらました。

 彼女が人前から姿を消したのは、かれこれ一週間前になる。

 轟焦凍は自宅の畳の上で仰向けになり、天井を眺めた。

 朝ご飯を食べたばかりで横になるのは良くないのだが、そんなことどうでも良かった。

 頭の中に無性に青石の色々な表情が浮かんでは消えていく。

「糞っ」

 消えたのは青石だけではない。

 1-Aの担任である相澤も同様に行方が分からなくなっていた。

 轟が最後に青石の姿を見たのは、一週間前のホームルーム前のこと。「心配だからちょっと見てくるね」そう言い残して青石は、教室から消えた。

 それが轟にとって青石に関する最後の記憶。

 そのまま青石と相澤が教室に姿を現すことはなかった。

 当然、そのまま警察沙汰となった。

 当初雄英側は内部で処理しようとしていたらしい。

 だが1-Aの生徒の一部が既に警察に通報を入れた事も有り、世間に隠すことは出来なかった。

 そのまま流れで警察の主導の元で捜査は進められた。

 が、何の成果も未だ上がっていない。

「逃げた……ってことだよな」

 轟は青石の顔を思い浮かべる。

 インターンで不眠不休で働き、結局倒れた彼女。

 へらへらと何でもない風な笑顔を浮かべて、その裏で様々な苦痛を耐えていた。

 彼女は人に助けを求めない。

 彼女は人に助けられると思っていない。

 だからインターンで倒れるまで無理をし続けた。

 そんな事は分かっていたと思っていた、だが、結局は轟は青石のことをまるで分かってなかったのかも知れない。

「もうこんな時間かよ」

 轟は乗り気がしないまま、学校指定のカバンを手に取り部屋を後にした。

 

 ……。

 

 

「おはよう轟君」

「おう……おはよう」

 教室で麗日とあいさつする。

 だが彼女の目に活気は無い。

 もうじき朝のホームルームだというのに、教室には全員はいない。

「八百万はやっぱり来てないみてぇだな」

「うん、そうだね」

 八百万は登校してなかった。他にもちらほら姿の見えない生徒がいる。

 近頃は何かと物騒だ。青石ヒカルが突如消えて行方が分からない。

 最近はオールマイトの与える影響も、徐々に低下しているらしい。

 世間では全てのヒーローは青石ヒカルの下位互換扱いだ。

 青石ヒカルが本気を出していた間は、そもそもの(ヴィラン)との戦いすら起きてなかった。

 あらゆる死や事故を完璧に防いだ。

 何ならその前に隕石も破壊して、人類を救った。

 人々はどうしても青石のそれらとヒーローを比較する。

 そして当の本人はヒーローの居ない世界を希望している。

 そうして世間一般に嫌な雰囲気が漂い始めた。

 携帯電話の画面でネットニュースをチェックする。

 ”消えた青石ヒカル 彼女は今何処に?”

 ”青石ヒカル失踪の真実 雄英の杜撰すぎる体制に生徒の悪質な要求”

 ”消えた象徴 彼女に比較すればオールマイトすらあまりにも……”

 ”青石ヒカルが暴き出した現実 ヒーロー依存社会から我々は抜け出せるか”

 ずらずらと青石ヒカル関連の記事が出てくる。

 そしてその内容はおおむね雄英や生徒が青石に負担をかけすぎたせい、というもの。

 ある事ないこと出鱈目ばかり妄想ばかり書き綴った記事もある。

 そんなものに好意的なコメントがついているのには吐き気すら覚えた。

「あれ? 切島君がいないね? 委員長も」

「そう言えば……」

 轟は教室を見渡して切島を探すが居ない。

 彼は青石のことを「何か理由が有るんだろう。その内戻ってくる」と言って信じていた。

 それまで出来るだけ、いつも通りに過ごそうとも言っていた。

「大変だ!」

 飯田が血相を変えて教室に飛び込んできた。

 走りが得意な彼が息を切らしている。

 それほどに急いできたとは、よほどのことが起きたのだろう。

「切島君が……(ヴィラン)に襲われた……!」

 

…………

 

………

 

 

 

  ねぇ、相澤さん。

 

  何だ?

 

 

  ……ボクね、駄目みたい。

 

  駄目?

 

 

  もう、疲れちゃったの。四六時中ね、聞こえてくるんだ。

  助けて、助けてって。

  そんな助けて欲しいって声が、ずっと。ずっと。ずっと。

  ずぅーーーーーーっと。

 

 

  ……。

 

  いつくらいからかな?

  ああ……多分、インターンの時くらいからかな?

  世界って、こんなに悲しみが溢れてるんだ。

  こんなに、苦しいことでいっぱいなんだ。

  こんなに、辛いことで、理不尽なことで、悲しく、痛くて、どうしようもない。

  いつまでも争いを止められない。

  人は本当にどうしようもない。

  そんなものなんだって、気づいちゃったんだ。

 

 

  ……そうか。

 

 

  うん、相澤さん前にね、こう言ってたよね。

  寝る時間も、こうして話している時間すらなくなるぞ。

  お前が寝ている間も、食べている間も、(ヴィラン)は発生し続けているんだからな。

  ってね。

 

 

  ああ……そんなこともあったな。

 

 

  うん、そうだったの。

  ボクが自分の時間が欲しいって思ってもね。

  その間に苦しんでる人は出てるの。

  ほんの少しだけ、ご飯を食べようって思っても。

  ちょっとだけ、眠りたいなぁって思っても。

  こうやって相澤さんとお話ししたいなぁって思っても。

  その間にも、苦しんでる人がいる。

  ボクには、助けられる人が居る。

  やろうと思ったら、ね。

 

 

  ……。

 

 

  本当にね、皆を幸せにしたいなら。

  ボクはねずっと頑張らなくちゃいけないの。

  食べずに寝ずに。相澤さんとお話もせずに、ずっと。

  ずっと人の為に誰かのために。

  でも、でもね。

  それは、ボクが本当にしなくちゃいけないことなの?

 

 

  ……。分からない。

 

 

  うん、ボクもそうなの。分からなくなっちゃったの。

  ボクが頑張っている間に、救われる人。

  ボクが少しお休みしてる間に、死んじゃう人。

  助けを受けられる人。助けを受けられない人。

  そんな不公平が、どうしても出てきちゃうんだ。

  ボクが、ちょっとでもお休みが欲しいって思ったらね。

 

 

  ……。だからなのか?

 

 

  なにが?

 

 

  インターンの間。お前は不眠不休でやっただろ。

  そんな無茶したのは。

  そうやって全てを公平に助ける為だったのか?

 

 

  ……そうするしかね、思いつかなかったんだ。

  でもね、無理だったの。

  ずっとずっと、全部を全部。助け続けるのは無理だったの。

  そんなことしたら、壊れてしまうから。

  ボクが、ボクじゃなくなっちゃうから。

 

  ……。

 

 

  インターンが終わってもね、声は聞こえてた。

  でもね、聞こえないふりをしたの。

  何も知らないふりをしたの。

  だってキリが無かったから。

  ボクが助けた人と、ボクが助けられなかった人。

  差が有るのは、分かってたよ。

  でも、相澤さん。

  ボクは、どうしても普通の暮らしが欲しかった。

  友達と学校で勉強して、おしゃべりして。

  本当に当たり前の、普通の生活が欲しかったの。

  この世界に居る皆に、普通の暮らしをあげたかったの。

  だけど――

 

 

  もう、なにも言うな。

 

 

  相澤さん?

 

 

  もう、お前は頑張ったんだ。

  世界を救ったんだ。

  皆お前に明日を貰ったんだ。

  お前が四六時中、救い続ける必要なんてない。

  お前が、お前を捨ててまで、助け続けなくたっていい。

 

 

  相澤さん、でもね。

  こうしてお話してる間に、また何人も死んだ。

  ボクはね、こうして相澤さんと話すことを優先して……。

  他の人を……ボクは見捨ててるんだよ?

  それでもいいの?

 

 

  いい、もう、忘れよう。

  普通の人間には聞こえないものも、お前は聞こえてしまうんだな。

  普通の人間なら、抱く必要のない罪悪感をお前は背負ってしまう。

  そんなのは終わらせてしまおう。

 

 

  でも……。

 

 

  青石、俺は……お前自身を一番大事にして生きて欲しいんだ。

  助けを求める人間なんて、この地球上のどこかで、いつだっている。

  全部を全部解決しようなんて、そんなの無理だ。

 

 

  うん……。無理だったの。

 

 

  青石、宇宙(そら)に行こう

 

 

  宇宙(そら)に?

 

 

  一緒に暮らそう。お前が作ったコロニーでもいい。

  お前は、もう何にも縛られてないんだ。

  お前は、もっと、自由に生きて良いんだ。

 

  ……ねぇ、相澤さん

  一つ聞いていい?

 

  何だ?

 

 

  あのね……

 

 

 

 相澤はまどろみから目覚めた。

 額に手を当てながら、むくりと上体を起こす。

 柔らかな緑の匂いが鼻をくすぐった。

 上を見上げる。

 青空が見上げた先に広がっている。

 人工的に作られた天蓋の向こうに果てしない宇宙空間と、小さい地球が見えた。

「あはは! 待て待てー!」

「にゃー!」

 草原で、青石と一匹の猫が追いかけっこをしている。

 茶トラ猫の尻尾が活発に揺れ、青石の髪が躍る様に跳ねていた。

 全身を使って目いっぱいじゃれあって、とても幸せそうに遊んでいる。

 それを相澤消太は目を細めて見ていた。

 人工的に作られた空気をすうっと吸い込む。

 地球と月の間に存在する重力の均衡点、ラグランジュポイントに青石はスペースコロニーを建造していた。

 直径約10㎞程の円筒形のコロニーの中には、地球と同様の環境が再現されている。

 人が生きていく上で必要なものは、全て揃っている。

 青石が人類が宇宙に進出するために必要だと考え、秘密裏に作っていたものの一つだそうだ。

 青石により作られたスペースコロニーは、空想科学のものと遜色ない出来の物になっていた。

「相澤様」

 背後から声を掛けられる。

 振り返らなくてもそれが誰か分かった。

 なにせこのスペースコロニーには、相澤含めても三人しか居ないのだから。

「なんだシアン」

「これで本当に良かったのでしょうか?」

「……」

 直ぐに返事は返せなかった。

 青石ヒカルと相澤消太が地上から姿を消して一週間が経過した。

 その間、相澤は何の連絡も取り合っていない。

 青石も同様に地球上とは連絡していないようだ。

 生きていく上で問題は何一つない。

 水も食べ物も、住まいだって青石に頼れば何だって手に入る。

 お金なんて青石の力に比べればゴミ屑もいいところだ。

 現に青石は人類の夢の一つである”不老不死”でさえ、個性で実現させている。

 ただそんな青石も孤独ばかりは、耐え難い物らしい。

 青石は地上の環境に疲れ切っていた。

 あのまま無理をさせ続けても、相澤が無理し続けても。

 どちらかが破綻するのは目に見えていた。

 だから逃げた。

 自分でも無様な選択だと相澤は思っている。

 だがそれ以外、どうしようもなかった。そうとしか相澤には思えなかった。

「……仕方がない、仕方がないんだ」

「……」

「あいつは疲れてた。ずっと誰かが求めてる助けに応え続けたら、どんな奴でも狂ってしまう」

「これは持論ですが」

 コホンと咳払いをしてシアンは言う。メイド服の裾が優しく揺れた。

「人から優しさを奪う最も効率的な方法は”忙しく”させてしまうことです」

「忙しく……?」

「心にゆとりが無くなり、優しくする余裕が無くなってしまえば。どんな人間も優しさを失ってしまうでしょう?

 そしてこれもまた持論ですが、人の行動を決める最大の要因は”環境”であり”性格”や”人柄”じゃありません」

「だが性格も重要だろう?」

 その言葉に相澤は納得できなかった。

 だがシアンは

「人は思ったよりも性格に行動を影響されないのですよ。

 勿論、影響は0じゃありません。ですが、人が何かを決める時に一番重要になるのは”環境”です。

 もっとも人間は”性格”や”人柄”のせいにしたがりますけどね」

「それはなぜだ?」

「何故って決まってるではありませんか」

 シアンが笑うその表情に相澤は寒気がした。

 この世の地獄をこれでもかという程見てきたのだろう。そう思わせるだけの凄みと残酷な感情が見えた。

「変えられない”環境”が一番大事だなんて、気付いてしまったら絶望するしかないでしょう?

 でも人生に成功するのは、大体裕福な家庭に生まれた人間で。

 貧乏になるの大体は、貧乏な家庭に生まれた人間です。

 裕福な家庭に生まれたら、裕福になるためのノウハウを教えられます。

 ですが貧しい家庭に生まれてしまったら、食べることにすら満足に満たせません。

 でも人間は環境なんて関係ない。自分さえ何とかしっかりすれば何とかなる。

 実は自分には隠れた才能が有って、それに気づいたら人生を逆転できるのだ。

 そうしたらこんな環境も変えられる。

 そんな風に思えた方が、希望が持てるでしょう?」

「……そう、かも知れない。が」

「あくまでも持論です。正しいかどうかは、相澤様自身が考えて決めることです。

 ともあれ、私は相澤様とヒカルがこうして離れて環境を変えたのは正解だと思ってます。

 落ち着いてしっかり休める環境に居れば、きっと見えるものも考えも変わってきますから。

 人が自分を変えたいと思うのなら、環境をまず変えるのが一番でしょう。

 ……さしずめ燃え尽き症候群、なのでしょうね。あの子は」

「そうだな。……叶えられもしない夢なんてなくたっていい。

 夢なんて失くしてしまってでも、俺はあいつに――笑ってて欲しい」

 相澤は思う。

 世の中は仕方がないことで回っている。

 世の中にありふれた矛盾も不条理も。全部考えれば当たり前で、仕方がないことの積み重ねで出来上がっている。

 仕方がないとは、見苦しくも有るかもしれない。が、同時に最大限の動機でも有る。

 ヒーローが居るのも、(ヴィラン)が出るのも。

 偏に全部仕方がないからだ。

 もっとも、人間は自分のやった事は環境のせいにしたがる癖に。

 他人のおかした過ちは、本人のせいにしたがる。

 そんな傾向のある自分勝手な生き物なのだから。

「ええ、そうですね。……仕方が有りませんよね」

「ああ、本当に……仕方がない」

 青石は今は口にしない。

 人の為に、誰かの為に。そんな美しすぎる理想論を。

 ただ良く寝て、食べて、遊ぶ。

 相澤に遊び相手をねだったり、雄英の近くに住んでいた茶トラの野良猫を飼ってみたり。

 シアンと一緒にテレビでアニメや映画を楽しんだり。

 本来普通の少女がもっと昔にしている体験を、全力で楽しんでいる。

 宇宙にポツンと浮かぶコロニーの中。

 青石と相澤とシアン、それと一匹の猫。

 三人と一匹だけで完結している小さな世界で、彼女はとても幸せそうに――笑っていた。


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