青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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※第87話※

「うあぁ……あああああぁぁぁぁ」

 少女の慟哭が空を覆いつくす雲の中へと消えていく。

 彼女の謝罪と悲鳴を聞いている人物は、少年の他には誰も居ない。

 緑谷は無力な両手を彼女に向けて伸ばそうとして止まる。

 今更、何が出来ると言うのか。

 もう何もかも、全てが遅かった。

 彼女の理想は美しかった。

 本当にそう在れたらいいのにと、世界がそんな風に美しく在れたなら。

 どれ程に良いだろうと。

 そう思っていた。

 だが、人は競い争い守り奪い、欲望のまま自らの身を亡ぼす方に突き進んでいった。

 それは偏に守るため。

 彼女の理想に浸食されまいと足掻いた世界は、程なく自滅の道を選んでいった。

「緑谷君」

 青の少女が振り向いた。涙があふれた顔にドキッとさせられる。

 両膝が力なく地面につき、白いワンピースは泥にまみれていた。

 吸い込まれてしまいそうな青い瞳は、緑谷を通り抜け青空が見えない空の向こうを見つめている。

 雨が降っていた。

 焼け爛れた大地を黒い雨が洗い流していく。

 放射性物質にまみれた雨が、容赦なく青い髪を濡らしていた。

「青石さん……」

「違う。違うの緑谷君、こんなはずじゃなかった。

 ボクは皆が幸せになれる世界が欲しかった。それだけなのに。

 なのに……」

 緑谷は首を振る。

 緑谷は彼女を責めたくはない。

 彼女は頑張った。彼女は一生懸命だった。

 ただ人の為に誰かの為に。誰もが幸せになれる世界を作るために。

 その為に努力して、その為に生きてきて、力の使い方を必死に覚えて。

 だがその結果がコレなのか。

 分厚い雲が地球上を覆いつくそうとしている。

 人が生み出した核の炎は、地球上のあらゆる都市を焼き尽くし、人々の命を奪った。

 巻きあがった粉塵は空に舞い上がり、太陽の光を遮断する。

 核の冬が来たのだ。

 あらゆる動植物が死に絶えていく。人の文明が破壊されていく。

 緑谷は歯噛みする。彼女を人類を滅ぼせる存在だと。

 彼女のことをずっとそうやって恐れていた。

 だが何てことは無い。

 核を使えば、ボタン一つで何十万何百万の命を奪うことが出来る。

 人類を滅ぼせる力など、人はとっくの昔に手に入れていたのだ。

 

 彼女の目からとめどなく涙が溢れてくる。

 緑谷はそっと傍に近寄り涙を拭った。

「何が有ったのか、聞かせてくれる?」

 彼女はゆっくりと首を縦に振り、語り始める。

 何が起きたのかを。

「あの日ね――」

 

…………

 

………

 

 

「ここに、”プラント”の建国を宣言します!」

 地響きと歓声が広場を包んだ。

 青石ヒカルは群衆に向かって手を振る。

 数多くのカメラが取材陣が、建国の式を世界中へと中継している。

 重力の均衡する宙域、L5と呼ばれるラグランジュポイント。

 そこに作った多数のスペースコロニーが、プラントの領土だ。

 地球上に作ろうとすると、何処かの国の領土を奪わなければならない。

 だから必然的に、国家を作ろうと思ったら宇宙空間にするのが丁度良かったのだ。

 

 青石ヒカルが麗日と言い争いをしたのは、もう半年も前のことになる。

 彼女は様々な意見を聞いた。色々な事を考えた。

 色々な選択肢があった。

 だが実際に選べる道は一つしかない。

 何かをするという事は同時に何かをしないと選ぶことでも有るから。

 そして青石は決めた。

 青石ヒカルが選んだ道は、自分の考える限りの理想の国を作り、自由に出入りできるようにする。

 そういうものだった。

「シアンさん、どうだった?」

 建国の式典は無事に終了した。

 群衆の目を離れ、プライベートの時間に戻った青石はシアンに尋ねる。

 息を弾ませながら聞く青石はまだ幼い子供その物だった。

「大変立派でしたよ。よく頑張りましたね」

「えへへ」

 シアンに頭を撫でられて青石は幸せに目を細める。

「……青石」

「相澤さん……やっぱり反対?」

「……それは」

「教えて」

 相澤消太は青石がやろうとしていること。それに難色を示していた。

 理想の国を作る。

 犯罪も貧困も差別も。あらゆる理不尽を根絶した社会を作って、そこに世界中の人達を招待する。

 青石の選んだ道はそういうものだった。

 青石の言う事が気に入らないなら、別にそれでもいい。

 嫌なら来なくてもいいし、嫌になったら出ていってもいい。

 どうであろうとも、選択肢を与える。それが重要だと青石は思った。

 もっとも、最初に国家を作ろうと言いだしたのは青石自身では無い。

 モルグフ孤児院に、ふらっと立ち寄った時エリに再会したとき、海路レンという少年が言いだしたのが始まりだった。

 世界を変えて問題があるなら、いっそのこと新しい世界を作ってしまえばいい。

 そしてそこに自由に出入りできるようにすればじゃないか。

 彼はそう言った。

 青石は彼の提案に雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 さっそく根津校長や、アメリカの副大統領のギルバート・デュランダルらの意見を聞き、そして計画が練られ実行された。

 月と地球の重力の均衡点。

 そこに多数のコロニーを作って居住空間とし、領土とする。

 作るコロニーも青石が全てを担当しない。

 設計などを本格的に科学者たちの手を借り、欠陥が無いように設計している。

 そして完成した砂時計型のスペースコロニー。

 名前はProductive Location Ally on Nexus Technology。その頭文字を取りP.L.A.N.T。

 青石ヒカルの個性で安全と平和を約束された国だ。

「今更、反対も糞もない。それに……」

「それに?」

「……対案を用意できなかった俺達がいけなかったんだ。

 反対だけしても対案が無いと何の意味も無い、だろ」

「相澤さん……」

「好きなようにやってみろ」

「……うん」

「ヒカル、忙しくなりますよ」

「分かってるよシアンさん。でもボク頑張るよ。皆幸せにしてあげるんだから!」

 この時には青石は想像していなかった。

 青石の言う理想の国。

 それが理想に近づけば近づくほど、世界の歪みがまた大きくなるということを。

 自らが世界に対して起こした行動が、如何に劇薬になるのかを。

 正しいことをすれば、正しい結果が得られると。

 人が幸せに生きられる世界を作れば、人は皆幸せになれるのだと。

 本気でそう信じていた。

 まだ彼女は、何も知らない子供のままだった。

 

…………

 

………

 

 

『ここに、”プラント”の建国を宣言します!』

 テレビから大音量の歓声が流れてくる。

 遥か空の向こうで建国されたプラント。その建国の式典が生中継で配信されているのだ。

 だがこれは法月らが考えていた青石の行動の中でも、最悪に近いものだった。

「あーあー……予定していた中でも最悪の展開じゃないっすか!

 正気っすか青石ちゃん」

「ふむ……」

「ふむ、じゃないっすよ! どうするんすかとっつぁん!?」

 赤髪の少女は頭を抱えていた。

 法月将臣は椅子の背もたれに深く腰掛けている。

「このままじゃ間違いなく……ヤバいっすよー!」

「戦争になるのは既に避けられん。世界各国で既に(ゲート)を封鎖する動きは出ている」

「……(ゲート)、やっぱそのまま……て訳になるわきゃないっすよね」

「当然だろう」

「はあぁ……」

 (ゲート)とはプラントへ入るための入り口だ。

 青石ヒカルが個性で創りだしたそれは、見た目は白い霧の塊だ。

 それに入っていけば誰でもプラントへ行ける。遥か彼方空の向こうのスペースコロニーの中に着けるということだ。

 実際法月らも体験したので、その機能に間違いない。

 

 彼女は世界各国の要所に(ゲート)を設置した。

 無論、誰でも通っていい訳では無い。

 設置したのは青石ヒカルだとしても、通行の許可を下すのはその(ゲート)が置かれている国だ。

 日本に置いてある(ゲート)を管理するのは当然日本。

 アメリカに存在する(ゲート)はアメリカが管理する。

 当然プラントへ入国したいのなら、所属する国家に出国の許可を得なければならない。

「既に役所はプラントへの移住申請でパンパンになってるっす」

「ふん、プラントへ移住できさえすれば衣食住何もかも満ち足り、しかも死の恐怖からも逃れられる。

 殺到するのは当然だろうな」

「どうするんすか? このままじゃ人類破滅へ一直線すよ?」

「……アーコロジーを開放する」

「アーコロジーを?」

「今はそれしかない。あくまでも秘密裏にだ。急げ、残された時間はあまり多くあるまい。

 一人でも多く住民をアーコロジーに避難させるのだ」

「……了解っす」

 恐らく間違いなく来るだろう最悪の時に備え、彼らは動き出した。

 

…………

 

………

 

 

 ピピピと電子音が意識を外から揺さぶって覚醒させる。

 まだ重たい頭をゆっくりをベッドから上げ、小さな手でよろよろと目覚まし時計の上を押した。

 電子音が鳴りやむ。

 そのままベッドに再び戻りたい誘惑を振り切ってカーテンを開く。

 眩しい太陽の光が窓から差し込んできた。

「起きたのですね、エリ」

「あ、おはようございます。シアンさん」

「はい、おはようございます」

 メイド服のシアンはたおやかにほほ笑んだ。

 エリもつられて笑う。

 今エリは4人と1匹の家族で暮らしている。エリに青石、相澤にシアン。後はペットの猫のとら丸だ。ちなみに猫の性別は雌である。

 シアンに誘導され洗面所に向かう。

 顔を洗うとさっきまでしつこく付きまとっていた眠気が一気に晴れた。

「ふー、スッキリしたー」

 顔を洗った後、部屋の壁掛け時計を確認すると丁度午前7時になったところだった。

「今日は如何しますか?」

「えーとね、あおい……じゃなかった。おねえちゃんはまだ寝てるのかな」

「……ええ、寝ていますね」

 少し苦々しい表情になってシアンは言う。

 エリは最初シアンの事が少し怖かった。あまり感情が表に出ないロボットのような人だと思っていたからだ。

 だが青石の事になると、途端に表情が生き生きしだす。

 ちゃんと人間らしい面が有るのだと分かってからは、何となく安心できるようになった。

 何よりも青石から絶大な信頼を寄せられているのが大きい。

 それでも時々エリはシアンの事が怖い時が有り、その度に申し訳なく思っている。

「ちょっと起こしてきますね」

 エリは隣の部屋を訪ねて、部屋を出る。

「おねえちゃん? おねえちゃーん?」

 コンコンとノックをしても返事は無い。

 エリはそろっとドアを開けて部屋の中に入る。

 部屋の中は暗いが視認できない程ではない。

 てくてくエリは歩みを進めて、目標の人を探す。

 窓際のベッドの中にエリの目当ての人物はいた。

 すぴーすぴーと安らかな寝息を立てて幸せそうに寝ている。

 だが、今日も毎朝行っている全国民へのあいさつが有る筈だ。遅刻させるわけにはいかない。

 エリは心を鬼にして青石ヒカルを起こしにかかる。

 まずは締め切っているカーテンを全開にして、光を迎え入れた。

「うみゅ!? まーぶーしーぃー」

 青石は途端に布団の中にくるまってしまう。

 まるで芋虫のようだ。

「おねえちゃん、起ーきーてー!」

 ゆさゆさと体をゆする。だが青石の起きる気配は微塵もない。

「起ーきーてー!」

「むにゃむにゃ……エリにゃん?」

「朝ですよ、起きてください。遅刻しちゃいますよ?」

「ううぅだってぇーまだねむぅいー。あと一時間だけ……」

「あと一時間たったらスピーチの時間なんですけど」

 プラントに住まう全国民に向けての挨拶。これは午前8時に毎日青石が行っている。

 そもそも元はと言えば青石がやろうと言いだした事らしい。

 

「うるしゃーい! ボクがねるといったらぁーねるのー。ほらエリちゃんも一緒に寝よ?」

「いや私は……」

「ほら一緒にお眠ー!」

「うわあああ!?」

 エリはベッドから伸びてきた青石の手に引きずられた。

 そのまま彼女の胸の中に抱き寄せられる。

「ふわあぁ、エリちゃんとってもいい匂い。クンカクンカ!」

「や、やめてください。くすぐったいです」

 エリの制止の声も聞こうとせず青石はエリの髪の毛や全身を嗅ぎまわり始める。

「ふふふーよいではないかー。よいではないかー。

 エリちゃんの匂いくんかくんか。くんかっか!」

「わっわあああ!?」

 悲鳴をあげるエリ。だが青石は止まる気配はなく嗅ぎ続ける。

 そんなエリに救世主は突如として現れた。

「朝から何やってる馬鹿野郎」

「あべしっ!?」

 拳骨を食らった青石は痛みに悶絶している。

 だがいつものことなのでエリは気にしていない。

「あっ相澤さんおはようございます」

「ああ、おはようエリ。朝ご飯出来ているぞ」

 さも自分で用意したかのような相澤の口ぶり。

 まぁ用意したのはシアンさんだろうなとエリは内心思う。口には絶対に出さないが。

「うう……相澤さんぶつなんて酷いよ」

「お前も早く準備して来い、遅刻しても良いのか?」

「……はーい」

 

「わああもうこんな時間!?」

 朝ご飯を悠長に食べていた青石は時計を見るや途端に焦りだした。

 現在は7時50分。

 全国民への生放送の時間まであと十分しかない。

 青石でなかったら完全に遅刻する時間だ。

「おねえちゃん寝ぐせ立ってます」

「ええどこ!?」

「じっとしてください、直しますね」

 エリが青石の髪を撫でつけてあげるのもいつもの事だ。

「えへへエリちゃんありがとう、じゃあお仕事行ってくるね!」

 青石はそう言うや否や一瞬で姿を消した。

 そして数分後、テレビに出演している青石ヒカルの姿があった。

 毎朝生放送で全国民へとあいさつしているのだ。

『えーと、プラントの皆さんおはようございます! 今日も一日元気に過ごしましょう!

 それでは今日のプラントの予定を発表しますね。

 まずは――ええっと』

 テレビの向こうでアタフタしながらも何とか頑張ってる姿に、エリの顔も綻んだ。

「おねえちゃん頑張ってますね」

「……そうだな」

 相澤の憂鬱そうな返事だ。

「相澤さん、なんでですか?」

「何がだ」

「なんでおねえちゃんのやってること、賛成できないんですか?」

「……確かにプラントは平和で過ごしやすい良い国だ。一見な」

 エリは頷く。

 この青石ヒカルが建国した国プラント。

 今までの国家とはあらゆる点で一線を画している。

 まず労働を国民に求めない。

 国家を運営するにあたって必要不可欠な労働が強要されないのだ。

 では何が代わりを務めているのか。それは青石ヒカルの個性。

 及びオートメーション化されたシステムや、ロボットだ。

 特に青石ヒカルの個性に頼る部分は大きい。

 青石ヒカルの個性により生み出された彼女の分身が、社会システムのほぼ全てを担っていると言って過言でない。

 犯罪などが起きないのは、偏にそのためだ。

 犯罪を犯そうと思っても、一瞬で捕まえられてしまう。

 だから誰も犯罪をしようとは思わない。やろうとするだけ無駄だ。

 そもそもの話、犯罪のメリットが無い。

 何しろ欲しいものは青石ヒカルが全て用意してくれる。

 余程の危険なモノだとか、犯罪につながるような物品でない限り、誰もが何でも手に入れられる。

 今や宝石の類なんかは誰だって持ってるし、手に入る。

 あのダイヤモンドだって青石ヒカルの手にかかれば簡単に作り出せる。

 あらゆる工業製品も、地上の何処の国よりも高品質なものがただで手に入る。

 そう、無料でだ。

 だから通貨は一応存在はしているが、使う機会がそもそもない。

 犯罪の温床には、貧富の格差が関わることが多い。

 だがそれが存在しないのだ。

 誰もが必要なものを必要な時に必要なだけ、何でも手に入れられる。

 犯罪でない限りは、あらゆる欲望を青石ヒカルは満たしてくれる。

 その上に寿命と言う制限すらも取っ払っていると来たものだ。

 ここは正に天国だと人々は口にしている。

 何しろ人々は好きな事を好きなだけして、それだけで暮らしていけるのだ。

 不満に思うはずも無い。

「けどそれはあいつの”個性”ありきで全部成り立ってるんだ。

 働かなくても好きなものが食べられる。欲しいものが手に入る。

 犯罪もないし、死ぬ心配が一切ない。あいつの(シャドウ)が全国民を見張ってるんだからな」

 エリは頷く。相澤の言っていることは事実だ。

 プラントは青石ヒカルの(シャドウ)に監視される事で成り立っている。

 だが、それ以上のメリットを享受しているから誰も文句は言わない。

 そもそも(シャドウ)は普段生活している分には表に姿を現さない。

 プライバシーにだって最低限配慮してくれているのだ。

 だいたいそうやって見てくれていないと、いざ突発的な事故が起きた際に間に合わない。

 だから国民は多少の監視はしょうがないものだと受け入れている。

 そしてそんなに監視が嫌なら出ていけばいいのだ。

 青石ヒカルは別にプラントに居ることを強制したりはしていない。出ていこうと思えば、いつでも地球上に帰られる。

 ここまで手が回っていたら文句をいうものなど、誰一人としていやしない。

「それはそうですけど。……おねえちゃんは嫌なら出ていっても良いって言ってますよ?

 監視されていることが嫌ならそうしても良いって。

 でもそうしたら目が届かないところで、どうなってるか保証が出来ないって。

 仕方がないんじゃないですか?」

「それは……分かってる。だがこれはあいつが本当に望んでいることなんかじゃないんだ。

 あいつは人を(たす)けることに、あまりにも囚われすぎてる」

「……なんだか似てますね」

「何がだ?」

「おねえちゃんと緑谷さんです。二人とも人を(たす)けたいって。

 その気持ちが大きすぎて空回りしてる感じがすごくします

 だから何となく似てます」

「……そうだな。それにそのくせ自分勝手なところとかな」

「本当ですね」

 エリの言葉にシアンも頷いている。

 エリはとても満ち足りていて、幸せな暮らしを手に入れた。

 本当にこれ以上望むべく物など何もないほどに。

 だが何故だが不安がいつまで経っても付きまとう。

 いつまでこの生活を続けられるのか、心配になってしまう。

 エリの心の隅に、不安はくすぶり続けていた。

 

…………

 

………

 

 

「押さないでください! 順番に順番に! 落ち着いてください!」

 ヒーローの悲鳴にも近い制止が木霊する。

 今にも暴徒と化しそうな集団を、辛うじて警察とヒーローが連携して抑え込んでいた。

 市役所の中は今や混沌の坩堝と化している。

 もう人が入りきらない程にぎゅうぎゅう詰め。まるで満員電車だ。

 青石ヒカルが建国したプラントと言う国。

 その国に行くための申請手続きをしに、人々はどっと集まってきたのだ。

 プラントが実際に良い国かは、目にしたことが無いので分からない。

 だが実際に行った人が、地上に出て来ては良い国だと宣伝しているのだ。

 プラント内の実際の暮らしの様子がインターネット上にも、次々に出回っている。

 信じられない程暮らしやすく、まるで楽園のような生活が保障されているとのことだ。

「にしたってコレはやべぇぞおい」

「いや俺達だって本当は手続きしてぇけどよ」

 警備をしているヒーロー達の中にもそう言った声が漏れる。

 だが政府はヒーロー達にはいち早くプラントに渡航する事を禁止する措置を発表した。

 曰く国防力が低下して、国民の生活の安全が確保されなくなるかららしい。

「聞いたかよなんか調査したら、日本人の90%がプラントに行きてぇだってよ」

「マジかよ」

「いやほんとほんと」

「まぁでも当然だよな。だっていけば無病息災不老不死、おまけに働かなくても生きていけるんだぜ?」

「控えめに言って最高なんだよなぁ」

「いやホントまじ。こんな必死こいて働いてるの馬鹿らしくなるらしいぜ」

「あーあ、俺もプラントに移民してぇ」

「そこ無駄話するな!」

 罵声に怒声が終始飛び交う役場内。

 そこに設置してあるテレビの番組には誰も興味を示していない。

 だが次の瞬間テレビから流れだした映像に、誰もが目を奪われていった。

『内閣府より緊急の発表があるとの事です! 緊急の記者会見をただいまよりお送りいたします!

 繰り返しお伝えします! 内閣府より緊急の発表があるとの事です!』

 先ほどより役場内は静かになる。

 それでも五月蠅いと罵声がうるさく上がる。

 職員が必死にテレビのリモコンに手を伸ばし、音量を最大限に上げた。

『えー結論から申し上げますと、日本からのプラントへの出国。

 これを一時的に禁止する措置を、この場を借りて発表させていただきます』

 空気が完全に冷え切る。

 そして何処からか罵声が飛び、不満と怒りが役場の中を覆いつくした。

「これはどういう事だぁ! 説明してもらおうじゃねぇかああ!?」

「わ、私共に言われましても……」

「ふざけんな!」

 血しぶきが舞い上がった。

 感情に身を任せた市民の一人が個性を使って、職員を切り裂いたのだ。

「ヴィ……(ヴィラン)だ!」

 悲鳴が上がる。混乱が場に広まる。

 だが人がぎゅうぎゅうに詰まりすぎて、ヒーロー達も事態を把握できない。

 いったい人混みの中で誰が何をやったのか。

 まるで事態の収拾がつかない。

 おまけにプラントへの出国が禁止された。

 その事への恨みが今、国の手足となって働くヒーロー達に向けられようとしている。

「てめぇらのせいかよ! プラントに行かせろ! ふざけんな!」

「ち、違う! 私達は関係ない!」

「しらばっくれやがって! ああそうだよなぁ?

 このまま皆プラントに行っちゃったんじゃ、日本なんてなくなちゃうもんなぁー? ヒーローがヒーローで居られなくなっちゃうもんなぁー?

 だから出国停止したんだろぉ? ふざけんじゃねぇ!」

「そんな下らないことは後にして下さい! 今は……」

「ああ下らねぇだと!? 調子乗ってんじゃねぇぞ国の犬が!」

「下がって! 皆さん下がってください! 怪我人がいるんです! 命に関わるんです!

 皆さん落ち着いて……」

 怒号と混乱の中一人の職員が血だまりに沈んだ。

 早急に応急手当すれば、助かったであろう命。

 だがそれも助からなかった。

 青石ヒカルが建国したプラント。

 それは地上のあらゆる場所に混乱をもたらした。

 彼女の言う通り、それは理想の国だった。

 そして理想の国故に、人を容易に狂気に走らせた。

 存在するだけで、周囲を歪ませていく。まるで雄英体育祭の時の彼女のように。

 青石ヒカル。彼女は善行を積み上げることで、人々を狂わせ歪ませてしまう。

 血塗られた歴史が、また一つ刻まれた。

 


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