アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛
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鹿角理亞ルート 19

 見覚えのあるベッドに身体を預け、

 意識を取り戻したあとしばらく、雪姫ちゃんに声を掛けてみる。

 ともすれば長い付き合いになる彼女も、

 希の暗示から解放されつつある私が記憶を取り戻していることを察し、

 おずおずとこちらに気を使うように顔を出してくれる。

 朱音ちゃんであるとか、リリーちゃんであるとか、

 そのあたりのメンバーと同じ年であることは事実なんだけれども。

 幼少期から大人に揉まれ続けていたことも手伝い、 

 私みたいなBBAの機嫌を伺うことなど造作も無いこと。

 そうさせてしまう私の至らなさを反省しながら、

 極めてにこやかに呼びかけてみる。

 

「ごめんなさい、また倒れちゃったのね」

(絵里お姉さん……”どこまで”思い出されていますか?)

「そうね、過去に澤村絵里であったことくらいまでは」

(それ以前は?)

「ありとあらゆることを――たぶん、忘却された記憶が次々と出てるんだと思う」

 

 記憶というものが、蛇口を捻ったみたいに溢れ出してきて。

 感じたことのないような頭痛を覚えてしまうくらい。

 嘆いて投げ出して泣き出してしまいそうなほど、辛いことばかりが。

 そりゃ記憶をすっ飛ばされている部分というものが、

 私が抱えるに値しないような辛いものばかりであったのだから仕方ない。

 おばあさまのこともそうであるし、ヘイトを集めるために奔走していた事実もそう、

 やたらネットに自分の情報が流れているなと感心したのは過去の話。

 原因が自分自身であるのなら笑い話にすらならない。

 

「ずいぶん長い付き合いだったのね」

(そうですね……以前お会いしたのが初めてではないことは)

「もっとあなたは小さかったものね――ごめんなさい、我ながら見たくもない過去ばかりで」

(誰しもそうではないですか、消したい過去などいくらでもあります)

 

 雪姫ちゃんにそっぽ向かれると絢瀬絵里の死亡確率が跳ね上がるらしく、

 付かず離れないならまだしも、身体を自由に扱うという行動にさえ取らせてしまうほど、

 彼女が後悔するような選択を私は選び続けてきたようである。

 しかしながら自分が死んだであろう瞬間が記憶として蘇ってくると、

 なんとも言えない気分になってくる、ステージにある照明器具が落下してくるとか――

 

(これが最後だなと思いました、絵里お姉さんの身体を自由に扱うなど

 本来はいけないことだったんです)

「いいのよ、すべて自分の迂闊さが招いたことだから

 そのことに後悔はないの」

(ではなぜ、そんな悲しい表情をしているんです?)

「死んでみて気がついたけど、死ぬ瞬間よりも死ぬなって自覚する時間のほうが辛いからかしらね?」

(よく分かります、私も死ぬちょっと前は辛かったですから)

 

 交通事故で死んだり、崖から転落したり、

 やたら死亡する選択肢があるギャルゲーとかの主人公を笑えないほど――

 自分が近いうちに死ぬなと分かっていると、精神的にも追い詰められる。

 おそらくこの世界ではまだ何も成せていないっていうのが、

 私が一番辛く思う部分なのだと思う。

 

「――でも私、前死んでなくなかった?」

(近いうちに死ぬ予定だったので、大いなる意思のもとリセットです)

「ありがとう大いなる意思、死ぬのは辛いのよね……」

(よく分かります、この気持ち死人にしか分かりませんよね)

 

 過去に発売されたラノベで「ああ、よく死んだ!」みたいにキャラが生き返るシーンがあるけど、

 あの人達はちょっと精神的に強すぎると思う。

 死ぬほど疲弊したり、死ぬほど辛い思いをしたからこそ死んだのであり、

 よく死んだとか言ってお風呂入ったあとみたいな反応をするのはちょっと。

 

「こんなところで寝ている場合じゃない、すぐに私ができることをしないと」

(――分かりました、私も覚悟を決めます。たとえ本当に最期だとしても)

 

 西木野総合病院の個室のベッドというのは、

 外から見えないようにカーテンで遮断をされており、

 当然私からもカーテン越しには外の様子など見えない。

 だからこそ、私が身体を起こした時に待ち構えている誰かが居たという事実くらいは、

 認識していないといけなかった可能性がある。

 ただその方も、私が身体を起こしてしばらく独り言を漏らすように

 雪姫ちゃんと会話しているのをスルーしながら一段落するのを待っていてくれたので、

 厳しいことは言いつつも心根は優しい人なんだと思う。

 

「ついに耄碌して独り言まで漏らすようになりましたか」

 

 近場に真姫が居ないので、いつものクラシカルなメイド服じゃなくて、

 少々気の抜けたラフなスタイルの和姫ちゃん。

 今まで年齢不詳だの、得体の知れない怖い人扱いしてきたけど、

 実際はμ'sの二年生組と同じ年だった真姫のお姉さん。

 なお、真姫は母親違いの妹だけども、

 私の中にいる雪姫ちゃんは父親違いの妹、ドラマでも作れそう。

 

「ごめんなさい、なんだかんだ言っていつも世話かけてるわね」

「そのようにフランクに話しかけられる関係にないと思いましたが、

 ついにボケましたか?」

「真姫にも雪姫ちゃんにもお世話になっている手前、

 お姉さんである和姫ちゃんには一声かけようと思ったのよ」

 

 事情がわかっている人でさえ、おそらくなんだそれという話ではあるし、

 基本的に記憶が戻るキャラじゃない彼女からすれば、

 何故そんなことをいきなり把握されたのかだと思う。

 最初こそ驚いた表情を浮かべて、素はけっこう幼い系の女の子なのかなと

 思わず親近感が湧いてしまいそうな可愛さを発揮したけれど。

 しばらくすれば、いつもの毒舌メイドキャラを取り戻し、

 

「ふざけたことを抜かしますね――ですが、

 礼の言葉だけは頂いておきましょう。

 

 お加減はいかがですか?」

 

 年上のように扱われているから私に対しても容赦ない彼女だけど、

 基本的には目上であったり、年上の人間には経緯をもって対応してくれる。

 年上というよりおばあさんを相手するような白々しさも多少あるけれど――

 それはおそらく、照れ隠しの要素があるんだと思う。

 

「ちなみに妹はなんと?」

「あんまり絵里お姉さんに厳しくしないでくださいって」

「雪姫のように優秀であったなら考慮しましょう」

 

 雑談を繰り返しているうちに多少は調子を取り戻す。

 和姫ちゃんが告げることには、病院の体面で検査だけは受けてもらうとか。

 たしかに彼女の言う通りお金の無駄な側面もあるだろうし、

 病気だと告げられたところではいそうですかと頷く人間じゃない。

 

「ツバサさんには目を覚ました時点で連絡を入れろと

 なんどもなんども重ね重ね言われているので――」

「あいつなら事前に察してそこらへんにいそうね」

 

 ツバサ自身とも長い付き合いになるんだけども、

 彼女の弟である雪菜クンとも長い付き合いになっている。

 いかんせん私も記憶がすっ飛ぶし、彼自身も記憶がすっ飛ぶせいで、

 互いに互いをはじめましてと認識すること幾度も。

 彼を中心とした虹ヶ咲の面々にはそもそも会わないケースもあるんだけども、

 優木せつ菜であるか、綺羅雪菜として会うかは定かではないにせよ、

 どちらにせよ100%顔は合わせることにはなっている模様。

 これがギャルゲーなら私がヒロインか、彼がヒロインなんだと思う。

 しかし私がヒロインだとすると、絢瀬絵里R-18CGが誰かの手で描かれることに、

 それならまだ男の娘の全裸CGのほうが需要がありそうな気はする。

 

「お嬢様にも拡散しておいたので、おそらく翌朝には来れる方が来るでしょうね

 ――騒がしくなりそうではあります」

 

 30分もしないうちに目覚めることを予測していたツバサが来訪し、

 μ'sとかA-RISEであるとか、とにかく様々な面々が

 罵倒が7割弱、文句が2割の熱烈な歓迎を見せ、

 愚痴の捌け口と化した絢瀬絵里の見事なサンドバックぶりは、

 詳しい描写と動向については明言を避けることにする。

 ことりの絵里ちゃんに優しくしよう! という決意があまり保たなかったことは、

 後日しこたま穂乃果が怒っていたことから察していただきたい。



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