アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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鹿角理亞ルート 22

 一波乱の末エトワールに帰宅。

 私の退院歓迎会でもあるのかと思いきや、

 帰って早々善子ちゃんの送別会を行うというので、

 みんながそれ一色になっていたのが泣ける。

 ちらっちらっと、病院から帰ってきたアピールをしたら、

 そんなことより! みたいにいわれてしまい――

 見送られる本人ばかりが、いやそんなことより快復祝いをと言っていたから、

 私がこれ以上こだわるのもあれだと思い、

 率先して今までにないパーティーを開こう! と宣言。

 帰宅したときよりも喜ばれてしまって解せない思いを抱えつつ、

 あんまり歓迎している風ではないツバサや亜里沙を無理やり味方に引きずり込んだ私の手腕――

 とりあえずやりたいことをやらせて欲しい! という熱意に根負けさせたのを振り返ってみると、レベルを上げて物理でゴリ押しという言葉がよく似合う。

 巻き込まれたに過ぎないのに、いつの間にか前面に立ってイベントを取り仕切っている私の姿を見ながら、

 誰かのためにしか行動力を発揮しない、そんな誰かの言葉がやけに耳についた。

 

 

 善子ちゃんの送別会までそれほど日がない中、

 事前準備に全力を尽くしているせいでむしろ早く出ていって欲しいのではないか

 そんな主役の自虐ネタも飛び出す昨今。

 書き溜めた歌詞もそれなりの数になり、そろそろお嬢様をこちらの味方に引っ張り込めそうなデキになったかと思う――。

 個人的には花陽に歌って貰う予定の――未だにタイトル未定の曲なんかは私のお気に入りでもある。

 ツバサの消えかけのロウソクって、消える寸前が一番輝きを見せるのよねっていうコメントが気になるけど反応は悪くない。

 なお、今までろくに創作したことにない(ことになっている)と知っている周囲の面々からは盗作は良くないよって言われてる。

 ひとまず、デキが良いと受け止めて盗作疑惑にも負けない――世の中には読んだこともない作品の盗作を疑われている人もいるというし。

 

 エトワールで暇しているのが私だけになり、

 一人でいると無茶をやらかすと信用度も抜群の絢瀬絵里であるので、

 たいていは誰かしらがその監視役として暇な私に付き合ってくれる。

 その中にはμ'sやA-RISEと言った人もいるんだけども、本来敵対関係にあるはずの園田海未さんにそっくりな川澄詩衣さんも役目を担い。

 エニワプロのことはだいじょうぶかと問いかけたら、その人は作詞に集中できる環境にあるから平気だそうで。

 ずいぶん問題を抱えてしまったみたいだけども、手助けをしてくれる誰かがいてくれて本当に良かったと思う。

 本来自分もその役目を担いたかったけれど、その考えは分不相応。

 彼女が望む通りの敵役として前に立ちはだかりたいところではあるけれど、よれよれになったら理亞ちゃんに任せる。

 ひきこもってばかりだという希の頬もひっぱたいてやりたいところだし、おちおち死んでもいられないところではある。

 

 朝食でも作ろうかと人気のない建物の中を歩き、

 誰かいるなあって思ってリビングに入ると――真姫が泣いてた。

 

「え、あ、真姫!?」

 

 意外と涙腺が脆い真姫ではあるけれど、

 私の前で泣くのはたいてい酔っ払っている時だったから、

 朝から素面だろうし、静かに思い出にふけるように泣いているという姿は

 自分の中でかなり衝撃が激しかった。

 冷蔵庫に何が入ってたかそれによって朝食は流動的に――

 とかいう考えはものの見事に吹っ飛んだ。

 

「絵里? ――ああ、ごめんなさい、私泣いてたんだ」

 

 役作りであるとか、演技で涙を流す場面というのも、

 演じることが本職にある彼女には当然存在する。

 それでもなお、涙を流している自分自身にすら気がつかず、

 なにかに没頭している姿を見て、私は羨望の気持ちすら抱いた。

 自分自身の、ある程度頷ける能力の高さはある。

 往々にして手痛いしっぺ返しが来るという点を除けば、

 私が何事にも対応できる器用さというのは存在している。

 それが、何事にも一生懸命になりきれない私の弱点でもあり、

 穂乃果や海未といった面々に私が惹かれる、ひたむきさであったり、

 一生懸命さであるんだと思う。

 自身を器用なタイプであると語る真姫も、

 私からすれば一生懸命でかわいい後輩である。

 なんとも言えない反応をされても、それは変わらない。

 

「みっともない姿を見せてしまったわね」

「何か、琴線に触れるものでも見た?」

「あなたの歌詞を見ていたわ、繰り返しね」

 

 あまりの出来の悪さに嘆きたくなった――などといわれれば、

 涙目になって俯くくらいしか選択肢が取れないけれど。

 多少なりとも、真姫の心を動かすことができる創作物を作成でき、

 ループ現象に巻き込まれてる雪姫ちゃんであるとか、

 リリーちゃんには申し訳ないんだけども。

 ツバサに導かれてベストセラー作家になった経験が活かされてよかった。

 逆恨みされて刺殺される結末はできれば活かされないでいただきたいけど。

 

「なんでしょうね、これを花陽が歌うというところがぐっとくるわね」

「いい曲名が思いつかないのよね、感情が入りすぎてしまって」

「にこにこナースでレベルでなければいいと思うわ」

 

 最底辺と比べられても私としては苦笑いしか浮かばない。

 なんとなく弛緩した空気が流れ始めたので、

 これから朝食だけどなにか食べる? って尋ねたら、

 トリュフとフォアグラとフカヒレがいいというので、

 そんなものが冷蔵庫の中に入っているわけ無いでしょって言いながら――

 

「え、あ、真姫……ネタ仕込んだ?」

「主人公の子種は仕事上よく仕込まれてるけど、

 あいにく他の人の冷蔵庫にネタは仕込まないわ」

 

 とんでもない下ネタを織り交ぜつつ、礼儀知らずな側面はないアピール。

 常識が多少ない部分には頷いてしまうけど、

 真姫の言葉通りわざわざ世界三大珍味を冷蔵庫に放置などしないと思う。

 過去に同居していた際に絢瀬姉妹の家に自身のものをたくさん放置していた記憶があるけど、

 彼女自身も成長したんだろう、おそらく。

 

「食べたい?」

「食べたくない」

 

 フカヒレはともかく他の食材は調理をしたことがないし、

 許可も取らずに食べてしまうと、弁償しろと言われた時に困る。

 酔っ払ってでもいれば、わかった出す! とかいって吐き倒してもいいけど、

 これが亜里沙の所有物だったりすると、

 ハラワタをぶちまけろぉ! とかいって殴られかねない。

 

「軽いものでいいわよね?」

「軽いオリモノでなければいいわ」

 

 先ほどから西木野真姫さん下ネタが激しいけど、

 キャラ作りの結果? あと、オリモノ方面のネタは

 絶対に異性に受けないから止めたほうが良いと思うの――。

 

 

 仕事を蹴ってまで私の面倒を見に来たというとんでもない事実を知らされ、

 なんとかできないのなんとか! って言ったら、

 鎌倉の方でトークイベントがあって! でも絵里のことが心配で!

 といわれてしまい、ついつい後先考えずにわかった! できることならやってやるわ! と豪胆に宣言。 

 それが最初から私を誘うための手段であり、 

 見事に真姫の手のひらの上でコロコロ転がされてしまったんだけども、

 いちおう私としても過度な運動は無しでとか、

 悪目立ちはしないようにという条件は付けさせて貰えたのでだいじょうぶ。

 事務所所属のアイドルではあるので、亜里沙とかに話は通してあるのかと尋ねたら、

 もう既に私の仕事として真姫とのイベントが組まれていた。

 少しだけ嫌な予感がよぎるのは、真姫が普段の名義として使っている名前ではなく、

 あやせうさぎとしての活動であるという点だけ。

 よもや、そんな大事にはなるまい――会場まで電車とかで移動というのも、

 高校時代みたいで楽しい――期待を抱かさせる旅路になんとなく胸躍る経験をしながら、先ほどからこれから起こることが楽しみで仕方がない。

 そんな顔をしている真姫を眺めながら、仕事が楽しいっていうのは良いことよね

 などと迂闊過ぎる感想を抱きつつ――

 

 

 古都鎌倉。

 アジサイの季節が近いだけありあたりには観光客で溢れていた。

 人がたくさん歩いている観光地というと、修学旅行を思い出す。

 高校時代は沖縄に行ったため希が大きかった(感想)という思い出しかないけど、

 中学時代は京都に行ったので、やたらテンションが跳ね上がったのを記憶している。

 神社仏閣寺院というあらゆる古来からの建物に感動し、

 インスタントカメラを手に歩きまわったので、

 日本語が上手な外国の女子高生(当時の私は中学生)が可愛いと一部で話題になり、

 やたら高度な撮影技術を身に着けたのは、いい景色をおさめたかったからかもしれないと思う。

 今はスマホでお手軽に撮影することもできるけども、

 やっぱり私は一眼レフとかインスタントカメラであるとか、

 撮影している感がするカメラで写真を取るのが好き。

 おそらく形から入るのが好みであるんだと思うし、好きや憧れをそのまま行動に転化することができるんだと思う。

 上達は模倣から始まる部分もあるし、上手くかち合えば今からでも新しいことを始められるかもしれない――

 などと急にテンションが跳ね上がった私は、カメラないのカメラ!

 と、人の波に多少うんざりした感のする真姫に声を掛け、

 やたら迷惑そうな顔をする彼女に構わず、見つけたインスタントカメラで

 景色や建物を撮影し、多少憤慨の様相を呈した真姫に仕事に行きましょう? と怒られるまでバカ騒ぎは続いた。

 

 収穫もあった。

 仕事に行くまでの道中にタクシーで行きましょうと言う真姫を

 わかったわかった歩いていきましょうと聞かせる気もない理論を元にゴネて抑え、

 同じ景色を撮影するのは5分以内という条件はつけられたものの、

 道中でやたら琴線に触れうる景色にめぐり逢い、

 すごい! すごい! もっといいカメラないのカメラ! 

 ないからさっさと行くわよという真姫をなだめ、

 きゃーきゃー言いながら撮影していると、

 建物の中から出てきたと思しき髪の毛の長いおしとやかそうな女の子が出てきた。 

 邸宅の門前で騒ぐ金髪にヤキを入れに来たのではなく、

 父親と喧嘩して飛び出したところに私たちと遭遇したみたい。

 名前は桜坂しずくちゃん。

 過去に優木せつ菜ちゃん(生徒から正体バレバレ)と同じ虹ヶ咲学園に通い、

 どす黒い発言と中須かすみちゃんとの喧嘩は日常茶飯事。

 初対面ではないのに過去に初対面みたいな対応をされたことから、

 私の認識度というものをちょっと疑いたくなる側面はあるけど――

 現在中学3年生ということもあり――

 かどうかはわからないけど、素でもおしとやか、

 性格も穏やか、大和撫子という表現が的確なお嬢様。

 何故このお嬢様が年齢の変遷により、

「穂乃果さんのことをホノカスと呼ぶ表現を見ましたが、

 中須かすみさんって、なカス カスみって言いますけど

 なんか悪いコトしたんですか?」

 とか言う毒舌を披露するお嬢様になるかと思うとちょっと怖い。

 お嬢様だけども、演劇を嗜んでいるらしく、

 演技人としての西木野真姫も知っていたことが赤毛のお嬢様の好感度の跳ね上げ、

 私そっちのけでしずくちゃんに絡んでいる。

 だが、私も真姫もここでチョンボをやらかす。

 基本的に年齢層が上のイベント(18歳以上対象)に、

 中学3年生のお嬢様を参加させてしまうこと。

 彼女のおつきの使用人さんに、お嬢様のことをよろしくお願いします――

 などと涙目でお願いされたにもかかわらず――

 真姫なんかは必死になって必ずや立派な子に育ててみせます!

 とか言ってたけど、あなたの子じゃないけど。(私の子でもない)

 観客男性率98%というなんとも言えない会場に――

 なぜあやせうさぎのイベント会場に絢瀬絵里が呼ばれたのか、

 深く考えずに付いてきたことと、

 それよりも断然――やっぱり、なんていうか。

 イベント参加者が基本的にエロゲーに出ている人や

 それに準ずるスタッフばっかりのステージに中学生っていうのは、

 やっぱりほんとう、殴られても文句を言えないかもしれない。

 しずくちゃんが憧れるという星空凛あたりには。

 

 会場に到着してからしばらく、

 エッチなゲーム出続けて25年近く、芸歴40年近いベテラン声優の方にあいさつに行くというので、

 もう既に会場の空気に赤面しているしずくちゃん共々留守番しようとしたんだけど。

 どうしてもついてきて欲しいとお願いされ、

 真姫が顔出しが出来ないのでステージに立つ代理として呼ばれただけの私が、

 何故あいさつをしなければと疑問には感じたんだけども、

 横に広い芸能界において、人間関係の繋がりは思わぬ結果を招くこともあるからと自身を無理やり納得させた。

 旦那が超有名声優だからサインが貰えるかも――

 としずくちゃんも引っ張り出すことに成功し、

 控え室と書かれた場所のドアの前に立つ私たち。

 

「いい絵里、司令に顔を見せたら、おはようございますトキミおばさんっていうのよ?」

 

 あまりに長くエロゲーに出演し続け、

 あらゆる声優が年齢ゆえに成人向けゲームを引退していく中、もう還暦も近いというのに未だにヒロインとしてキャスティングされている人。

 新人時代から演技力と声質が据え置きという

 ディスってんだか褒め称えてるんだか分からない評を聞き、

 おばさんというのも業界関係者が使う常套句みたいなもので、当人も受け入れてるんだろうということにした。

 なお、司令というのはヒロインとして出演しつつ音響監督もこなす多彩さを備えての褒め言葉である。

 指摘が的確であるといった部分もあるのかもしれないけど、

 当人の演技力に活かされることがないのが玉に瑕――

 そしてドアを開いて、おはようございますと挨拶をしようとして固まる。

 隣にいるしずくちゃんも固まっているので、

 自分の見ている光景が現実であるという認識をする。

 年齢が私の二倍近くだと聞いていたし、

 人間は年を重ねればお年寄りと呼ばれる外見に近づくと認識していた。

 それに反するのは吸血鬼か荒木先生くらい――

 美魔女という言葉では生ぬるい、しかしロリババアと呼ぶのも憚られる――

 例えるなら、女子高生声優が新人として出演していて

 目の前にいる人が還暦というのは真姫の大嘘であるといわれたほうが信じられる。

 

「ほら絵里、あいさつ!」

 

 真姫に肘で突かれ、目の前にいる人が真姫の言っていた司令であると思い、

 旦那さんの声は幼少時からアニメで聞いているのにとアホなことを考え、

 多少テンパった私は新人のイメージで高らかに

 

「おはようございます! トキミおばさん!」

 

 と言い放ち、

 お腹抱えて笑いだした真姫と

 私と仕事がしたいばかりに呼んだは良いけど、

 亜里沙に申し訳ないことをしたと後に述懐するヒナの凍りついた表情を見、

 あ、やらかしたなって思ったころには司令が手にしていた扇子が額に飛んで――

 

 

 年齢はどうあれ、女性相手におばさんと呼ぶことは死を招くと学んだ私と、

 演技者として長年ご飯を食べることに対しての心構えをお嬢様に仕込んでいる司令。

 その発言を一字一句も逃すまいと真剣に聞いているしずくちゃん。

 私に蘇生処理を施した後にイベントの説明をしだすヒナ――

 なお、策略を果たした真姫は端っこの方で正座させられてる。

 

「孫娘が世話になったようですね?」

「はい?」

 

 別に彼女が倉橋の戦巫女だからというわけではなく、

 過去に私と対面したこともある(理亞ちゃんをジャギと例えた)

 天王寺璃奈ちゃんの祖母でもあるらしい。

 なんと彼女は常に記憶を引き継いでいるらしく、

 早く孫を未来に進ませて欲しいとお願いされてしまうと私は苦笑しか出来ない。

 長かれ遠かれ、このけったいなループ現象も今回で私の命運が尽きて終わりだろうし、その結果何が残せたというわけではないけれど。

 今度お孫さんに巻き込んでしまってごめんなさいと謝りに行くと言ったら、

 理亞ちゃんと共々でお願いと言われてしまい、よもや喧嘩になることはないだろう――

 

「でも、ほんとう、孫が未来に大役を担うことを考えると、

 今日あなたと私が顔を繋いでおいてよかったですね」

 

 ――司令はべつに未来を見通しているわけではないよね?

 

 

 男性比率9割以上というステージに立つというのは、

 人生において中々存在しない。

 自分を応援してくれる存在がたいてい女の子であるというのも手伝い、

 あやせうさぎイメージ図として多くの野太い歓声を受けている私。

 エッチなゲームに出ていても顔出しが平気な人というのはいるけれど、

 いかんせんμ'sとしての知名度や全年齢向け作品の出演履歴、

 果てにはコスプレイヤーとしての活躍も手伝い

 バレバレではあるんだけども、お約束としてあやせうさぎ=西木野真姫は秘密ということになっている。

 それでもファンと交流する機会があれば良いよねと言う話で、

 ヒナ真姫という二人は盛り上がり。

 どうせなら、あやせうさぎとして絢瀬絵里をステージに立たせれば面白いのでは?

 と酒の席に話題になり、それが現実になることはないだろうとヒナも真姫も

 同席していたスタッフの皆さんも考えていたそうなんだけども。

 アイドルとして前面に立っての活躍は体力的にも無理であるけど、

 なんとかして理亞ちゃんの力になりたいという無茶振りを亜里沙にし、

 簡単に有名になれる方法ないかなあツバサー ねぇー聞いてよー――

 という私のうかつな発言が、この罰ゲームみたいな知名度向上作戦のきっかけになってしまった以上、

 イベント本番まで私には内密であったのは何も言うまい。

 

「ええー、本日はあやせうさぎさんに登壇いただきましたー!」

 

 声質が永遠の17歳教のとある有名声優に似ているおかげで、

 ヒナはヲタのみなさまから絶大な人気を誇る。

 容姿が優れているクリエイターという部分でも知名度があり、

 ライブイベントを開くと本業の人よりも観客が集まると評判。

 さすがにアイドルクラスに可愛い真姫であるとか、

 ベテランとして活躍する司令(顔出し可)には敵わないものの、

 いちおう立場としては一般人であるので、集客率は驚異的と表現しても構わないのではないか。

 ステージに立つのは好きではないという彼女も、私を晒し上げたことに罪悪感を覚えているのか、

 めっちゃ愛想を振りまいている、さっきまで憂鬱そうにすっごい嫌なのだって嘆いていた人と同じとは思えない。

 

「それに皆さんご存知ですね! 司令です! 司令!」

 

 司令に向かってあらゆる観客の皆さまがババアババアと大きな声を上げる。

 オバサンは禁句でもババアは事実なので平気らしい。

 なお、私はマイクは持っているんだけど発言権はない。

 司会であるヒナが色々聞いては来るけど、控え室でマイクを握っている真姫が答えるという流れ。

 質問事項はファンから募集された内容ばかりというのが一抹の不安を覚えるんだけども、真姫と一緒にしずくちゃんもいることから下手なことは言わないはず。

 しかしながら、何故私が元キャラである桜井綾乃のコスプレをしているのか、

 あらゆるスタッフが似てますよ! すごいですね! と

 持て囃してくれたけど、元ネタが私なんだから似ていて当たり前である。

 

「えー、最初の質問、スリーサイズはなんですか!」

「上から71 54 74でーす!」

 

 隣で素っ頓狂な声を出しながら応える司令。

 テメエじゃねえー! 引っ込んでろババア―! と観客からは大歓声。

 最初からセクハラな質問事項である故に、

 そういうのが平気な人が答えるというお約束の流れではあるんだけども、

 中にいる真姫が割とそういう質問でも平気な人(コスプレ界ではよくあることらしい)なので、

 

「恥ずかしいけど、高校時代のプロフィールなら答えまーす!」

 

 マイクを通じて垂れ流される台詞に観客は大歓声。

 真姫がいちおう、新人が雨後のたけのこのように出てくる声優界に置いて、

 もはやベテランの域に達しているアラサーと言えども、

 私の隣の人が還暦寸前である故に盛り上がり度はパない。 

 

 

「上から88――」

 

 高校時代の西木野真姫ではなく、絢瀬絵里のプロフィールを暴露されそうになり、

 思わず真姫の方を向いて叫びそうになったのを、

 思わぬ事態察した司令であるとか、ヒナが飛びかかって抑える。

 ステージにいる面々が、もんどりうってる金髪ポニーテールを抑えているのに

 会場では悠々とプロフィールの暴露が続いている。

 中の人が別枠にいることはみんな知っていても、

 最初から目立つ格好をしている金髪が発言を無視して暴れまわる状況に

 会場の空気は笑って良いのか、ブーイングをして良いのか戸惑う声ばかりになった。

 しかしながら、その状況を打開したのは他ならぬ喋っている彼女であり。

 

「まあ、冗談はおいておいて、今語った高校時代のその人っていうのは

 けっこうすごい人なんですよ?」

 

 動きを停止させる私に、なんかエロゲーにありがちな

 涙腺を刺激するようなBGMが流れ始めた。

 スタッフGJ! と観客さんのフォローも手伝い、

 話だけは聞いてあげようじゃないかと思う。

 

「彼女は高校時代の自分を黒歴史であるとか、

 言うのも恥ずかしいと語ることもありますが――

 

 はっきり言って、高校時代の彼女を恥ずかしいと思っているのは、

 他ならぬ彼女自身だけです」

 

 怪訝な表情を自分が浮かべているんだと思う。

 簡単に言えば素直になれずに問題を起こしたのであって、

 穂乃果を中心とした他のμ'sの協力がなければ――

 少なくとも生徒会長絢瀬絵里はオトノキを廃校に導いていたかもしれない。

 

「今ここにいる栗原陽向さんと交流を果たし、

 間接的にUTXとオトノキが顔を繋げられる下地を作ったのは、

 他ならぬ、絢瀬絵里さんの業績なんです

 ほんとうなら、私たちμ'sのメンバーは絵里に感謝しないといけない

 綺羅ツバサさんがμ'sに興味を持ち、結果的に交流を果たし、

 SUNNY DAY SONGを中心とした秋葉原のイベント、

 ――海外での公演、それだって外国語が堪能であるメンバーがいなければ、

 そもそも呼ばれたりなどしなかったんです」

 

 やめてって言いたかった。

 そんなに私のことを褒めたりしないでって言いたかった。

 自分に自信がない私であるからこそ、

 褒められるよりも貶されたほうが力が出るし、

 凛やことりがそれを理解して私に厳しくあたっているのは知っていた。

 持ち上げられれば疑いを生じてしまう人間だったせいで、

 本当にみんなは私という人間を持て余しているんじゃないかって――

 

「だから、いつか、絵里が――

 μ'sのメンバーのことを気にせず前に進む日が来て――

 もう大丈夫だよって言う日が来たら――

 

 ネタバラシをしようと思ったんです。

 絵里を悪く言う人間なんて、絵里の知り合いの中ではいないって

 全部全部思い込みで、この”世界”は優しさで溢れているって

 

 でも――

 次の誕生日に計画されたこのエピソードを――

 ど、どうやら……ど、うあぁ……やら……

 絵里は迎え……られそっ……に……ないからっ……!

 ひとあし……はやっ……く……

 ドッキリっていう形で……つたぁえ………たかったから……!」

 

 気づいてしまった。

 朝方なんで真姫が涙を流していたのか。

 凛が一度私に言っていたことがある。

「絵里ちゃんの前以外で真姫ちゃんが感情を表すことって本当に少ない」

 なんて。

 私の妹分みたいな真姫が、

 業界人からクールで冷静沈着でややもすると冷徹な印象を受けてるって、

 とても信じられない話。

 花陽もとある出来事の末に真姫からこっぴどく叱られた話も、

「真姫ちゃんがあんなになって怒るんだから、私は間違ってた

 正しいと思いこんでた――ごめんね。絵里ちゃん」

 私からすれば事実であり、花陽の言葉には正しさしか感じなかったことも――

 他のμ'sの面々からすれば間違っているということがあるんだって

 ――私はほんとうに、バカな子だ。

 そして冷静に見ると観客の中にダイヤちゃんや鞠莉ちゃんの配下の人たちが混じってる。

 もしかしたら、偶然巻き込んだと思しき桜坂しずくちゃんも全てを承知して――

 

「ごめんなさい絵里……感極まって台本すら……読めない私を許して

 ほんとう、プロ失格ね……後は任せたわ、穂乃果」

 

 おそらく、何も言えなくなってしまうくらい涙を流している真姫が見えて、

 でも、実際に私の瞳に写っているのは、紛れもない穂乃果で。

 

「絵里ちゃん」

「穂乃果……いつから?」

「昨日は桜坂しずくちゃんの家でパーティでした」

 

 ずるい。

 

「絵里ちゃんには謝らないといけないことがたくさんあります」

「なぜ? 別にあなたに謝って貰う必要なんてないわ」

「私のせいで、絵里ちゃんは高校入学以前から廃校を何とかするために

 頑張っていたのに――私のせいで――

 その事実が遠く霞んで行ってしまった」

 

 結果が出なければやっていないのと同じ。

 行動せずにいて、心配だけしていた私が廃校を回避するために

 活動を続けていたなんて語るのはおこがましい。

 たしかに私をきっかけにしてμ'sが上手く行った要素もあるのかもしれない。

 それでも私は――私のせいでμ'sが上手くいなかった事実を後悔せずにはいられないんだ。

 

「本当は、μ'sの足跡を辿った話をアニメにするって話が出たとき、

 私はちょっとだけ、自分自身に得をすることがあるかなって頭をよぎった

 止められたんだよ私は――アニメの作成自体を。

 でも止められなかった。

 μ'sのことをたくさんの人が知って、また、みんなで……9人で活動できるかもしれないて思ったら、その可能性を捨てきれなかった、

 もうμ'sは終わりにしようって思ったのに、μ'sである自分にこだわってしまった

 ごめん絵里ちゃん」

「ふざけたこと言わないでよ!」

 

 感情が爆発した。

 みんながみんな自分のことを悪い悪いってばっかり言って

 本当に悪いのはいったい誰なのか!

 

「ええ、私はあいにくだけど死ぬみたいよ、

 でもまだ死んじゃいないのよ!

 まだこれから――! 誕生日だって迎えられると私は思ってるわよ!

 勝手に――! 勝手に殺さないでよ!

 もう、会うのが最後みたいに……今生の別れみたいに接しないでよ!」

「私だって嫌なんだよ! 絵里ちゃんとお別れなんかしたくないよ!

 ――でも、もう――分かっちゃうんだよ私には――

 絵里ちゃんの体が保たないって……分かっちゃうんだよぉ……」

 

 身体がぐらりときた。

 少し感情を吐露しただけで最近はすぐにガタがくる。

 すでにヒナに自身を支えて貰っているという情けない姿に

 私が私に失笑してしまいそうだけど。

 

「穂乃果……忘れないでよ……」

「え?」

「私って諦めが悪いのよ……だから、こんな……

 ごめんヒナ、ちょっと座らせて」

 

 力なく倒れそうなのをなんとか踏ん張って、

 なんとか床にお尻をつけて体育座りみたいな格好をする。

 ネタバラシは済んだからなのか、私の背後には音もなく

 黒澤ダイヤちゃんが近づいてきて、久しぶりの感触と言いながら

 胸をもみ始めたけど、シリアスな場面なのでスルー。

 そこは支えなくてもいいのよとツッコむ気力はない。

 

「まだ私は、μ'sが9人揃って活動できる機会があるって信じてる」

「ちょっと動いたらへばっちゃう絵里ちゃんなのに?」

「諦めるのは簡単じゃない?――でも、諦めちゃったら、

 みんなで活動する機会の可能性すら失っちゃう

 私は――それこそが嫌なの

 

 たとえ、100%に近い確率で私が死ぬとしても

 それが近い未来だとしても――

 どうか忘れないで穂乃果――あなたが言ったのよ?

 

 高坂穂乃果は諦めないって、必ずオトノキの廃校を防いでみせるって

 そんなあなたに私は惹かれたの――」

「絵里ちゃん……」

「それからダイヤちゃん」

「作業は抜かりなく、私のこの両手に残る感触も抜かりなく」

 

 この会場に集っている面々が、私を持ち上げるために集ったと知って

 とある女の子が背を向けて走り出したんだけども――

 どうやらその子の姉であるダイヤちゃんは全てお見通しであったらしい。

 

「心残りではあるの、ルビィちゃんには伝えたいことがあるから」

「――わたくしの不肖の妹が世話を掛けます

 本来ならば不出来な姉がしつけなければなりませんのに」

 

 この調子なら日が変わるくらいにはなんとか目をさますことができそう――

 まあ、仮に少し長くなったとしてもよっちゃんの送別会までにはなんとか体調は整えたいところではある。


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