アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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鹿角理亞ルート番外編 没ネタ りんぱなのなわとび製作日誌

 絢瀬亜里沙ちゃんがμ'sの一員になってからしばらく――

 そう”認識”しているのが、私と穂乃果ちゃんだけであることに心苦しさを感じつつ。

 絵里ちゃんがどこか遠い場所に行ってしまってから平穏な日々を過ごしていました。

 

 そう言ってみると、すべての困難の原因が絵里ちゃん由来であるようではありますが、

 実際にそうであると言っても過言ではないように思います。

 この世界に由来する問題のほとんどが解決されないのは、絵里ちゃんと関わりがあると言っても

 何ら過言ではありません、彼女がどうにかすれば問題が解決するわけでもありませんが。

 

 そもそも問題が解決する素振りすら見せないのは、

 絵里ちゃんが問題をややこしくしているのではなく、問題を解決しようとすると、

 絵里ちゃんに何かしらの問題が降りかかる故にみんなが悩みだすからです。

 何かしら問題を解決しようとすれば、誰かしらに問題が降りかかり、

 それは誰しもに避けられない事象であるということです。

 問題が解決に進んだところで新しい問題が眼の前にそびえ立ち、

 問題の解決などすべてが終わるほかないと私は考えるのです。

 

 暗いようではありますが、暗く考えねばならぬほど、

 私たちの目の前には問題しかありません。

 

 絵里ちゃんがいない今、問題の解決にあたって、

 問題の”責務”を、問題が巻き起こす”トラブル”を受け止める人がいないことを

 私は不安に感じてしょうがないのです。

 それはまだ、喉に刺さる魚の小骨くらいの小さなものですが、

 誰しもが感じうる違和として、誰しもが抱える問題として、

 誰しもの前に立ちふさがる高い壁として。

 それは今現在Aqoursの一員である黒澤サファイアちゃんも、

 もう既に自身の抱えている問題が何をしても解決にはあたらないと自覚しつつも、

 前に進んでいくほかないとヤケになっていることから察せられます。

 

「今日は確か……理亞ちゃんがツバサさんと共演するイベントがありました」

 

 史上最高のスクールアイドル――なるものがはたして、

 誰しもが目指し理想のアイドルの姿であるかは私にははかりかねる部分があります。

 Aqoursは現在世界最高峰のアイドル、まるで誰しもがおよびつかない、最高、最大、最新――

 とにかくまあ、ポジティブに表現する言葉を散々並べ立てても素晴らしさを表現できない、

 そんな世界最高峰――絵里ちゃんの語彙の無さを笑えません。

 Aqoursは全世界誰しもが憧れる、絵里ちゃんが言うならばとてもハラショーな

 そんな、完全無欠、理想の体現者、憧憬の的――

 

「そんな神に挑むアイドル……ツバサさんは絵里ちゃんがいなくて……

 もう誰にも止められない”善子”ちゃんもわかっているはず、

 それでもなお放っているのは、脅威を感じていないから? 

 それとも、ツバサさんですらどうにかなると認識しているから?」

 

 例えようのない焦燥は、普段は見ない、サイレントモードにしてあるスマホを手に取り、

 ついつい画面を覗いてしまうことに現れました。

 私がかろうじて小泉花陽であることを保っていられる安堵感、

 私が独断行動することによって、誰しもを巻き込まず問題を解決できるかっていう優越感、

 なにより、親友の凛ちゃんを、幼なじみの凛ちゃんを、大事な凛ちゃんを――

 ありとあらゆる凛ちゃんに対する問題を解決にあたる自分自身が絵里ちゃんみたいに――

 絵里ちゃんであるみたいに、私が常に憧れて理想としてきた、

 絵里ちゃんみたいになれる可能性があると、そんな認識が

 私がかろうじて壊れずにいる唯一の支柱であると言ってもいいでしょう。

 

「その認識がすでに、もう私が私でない、

 そういうことなんだろうね……ごめんね……真姫ちゃん、凛ちゃん」

 

 独り言のようにつぶやき、スマホの画面を覗き、

 凛ちゃんからの着信を観、なんどもなんどもかかってきているのを認識し、

 普段は諦めるであろう、意固地な頑なさを溶かす感情を覚え、

 観ないと思っていたメールの内容を見てしまう結果を招いたのでした。

 

「旅行……?」

 

 

 売れっ子芸能人である凛ちゃんが仕事がないから旅行でも行きたい――

 などということは問題の発生を私に知らせるものであると言ってもいいでしょう。

 それが虫の知らせであるかのように思えるのは、絵里ちゃんやツバサさんを追いかけてきた、

 彼女たちのファンである自分自身のヤマカンであると言っても良いのかもしれません。

 私には第六感――絵里ちゃんやツバサさんみたいな、確実に起こりうる問題を

 着実に予測する性能の高い感覚は持ち合わせてはいませんが、 

 それでも凛ちゃんのことだけは、凛ちゃんに降りかかる問題だけは、

 私にはわかるのです、”全世界の誰しも”が分からずとも、私だけは。

 

「凛ちゃん」

「かよちん?」

 

 世界から取り残された――そう錯覚させてしまうほど、一人でぽつんと、

 誰に話しかけられるわけでもない、誰に声をかけられるわけでもない、

 誰に観られるわけでもない、誰からも認識されるわけでもない、

 私はいまだかつて、こんな寂しそうに笑う星空凛ちゃんを観たことがないし、

 こんな風にさせてしまったことはありません――ないと思うのです。

 思うと不安になってしまうのは、私が既に凛ちゃんを寂しそうにさせてしまったから、

 身勝手な理由で凛ちゃんを傷つけてしまったからこそです。

 もう既に膝をついてしまいそうです、絵里ちゃんは常にこんな苦しみを味わってきたのでしょうか。

 

「かよちんは……凛のことがわかる?」

「星空凛ちゃんのことで私がわからないことは、小泉花陽にとって無いと

 そう認識して貰って構いません!」

「……絵里ちゃんみたいな言い方」

「……っ!?」

 

 この世界から絢瀬絵里のすべてが消えて、感覚的にそんな人がいたと認識している人ですら少数、

 あのツバサさんですら、そのような人物が近くにいた程度の記憶しか保持していない。

 おそらく鹿角理亞ちゃんはもう少し完璧に近く記憶しているはずですが、

 どこまでかは怖くて把握できていません、亜里沙ちゃんを絵里ちゃんのように相手している以上、

 ある程度は絵里ちゃんを知ってるに留まっているのではと思います。

 だから、今まで絵里ちゃんをすっかり忘れてしまっていた、

 凛ちゃんがその人を知っているのは不自然なんです、あまりにおかしい、

 ――私がもう既に、凛ちゃんが絵里ちゃんを知っていると認識して、

 わざとそのような発言をしたことすら”星空凛”という女の子が認識している。

 

「旅行、行く?」

「行く」

 

 

 どこに行こうかという話になったとき、温泉が良いという話になりました。

 夕暮れまでには旅館に泊まりたいということになり、あまり遠出はかないませんでしたが、

 北関東の高名な温泉地、しかも駅から直通バスがでている、

 たくさんのお客様に恵まれている、誰もが凛ちゃんを知らないことがおかしい――

 だから私は気づいているんです、星空凛ちゃんと居られることが、

 もう既に長い時間、残されてはいないことを。

 

「コンビニのATMの方が優秀だった」

「お金のことなんか良いのに、知ってるでしょ?

 私が実はお金に困ってないって」

 

 手元にあるお金は少ないにせよ、私には定期的に”お礼金”がいずこかから――

 小原鞠莉ちゃんがもう既に小原鞠莉の体をしたほかの誰かであっても定期的に――

 そうなる前から定期的に私の貯金額は絵里ちゃんの数十倍――数百倍? 

 下手すると数千倍? さほど意味のあることではありません、意味がないのですお金なんて、

 そんなものでは人間の価値などひとつたりとも測れはしない。

 

「でも、これは二人で行ける”最期”の旅行だから、

 二人でお金は出そうよ”最期”だから」

「……さようならって言ってくれないの?」

「いつかまたねにはならないんだよ、歌みたいには

 μ'sが歌った歌みたいには……もう」

 

 膝をついてしまいそうなほど、私は意気消沈していました。

 暗く、闇の中を歩いているような、周囲の喧騒がどこか遠いものとして、

 夢の世界であるような、たった一人どこか異世界にでも取り残されてしまったような、

 

「だから今日は”最期”までいる、かよちんのそばに」

「……うん」

「ただ、ちょっと疑問なのは

 凛がいなくなったあと、料金は一人分を支払えば良いのか、

 それとも二人分、凛の代わりになる人がいるのか」

「私が忘れないから、凛ちゃんの代わりなんていないよ、

 星空凛ちゃんの代わりになる人なんて、この世界のどこにも」

「でも、そうだったはずの絵里ちゃんは既に亜里沙ちゃんに置き換わってる」

「私は忘れないの、忘れないから、置き換わったとしても!」

「ダメだよ」

 

 凛ちゃんは怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、

 どうしようもない私に憐憫の感情を浮かべるわけでもなく、

 ただ、絵里ちゃんみたいにしょうがないなーって、そんなふうに笑って。

 心情まで笑っているかは分かりません、ココロの中身は私には分かりません。

 そうであるとしか思えません、ただ凛ちゃんの感情を慮るとすれば、 

 しょうがないなーって言葉が一番適切です、絵里ちゃんの心情にありがちである。

 

「凛の代わりを許さなかったら、もうそれはμ'sじゃない

 μ'sは9人じゃなきゃいけない、代わりのヒトがそこにいたとしても」

「でも……」

「それはもう、絢瀬絵里の代打の亜里沙ちゃんを許してしまったかよちんの罪

 凛も、穂乃果ちゃんも――みんなの罪」

 

 

 旅館に到着してからしばらく、

 ごはんが来なかったら寂しい――そんなふうに笑う凛ちゃんの不安をよそに、

 豪華な夕食が滞りもなく届きました、予約もせずに料理が出せるなんて、

 まるで魔法のようです、食品ロスという言葉が頭に浮かびました、そんなことはどうでもいいのに。

 

「絵里ちゃんが残そうとしたもの、凛にもできること、

 まあ、作詞の才能はないから、手伝いくらいだけど」

「それは……なわとび?」

「そう、歌詞を貰ってたの、海未ちゃんから」

「……海未ちゃんが持ってたんだ」

 

 絵里ちゃんが遺すはずであったたくさんの曲は、彼女の思惑から外れ所在不明。

 理亞ちゃんやツバサさんも残された曲があるくらいしか認識せず、

 穂乃果ちゃんも――意味ありげな笑みを浮かべながら、探さなくてもって。

 あの時点で海未ちゃんが絵里ちゃんの遺した歌詞を持っていると認識し、

 いざとなれば自身が使う必要性があると認識し、

 その結果海未ちゃん自身がこの世界から消し去られても構わないという高尚な意志。

 私一人が問題を解決しようと躍起になり、問題の解決にはまるで至らなかった能力の低さ。

 何でもできると自認し、結果何も出来なかった自身。

 

「この曲、かよちんが歌うには暗いよね、

 もっと高尚に、ありがとうを伝えたい、凛は、ありがとうってかよちんに言って欲しい」

「だったら、9回言いたい、ありがとうって」

「海未ちゃんにアドバイスを貰いたいけど無理だね

 この歌詞を貰うのだって、凛だって認識されてないのに無理を言ったから」

 

 好きな人からそのように扱われることはどれほど身が裂けそうになることか、

 そしてそのような目に遭っていたことを、今の今まで私が知らずにいたことすら、

 私自身がなかったことにしたいほど深い後悔に襲われました。

 

「後悔はダメ」

「……凛ちゃん?」

「後悔するくらいなら、悩むくらいなら、動く

 凛は遅かった、でもかよちんはできる”これから”を託すのは

 凛が頼るのはかよちん、だから」

「まだ遅くない?」

「遅くない、まだできる、凛が生きている限り、

 ”ここ”に凛がいる限り」

 

 この世界に星空凛という少女がいる限り、

 そして私の心の中に星空凛ちゃんの記憶がある限り、

 まだ私は前に進み続けることができる、そう凛ちゃんが信じてくれている。

 

 たとえ私自身が私自身でなくなり私を信用できずとも、

 私を信じてくれる凛ちゃんが未だ心の中にいる限り。

 

「だから、最期まで……まあ、出来は保証しない、

 私は絵里ちゃんでもないし、ましてや海未ちゃんでもないし」

「でも、二人のことはよく知ってる――だからできる」

「それでこそ、凛の知ってるかよちん、

 いつでも頼りになる、最高の友達、幼なじみ、親友、家族――言葉に出来ない、

 本当に大切なヒト」

「……」

 

 強がりみたいだった、でも、強がりはいつの間にか、

 私自身を守るシールドみたいになった、泣かない、凛ちゃんがいなくなっても、

 私は泣かない、絶対に泣かない――

 

 

「完成度はいまいちだね」

「そうかな?」

「もっと、こー、世界名曲百選みたいなすごいのを作りたかった!」

 

 絵里ちゃんが作った草案を元に、私たちが改良を重ね、

 私は改良という言葉を使いたいではありますが、

 凛ちゃんは改悪したと思っているみたい。

 海未ちゃんと遜色なく――それはつまり、μ'sの楽曲として提供できるか、

 その点においては不満は存在しますが、

 最近では珍しくなってしまった二人の共同作業の制作物としては、

 胸を張って満足しうる結果のものを作り上げたと思います。

 

「ありがとうって部分が余計だったかも」

「ううん、かよちんの希望は叶えたい、絶対に入れる」

「少し休憩してから、もう一回書いてみる?」

「ちょっとお話してからにしよ?」

 

 即断即決の凛ちゃんにしては珍しく、問題を先送りするように笑いました。

 頭がパンクしてしまったからと彼女は笑いますが、

 ”もう一回”を行うには時間が足りないのだと、私は気づいてしまいました。

 せっかく温泉旅館に来たんだから温泉に入ろう――なんていう凛ちゃんの言葉に、

 我に返るように同意してから――。

 

 とてもいまさらのように、凛ちゃんにとって明日は存在しないんだという事実に、

 私は涙が出そうになりました。

 でも――泣かない。

 

「昔は背丈は凛のほうが大きかったのに」

「……え? そんな時期あった?」

「3歳までは! 大きかったの!」

「よく覚えてたね?」

「……ごめんなさい、嘘です」

 

 私がそういう事もあったかなと真顔で考え込んでしまうと、

 凛ちゃんが真実を知っているのではと不安になってしまったらしく、

 誤解が誤解を呼び、彼女は申し開きをすることもなく、真実を白状してくれました。

 さすがに幼少期の記憶までは私自身の記憶にも不備があるし、

 そういうこともあるかなって思ったんだけども。

 

「凛ちゃんはなわとびの記憶ってある?」

「凛としては絵里ちゃんがなわとびを知ってたことが驚きなんだけど」

「ええと、大縄跳びを小学校のときにするって意味だよね?」

 

 凛ちゃんの言葉を四角四面に受け止めてしまうと、

 絵里ちゃんがなわとびすら知らない未開の人みたいに思われてしまうけれど、

 凛ちゃんの疑問に関しては私も驚きです。

 大縄跳びを知る知らないと言うより、絵里ちゃんが大縄跳びを飛べない人の苦労を

 まるで自身の体験のように書いているというのが疑問ではあるのです。

 絵里ちゃんは私をイメージして書いたと言ってはいますが、

 どこにイメージする要素があるのか、インタビューされた記憶も、凛ちゃんが聞かれた記憶もありません。

 彼女の中で私が大縄跳びのときに足に引っ掛けるキャラと思われていたのならば、

 思わずぷんすかといつもの自分を棚に上げて怒りたいではあるのです。

 どちらかというと凛ちゃんのほうが足を引っ掛けて他の人の迷惑になったらどうしようと不安になり、

 大縄跳びは積極的に縄を回すほうをやっていたのですが。

 

「絵里ちゃんは手を引かれたい人なんだよね」

「そうだね」

 

 いつもどちらかと言えば積極的に前に立ち、

 μ'sでも、μ'sが終わってしまった後も常に最前線に立ち続け、

 誰しもが頼りにするような理想の姿の体現者だった絵里ちゃん。

 仮に大きななわとびと表現される困難があれば、

 先頭に立つより、穂乃果ちゃんや海未ちゃんの後ろに立ちたい人ではあります。

 絵里ちゃんが迂闊にも酒に酔ってしまったとき、自分は参謀タイプでー

 なんて言い放ちことりちゃんから全否定されていたけれど――

 

「……ああ、そっか、なわとびってμ'sのことか」

「え?」

「いや、妙にわたしはこわくて入れないってところが、

 リアルっていうか、一発で書きました感がするから」

「……そんなことも、あったね」

「うん、そんなこともあった」

 

 私たちが集まる機会があると、一年生組で集まる時もそうだけれど、

 自然と絵里ちゃんがっていう話になる。

 自身が動きやすいように働いてなかったという事実には彼女自身も、

 おそらく私も気づいてはいなかったと思う。

 

「大きななわとびみんなが飛んで」

「わたしはこわくて入れない」

 

 μ'sがはたして大きな縄跳びであったのかは、絵里ちゃんの頭を覗く他ありませんが、

 怖くて入れなかったという事実に関しては、私も凛ちゃんも反省する向きがあります。

 いつしか認められない系生徒会長云々の話になったとき、

 絵里ちゃんがその発言をしていないことをダイヤちゃんが驚いていました。

 似た発言はしていますが、本家本元は凛ちゃんのものまねです。

 

「凛は……私は幸せだったよ」

「ほんとに?」

「うん、最期まで傍にいてくれる人がいた、

 最期だから会わずにとも思った、周囲のみんなが私のことを忘れて、

 誰一人星空凛っていう人のことを知らなくて――

 かよちんまでって思ったら、最期は一人かなって思ったの」

「なら、どうして泣いてるの?」

「嬉しくてね、幸せすぎると、涙がでるんだよ、

 だから泣けちゃう、ごめん……」

 

 凛ちゃんが本当に幸福な気分でいられているかは分かりません。

 でも、そうであると私が信じるほかはありません。

 

「久しぶりにかよちんとお話できて楽しかった」

「ほんとう? ほんとうに?」

「うん、抱きしめても良い?」

「……ちょっと抱き心地が心配だけど」

 

 太ってしまったと言うより、肉が少なくなったと表現しても良い。

 はっきり言ってしまうと体脂肪率が上がったと表現するべき。

 体重は増えてない、まだまだセーフだと思っていても、

 でも体脂肪率だけは向上している、この感覚をわかってくれるのはことりちゃんだけ。

 

「ありがとうって思いが溢れてくる」

「……私は」

「かよちんありがとう、凛と一緒にいてくれてありがとう

 つらい思いを受け止めてくれてありがとう

 

 嬉しい、嬉しいよ、幸せだから……

 泣けちゃうんだ……ごめんね……」

 

 

「花陽さん?」

「ツバサさん」

 

 イベントに顔を出すと言いながらも急に諸事情が! とまったく説明になってないメールを出し、

 分かった行っておいでと言ってくれたツバサさんには感謝の念がたえません。

 

「黒? 黒はやめたほうが良いわ、胸が小さく見える」

「細く見えますか」

「理亞さんも似たコーディネートしているから、いやねえ、

 舞台に立つアイドルが暗く見えちゃう」

 

 理亞ちゃんはもともと、聖良ちゃんの好みで暗い系統の色を中心に舞台にて羽織り、

 どちらかというとムラサキよりもイエローの方が好きであるのを隠していました。

 絵里ちゃんのフォローで本当に一時期、彩度の高い衣装に身を包み、

 聖良ちゃんが泣きながら喜んだという話を歩夢ちゃんから聞いたことがあります。

 なお、SaintSnowとしての活動時に胸のサイズを気にしていた聖良ちゃんが

 暗い色を好んで身に着けていたことを私はよく理解できるので何も言いません、胸に秘めておきます。

 

「理亞さんは喪服と表現したわ、花陽さんも?」

「はい」

「私は……白い衣装にしてる、どうしてだと思う?」

「胸のサイズが」

「花陽さんもボケるようになったのね」

 

 白というと私はUTXの制服を思い浮かべます。

 カレーうどんを啜れなさそうという星空凛ちゃんの想像は概ね正しかった気配があります。

 スクールアイドルであることにプライドを持っているツバサさんが、

 UTXの制服と聞くと必ず誰しもがイメージする白い制服を基調とする衣装を身に着けているのだと、

 絵里ちゃんならばこんなヘマはしません、ツバサさんがなぜ白い衣装を着ているのか、

 理解しつつもボケたほうが話が進むからであえてボケるケースは多々あります。

 ――天然の部分もありますが。

 

 ボケとしては絵里ちゃんと似ていると自負できていましたが、

 その実、私は絵里ちゃんのことをなんにも分かっていなかった。

 

「死装束だから」

「……え?」

「私は近いうちに死ぬことになると思う、

 ただ一つだけ心残りがあるの――私の弟」

「雪菜クンですか?」

「そう、もし、私がいなくなって、膝を抱えているようだったら、

 殴ってでも立ち上がらせて欲しい」

「私には無理です」

「けしかけてくれればいい、いつものように

 あなたが絵里や私みたいになる必要はない、

 あなたができる、あなたなりの方法で、行動を伴ってくれればいい」

「私なりの……方法?」

「そう、あなたの行動は、あなただけにしか出来ないこと

 誰しもの行動は、その人にしか出来ないこと、

 ――簡単なことよ、やってのけなさい」

 

 絵里ちゃん相手に言うみたいに、

 命令をするようにお願いするツバサさんに私は頷いた。

 泣きそうになっていたかもしれない、辛かったかもしれない。

 でも私は前を向く、凛ちゃんと一緒に。

 

「道に迷った時、おしえてくれた――

 私を導く手はもうない、だから行く、私は絶対に――」


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