アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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鹿角理亞ルート番外編 世界最後のクリスマス

 自らの手でアイドルという職――果たしてアイドルが、

 会社員であるとか、公務員であるとか、一般的な働き先として取り上げられるに値するものなのかと私鹿角聖良は考えます。

 とにかく、長年続けてきた芸能活動を休止させ、

 月島農場にて牛や馬や農作物の面倒まで見て、

 さらには家畜系アイドルとして農場の知名度アップにまで貢献。

 テレビで拝見するような麗しい輝きを放つアイドルの方々とは違い、

 男性客の邪な視線を一点に集めるミルクちゃんがアイドルと表現するのは、

 アイドルとしてプライドを持って仕事されている綺羅ツバサ様に認知されてしまったら、

 どれほどの侮蔑的な視線を向けられてしまうでしょうか?

 ミルクちゃんという存在が家畜系アイドルと言うより、

 男性の性欲処理のための家畜であるとか、もしくは奴隷のような扱いをされていると、

 労働監督署に訴えてしまうのはどうか――などと考えたのは一度きりではありません。

 しかしそうなれば、困るのは歩夢一人ではありません。

 別に彼女一人が困るのであれば、悪魔にだって魂を売るというわけではありません。

 ああ見えて家庭的、基本的には相手を立てる、ヨイショだってしてくれます。

 肩を揉んでもくれます、色んな所をマッサージもしてくれます、

 疲れた時には入浴剤もグレードアップしますし、温泉にだって連れて行ってくれます。

 おおよそそれらの行為がミルクちゃんのメンテナンスに当てられているのであれば、

 確かに涙の一つも流れようものです。

 一緒の布団で身体を寄せ合って眠りながら、仕事の労をねぎらわれてしまえば、

 そのような扱いもむべなるものかな? と思わないでもないのです。

 

「しかし冬場になるとミルクちゃんのイベントが少なくなって良いですね

 さすがに牛柄のビキニで頑張るのは無理です」

 

 最近ギュウ・万次郎と友人関係にあります。

 たいていの牛は「お前の愚痴よりご飯を先にくれ」と言わんばかりにもぉーもぉー泣きますが、

 彼はジェントルマン――いや、乳牛であるからジェントルマンという表現はおかしい。

 いつまでもお前のそばに居てやんよと言わんばかりにつぶらな目をこちらに向け、

 にこやかな表情のままで鹿角聖良に寄り添ってくれる。

 そろそろサラリーマンの入浴剤のような、ホット一息安堵を与えてくれる存在として、

 ホームページなどにも載せてみたらどうでしょう? 反響はあると思うのです。

 ジェントルママン万次郎の心の声をやるならぜひ私に。

 

「寒いところはない? ……うん、よし」

 

 牛舎の掃除も慣れてきました。

 牛たちの糞は堆肥としても使われて栄養抜群、それなりに暖かく量もあるそれらは

 虫とか様々な生物たちのアパートと言っても良い。

 夏場は暑く、冬場は寒い山の上の農場において、爬虫類、昆虫は珍しい存在ではありません。

 都会などでは嫌われ者のゴキとかの理亞が見れば思わずとんでもない悲鳴をあげるような生物も、

 平気で足で叩き潰せるようになりました、大切にするべきは自分の感情よりも牛たち。

 私たちは農場で様々な生き物の世話を焼いているようでありますが、

 その様々な生き物の命を売り生活をしているのです。

 農場において生き物の生き死にに触れ合っているのち、

 鹿角聖良は自分自身という人間が多くの人間の――人間だけでなく、

 多くの命を頂いて生きていることを実感いたしました。

 

「そういえばもうすぐ年賀状の季節だと聞きます

 アイドル時代にはマネージャーに任せていましたが……」

 

 お世話になっているなっていないという自らの主観は差し置いて、

 今まで業務にあたっていてくれていたプロデューサーであるとか、

 マネージャーという人たちに近況報告をついでにあいさつなどをしても良い。

 ずぼら過ぎる生活で年始のあいさつすら人任せであった過去を反省し、

 来年一年を素晴らしい年にするためにも鹿角聖良としてできることはしておきたい。

 もうすでにミルクちゃん年賀状セットは1000部売れたという話です。

 正月から牛柄のビキニを着た家畜の写真付きの年賀状が配達されて嬉しいものなのか。

 そして来年の干支が牛ではないことをどう説明をするつもりであるのか。

 

「セイントムーンのプロデュースをしてくれた武内Pに、私のデビュー時代からお世話になっている赤羽Pに……」

 

 お世話になった方々の顔を思い浮かべながら、一人ひとり口に出して名前を確認。

 マネージャーの方で消息不明であるという残念な状況下にある方もいますが、

 人が流動的に変わり続ける芸能界においては珍しく、

 私がハニワプロでデビューした当初からお世話になってきたプロデューサーや社員の方は

 未だに同じ会社で働き続けています。

 顔を見せるというのは恥ずかしい側面もありますが、

 その他大勢に紛れるのは覚悟の上で年賀状の一つでも送る。

 少しでも気が紛れてくれればそれで良し、気が付かれなくてもそれもまた良し。

 

「見栄えをしっかりするためにも、ペン字は練習するべきでしょうか?

 パソコンで作成するのは味気ないですし」

 

 パソコンで年賀状が作成できるという知識はあっても、

 私がパソコンを使って年賀状を作成できるかというのは別の話。

 それぞれの方の現住所は分かりませんから、とりあえず会社にでも送っておきましょう。

 会社に大量に送られてくるツバサさまあたりのアイドルの郵便物に紛れ、

 私の渾身の年賀状が廃棄されてしまうことがあったら――少し泣くことにします。

 牛舎から抜け出し、すっかり寒くなった冬場の農場を歩く。

 広大な土地ですが、慣れれば目をつむっても自宅に舞い戻ることができる。

 距離はありますが、歩き続ければ必ずゴールへとたどり着けるもの。

 ここに来た当初はワガママに、トラクターに乗せて欲しい、馬に乗せて欲しい、おんぶして欲しい、とごねたものですが。

 農場ではカレンダーを意識することはほとんどありません。

 相手は生物でありますから、私自身がインフルエンザにでもならない限りは仕事がある。

 最初は休日が恋しかったものでありながら、今は世話をしてないと退屈。

 暗くなれば眠りにつき、明るくなる数時間前に起床する。

 テレビを見る暇などないし、ラジオなんて掛けて牛舎には入れない。

 自室にあるカレンダーが7月で止まっていて、そういえばもう年末なんだと――

 クリスマスソングがあたりから流れるようになり、

 ツリーの一つでも飾っておこうかと歩夢と話したのがつい先日。

 七面鳥であるとか、ピザであるとか、とにかく豪勢なものが食されるクリスマスも、

 こと、月島農場に限っては動物たちのお世話にあたって時間が過ぎていく普通の日。

 確かに美味しいものを食べて、温泉に浸かってゆっくり休みたいと希う気持ちはありますが、

 美味しいものもどこかで飼育された子たちの命などと考えると、すぐに仕事に戻りたくなる。

 

「とはいえ、その……恋人同士で過ごすはじめての冬であるので

 なにかイベントを起こしたいとは思わなくもないですね」

 

 恋人に贈りたいクリスマスのプレゼント(女性編)などと検索すると、

 男性相手に向けたプレゼントばかりが引っかかり、まったく参考になりません。

 かといって相手に直接クリスマスに何が欲しいかなどと問いかければ、

 イベントに向けて準備していることが早々にバレてしまいます。

 遠出をするという考えもなくはないですが、

 岐阜で行ける場所にはほとんど行ってしまいましたし、さすがに白川郷でクリスマスはちょっと。

 足を伸ばして富山に行くか、長野に行くか、それとも愛知か。

 地元の北海道に行けば豪雪に見舞われ飛行機が止まる危険性もある、

 かといって東京に行くのは人が多くてやってられない。

 千葉県にある東京ディズニーランドにでも行きましょうか?

 それともユニバーサルスタジオジャパン?

 

「……あまり魅力的ではありませんね、

 歩夢の隣で過ごすクリスマスのほうがよっぽど魅力的です

 というか歩夢のほうが魅力的です」

「聖良が気持ち悪いこと言ってる……」

 

 独り言を漏らしていると、迂闊にも歩夢に知られてしまうというハプニング。

 いつまでも牛の世話を焼いているのが心配になったらしく、

 万次郎よりも私を見て! と言わんばかり――あ、いえ、そんなことないですね。

 ええ、焼却場を舞う灰を眺める目で私を見ています。

 いつしか自分自身がすごく格好良くて、すごく好感度が高いイケメンみたいな人だと思っていましたが、

 基本的にそういう評価を下しているのは妹の理亞だけだったと身も蓋もない現実に気がつき。

 胸の大きさくらいしか特徴のない――ええ、文字通り胸を張って胸だけはあると!

 

「最近の風邪は脳に影響を与えるのね?」

 

 ドヤ顔で胸を突き出してみると、

 そんな不快な脂肪の塊を突き出すんじゃねえみたいな顔をされ、

 少し前には熱心に揉みしだくことだってあったではありませんか――と拗ねることもできず。

 病原菌によって脳内思考のレベルが下がった重病人みたいに扱われ、

 私が世話を焼かないとと言わんばかりに左腕に抱きつくようにしながら、

 ずんずんと歩きだすのを見て、なされるがままになっている私も、

 これはこれで悪くないと思うのです――扱いは悪いですが。

 

 

 ブラブラと散歩するついでに私を見に来た――などと彼女は語りますが、

 自宅から牛舎までは歩くと一時間ほどかかります。

 自宅と言っても仮設小屋みたいに住居スペースがおざなりにあるだけで、

 本宅はそこから車で30分程かかります。

 ふだんは面倒なので小屋のような場所で過ごしてしまう私も、

 たまにはきちんと風呂に入りなさい、食事もしなさい、身だしなみは整えなさい、

 と歩夢にせっつき回されます。

 ふだんは世話を焼かれているように思いますが、たまに気分が卑しくなってくると、

 これもまたミルクちゃんを高く売るためのメンテナンスなのかと疑わしい気分にもなります。

 私の操縦法を誰よりも理解している彼女は、自分がその状態になると妙に下手に出て、

 手料理を振る舞ってくれたり、入浴剤を豪華にしたり、たまに脱ぎます。

 別に私が性欲の塊みたいな、猿のような人ではないとは思いますが、

 恋人がですね、すごく申し訳なさそうにですね、私を見上げながらですよ?

 裸でですね、すごくエッチなポーズなど取ってくると、あ、ちょっと機嫌治そうかなとか、

 今ならちょっと過激なプレイでも励めそうかな? という、卑しい……ううん、イヤラシイ気持ちでいっぱいになり。

 だいたい主従が交代されます、あひぃあひぃ言うのが私の方ってことです。

 以前の垢抜けない前の理亞がよくプレイしていたやましいゲームで

 女装している主人公がヒロインにあへぇあへぇ言わされているシーンを見たことがありますが、

 今なら彼の気持ちが実によく分かりそうです、感情移入してしまいそう。

 

「紅白か……私も出たんだなぁ」

「ついぞセイントムーンでは紅白に出られませんでしたね」

「寂しい?」

「今の生活のほうがよほど尊いです」

 

 大きな邸宅の大きなリビングで摂る食事。

 二人きりであるというのが難点ではありますが、

 アイドルの時のように肩と肩がくっついて食事しあうよりも楽。

 大人数でそこにいれば良いんだろみたいな扱いをされたことも複数、

 その他大勢からセイントムーンの鹿角聖良へとジャンプアップするまでは時間がかかりました。

 前にいる歩夢も、敬愛する”二人組”ユニットA-RISEのリーダー綺羅ツバサ様も

 下積みの時期があったことを私はよく知っています。

 中学卒業と同時に上京してきた歩夢は赤羽根Pに見初められ、

 多少の苦労はありながらもアイドルへの道を順調に駆け上がっていきました。

 アイドルへの指導が苛烈を極めるPには苦労もしたそうですが、

 紅白出場歌手としてお年寄りからミルクちゃんよりもよっぽど人気のある歩夢を見ると、

 なんだか嫉妬して歯噛みしてしまいそう、彼女は人の上に立つのが上手い。

 上というか騎乗というべきでしょうか、いや、深い意味はないのです。

 

「私は運が良かった、A-RISEが人気になる前からPのフォローもあって

 多少なりとも知名度を得た、その流れで食べてこれた」

「歩夢の実力と可愛さがあってこそです、優しくて素直で可愛い、

 こんな素敵なアイドルがどこにいるというのです」

「……歯の浮くような発言は控えなさい」

「私は正直者なんです、控えません」

 

 生まれてこの方素直に自分のしたいことをしてきたかと言えば疑問ですが、

 気持ちを吐露することに限っては誰よりも素直であったと思います。

 それが良い方面で繋がることもあれば、悪い方面に行くこともある。

 悪い方面に行った部分は妹の理亞が常にサポートしてくれました。

 今でこそエス・ディー・エスというユニットでデビューが心待ちにされているアイドルですが、

 実力を考えれば私なぞ蹴り落とされても仕方がなかった。

 妹の優しさでもあり、甘い部分でもある。

 私の背中に隠れていた女の子は、いつのまにかアイドル界の中心にいる。

 妹を突き放すことは私自身の甘えをも断ち切ること。

 友人であるルビィさんや、憧れを持って接していた海未さんと対立して心配しましたが、

 私のフォローなどなくても立ち上がってくれた。もう私の助けなどいらない。

 

「理亞ちゃんのパートナー……ええと、絢瀬亜里沙さんって言ったっけ?」

「ええ、元μ'sの、Aqoursに比べればμ'sなど取るに足らないと思っていましたが」

 

 大人気スクールアイドルグループのAqours。

 今もなお芸能活動を続けているというメンバーは少ないですが。

 人気の度合いは過去のどのスクールアイドルよりも高く、

 今もなお再結成が望まれている伝説。

 同時期のスクールアイドルとして対等の関係にあったと思っていたのは私くらいでした。

 圧倒的な成績でラブライブも優勝。

 それなりに知名度があったものと思ってた私の鼻を見事にへし折り、

 常に謙虚に慎ましやかにしてくれた存在でもあります。

 スクールアイドル=Aqoursというと以前までは反論したい気持ちもありましたが、

 同時期に活動ができたと考えるだけでも胸を張れてしまいそう。

 今はまだ不遇な時期を過ごしているメンバーも……?

 

「……なんでしょう、違和感が」

「どうしたの聖良? 悪いものでも食べた?」

「あなたの手料理に悪いものなどあるわけがないでしょう?」

「え? あ、うん、それでなに?」

「いや……μ'sに居たのは、絢瀬亜里沙という名前の人物ではなかったような」

 

 μ'sのリーダーである高坂穂乃果。

 彼女のことを思い返してみても違和感がありません。

 園田海未、南ことり、東條希、矢澤にこ、西木野真姫、小泉花陽、星空凛、絢瀬亜里沙。

 各メンバーをひとりひとり思い浮かべてみると、なぜだか間違い探しをしているような気分になり、

 もっと他に――もっとポンコツで、見栄えだけが立派で、いけ好かないやつが居たような。

 

「……いたっ!?」

「もう、他の女の子の事考えるの禁止!」

「嫉妬ですか醜……あ、いえ、なんでもないんですなんでも」

 

 生じる違和感はなかったことにして。

 どうやら妙な気分に陥るのは疲労している影響もあるのでしょう。

 風邪などひいてしまっては世話をしている子達にも申し訳ない。

 世間はもうすぐクリスマス、

 良い子はサンタさんがプレゼントを持ってきてくれると信じている日。

 もう、良い子という年齢ではない気もしますが、

 プレゼントはいったい何を頂けるのでしょう? いえ、貰えないとは思うんですが。

 

 

 世間ではクリスマスだと言います。

 牛の裕次郎であるとか、馬の慎太郎、にわとりのゆうたろうの世話を焼きながら、

 これで七面鳥のチキンでも食べようものならばゆうたろうに申し訳ない――なんて思う。

 久方ぶりに我慢がきかなくなり、妹の理亞に電話を掛けてしまいました。

 近々エス・ディー・エスとしてデビューを飾ると公式サイトにデカデカと姿を見せ、

 凛々しい立ち姿を見せ、人を震撼させるようなオーラを持ち、

 常に理想として憧れてきたアイドルの姿そのままの妹を見て、

 居ても立ってもいられなくなってしまったのです。

 本来なら電話ではなくて直接会いに行きたかったのですが、

 憤慨の表情を浮かべた恋人に妹を選ぶか自分を選ぶか選択せよと言われまして、

 命の危険も確かに感じたのですが、自分自身の非も素直に認めました。

 いつまでも妹のことばかり構ってもいられない、

 それに自ら彼女を避けるような真似をしたのにいまさらおめおめと会いにはいけない。

 電話では事務的な口調で激励の言葉を送り、

 表情だけは緩んでしまいましたが、少なくとも歩夢に胸を揉みしだかれていたことは

 おそらく伝わっては居ないでしょう、伝わっても困りますが。

 

「クリスマスプレゼント……喜んでくれるでしょうか」

 

 いかんせん人生に恋人など存在したことがなかった私にとって、

 クリスマスに相手がいるという体験は初めてです。

 妹でもない相手に本気でプレゼントを選ぶという体験も初めてですし、

 リサーチをかけるなどという行為をしたのも初めて。

 妹の欲しいものならば手に取るように分かりますが、

 いくら考えた所で歩夢が喜びそうなものが見当もつかなかった私は

 悩みました、真剣に悩みました。

 あまり出来の良い脳ではありませんが、相手が喜ぶという観点のみに絞り、

 お金をかけるか時間を掛けるか選択をした結果、時間を選びました。

 睡眠時間が少ないことには慣れていますが、

 相手のことを思って不安になるという行為をしたのは初めて、

 理亞は何をあげても喜びますし、彼女のことはよく分かっていますから。

 真剣に考えるほど、相手がさほど喜ばなかった瞬間を想像し胸が締め付けられる。

 不安に陥れば作業も滞りそうになりました。

 初めてのクリスマスです、喜んでもらいたい。

 考えれば考えるほど思考の袋小路に入ってしまい抜け出せなくなりそうになる。

 

「万次郎、もしも喜んでくれなかったらどうしよう……」

 

 しかも送るのはペアリング。

 喜んでくれなかったら自らの分も封印する他なく。

 指のサイズは頑張って調べました、だいたいこんな感じで済まさず、

 寝ている歩夢の指を取り、薄暗い部屋で巻き尺を指に巻きつけて

 ココで目を覚まされたらどうしようと思いながらなんとか確認を終わらせ、

 店員さんにサイズを説明したら怪訝そうな顔をされてしまったけれど、

 おそらく同姓に結婚指輪を贈ろうとしているのが不思議だったのでしょう、仕方ありません。

 完成まで多少時間を要したのは予想外でしたが、装飾を施す余裕はありました。

 幼稚園児でさえまともなものを作れるだろうという出来に嘆きそうではありましたが、

 ――思えば一生に一度しかないのだから誰かを頼るべきだったのでは? 

 今更ながらに不安になります。

 口説き文句は未来にはもっと良いものを贈ります!  これで行きましょう。

 不出来さへの言い訳も、未来に嫁にすると予告することもできる、私は冴えています。

 

「後はタイミングですね……万全を期すには事前準備が必要

 みんなのお世話が終わったらお風呂にも入りましょう、さすがに堆肥の香りをさせてはいけません」

 

 いかんせん牛の匂いがすると評判のミルクちゃんとは言え、

 一世一代のプロポーズに牛の匂いをさせてはいけません。

 念入りにボディーソープで身体を拭い、洗髪もしっかりといたしましょう。

 この日のためにほのかに香りがするようなボディーミルクも調べ上げ購入を決め、

 髪からいい匂いもするようにヘアミルクも買いました。

 貯金をそれなりに使いましたが全てはイベント成功フラグを立てるため。

 

「あなた達も応援してくれるんですね、ありがとうございます」

 

 だいたいご飯が欲しいともぉもぉ言っているような気もしますが、

 中には本気で応援してくれている子もいると思うんです。

 乳牛にミルクを搾り取る搾乳機を取り付ける時に、痛くないですか?

 だいじょうぶですか? と言いながら作業してたら万次郎が大丈夫だとニヒルな声で言ってくれたんです。

 いかんせん気持ちがよく分かる、胸になにかつけられるとすごく痛いですし。

 できれば全国の恋人がいる方に伝えたい、胸を揉む時は優しく、吸う時も優しく。

 

「このトラクターの音は歩夢ですか、少し早いような気もしますが」

 

 農場にいる子達を世話するのは日が昇る前から日が落ちるまで。

 日が落ちるのが多少早まったとは言え、太陽を見れば正午過ぎと言ったくらい。

 お昼ごはんに美味しいものでも食べようというのならば話は別ですが――

 

「しかし、自宅だから無免許の彼女が運転してもいいという理屈は

 今になっても理解ができませんね……」

 

 公道には出られないけどと笑う彼女が

 ハンドルを持つとキャラが変わるのは私くらいしか知らない話です。

 そういう人も多いと言いますが、ハンドルを握った瞬間身体が熱くなるとか、

 テンションが跳ね上がるというのはキャラ違いではありませんか?

 そのうち露出度の高いノーマルスーツでも着てしまうのかも知れない。

 

「……到着したようですが入ってきませんね」

 

 私を呼びに来たというのであれば、勝手知ったる自宅であるから遠慮せずに入ってくるはず。

 なにかやましい事情でもあるのならば別ですが、

 むしろそのような薄暗い感情を持っているのは私の方です。

 いつペアリングを渡せばよいのか、このままお風呂にでも入れられてしまえば

 敏い彼女のことです不出来な方をなんだコレと思うに違いありません。

 多少ロマンティックなロケーションだからこそ不格好でも誤魔化せるのですから。

 しかしながらなにか不安を抱えてその状態にあるのならばご機嫌取りも兼ねて私から行こう、

 牛舎を出た瞬間、何に金を使った! などと胸ぐらをつかまれる可能性はありますが、

 だいじょうぶです、ええ、私は強い子なのでだいじょうぶ――だいじょうぶなはず。

 

「どうしました歩夢……ずいぶん暗い表情ですね?」

 

 恐怖に怯えるような、ようなというよりもなにか恐ろしい経験をしたと言わんばかりに

 表情を歪ませ、どうしようもない状況下に追い込まれているようだと。

 私の知るかぎり彼女がこのように追い込まれてしまっているのは経験がなく、

 芸能界の先輩(笑)に粗相をした時でさえ、え、あ、はい。

 で済ませていたくらいですから。

 基本的に歩夢は明るくて素直で謙虚ですが、コト、理不尽な悪意を向けられたときだけは

 良い面をかなぐり捨てても反発をします。

 

「せ、聖良……わ、私のこと分かるの?」

「はい? 誰かの変装だったりするのですか? ずいぶん上手に化けましたね」

「そっか、聖良だけは、聖良だけは私のことが……」

 

 以前岐阜というのは日本でも特に辺鄙な土地で、

 山の方に行くとネット回線が繋がらないというネタがありました。

 岐阜に限らず田舎の山の方はだいたい電波が届かないのですが、

 別に電波など届かなくても生活は出来ますし、多少の苦労はあっても生きてはいけます。

 なぜこんな事を考えたかと言うと、歩夢がスマホを取り出して

 自分の名前を検索するようにと願い出たからです。

 芸能人でしかもトップアイドルということから、

 良い評判ばかりが転がっているわけではありません。

 理不尽な評価を下されていることもありますし、正当でないもののほうが多い。

 

「……引っかかりませんね」

 

 アレだけあった芸能人月島歩夢の情報がまったく無い。

 紅白に出場して一般的な知名度も向上した彼女が、まったくただの一つも

 ネット検索時に情報が出てこないというのはありえません。

 意図的に自分の検索結果だけを器用に消している可能性はありますが、

 彼女の表情から察するに、理不尽にも自らの情報が消えているとするのが正しいのでしょう。

 それはつまり、何事かの事情によって――それも理不尽に世界から消えかけていると。

 

「聖良、変なことを言うようだけれど」

「あなたの言うことは信じますよ歩夢、私の言うことを信じてくれたように。

 たとえ世界の誰もがあなたのことを忘れようとも、私だけは覚えています

 私には何の力もありませんが、想いだけは人一倍です。安心してください」

「……朝起きた時に聞こえてきたの、こっちに来ちゃダメだって」

 

 前々から友人と連絡が取れない状況に陥っていたらしく、

 誕生日も近いからドッキリでも仕掛けられていると無理矢理に自身の心を納得させ、

 日々を不安に過ごしていたそうです。

 その不安を主に私で解消しているのはご愛嬌ではありますが、

 彼女の危機をまったく察していなかった自分にも非があります。

 そんな折、夢において会ったことも見たこともないような人がメッセージを送ってくる、

 しかも絶えず自らを強く想ってという言葉を送ってくるのだそうです。

 変な夢とは思いつつ、何度も何度も。

 

「亜里沙のお姉さんを、穂乃果さんの妹さんの雪穂も、憧れのA-RISEの優木あんじゅさんを

 私は忘れてた、同じ事務所の後輩の朝日ちゃんも忘れてたの」

「μ'sの絢瀬亜里沙は知っていますが」

「違う。絢瀬亜里沙という人は、私たちのプロデューサーなの、スクールアイドルμ'sの一員ではなく、ハニワプロのプロデューサー」

「……妹の近くに不愉快な金髪ポニーテールがいたような気はしますね」

 

 思い出して欲しいとも言われてませんが、

 なぜだか絢瀬絵里という存在だけは私の前に常にそびえ立ち、

 なにかすごいことをしたわけでもないのに誰しもから評価されている。

 自分の人生においての理不尽という表現の体現者であり、

 私自身がついぞ正当に評価をすることが出来なかった人。

 素晴らしい聖人君子こそが人の世の上に立つべき存在であり、

 私みたいな凡人でさえもいつの日か救ってくれるであろうと、そんな願いを、

 自分は何もしないけれど後はよろしくというような身勝手な理想を抱え、

 自らのおおよその行動は、たとえ罪深くとも正義の名のもとに許されるけれど、

 他人の正義は自らの意に反していれば理不尽にも責を追求する。

 自分に取り柄がないという事実を、それほど能力は高くない凡人であったという事実を、

 生まれて初めて自らの疑問として生じさせ、その問いの結果私はアイドルという立場を捨てた。

 逃避したわけじゃない、自らには足りないものがありすぎた、恥ずかしくて人前に立ってなど居られなかった。

 特にそんな私を尊敬してくれている理亞の前に立っていることができなかった。

 

「……私の逃避癖を指摘し、理亞と向き合って話し合うように言われました

 根気強く何度も何度も、そんな恩人を私は……」

「うん、聖良、この世界から消えている人が何人もいるってわかった?」

「歩夢、あなたも、あなたも、もしかして逝ってしまうのですか?」

「消えている自分を認識できなかった、英玲奈さんみたいに自分を強く保てなかった

 もしかしたら私が認識できてないだけで多くの人が同じ世界へ逝っているのかも

 ――ごめんなさい聖良、あなたを置いて逝くのは苦しいよ」

「ならばそれまでは、それまでは共に過ごしましょう、渡したいものがあります」

 

 日付が変わるまではもう少々時間があります。

 起床してからしばらく、この日が自分の最後の日であると認識しきれなかった彼女も、

 今ようやく、理不尽にも消えようとしていることを察し、

 まったく見当もつけずに明日も良い日になると良いなくらいに過ごしていた私に、

 助けを求めてくれたのです。

 万次郎たちの世話を焼けなくなるのは苦しいコトではありますが、

 恋人の最期の日だと言うのに、彼女以外の何者かにうつつを抜かすことなどできません。

 それに、私は見栄っ張りで意地っ張りであります。

 せめて彼女が逝ってしまうまで、強く自分を保つことに集中しましょう。

 

 

 久方ぶりに料理の腕をふるいました。

 理亞が根本的に料理の才能がないので、昔はよく私が手料理を振る舞っていました。

 そういえば彼女のパーソナルデータのお菓子作りは元々私の趣味でしたね。

 しかしレシピ通りに作ってもなお出来上がるものが炭素みたいななにかというのは、

 私にはよく分かりません、レシピ通りに作って品物が完成しないのであれば、

 そもそもレシピとして公開される意味が分かりません。

 

「聖良、あなた料理できたのね」

「基本的に能力が低い私も、味覚と料理の才はしっかりしています」

「ごめんなさい、あなた何もできない人だと思ってた」

「北海道には鉄人大泉が居ますから、出身者が料理が不得手なイメージがあるのも仕方ありません」

 

 以前までの私の能力の低さを考えれば、

 台所に立つなと最初から宣言されても仕方のないことです。

 なにせ私は自分の部屋でさえ横着して片付けをしない性格。

 掃除機さえまともに使えず、洗濯機を回すことが出来ず、雑巾はそれほど絞れず。

 何かをすると基本的に人の手間になる能力しかない私を

 歩夢という人間は根気よく使ってくれました、感謝しかありません。

 過去には彼女がしていたことを主に妹がしていたという事実に関しては、

 逃避してしまいたいほど隠しておきたい部分ではあります。

 ただ、人は失敗に向き合って初めて成長できるのだと――

 そんなふうに教えてくれたのは絵里さんでしたね。

 同じ失敗を繰り返してばかりじゃないかとツバサさまに言われてましたが。

 

「美味しい」

「ありがとうございます」

「もっと前から、あなたの料理を食べたかったな」

「また振る舞います、待っていてください、私も用事を済ませたら

 あなたの元に逝きます」

「まさか、人生最後の食事が聖良の手料理だとは……」

 

 私の手料理の腕は彼女を驚かせるに値するレベルであったようです。

 多少なりとも錆びついているかと思いましたが、

 過去に身に着けたものを上手く活用する力は衰えていませんでした。

 私の人生において、目立つのは自分自身であっても

 理亞や歩夢の後ろ姿ばかりを追いかけていたような気がします。

 才能もない人間が自分自身の実力を認めなければならないという状況は、

 本当に理不尽であると言わざるを得ません。

 でも、この何の取り柄もない鹿角聖良が彼女たちの恩に報いることをするためには

 自らを分からなければいけなかったんです、思い上がりを捨てなければいけなかった。

 人というのは自分を知って初めて成長できるのだと、

 教えてくれたのは絵里さんでしたね。

 その後ツバサ様に、あなたは何も分かってないと言われてましたが。

 

 

「今日は……日付が変わるまでそばに居てくれる?」

「別に日付など関係なくそばにいる迷惑な女ですよ、私は」

「私のこと忘れない?」

「世界の誰もがあなたを忘却しようとも、私はあなたを忘れることはありませんよ」

「どうしてって聞いても良い?」

「いかんせん消えないものを私の身体に託しましたからね」

 

 その、基本的に出すと言った行為しかしない場所に入れることができるというのは、 

 人生において必要な知識であったかどうかは極めて疑問です。

 彼女にはとても告げられませんが、ふだんの場所よりもソッチのほうが良かった

 と考えてしまうのは私の心が卑しいせいでありましょう。

 仮に本当に彼女のことを忘れてしまうようなことがあっても、

 トイレに行くたびに今夜のことを思い出してしまうの違いありません。

 思い出されたら歩夢はきっと私を殴りに来ると思うんですが。

 

「……来ちゃダメだっていうみんながもうすぐって言ってる」

「日付が変わりますから」

「笑ってお別れしようと思った、泣き顔なんて見せたくないって」

「……歩夢、私は笑顔ですか?」

「みっともない顔してるわ、さっきよりもよっぽど」

 

 いや、先ほどよりはいい顔をしていると思うんです。

 頬に流れている涙の量はともかく、笑おうとして変な顔になっているだけですから。

 さっきのは性欲に負けて変な顔をしていただけですからね?

 別に私の性根が元々ねじ曲がってて変な顔をしているのではないんですからね?

 

「聖良、私は笑えてるかな?」

「世界で一番美しいと思います」

「ごまかしてない?」

「愛おしく美しく、私はあなたのことをけして忘れないでしょう」

「ごまかしてない?」

「さようならというのはまたねの意味だと、かつてμ'sは歌ったそうです」

 

 私の強制モノローグのシーンであると察し、彼女は静まります。

 

「でも、その曲を元にして絵里さんは歌詞を変えました」

「彼女の前で他の女の話題出してる」

「再会の言葉なんかいらない、大事な人とはいつでも会いたい時に会えるからと」

「どういうこと?」

「ここにいます」

「……さっきさんざんもみほぐした場所に?」

「泣きますよ?」

 

 彼女が思ったよりも独占欲が強いということを承知しつつ、

 無神経な発言をしてしまうのは、言い切れない衝動と戦っているからです。

 私自身からも彼女が消え入ろうとしている。

 眼の前の人が誰なんだろうと思い始めている自分がいる。

 負けるものかって言いたくなる。

 

「想いは理不尽を覆すんです、世界の意志なんかよりも人の想いのほうが強い」

「聖良」

「たとえ、たとえ誰しもが、あなたが居なくなったと認識していようとも、私の――

 私の想いが、私の心が、あなたを忘れることはない」

「聖良」

「永遠に忘れません――永遠にです、誓います」

「……ああ、そっか、私の――私というイレギュラーは、

 本来この世界に居なかった私は、そうか、そっか、ただひとつ聖良のために」

「なぜ、今になってそんな笑顔を?」

「忘れないで聖良、たとえ月島歩夢という人が存在しなくなっても、

 その人にはその人が役目があるんだって

 必要とされる理由があるんだって」

「そんな素敵な笑みを浮かべないでください、別れが辛くなります

 泣いてください、嘆いてください、もう良いんだみたいな顔を浮かべないで

 見栄を私の前で張らないでください」

 

 ダメだと思いました。

 言ってはならないと思いました。

 

「嫌だよ」

「え?」

「いやだ……私まだ、わたしまだやりたいことが、できることが、やろうと思ってたことが

 いっぱいあった、たくさんあった、なんで、なんでこんな」

「わ、わたしだってそうです!」

「消えたくない、死にたくなんかない、逝きたくなんかないよ!

 世界の選択なんて、とてつもない誰かの強固な意思なんて!

 わたしには関係ないじゃん! そんな誰かの身勝手な理想のために消えたくなんか……

 聖良! 聖良いやだ! いやだ!」

「私は許しません、このような想いをあなたに抱えさせた誰かのことを

 だから待っていて歩夢!」

「聖良! 助けて! 助けて! 消えたくなんか……な……」

 

 

 以前妹から聞いたことがあります。

 

「なぜ評価をされないのか、認めて貰えないのか、

 好きだと言って貰えないのか、嫌われてばかりなのか」

 

 この世に自分に降り掛かる理不尽というものは、

 おそらく自分由来の存在であると。

 原因を追求し、自分自身を戒め、改善し、

 また、必要によっては自分自身を消しても。

 

「あのツバサ様でさえ評価を受けるために自分の意に沿わぬ行動をされた

 理亞も、絵里さんも、亜里沙さんも、穂乃果さんも」

 

 他者からの評価などいらないと言うのは簡単で、

 見てみないふりをするのは簡単で、

 

「雪穂さんがAqoursの皆に伝えた言葉、今ならその言葉の意味がわかります」

 

 自分自身の立場を、しなければいけないことを忘れないこと。

 そして、自分自身というものが多くの人の支えで出来ているということ。

 

 自分がなんとかできるなどというのは思い上がりも良いところだ、

 誰かの意志、誰かの考え、誰かの行動によって私自身は今も生きている。

 いいえ、生きている誰かの何かによってだけではなく。

 もう既に逝ってしまった、無くなってしまったものも自分自身を形作っている。

 

「歩夢、ごめんなさい、私はいつも気がつくのが遅い

 独りで生きているわけではないのに、独りで何とかできるなどと、力があると、

 思い上がりも甚だしい、だからこうして大切な人を理不尽な目に遭わせてしまった」

 

 自分が理不尽な目に遭うのは許せる。

 命を失ってしまえば考える必要もない。

 

「おそらく理亞は記憶を保っている、ツバサ様も、ならば

 おそらく世界から庇護を受けているであろう、何も知らない彼女ならば」

 

 自分が予想している人物が手を引いているのであれば、

 おそらく高海千歌という人は何もかも知らないはず。

 何も知らずに、いつしかAqoursは元の状態を取り戻し、輝かしい活躍をする。

 μ'sをA-RISEを様々なアイドルを持ち上げる材料にして、 

 その中に私が含まれているからこそ、私はまだこの世界に存在することが出来ている。

 

「……出るでしょうか」

 

 以前通話したばかりですが、

 彼女も忙しい身の上だから、必ずしも繋がるとはかぎりません。

 

「もしもし、理亞ですか?」

「姉さま? どうされたのですか?」

「理亞、ぶしつけなお願いで申し訳ないのですが、

 いまいちど、私のパートナーとして踊っては頂けませんか?」

「……ですが、姉さまは歩夢さんと農場を」

「やはり理亞は歩夢のことを覚えていたようですね、

 安心して、私も絢瀬絵里さんを覚えています」

「Aqoursのメンバーの名前は?」

「高海千歌、桜内梨子、渡辺曜、黒澤ダイヤ、松浦果南、小原鞠莉、黒澤ルビィ、国木田花丸」

「……」

「そして津島善子……ああ、いや、黒澤サファイアと言いましたか?

 ”三姉妹”揃って、仲良く過ごしているようですね?」

「私は嫌です」

「人には人の役割があります、たとえ私が世界の意思で消されようとも、

 鹿角聖良は鹿角聖良のなさねばいけないことをなさねばならない」

「嫌です、私はいつも置いてけぼりです! それがどれほど辛いか! 姉さまはわからない!」

「お願いします理亞」

「絵里先輩からもお願いされたんですよ私は! 役割を果たしてほしいって!

 朝日も見送ったんですよ! Re Starsをお願いしますって!

 エヴァも居ない、朱音は立ち直れてない! アイツだけが! あいつだけがいい目を見てる!」

「聞きなさい理亞!」

「ね、姉さま?」

「人は夢から覚めるとき、現実に立ち返ります。その時に一番つらいのは、

 紛れもなく夢を見ている当人なんですよ?」

「……!?」

「でも、夢は終わらせないといけない、現実に帰らないといけない、

 あの可哀想な子を現実に帰らせないといけない、

 たとえこの身に何があろうともです」

「姉さまは、お覚悟の上なんですね?」

「当たり前です、逝ってしまった人のためにも、夢は終わらせないといけない――

 

 終わった後のことは終わらせた後に考えましょう

 繰り返し問います、こんな不出来な姉と”踊って”頂けますか?」

「私は姉さまを不出来などと思ったことなどただの一度もありません

 姉さまが行動をされるのであれば、姉さまについていきます。

 それが妹がする行動です」

「安心しました、では喜んで私は姉としての役割を務めましょう、

 妹を導くついでに、世界の行く末も導きます」

「――この世界の姉はシスコンばかりです」

「知らなかったんですか? 可愛い妹がいると姉はシスコンになるんですよ?」

 

 英玲奈さんが以前、なぜ朱音さんが好きなのかと問われ。

 ため息混じりにこう答えたんだそうです。

 

「姉という存在は妹がいると奇跡が起こせる

 姉は妹がいると必要以上の実力が出せる

 姉は妹のためならどのような意志にも抗うことができるものだ

 

 そんな妹に敬意を向け、好意を寄せるのは当然だろう?」

 

 ――実際本当かどうかは分かりませんが、

 英玲奈さんがあんじゅさんと同じタイミングで消えようとしている際に、

 そっちには妹が居ないの一言で抗ってみせたのは、

 同じ姉として見習わなければいけません。

 

「まあ、この世界にいる妹もシスコンばかりですからね」

「ええ、ツバサ様もシスコンだと聞いています、たしか、雪菜さんと言いましたか?」

「あれは弟です」

 

 ――あんなに可愛い女の子が女の子な訳がない。

 妹もいないと言うのに力を発揮するツバサ様はやっぱりすごいですね。


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