アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート プロローグ 02

 通勤ラッシュの時間は避けつつ、

 それでも都心寄りであるがゆえにそれなりに混む車内にうんざり。

 何故こんなに人がいるのか、もしかして暇だからいるのか、

 という過去の自分を棚に上げることを考えつつ、

 微妙に緑も見える駅前の立地に降り立った。

 過去にバスがずいぶん流行っている駅前とは違い、

 コミュニティバスが申し訳程度に停まっており、

 都内だから車文化ではないのよね、

 と意味もなく考えた。

 

「さてと、確かアイドルの一人と待ち合わせを……」

 

 独り言をつぶやきながら、

 駅近くの喫茶店に向かう。

 名前はクローシェ。

 外から中を覗いてみると、

 まだ10時にもなっていない時間にもかかわらず、

 お客さんの入りが多く、

 流行しているんだなと思った。

 さすがに学生やスーツ姿の会社で働いている人などは見受けられない。

 母親に甘える小さい子の姿を眺め、

 なんともなしに胸が痛んだ。

 

「絢瀬絵里!」

「……あれ、どこかで聞いたことがあるツインテールの声がする」

 

 生まれてこの方両親に甘えたことがない。

 なんて自分の人生を振り返りながら、

 どことなくセンチな気持ちになっている。

 すると私を呼びかけるツンツン――

 多少なりとも歳上なのだから少しくらいは敬意を、

 と思ったけど、彼女はやたら私の黒歴史を知っている。

 藪をつついて蛇を出すことはあるまい。

 

 鹿角理亞さんといえば、

 黒澤ルビィちゃんとアンリアルというユニットを組む。

 知名度こそソコソコにある彼女たちではあるけれど、

 同じ事務所には外様のトップアイドル綺羅ツバサであるとか、

 月島歩夢ちゃんと鹿角聖良さんのユニットであるセイントムーンが売り出されている。

 んなものだから、事務所的には有名Pのコバンザメであるとか、

 売れてはないけど態度はでかいと評判は散々。

 髪をほどいて表情を改め、

 おしとやかな態度を取ると美少女になる――

 なんていう嘘だかほんとうだかわからない噂話がある。

 とても信じられない。

 

「な、なんで絢瀬絵里がここに……」

「ついに事務所を解雇でもされた? こんな時間からフラフラしているなんて」

「か、解雇なんてされてない……! 私は待ち合わせなの、新しい人が来るって聞いて」

 

 彼女の残した実績であるとか、

 嘘か本当かわからないけども後輩に慕われているという情報から察するに解雇されるという事実はありえない。

 冗談半分で出た台詞ではあったけども、

 痛いところを突かれたみたいに表情を歪ませ、

 ごまかすように私の脛を蹴り飛ばす。

 ――すみません、悪いことは言ったけど、

 その報復はあまりにも痛すぎません?

 泣きそうなくらい痛いんですけど?

 

 

「名前は確か、澤村英梨々……だっけ」

「違うわ、澤村絵里よ」

「ああ、そうだった! ……って、なんであなたが……まさかっ!?」

「どうもこんにちは、澤村絵里です」

「あ、どうもこんにちは……って違う! プロデューサーの紹介じゃすごく優秀で賢いって」

 

 名前の元ネタを吐露され、 

 ちゃんと英国性も残っていると自供しようかと思ったけど、

 すごく優秀ですごい人が来ると思っていたらしい理亞さんが、 

 え、なんでこいつがという顔で見上げているので、

 ため息を吐きつつ、

 店の中に入ってゆっくりと会話をしましょう?

 と声を掛けた。

 

 

 応対してくれた店員さんが、

 おどおどとした態度を取りつつ、

 何を警戒しているのかと思いきや、

 私が日本語ができなそうな人だと思われたらしい。

 ちょっとしたイタズラ心でロシア語を披露したら、

 対面していた理亞さんが私の足を思い切り踏んづけ、

 ゴリゴリと潰そうとしたので、

 すみません冗談ですごめんなさいと日本語で叫び、

 危うく追い出されてしまいそうになったけれども、

 ――そのおかげで理亞さんの飲み物も奢ることになったけど、

 ひとまずその代金は亜里沙持ち。

 

「言っておくけど、馴れ合うつもりはないわ」

 

 多少の周囲のざわめきの原因になったとは言え、

 鹿角理亞さんは相変わらずつんつんクール。

 ただ、その後の彼女の行動で解せないのは、

 見たこともない絵柄のダイヤモンドプリンセスワークスの同人誌を取り出し眺め始めたのである。

 いかんせん、自分をモデルにしたであろうキャラクターの

 愛の詰まった同人誌なんぞ眺められると、

 なんとも言えない気分にもなる。

 ただ、流行の売れ線から多少外れているとは言え、

 とっても魅力的な絵ではあったので、

 ハラショーハラショー言いながら褒めてみると、 

 珍しく表情を緩ませ照れた顔を見せた。

 その顔がとても可愛らしく見えたので、 

 おそらく勘違いだろうな、よもやそんなこともあるまいと結論づけた。

 

「……おべっかを使われても私は揺るがない」

「え? その同人誌って理亞さんが描いたの?」

 

 意外な才能である。

 ただ彼女は自身の発言に思い至るところがあったらしく、

 

「うるさい! 殴る!」

 

 と言って私の脛を蹴り飛ばした。

 さすがに大衆の面前で私を殴り飛ばすには抵抗があったのか、

 手ではなく足が出てくるのがご愛嬌であるけれど、

 そろそろ私の脛が青く染まってないことを祈りたい。

 

「ああ、食費に困ってるってアイドルは理亞さんだったのね、合点が行ったわ」

「困ってなどいない、食費の分までエロゲーに貢いでいるだけ」

 

 話題を変えてみる。

 亜里沙から食費に困っているアイドルがいると聞いていたので、

 金遣いが荒そうな彼女だと目星をつけ尋ねたら。

 余罪の白状とともに、どうしようもないオタクだと宣言されてしまいエリチカ苦笑い。

 

「そういえばなんで違う事務所の凛のところにいたの?」

「名目上は他アイドルとの交流および、食事と懇親」

「ある人に聞いたけど、当時3日断食してたんだって?」

「新作エロゲが! 立て続けに! 発売されたんだ!

 私を! ヒロインが! 待ってるんだよ! 世界が悪いんだ!」

 

 さすがにネタではあろうけども、

 当時のっぴきならないほどエロゲーに集中していたため、

 聖良さんがエトワールにやってきて引っ張り出したらしい。

 さすがの理亞さんも大好きな聖良姉さまには逆らえなかったらしく、睡眠をとってから多少身なりを整え、

 攻略フラグを忘れないようにしながら、ルビィちゃんと合流し、多少眠かったので私に喧嘩を売ったみたい。 

 やつあたりされるのは慣れているけど、

 もうちょっと絢瀬絵里に優しくしてもバチは当たらないのではないかと思いたい。


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