アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート 第一話 05

 感嘆するかのようなため息を付いたのち、

 一瞬だけ凹んだような表情を見せて絢瀬亜里沙ではあったけれど。

 ひとしきりブツブツと何事かを呟き、

 こちらをにらみつけるような視線を向けたあと

「姉さんは私を怒らせました」

 などという、絢瀬絵里の身を凍らせるような言葉を吐き出す。

 ただ、その台詞は見当違いの方向を見ながらの台詞だったので、

 言葉ほどのインパクトを私は受けなかったけれど。

 これがもし、壮絶に病んだ時の桂言葉みたいな顔をしての台詞だったら、

 私は全力で逃げ出してニートに戻ってると思う。

「ひとまず姉妹間の交流は終えられたようですね?」

 なんていう台詞を言いながら南條さんが部屋に入ってくる。

 そう言えば以前ふとした時に、私って南條さんと声が似てない? なんて会話をしたら

 Re Starsのメンバーから耳が腐ったんですかみたいな顔をされてスルーされた。

 手に瓶ビールを複数持った彼女は、私の後方に視線を向けた。

 笑いを堪えるような表情をしたのが気になったので、その視線を追ってみると

 絢瀬絵里衣装と世にも恐ろしい文章が書かれた箱の中に、

 薄い布のような、傍から見ていると絹一枚といった表現が似合いそうな

 衣装(笑)程度の産物があることに気がついた。

 私はその衣服を全力でスルーし、南條さんの瓶ビールに意識を向けたけれど、

「これから姉さんには、Re Starsのリーダーとして

 次のライブの参加者なり、関係者なりに挨拶をして頂きます」

 あの衣装を着て。

 と妹が指さした先には、当然のごとく薄い布一枚が置かれていた。

 アレを着る(というか羽織る? 身につける?)と、どういう経緯で決まったのかわからない

 Re Starsのリーダーとしてのポジションが確保できるのであろうか。

 もしくは絢瀬絵里の芸人としての資質を見出して、体を張ったギャグで笑いを取りに行く

 TOKIOのリーダーみたいなポジションを求められているんだろうか。

 心の中で涙を流しながら、静かに天を仰ぐと

 そこには亜里沙の字で「バカが見る」って書いてあった。

 涙の量が増えた。

 

 

 手渡された衣装を眺めながら、

 しばらく呆然としていると、

 南條さんから、私はきついけど絵里さんなら行ける。

 などという微妙に世知辛い励ましを受けた。 

 苦笑をしながら、なぜもう30に片足を突っ込んでいるアラサーが

 バニーガールなどという破廉恥な衣装をしなければいけないのかと

 心の中で絶えず疑問に思っていたけど、当然のごとく誰も答えてはくれなかったので

 仕方なしに解せないという思いを抱えながら衣装を着てみたけれど。

「この格好、二重の意味で寒くない? あ、もちろん身も心もって意味で」

 なんて尋ねてみたけれど、

 二人はお互いの顔を見合わせたまま、なんとも言えない表情を浮かべつつ。

 妹の方は、シリアスな表情(失敗している)をしながらこれからの事次第を説明してくれた。

 この衣装はハニワプロの忘年会で着せようと思っていたんですが、

 などと恐ろしい会話から始まり、

 とりあえず色んな人と挨拶をしなければいけないようだ。

 正体を知られてはいけないので、Re Starsのメンバーとは別行動。

 メンバーに会いに来た人はいないのかと疑問はあったけど、ひとまず放置。

 主役はリーダーである私というコンセプトらしいけど、

 何故そのリーダーが見せしめのような格好をさせられているのか。

 その問いには誰も答えてはくれないので、心に整理をつけて亜里沙の話を聞く。

 私専用の場所が用意されていると言うので、

 なんとなく腑に落ちない思いを抱えつつ、絶えず笑いをこらえている南條さんに見送られた。

 とりあえず、その瓶ビールの量を一人で飲んだら太りますよと忠告した。悔しいので。

 会場へと急ぐ道中、

 旅館のスタッフらしき人から、とても可哀想なものを見るような目で見られて、

 心の中でさめざめと泣きながらも、

 違うんです、これは妹の何らかの企みなんです。

 と主張しながら前を向いて歩き続けた。

 自身に用意されたという個室に向かう途中で

 亜里沙と一緒に歩きながらRe Starsのメンバーがいるという会場に視線を向けると、

 みんながみんな、絵に描いたような作り笑いを浮かべて応対しているのが気になった。

 妹の話では、誰もこのような扱いを受けたことがないからと説明してくれたけれど、

 そもそも各メンバーが何故この場にいて、このような扱いを受けているのかわかってないのではないか?

 なんて思ったけど、自分自身も何故こんな扱いを受けているのかわかってないので、

 それはきっと自分のことを棚に上げてドヤ顔で忠告するようなものだなと思い直した。

 会場ではえらくテンションの高い英玲奈が、妹の近くでハラショー! と叫んでいたので、

 まあ、楽しんでいる人がいるなら目的は果たせただろうと、なんとなく解脱した気分になる。

 脳内を諦観という言葉で支配され始めたあと、

 私は澤村絵里専用個室と書かれた一室に身を通していく。

 

 

 扉の先には二人の女性が待ち構えていた。

 一人は腰まで届くほどの長い髪に、

 いつも強気で行動していますと言わんばかりに眼光鋭くこちらを見て、

 不敵な笑みを浮かべている。

 その、ツッコミ待ちだとか、再会の抱擁を待つみたいな態度をされると、

 記憶に無いけれど知り合いの可能性があるのかもしれない、

 ただ、恐らく初対面だろうけど、

 初対面なのに相手がバニーガールの格好をしているという事実に頭痛を覚えた。

 もう片方の方は、理知的な印象を持つ眼鏡をかけた短髪の女性。

 記憶の範疇にまるで該当しない人だったので、

 仮に知り合いだったとしても、それほど縁のある人ではないだろう。

 ひとまず無難に丁寧な態度で「はじめまして」と言うと、

 亜里沙は何言ってんのこの人、みたいな顔でこちらを睨みつけ、

 髪がロングの方は愕然とショックを受けたと言わんばかりにガクリと崩れ落ちた。

 一方、メガネの方は苦笑こそ浮かべているものの、落ち着き払った態度で

「まあ、自分の今までの扱い的に、こうなるんじゃないかなあとは思ってましたけどね」

 なんてことを口から発しつつため息をついた。

 私以外の三名だけ、やたら期待を外されたみたいな態度でこちらを見て

 やがて何かを悟りきったかのような表情で天井を仰いだ。

 一人蚊帳の外に置かれた絢瀬絵里は、ちょっとだけ自分の迂闊さを反省しつつ

 今後このようなことはないようにしたく、と心の中で宣言しておいた。

 なんとも言えない空気を打開すべく、妹に対して「なんとかして」と視線を向けると、

 妹は指を3つ立てて、この分は貸しだという態度を示した。

 取り繕うように笑顔を浮かべ口を開いた亜里沙(目が冷たい)が、

「こちらの方は栗原陽向さん。

 サークルヒナプロジェクト代表であり、

 今回の企画立案やライブの内容にも協力していただきました

 なお、ハニワプロの大手出資者を家族にお持ちなので

 くれぐれも迂闊な発言などいたしませんよう」

 もう十二分に失礼な発言はかましているがな、

 という妹の無言の抗議をスルーしつつ、

 絢瀬絵里は今後の問題行動を警戒しながら、とりあえず愛想笑いを浮かべて頷いた。

「こちらの方は清瀬千沙さん。

 大手芸能スポーツ紙の記者です。

 この方の書く記事は業界関係者に評判で

 あまり変なことを書かれないように

 くれぐれも重々失礼のないように対応をお願いします」

 もう十二分に(ry

 プロデューサーである妹にバニーガールにされて連れ回されている、

 絢瀬絵里というアイドルが、出所不明の三流記事にされやしないか不安を覚えたけど、

 もうすでに「アラサーアイドルの老化現象について」という記事にされそうだったので黙った。

 そんなTOKIOのリーダーみたいな扱いはあと10年は勘弁だと思ったので、

 殊勝な態度で愛想笑いを浮かべつつ頷く。

「ええと、先ほど紹介に預かりました栗原陽向なのだ……」

「かいちょ、地、地が出てる!」

 奇妙な語尾を付ける人だなと思ったけど、

 もうすでにμ'sにはニャを付ける人がいたので特に疑問を浮かべなかった。

 取り繕うように、今の発言を聞いていなかったよねみたいな顔を亜里沙に向けられ、

 もう忘れましたと自信満々な顔を作っておく。

「コホン、このたびのA-RISE復活祭に託つけた

 大人の事情でお蔵入りにされていた企画を

 すべてやってしまおう企画ではありますが、

 主役になるのはあなたです、絢瀬絵里」

 クールな態度を示しているけど、

 その当人である絢瀬絵里の脳内では、

 さっきの「なのだ」が延々とリピートされ続けている。

 お蔵入りにされた企画に関してはツッコむべきもないけれど、

 しかして、表立って胸を張っているのが絢瀬絵里なのかと疑問には思う。

 その主役が妹にバニーガールの格好を強要されている件が

 スキャンダルになりやしないか当人は不安ではある。

「細かい事情は伏せますが

 頭打ちになっているスクールアイドルの希望の光、μ's――

 の、復活は無理なので。

 それにあやかるイベントを開こうと以前からツーちゃんとは話してました」

 アイドルの商業主義化。

 売れることが第一になってしまった現状。

 それは憧れる人間たちの夢を奪い、

 いつしか、アイドルという文化が光を失っていった。

 そのアイドルたちの理想と憧れを取り戻すために。

 

 

 スクールアイドルのきっかけを作ったのがUTXのA-RISE。

 メンバーに選ばれたのが、綺羅ツバサ、統堂英玲奈、優木あんじゅの3人。

 彼女たちが築いてきたスクールアイドルという文化を、

 廃校を阻止するために踏み台にしたのが私たちμ'sである。

 要は、私たちに憧れるようないわれなんて全然全くこれっぽっちもない。

 自分たちが自分たちの思うがままにやって来たことが、

 たまたま廃校阻止という結果として出てきて。

 それはほんとうに胸を張れるようなこともないことなんだと、

 Aqoursのメンバーを見ながら寂しそうに笑った穂乃果の横顔を思い出した。

「μ'sが秋葉原で歌い、

 みんなで一つになって完成させた

 SUNNY DAY SONG

 もう一度私たちは、

 あの時の想いを、そして奇跡を。

 無茶を押し通して生まれてきたμ'sの、女神たちの物語を完成させるために

 絢瀬絵里、あなたに協力をしてもらいたいんです」

 私はかなり引きつった笑みを浮かべていると思う。

 無茶振りをされているとかそういう意味合いではなくて、

 自分たちのしてきたことがやたら美化されている行為に驚いていると言ったほうが正解だ。

 ニート時代もやたらに長かったせいで、

 感情を表に出すという行為に対して鈍感になっているきらいはあるけれど。

 過去の自分の行動や行為を反芻しつつ出た言葉は、

「協力って言ったって

 私なんかが、

 本当にどうしようもない私なんかが……

 できることなんてさっぱりありようもないわ」

 首を絞められた後みたいに、きゅーっと急速に意識が遠くなってくるのを感じながら、

 私はフラフラとする自分の体を亜里沙に支えられていることに気がついた。

「エリー、言っておくけれど。

 これは、高坂穂乃果さんにもお願いをされたことなの」

 高坂という名字を聞いて、私はもう一度自分の足に力を込めた。

 心配気に私を見上げる妹に軽く微笑みつつ、私は栗原さんに続きを促した。

「もし、これから復活するかもしれないμ'sを任せるとしたら

 それは絢瀬絵里しかいないと

 みんなの支えがあって、自分はリーダーなんて言われてきたけれど

 その自分を一番支えてくれたのはあなただと、

 高坂穂乃果さんは教えてくれました」

 瞳の奥に石ころを詰め込まれて、

 こめかみをドリルか何かでグリグリとされているようなそんな状況下で、

 ひたすらに涙が零れ落ちそうになるのを我慢し続けた。

 穂乃果が自分を評価しているという事実も涙がこぼれそうになる要因ではあったけど、

 それ以上に今まで人付き合いなども他人の意志で、

 ひたすらに流されるままに過ごしてきた自分という存在が情けなくて、

 どうしようもなくて頭を抱えたくなってくるのだけれど、

「まあ、企画のことは置いておいてですが

 エリちゃには断る権利なんてないですからね。

 今までスネをかじってきた分だけ労働してくださいな」

 清瀬さんの激烈な辛口コメントで、

 先程まで溢れそうになっていた涙が急速に引っ込んでいく。

 今の言葉が私を元気づけるものであったのか、

 それとも単なる事実の列挙であったのかは知るべくもないけれど、

 亜里沙も栗原さんも、こちらを見ないようにしながら笑いをこらえた表情のまま

 明後日の方向を眺めているので、私は何も言わずに口を閉ざした。

「あとでインタビューをさせて頂きますね

 都合が悪かったら直しますしから、アリーにもチェックして貰いますしね」 

 インタビューされるであろう私が原稿のチェックが出来ないのかと、

 自分のポジションに対して不安を覚えるコメントではあったけれど、

 ひとまず今後されるであろうインタビューが真面目な方面であるようにと願った。

 その後ライブイベントの内容について粛々と説明をしていく栗原さんと、

 淡々かつ、熱くツッコミを入れていく亜里沙。

 そして私の胸元をガン見しながら、

 バストアップの秘訣を教えてくださいとか、

 年齢を感じさせないような美容法を伝授してくださいとか、

 シリアスに過ごそうとする二人をあざ笑うかような清瀬さんはっちゃけぶりに

 これがよもや先に言っていたインタビューではあるまいな?

 なんてことを疑問に感じながら時間は早々と過ぎていく。

 いい笑顔で帰っていく二人を見送りながら、

 何故絢瀬絵里はこの場でバニーガールという格好をしているのかと思った。


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