アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート 第一話 07

 妹の次の方どうぞという呼び声。

 その言葉を妙に達観した心持ちで聞いている絢瀬絵里というアラサー(格好がバニーガール)がいる。

 音ノ木坂学院に通っていたころ、商店街の企画で水着美少女コンテストというものが行われた。

 当時貧乏部だった(というか結局最後まで部活に予算が下りなかった)せいで、

 使えるお金に四苦八苦していた私達は、3位の10万分利用できる商品券という言葉に心惹かれて参加を決める。

 よくよく考えてみれば、あの商店街の企画でどこでも使える10万円分の商品券など手に入りようもなく、

 換金して部活の予算に充てれば理事長から大目玉を食らうことは確実であったので、手に入れなくてよかったと本当に思う。

 が、当時の私達は如何に商品券を手に入れるかにのみ観点を絞り、

 誰が参加すれば3位という微妙な結果に至るかを真剣に話し合った。

 園田海未、小泉花陽の両名は元から参加したくないという理由で固辞して考慮にいれられず、

 東條希、絢瀬絵里の両名は風俗の企画みたいになりそう(by矢澤にこ)の言葉で選外になる。

 結局、南ことりが西木野真姫との決戦の末に参加が決まったものの、

 秋葉原の伝説メイドのミナリンスキーが3位という結果に終わるわけもなく、

 ぶっちぎりの優勝で15万円相当の圧力IH炊飯ジャーを入手して、花陽の体重が増えただけに終わった。

 なぜこんな事を考えているのかというと、えてして欲望から出た魂胆は上手くいかない、

 私がバニーガールという格好をしていても、

 まともに見てくださいというお願いは通用しないのだと不意に気がついてしまったからだ。

 

 

 それはともかく。

 見世物みたいなバニーガールの格好をしている絢瀬絵里を

 敵意や欲情の視線を向けない相手というと、海未や希あたりが候補になるだろうか? 

 バニーガールでもいいじゃないにんげんだものと言ってくれれば、いっその事一切関わりのない人が来てもいい。

 そんな事を考えながら、開いたドアの先を見ていると。

 ひょこひょこという効果音が似合うコミカルな動きで、いろいろと小さい矢澤にこが入ってきた。

 ああ、また私を罵倒しかねないメンバーが入ってきたと遣る方無い気持ちに陥ったものの、

 なんとにこは私の衣装を見た瞬間に微笑みを浮かべた。

 神様か仏様みたいな、どんな低能な存在でも許してあげますというような笑みに心が浄化された私の機嫌は良くなったけど、

 隣で亜里沙が小刻みに震え始めた、解せない。

 これがもし高校時代の矢澤にこであれば、私の格好を見た瞬間に

 「豚がうさぎの格好をしてる!」くらいのことは平気で言ってのける。

 実際に、夏色えがおで1,2,Jump!のPVの撮影の折、水着の衣装に身を包んだメンバーたちと笑いながら、

 唐突に希や私の方を見て「はずがしがっちゃダメにこ! 

 おっぱいが大きければとりあえず注目を集めるんだから、もっとアピールして!」

 とお願いしだした。

 一番目立つセンターがこう言っているんだからと羞恥心は一旦捨てようと決意してからしばらく、

 中央で踊っていたにこの動きが急停止。

 壮絶に病んだ目をしだして「でも、なんで水着を着ているにこ? だって家畜が服を着てたらおかしいでしょ? 

 あれ、でもなんで私は家畜と一緒に踊ってるの?」

 と、おかしなことを言い出したため撮影が一旦中止された経緯がある。

 後に大量のパッドを持ち込んだにこと、それを身につけることに至る海未の話の前日談。

 

 

「うわ!? 何この空気!?」

 その言葉と一緒に部屋に入ってきたのは、バストサイズが一番の自慢の親友。

 にことは犬猿の仲かと思いきや、二人してディズニーランドに出かけたこともあるらしい、

 なぜ私を誘ってくれなかったのか。

「そしてエリちはなんて格好をしとるんや……」

 にこから遅れること数分、高校時代はなにか面倒事があると私を前方に押し出して逃げること多し。

「希ならわかるでしょう? なぜ私がこんな格好をさせられてるのか」

 自分の意志ではないと説明したつもりだったけど、

 希は解せないと言った顔をしながら、

「若年性の認知症ってお薬でどうにかなるんかな?」

 などということを亜里沙に尋ねた。

 その妹は、えらく沈痛な表情を浮かべながら「手遅れです……残念ながら」と語る。

 その二人の近くにいると、絢瀬絵里は本当に認知症にかかっているのではあるまいかという疑問が浮かんでくるので、

 ニコニコという効果音を浮かべながら、本当に仏様みたいな顔をしている矢澤にこに問いかける。

「姉の辛さっていうのは、姉にしかわからないのかしらね?」

 成長した矢澤姉妹が一緒に並ぶといつも三女扱いされるというエピソードを聞いた後日、

 にこから矢澤家の写真(お母様は欠席)を見た時に、

 下手すると四女にも見えると思ったのはここだけの秘密。

「そうねえ、やっぱり姉の辛さっていうのはあるわよ。

 でも、絢瀬絵里って知ってる? 彼女って昔から人の感情に鈍感すぎると思ってて……」

 絢瀬絵里に絢瀬絵里のことを尋ねるといった行動を怪訝に思いつつ、

 しかし本当にニコニコ笑ってる、まるで悟りでも開いてしまったかのよう。

「人には多かれ少なかれ、悪いところ良いところどちらも兼ね備えているわ。

 ただ、えてして私の経験上、悪いところを治そうとすると良い部分の輝きも消えてしまうの、

 だから考え方を改めて、悪いところを個性にするくらいの勢いで……」

 べらべらと語り始めるにこ。

「あかん! にこっち! こっちの世界に早く戻ってこーい!」

 悲痛な言葉を叫ぶのと同時に、にこの両頬を往復ビンタをかます紫お下げ。

 にこの顔面が上下左右あらゆる方向にかっ飛び首の座っていない赤ちゃんみたいになってる。

 常軌を逸した行動に思わず止めようとする私だったけど、その行動は妹に羽交い締めされながら止められた。

「ダメだよお姉ちゃん! 今は人の命が助かるかどうかの瀬戸際なの!」

 火事になった家の中に子どもが取り残されている、

 という状況で家の中に飛び込もうとする母親みたいな顔をした亜里沙に全力で止められる私。

 希に全力でぶっ叩かれているにこが

 いまだにニコニコと笑顔を浮かべているのを眺めながら、私は素数を数え始めた。

 

 

 そんなこんなで、

 両頬が赤く染まっている矢澤にこと、

 肩で息をしながらゼーハー言っている、東條希との組み合わせである。

 仏様から小悪魔にスケールダウンした相手に今回の企画の件について訊いてみた。

「んー、詳しい経緯はツバサさんに経由で聞いたほうがいいと思うわ。

 私はその、えーっと、あなたをびっくりさせんがために焚き付けただけだし」

 以前からUTXの芸能科で指導して、当人曰く芸能界は上にも下にもパイプがあるというにこの台詞。

 詳しくははぐらかされてしまったけど、こころちゃんをお持ち帰りした日。

 にこは私を呼び出す心持ちだったらしい。

「そうね、私たちのあとで花陽がアイドル研究部の部長を努めていた年、

 その後2年間は雪穂ちゃんが部長をするけど、その1年目の年にオトノキはラブライブを制覇する……」

 なんでもラブライブが二回行われたのは私達の代だけだったらしい。

 確かにAqoursが制覇した年にはラブライブというイベントは一回だけであった気もする。

「オトノキの4連覇が掛かった年に結局はAqoursが制覇。

 それからしばらくしてA-RISEの人気が出始めてから、UTXが制覇を重ね始めて……」

 ちょうどにこっちが講師を始めたくらいやんな? 

 という希の楽しそうな声に、別に生徒たちが頑張っただけと告げるにこの冷静な反応。

 てか、アイドル研究部の部長を雪穂ちゃんが務めていたとか初耳なんですが。

「今は群雄割拠、どこの地方が強いって言うことはないみたい。

 Aqoursが優勝したくらいから地方も頑張ろうって言うことになったみたいよ?」

 などと言われて、またにこに話をはぐらかされていると気がついた私は強い視線を投げかける。

「ごめんごめん、今回の企画の当初はμ'sのみんなには伏せようってことだったの、

 まあ、私はUTXの関係者だったし、参加は決定だったんだけど」

 彼女が言うには、今回のイベントはA-RISEの一日限りの復活祭が始まりだったそう。

 ただ、その彼女たちの対となる存在が必要と言われた際に色々なアイドルが候補に挙がったみたいなんだけど。

「ツバサさんは……そうね、Aqoursが制覇してからしばらく、

 μ'sが軽んじられる論調が多くなって、

 インタビューとかでも自分の憧れはμ'sなんだって話をする機会が増えてね」

 遠い過去を覗き見るような表情をして、にこが言葉を続けた。

「芸能界の扱い的には、μ'sは一発屋みたいなもの、

 オトノキが制覇し続けたのはその遺産を使ったから……その論調は一部は正しい。

 確かにオトノキが強かった時期の曲の大半は真姫と海未のタッグで作られたものだし」

 亜里沙や希が複雑そうな表情をして(私もそうだと思う)にこの話を聞く。

「そういう……なんていうかな、分かりきってますっていう連中をどうにかしたいよねって思ったのよ、

 私は暇そうな絵里だけを生贄に捧げて、あとは放っておこうって言ったんだけどさ」

 なぜその話が当人にだけ伝わっていないのか、

 著しく疑問ではあるのだけれど、

 ツッコミを入れるのも無粋だという判断でひとまずスルー。

「些細なきっかけが膨らんで奇跡を起こす……

 ま、ツバサさんがどこまで意図したかは分からないけど、

 あの人顔が広いのね、栗原陽向なんてどっから連れてきたんだか」

 などと言われて希と亜里沙の目が明後日の方を向いた。

 私の認識としては、現在の彼女はたまになのだ口調で喋る変な人だけど、にことしてはそうではないみたい。

「その、私が中心になって踊るっていうのは?」

「いいんじゃない? 元から絵里には生贄になって貰おうと思ってたし、

 今まで亜里沙ちゃんのスネをかじっていた分働きなさい」

 私の言いたいことは終わりと言わんばかりに、にこは髪型をツインテールに変え、

 にこにこにーにこにこにーと歌いながら部屋から抜け出していく。

 精神的ダメージは大きそうという希の言葉はともかく、すみません不出来な姉でと謝るのはどうなの妹よ。

 

 

 数分の間に妙な沈黙が流れたのち、

「ウチが最初にツバサちゃんから聞いたのは、そうやんなぁ……今から4年前かな?」

 というと、絢瀬絵里のニートとしての生活が2年目くらいの年か。

「スクールアイドルという存在が芸能界のアイドルの下部組織みたいになっている、

 スクールアイドルとして頂点を極めた人間が芸能界にデビューできる……

 甲子園で有名になってドラフト指名される高校球児みたいになってるなって、ウチもちょっとだけ思ってん」

 希は、ときおり天井を見上げながら言葉を選ぶようにしながら優しい口調で話す。

「十年一昔、ウチらとは時代が違うって言うのは仕方ないにしても……エリちは知ってる? 

 いま、スクールアイドルってスクールカーストの中で上位に来るんやって」

 時々、ラノベか何かで使われる単語だというのは知っているけど、ピンとこなかったので首をかしげた。

「要は人気者だけがスクールアイドルに選ばれるということです。

 雪穂はアイドル研究部の部長や副部長をこなしましたが、

 そういう意図が嫌でアイドルとして前面に立つのを拒否しました」

「今ではまかり間違っても、ウチみたいな地味な子がスクールアイドルとして踊るなんてないんやろうなあ……」

 東條希が地味であるか否かは私が考えるべく問題ではないとして、

 今のスクールアイドルに覚えている違和感……は、置いておいて。

 私たちが卒業したあとのオトノキのスクールアイドルの事情を亜里沙が教えてくれた。

 花陽が部長を務めるアイドル研究部には数多くの生徒が押し寄せた。

 二年生だった花陽や凛や真姫は、当初自分たちだけで何とかしようとしたけど

 ギブアップして生徒会を頼る。

 穂乃果や海未は全員でやれば良いんじゃない? みたいに前向きだったけど、

 ヒフミちゃんたちがそれを止めた。

 心苦しいけど、部内で一軍二軍ができるようじゃ部活としては不健全だから部に入る人間を選抜しようと。

 楽しければいいのにねえ、なんて語る穂乃果は難色を示したけど

 ヒフミちゃんたちの意見を踏まえ、海未や真姫といったメンバーが中心になって選抜試験を執り行った。

「私はなんと言いますか、もちろんスクールアイドルもやりたかったんですけど……

 μ'sとは違うって思ったんです。有り体に言えば、選抜を勝ち残ったメンバーと一緒に活動はできないって、

 だってあの子達、私たちが元μ'sの身内だって知らないくらいだったんですよ?」

 苦笑しながら教えてくれる亜里沙。 

 そういえば雪穂ちゃんに頼まれて、一度オトノキのスクールアイドルの様子を見に行ったことがある。

 花陽や凛といったメンバーは練習の様子を見ながら、指導や指示を出し、自分たちは滅多に歌ったり踊ったりしない。

 なんで花陽と凛は踊らないの? って雪穂ちゃんに尋ねたら、

 苦笑されながら「お二人がなにかするとみんな自信を無くしちゃうので」と言われた件がようやく腑に落ちた。

「だから、原点回帰……μ'sが原点かどうかはわからないけど、

 今回のライブでの映像は編集して、希望する高校に渡すんよ」

「え、それって絢瀬絵里の恥が全国に行き渡るってこと?」

「もうすでにニートの絢瀬絵里の情報は全国どころか全世界に知れ渡ってます、諦めてください」

 どこ情報よそれーと言って誤魔化そうとしたけど、妹はそんな態度を許してくれなさそうなので肩を落とした。

 

 

「スクールアイドルは……もっと、もっとな、勝負とかそういうんやなくて、楽しいもの」

 ぽつりぽつりと希が語りだす。

「高校時代を振り返ってみて、

 あの時は楽しかったねってそう言えるような、ひだまりのような思い出を残すためのもの」

 聖母希を彷彿とさせる慈愛を込めた(さっきのにこみたいな)表情で、

「でも、もしかしたら……そんな、誰でもアイドルになれる、輝きを残せる、そういうんは……

 人の努力に対する冒涜だったのかも……知れへんね……」

 声色自体は明るいけれど、口調とか態度とかはすごく悔やんでいる感がする。

「頑張って、一生懸命励んで、努力をして。そうしたらいい結果が残せる。

 才能とか、外見とか、人の生まれによって左右される事柄では何も変わらないと、

 そういうんは弱者の論理やったのかも」

 希は私のことを見ながら、

「だからね、エリち。

 ううん、絢瀬絵里ちゃん。

 私は望むの。

 μ'sという存在が、

 もしも人の弱さを肯定するならば

 そうじゃないって教えてあげてほしい。

 人は、自分の弱さを見つめ、受け入れ、目をそらさずにいるためには……

 誰かを頼ったり、意思を曲げたりせず、自分の意志で生きていかなければいけないって、

 辛くても、辛くても、"μ'sがこう言っていたから、歌で歌ったから”そうじゃなくて、きみはきみだと言ってあげて欲しい」

 希は悲しそうな目をしながらドアの方向を見て、ひとしきり見つめたのち、

「ねえ、絵里ちゃん。

 心の支えとか、拠り所とかはいつか取り払わないといけない、

 自転車の補助輪を外さないといけないように。

 姉妹仲が良いのは結構だけど……さ」

「そうね、私もいつか……ううん、本当はもう、亜里沙に頼りっきりじゃいられないって。甘えっきりだったものね……」

「……真実はいつだって痛い。弱い部分を見つめるのも痛い。でも、痛いことから逃げてたらいけない。

 ね、亜里沙ちゃん?」

 

 

 希が立ち去ったあと、

 私は天井を見上げながら考える。

「下手の考え休むに似たりと言います、姉さん」

 妹のカミソリシュートが右バッターボックスに立つエリち直撃。

「ですが、下手は上手のもとなどとも言います」

「それ、どういう意味?」

「雪穂は……絢瀬絵里という存在を称する時、失敗をしない人だと言っていました」

「ええと?」

「ですが私は反論しました、生き方を失敗し、交流を失敗し、人付き合いを失敗し、

 絢瀬絵里の人生の99%は失敗で生きていると」

 妹のスマッシュが前方に立つ絢瀬絵里の頭部を直撃し笑いを誘う。

「そうしたら雪穂が。

 だったら、もしかすると絢瀬絵里という人間は……」

「人間は?」

 すると妹は耳元で囁くようにしながら

 

 

「自分の姉よりもよっぽど……わっ!」

 

 蚊の鳴くような声でエサ(絢瀬絵里)を誘いつつ、耳を傾けた瞬間に大声を上げるとか!

 妹は楽しそうにコロコロ笑い、

「私の口から聞くより雪穂から聞いてください」

「微妙に彼女とは縁遠い気がするのだけど?」

「そのうち聞けます、頑張ってください」

 耳を抑えながら久方ぶりに楽しそうな亜里沙を見て、

 まあ、人との別れなんてそうそう起こりえずもないわね、と思ったのだった。


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