アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

62 / 201
亜里沙ルート 第二話 04

 絢瀬絵里に代わりまして、

 代打矢澤にこがこの場の実況をお送りします。

 ――などというオフザケはともかく。

 

 姫ちんと一緒にトークをし、

 一つも盛り上がらない観客を怪訝に思いながら、

 数年前なら子どもが、ドッカンドッカン笑っていたようなネタを披露してなお

 反応がない相手に強い憤りを覚えながら。

 これでも、過去には人気のアイドルだったんですよ?

 なんて自虐に走ろうかと思いつつ、

 なにか鬼気迫る声が聞こえた気がして、

 思い過ごしかと判断し、意識をステージに向けた瞬間。

 

「申し訳ありません! プロデューサーは、絢瀬プロデューサーはいらっしゃいますか!」

 

 マイクが拾うんじゃないかと言うくらいの大きな声が聞こえて、

 慌ててミュートをかける。

 ただ事ではない雰囲気を一発で感じ取ったけれど、

 この場から動けない以上――ん?

 

 にこさんはこちら側に来てください。

 ブースの向こうからそんなカンペが見える。

 この場を、もうすでに涙目になりそうな雰囲気で仕事している姫ちんに

 任せてしまうのは心苦しいけれど……。

 いくら熱意を込めて訴えても、何も変わらない状況は堪える。

 そこらへんを割り切れるのは、私の積んできた人生経験ゆえか。

 

「ごめんなさい、この場は任せるわね」

「はい、精一杯努力します」

 

 もうすでに満身創痍なのに、これ以上どう努力するのか。

 なんて疑問は生じてしまったけれど。

 ブースを抜け出して状況を問いかけてみると、

 なんと絵里がぶっ倒れてしまったらしい。

 

 ニートから復帰して以降、無理を重ねている彼女に対し気は使っていたつもりだった。

 重く受け止めなければいけない問題がある時は、コメディリリーフも演じてみたし。

 それがお前の役目なんじゃないかというツッコミは受けはするけどスルー。

 

「亜里沙ちゃんは使い物にならなそうね……」

「仕事を与えましたが、やってくれるかどうか」

 

 絵里は妹の亜里沙ちゃんのことを、

 変わっただとか、冷徹になったとか言うけれど、

 彼女が目指したのは高校時代の絵里(ポンコツじゃない方)だとは、

 いったいいつになったら気づくんだろうか。

 いや、キリリとしている方が、真面目で融通の効かない完璧超人だったとは、

 今から思い出すと、そうでもないような気がしなくもないんだけれどね。

 

「にこさんには控室の方々に、あんまり動揺は走らないとは思うんですが」

「あっちには穂乃果もいるし、ただ絵里の場合、絵里シンパがいるからなあ……」

 

 勢いつけて報告したは良いものの、そこで使い物にならなくなってるダイヤちゃんとか。

 私と同じコメディ枠の住人なんだから、少しはメンタルを鍛えましょう。

 

「ほら、ダイヤちゃん行くよ」

「え、ええ……分かりました……あら? あら? 揉む胸が、胸が、胸がない……」

「きっちりボケは決めてくるけど、本当に憔悴してるの?」

 

 この人が静岡の方で絶大な権力握ってて、

 最近富士山は静岡のものになりつつあるらしいって話だけれど、

 本当のなのか疑問で仕方ない矢澤にこでした。

 

 

 どこをどう歩いてきたのか、

 いつの間にかアンリアルの二人がたえず横にいるという現状に対し、

 夢の中をふわふわと歩いている心持ちで現実を認識できません。

 

 南條さんから、使いものにならないのでどっか行けと言う指示と、

 何もしないんならRe Starsの面々に現状を説明せよ、

 という二重のよく分からない(彼女もそれなりに慌ててたのでしょう)言いつけを守り、

 スタッフルームを抜け出してみたは良いものの、

 フラフラしてアンリアルの二人がいる医務室に駆け込んでしまったのは、

 いったいどういう了見なのか、絢瀬亜里沙自身理解が及びません。

 

「亜里沙さん、しっかり、だいじょうぶです。

 あんな奴ひとりいないところで状況は変わらない」

 

 などと言いつつ髪型をいつもツインテールではなく、

 ポニーテールへと変貌させてしまうあたり、理亞も狼狽をしているのでしょう。

 素直になった彼女など想像もできないですから、

 そのままの路線で行ってほしいものです。

 おそらく私がいなくなるであろう、ハニワプロに所属するのであれば。

 

「ひとまず救急車は呼ばないで安静になれる場所へ、

 でもお姉ちゃんも黒服を連れてくるなら、女性も連れてくればよかったのに」

「鞠莉のマフ……白服もそうだけど、他にもっとまともな人いないの?」

「理亞ちゃん、世の中には知らないでいいこともあるんだよ」

 

 二人の素っ頓狂な(あまり笑えません)会話を聞いていると、

 だんだんと落ち着きを取り戻してきました。

 

「亜里沙さん、そっちはお手洗い。残念ながらRe Starsはそこにはいません」

「……あら?」

 

 失礼、いまだ冷静ではないようですが。

 お姉ちゃんには真姫さんのお手伝いさんが付いているようなので、

 特に心配をする必要はないでしょう、ぞんざいな扱いを受けること以外は。

 

 Re Starsの面々が揃う控室にたどり着くと、

 場があまり盛り上がっていないことを誰かに聞きつけたのか、

 それとも(空気の読めない)誰かに教えられでもしたのか、

 

「プロデューサー」

 

 Re Starsの面々で姉を除けば、唯一大舞台を経験していて、

 かつ年長者でもある善子さんが不安げな表情を隠さずに話しかけてきます。

 一応、現場責任者である私がこの場に来た時点で、

 何かしらの事情は感じ取ったのか、他の面々もエヴァさんを除いてこちらに視線を向ける。

 

「皆さん、センターを務める澤村絵里が倒れました」

「はい?」

「あいにく代理はいません、皆さんは4人でステージに立つことになります」

 

 冷静になろうと務めたつもりでしたが、声は震えていました。

 4人でステージに立たせることに対して躊躇いを持ったのではなく、

 思ったより、本当に思ったより、姉が彼女たちの中心にいたことに驚きを隠せないのです。

 朱音さんはもう倒れんばかりにうなだれて、善子さんも顔を伏し、エヴァさんはいつもの通りですが、

 

「無理です」

「朝日……」

「私たちにはあの人が必要なんです、

 あの人がいなければ何も出来ません

 まして、A-RISEの方々が出ても盛り上がらないステージでなんて……」

 

 朝日さんのダメージが大きい。

 こと、姉に対して一番辛辣な意見を言ってのける彼女ですが、

 それはヒナから、そう接することで絢瀬絵里の精神の安寧に役立つと教えられたから。

 いや、未だに姉の正体に気づかないのは……たいした問題ではないので置いておきましょう。

 

「朱音さんは絵里さんがいないと歌えません。

 エヴァさんは絵里さんがいないと踊れません。

 善子さんは……まあ、なにか出来ないんでしょう」

「私をオチに使うんじゃない」

「私は……私は……絵里さんがいないと、

 もう、ほんとう、どうしようもないんです……」

 

 理亞さんが珍しく目を伏し、

 ルビィさんがさもありなんと目をとじ、

 私自身でさえも、仕事を放棄してやめましょうと言ってあげたいところだった。

 いつも強気で、痛々しいレベルで自信がある朱音さんも。

 考えていることが読めず、いつも威風堂堂としているエヴァさんも。

 この中で唯一社会人としての経験があり、冷静に物事を判断できる善子さんも。

 皆が皆、口を開かず静寂がその場を支配しました。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

「出番を終えたからと言って調子に乗るのはやめろツバサ」

「やっぱりステージが終わったら飲み物よねえ……」

 

 そんな空気の中で、ステージに上っていた熱気そのままに、

 A-RISEのみなさんが控室に顔を出しました。

 間違えたということはなさそうですから、

 おそらく何らかの意図でここに顔を出されたのでしょう。

 朝日さんに対して引っ叩いてでもステージに立たせなければいけない私に対して、

 それが出来ずにいたのを励まし……あ、それはなさそうですね?

 

「ツバサの前に立つのは不慣れなんだが……」

 

 などと言いつつ、

 自分が妹からどう見えるかのみを追求した立ち位置で、

 凛々しく表情を作る英玲奈さん。

 

「澤村絵里がいない以上、センターに立つのは朱音、お前だ」

「それは弩級のシスコンの戯言なの?」

「シスコン? 誰のことだ?」

 

 ツバサさんとあんじゅさんが、二人してお前以外に誰がいるんだ。

 って顔をしたけれど、英玲奈さんはどこ吹く風。

 

「前にも言ったが、お前の歌は世界を変える。

 私たちが出来ないこともやってのける。

 変わらないやつのことなど知ったことではないが……

 そういうのはダイヤに協力して貰って内浦の海に沈めるから覚悟しておけ」

「止めてください英玲奈さん、ダイヤを都合良く使わないでください」

 

 ただ、ダイヤのことだから妹だからという理由だけで、

 足に括り付ける鉄球を用意してくれそうではある。

 私と仲良くなった理由でさえ、絢瀬絵里の妹だからですし。

 

「ダメよ英玲奈、私には出来ない、自信を持って言えるわ!」

 

 ネガティブ方面に胸を張る朱音さん。

 ただ、Re Starsの面々も無理なんじゃないかなって顔をしているので、

 英玲奈さんばっかりが気合を空回りしているように見える。

 

「こいつを見てみなさいよ! いつも何考えてるかわからないでしょ!

 このちっちぇーの、わりと平均的にできないわよ!

 単発眼鏡! 元Aqoursっていうの本当なの!?」

「朱音さん、自信が無いのが分かりますが、

 自信を持って他のメンバーを貶すのは止めてください」

 

 それにしても、一番権威のあるはずの私が、

 姉の絢瀬絵里みたいなポジションにいますね?

 あれはあれでなかなか骨が折れるものなんですね……ちょっと尊敬します。

 

「朱音、安心しろ。お前なら出来る、ここでちょうど絢瀬絵里からのメッセージがある」

「……?」

 

 澤村絵里=絢瀬絵里であることを知っている面々が、

 なぜそんなものを持っているのかという表情をする。

 私も姉からそんな声を収録したという話は聞いていないし、

 そんな事をすればツバサさんは確実に把握してるはず。

 あの方は私よりも絢瀬絵里に詳しい、解せない。

 

「はじめまして、絢瀬絵里です。

 統堂朱音さん、いつも応援ありがとう!」

 

 卒倒するかと思った。

 少し聞いた限りでは、たしかに絢瀬絵里に聞こえる声。

 ただ、間違っていても応援ありがとう! なんてツバサさんみたいなことは言わないし、

 この声をほぼ毎日聞いている身としては……

 

「南條さん?」

「そうですね」

 

 ツバサさんとこそこそ話。

 ただ、姉をそこそこしか知らないメンバーにとっては

 そして何より南條さんをそれほど知らない面々にとっては、

 昨年、ハニワプロの忘年会で開かれたモノマネ大会で南條さんが披露した、

 絢瀬絵里はこんな事言わないシリーズでの音声にそっくりだと知らなければ、

 たしかにまあ、姉の声に聞こえなくもないはず。

 

「Re Starsの皆さん、この度のステージ

 一番の特等席で見ています

 顔を出せないのは残念ですが、こわーい妹がいるので

 それも仕方のないことだと納得してください」

 

 特等席も特等席。

 センターポジションで踊ってるのがそいつだと知らなければ、

 なにより、読んでいるのが先輩(プロデューサーとしては後輩)と知らなければ、

 ちょっとしたギャグで我慢はできるんだろうけれど……。

 よもや南條さんに私がおっかないやつと思われてる可能性はないでしょうが、

 陰口の一つも言われてるかも知れないと思うと、ちょっと戦々恐々としてしまいます。

 

「朱音さん、あなたの歌は素敵です。

 エヴァさん、あなたの踊りとても良いです

 善子さん、調和の取れたハーモニーとても素敵です

 朝日さん、いつもご飯を美味しそうに食べますね」

 

 オチの付け方まで姉に激似。

 

「そして最後のメンバー、澤村絵里……

 彼女のことを信頼してあげてください。

 元はどこかから連れてこられたニートかも知れませんが、

 皆さんのために体を張り、力になってきた人です。

 もしも、彼女がいなくても立派にステージをこなしてください。

 それが、私が出来るお願い事です」

 

 これを言った後、南條さんは苦笑いをし、

 原稿を書いたちーちゃんとヒナはハラショーハラショーと褒め称えたらしい。

 

 目に活力を取り戻すRe Starsの面々を眺めながら、

 私自身も、どうやら立派なプロデューサーとしての立場を思い出したみたいだ。

 南條さんに言いたいことが山程増えたのは、

 この際チャラにしておきます。

 

 ――本当ですよ?


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。