アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート 第三話 02

 英玲奈の言葉に頷く。

 ただ先導して貰っておいてなんだけれど、

 せめて相手が返事をするか許可を出してから入ったほうが良い。

 などとアホなことを思っていて、

 相手にも事情があり、その動向を知れば勝利はおぼつかない。

 敵を知り己を知れば百戦殆うからず。

 その言葉を意識して前日相手に関するデータを調べ上げたのを

 まるっきり吹っ飛んでしまいかねないくらい、衝撃を受けた。

 学院長室は大きく様変わりしており、一言で表現するなら――

 ファンシーだとか、メイプルだとか、もしくはお菓子の家?

 とにかく可愛らしい空間ができあがっており、

 その場所にいるのが、濃い顔をして、大量の汗をかき、まるで大熊と言わんばかりの体躯。

 そして体調を崩しそうになるほどの臭い。

 数日間靴下を履き続け、なおかつ洗濯もせず、フルーツポンチに入っている

 甘いシロップに漬ければこんな匂いになるのかもしれない――

 私は顔に不快感を示さずにいるのが精一杯だった。

 

「おお、わが校のトップアイドルたちが来てくれたよジョセフィーヌ」

 

 声もゴツい。

 第一印象は大熊の咆哮。

 ただ、そいつが裏声を使って持っているテディベアに話しかけている。

 テディベアがやたら可愛らしいのも腹が立つ。

 はっきり言って、この世のおぞましいものを煮詰めて体現したかのよう、

 不気味さ、不愉快さ、どれを取ったとしても人生でトップクラスの人間。

 相手に不信感しか抱かせない、そんな人間に作り笑顔を浮かべている英玲奈は

 正直聖人レベルで崇められても構わないかもしれない。

 そんな彼女の先導のもと、

 

「大森代表、このたびは一講師と接見する機会を設けて頂き

 まことにありがとうございます」

 

 最近はクールさも滅多に見られなくなり、

 高校時代に私たちと会ったのは生き別れの双子で、

 今こうして顔を合わせているのは、どこかの研究所の試験管ベビーなのではないか。

 そんな事を考えてしまったけれど、

 やろうと思えば真面目クールにできるんだったら、いつもからやっていて欲しい。

 ただ、クールで冷静な生徒会長絢瀬絵里と、

 必殺のピンクボンボンは同一人物ではないか疑惑があるけれど、

 あの二人もどこかで入れ替わっている可能性があるのかもしれない。

 

「君たちはUTXの評判を向上させた功労者だからね

 そのためには新参の大森は喜んで身を粉にする次第だよ」

 

 アイドル時代やその後の生活において、

 多少なりとも胡散臭い相手に会うことはあった。

 脂ギッシュな外見や神経を逆なでするような声色、臭気……

 相手にまるで気を使っていないけれど自分は偉いからなんとかして

 と言わんばかりの態度で下手に出られると、

 嫌悪感というか、ネガティブな感情をこれほどまでに喚起するのか。

 

「何やら伺いたいことがあるようだね」

「はい、生徒の意見を尊重し熟考を重ねた結果に疑問点が浮かび

 直接伺わなければと思い時間を作って頂きました」

 

 生徒に訊いたというのは建前で、本音としてはお前の意思で動かない相手もいる

 というのを如実に示したつもり。

 それが伝わっているかどうかまでは私の責任ではないけれど。

 ただ、UTXに現在も登校している相手ではどんな嫌がらせをされるかわからないので、

 もうすでにこの場所に見切りをつけて虹ヶ咲学園に転入してしまった優木せつ菜クンの

 会話を中心に、覚えている限りのことを教えてもらった。

 最初こそ記憶があやふやでと言っていて、実際問題その通りではあったんだろうけど

 尋問相手が英玲奈からあんじゅさんに切り替わった瞬間、

 堰を切ったように言葉が出てきたのは、ツッコむべきポイントではないね?

 暗い話ばかりをしていても何なので、今度結婚式をするという話題をあんじゅさんが出し

 なんとも言えない空気が流れるかと思いきや、せつ菜クンは積極的に

 結婚式で元恋人が花嫁をさらう映画の話をしだしたけど、

 私としてはノーコメントを貫いておきたい、ええ、何があろうとも。

 

「今回のイベントの直前にセミナーが行われ、

 大森代表もその場に参加されていたとか」

 

 セミナーの詳細については彼の記憶を頼る他はなく、

 出席者においても、その場にいたのではないかくらいしか覚えていないみたい。

 私も、真実だけを教えてもらったとは思っていないし、

 ある程度の脚色は存在はするんだろう。

 唐突に自身のネガティブな感情が喚起され、相手をどのように貶めるか、

 一番にダメージを与える方法はなにかばかりを考えさせられた――気がすると。

 実際、アンリアルの二人やはじまり。の三人はダメージをかなり与えられたし、

 穂乃果にもトラウマになりそうなレベルで傷をつけたのは事実だけれど。

 ただ、何か言われたというよりも魔法か何かの力で影響を受けた、

 そんな体感を持っているよう。

 

「今回のイベントで生徒たちは何らかの圧力を加えられたのではないかと」

「ふむ、それはすなわち。

 ステージの前半に会場が盛り上がりを見せなかったのは、

 自分たちの実力不足ではなく何者かに何かを強制されたと?」

 

 自分は何も感知していませんと言わんばかりだけど、

 態度としては、早く話を切り上げたい風だった。

 私の調べた限りでは、生徒にも多少なりとも口封じがあったのは事実で、

 うかつにも優木せつ菜クンにも話を持っていったらしい。

 ただ彼は、満足げに相手を持ち上げるような態度を取り、

 大森氏もよもや私たちにその話が行っているとは想定外だったみたいで。

 

「私も映像を見させてもらったが、全盛期に比べて能力が劣っているのではないかと」

 

 ごまかすように言われた言葉は、

 μ'sやAqoursの芸能活動を控えていた人間に対するメッセージかと思った。

 もしくはこちらを挑発する意図を持っての発言か。

 ただ、大真面目に彼が言うにはライブイベントの参加者全体をさしての、

 目の前にいる私や英玲奈も含まれる指摘であるよう。

 トップアイドルと呼ばれていて、かつ当時の動きと遜色なく動いていたA-RISEに対して、

 よもや十数年前のスクールアイドルよりも動きが劣っている、

 さらにはそいつらのほうが実力が上だとするなら、とんだアイドルに対する知見だ。

 仮に過去のスクールアイドルの中でも別次元の動きを示していたツバサさんや、

 μ'sで言うなら絢瀬絵里あたりが、今のスクールアイドルとタメ張れますね?

 でも、ラブライブ本戦の出場は無理かもしれませんね、との指摘ならわかる。

 今はスクールアイドル全体のレベルが飛躍的に向上し、

 パフォーマンスやダンスや歌唱力、様々な実力が過去とはかけ離れている。

 私だってμ'sはすごいと言いたいけれど、

 今仮にμ's程度の実力でラブライブに出るといえば、

 実力を思い知ってくださいと忠告されるのがオチ。

 

「なるほど、UTXの代表としては

 ライブイベント参加者の実力不足が招いた事態だったと」

「そのように判断せざるを得ない、実際周りでもそのような評価を聞いている」

 

 怒りを通り越して呆れ果ててしまった。

 よもや自分たちに喧嘩を売ってきた連中のレベルがここまで劣っているとは。

 たしかに今回のイベントはA-RISEがメインだった。

 彼女たちの輝きは果てしなく、実力は芸能界のトップアイドルの中でも抜きん出ていた。

 そんな彼女たちと比べて、SUNNY DAY SONGのために集められた、

 一部参加者の実力が劣っているとするのならばその指摘は正しい。

 今回のイベントのために多くの人間に声をかけられたけど、半数……

 いや、8割程度は同窓会気分で来訪したに過ぎなかった。

 ただ残りの二割にはμ'sやAqours、今回のイベントの参加者もいて、

 もし仮にもう少し本気でイベントをこなせる参加者がいれば、

 フルメンバーでオトノキ、浦の星の各面々が集うことはなかったのだと思う。

 その点ネットでは、絢瀬亜里沙が自身に都合の良い連中を揃えたと揶揄する声もあり、

 たしかにそう見られても仕方のない側面はある。

 ただ、あのどシスコン(自覚なし)が、姉のために開こうとしたライブで

 そんな妥協をするなど天地がひっくり返ってもありえないと私は踏んでいる。

 

「とするのであれば、私たちとしても……

 構わないな、にこ?」

 

 一応確認のために英玲奈が聞いてくるけど、

 私自身としても早くこの場から離れたい、この臭いが髪なり服なりにこびりついたら、

 気合を入れるためにおろした服を処分せねばならない、それは避けたい。

 ただまあ、基本的に閉口していたのは、

 相手の発言如何によっては、どのような罵詈雑言が出てくるかわからなかったから。

 そんな理由もあったりなかったり。

 

「過去にスクールアイドルであっただけの人間が、

 幼い頃からスクールアイドルを目指し励んできた人間を指導するなど、

 今はもはやその時代ではなく、もっと優れた人間に子どもを預けるべきです」

 

 そして私たちは、目的の通りに辞意を伝えた。

 英玲奈あたりは生徒からの人気もずば抜けているので翻意を促されるかな?

 なんて考えていたけれど、とんだ杞憂だった。

 早く辞めて欲しいと言わんばかりにトントン拍子で話は進められていき、

 言葉ばかりのねぎらいの言葉を耳にして退室した。

 

 

 けして来てはならないと念押しを重ねた生徒たちが私たちの様子を見に来ていた。

 自分が特に目をかけていた子や、英玲奈が熱心に指導していた子、

 問題も良い所もある可愛い子たちが、不安げな表情を浮かべて私たちを見つめた。

 

「事前の予想通り、私たちはUTXの講師を辞することになりました」

 

 そのように告げると、

 やっぱり事前の通りに考え直して欲しいと訴えられた。

 中には涙を流しながら止めてくれる生徒もいて、

 英玲奈や私の指導がなければ、どのようにラブライブの予選に臨めば良いのかわからない、

 これからをどう過ごして良いのかと翻意を切望される。

 ――私たちにはその気持ちだけで充分。

 

 たとえ上役に悪意や個人の好き嫌いだけで人を評価し判断する人間がいたとしても、

 自身の感情の判断だけで攻撃を加えるような人間がいたとしても、

 本当に夢を叶えたくて、真剣に取り組んでいる子達はきちんとわかってくれている。

 自分たちが、そんな夢見る生徒たちの希望の一助になれたのであれば、

 それに勝る喜びはないし、これからもずっと頑張っていける。

 この子達のためにも頑張らないといけないと決意した。

 

 ――今はまだ、潜伏のとき。


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