アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート 第三話 06

 ススメ→トゥモロウという曲がある。

 その曲の出来不出来は専門家の方に任せるとして、

 注目してほしいのはその曲名だ。

 一方、田口トモロヲという俳優さんがいる。

 ナレーターでも活躍する一方で、様々な作品にバイブレイヤー的な活躍を見せる、

 そんな個性派俳優である。

 絢瀬絵里がある時、田口トモロヲとススメ→トゥモロウが似ている、

 なんていうトチ狂ったことを言うので、そうねの一言でスルーしたのだけれど、

 それがえらく気に食わなかったらしいそいつは、居酒屋の店員さんにメモ紙を要求し、

 「タグチトモロヲ」「ススメ→トゥモロウ」と書いた紙を見せてきた。

 何杯目かの蜂蜜レモンハイをジョッキで飲んでいた私は

 その熱意を就職に向けろと思いながらしげしげと眺めてみる。

 やけにテンションが上り始めた金髪ポニーテールは、

 「タグチトモロヲ」と書いた文字を消して「タグチ→トゥモロヲ」なんて記し始めた。

 確かにそこまですれば似ているのだけど、そこまで行くと田口トモロヲ要素はゼロで、

 なぜそこまで田口トモロヲを熱烈にプッシュするのかイマイチ理解が出来ない。

 なお、亜里沙さんに田口トモロヲさんに会いたいとか言って、

 滅茶苦茶怒られたと後日言っていたけど、妹さんの説教は伝わってなかったのか、

 私になんとかして会わせて欲しいとお願いされたけど、

 そこまでしてお会いしたい存在であるのか私は今でも疑問である。

 

 

 なぜそんなことを唐突に思い出したのかと言うと、

 とある会合が今夜秋葉原のアイドルカフェで開かれるので、

 その現場へと移動中にナレーション田口トモロヲという文字を見てしまったから。

 ハニワプロ所属の人間もチラホラとキャスティングをされており、

 その大多数が現在事務所から離れていることは、意外なことに知られていない。

 知られていないと言うか……余計な情報は漏らすくせに、

 不祥事だけは鉄壁を誇るのが一般的な芸能事務所だから。

 他の事務所も手慣れたもので、対岸の火事を見守るようにほぼほぼノータッチ。

 私もツイッターでファン(笑)から最近仕事してないんですかと絡まれたので、

 元マネージャーのリアルアカウントを教えてあげておいた、

 あいつはちゃっかり今もハニワプロで甘い汁を啜ってるから、少しは現実を思い知ればいいと思っている。

 

 

 待ち合わせの時間までは少々時間があったので、

 真姫さん出演のエロゲーでも冷やかしに行こうかとブラブラとしていると、

 見慣れた女の子……いや、亜里沙さんと同じ年だから女の子って年でもないか。

 あ、綺羅ツバサは後10年は女の子しているつもりなのでそこのところよろしく。

 

「鹿角聖良さん」

 

 声をかけてみると、二人の人物が私の顔を見て驚いた顔をした。

 そう、聖良さんは別に一人で秋葉原においてボーッとしていたわけではなく、

 おまわりさんに声をかけられていたのである。

 以前もファンから完璧超人と言われているのを聞いて、

 どこが完璧だと思うんですか? なんて尋ねてみたら、

 私の姿をしげしげと眺めたそいつは、

 スタイルの良さですかねとクッソ舐めた目で言ったので

 セクハラだって言って訴えようとしたら南條さんに死ぬほど止められた。

 なお、その際の出来事は綺羅ツバサご乱心としてネットのまとめブログでまとめられていた。

 アイツまとめブログの管理人だったんだな……。

 

「あー、この方のお知り合いですか?」

「ええ、事務所の先輩……いや、年齢的には後輩なんですが」

「先ほどから中央線に乗って函館に帰ると言っているので……」

 

 無茶ぶりが過ぎる。

 鹿角聖良さんは一見するとたしかにクールビューティー系の

 完璧超人にも見えるんだけれど、頭の出来の悪さは一級品。

 記憶したいことしか覚えない都合の良すぎる脳みそで、

 しばしばマネージャーや同業者を困らせていたらしい。

 私やA-RISEに関するデータはなぜか綺羅ツバサが把握していないことまで知っているけど、

 μ'sでは絢瀬絵里くらいしか分からない。

 ただ、絢瀬絵里は把握していると言っても、以前まで会っていた(喧嘩も売った)

 澤村絵里=絢瀬絵里と記憶しているかは怪しく、

 あの超弩級のシスコンである理亞さんでさえ、

 もしかして姉様は頭がお悪いのではないかと言っていたけど、

 もっと早く真実は伝えられるべきだったと思ってる。

 ちなみに鹿角姉妹がハニワプロにいた(過去形)のは、

 芸能事務所から熱烈スカウトを受けていた聖良さんが妹の卒業まで待って欲しい、

 なんて嘆願して了承したのがハニワプロだけだったから。

 ただ、姉妹で秋葉原に行った日に妹さんはエロゲーにダダハマりし

 亜里沙さんにプロデュースされるまでくすぶり続けた(聖良さんは必死にフォローし続けてた)

 から、鹿角姉妹をスカウトした人間はちょっとは反省するべきだと思う。

 ちなみにその人は今はちゃっかり星空凛さんの事務所でスカウトやってる。

 

「すみません、この人、電車って言ったら中央線しかわからないんです」

「それはつまり電車に乗りたいということですか?」

「聖良さん、新幹線って知ってる?」

 

 一人で電車に乗れるかどうかも怪しい聖良さんがここまで来たのは、

 おそらく理亞さんが引っ張ってきたからだと思う、待ち合わせ場所には彼女も来る。

 移動は基本的にマネージャーが運転する車かタクシーしか乗れない聖良さんだから

 ――そういえば、どうやって函館から上京してきたのかしら? 

 機会があれば理亞さんに聞いてみよう、すごく興味がある。

 

「新幹線というのはあれでしょう? 中野梓ですよね?」

「あえてボケにはツッコまないけれど、それは特急電車」

 

 しかも、長野県の松本に行っちゃう、そもそも秋葉原に特急停車しないし。

 新幹線もそもそも停車しないけど、駅に行けば電車が止まると思ってる、

 おそらくリニアも止まるって信じてる。

 おまわりさんがこの人大丈夫かみたいな目で見ているので、

 ウィンクしながらこの子の偏差値は30ですと言っておいた。

 ――なお、その30という数字もある程度多く見積もってのものだけれど。

 

「聖良さん、函館ってどこにあるか知ってるよね?」

「上の方ですね」

 

 北と言って欲しかった。

 

「ここから少し行った先に秋葉原駅があります」

「そうなんですか」

「ちなみに秋葉原駅からは函館にいけません」

 

 聖良さんは驚いた表情をする。

 そしてがっくりと膝を落とし、この世の終わりを見たみたいに頭を抱え始めた。

 聖良さんに気取られないよう、こっそり秋葉原近くにいる私の知り合いは居ないかと

 LINEを回してみると、国木田花丸さんが一番近くにいるということだった。

 おそらくこのポンコツさんが花丸さんの顔を覚えているとは思わないけど、

 声をかけられればドヤ顔をしながら花丸さんの意のままに動いてくれるはず。

 

「函館というのは……もしかして、すごく遠いのでは……?」

「乗り物でしか行けないかな、徒歩だと時間がかかってしまうもの」

「1時間くらいで行けませんか?」

「……女性の一人歩きは危険だから、行けても行っちゃだめよ

 せめてぽーちゃんみたいなしっかりとした子をつけて」

「歩夢は私が何も出来ない子どもだと思っているので嫌です」

 

 この場にいる誰しもが、何も出来ない子ども未満の知能の持ち主ではないか?

 そんなふうに考えたけれど、言ったところで伝わるわけもないので、

 秋葉原駅に一緒に向かった後、国木田花丸さんにすべてを任せた。

 

 なおその数分後、涙目の顔文字のメッセージが花丸さんから届き。

 綺羅ツバサは見なかったことにして待ち合わせ場所に向かったのだった。

 

 

 伝説のメイドミナリンスキーが居たという喫茶店。

 μ'sのコネで今も食べている人というのがμ'sのメンバーではないというのは、

 絵里以外はみんな知っていることではあるんだけれど。

 音ノ木坂学院の理事長職を譲った後、ラブライブの運営に籍を置いたことりさんのお母さんは、

 オトノキでのイメージと違って優秀だと私の身の回りでは評判だ。

 真実を知っている私は心中複雑で、でも、彼女の活躍で絵里がニートできていた面もあるので、

 大手を振って娘さんみたいにあんな人扱いをしたりはしないけれど。

 ラブライブの運営と芸能事務所は表向き交流がない。

 プロ野球選手がアマチュア選手を指導するには資格が必要になるみたいに、

 芸能事務所が推したいような、表向きは一般人のシンデレラガール(笑)

 と呼ばれるような何万人のうち一人の逸材(笑)とかを昔から把握していると、

 なんか色々とあるらしく。

 UTXとラブライブの運営がズブズブなのは……まあ、誰しも知っていることではあるけれど、

 その蜜月はハニワプロの敏腕プロデューサーにして見初めたアイドルは必ず売れる――

 との評判がある絢瀬亜里沙さんに引き継がれている。

 私の出身校の方は結構色々あってクリーンさをアピールしているけれど、

 その結果ラブライブで優勝が遠ざかり、ここ最近は地区予選で姿を消していて、

 いや、初代優勝者なんですよって酒の席で言うと鼻で笑われるケースが多し。

 話がずれてしまったけれど、ラブライブ運営が把握している実力があるスクールアイドルの情報を

 ことりさんのお母さんが亜里沙さんに売り、その見返りに亜里沙さんは

 ありとあらゆる仕事上のアドバイスを送るという――

 人から指示されたことは自分の実力以上にこなすなどとことりさんは言うけれど。

 あの人が、亜里沙さんのフォロー無しでラブライブの運営で仕事ができるかは、

 まあ、私の知ったことではないので天高く放り投げておく。

 

 

 ミナリンスキー引退後のメイド喫茶店は売上がガタ落ちしてしまったらしく、

 都市伝説喫茶、鉄道喫茶と様々な変遷を経て、アイドル喫茶として一定の売上をキープ。

 売れなかった頃の店長はよほどアレだったらしく、その現状を憂いたことりさんが、

 ヒフミトリオの一人のヒデコさんにアドバイスを求め――

 結果喫茶店は生まれ変わることとなったけど、

 そのせいでμ'sがラブライブで優勝したのがヒフミトリオのおかげとの評判が、

 よりいっそう秋葉原で囁かれることとなり、

 トリオの3人が3人、社長とか会長候補とかの奥方として玉の輿を乗っていることを思うに、

 一概にはμ'sだけがすごかったのかと言われるとそうではないと項垂れながら応える他なく。

 今も以前まで別の事務所でアイドルやっていた人間が、

 何食わぬ顔をして接客しているのを見ながら、あの人達だけには喧嘩を売らないことを誓った。

 

 

 ツバサさんがブログやツイッターで宣伝してくれたらお客が来るので

 無料でいいですよとごちそうされた(ある意味脅迫された)バラエティーランチを食べながら、

 コレって確か、出来合いのものなんだよな? と首をひねりながら、

 先日食べた西木野家での食事と遜色ないレベルの味付けに恐怖しながら。

 鹿角理亞さんと園田海未さんが揃って来店した。

 ハニワプロのゴタゴタの後、聖良さんと一緒に事務所を退所した彼女は、

 しばらく自分探しの旅に出ると告げて姿を消そうとしたけど、

 亜里沙さんから堕落するから止めてと止められた。

 アンリアルで相方だったルビィさんは花嫁修業をしていると私は聞いているけど、

 ダイヤちゃんがそんなことを許すはずもないので、多分どこかでニートしてる。

 精神的に自身に甘い所があるともっぱらの評判の理亞さんに対して、

 では私のところに来ますか、と声をかけたのが海未さん。

 聖良さんはただならぬ空気を感じて逃げようとしたけど、ラブアローシュートの直撃で

 姉妹揃ってこき使われているとかいないとか。

 ただ、海未さんの目的が理亞さんのエロゲーコレクションだったという都市伝説があるけれど、

 私としてはノーコメントを貫いておく、命が惜しい。

 

「理亞さん、聖良さんの管理はきちんとしないとダメよ」

「秋葉原で用事があると言っていたので、何かあったんですか?」

「中央線で函館に帰るって言ってたわ」

 

 理亞さんは苦笑したけど、海未さんはまだ教育が足りないようですねと恐ろしいことを言った。

 私が国木田花丸さんに預けたと言えば、

 分かりました家に返してくださいと返答されると思ったので、

 先回りして花丸さんのLINEにラブアローシュートに気をつけろって打っておいた。

 自分のスマホの画面を見た聖良さんが震え始めたとの文章が

 泣きの顔文字(二回目)と一緒に来たので、今度は涅槃で会おうって答えた。

 

「ことりが居た時代とはだいぶ趣が変わりましたね、メイド喫茶でしたか?」

 

 海未さんに問いかけられたので、現在に至るまでの状況を説明しておく。

 ことりはすごかったんですねと感嘆しているけれど、

 今あなたにコーヒーを持ってきてくれた子が語尾にチュンチュン言ってたの気づきました?

 

「今の人……一時期ラノベユーチューバーやってた人……」

 

 そして理亞さんが気づいてはいけないことに気づいて、

 それを聞いた私ともども少しばかり閉口しておくしかなかった。

 

「絵里の様子はどうですか?」

 

 空気が冷え始めたのを察して海未さんが問いかける。

 私の知っている絵里のポンコツエピソードは鉄板ではあるけれど、

 油断していると、なぜ自分の知らないことを知っているのかと

 恐ろしく病んだ目で問い詰められてしまうので迂闊なことは言えない。

 なのでいつもの通り、健やかな顔をして眠り続けていると答えておいた。

 

「最近は芸能関係者と名乗る方が来訪されます」

「へえ? 精神を鍛え直すつもりで?」

「それならば良いのですが」

 

 海未さんが苦笑いしながら。

 なんでも、自分たちのプロデュースする人間に

 曲を作って欲しいと懇願されるケースが増えたとか。

 私の過去の一件でメンツを叩き潰された音楽関係者は、今回のハニワプロの出来事で、

 μ'sの曲や園田海未作詞の曲に注目が集まり始めたことを肌で察し、

 なんでもあいつにだけは負けるなという勢いで努力をし始めたそうだけれど……。

 付け焼き刃の努力でμ'sの作詞担当に勝てるわけもなく、

 万策尽きた感のある芸能関係者が海未さんに仕事を持ってくるのは――。

 

「風が変わりつつあるようね」

「ええ、私の友人も自分たちに戻ってきて欲しいって」

「理亞に友達なんていたんですか」

「います! 3人くらい!」

「――統計としては微妙な数字ね」

 

 ネット上では相変わらず私たちや亜里沙さんを中心としたスタッフ。

 特に、今回の一件で離職された面々のたたきが収まらないけれど。

 でも、現場では次々とハニワプロから出ていったアイドルやタレントに戻ってきて欲しい、

 そんな声が上がっているよう。

 ただ、その小さな声はあらゆる事務所の上層部というか……スポンサー。

 つまりは芸能を支援している企業には耳の痛い話みたいで。

 なにか、そういう会社の社長とか会長とかの社会的権力を持っている人間に圧力を利かせている、

 そのような存在がいるように思われた。

 マリーやダイヤちゃんあたりも追っているって話だったけど、しっぽをつかめないらしい。

 

「希も……嫌な気配がすると、いまは単独で何かを追っているそうです」

「希さんが?」

「迷惑はかけられないからと――心配ですが、彼女ならひょっこり返ってくると思うんです」

 

 最近姿を見かけないと思ったら。

 と、ここで携帯になにかメッセージが届いたらしかった。

 花丸さんのLINEならスルーしようと思ったら。

 

「ええと? 亜里沙さんからね」

「亜里沙からですか、なんでしょうね?」

「お姉ちゃんが目を覚ましました! ハラショー! だそうよ」

「へえ、お姉さんが目を覚まし……ん?」

 

「「「ハラショォォォォォォォォ!!!???」」」


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