アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート 第三話 14

 南條さんが運転する車の中。

 先ほどまでの哀れな子羊を見るような表情はため息と一緒に捨てられ、

 呆れているような、物事を投げ出したいというような、

 投げやりとは違う、ちょっと憂鬱感漂う笑みでこちらに声を掛けてくれた。

 

「念の為に言っておきますが、亜里沙さんとツバサさんはこうなることを知っています

 安心して欲しいとは言いませんが、何もドッキリでこんな目に遭っているわけではありません」

「今まで亜里沙にして下さったことを考えれば信用します、何かご苦労をおかけしているんですよね?」

「絵里さんは何も悪くはないのです――申し訳ないです、私の一族が苦労を掛けて。

 ただ、あの人達の隆盛ももうすぐ終焉。そのために協力……せざるを得ないんですよね、

 どうしてもと言われれば考えますが、できればお付き合いください」

「事情を伺っても?」

 

 今回の太陽の日から始まった暗澹たる日々――とは言っても、大部分で眠りこけていた私は

 自分以外の人間がどれほど苦労を重ねたかを聞いて、顔から火が出そうだった。

 UTXやハニワプロの一部の面々が悪意に染まり、悪行に手を染め、

 かつ甘い汁を吸おうとした今回のイベントは、全て南條さんのお兄さんが事を起こしたらしい。

 

「椎名伊織……ご記憶にありますか?」

「嫌な名前を久しぶりに聞きました」

「申し訳ありません、その人が私の兄なんです――とても恥ずかしいことに」

 

 生まれてこの方ずっとニートとして過ごしたと勘違いされがちな私ではあるけれど、

 大学時代はアルバイトに明け暮れていたりもした。

 金銭面に不都合があったのではなく、なんとなく私も自由に使えるお金というものを、

 労働することによって入手したかったのである。

 きっかけは単純ではあったものの、物覚えもよく、当時は愛想もよく、

 憧れていた穂乃果のように手を取り合って協力すればどんな願いも叶えられる。

 新入生で溢れていた音ノ木坂学院を観て大泣きしてしまった哀れ過ぎる私は、

 その甘い考えそのままに社会へと飛び立とうとしていたの。

 結果的に私も、憧れていた穂乃果自身も、信用して貰おうと努力した結果相手に裏切られる――

 などというトラウマを体験し、コミュニケーション能力が高かった穂乃果はトラウマを感じさせないほど

 明るく働き続けていたものの、私の心はボッキボキに折れた。

 結果社会復帰を果たすまでに数年を要し、いや、アイドルっていうのが社会復帰したと

 表現して良いものかは私にはわからないけれど、とにかくまあ、労働してお金を得る

 真っ当な社会人にはなれたのではないかと思う、すぐに倒れたけど。

 

「あの人、刑務所に入ったんじゃなかったんですか?」

「すぐ出ました。周囲の目もあり入っていた体はしていましたが――

 甘い顔をせず社会に放逐でもしていれば、多少は考えも改めたでしょうけれど」

 

 先ほどから私たちの話題の種になっているのは、

 過去に私をストーカーしていたやつ、名前は椎名伊織。

 元同僚であり、働き始めはやる気もなければ、厚かましい、何より偉そう。

 とあるテーマパークのアルバイトだった私は、

 そんな相手にも、根気よく、丁寧に、そして悩みも聞き、手助けをして、フォローを欠かさず。

 どんな相手も分かりあえるという理想を胸に抱き、親切の限りを尽くした。

 あの亜里沙や世間知らずの側面があった真姫でさえ、

 好意を尽くす相手は選ぶべきだと経験上把握していたにもかかわらず、

 できが悪く、哀れそうに見える相手ほど尽くしたくなるアホっぷりで、

 結果自分が損することになった――警察沙汰になったので妹にも、

 友人関係にあったツバサにも多大なる迷惑をかける事になったけれど。

 あの時のことは、絢瀬絵里は悪くないの一点張りでネタにすればフォローしてくれる。

 申し訳ないから忘れた体では過ごしていたんだけど。

 

「あの男は、人としては低能ですが、相手を掌握することと、うまくこき使う才能はありました

 自分では上に立つに相応しいと称していますが、単純に親に権力があるだけです

 その下地を活用し、親の経営権を乗っ取り――今のところあいつに逆らえるとすれば

 世界的にも有名な企業だけでしょうか?

 とはいえ、そんな企業はあいつを相手している暇はないですけどね」

 

 侮蔑した発言そのままに気分を害した風な南條さん。

 男女に限定せず、親切心が自分への好意であると勘違いする相手はどこにでもいて、

 かつ、お金や権力を有していたあの男は私がどうしても欲しかったらしい。

 能力が高いというのはあいつの勘違いであろうけれど、案外優秀だったのだ――

 いや、自分でも信じられないくらいに、そのまま正社員登用もありえるほど、

 ベテランのスタッフにもあなたよりも優秀な人は見たことがないと称されるほど……

 多分おべっかだけど、褒められていい気分にならない人はいない、哀れなことに。

 料理や裁縫――家庭的と呼ばれる要素も無難に持ち合わせていた私は、

 いい奥方になるようにも見えたのだろう、学力面でも優秀だったから頭もよく見えたのかも知れない。

 仮に頭がよかったら、そもそもあいつに引っかからないんだけどね。

 

「繰り返しになりますが、あの男を中心とした哀れな人間を地獄に叩き落すいい機会なんです

 身内の恥ではあるのですが、協力してください――お願いします」

「私にできることでしたらなんなりと、でも――」

「安心してください、絵里さんに手を汚して頂くことはありません

 亜里沙さんもそうですが、あなたも優しすぎる……

 また聞きではありますが、あの両親なんて何度地獄に落としても足りませんよ?」

「臆病なんですよ、怖いんです――暗いところも――そうなんです」

「もうすぐ建物に着きます、今日はホテルで一夜を過ごし――

 明日から薄ら寒いイベントが続きます、せめて今日だけはゆっくり過ごしてください」

「信用します、だってあなたは亜里沙が本当に信用する数少ない方ですから」

「――正直、私はそのような人間である自覚はありませんが」

 

 でも、自分が大切に思う相手がそのように考えてくれるのならば。

 それはとても幸せなことなのかも知れませんね。

 と、南條さんは呟いて、天を仰いだ。

 泣いている様子にも見えたけれど、指摘するのは野暮なのでだんまりを決めた。

 

 

 南條さんと一緒に入った普段に私が近づくことすらできなそうな超高級ホテルは、

 空を突き抜かんばかりに建物が高くそびえ、踏み出す足が緊張を覚えた。

 秋も深まる中で夜になれば肌寒くなる季節に、

 冷えを感じることもなく、または汗ばむような暑さも覚えることもなく、

 徹底された空調管理とサービスの結果、酔いがどんどんと冷めてきて冷静になる。

 ここに来るまでの車内において、翌日からのイベント内容およびキャラ作りの必要性を説明され、

 すっかりお兄様大好きな妹に変貌した南條さんや、この度の機会を楽しみで仕方がない

 と言わんばかりにそわそわとしている金髪を模した私。

 傍から見ると滑稽極まりないんだけれど、周囲への波状効果は絶大なものがあったらしく、

 ホテルのスタッフや監視役として送り込まれている椎名関連のスパイ(南條さんにバレてる)には、

 ちょっと前まで酒を飲み干してたことは気づかれていない。

 部屋に戻ってもなお演技は続き、今日は睡眠を取るとなった時に南條さんの目つきが鋭くなり、

 誰かいるのかと思って振り返ったら、闇堕ちした東條希みたいな――

 確かに似ても似つかないのだけれど、一部分(オーラのこと、おっぱいじゃない)は

 彼女が希に似ているのか、希がこの人を模しているのか、

 私は判断つかなく、近づくたびに感じる得体の知れない空気――というより、嫌気。

 背中をツーっと指で撫でられているみたいな、えづきを覚えるような気持ち悪さに、

 ボロが出そうな気がして思わず顔を伏してしまった。

 

「ふふ、そんなに緊張せんといていいのよ?

 ウチには全部見えていたから――そのキャラ作りは」

「あなたは?」

「色欲の悪魔……あ、好色? ヒトの願望や欲望を力にしてる

 ――まあ、そんな、とりあえず人間じゃない程度に記憶してもらえればええんよ」

「絵里さん、まどマギのインキュベーターみたいなものです。

 邪悪極まりない――兄とは波長が合うんでしょうね、下劣さ加減で」

 

 南條さんのディスにもキュゥべえさん(仮)はどこ吹く風。

 耳に入っただろうけど、悪魔だと言うから年齢も重ねているであろうし、

 能力は多少衰えているかも知れない、どこまで外見通りの女性かは分からないけれど、

 恐らく精神的にはBBAと呼んでも遜色はないかも知れない、こういうヒトって

 初登場時には余裕を噛ましているけど、いつの間にかただの噛ませ犬になって、

 いつの間にか正義のもとに断罪されていなくなってたりするよね。

 

「エリー、親友に似ているからと言って、ちょっとディスが激しくない?」

「すみません、私嘘がつけない人間なので」

「心を読まれたことを少しは動揺しよう?」

 

 キュゥさん(仮)はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 私はそれを眺めながら、悪魔というのに俗世間に染まっていることに多少なりとも違和感を覚える。

 さして自分の障害にはなるまい、なったとしても多分誰かが助けてくれるはず――

 強気なのか弱気なのか判断がつかないけれど、最初感じた恐怖感はすっかり拭いだされた。

 南條さんが私の前に進み出て、私はひとまず部屋の中の椅子に着席。

 彼女が実はDとかの弟子で、目を離した隙に戦闘が終わってたら残念であるので、

 頑なにも目を離さずに動向を見守る、キャラ作りに疲れたわけではないのよ?

 

「不穏な動きをしているのをイオリが知ったらどうなるだろうねえ?」

「私もあなたに会えてよかった、これで一人残らず討ち果たせる」

「ん?」

「――あのシスコンがキャラを演じた妹が言うことを信用しないわけがないでしょう?

 そして迂闊にも希さんとつながりがある私の前に姿を現すとか。

 迂闊とか言いようがありません」

 

 南條さんの中ではもうすでに目の前の相手は死亡フラグが建っているらしく。

 私はポットの側に置いてあった、緑茶のパックを手に取りお湯を入れた。

 100円以下のどこにでもあるようなインスタントと違って、香りも上品で――うーん、マンダム!

 ひとくち口をつけたら火傷しそうなくらい熱くて、ふうふうとコップに息を吹き入れた。

 キさん(仮)はそんな私たちの態度に頭痛を感じたのか、悪魔も頭が痛くなることがあるのね?

 なんていう私の感想を読んで気分でも悪くなったのか。

 

「あんまり私に舐めた口を叩かない方が良いわよ?」

「その台詞がすでに死亡フラグ――三下は」

「少しは力を見せつけたほうが良さそうね……まず手始めに」

 

 建物が揺れ始めた、震度で言えば2くらい。

 確かに欧州では驚かれるかも知れないけれど、日本での暮らしが長い私や、

 純血日本人の南條さんにとっては、またかくらいの認識で。

 怒り心頭に発したことによって何かの超常現象でも引き起こすのかと思いきや、

 ちょっと部屋を揺らしてみました程度の力に、やった本人でさえ首をひねってる。

 

「哀れですね、今のあなたの力の根源である善子さんの不幸属性は

 もう意味をなさない、力を使えば使うほど――」

「嘘でしょう!? だってアレだけの……恨みや呪い、妬み嫉み……

 彼女を形作っていた、黒澤家の!」

「人は成長をする生き物です、過去のしがらみなど今には何の意味もない

 たとえ、過去に不遇で不幸であっても、今の彼女には関係がない

 人間の力を見誤った時点でもう――あなたにはフラグが建っていたんです」

 

 そろそろ絢瀬絵里が主役じゃなくて、南條さん主役のスピンオフ物になりそうじゃない?

 彼女は否定するかも知れないけれど、明らかにオーラが一般人を遥かに超えてる輝かしさ。

 二杯目の緑茶に口をつけながら、何パックか持って帰って亜里沙とツバサに飲ませてみようか、

 どうやって持ち帰ろう、そういえばお酒を飲む前に持ち込んだカバンは置いてきてしまった。

 まあいいや、お腹に溜めておいて後日自慢でもしてあげよう。

 

「く……覚えてらっしゃい!」

「お帰りはドアからどうぞ」

「ばっはろ~」

 

 手を振りながらキ(仮)さんを見送る。

 恐らくもう出会うことはないだろうけれど、寝るまでは覚えてることにする。

 あ、ちなみにばっはろ~はバイバイとハローを組み合わせた絢瀬絵里の造語。

 どっちかに統一しろというツッコミは受け付けません。

 

 

「く、原祖の悪魔が人間なんかに――!」

「テクノロジーを過信して、新しいハイテクに駆逐されるオールドタイプみたいやんな?」

 

 南條さんにお手洗いに行ってくださいとお願いされたのと、

 ユッキの導きによって、希に認知されないように陰ながら二人の戦いを見守る。

 ――絢瀬絵里の夜はまだまだ続きますが正直眠いです。

 希はボロボロの柔道着を身に着けていたとか、修行の末に超サイヤ人に変貌をしていたとか、

 ついにバストサイズが3桁の大台に乗ったとかそんなことはまったくなく。

 私が眠りこけている間には、仕事そっちのけでキ(仮)を探していたらしく、

 自分の手で必ず成敗すると息巻いていたとか。

 そういうことをされてしまうと非戦闘員の絢瀬絵里は戦闘の解説役にしかなれない。

 

「鞠莉ちゃんのツテで貰った、アガートラーム!」

「それはオーバーキルでしょ!」

 

 希がどこからか取り出した(明らかに異空間だった)聖剣に、

 隠れて見守ろうという私の魂胆は塗りつぶされて、ユッキが用意した(異空間から)ハリセンで

 おとぼけ紫おさげをスパーンとぶん殴る。

 あまりに予想外であったのかシリアスをやりたかったのかは不明だけど、

 もうすでに場の空気がギャグに傾いているので、アークインパルスの代わりに

 ボルテッカー! とか叫んでマイク壊しても良さそう。

 

「エリち! ――久しぶり、よく帰ってきてくれたね」

「あの血まみれの寝そべりぬいぐるみってお手製なの?」

「え、慈愛を込めて微笑んだ女神のんたんはお呼びじゃなかった?」

 

 いまさらシリアスに軌道修正したところで――

 女神と呼称できるほど、美しく思わず見とれてしまいそうな笑みは一瞬で消え失せ

 キョトンとした表情でおとぼけてみせた。

 敵であるキュゥさん(仮)も、目の前で始められたコントに目を見開いてみているだけだ。

 

「ええと、ごめん、考えてた台詞を言っていい? ベルちゃん」

「ベルちゃん!? いやいや、チョット待って、待って

 いい、私は宿敵。あなたが歪む原因を作った原祖の悪魔にして、欲望と好色を司る

 とんでもない邪悪極まりない存在なの、ベルちゃんはちょっと困るっていうか

 何のためにヤンデレたあなたを絢瀬絵里が見ることになったのか」

「津島善子ちゃんを誑かし、私の両親を死に追い込み、ウチをヤンデレにしたその罪!

 とか言えばよかったの?」

「――あ、うん。AKY(あえて空気を読まない)だったわ」

 

 なんだかなあという空気がホテルの敷地内に流れる中。

 敵意全開で睨み合っていた両名は無事に矛を収め、ほのぼのしたストーリーに軌道修正した。

 あと、さらっと東條家の両親がお亡くなりになってるって知って、私はどう反応すればいいのか。

 

「絢瀬絵里!! あなた! あなた!」

「ごめんなさいね――もう、私の前で誰かが不幸になるのは嫌なの

 身勝手でも、チートでも、なんでもいいけど、私は平和が好きなの――だから」

「ああ、もうわかったわよ! しばらくは矛を収めてあげるわ! 

 金輪際人間に手を出さないとは誓わないけど、お休みしててあげる!」

「よかったなぁベルちゃん」

「ベルちゃんはやめて」

 

 その後、南條さんを含めた4名でお酒を酌み交わした。

 悪魔はお酒が強そうなイメージがあったけれど、勝負した結果

 見事に絢瀬絵里が勝利した――その顔を見た東條希が私のことを、

 

「神にも悪魔にもなれるのかなあ」

 

 と、称したけれど。

 そんなマジンガーZみたいな扱いはやめて欲しい、

 私に光子力エネルギーは流れてない、ロケットパンチも打てない。


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