三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記   作:おうかわりん
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鹿角理亞ルート 09

 理亞ちゃんの退散により代わりにこの場に送り込まれたのは綺羅ツバサ。

 私がいつもの私とは違うとは認識しているであろうけれど、

 かといって中に西園寺雪姫ちゃんという別個の存在がいるとまでは把握されていないはず。

 普段とはちょっと違う、少し警戒感が入り混じったかのような怪訝な表情をして、

 ただ態度としては悠然と何が来ても余裕とみたいな風ではあるけれど。

 こういう時の彼女はさり気なく緊張している。

 槍でも鉄砲でも持って来いというかのような泰然自若とした行動を取っている時には

 本当に余裕であることもあるんだけれど、だいたいそうなんだけれども。

 ごく一部のイレギュラーな事態が起こった際には、できる限り問題に触れないように

 スルーしたい衝動にかられてしまうものであるらしい。

 普段のツバサなら「ちょっと絵里キャラが違うわよ」くらいの言葉は吐くものであるし、

 人を意のままに操るのが好きな彼女からすれば、

 相手が何をするのか分からない状況はあまり歓迎できないのだと思う。

 

「ツバサに相談したいことがあるの」

「協力しましょう?」

 

 生活スタイルがソロプレイな彼女であっても、

 頼りにされたりするのは嫌いじゃないのか、

 それとも私に頼られるのが好きなのかは定かではないけれど、

 興味ありげに私の顔を覗き込みながら応える。

 雪姫ちゃんのデータベースには極度のブラコンで、実は頼りにされたがり

 というのがあるらしいけれど、弟って何? コタくんみたいなの?

 もしかして女装するとすごく可愛くなっちゃうタイプだったり?

 

「誰かから頼りにされたいの」

「その発言からして頼りにならない自分にコンプレックスがあるようね?」

「ええ、いつまでも迂闊なままではいられないの

 せめて年齢相応に落ち着いた態度を見せたい」

 

 興味を誘うことには成功したのか、

 先程までの警戒感漂う表情は無事に改善され、

 距離を取られていた事実も改められる。

 

(まだですよ、まだ釣り上げてはいけません!

 エサに食いつこうとしているくらいです! 待ちの姿勢で行きましょう!)

 

 雪姫ちゃんから提供されるツバサのパーソナルデータは、

 あいにくだけど私の知らないことばかりだった。

 上辺だけの付き合いをしているつもりはなかったけれど、

 少なくとも頼りになる男性がタイプだというのは知識として持ってないし、

 弟くんに対して果てしなくダダ甘だというのも把握していない。

 私はてっきり男性よりも女性が好きなのだとばかり思っていたけれど、

 弟くん以上に魅力的な男性が見当たらないという理由が強いみたい。

 

「例えば……年下の異性からお姉さまって呼ばれるようになるには

 どのような態度を示せば良いのかしら?」

「あなたの知り合いに年下の異性なんていたんだ」

「年下の男性がいざっていう時に頼りになるさまを見せてくれたら

 ちょっとキュンってなるっていうか、ツバサは経験がない?」

「あr……な、ないわね、そんなことまったく。

 事務所の後輩はほとんど同姓だし、仕事上付き合いのある男性で年下って

 そんなにいない気がするわ」

 

 断言しようとして躊躇う姿勢を見、

 よもや英玲奈みたいな態度で弟くんと接しているわけじゃないよね?

 なんてことを考えながら。

 しかし、なぜ年下の女の子のアドバイスのもとで

 アラサー二人がこんなコイバナみたいなトークをしているのか解せない。

 それとも一般的に女性はこんなふうにコイバナで盛り上がるものなの?

 私個人の感想でいいなら、異性より伊勢海老食べようみたいなトークのほうが好きよ?

 

「庇護欲を誘う相手が自分をかばってくれたりとか」

「――ああ、創作の話? あなたにそんな異性がいるとは思えないし

 私もけ、経験があるわけじゃないけれど

 そういう妄想のトークで構わないならアドバイスできるわ」

「うん、頼りになる姉キャラとしてのポジションを確保するためにも

 ツバサのアドバイスが聞きたい、頼りにしているわ」

 

 妄想という形でふだん彼女がしている行動を把握できれば。

 データを疑うわけではないけれど――

 彼女が好きな相手が常に弟であるというのは疑念が生じる。

 なにせ一人っ子だと思ってたし。

 

「守りたくなる女性が好きな男性というのも確かにいるけれど、

 誰かに甘えたい衝動が強いというのが大半でしょうね」

 

 持論を展開するツバサ。

 バブみというのが以前流行りに流行り、

 幼女やら人妻やら今まで攻略対象になりづらかったキャラが

 やたらフィーチャーされていたのは知っている。

 その点を考慮すれば確かに甘えたがりな男性がいるというのも頷ける。

 が、ツバサとしては好きな人にはやたら甘えられたい人というデータを提供され、

 主観がたいへん入り混じった意見と分かり素直に頷けない。

 自分のことを棚に上げれば、男性のことをやたら分かっている風なアラサー処女の時点で

 なんとなくほほえましい気持ちになってしまうのはどうしてでしょう。

 

「ツバサは頼られたい誰かとかいる?

 モデルを作れば想像もしやすいかなって思って」

「あなたにしては賢いモノの考えね」

 

 それじゃあふだんはまるで賢くないみたいじゃん。

 みたいに思って雪姫ちゃんに意識を向けたら、

 「あ、はい、そうですね、そんなことないです」とまるで無感情に返されてしまい、

 あっ、察し……という気持ちになった、ちょっと泣きそう。

 いつの間にかにツバサではなく、私自身が雪姫ちゃんに自由に操られている

 そんな疑惑が生じ始めているけれどスルー。

 

「これは妄想の範疇ではあるのだけれど

 あなたが頼られるのなら中性的な男性であると良いと思うわ」

「女装が似合いそうな感じ?」

「ええ、でも自分がノリノリで着るようなのではダメ、

 控えめながらも女の子の格好が似合うというのが良いわね」

 

 ツバサが胸を張って断言する。

 自信満々と言った風の声色に思わず頷いてしまいそうになるほど、

 彼女の仕草や表現は優れていてカリスマ性にあふれていた。

 これが自分の妄想を私に押し付けていると分かってさえいなければ、

 純粋に頷きながら彼女の話を聞いたと言うのに――

 ひどく残念な人を見る心持ちで、さらにツバサの発言を促した。

 

「絵里は見た目だけは頼れるお姉さま系じゃない?

 背も高いし胸も大きいから相手がドギマギとさせてしまうような色気っていうものをアピールしてみたらどうかしら?」

 

 要約:色っぽいお姉さまだと弟さんから思われたい。

 仮に彼に対して効果がある選択肢であったとして、

 ツバサがどのように変貌するのかは私が追求することではないにしても。

 元々フランクで仲良くなるきっかけ自体はハードルの低い彼女ではあるけれど、

 そこから仲良しに至り、さらには恋人になるためには難関が多く待ち受ける。

 自分がそれを乗り越えた自覚はないけれど、雪姫ちゃんが言うには乗り越えたらしい。

 こうなりたい私という感覚を自分があまり持ち合わせていないのは把握しつつあり、

 誰かの理想型が他人から見た絢瀬絵里という存在であるのは――

 私がどうもうこうも言えない。

 不意に気がついてしまったのだけれど、

 自分自身というものが誰かから観た風評でしかないというのは、

 気づいてしまえばカラクリは単純。

 亜里沙やツバサや理亞ちゃんがいう絢瀬絵里像は頷ける部分があっても、

 必ずしもすべて私自身を分かっていての判断ではないのだ。

 そりゃ、私だっていくら分かっているとは言ったところで、

 亜里沙やツバサとかのことを何から何まで把握なんぞできるわけはない。

 彼女たちがどのような人物かなど”誰か一人”が判断する問題ではなく、

 自分というフィルターを通してみた彼女たちがどんな人物であるかなど、

 半分以上思い込みであるという可能性すらある。

 

「もう少し指導をしてみて欲しいわ

 私も頑張ってみるけれどイメージだけでは難しいから、

 お手本が欲しい」

「私に色気なんてないでしょ」

「お願い、イメージの取っ掛かりにしたいから

 こう、極めて理想的で頼りがいのある姉キャラを見せて欲しいわ

 ほら、私もやってみるし」

「ふむ……まあ、行動を伴ってみれば参考にもなるか

 あなたもダメ出ししても構わないわ、

 指摘するのならばやる度胸があるということだものね?」

 

 というわけで私自身の感覚というものをある程度割り切ることに成功し、

 自身でなりたいものを追求するよりも、

 誰かから観た絢瀬絵里像を演じてみせたほうがよっぽど

 自分らしいと言われることを直感的に私は理解をしてしまった。

 たしかに私の理想は穂乃果みたいな人であり、亜里沙みたいな人であり、

 ツバサでもあり、真姫でもあり、理亞ちゃんでもあり、海未でもあり――

 そんな友人たちが描く理想の絢瀬絵里像というものが、

 もしかすれば自分らしく見た目と合っているというのなら、

 いかばかりか演じてみせるのも悪くない――私に演技の才能はないけど。

 

(絵里お姉さん――いつになく賢いです!)

(雪姫ちゃんはこう――私の内面を見てがっかりとか、

 うんざりとかなかった?)

(深く知れば、そりゃがっかりするところもあると思います

 でも、だからといって絵里お姉さんの評価を下げるようなことはしません

 絵里お姉さんの新たな一面を知れて私はとても嬉しく思うだけです)

(あまりにも差異があったような気もするの

 誰かから観たμ'sの絢瀬絵里という存在が多少なりとも、

 ちょっと格好良い系の完璧超人みたいに扱われているのは

 案外”思い出して”しまったし)

(んー? 絵里お姉さんにすごく好きな人がいて――

 もしもその人が知っていくほど迂闊だったり、失敗が多かったり、

 例えば亜里沙さんがちょっとがっかり系な趣味を持っていたり、

 ツバサさんがブラコンで男性用下着を見ると弟さんもこういうの穿いて?

 みたいに考えることがままあるというのを知って

 その人の評価を下げるとしたら、私はそれはダメですとはっきり言います)

 

 木を見て森を見ずとされるような、

 自分の意に沿わない行動をして百年の恋も冷めるとする――

 そんな恋愛系エッセイであるような、相手の失敗の責を咎める内容の文章。

 よくよく考えてみれば、誰かから観た絢瀬絵里がたとえ本当に

 自分自身を写す鏡だったとしても、考慮する必要はあっても気にしすぎることはなく。

 本当に好きな相手が、仮にとんでもない趣味を持っていたとしても

 笑って許すくらいの度量はある程度必要であるかもと。

 

「あいにく私も色気のある姉というものが、どんな行動をするのかはわからないわ」

「確かに絢瀬家は姉妹だし、弟がいるっていうニコには色気のカケラもないわね!」 

「……今のは聞かなかったことにしてあげる

 だから男性人気があるマンガを参考にすると良いかも。

 仮にこういう姉が良い! っていう理想がマンガの題材であるのならば

 参考にする価値は充分にあるわ!」

「いま、男性に人気がある漫画って言うと……ワンピースとか?」

「んー。たしかに人気があってお色気シーンもあるけれど、

 そういうマンガを色気がある女の子がいるから読みます! っていう人は少ないじゃない?」

「そっか、ならラブコメ系?」

「ええ、男性人気を掴んで離さない(たぶん)童貞(たぶん)な男の子から

 絶大な人気を誇る(たぶん)ToL……」

「ん? どうしたのツバサ、私の顔に何かついてる?」

 

 というより、私の背後になにか恐ろしいものが見えてしまったよう。

 スチームクリーナーの音は聞こえないから亜里沙じゃないにしても、

 怯えるような目で後ろを見ろと言わんばかりのツバサに対して

 多少腑に落ちない思いは抱えつつも振り返って背後を観てみる。

 

「理想の姉キャラ談義は終わりましたか?」

「あ、亜里沙……ま、まだオチをつけるには時期尚早というものよ?」

「トークが盛り上がりに盛り上がった結果、

 顔面騎乗位が起こるシチュエーションになると

 私には分かります」

「さ、未来の先読みでラブコメの主人公を制裁するヒロインは……

 さ、さすがに新ジャンルすぎない? ねえ、ツバ……」

 

 っていない!?

 音もなく姿をくらまし、

 亜里沙に絢瀬絵里という生贄を捧げる見事な手腕。

 敵ながらあっぱれと言ったところでしょうか。

 

「で、でも、今はスチームクリーナーも無いみたいだし、

 殴ってどうこうするっていうのは良くないと思うわ、手も痛いし」

「はい、罰の実行は暴力行為ではなく行動でしていただきたく」

「な、なにをすればいいの?」

「まずはこれを確認してください」

 

 その言葉と同時に示される紙の資料。

 そこには突貫工事で用意されたと思しきエニワプロのアイドルたちの

 これからのスケジュールが刻まれていた。

 やはりというべきかECHOとしてのルビィちゃんは大きく取り上げられていて、

 むやみやたらにハニワプロとの対立行動を煽るような宣伝文句が書かれている。

 

「この内容……もしかしてハニワプロは了承しているの?」

「そのようですね。

 私を通されていない以上、自分が担当するアイドルを

 提供するわけには行きませんが……まあ、一社員が会社には逆らえません。

  

 ――警戒して頂きたいのです。

 確かになにかの大きな意志が都合良く何かを回そうとしているのは、

 ”お姉ちゃん”も分かっているとは思うけれど。

 でも、その前に……ハニワプロとエニワプロという存在が、

 アイドルを都合よく使おうとしているのは気をつけて欲しい。

 

 私が迂闊だったの

 海未さんが対立行動を取れば相手になる誰かが必要になって、

 上にいる人たちが都合の良い駒を探していることに気づかなかった――

 まさか裏でくっついているとも思わなかったし

 それに想像以上にμ's同士の対立というものが世間の目を引くということに気づかなった。

 ほんとうにごめんなさい、謝っても仕方がないかも知れない

 遅かれ早かれ、絢瀬絵里はハニワプロの所属のアイドルとして

 理亞やツバサさんといったA-RISEやSaintSnowの協力を伴い、

 μ'sの園田海未と対立行動を取ることを世間が知ることになります」

「……どっちに転んでも得をするのは会社ということ?」

「うん、どちらが勝っても注目を集めるのはエニワプロとハニワプロ、

 対決の様相次第では優れたパフォーマンスを発揮させた、

 プロデュース手腕をアピールすることができる。

 仮に失敗しても裏でつながっている以上、一つの会社として元の鞘に戻ればいい

 ――切り捨てるのは、失敗した私たちだけで充分」

 

 奥歯を噛み締めながらふざけていると感じた。

 でも――利用されているのならば、私たちにもできる手段がある。

 亜里沙を――妹をこんな泣きそうな辛い表情にさせる人間がいるのであれば、

 姉としては全身全霊を持って利用する輩を叩き潰すしか無い。

 

(雪姫ちゃん……ごめんなさい

 あなたの手助けがまだ必要になるかも。

 情けないったらないわね)

(いえ、西園寺雪姫は断言します

 絵里お姉さんの行動というものが、どのように”世界”に影響を与えるのか

 身の程を知るのは彼らの方というものです――)

(こ、怖いわ雪姫ちゃん、何か別の意志が入ってない?)

 

「亜里沙。お姉ちゃんを見ていなさい、

 そりゃあ今まで頼りないところもあったし情けなかったかも知れないけれど

 あなたを泣かせる人間がいるのなら、私はその人を許さない。

 ちょっと本気に……空回りするかも知れないけれど、

 本気になってみるわ」

「やってくれるの?」

「私よりも理亞ちゃんやツバサを前に出したほうがイベントは成功するかも知れないけど

 ――亜里沙、私のトレーニングメニューはあなたに作ってもらいたい

 あなたは私に一番力を発揮させる優れた手腕を持っているのだから」

「……はいっ! 覚悟してください!

 地獄に落ちるほうがマシだっていうくらいのメニューを考えます!」

 

 なお、

 数時間後に私に見せられたメニューを覗き込んだ綺羅ツバサという人間は、

 「あなたに人権ってなかったのね」みたいな反応を示し、

 仕方ないわね付き合ってあげるわよと返答する。

 エトワールにいた面々もみんな私を中心に支えてくれることを宣言してくれた。

 その中でも理亞ちゃんが、

 

「絵里先輩ばかりが目立ってはタッグを組む相方の名折れです

 亜里沙さんにはもっと私を苦しめていただかなくては」

「あらいいの? このメニューは綺羅ツバサには楽勝だけど、鹿角理亞さんにはどうかしら?」

「最終的に音を上げるのはツバサさんだと分かっていますから」

 

 すごく格好良く凛々しい態度をする理亞ちゃんだけど、

 私がスケコマシっぽく手を頬に寄せたりなんかすると、 

 ほへっ!? とかいう聞いたこともない声を発するため、

 まだちょっと他人から見た理想的な絢瀬絵里像で接するのは難しいみたい。

 

(誰かの理想が自分の意に沿わなかろうとも、

 それがベストパフォーマンスであるというのであれば

 多少の無理で道理は引っ込むものよね)

(絵里お姉さんがベストを発揮するために私もサポートします!

 まず手始めに朱音に歌で勝ちましょう!)

(最初からクライマックスね!?)

 

 こうして私たちの行動は始まった。

 どのような結果を生じさせることになるかは、

 それこそ神のみが知るっていう感じなのかも知れない。



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