三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記   作:おうかわりん
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鹿角理亞ルート 13

 ことりが背中を預けていた大きなソファーは一昔前に稼ぎのあるアイドルが購入したもので、

 少し前に私が気合を入れて掃除をしたものだ。

 ハンドクリーナーで丁寧にゴミを取り除き、シミや油汚れなどを丁寧に拭き取り、

 あまりの汚れっぷりによく座って利用していたよっちゃんなんかは、これから丁寧に掃除をするので! と言っていたけれど。

 普段から気を使って汚れを取り除いているのは主に私、

 清潔にしているソファがことりのお尻を丁寧に受け止めてくれて、

 きっと彼(もしくは彼女)は「ありがとうございます!」って言ってるはず。

 ニート生活が長かったせいか、掃除や料理に関してはエトワールの中でも右に出る人間がいないくらい優秀で、

 これからは一家に一台絢瀬絵里の時代が来るかも知れないわね、とツバサは訳知り顔で言うけれど、他の面々の家庭に入る才能が少ないというのは考慮しない。

 私が来る前にはモノで溢れていて、とにかく雑多という印象があったリビングも根気よく片付けを

した結果、物が少なくなり清潔に保たれるようになった。

 はじめから大きな家ではあるんだけれども、その分掃除に億劫になってしまうので、

 汚れや物も溜まりやすくはあって、年若い子ばかりが暮らしていると経験もないからそのまま放置されがちだけども、やろうとすればいつでもできるのである。

 さて、いつでも私やいろいろな子の協力によって清潔に保たれているリビングにおいて、

 南ことりと亜里沙が自分の前に集っていた。

 先ほどまでの土下座姿勢はなんとか改めて貰ったものの、謝罪しようと思っていた相手に

 ふくらはぎを丹念にマッサージされてしまったダメージは彼女の中で大きく、

 先ほどまで注意を重ねていた亜里沙や他の面々に合わせる顔がないというのも理解できる。

 例えにツバサばかりを使用して申し訳ないけれど、よほどのことがないかぎり反省した態度を人前で見せない彼女が、

 盛り下がった気分そのままに、まるで悪ふざけが見つかった子どもみたいにしょげた様子を見せるのはかなりのレア機会。

 よほど真理を突いていたか、防御力無視の言葉の刃でも使用したかどちらかだけど、

 おそらく前者なのだと思う、後者だったらいざってときのために教えていただきたいくらい。

 

「ええと、ことり。

 まずはありがとう、私のために怒ってくれて」

 

 満面の笑みのことを花の咲くような笑顔と例えるけれど、

 イメージとしてはそのように、少なくとも引きつった笑みなど浮かべないよう重々承知しながら。

 雪姫ちゃんにもいい感じに笑みを浮かべられてます! と褒められているので、

 年齢相応の落ち着いた態度は示していられているように思う。

 ことりも私の言葉に安心した素振りを見せて、

 緊張しきった様子から少しばかり肩から力が抜かれた。

 姉が怒っていないという立場が見受けられた亜里沙も、先ほどからびたっと私の左腕にくっついてしまっているのは変わらないけれど――。

 

「言うべきことを言えたと思ったけど、私もまだまだ自分に甘かったよ」

 

 高慢な態度が南ことりの素ではないとは思うけど、

 女王様のような仕草が似合ってしまうのはいったい誰の影響だろう?

 自己主張をしないと外国では受け入れられないと言うし、

 海外での生活で性格を改める必要があったのかも知れない。

 元からこのように気位が高くあらせられたというのは考慮しません、あしからず。

 とりとめのない会話を繰り返しながら、

 周囲の空気もほぐれたところで、彼女が何故来訪に至ったのか問いかけてみる。

 最初は怒っていたことりも時間が経つに従い

 内容を整理して話せる程度には腑に落とすことに成功したようす。

 

「私のところに、海未ちゃんとルビィちゃんとその他一名が来ました」

 

 高海さんに関しては気持ちが落ち着いてもなお、名前を出すのも腹立たしいみたい。

 似たような気持ちを抱えつつある私自身でさえも、穂乃果の人格形成に悪影響を与えたことに関してはいくら文句を言っても足りない。

 過去のことではあれど、思い出にするにはまだまだ時間が必要。

 謝罪をされたところで分かりましたと言えるかどうか、私自身も疑わしい。

 ことりの説明と雪姫ちゃんの補足を総合するところによれば、

 海未は想定外に困った状況下に置かれているみたい。

 此処のところ少しばかり社会との交わりを断って自己鍛錬に励んでいたせいで、

 ダンスや歌唱力は多少なりとも見栄えがするようにはなったけれど、

 μ'sのみんながどのように過ごしていたかまではまるで考慮に入れていなかった、反省。

 亜里沙も難しい顔をしてことりの話を聞いているので、

 エニワプロでどういう扱いをされているのか、私が想像した会社の経営を立て直す英雄と言う評価とはまるで違ったよう。

 裏で繋がりがある以上、類が及べば切り捨てられるのは彼女たちであるので、

 自分の立場を省みないのであれば今すぐにでも手を差し伸べたいくらい。

 私がどれほど力がある存在であるのかは思考を放棄するけれど。

 

「海未ちゃんはね優しいの、穂乃果ちゃんの力になれなかったことを今でもすごく後悔してる

 自分のことばかりを考えて、高海千歌という人を自分の自由に扱おうとは思ってないの。

 ――でもね、その事に気がついているのは私たちμ'sだけ」

 

 ツバサの抗議が何処からか寄せられた気もするので、

 ことりの言葉にA-RISEも海未の動向を気にかけているという補足をする。

 海未の下についているルビィちゃんであるとか、高海さんであるというのは、

 尊敬の念を持って慕っているという態度ではない様子。

 正しいことをしていれば正しく評価されるのが当たり前であった海未の人生において、

 いくら言葉を尽くしたところで暖簾に腕押しな態度を示されることがどれほどのストレスになるのか、憂慮に余りある。

 

「海未ちゃんは多分――ほんとう、私の想像だけど

 穂乃果ちゃんに受け入れてもらえる人に、高海さんにはなって欲しいんだと思う」

 

 ことりの発した言葉を耳に入れて、私自身も少しばかり考えてみる。

 自分で考えた結論というものが、どれほどくだらないものかよく知っている私は、

 雪姫ちゃんにも協力を求めて”お互いがわかり合う”ためにどうすれば良いのか思考する。

 高海さんが自身の思考を捻じ曲げて穂乃果のことばかり考えていては、

 今までと何ら変わりはないし、それがいけなかったことだと教えるには骨が折れる。

 他の人に好意を寄せることが何ら悪いことだと考えたことすらない彼女にとって、

 尊敬の念を持って相手を慕うことが迷惑に繋がることもあると論じたところで信用などされるわけがない。

 ことりの推測でも、もちろん私自身の推測でも、

 高海さんが自己を改められる人である人というのは疑いようもない。

 海未が高海さん自身をある程度信じている事実からも、

 Aqoursの面々が彼女を捨てきれないでいる現状から察しても。

 

「ことりさんに反論するわけではありませんが、

 穂乃果さんが高海さんに歩み寄れる可能性というのはどうなんでしょう?」

 

 高海さんばかりに改善する姿勢を求めてばかりでは心苦しい――

 などという観点が欠けていた私たちにとって、亜里沙の発言は寝耳に水のよう。

 確かに穂乃果が苦しんでしまったのは疑いようのない事実ではあれど、

 別に彼女だって苦しませようとして苦しめたわけでもなく。

 どちらが一方を悪だと断じて、良くする努力を勧めてばかりでは

 問題を指摘ばかりして解決策を示さない愚鈍な相手と同じ。

 穂乃果に問題があるとは私自身は考えないけれど、

 穂乃果自身が自分にも問題があったと考えることを止められる立場にはない。

 もしお互いに歩み寄れる姿勢が取れるのであれば、

 今のようにうだうだと話し合ってばかりいるよりかは和解は叶えられるかも知れない。

 

「ことりはやっぱり、彼女のことは許しがたい?」

「今までは……でも、もし、穂乃果ちゃんがいいよっていうのなら……

 時間はかかるかも知れないけれど」

 

 妹の金言を踏まえてことりに問いかけてみる。

 私自身も、そして彼女も穂乃果のことを考えているようで

 自分の感情を中心に物事を判断しがちであったのは紛れもない事実。

 受け入れがたい感情を正しくさせて貰った気分で亜里沙に微笑みかけてみると、

 左腕を締め付ける感覚が多少なりとも緩んだ気がする。

 ラブコメの描写で胸を押し付ける感覚がって主人公がもやもやする場面とかあるけれど、

 雑巾を絞り上げるみたいに左腕を締め付けられると、

 もしやストレス解消のためにしているのでは? と疑いかねない。

 不安だからこんな態度を取っていると願いたい、力強さは焦燥感の表れ。

 

「高海さんに……ああ、いや”千歌さん”にことりは何をしてもらいたい?

 アイドル活動を踏まえて何を願う?」

「そうだね……」

 

 私の言葉に頬に手を当てながら考える風なことり。

 今まで妹の亜里沙であるとか、穂乃果の妹である雪穂ちゃんが選んだ、

 μ'sに憧れながらもμ'sを目指さないでいる道が正道のように感じてはきたし、

 別に自分なんか憧れるに値しない人間でもあるしという自己評価の低さも手伝って、

 憧れを持ってスクールアイドルとして活動をしてきたAqoursはちょっと変と思ってきたけれど。

 目標が達成できずに逃げ出した事実の一端は責められたところで仕方ない側面もあるけれど、

 応援ありがとうの一言で済ませずに、なんでそんなことをするのと言わんばかりの態度であったのは、私たちも責められても仕方がない。

 相手に非があると考えて、相手ばかりに責任の所在を追求してきたのは

 私たちに見たくもない現実があって、目を背けてきた理由があって、

 その点を踏まえれば千歌さんばかりを責め立てるのはお門違いも良いところだと反省する次第。

 

「私はね、あの子は間違ってると思う――ああ、間違ってると思ってたかな

 Aqoursはね、μ'sじゃないんだよ9人いたって同じグループじゃない

 彼女には自分の人生を歩んでいって欲しいんだ、μ'sは応援するくらいで留めて

 

 人はさ、違うんだよ、違うからこそ手を取り合って協力するのが尊い

 もし彼女が、μ'sの高坂穂乃果とAqoursの高海千歌が同じだと感じているのなら

 それは絶対に間違いだって言うし、違うからこそ千歌ちゃんは穂乃果ちゃんに憧れたんだって

 ――説得の材料にするから」

 

 曜ちゃんと親しいことりの言葉であるなら、もしかしたら彼女も頷いてくれるかも知れない。

 今までなんで分かってくれないのと言わんばかりの態度を、私もことりも恥ずかしながらしてきたけれど。

 もしかしたら、分かってくれないのの前にわかってもらえる努力が自分たちにも不足していたのかも知れないから。

 明るい兆しが見えてきたような気がして、

 お互いに自己主張をするばかりではなくて、分かり合うために励んで見る。

 新たなる道が見つかり、ことりも私も――そして亜里沙も。

 

「穂乃果ちゃんの意思とは違うかも知れない、でも私は絵里ちゃんに協力するよ」

「海未のことはいいの?」

「よくはないけど」

 

 亜里沙とことりが似た表情を浮かべる。

 でも、海未が私たちの意と対立してしまうような行動を取ったからこそ、

 もしかしたらそうなのかも知れないと考えるに至ったから。

 だからこそ、相手を一方的に違うからと否定するのではなくて、

 分かりあおうとする姿勢こそ自分たちに必要だったんだと意識をする。

 ――もしかしたら、間違っているのかも知れないけれど。

 

「まずはね、歌詞活動のお手伝いをする」

「Wonder zoneみたいな感じで手を貸してくれるの?」

「ううん、歌詞作りは歌詞作りが得意な人の意見を参考にするのが一番なんだよ」

 

 そう言ってスマホを取り出してどこかへと電話をかけることり。

 ふと気がつくと、右腕にも誰かにしがみつかれているので誰かなって思ったら、

 エヴァちゃんがオーラも発しないで亜里沙と同じ仕草を取っていた。

 いかんせんハーレムにも見える状況下ではあるけれど、

 音もなく気配もなく静かに右腕を取られて抱きつかれてしまうと心臓に悪いのでやめて欲しい。

 

「絵里ちゃん、私の真似して?」

「え、死刑宣告?」

「死刑に処されるようなことをしないように努力してくれると嬉しいな」

 

 おそらく必要性がって行為をするように頼んでいるんだと思う。

 容赦なくぶん殴るために、あえてその行動をさせてるのではないと願いたく。

 雪姫ちゃんにも発言のフォローを任せ、

 あくまでもぴゅあぴゅあな南ことりを意識しながら、ちゅんちゅんとちゅんちゅん――(^8^)

 

「あ、もしもし海未ちゃん? ことりです。ちょっとね、歌詞作りをしててさ」

 

 (^8^)から(・8・)みたいな表情へと変遷する私。

 亜里沙も予想外であったのか左腕を締め上げる力が強くなる。

 その、綱引きの綱を全力で引っ張るみたいな扱いをされてしまうと、

 左腕がもげてしまいそう、着脱自由なゾンビではないので勘弁願いたい。

 

「結構行き詰まってて、うん、うん……」

 

 言葉を発しつつ、海未に感づかれたりしないようにスマホを私の耳を中心に押し当てる。

 まるではんだこてで金属を接着するみたいに彼女のスマホが密着。

 注意深く電話越しの相手の言葉に耳を傾けつつ、ことりのイメージで声を発した。

 

「歌詞に想いを込めるにはどうしたら良いのかなあ?」

 

 少なくとも自分の耳には南ことりの声として届いている。

 彼女の幼なじみであり、親しい間柄の海未がどのような判断を下すかまでは分からないけれど、私だとバレればすぐに追求されるであろうので。

 ひとまずはバレていない風を装い彼女からの言葉に耳を寄せる。

 歌詞作りに関しては素人も良いところ、高校時代にちょっとかじったに過ぎない。

 みんながみんな素人だったにもかかわらず、私の作った歌詞は内外に不評。

 穂乃果が作った歌詞は海未に手伝ってもらったんでしょとか、

 寝ている間に雪穂ちゃんに書いて貰ったんでしょ扱いをされて、

 そういう価値基準で判断されたいかと言うと微妙なところではあるんだけど。

 

「歌詞に想いを込めようとしたことはないので判断に困りますが……そうですね」

 

 歌詞に自らの気持ちを含ませる。

 やり過ぎてしまっては厚かましいという判断を下されてしまうし、

 あっさりとしていては伝わらなくて効果がない。

 分かる人が見れば分かるでは分からない人を切り捨ててしまうことになる。

 結果的にできあがった創作物が分からない人にはわからない出来になっても、仕方のない側面はあっても最初から切り捨てていては問題がある。

 言外に気持ちを含ませたところで、何度も聞いているうちに良さが分かるスルメ曲みたいな扱いになってしまうし、

 美辞麗句を並び立てて綺麗事のように仕立て上げたところで説得力は生じてこない。

 その点、園田海未の作る歌詞というのは器用だ。

 心に伝わるよう気を使われているし、かといって自己主張が激しくて聞いてて疲れることもない。

 控えめでありながら、やるべきことはやり、なすべきことはなす。

 そのような力強さを感じる曲だと思うんだけれど、もしかして褒め過ぎかしら?

 

「海未ちゃんの作る曲って、自分で勉強とかしたりしたの?」

 

 さりげない調子で問いかけてみる。

 歌詞作りのコツや手腕を問われて誰かに倣ったことがないとか、

 あくまでも自己流を主張し続けていた彼女。

 私自身もそれを鵜呑みにして、そうなのかなとばかり想像してきたけれど。

 よくよく考えてみれば何事にも真剣に取り組み、恥ずかしいと言いながら投げキッスまでこなす。

 そんな彼女が歌詞を作ろうとした際に、何からも学ばずにオリジナリティ一本で創作物を作り上げることなどありえない、それはあまりにも無責任だ。

 元から伝統芸能を指導する立場のお家柄で、型や培っていた技術の重要性は心得ているはずの彼女が先人から学ばないという選択はしないはず。

 元からの素養があったとは言え、何かしら勉強して身につけた型にスクールアイドルとして華やかに聞こえるようなオリジナリティを加えたのでしょう。

 そのような解釈を含めると、いかに自分が何にも考え無しに歌詞を作り上げ、あろうことかことりに歌わせたのか、それは罵倒されてしまう、エリチカ失敗。

 知識を学んだ上で自己流のアレンジを加えるという技術を持ち、さらにはスクールアイドルとして活動をしながら、家でのお稽古ごとまでこなす――

 もしや園田海未という人間は宇宙人とか……さよなら天さん!

 

「ふむ、確かに昔から昔の歌謡曲は聞いていました

 優劣は私には分かりませんでしたが、一般的なスクールアイドルが作る曲には

 含まれていない要素はあるように思います

 生まれ持った資質というのは疑わしいですが――

 人にはない大衆に迎合する才があったのでしょう」

 

 サラリと言ってのけるけれど、

 要は「一般の人が何を求めるのか何となく分かる」才能であり、

 凡人にはどう足掻いても出てこない才能です。

 海未に関して努力する才能であるとか、一生懸命に取り組む実直さは今まで感じていたけど、

 人とは違う天才みたいなセンスを持ち合わせているとは思わなかった。

 雪姫ちゃんの「大人たちが自分に求めているものが分かる」才能と似たようなものであり、

 器用に生きていくには「誰かが自分に求めるもの」を提供することが何よりも重要。

 私の中の人が”絵里先輩みたいな才能がないので!”と手をブンブン振りながら否定するけれど、隣の芝生は青いみたいな感じなのかしら?

 

「あくまで一般論ではありますが、数をこなせば実力は身につけられます」

 

 少し考え込むように息を吐いたあと、

 海未は何事かいい考えでも思い至ったのか、多少明るい調子で続ける。

 数をこなすという言葉に対して、μ'sで行った夏場の合宿メニューを思い出したのは私だけではない様子、ことりもうわぁいみたいな顔をしている。

 

「どのような想いを歌詞に込めるのかは作り手の自由です。

 ですが、そのためには自身の想いを言語化するスキルが必須となります」

 

 西木野真姫の話で恐縮だけれど、

 以前も言ったように「なろう小説」に挑戦し見事敗退。

 もし仮に彼女に「小説家になろう」の情報を教えて「何が受けるのか」アドバイスできるサポーターがいればどうなっていたかはわからない。

 何の事前準備もせずに「できるだろう!」と挑戦をすれば跳ね返されるのは当たり前。

 見た目簡単そうに「テンプレ」だとか「チーレム」みたいな単語でなろうの隆盛を説明している人がいるけれど、

 そんな単語一つや二つで大型投稿サイトの事情を説明できるわけがない。

 ことりのアドバイスにより、こうして海未から直接歌詞作りのコツを聞くことができて――何に代えても成功しなければならないという思いが?

 

「……?」

「箇条書きであってもメモのような雑文であっても、

 そうですね――ルーズリーフ表裏一〇枚分くらい用いて……? どうしました?」

「ううん、なんでもないのよなんでも」

 

 いきなり痛みがこめかみの辺りに生じた。

 針を突き刺されたような痛みが走り、私が感じたことがない偏頭痛というものかな? 

 思わず屈んでしまいそうなほど強烈な頭痛を覚え、借りたスマホを落としそうになってしまう。

 心配そうに見上げる亜里沙やことりやエヴァちゃんに笑みを作って頷いてみせ、

 海未の言葉をさらに促してみる。

 

「私の作る詞にはある程度のストーリーがあります

 また、ストーリーの起草となるものはたいてい”もしなにかがなにかであったら”であることが多いとされています」

 

 ドリフのコントでもしも〇〇な銭湯があったらというのがあるけれど、

 私みたいなアラサーにも分かる表現だと「空を自由に飛びたいな」「はい、タケコプター」というのが分かりやすい。

 問題を抱えている誰かがそれを解消する為に行動するというのが物語の基本原則であり、それを突き詰めると「あれがああなったらいいのになー」ということになる。

 ただ、そんな物語にばかり触れていると「TRPG」みたいなものを体験する時に困ったことになってしまう「GM」はやらされてやるものじゃない。

 ――話がずれてしまったけれど、伝えたいものがあるなら、伝えられるようにストーリーラインを制作するのは良い手だ。

 その辺りはライターにも挑戦したツバサにアドバイスを求めるのも良いかも知れない。

 

「なにはどうあれ、浮かんだ表現を言語化するには翻訳が必要になります」

 

 とある曲の歌詞で頭に浮かんだことをそのまま伝えられたら、みたいなものがある。

 思っていることをそのまま言葉にすることなど、どんな優れた論者でもなしえないことであるし、

 それをまた大衆に伝えるとなるとさらに難度は跳ね上がる。

 想像したものをそのまま文章化しているように見える作家でさえ、

 頭から表現をひねくりだすにはそれなりにカロリーがいる、感覚でやってる人もいるけど。

 浮かんだものを見て分かるようにするためには翻訳が必要、海未も上手に言ったものだと思う。

 

「そのためにはひとまずアウトプットを重要視しましょう。 

 最初は難しいかも知れませんが、やはりとにかく量を重視するべきですね」

 

 海未が言うには最初の「START:DASH!!」の制作の際には、頭に浮かんだ表現をノート一冊分書き込みを果たしたみたい。

 スピーカー越しに聞いていることりが絶句しているので、海未の歌詞作りにかける情熱は他の二人には知る由もない内容であったよう。

 あっけにとられてしまうほど淡々と努力の量を言ってのける海未。

 私だって一応賢い部類に属する人間だと思うし、勉学に関しては多少なりとも結果を残した――ポカンとした表情を浮かべている亜里沙に抜かれたけれど。

 別に自信を深めて思い上がっていたわけではないけど、ある程度素養があって上手いこと歌詞作りもこなせるのではないかと考えた私の鼻をへし折ってくれた。

 

「また、敵を知りではありませんが

 伝えたい相手のことを知るのも重要です。

 どのような意図を含めたところで、相手が理解をしなければまるで意味がありません」

 

 海未から発せられる言葉の一つ一つがボディーブローのように私の至らない点を打ち抜いていく

 ヘロヘロになりそうな言葉による衝撃と、先程来感じている頭痛がセットになってしまい、

 私自身が倒れそうになってしまう、慌てた亜里沙が椅子を持ってきてくれて腰掛けると身体の重さを感じ始めた――知恵熱か何かかも知れない。アラサーにもなって。

 絢瀬絵里の思い上がりを砕くと一緒に、改善するポイントがあまりにも多すぎて気落ちしそうになってしまう。 

 でも、負けるもんかって思って前を向き、真剣になりすぎたせいか目が霞む。

 ただ、これでやめるなんて至らなすぎて笑える。

 交流する機会を与えてくれたことりにもそうだし、

 おそらく”絢瀬絵里”と気がつきながらもアドバイスを送ってくれている海未にも。

 

「絵里、勉強家のあなたならば優れた創作物が

 優れた創作物を土台にし成り立っていることが理解できると思います。 

 ああ、いや、私の歌詞が優れた創作物かは別ですが――」

 

 やっぱり。

 ちょっと疲労を感じているせいか、

 海未が”しょうがないなあ”みたいな表情をして通話している姿が見える。

 その表情が楽しげであるのは”先輩”としていささか恥ずかしいコトではあるんだけれども、

 

「いつからバレてたの?」

「絵里なら呼吸で分かります――

 では、久方ぶりのあなたの本気を期待しています」

 

 通話が切れる。

 なんだかものすごいことを言われてしまったような気がするけれど、

 熱に浮かされたような情熱なのか、それとも疲労が蓄積されてオーバーヒートでもしたか、

 ごめんなさいちょっと寝るの一言を何とかして発して、私は意識を放り投げた。

 



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