三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記   作:おうかわりん
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鹿角理亞ルート 14

 音ノ木坂学院の桜は老木でありながら今もなお春になると満開の花を咲かせる。

 私の高校時代に、そんな桜の大木を見るたびにオトノキの終焉と一緒に、

 もしかしたら彼(もしくは彼女)もその役目を終えるのかも知れない――

 目を覚まして身体を起き上がらせ、

 ”思ったほど動けない”自分に苦笑を浮かべながら、

 そんな私の顔を覗き込む一人の女の子に声をかけた。

 

「理亞ちゃん」

「絵里先輩よかった……もう週が変わってますよ?」

 

 窓の外から差し込む朝日というものが、少し前に感じた日よりもかなり先にあり、

 眠りこむようなことがあれば多少なりとも身体に不調を感じるのも仕方がないことのように思える。

 数時間眠ったあとでさえ、身体を起こす時には布団に引きずり込まれるような不調を覚えるというのに。

 

「ずっと観ていてくれたの?」

「あいにくと仕事がないのが私だけなもので」

 

 そういって微笑む姿に多少違和感を覚える。

 もとから過去とはまったく変わってしまったのは把握しているんだけれども、

 それ以上に必要以上に大人びてしまったと言うか、

 私の知らない私まで把握してそうな態度には首を傾げてしまう。

 ただ、それを指摘してしまうのは野暮というものだし、

 なにより直感で感じたことが正しいとされることはほとんど無い。

 自分のやるべきことを抑えてまで、こんな私の面倒を見ていてくれたことにお礼を言い、

 両手で身体を支えながらベッドから抜け出ようとすると、

 

「やっぱり思ったより力が入らないわね」

「疲労もあるんだと思います、今日一日はゆっくり休んで下さい

 私はそのための監視ですから」

 

 もとより原因を作ったのは自分たちだと自嘲するような笑みを浮かべる彼女に、

 その選択をしたのは何より私であると反論してしまおうとするんだけれどやめる。

 意見の相違で口論になってしまうことは避けておきたいし、

 なによりその元気もない。

 まるで重病人にでもなったようと思いながら、

 部屋の片隅にあるスケッチブックが目に入ったので何かと尋ねてみた。

 

「私自身、ずっと続けていた趣味というのがありまして」

 

 体を動かすことであるとか、

 アウトドアな趣味(アキバ豪遊とか)ばかりがクローズアップされがちな彼女ではあるけれど、

 もともとインドアなタイプだったのを聖良さんが家の外に引っ張り出したのが

 スクールアイドル鹿角理亞誕生のきっかけであり、

 ポテンシャルの高さを発揮し今は絢瀬絵里(ポンコツ)を凌駕する才能を――

 いや、そこの基準が私って言うとあんまり凄さを感じないわね?

 綺羅ツバサを凌駕するような――というと、なんだろう、どこかから抗議の視線が。

 

「元々昔からお絵かきが好きで、人前に見せられるようなレベルになくて

 いっつも自分ひとりでばれないように描き続けて。

 

 それで、最近バタバタして描けてなかったので、

 過去作を見てたら恥ずかしいと思うほど出来も悪くなくて、

 つい熱心にハマっちゃって」

 

 と言いつつもスケッチブックの中身までは見せてくれない様子。

 たしかに私も人に見せられない趣味――がひとつもないから見当もつかないことにして。

 自分の中で良い出来と思っていても、他人に見せた時にそうでもないというのはよくある話。

 私なんかも料理はいい出来と思えばたいてい皆いい出来と思ってくれるけど、

 ファッションセンスあたりはいくら頑張っても雪姫ちゃんの手直しがないと恥ずかしいレベル。

 鏡の前で結構イケてるのでは? と思う私に、

 しどろもどろというか、申し訳なさそうに「あっちの服が良いです」と幼女に言わせてしまう

 アラサーのセンスがイケてないのはもう確実と言っても良い。

 

「絵里先輩はないですか? 私に見せられないような趣味」

「いかんせん自分の中に取っておいた趣味がやたらネットに流れてるのよね……」

「アコースティックギターとかですか」

 

 どういう経緯でツバサや亜里沙にすら言っていない趣味がネットの海に奔流することになったのか。

 雪姫ちゃんに尋ねてみても分かりかねますという返答。

 首を傾げながらなんだろーみたいな顔で言葉を返されてしまい、

 そりゃ、私の中にいるからと言って全てを把握されていても困るし。

 別に見られて困るものは思いつかないけど、

 雪姫ちゃんの目に触れて良いものばかりであるとも思わない。

 黒歴史ばかりの人生がこういう結果を生み出してしまうとは……

 

「あとは、高校一年生のときの100メートルハードルのタイムが凛より上だったとか」

「興味のない人にはまったく興味のない情報がネットにですか」

「ええ、誰が流したのやら……困らないから良いけど」

 

 良い点ばかりを放流してくれるのなら恥ずかしいで済むけど、

 悪い点も含まれてしまうと見当違いの憤りを覚えてしまう。

 元からそんな悪い点があるお前が悪いんだと言われば、

 涙目でうつむきながら「そ、そうっすね……」と返答するしかないんだけれども。 

 エヴァちゃんみたいに絢瀬絵里よりも絢瀬絵里に詳しい人だっているくらい、

 その面々に目の前の鹿角理亞ちゃんがいるのは言うべきか言わざるべきか。

 

「あら? でもSaintSnowってだいたい聖良さんがやってるのよね?」

「そういう事になってます」

 

 高校時代は一人で高校にすら行けなかった聖良さんが

 公開されているデータ通り「服飾・作詞・作曲」スキルを持ち合わせているとは思えない。

 理亞ちゃんも「もう時効なので」と語るにはSaintSnowの二人には数多くの協力者が居たということ。

 彼女たちが聖良さんと同じ年齢だったことで理亞ちゃんは苦労を重ねるわけだけれど、

 姉さまの卒業と同時に手助けも無くなることを知らなかった自分が悪いと理亞ちゃんは笑う。

 ただ、姉である私なんかは考えてしまうけれど、

 その辺の事情を説明するのは間違いなく聖良さんの役回りで、

 ポカをやらかしたのはむしろ聖良さんの方なのではないかと思ってしまうのは、

 私自身の思い上がりと言った話なんだろうか?

 

「プロになるとか……有名になるとか……

 お金を貰って何かをするっていう以外の趣味があると楽しいものですね」

 

 子どもの頃は楽しいで済ませてしまうことも、

 大人になるに従ってお給料であるとか、仕事という観点が加わり、

 楽しいはいつの間にかノルマに変わり、大体の人は夢を理由に心が折れる。

 だいたい夢というものは叶った瞬間から仕事に変わり、

 楽しいばかりでいられないことにはみんなよく分かっているけれど。

 そんな現実を示した所で夢を叶えようとする人間はよほどのドM。

 だからこそ夢を叶えました! みたいなサイトでは耳心地に良いことしか言わないし、

 夢をあきらめないでという歌は都合の良いことしか歌わない。

 でも、夢を叶える人っていうのはだいたい

 夢を叶えてしまうと都合の悪い現実が始まるって分かっている人。

 趣味を低レベルをバカにする人間というのは数多くいるけれど、

 お金にならなくても好きなことを続けるというのは夢を叶えることよりも尊い。 

 

「そういえば絵を描くっていうのはほとんど体験したことがなかったわね」

「そんなこと言って、写真と同じような風景を描けるとかそういうオチなんでしょう?」

「やったことがないことでも高レベルを保ってるツバサが人間じゃないの」

 

 星のカービィという作品があって、絵描き歌が起動後しばらくして流れるゲームがあった。

 だけども得てして絵描き歌通りにはカービィは描くことが出来なかったし、

 描ける人は絵描き歌なんぞ使わなくったって上手だった。

 私自身が胸を張ってカービィを書いてみたところ、

 理亞ちゃんや中にいる雪姫ちゃんでさえ絶句してしまうほどの球体の何かが完成し、

 その出来の悪さはカービィとして公開すれば任天堂法○部に訴訟の一つでも起こされてしまいそうなほど、黒歴史が一個増えちゃう。

 

「え、絵里先輩にもできないことってあるんですね」

「できないことのほうが多い人間なの、これが普通なの!」

 

 とはいえ球体の何かは不出来過ぎて目を背けたくなる。

 理亞ちゃんを暇にさせないために、あえて苦行をしたと自分では思うけど、

 別に自分が絵を描かずとも、ちょっとアドバイスをちょうだいで暇は潰せた。

 そして私の球体の何かを後生大事と言わんばかりにしまうのはやめて欲しい、

 誰に公開をするのか問いかけたい、ツバサとかには見せないで欲しい、笑いものにされちゃう。

 

「その……今日は身体を動かす訳にはいかないし、

 これをせめてカービィかピンクハロにする実力は身につけたいわ

 アドバイスをくれる?」

「……私の至らないアドバイスで、ハニワをメイドロボにするほどのことはできませんが」

 

 自信は無さそうだけれど全力は尽くしてくれる模様。

 雪姫ちゃんも頑張ります! と宣言してくれているので、

 なんとかして体調の悪さを隠しながら、理亞ちゃんを満足させて暇をつぶす程度のことはできそう。

 

「では僭越ながら、楽しく描くというのが前提とは言え

 上手になるためには技術がいります」

 

 楽しんで何かをやろうというのはおおいに結構だけれど、

 成長するには都合の悪い現実もたくさん見ないといけない。

 もとより自分自身を把握をしていなければ、自分自身で何かを作り上げることは出来ず、

 有り体に言えば能力も分からずに能力以上のことは出来ない。

 才能を補うのが技術であり、技術を上げるモチベーションになるのが努力。

 実力を上げるためには、才能、努力、技術の三権分立がエンドレスワルツのように(ry

 

「絵を描く、文章を書く、歌を歌う、表現というものは

 優れているものを再現することから始まります

 よく観察して、まずはこれと同じものを描きましょう」

「……見たこともない制服を着ている私が見えるんだけど」

「桜井綾乃ちゃんです」

「それのモデル絢瀬絵里さんじゃない?」

「桜井綾乃ちゃんを精巧に再現したコレクター品です」

「ちなみに値段は」

「コミケにおいて限定発売され、ネットオークションでは100万を越えます」

 

 ラブライブフィギュアコレクションにおいて300円くらいで売られている絢瀬絵里さんの価値とは。

 いや、あれは私監修してないもんね、綾乃ちゃんも監修してないけど、

 友人のヒナが口出ししまくっているから、実質絢瀬絵里さん監修ってことでいいんじゃない?

 

「彼女の初代……いや二代目の声優さんが引退され、

 3代目にはあやせうさぎさんが起用されました」

「それ次作で別のキャラ担当してない?」

「はぴねすとはぴねす2のキャストが似通っているのと同じです」

 

 きれいな理亞ちゃんエロゲー卒業できてない説。

 なお、ヒナは難色を示し、あらゆるスタッフからアコギな商売みたいだと言われた、

 あやせうさぎ収録Verのダイプリには添い寝ボイスCDが付いているらしい。

 NGテイクにおいて自分のことを絢瀬絵里と言い放ち、面白がったスタッフが限定公開し、

 本人の預かり知らぬところでたいそう盛り上がったらしい。

 添い寝ボイスは18禁じゃないからオーケーとは

 いったい誰の許可を頂いての発言なのか。

 

「では、私はこれをプレイしてますので」

「……自分をモデルにしたキャラが出てくるゲームの場面を見ながら

 自分をモデルにしたキャラのフィギュアを描いている私っていったいなんなのかしら?」

「絵里先輩はもう少し自分を好きになったほうが良いんです」

 

 とはいえ、今の私には抵抗する権利がない。

 はあ、と一つため息を吐きながらペンを片手に自分(桜井綾乃さん)を見やる。

 μ'sやA-RISEの一部メンバーのことは容赦なくネタにするくせに、

 栗原陽向のことに関しては不自然なほど取り上げられていない。

 今は別のライターが書いているんだから良いじゃないかとは思うけれど、

 色々と抵抗したくなるものであるみたい。

 

「……観察するコツとかない?」

「最初から人を頼らず、まずは自らの行動原則に基づいて手を動かしてください」

「その通りね、ごめんなさい」

 

 苦手なものだからと言って迂闊にも人に頼りすぎた。

 イヤホンもせずにゲームをプレイするのはどうかと思うけれど、

 きっと何かしら意味のある行為なのだと思われる。

 パソコンの画面から聞こえてくる綾乃氏の声は、

 真姫なんだけども真姫ではなく、

 私のようで私でもない。

 プロとしてお給金を頂くという行為は成長していくにおいて必要。

 締切であるとか、他者からの目であるとか、人からの評価であるとか――

 面倒だけども受け入れていかなければいけないし、文句を言っていても始まらない。

 頭の中でいくら桜井綾乃を再現しても、手が人体の成れの果てしか製造できず、

 中にいる雪姫ちゃんが「わ」みたいな声を無自覚に上げている。

 幼稚園児とかでももう少しまともに絵を描く子はいるというのに、

 30も手前になったアラサーがとんでもない絵を創造している。

 

「もう一度描いてみましょう」

「はい」

 

 美少女ヒロインと言うよりも美少女ゲームで登場するモンスターの成れの果てみたいな、

 ややもまかり間違って桜井綾乃たんとか書いて公開などしてしまったら、

 あらゆる人から心のない罵倒を受けることは必至レベルの代物が完成。

 理亞ちゃんは特にコメントもせず、雪姫ちゃんも励ます言葉すら掛けられない絵は、

 監督をしている彼女が大事そうにファイルしてしまわれた。

 だけども自身の実力のなさを嘆いているわけにもいかないので、

 今度は自分の手元を確認しながら優れたフィギュアの造形を観察する。

 絵をまともに勉強をしたことがないから適当かどうかは分からないけれど、

 目で見たものを技術を使って再現するという行為はモノマネすることと似ている。

 もともと学ぶという言葉の由来がまねぶから来ているらしいので、

 創造されたものがどういう技術を使い創造されたものであるのか、

 どのような技術を用いて良い出来と評価されるに至ったのかは観察し思考する必要性がある。

 頭にあるものを文章化することさえ難しいと言うのに、

 それを絵として表現することなど自分自身にできるとは思えないけれど、

 失敗を繰り返しながら自分自身のできることや役割というものを示していきたい。

 

「……多少見栄えはするものになったかしら?」

「数時間でこの成長速度」

「え、あ、理亞ちゃん?」

「やはり絵里先輩は私の理想とするべき先輩です」

 

 不出来なクリーチャーから人体とかろうじて識別できるものまでイラストのレベルは向上し、

 そのできの良さには理亞ちゃんも満足したみたい。

 どういう経緯で自身の理想とすべき先輩であると自らがなったのかは不明ではあるけれど。

 

「歌詞作りをされるんですよね」

「……え、あ、うん?」

「忘れていたみたいな反応は気になりますが、

 身体が元気になったら出かけてみると良いですよ、

 

 あと、これはメモ帳です」

「イラスト付きノートブック? これ、μ'sのグッズ?」

「私が描きました」

「市販品かと思った」

「もっと褒めてください」

「風景も人物もよく描けていると思うわ」

「上から目線です」

「……褒めるのって難しいわね」

 

 女の子が理想とする女の子の褒め方のレクチャーは

 鹿角理亞先生と西園寺雪姫先生の熱血指導もあり、

 絢瀬絵里のおべっかの技術を向上させることに成功した。

 特に怒りを携えたツバサや亜里沙へは効果が抜群で、

 なんとかお説教だけは回避する。

 

 ただ彼女たちやあらゆる面々に私の不出来な絵がコピーして回されているという件が、

 彼女たちの怒りのボルテージを下げたという事実に関してはノーコメントを貫きたい。



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