Lyrical Ops:Special Girl   作:SWORD Team HQ

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第一話

 ぼくの恋人が死んだ。

 ぼくはそのとき、仕事で別の国にいたが、上司からの命令ですぐに故郷に戻った。船とヘリを乗り継いで、霊安室でぼくはあいつと対面した。担架の上に載せられた死体。布がかけられ、腕しか見えない死体。ぼくはあいつの手に触る。指先の一番敏感な部分で、手の甲を、指の関節を手繰り寄せる。死臭はない。そもそも、自分の前に横たわっているのも、IDトラッキングと残滓反応で個人を特定して寄せ集めた肉片を、医療用のビニールに詰め込んだ暫定的なものだ。腕以外は、黒い人形の中に、綿のように詰め込まれている。死体のふりをした死体。腕以外にまともに形状が残らなかったのだろう、とぼくは思った。都市部の中心で起きた爆破テロのあとは、上空からでもはっきり見えるほど、深い爪痕を大地に残していた。

 ぼくはあいつの手を触る。少し焦げた皮膚を、土埃が残る指の間を、かつて自分がそうされたのと、同じように。悲しくはなかった。いや、悲しくはあったのかもしれないが、少なくともそれを周りにわかるように発露するには、ぼくの情緒は正常な反応を満足にしていなかった。

 そうして少しばかり経ったあと、ぼくは死体を適切に処理するのに必要な一枚の書類にサインをした。死体は結局焼かれて、白い骨だけになった。焼いてしまえば、遺体の損傷もさほど気にならなくなるんだな、とぼくは思った。人間の体を思い出にする儀式。きっと、人は人間がいなくなってしまったことを、その生命の停止だけでは理解できないのだろう。だから、体を焼いたり、埋めたりして死体を見えなくしなければならない。不可逆的な眠りだけでは、ぼくたちはそれを死だとは認識できない。死を認知するために、人は人を焼くのだ。高温で焼かれ、灰になった人体が、煙になり、風に流されていく。そう、こうやって人が人でなくなる閾値を越えるまで。

 だけれど、一度破裂して粉々になった死体を継ぎ接ぎして、もう一度死体を作った上で焼くのはどういう理屈なんだろう。一度いなくなってしまったものを、もう一度蘇らせ、そして葬る。ぼくはその奇妙な再帰性に、死の不可逆性をどうしても納得することができず、2年経った今でもまだ、煙をあげる火を見ると、ただフラットに思い出す。あいつがいたときの、ぼくを。

 

 ぼくは鞄にタオルを大小2つ、財布と必要なものをパッケージにしたものを入れる。出勤前の朝はいつもそうしている。ぼくはそうやって、少し前のことを思い出そうとしていた。ずいぶん前に手に入れた、ちょっとしたジンクスを持つ人形を家に忘れてきてしまったかもしれない。必要なものは確かにパッケージ化して整理しているが、必要ないものはまた別の領域だ。そしてぼくは、そういう曖昧さというものがとても苦手だった。にもかかわらず、ほんの最近までぼくはとても曖昧に生きていた。いつも後ろ側から自分自身を見下ろしているような、距離のある曖昧さ。指先に触れるものを遠く感じる、感覚的な曖昧さ。時間や空間の利用もとても下手だった。意識的に行うことより意識下にあるものの方が多かったとき。まるで社会から自分だけが浮いているような、足元のおぼつかない曖昧さ。ひどく苦手で、愛おしい曖昧さ。そうしたものを全部自分の中に詰め込んで、使いやすいようにパッケージングする。ふわふわとした心を引き締めて、まるでコンピュータのように自分の中に回路を巡らせる。パッケージ同士を自分の中でも、外でも連結させて、それを指揮運用するようなイメージ。

 パッケージ。そういえば、あの死体もひとまとめにされていた。必要なものをまとめて、ユニット化する。モジュール化された交換可能なものにする。まるで、軍隊のように。ように、というのは、ぼくは軍人ではないし、今までピストルやライフルを見たことはあっても使ったことはないということだ。ぼくがやっていることは、ただのものまねに過ぎない。ただ、合理的なやり方はぼくの緩んだ神経をサポートしてくれるから好いているだけだ。

 結局、ポケットを探る手はそれを引き当てることはなかった。

 

「マーシャル」

 

 隣の同僚が、ぼくに言った。

 

「人形がないからうっかり転ける、なんてことはしないでくれよ」

 

「するわけないだろ」

 

 ぼくはひゅうひゅうと夜の風が顔を通り抜けるのを感じている。灯りが遠くで灯っている。

 

「仕事じゃなきゃ、温泉の一つでも入っていくんだがな」

 

 その男はけらけらと笑った。

 

「さっさと終わらせて帰ろう」

 

「ああ」

 

 そう言ってぼくは、時速200キロで迫る地面に対して、急激に減速をかけた。重力が制御され、ふわりと大地に足がつく。

 

「スティンガーレイ」

 

 《Stinger Ray》

 

 トリガーワードに反応した左手の杖が、ただちに魔法を起動する。夜に浮かび上がった冷たい氷の刃が、いきなり現れたぼくに狼狽した見張りの意識を奪った。

 音もなく飛翔した琥珀色の光のクリスタルが、二人の人間の頭部に飛び込み、傷一つなく瞬時に意識を刈り取る。非殺傷設定。

 

 《周辺に脅威目標なし》

 

「うん、ありがとう、”サージ”」

 

 《どういたしまして》

 

 武骨な男性の声が脳に響く。データの回収用にとAIを搭載された試作先行量産型のインテリジェント・デバイス。こういった魔法の杖は、ぼくら現代の魔法使い――魔導師にとってはきわめて重要なアイテムだ。魔法の使用と制御のほとんどはこういった魔法の杖(デバイス)に支援してもらってはじめて実用レベルになる。もちろん無手でも使うことは可能だが、素手でボールを投げるのとピッチングマシンを使うくらいには差が出る。

 

(こっちも終わったぞ)

 

 同僚が念話で声をかけてくる。

 

「予定通り、かな」

 

(ターゲットは二階の寝室だ。さっさと終わらせちまおう)

 

 サーチャー……探知系の魔法を放った同僚は言う。

 

「空からこんにちはってのは目立ち過ぎかな。カイエン、脱出路は任せるから、ぼくは堅実に行く」

 

(失敗した場合は?)

 

「きみがプランBだ」

 

(いいね、気に入った)

 

 黄土色のスネーク・パターンのバリアジャケットは、視覚認知機能を下げる阻害魔法がかかっている。オプティック・ハイドのように透明になれれば楽なのだが、ないものねだりもしていられない。

 今回の仕事は、テロ組織へと資金を流出させている疑いのある、行政府の高官の身柄の拘束だ。もちろん、後追いで令状の出る”ブラック・オプス”。暗殺任務(ウェット・ワークス)でないだけましだった。夢と希望だけ振りまいていればいいおとぎ話の魔法使いとは違い、ぼくらはなにかと世知辛い仕事を押し付けられる。もちろん、全員というわけではなく、たまたま転属に転属を重ねた先が、こういうことをしていた、というだけだったのだが。

 

 《距離150メートル、目標2》

 

「スナイプシューター」

 

 《RDY-Snipe shooter》

 

 サージのセンサが敵を知覚した。ぼくは身をかがめて、琥珀色の光球を待機させる。いまだ。

 

「シュート」

 

 《Fire》

 

 すぱすぱ、とあっけなく二人は崩れ落ちる。これがぼくがライフルもピストルも使わなくていい理由だった。こうした攻勢魔法の多くが、汎用性に富み、そして敵を殺傷せずとも無力化できる。法律で物理破壊・質量兵器の使用が禁じられている以上、基本的にはぼくらは魔法を使って戦うことになる。戦うと言っても、ぼくらは戦争に行ったりする軍人ではない。「時空管理局」と呼ばれる巨大な法執行機関のエージェントだ。ぼくらはその中でも、”展開実効開発群”という少し特殊な部署に所属している。JS事件以後に崩壊しかけた管理局の上層部、最高評議会。それが再編された統合幕僚部の統合特殊戦本部の直轄で、本局の中に本拠地を持つ。いわゆるスペシャル・オペレーション・フォースと呼ばれる一群のなかのひとつだ。

 ぼくは倒れた見張りのサブマシンガンの機関部を入念に破壊すると、さっさと丘の上にあるコテージへと向かった。

 コテージは森の中にぽつんと立つ一軒家で、灯りも少ない。

 

「サージ、詳細探査」

 

 《ラージャ。走査開始――終了》

 

 サージから詳細なデータが送信されてくる。よし、これならいけそうだ。

 ぼくはドアに近寄ると、電子ロックに、二股に分かれたサージの先端をこつんと当てた。

 

「宵の月、双子の番人よ、其の眠りを妨げることなく私を導き給え」

 

 《Unlock》

 

 解錠呪文で簡単に開ける。対抗術式の付与もされていない単純な電子セキュリティだ。

 そっと屋内へ入ると、サブマシンガンを提げて窓の外を眺める見張りの後ろから、そっとサージをあてて意識を奪う。眠りの魔法だ。

 音がしないようにゆっくり床に横たえ、すぐさまぼくは二階へ向かう。ターゲットは右の部屋。左の部屋に魔導師を含めて二人待機している。さすがに結界を張るとばれそうだ。

 

(カイエン、カイエン)

 

 念話で同僚を呼び出す。

 

(あいよ。ターゲットは確認してるぜ)

 

(その隣の部屋にちょっと厄介なのがいる)

 

(あー、ん。見えた。量産型のストレージだが使い込まれてるな。傭兵か?)

 

 カイエンは現在、上空からコテージを監視している。飛行魔法を、探知されないように繊細に調整するのは至難の業だが、カイエンはそれをできるだけの実力があった。

 

(ちょっと面倒だ。上からスナイプかバスターでやれる?)

 

(一撃でか?)

 

(できるだろ)

 

(無茶言いやがる)

 

(ぼくがターゲットを確保するから、タイミングを合わせて)

 

(はいよお)

 

 短い杖の形をしたサージをたずさえ、ぼくは扉の前に立った。

 

(行け)

 

(了解)

 

 瞬間、コテージの上空で魔力が爆発的に増加したのを感じた。反復する機械音。来る。

 ぼくは扉を蹴り開ける。

 

「な――」

 

 ターゲットがいた。それともう一人。魔導師だ。

 護衛役も兼任しているのだろうか。ターゲットの親爺の上で腰を振っていた彼女は、すぐに違法改造されたストレージデバイスを展開しようとして、ぼくが撃ったスナイプシューターを四発食らって、壁まで吹っ飛んで動かなくなった。直後に激しい閃光。上空からの砲撃魔法が隣の部屋を焼いたのだ。

 流れるように、床に落ちた女に拘束魔法であるバインドを重ね掛けする。わめき始める前に、ターゲットにもスティンガーレイを一発。裸だと怪我が面倒なので、掛け布団にくるんでからバインド。

 

「ターゲット確保」

 

(よっしゃ、窓から脱出しろ)

 

 ぼくはターゲットを肩に担ぐと、窓から飛び出した。

 

 《Flier Fin》

 

 琥珀色の光の羽が、トレッキングシューズを模した靴の横から生える。これは使う人間が限られる特殊な飛行魔法だったが、ぼくはこの操作感覚が気に入っていた。

 

「脱出だ!」

 

 カイエンが、魔力の誘導弾を発射しながらぼくを援護する。

 

 《Flush Move》

 

 極短時間音速機動で、瞬時にコテージから距離を取る。いける。

 

「こちらフォルテ3-1!目標を確保!現在ランデブーポイントに向かい撤退中!」

 

 ぼくとカイエンは、追手からの散発的な銃撃をラウンドシールドで弾きながら、飛行魔法を全開にして森の上を飛翔する。

 

(こちらヴァルキリー、ヘリを一機送った。回収地点で合流したのち帰艦せよ)

 

「こちらフォルテ了解!」

 

 ぼくは怒鳴り返すと、サーチャーを3、4つ後方へ放る。もうほとんど敵の追撃はなかった。

 

(ちょろかったぜ)

 

 カイエンが、隣で手を振った。

 

(カートリッジは三発も使っちまったけどな)

 

 そう言って、彼は自分のデバイスに挿入されたマガジンを叩いた。質量兵器のアサルト・ライフルの弾倉のようなそれには、しかし弾丸ではなく魔力を圧縮したカートリッジが装填されている。

 確かに、今回の仕事はうまく行った。ジンクスを無視するようであの人形には悪いが、ぼくもそろそろ過去を忘れる必要が――

 

 《警告。高熱源が――ボス!回避を!》

 

 反射的にプロテクションが起動する。体が強張り、そして攻撃がプロテクションを貫通した。

 

 目を覚ましたのは、土の上だった。耳鳴りがひどい。多分、五秒間の失神。こちらに近づく脅威一。徒歩。魔力量は、多分AAランクかAA+クラス。足音と立ち振る舞いから、只者ではないのが分かる。

 

「貴様に恨みはないが、この男に生きていられると困るのだ」

 

 ゆらり、刀身が揺れる。ベルカのアームドデバイス。ちかちかした頭でようやく考える。まずい。

 

「サージ!!」

 

 覚醒から二秒、迷いはなかった。高速処理能力を持つAIは、返答をキャンセル。サージに取り付けられたCVK-795カートリッジシステムが、六本のカートリッジを即座に消費する。

 

「なに――」

 

 敵が驚愕。ぼくは、サージをやつに向けた。

 

「アヴァランチッ!!バスター!!!」

 

 《Avalaunche Buster》

 

 琥珀色の閃光が、森を染めた。


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