Lyrical Ops:Special Girl   作:SWORD Team HQ

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第十一話

「成す術がなかった」

 

 クリスは、まっすぐ前を向いたまま、言った。

 

「俺たちは応戦した。ライフルを撃ちまくって、物陰に隠れた。無駄だったよ。ひとりひとり、斬り殺された。不思議なシールドで弾丸は弾かれ、セラミックの抗弾プレートはいとも簡単に切り裂かれた。俺が生き残ったのは、ただの偶然だ――偶然俺が死ぬより一瞬早く、管理局の部隊が現れたんだ。異常な魔力を検知してな。なぜ彼女が撤退したのかはわからない。当時はまだ力が強力じゃなかったのか、それとも部隊の戦力を過剰評価したのか。俺は管理局に回収されて、そしてリンカーコアの強い魔導師適性を認められた」

 

「それで魔導師になったのか」

 

「アメリカ軍は辞めたよ。俺は本局の特別乗船部隊(OSG)に志願した。”海”の部隊の方が肌に合っていると思ったからな。過酷な訓練に耐えて、キャリアを積んで、情報部に引き抜かれるよう仕向けた。そうやって宇宙人(エイリアン)の手先に身をやつしてまで、俺はあいつを探してたんだ、ずっと」

 

 そういったクリスの目は、今まで見たことないほどにギラギラしていて、感情を放っていた。ぼくは、初めて彼の顔を見たような気分になった。

 

「だから、お前たちがあいつに遭遇したと聞いたときは、小躍りするような気分だったよ」

 

「……新暦で言うと、彼女に会ったのは」

 

「新暦78年だ」

 

 78年と言えば、”カルナログ空間爆撃事件”と重なる。一致した。

 2年間、彼は本当の目的を隠して、彼女を追いかけていたのか。ぼくはなんだか恥ずかしいような、悔しいような気持ちになった。

 

「魔法が当たり前の世界なら、すぐにとっかかりが見つかると思っていた。色々な世界に赴いて、たくさんのロストロギアの情報を調べたよ。けれど、この2年間すべて外れだった。まさか、こんな近くにあったとはな」

 

「あんたらの言っていることは半分もわからんが、つまりあの子を止めないとまずいっつうことかい?」

 

 雷同が、言う。

 

「戦争が起きる」

 

 ぼくは答えた。

 

「多分、何兆人も死ぬ。地球はなくなるかもしれない」

 

 これは、少し脅しだった。だが、《アルカンシェル》を搭載した艦船が20隻も来れば、この惑星の地表は生物が継続的に居住するには難しい環境になるだろう。

 

「……冗談じゃあなさそうだな」

 

「だから協力してほしい。頼む」

 

 クリスも真剣な表情をして、頭を下げた。

 

「まずは、その祠を調べさせてほしい。刀は武器だとして、書物は魔導書型のストレージデバイスかもしれない。もしかしたら、古い時代のユニゾンデバイスや原始的な魔導兵器の可能性もある」

 

「《HGS》の情報も必要だ。手当たり次第に引き出して確認しないと」

 

「瀬戸さん、あんたのほうで《夜の一族》に連絡はとれるかい?《裏》の知識が必要になるかもしれない」

 

「わかりました。《御神流》にも一報入れておきましょう」

 

「《HGS》のデータに関しては、確約は出来ないが引っ張り出せると思う。無理なら引きずり出す」

 

「助かる」

 

 その場が一気に動き出す。そうだ。ぼくたちに止まっている暇はないのだ。この瞬間も、刻一刻と戦争の足音は迫っている。

 

「高木さん」

 

 ぼくは、雷同に向き直ると、できるだけ真剣な声音で告げた。”サージ”の翻訳魔法が、そのニュアンスを拾ってくれることを信じて。

 

「ぼくに稽古をつけてほしい」

 

 

 

 あいつに告白されたのは、確か16歳の終わりごろだった気がする。

 なんで彼の気持ちを受け入れたのか。なんでかはわからない。嘘だ。ぼくは期待していた。古くからぼくを知っていて、まがりなりにも真っすぐ僕を好きだと言ってくれた彼なら、もしくは。ぼくを救ってくれるのかもしれない。ぼくは、彼に期待していたのだ。ぼくの初恋の人のおとうと。ずっと好きだったと言ってくれた。初めて見たときから、ぼくのことを。

 もしかしたら、初めて本気で人に求められたのは初めてだったのかもしれない。ぼくは半ば縋るように、彼を受け入れた。

 ぼくは彼のことを好きだったのだろうか。少なくとも、その辺の有象無象よりかは特別に感じていたように思う。

 ぼくに好意を寄せる男は――女も――少なからずいた。体を重ねたこともあった。けれど、ぼくは結局のところ、初恋の彼女以外を愛していたかと言うと自信がない。単純に、誰かを好きになるという経験が、まるであの時間に釘で打たれて磔になったような、そんな感覚。

 だけれども、彼は違った、と思う。何が違ったんだろう。好きとか、恋とか、そういう浮ついた感覚ではないのは確かだった。いったい、なんだったんだろう。あの気味が悪いような、不快なようで、引き剥がそうと躍起になるのとはまた違う、妙な感覚は。喉の奥に絡みついて、ぼくの心を最後まで離れなかった、あの感覚は。

 いったいなんだったのだろう。

 

 

 

 ぼくは、あの爺さんに稽古を頼んだはずなんだが。

 

「――御神宗家から分派した俺たち不破の剣や高木の猿芸の基礎根底は、如何に効率よく敵を殺傷するか、に尽きる」

 

 しん、とした早朝の道場に、凛と通る声が鳴る。正座するぼくの目の前には、壮年の男性と、それによく似た若い男、そして雷同が立っていた。今言葉を発したのは、ぼくの真正面に座った若い男だ。20代かそこらに見えるが、もう30も過ぎているらしい。やはり、吸血鬼の眷属だからだろうか。そういえば、あいつも生きていたらこれくらいの見た目になっていたのだろうか――不意に思い出し、打ち消す。今はそんなことを考えている場合ではない。そう気まずくなったのは、職務への使命感か、それとも――。

 

「今はもう宗家はないので、俺たちが実質的な御神の継承者になる。だから、俺たちが教えられるのは不破に流れている御神の技術だけだが、それでもいいなら話を聞こう」

 

「質問したいことがいくつか」

 

「いいだろう」

 

 その男、月村恭也は小さくうなずいた。

 

「すまんな、わざわざ」

 

「いいや、昔のよしみだ。いいんだよ。それに、あの子は今動けないなのはの代わりに頑張ってくれるんだろう?」

 

 その後ろでは、高町士郎と雷同が会話をしていた。そうか、向こうにはそう伝わっているのか。

 月村恭弥は、高町士郎の息子で、”エースオブエース”高町なのはの兄だ。今は月村に婿入りしたことで姓が変わっているようだったが、どうやら妹ともども娘にも戦い方を教えているらしく、この家族はまったく揃って殺し合いが好きらしい。おそらく、こんなことを本人たちの前で言えば苦い顔をされるだろうが。

 

「御神の技の中には、肉体のスピードを操作できる技術はあるか?もしくは、体感速度を速めたり、一瞬早く現実を認識したりだとか言った」

 

「……それを何回見た?」

 

「一回だ」

 

「恐ろしいほど勘がいいな。戦うために生まれてきたような鋭さだ」

 

 そう褒められても、ぼくは少しもうれしくなかった。戦闘行動はぼくにとってはただの仕事だ。給料をもらって、ご飯を食べるための。もしくは自殺の手段。それだけでしかない。

 

「察しの通り、ある。《神速》という奥義の一つだ。それも、御神でも最奥のな。体感速度を加速させることで敵の攻撃を見切り、最終的にはその速度に追いつくために肉体のリミッターを外す」

 

「……単純な高速移動ではない、おそろしいほどの精密性というわけか」

 

「その他にも、《徹》という装甲の内部にダメージを与える技などもあるが、これは受けてみたほうが早いだろう」

 

 月村恭也は、立ちあがる。多分、バリアジャケットのことを言っているのだろう。ぼくは正座から体を起こすと、ポケットからカードを取り出した。

 

「サージ、練習用にソードを組めるか?」

 

 《ラージャ》

 

 サージは答える間もなく、恭也の持っている木製の刀と同じような形状へと変形した。ぼくは魔法で疑似的に刀や棒を摸せればそれで十分だったが、サージはその魔法を組む間もなく、基礎フレームを変形させて見せた――おかしい。そんな機能はこいつにはないはずだ。アップデートで組み込まれた?いや、基礎AIやフレームには手は加えられていないはずだ。

 

「……基礎構造まで変えろとは言ってないが」

 

 サージはなにも言わず、チチチ、とコアを震わせた。もし誰かが手を加えていなければ、事前にサージがこの変形構造を自分の中で発生させたということになる。自己進化はインテリ型に珍しいことではないが、自律して基礎フレームを再設計と言うのは尋常ではない。もしかすると、こいつも復讐に燃えているのかもしれないな、とぼくは思った。何度も苦酸をなめさせられているのはこいつも同じだ。一人を常に相手にし続けるのは初めてだし、状況に最適化するように自分を改修したとしてもおかしくない。

 

「では、行くぞ」

 

 恭也が、居合の姿勢を取った。

 

 

 

 とにかく、ひどい目にあった。

 ぼくは縁側に座って麦茶を飲みながら、夜空を眺めていた。節々が痛い。あのあと、何度も組手をやらされたが、同じ人間だとはとても思えなかった。あれでいて魔法を一切使ってないというのだから、まったく脱帽するしかない。

 

「ひでえ目にあったな」

 

 雷同が、後ろから声をかけた。

 

「体中が痛い」

 

「おれとしちゃあ、不破の連中の《徹》を何度も食らってピンピンしてる嬢ちゃんの方が信じられねえがな」

 

「バリアジャケットの設定をクラスⅧにしていなければ、内臓が割れていたさ」

 

「便利なもんだ」

 

「だが奴には通用しない。奴の斬撃は防御魔法を無力化する。シールドも、バリアも、フィールドもだ。奴のは《徹》とは似ているが、違う。やはりあれはHGSの存在を前提に組まれた技だ」

 

「……俺は気付けなかった」

 

「無理もない。HGSの発症例はごくまれだそうだ」

 

「違う、メイがおかしかったことにだ」

 

 ぼくは黙った。

 

「おれは自慢じゃあねえが、この辺の子供の面倒をずいぶん長い間みてきた。武道を通して心を教えることも、まあ基礎的な護身術を教えることもやってきたさ。それなりにな。だが、二年前にここに帰ってきた時のあいつは」

 

 彼はかぶりを振った。

 

「おれはとんでもないド阿呆さ。教え子の一人、まともに見てやれなかった。向き合えなかった。……あいつの親御さんたちがどっか俺らとは違うのはわかってた。まあ、外国人だと思ってたからな。あの一家がフラっとこっちをいなくなったのも、まあ仕事の都合くらいに思ってた。まさか、宇宙の向こうに実家があるとは、思わんさ」

 

「当たり前だ。この惑星では、まだ次元渡航技術は手掛かりの段階にすら至っていない」

 

「今思えば、おかしかった。以前までのメイじゃなかった。少し大人びたな、くらいにしか思わなかったのさ。恥ずかしいことに、家宝まで奪われちまって……多分、あの若造が遭遇したのは直後の事だろ」

 

 たぶん、クリスの事を言っているのだろう。彼がシリアで遭遇したのは、刀を手に入れた後だ。魔導書の方はユニゾンデバイスだろうな、とぼくは検討をつけていた。髪と眼の色が変化するというのは、それくらいの原因しか思いつかない。現行の技術で安定して稼働するものが生産されたと聞いたことはないが、魔導書の管制系だと比較的安定しやすいと聞いたことがある。

 

「あいつが人斬りになっちまった理由はおれにもわからねえ。師範代失格だなあ。こりゃ」

 

「……規定で詳しくは話せない。が、あの現場は凄惨だった。こっちで言うなら……なんだろうな、適切な例えが思いつかない」

 

 佐々木芽衣子、メイ・ロランドホッグ。力を手に入れた少女。おそらく彼女は二年前のカルナログ爆撃事件に端を発して、世界に復讐を始めたのだ。いや、それは少し違う。ぼくには何となくわかっていた。彼女の行動原理が歪んだ理由は、もっと根深い。彼女はきっと、探しているのだ、今もまだ。あの廃墟で失ってしまった何かを、探している。そう、誰もが亡失の後には、何かを探し彷徨う。そして、本来なら彷徨い果てる感情が、彼女の場合は消えなかった。彼女は力を手にしてしまったからだ。彼女の世界を支配していた、すべてを壊せるかもしれない力を。

 

「広島、長崎。多分適切なところはそのくらいだろう」

 

 クリスが、庭先の暗闇からぬう、と現れた。

 

「落とした側が言うことじゃないかもしれないが」

 

 ぼくは、サージにこの世界のインターネットに侵入させて――東京支局のサーバーを経由する――情報を調べさせた。すぐにヒット。原子爆弾、原始的な反応兵器だ。確かに、双極重力弾も次元干渉系の反応兵器と言えるから、被害規模と合わせてもイメージしやすいかもしれない。

 

「それが、戦争なんて一つも起こっていなかったはずの、平和な国の、首都の大都市に落ちたのさ」

 

「おい」

 

 ぼくはクリスを咎めるように見た。

 

「本局から見ればどうせ出奔の身だし、俺は情報部だ。現地人と必要なコミュニケーションだってある」

 

 ぼくは、ふてくされて黙った。まるで、この期に及んで遵法精神を発揮したぼくがバカみたいだった。

 

「そうか。そう、か」

 

 雷同は、髭を撫でた。

 

「あいつは地獄を見たんだな」

 

 彼はそれきり黙ると、静かにぼくたちに背を向けた。

 

「……何してたんだ、庭で」

 

「衛星通信で知り合いと連絡を取ってた。それとなく情報を流しておけ、とな」

 

「なんの」

 

「日本国内での大規模戦闘」

 

 ぼくは眉を寄せた。「説明しろ」

 

「きっと起こる。ここに来て、疑念が予感に変わった。やつが最後に行動を起こすとしたらここだ」

 

「根拠は」

 

「現在、高町一尉や八神二佐が拘束を受けている話はしたな」

 

「ああ」

 

「その状態でも、当然奴らには独自の情報網がある。そんな時に、地球の大事が知らされたらどうなる」

 

「普通は、何も起こらない」

 

「奴らはエースだ。それも一番厄介なタイプの、正義の味方だ。連中は管理局の鎖を食いちぎってでも、完全武装の船をこの星に飛ばしてくるだろう。もちろん、オーバーSランクやAAランクの魔導師をどっさり載せてな」

 

 ぼくは頭が痛くなった。

 

「管理局の”私兵軍団”が管理外世界にカチコミをかける?冗談言え、今の状況でそんなことしたら」

 

「トリガーだ。やつはどこかで大戦のトリガーを引くだろうとお前の話を聞いて思っていた。いくつか候補は考えていたが、ここに来て、もしかしたら、と思い始めてきたのさ。杞憂ならいい、杞憂ならいいんだ……」

 

 ぼくは、考え込んだ。もし地球が襲撃されるようなことがあれば、確実にまずい。なぜなら、今ここで戦えるのはクリスとぼくの二人だけだからだ。船の武装はもうほとんど使えないと考えていい。エンジンが不調で、今は太平洋の海底に待機している。

 もし例えば、Sランクの”白い悪魔”高町なのはや”金の閃光”フェイト・T・ハラオウンなどがいれば、攻略は不可能ではないかもしれない。だが、彼女たちが来てくれた時点で、ゲームオーバーだ。

 

「彼女たちがまじめに拘束されてしまっているのが面倒だな。あの狸のことだから、こっそり抜け出すくらいのことはやりそうだが、相当締め付けがきついのか、それとも様子見をしているのか……今から手引きしても、果たして彼女たちに自由を取り戻させることが出来るか、自信がない」

 

「もし来るとすれば、正面突破に派手に、か」

 

「こっちでもやれることはやっておくが、情報ルートの遮断くらいしか思いつかないな」

 

 ぼくは、手元のサージを見た。

 御神の技。サージの自律進化。手札は増えつつある。ぼくがやれることはなんだ?決まっている、ぼくがやってきたことは一つだ。分析。対策。訓練。シンプルなサイクルが技術と練度を高め、敵に対する対処能力を嵩上げしていく。

 

「……こっちもやれることはやるさ」

 

 

 

 

 

 

 


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