う す あ じ ヤ ン デ レ
とある森の中の教会、俺は自分の最期の時を待っていた。その傍らにいる彼女は男の最期を待っていた。
「……ありがとう…。」
口から血を流しながら俺は彼女に感謝した。
これ以上のない、ありったけの感謝を。
「君と出会えて本当に良かった……。」
彼女は俺を少しだけ撫でた。そんな気がした。
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昔から心臓に病を患っていた。外に出たことはなく、病室で本を読んでは血を少しだけ吐き静かに余命を待っている毎日。
しょうがない。誰が悪いわけでもない。いつもそう考えていた。
別に死ぬのは怖くなかった。生きている実感なんてしたことがないからだ。俺はこのときすでに死んでいたも同然だったのかもしれない。
「あぁ……悲しい仔よ…。」
彼女は…天草四郎時貞は、そんな俺の前に現れた。
彼女が俺の頭に少しだけ触れると、心臓の痛みも、口に広がる血の味も、自分が死ぬという考えも消えていった。
立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。
「どうして俺を……。」
「神の思し召しです……。」
彼女は色々な場所を転々とし、救われぬ人々を救う旅をしているらしい。
「なぁ…俺も連れていってくれ。あんたに貰ったこの命、あんたのために使いたい。そうじゃなきゃ俺は救われない。」
「……どうぞ…。」
彼女は一言、そう言った。
それから俺は彼女に尽くした。彼女と一緒に人を助けながら旅をした。外国語も彼女のために覚えた。
彼女を神のように崇め、人々を救う彼女をいつでも尊敬した。
彼女は俺が付いてくることに異は唱えなかったが、少しだけそれが心配だった。
そして、その時は突然だった。俺は再び血を吐いて倒れた。
気がつくと、彼女の膝を枕がわりにして眠っていた。彼女は相変わらず表情一つ変えなかった。
俺はもうすぐ死ぬのだろう。今まで感じたことのない苦しみだった。
だが、俺にとってそんなことはどうでも良かった。目を覚まして最初にあったのは彼女に対する感謝だった。
「……ありがとう…。」
死ぬというのはどんな感覚なのだろう。考える前に体から力が抜けた。
「君と出会えて本当に良かった……。」
これで俺の一生が終わった。
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不思議な人。
私が彼を助けたのは、主の人々の救済という信託のもと。
しかし彼は主ではなく私を崇め、尊敬した。
私ではなく主を信仰して欲しいと思った。私はただの布教徒、崇められるほどのものではない。
しかし彼は頑なに想いを曲げなかった。
そんな彼に、少しだけ憤りを感じた。
彼は私のために勤勉に働き、勤勉に学んだ。それが何故だか歯痒かった。しかし不思議と嫌悪の感情は抱かなかった。
それから私はこの歯痒くも嫌悪を抱かぬ感情をよく感じるようになった。
彼の笑顔に歯痒さを感じ、勉学に励む彼の小さな背中に歯痒さを感じた。
いつしかわたしの中から憤りは消え、代わりに何か心地よく、暖かくなるものが芽生えた。
この暖かい穏やかな気持ちは、彼の前だけで募っていった。
あぁ…そうか。この気持ちは恋慕の感情。私は彼に恋をしていたのか……。
でも……私が気づくには遅すぎたんだ。
彼はもうすぐ死んでしまう。もう少し早くこの気持ちに気付いていたら……私は彼を天使のように愛していたというのに……。
何もかもが遅かった。
せめて、彼の魂は楽園へと導いてあげよう。それが、私にできる精いっぱいの愛だ。
私に尽くしてくれた彼。私だけに尽くしてくれた彼。私だけを愛してくれた彼。私が恋慕し、愛した彼。
彼を楽園へ導く。それが本当に幸せなのか?そして何よりも、私は幸せなのか?
嫌だ……私は………彼を渡したくない。
せっかく自分の気持ちに気づけたのに、彼を愛せると、思ったのに。
渡したくない……。誰にも……。たとえ主であろうと。彼だけは奪われたくない。
彼は私のもの。彼が望み、私が望んだ。
主よ……。どうか罪深い私をお許しください…。だからどうか……
彼を私から奪わないで……
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「あの……。」
「あなたは幸せですか……?」
「ふふ…良かったです。」
「あぁ……分かります…。」
「あなたの魂と私の魂が一つになってゆく……。」
「あなたは私の中で生き続け、私はあなたに愛を捧げる……。」
「あなたは私の中で生き続けるのですね……。」
「こんなにも……。」
「暖かく…穏やかな気持ちになれたのは初めてのことです……。」
「この気持ちを……どうか永遠に…。」
私と彼。混ざり合って一つになった……。この楽園を……私とあなただけの楽園を……どうか永遠に………。
純愛みたいになったけどこれもいいと思いました。(小並感)