ヤンデルモンスト〜書いたら出るを添えて〜   作:千銀

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コラボキャラコンプしました。(豪運)


妊娠(アレキサンドライト)

 

 

 

 

『好きの反対は無関心』

 

誰かが言った言葉だ。確かに納得できる部分はある。しかし僕はやはり好きの反対は嫌いだと思う。

 

例えば、その嫌いな人間が事故にあったとする。無関心なものは少しでも『かわいそうだ』と思う。しかし嫌いなものは『いい気味だ』と思う。

 

無関心なものは多少その人間に声をかける。しかし嫌いなものは無視を決め込み、その人間の粗を探しては罵る。

 

嫌いと思われる方が無関心よりも酷い仕打ちを受ける。

 

こんな事になるなら、最初から無関心の方が良かったのに…。

 

 

 

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強烈な光とともに体が吹き飛ばされる。壁に当たり、肺の空気が全て抜けた。

 

 

「あら、この程度?」

 

咳込む俺を見下すように笑っているのが、俺を吹き飛ばした張本人であり、許婚のアレキサンドライトだった。

 

 

「全く…私はまだ全然本気を出していないのに…貴方ときたら…。」

 

「……すみません…。」

 

「はぁ…もういいわ。貴方となんて特訓にもならないもの。」

 

ユニコーン亜人種の彼女は強い魔力を有しており、彼女の家で代々受け継がれる守護石アレキサンドライトは、特に強い力を放つことができた。

 

そのアレキサンドライト家の中でも、歴代最高の魔力を持っていたのが彼女だった。

 

そして俺は、そのアレキサンドライト家に代々仕える使用人の一族だった。

 

なぜ許婚になったかは、彼女の性格にあった。彼女は歴代最高の宝石魔法師。故に自分が1番だと高飛車な態度をとり、彼女と伴侶になる宝石魔法師をことごとく追い出していった。

 

このままでは跡継ぎがいなくなる。そう考えたアレキサンドライトの父親は、使用人の俺を選んだ。

 

幸い子供の頃から彼女の我儘には慣れていたので、俺は快く受け入れた。跡継ぎも決まり、俺達一家の安泰も保証される。お互いが得をする関係だった。

 

しかし彼女からの反応は最悪だった。自分の家に媚を売って生きている使用人が嫌いだった彼女は、俺が許婚に決まったときから嫌がらせを受け続けた。

 

 

「さて…戻るわよ。さっさと立ちなさい。」

 

彼女は家にさっさと戻り、俺もすぐに立ち上がって彼女についていった。こうしなければ、彼女に暴力を振るわれるからだ。

 

 

「はぁ…オニキスならこんな無様な姿は見せないのにね。」

 

アレキサンドライトは最近ジュエルズに入学して来たオニキスの話をする。顔立ちもよく、強い。アレキサンドライトの好みに合う人だった。

 

家に入り、長い廊下を歩き、二人で共同で使っている部屋に入る。アレキサンドライトの父親が用意した部屋だった。

 

 

「はい。貴方が通った道、掃除しておいてね。本来ならアレキサンドライト家の床を踏むことすら許されないんだから。」

 

モップを取り出し、子供の頃から踏み慣れた床を拭いた。拭き終わって部屋に入った。

 

 

「次、お茶入れて。」

 

言われた通りに紅茶を淹れる。一口飲んだところで顔をしかめられた。

 

 

「味が薄い。クリスタルだってちゃんとした紅茶を入れられるのに…貴方、本当に何もできないのね。」

 

「……すみません…。」

 

その後も、散々こき使われ、その度に文句を言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の嫌がらせは、何も家の中だけではない。ジュエルズの中でもある。

 

 

「次は魔法の授業ね。貴方は来なくていいわよ。どうせ魔法なんか使えないんだから。」

 

俺の守護石は『鎖』。人に仕えること以外何もできないのだ。もっとも、俺には仕えることすらうまくできないが。

 

 

「オニキスとは大違い。魔法も使えて、顔も貴方より良い。許婚になるなら彼の方が良かったわ。」

 

学校へ来るのも苦痛だった。駄目出しを生徒の前で言われて、その度にオニキスと比べられる。

 

彼を恨んではいないし、事実なのだから受け止めるべきだが、正直避けてしまうところがある。

 

自分がバカにされるのは良いが、周りに迷惑をかけたく無かった。生徒達はギスギスとした雰囲気に苦笑いばかり浮かべるようになった。

 

 

「オニキスがーーー」

 

「オニキスならーーー」

 

「オニキスの方がーーー」

 

もう心身ともに限界だ。それと同時に、今の境遇が恐ろしくなってきた。

 

自分はこんな惨めな気持ちになるために生まれてきたのか。文句をつけられ、辛い事を隠すようにへらへらと笑って一生を終えるのか。

 

休む事なく歩き続け、足が動かなくなった父の姿を、冷たい水に手を入れ続けささくれやひび割れだらけになった母の姿を、死んだところでいくらでも代わりがいる自分の立ち位置が恐ろしくなった。

 

 

(今度は何を言われるんだ…。いつまでこの生活を続ければ良いんだ…。)

 

自由になりたかった。今の牢獄のような生活から。父や母の期待から。そして何よりアレキサンドライトからの苦痛から。

 

 

 

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私はあの男が大嫌いだった。

 

私と見合いをしたどんな男よりもだらしない顔をしていて、注意すればへらへら笑って誤魔化して。

 

こんな男が私の許婚になるのかと、『許婚を取る』と言った父の言葉に肯定したことに、心の底から後悔した。

 

男の仕事ぶりは酷いものだった。魔法は使えず、相手にもならない。おぼえが悪くいつも何かしら失敗をする。紅茶は味が薄くまともに入れられない。

 

どんなに怒りをぶつけたところで笑って誤魔化す。アレキサンドライト家に仕えることに誇りも何も持っていないあの男が大嫌いだった。

 

だから私は、あの男に嫌がらせばかりして、文句ばかり言った。

 

 

 

 

 

 

そんな日々が3年ほど続いたある日、あの男は使用人の用事で家にいなかった。仕方がないので、他の使用人に掃除をさせた。

 

掃除も終わって、魔法の訓練もあの男より数倍も有意義なものになった。紅茶も、きちんとした良い香りが漂うものを入れさせた。

 

 

「…………?」

 

掃除も完璧だった。でも私は何も言うことがなくて退屈だった。

 

魔法の訓練も充実して行えた。でも私はちっとも達成感を感じなかった。

 

紅茶も色、香り共々最高のものだった。でも、私はこの紅茶の味は少し濃すぎると感じるようになった。

 

私をこんな気持ちにした彼が帰ってきた時は、いつも以上にこき使ってやった。

 

 

「早く掃除をしなさい。」

 

「訓練をするんだから早くしなさい。」

 

「早く紅茶を淹れなさい。」

 

「早く……早く………。」

 

私は、自分でも気づかないうちに彼に依存していた。

 

彼がいなくなったら、無気力になってしまうほどに。

 

手放したくない。一緒にいたい。でも自分の言ったこと、やったことを、今更取り消して欲しいとは口が裂けても言えなかった。何より、自分の誇りが許さなかった。

 

 

(大丈夫…大丈夫…彼は私の許婚なんだから…。)

 

彼は何も出来ないけど、人を裏切るようなことはしない。きっと私のことも裏切ったりなんてしない。そう言い聞かせ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて…今日はどうこき使ってやろうかしら…。)

 

彼が来てから、家に帰るのが一層楽しみになった気がする。味の薄い紅茶を飲んで、笑った顔が見たくてまた文句を言う。

 

部屋には誰もいなかった。いつも迎えてくれる彼は、どこかへ出かけていた。

 

 

(私が帰ってきたのに出迎えも無しなんて…。帰ってきたらたっぷり叱ってあげなくちゃ…。)

 

今日は私を寂しくさせた罰に、いつもよりこき使ってやろう。そう思って私は彼の帰りを待った。

 

そして、それきりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が消息を絶って半年近くになる。彼の机の中に、一枚の手紙を見つけた。そこにはたった一言

 

 

『自分は到底彼女を愛することも彼女に愛されることも出来そうにないので、自分の居場所を見つける旅に出ます。』

 

とだけ書いてあった。

 

それからは私は、自分が空っぽになったような気がした。

 

今までやっていた当たり前のことが、全て無価値になった。

 

学園はもう楽しくもなんともない。

 

訓練も何を相手にしていいのか分からない。

 

あの薄い味の紅茶は二度と飲めない。

 

毎日毎日、同じことを繰り返しては、彼がいた日々、彼が出て行った時の言葉を思い出して泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日、クリスタルが家にやって来た。

 

 

『彼が街を歩いているのを見た。』

 

それを聞いた時、私の心には嬉しさではなく、怒りが湧き上がった。

 

 

(……許さない…。)

 

私を置いていった彼を、私をこんな気持ちにさせた彼を、そして何より……

 

私と、お腹の中にいるこの子を置いて行ったことを。

 

許さない。絶対に許さない。

 

 

 

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彼女の背中ばかりを見ていた俺は、自分の住んでいた場所というものをはっきりと見たことがなかった。

 

一度でいいからしっかりと見ておく機会が欲しいと思っていた。しかし、来てみればなんて事は無い、今まで見て来た街にもあったような普通の街だった。

 

一度は帰って来たいと思っていたのに、いざ帰って来てみれば最早なんの興味もなくなってしまった。挙句何でわざわざ帰って来たかも分からなくなってしまった。

 

すぐにでもこの街を出よう。そう思っていたが、この踏み慣れた地面を足は覚えていたらしく、黄昏の日を背に、誰もいない公園のブランコの軋む音を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、夜の少し冷え始めるくらいまで何もせずにいて、ようやく街を出るトンネルの前に着いた。

 

 

(次はどこへ行こうか…。いや…行くところなんてないのかもしれない…。)

 

永住する地があっても、そこに不満があれば、きっとまた旅に出るだろう。

 

そうやって歩き続けて、いつか足は動かなくなり、道路だろうか、あるいは町の中心で動けなくなるか。

 

そうやってありもしない自分にふさわしい場所を求めて旅をし続けるのだろう。

 

それが俺にとっては、何よりの喜びだった。

 

心にあったわだかまりも解けた。もう二度とここに戻ってくる事は無い。振り向く事はせず。トンネルをくぐる。

 

 

 

 

 

 

「…………許さない…。」

 

不意に。

 

体の力がすとんと抜けた。

 

立っていられない。息が出来ない。温かい血が口から溢れ出た。

 

自分の胸を、大鎌が貫いていた。

 

 

「えへ…えへへ…。役立たずのくせに私とこの子を置いていくなんて…許さないんだから…。」

 

「あなたの居場所は…私の隣だけなのに…。帰ったらお仕置きしてあげなくちゃ…。」

 

目の前から光が消えていく中、聞いたことのない彼女の甘く、優しい声が聞こえた気がした。

 

 

 

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【日記】

 

 

 

 

 

 

あの日から、アレキ先輩はいつものような明るさを取り戻しました。

 

変わったことといえば、もう学園には来なくなったということ。その目は彼以外の何をも映さなくなったということ。

 

そして、先輩のお腹が大きくなったことでした。

 

あの日からずっと、先輩は二度と動くことはない彼にとても幸せそうにお腹の音を聞かせ、今か今かと待ち構えています。

 

 

 

 

………………彼の両親にはなかった首の鎖。

 

彼はよく私に先輩への恋心を話してくれました。

その首の鎖の意味が一つではないとしたら…。

 

決して切れることはない、呪いのような魔法を、彼も無意識のうちに先輩に使っていたのだと思います。

 

でも…もうそんな事は先輩には関係がありませんでした。

 

今日も先輩は、愛おしそうに何もいない膨らんだお腹を撫でています。

 

その鎖の意味は……

 

 

 

 

 




先輩早く来て…。(懇願)

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