IS-学園以外は危険がいっぱい-GPM   作:望夢

10 / 12
脚の上に包丁落として右足の中指と薬指を盛大に負傷してしまい、痛みよりも大量の血でパニック障害を引き起こしたので更新速度が低下しました。

しばらく歩くのに苦労しそうだよ。というかコワくて傷口が見れない。人体の血とか傷口とかダメなんよ私。

今更だがアニメのガンパレ見てるんだけど瀬戸口君もパイロットやっていてびっくりしました。というか一話からきたかぜゾンビでハチの巣ってエグイっすね。

あとガサラキも十何年ぶりに見直していたりもしてます。日曜日朝九時半。当時小学生の私にはTA目当てで見ていました。


選ぶ道は…

 

 整備科で解体作業を行われているラファール・エスポワール。

 

 その光景を厚一は眺めていた。

 

 電装系回路が焼き切れてしまったラファール・エスポワールは修復不可能という状態となり、解体され、解析に回されるそうだ。

 

 男性IS操縦者の駆ったISというのはそれだけで研究材料になる。そして、シュヴァルツェア・レーゲンを切り裂いたときの発光現象や白式の零落白夜を使用した経緯を調べる為だという。

 

 ただ、いくら調べた所でおそらくその光の正体も、雪片弐型が光の刃を作った原因はわからないだろう。

 

 とはいえ専用機を無くしてしまった厚一に日本政府はアプローチを掛けているが、今のところ返事を保留していた。

 

「やあやあ、どうしちゃったんですか速水さん? そんな辛気臭い顔をしちゃって」

 

「うひゃあっっ」

 

 背中から腕を回され、耳元に息を吹き掛ける様に囁かれて、厚一は飛び跳ねる。

 

「た、楯無さん…? な、なんの用ですか?」

 

「あら。用がないと会いに来ちゃいけないのかな? お姉さん、寂しいなぁ」

 

「そんなわけじゃないですけど。というか近いですって」

 

「傷心中の男の子を慰めてあげてるだけだぞー。うりうり」

 

 背中に感じる軟らかい感触をさらに押しつけて来る楯無に厚一は離れようとするが、楯無は離れない。

 

「やめてください。恥ずかしいですからっ」

 

「難しい顔しちゃって。お姉さんはいつものぽややんとしてる速水さんが好きだけどなぁ」

 

「…………」

 

 そうは言われても、自分の所為でラファール・エスポワールは壊れてしまったのだ。

 

 それで落ち込むなという方が難しい話である。

 

 楯無が離れ、バッと扇子を開いた。そこには「朗報」の文字が書いてある。

 

「実は学園でも速水さんの専用機を造ろうかっていうプランが出てるの」

 

「学園が?」

 

「今年は事件が多い上に、そして速水さんがどこかの国に頼れないならいっそのこと学園で専用機を造ればいいということなのよ」

 

 何処にも所属できないのなら、何処にも所属しない組織でISを用意するのなら文句はないだろうということなのか。

 

 つまりその場合は身柄がIS学園預かりになる事になるのだろうか。

 

「その申し出を受けた場合にはどうなりますか?」

 

「そうね。国籍は日本のままだけれど、どこにも所属せず、出来ず。一生IS学園に身を捧げる事になるでしょうね」

 

 先ずはデメリットの説明だった。人間というのはデメリットを最初に聞いて、メリットを話される方がそのメリットが印象に深く残るものだからだ。

 

「逆にあらゆる国や企業の干渉を受けなくなる。国の代表になるよりは楽で安全な生活も出来る様になるわ」

 

 だがその代わりに鳥かごの中の鳥として一生を終える事になる。

 

 ここ数日ラウラも休んでいるため、ドイツがどうなっているのかもわからない。そして日本も専用機を作る為に売り込みが激しくなってきている。何故なら他のクラスの女子などに、ラファールの代わりの専用機は日本で作るのかどうかを訊かれるのだ。

 

 自分のクラスの女子は全然そんな話題を出すこともないので、最近は昼休みを教室で取る程だ。つまりそれくらいに煩わしさは感じられるという事だ。

 

「まぁ、お姉さん的にはあまりお勧めしないわ。学園で保護すると言っても、実質はIS委員会の預かりで、国の法律も適応されないから、何をされても自分の身を護る権利が無いの」

 

「でしょうね」

 

 治外法権区であるIS学園の中だからこそ、その中で何をしていても国の法律は適応されないのだ。

 

「というわけで、ロシアに来る気はない?」

 

「どういうことですか?」

 

「わたし、実はロシアの国家代表なの」

 

「楯無さんが? え、でも日本人ですよね?」

 

「そうだけど、国籍はロシアなの。だから、速水さんがロシアに来てくれるとお姉さんはとっても助かるんだけどなぁ」

 

「それは強制ですか?」

 

「ううん。ただのお願い」

 

 そう言って楯無は真っ直ぐ厚一を見つめてくる。

 

 にこやかに、優し気な表情と声には、しかしどこか粘り気と不穏な空気があった。その瞳は妖艶な雰囲気が僅かに感じられた。

 

「それ、選ばせる気がありませんよね?」

 

「さて、何の事やら」

 

 「黙秘」と書かれた扇子で口元を隠す楯無に、国家代表も大変だと厚一は苦笑いした。

 

「でも速水さんが欲しいと思っているのは何処もそう。IS学園に居るからそうとは思わないだろうけど、普通に外を出歩けるような身分じゃなくなってきてるのよ。あなたは」

 

「この間のトーナメントですか?」

 

「ええ。VTシステムの再現とはいえ、ブリュンヒルデを打ち負かしたジークフリート。界隈だとそう言われてるわ」

 

「大げさですよ」

 

「でも事実なのよ。あの日、あの場に、どれだけの国の重要人物が集まっていたか。そしてだれもが見ていた。青い光に包まれたラファールが暮桜を斬り伏せたのを」

 

 故に日本政府にはあらゆる方面から厚一の身柄を引き取りたいという要請が出てきている。勿論日本政府もそれを簡単に首を縦には振るわない。何故ならブリュンヒルデに匹敵し得る強さを持った人間をおいそれと他国に引き渡す様な国の利益を損ねる様な事はしない。故に専用機を造り、名実ともに厚一を日本の代表候補生に仕立てる準備が水面下で行われているのだ。

 

「あなたは実績という誰が見てもわかる結果で世界に認め始められた。だから今から腰を据えるべき場所を考えておかなければ不要な争いを生む事にもなる」

 

 何処に所属するのかを決めてしまえば不用意な争いは突発的に起きたりはしないだろう。少なくとも表向きにではある。

 

「ドイツがダメなら今のところはイギリスが最も損はないでしょうね。代表候補生のオルコットさんとも懇意なのだし」

 

「オルコットさんとは別に、そんな関係じゃないですよ」

 

「まぁ、日本でも構わないけどね。速水さんがこの国を信じられるというのなら」

 

 そこに関しては色々と疑問が生まれてしまう。何故なら自分の出生や、IS学園に入ってからの一夏との扱いとの違い。それらを踏まえて日本に腰を据えたところで万が一に、自分は二人目で一人は自国に居るからという理由で切り捨てられかねないからだ。

 

 そう言った点をふまえてしまうと、やはり日本に居るよりかは他国の援助を取り付けるほうが身柄の安全としては保障されるのだろうかと、厚一は考えてしまうのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……どういう状況なんだろう。コレ」

 

「すぅ…すぅ…」

 

 余程疲れているのか、最近は気づいたら寝落ちしている事が多くなり、そしてそれは必然的に悪夢を見るという事だ。魘されて起きるというのは精神衛生上よろしくない。かと言って肉体的に休息は取れても精神的に休まる事が無いというのもあまりよろしくない。

 

 だが今日は寝落ちをしても悪夢を見なかった

 

 そして目覚めると、何故か目の前にラウラの顔があったのだ。しかもシャツの中に彼女の身体が入って来ている。寝間着はタンクトップで緩いとはいえ、その中に入ってくるとはどういうことなのか。

 

「しかもこの子裸だよ…」

 

 寝る時は服を着ないという人間は居るものの、感触的に本当に素っ裸であるらしい。

 

 仰向けの自分の上に俯せで眠っている銀髪の女の子。こんなところを見られたら社会的に死ぬ。或いはそうする事で日本での居場所を無くしドイツに連れていくという魂胆なのだろうか。

 

「んっ、…ぁあ。なんだ、起きていたのか」

 

 此方が起きた気配に気づいたのか、ラウラが目を覚ました。

 

「お、おはよう、ラウラ」

 

「…ん、…あぁ。おはよう」

 

 まだ眠そうに目を細める彼女は普通に可愛いと思った。

 

 なので頭をなでなですると、ポフっと胸に顔を押し付けられた。

 

「ら、ラウラ?」

 

「……なんで襲わん」

 

 重なり合っている肌から感じる鼓動。しかし何を言っているのか訳が分からなかった。

 

「男はこうされると無性に女を襲いたくなるというのを聞いた。やはり私の身体が貧相だからか?」

 

「あー、えっと…」

 

「だが貧相でも胸はちゃんとあるぞ!」

 

「ああ、うん。そうだね」

 

 そうして身体を起こして、と言ってもタンクトップで包まれているためにあまり動けないのだが。それでも身体を動かして顔を抱きしめられる。確かに貧相であるが、軟らかいとはわかる程度にはあった。

 

「ど、どうだ…?」

 

「えっと、軟らかいです」

 

「そ、そうか。で?」

 

「…状況が上手く飲み込めないんだけど」

 

 いったい何故自分は起きたらラウラが密着した状態で、しかも今はその胸に抱かれているのかという理由がわからなさ過ぎて混乱する厚一だった。

 

「男はこうされたら獣になるらしい」

 

「あー、うん。たぶん普通は?」

 

 とはいえこの状況でそういうムードでもないのに自分は興奮しないと思考する。

 

「なに? では速水は普通ではないのか!?」

 

「どうなんだろう…?」

 

 ラボ生まれで、色々と弄りまわされているこの身体が普通とは言い難いだろう。

 

「ともかく、取り敢えず。お帰り」

 

「う、うむ。ただいま」

 

 身体を起こすとストンとラウラが落ちる。まるでコアラの様に子供を抱っこする様な感じになる。

 

「…ど、どうした?」

 

「いや、キレイだなって」

 

「っ、そ、そうか…」

 

「うん」

 

 白い肌に赤い瞳。そして光で煌く銀髪は綺麗だとおもった。

 

「それよりどうだったの? 何日か学校休んでいたけど」

 

「うむ。機密なのだが、当事者のひとりだからな。知る権利はある」

 

 そうしてラウラはここ数日本国のドイツに帰り、徹底的にシュヴァルツェア・レーゲンを調べたそうだ。VTシステムは破壊されていた上に機体も破棄する事になったので補修パーツで機体を再構築したということだ。

 

 そしてドイツ軍もVTシステムに関しては女性権利団体との繋がりがあった研究部の一部で進められていたらしい。パイロットの能力に関係なくブリュンヒルデを量産する事で地位を向上させようとしたらしい。

 

 むろん研究所は既に破壊され、データもすべてドイツ政府に公表されており、その混乱の収拾と、VTシステムに関わっていた人間の逮捕によって忙しかったのだとか。

 

 それに関してはドイツは本気で膿だしを行ったらしい。男性IS操縦者を受け入れる為に国が全力で自浄をした結果だと言える。

 

「というわけだ。我がドイツはいつでもお前を迎え入れる準備は出来ている」

 

「うーん…」

 

 そこまでお膳立てされてしまうと断りづらいというのも出てきてしまう。自分一人の為に国が受け入れに動いた。そういう実感を聞くとドイツを選ぶことの方が少なくとも命の保証はあるのだろう。

 

「心配せずともお前の身柄は私が守る。軍と国からも正式な命令としてお前を守るように言われている」

 

「ラウラは真面目だね」

 

 ただ、ラウラは軍人だ。軍人であるなら命令は絶対である。もし命令で自分を差し出すように言われれば彼女はどうするのだろう。

 

「私は軍人だ。だが、戦友を命令で易々と引き渡す人間ではない」

 

「戦友?」

 

 ラウラが戦友という言葉を使ったことに厚一は驚いた。ついこの前は戦友など要らないと言っていた彼女にいったい何があったというのだ。

 

「お前は優秀な人間だ。お前なら私の戦友として認めてやるという事だ」

 

「前は戦友なんて要らないって言ってたのに」

 

「優秀な人間であれば別だ。能力があり、覚悟もある。そして何より強い。私が認めてやるのだ、何か文句があるのか?」

 

「じゃあなんで一緒に寝てたの?」

 

「うむ。助けて貰った礼だ。故に遠慮する事はないぞ? 私は戦うしか能がない。くれてやれるものは私自身だけしかない。という事で遠慮せず受け取れ」

 

「えっと、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「そうもいかん。それでは私が納得できない」

 

「でもこういう事はちゃんと好きな人としないと」

 

「ならば問題はない。私の嫁になれ速水。そうすればただドイツに来るよりもお前を守ってやれる」

 

「話が飛躍しすぎだよ」

 

「そうでもないだろう。私も女だ。嫌いな相手に肌を見せる様な人間ではない」

 

「それも光栄だけど」

 

 嫌われるよりも好かれていることは良い事だと思うものの、ラウラの価値観が普通の一般的な感覚とずれているので説得の糸口が掴めなかった。

 

「国は関係ない。軍人としてもこの際は無関係としよう。そういう私個人の意見として速水厚一、お前を私の嫁にする!」

 

「だからなんで」

 

「お前は放っておいたら死ぬ。誰かが守ってやらなければならない。私ならお前を守ってやれる。それでは不服か?」

 

「そうじゃないけど、なんでまた」

 

 そこまでされるような事を自分はした覚えがない。なのに何故、こんなにもラウラの好感度が高くなっているのだろうか。

 

「お前は弱かった。だが自分の脚で這い上がった。私は自分の力では同じことが出来なかった」

 

 そう言ったラウラは自分の事を語り始めた。

 

 もともと遺伝子強化試験体の試験管ベビーとして生み出された自分。

 

 戦うための道具としてありとあらゆる兵器の操縦方法や戦略などを体得し、好成績を収めてきた。

 

 しかしISの登場後、ISとの適合性向上のために行われた手術の不適合により左目が金色に変色し、能力を制御しきれず以降の訓練では全て基準以下の成績となってしまう。このことから「できそこない」と見なされて存在意義を見失っていたが、ISの教官として赴任した千冬の特訓により部隊最強の座に再度上り詰めた。

 

「私たちは同じだ。だがお前はそうして自分の脚で立っている。教官が居なければ立つことも出来なかった私とは違う」

 

「それは違うよ。僕だって、山田先生が居たからここまで強くなれた。剣と翼をくれた子が居たから飛ぶことが出来たんだ」

 

 自分も真耶の教導があればこそセシリアに勝つことが出来る程に強くなれたのだ。自分一人で強くなったわけではないと説く。

 

「僕たちは似たもの同士なんだね」

 

 互いに作られた存在だからこそ、何か感じあえるものがあるのかもしれない。

 

「そうだな。だが私ならお前を守れる。お前とは違って」

 

「あはは。そこは流石にね」

 

 軍人であるラウラと自分との最大の違いは権力の差だ。国が保証人となってくれているかどうかの違いだ。

 

「…そろそろ食堂にいかなければな」

 

「あ、ホントだ」

 

 話し込んでいたらそんな時間になっていたようだ。

 

「だがこの中から抜けるのも惜しいな。実に惜しい」

 

 そういってラウラがぴったりとくっついてくる。

 

「でもご飯食べないと。朝ご飯は一日の栄養の資本だし」

 

「うむ。仕方がない。起床するか」

 

 するりと抜け出したラウラは脱ぎ散らかした服を身に纏っていく。

 

「では行くぞ速水!」

 

「待ってよ、まだ着替えてないから」

 

 タンクトップの他にはパンツしか身に着けていないのだ。最低限半ズボンくらいは履いて行かなければダメだ。

 

 制服に着替えてラウラに引っ張られて厚一は朝食を取る事になった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の朝はまだ序の口だった。シャルルがシャルロットとして正体を明かすという本当は女の子だったという事を暴露したのだ。

 

 その昼である。

 

「速水さん、お昼行きませんか?」

 

「うん。でもいいや。行ってきて良いよ」

 

 一夏に誘われるものの、教室の外に出るとまた色々と追及されるので朝以外に厚一は食堂を利用したがらなくなった。

 

「いいや、行くぞ速水」

 

「ら、ラウラ? ちょっと」

 

 だがラウラが強引に厚一の腕を取って連れ出そうとする。

 

「お待ちになってください。ボーデヴィッヒさん、速水さんは教室で昼食を取られようとしているのを無理やりに連れ出すのもいかがなものかと」

 

 それを止めるのはセシリアであった。セシリアも厚一が最近食堂を利用したがらない理由を知っているからだ。

 

「問題ない。私が傍に居れば如何様な輩であろうとも速水は守り通そう。速水は私の嫁だからな」

 

 胸を張って厚一を嫁扱いするラウラに、セシリアの視線が細まる。

 

「どういう意味でしょうか。速水さんが嫁と言うのは」

 

「そのままの意味だ。速水厚一は私がもらう!」

 

 教室が気まずい雰囲気に包まれた。

 

「ドイツはいつからその様に人をモノ扱いする様になったのでしょうか?」

 

「奥手のお嬢様には出来んだろうな。安心しろ、速水の騎士(リッター)は私が勤めよう。今までご苦労だったな」

 

「横からしゃしゃり出て来て身勝手な方ですわね。それでは振り回される速水さんが可哀想です」

 

「別に振り回してなどいない。私はただ嫁と食事に行くだけだ」

 

「その嫁と言うのも速水さんご本人が承諾している様には思えませんが?」

 

「負け犬の遠吠えだな。私は既に速水と床を共にしている仲だ。速水の胸は暖かいぞ?」

 

「くっ、いつの間にそのような事を」

 

「精々身辺警護に努める事だな。さて、待たせたな速水。行くとしよう」

 

「や、だからちょっと待って」

 

 だがラウラは聞く耳を持たぬと言わんばかりに厚一の腕を引いて食堂に向かう。

 

「お、お待ちなさい!」

 

 その後をセシリアが速足で追う。

 

「なぁ、箒」

 

「なんだ?」

 

「男なら普通婿だよな?」

 

「そうだな」

 

 何かを盛大に間違えてそうなラウラだったが、何故か本人は堂々としているし、嫁扱いされる厚一も何故か違和感がなかった。エプロンを着けてキッチンで料理に勤しむ厚一を想像して、何人かの女子は萌えたそうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後に厚一の姿は整備科にあった。

 

 ラファール・エスポワールのISコアを移植し、機体を再建する為だった。

 

 しかしそれに待ったが掛かる。

 

 ラウラがシュヴァルツェア・レーゲンをハンガーに展開して、厚一にこう言った。

 

「ドイツは先の事件での功労を労う意味も込めてお前にこの機体を譲渡する事を決定している。シュヴァルツェア・レーゲンならば、お前の適正にも合うだろう」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンはその武装から砲撃戦用ISに見えるが、それは武装でそう見えるだけで、砲撃戦が出来る汎用機と見るべき機体なのだ。

 

 第三世代ISではあるが、装備によって自在に戦闘領域を選べる第二世代の特徴も色濃く残している。軍事利用はしないものの、軍隊で扱う上で装備の多様性という物は必要である。

 

 故にラファールの様に特徴を自分で選べる機体として、シュヴァルツェア・レーゲンは厚一の特性にも則している機体だった。

 

「これって暗にドイツに来いって最後通告だよね?」

 

「いや。これは別件だ。勿論メンテナンスをする代わりにデータは取らせてもらうが」

 

 とは言うラウラだが、実質的にドイツが厚一の為に専用機を用意するという事に等しい処置である。それでやっぱりドイツとは違う国を選びますという恩知らずな事を出来る程、厚一の顔の皮は厚くはない。

 

 外堀を埋められたと感じた時には既に遅いというのは世の常だ。

 

「まだ不服ならばそうだな。なんでも欲しい物を言うと良い。大抵のものは揃えられるだろう。私で満足できないというのならば、我が隊の副隊長でもあるクラリッサならば紹介できる。私と違い身体も女性らしい。それくらいは許そう。私は寛容だからな」

 

「そういう意味じゃないんだけど」

 

 第三世代ISというのは今現在でどこの国でも漸く実用に漕ぎ着けている最先端の技術が詰まっているISだ。

 

 それを一個人に渡そうというのだから色々とこのまま素直に受け取ってしまっても良い物かと思う。そういう部分も含めてメンテをする代わりにデータは寄越してほしいという事なのだろう。

 

 第三世代IS一機で世界中が喉から欲しがる男性IS操縦者のデータが得られるのだから、その対価に見合う身の入りという判断なのだろう。

 

さらにスラリと複数の女性と関係を持つことも推奨されているのもなんだか生々しくて気が引けてしまうというのもある。そもそもまだ自分はドイツを選ぶとも言っていないのだが。

 

「ではどういう意味なのだ?」

 

「それは。別に今はラウラが居るならそれでいいというか」

 

「そうか。うむ。そうか…」

 

 取り敢えず目の前のラウラならば信じられるのは確かな事だった。

 

「取り敢えず、このシュヴァルツェア・レーゲンはお前のものだ」

 

「ええっと…」

 

「遠慮する事はない。それに身を護る手段は必要だ。私が居るとはいえ万が一があるとも限らないのだからな」

 

「うん」

 

 確かに身を護る術という点では、ドイツからの提供は有り難い物だった。

 

 コアを移植し、新しい愛機に身を委ねる。

 

 同調率を弄る前に機体に変化が起きる。

 

 ラファール・エスポワールの様に機体が全身装甲型に変化し、こんどは顔まで装甲に覆われたのだった。

 

 黒と赤と金に彩られ、ゴーグルアイの顔はロボットそのものだった。非固定部位も固定式に肩に装着されている。胸もラファール・エスポワールよりも更に分厚い装甲に代わっている。

 

「こんなにも速く一次移行をするのか。驚いたな」

 

 パイロットのパーソナルデータを機体に入力していても10分程は一次移行に必要だと思っていたラウラだったが、まさか乗って直ぐに変化が起こるとは思わなかったのだ。

 

 一次移行をしてしまっては返却するという事も出来ないだろう。

 

 腹を括るしかないかと、厚一は覚悟した。

 

 ISを解除して降り立った厚一はラウラに向き直って頭を下げた。

 

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 厚一がラウラを介してドイツ政府に身柄を引き渡すことに決め、その日の厚一の部屋にはセシリアと簪も押しかけた。

 

「お決めになったのですね」

 

「うん。積極的に口説かれちゃった上に貰う物も貰っちゃったからね」

 

 日本からもそれはそれで色々と言われているようなものだが、やり方が陰湿でまどろっこしい上に自分は予備扱いされそうで保証が何処まで確約されるかなどの信頼もない。さらにこの間、千冬の話も聞けば到底身を預けようなどとは思えなかった。

 

「日本は織斑一夏が居れば良いみたいだからそれでいいと思う」

 

 簪からもその様な肯定の言葉が飛んでくる。打鉄弐式の件で簪の日本に対する信用度は地に堕ちている。政府からも厚一に接近する様に再三の要請は来ているが、簪はそれを無視している。と言うよりプライベートの私人として放課後に厚一と会っているので、それを邪魔されたくないというのが本音だった。ただでさえ4組なのに厚一と接する機会が多いので周りから白い目で見られているのだ。

 

 だがそれも構わないと思っている。返しきれない恩を受けたのだからせめて自分に出来る範囲で厚一の生活が穏やかであれば良いと思っていた。

 

「ドイツは大丈夫なのですか?」

 

「安心しろ。今回の件は軍部とは直接的に関係はない」

 

 そうコーヒーを飲みながらセシリアに答えるラウラ。

 

 セシリアとしてはこのまま成長を続ける厚一を陰日向に支える方針だったのだが、それがドイツの介入で崩れてしまった。だが事態は思ったよりも急変している。本国からも更に厚一との接触を強くする様に言われた。

 

 つまり世界的に厚一は自らの力をトーナメントの場で示したという事になる。

 

 国家間の暗闘に興味はなくとも、それによって厚一の生活が脅かされるのならば一時的にでもイギリスで保護しようかとも思い、いつでも動けるように準備は進めている。

 

 ある意味そういう事とは無縁な一夏とは違い。速水厚一という人間を守る為にこの場に居る少女たちは各々の手で動ける範囲の事をしているだけだ。

 

「今回の件で軍内部にも一定数の女性権利団体が入り込んでいる事がわかったからな。ああいう声だけはデカい輩を私は好かん」

 

「女性権利団体ですか」

 

 女性権利団体とはISが世の中に進出なかで現れ急激に勢力を広めた組織であり。

 

 その行動理念も、ISの搭乗員の全力的なサポートをする為に存在していたのだが。近頃では女尊男卑の温床とも言える団体であり、男がISを操る事を毛嫌いしているコメントも数多く出している。ニュース番組やバラエティーでも一定数の有識者として出演しては少々過激なコメントをしている。

 

 曰くISは女性の物であり、男が乗る事でその神聖さが穢れるという。

 

 女性の権利が世界で拡大しているのもこの権利団体の働きによるものが多く、そのネットワークは世界規模で把握しきれない程なのだ。

 

「奴らは乗れもしないISをまるで自分の力であるかのように振る舞う。それで私の嫁を害するのならば即座に殲滅してくれる」

 

「あははは。お手柔らかにね」

 

 確かにそういう人間をラウラは嫌うだろうと思う物の、相手は人間なので優しくしてほしいと願うばかりであった。

 

「そう言えば鈴が最近顔を出していないけど、何かあったのかな?」

 

「学校も休んでいる様ですわね。まぁ、乙女には色々とあるものなのですわ」

 

「うーん。そう言われちゃうとなんとも言えないから仕方がないのかな」

 

「はい。悪いようには転びませんとも。ですのでこの件は気にせずにいてください」

 

 鈴が休んでいる理由を知っているセシリアはやんわりと厚一にこの件に関わらないように言うと、厚一もそれを察して引き下がった。

 

「それにしても、フランスの代表候補生が女だったとは驚いたな」

 

「そうだね。びっくりしちゃった」

 

「……気づいていなかったのですか?」

 

「男装女子はいくらなんでも無謀過ぎ」

 

 気づいていたらしいセシリアと簪に、ラウラと厚一の純粋培養コンビが揃って首を傾げた。

 

「でも大丈夫なのかな」

 

「大丈夫でなければ本当の姿を晒せませんわ。個人的に調べてみましたが、どうやらデュノア社の株価が現在急激に値上がりしている様ですわね」

 

「あれだけ活躍すれば当たり前」

 

「まぁ、VTシステムとはいえ。教官を倒せてしまったのだからな」

 

 厚一がラファール・エスポワールに乗ってトーナメントで準決勝に進出し、さらにラファール・ユーザー同士の戦いや第三世代に引けを取らない戦闘力。そして暮桜を打ち降した件は世界中で轟き、信頼を置ける機体としてラファールは現在量産型ISとしてトップの注目を浴びている。

 

 そのお陰で株価は上昇。経営難は一時盛り返せるだろう。だがそれでシャルロットが正体を晒せることの真相には辿り着かない。

 

「イグニッション・プランも見直そうという意見もあるそうだ。確かに第三世代は強いだろうが、安定した戦力ともなると第二世代の存在は欠かせん。そういう意味では速水とセシリアの試合は大いに宣伝になっただろうな」

 

 今だ実験兵器の域を出ない特化型の第三世代よりも安定力がありバランス型ではあるが装備によって如何様にでも戦局に対応する高い汎用性は戦力構築の上でも重要であると示したのだ。器用貧乏も極めればそれも武器となる。

 

 最新型故に強いという価値観を厚一は崩してみせたのだ。

 

「だとするとこの子を貰っちゃって良かったのかな」

 

 そう言いながら指輪に赤いクリスタルが埋め込まれたそれを人差し指に嵌めている厚一は呟いた。

 

 自分がドイツのISを選んだことでまたデュノア社に影響が出るのではないかという懸念だった。

 

「それ以上は速水さんが気にする事ではありませんわ。チャンスをものにするかふいにするかは、あとはあちらの問題ですもの」

 

「厚一さんはもう少し自分の身の回りの事を気にしても良いと思う」

 

「そうかな? 充分気にしてると思うけど」

 

 とはいえ充分気にしているのならこうして乙女たちが集う部屋にはならなかっただろうという自覚が厚一にはなかった。

 

 目を離してしまうと消えてしまいそうなひだまり。そういう温かな心を持ったものが傷つけられ、その笑みが曇らないようにという想いが彼女たちの共通認識だった。

 

 

 

 

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。