この作品にヒロインは一人だけだから迷わずに突き進められる。
愛と、勇気と、友情はある。でも恋はたぶん無い。
片腕生活という物は厚一にとって未知の物で、移植した人工皮膚が癒着するまでの間は激しく動かすことも出来ないので訓練自体もすることが出来なかった。
その時間を代わりにラファール・リヴァイヴの修理に当てることが出来た。
「ソフトウェアが未完成ってこと?」
「はい。ハード面は9割程どうにか完成しているんですけど、一度も動かしたことがないこの子は何も知らない状態で、稼働データすらないんです」
放課後のラファールの修理時間を終えた後の厚一は毎日ひとりで打鉄弐式を弄っている簪のもとを訪ねていた。
最初は見ているだけの関係だったものの、数日通っていると話もするようになった。
簪の打鉄弐式。
日本の代表候補生である彼女の為の専用機で、現在の日本の量産型IS打鉄の後継機でもある。
だが開発委託を受けていた倉持技研が一夏の白式のデータ収集や解析に人手を取られてしまい開発計画が事実上の凍結になってしまったという事だった。
第三世代として開発が進んでいたものの、政府からの依頼と一夏の特異性。どちらが利益があるのか計られて切り捨てられたという事だ。
今はIS学園機体開発計画の先駆けとして簪が引き取り細々と開発を行っている状態だった。
「でもそれなら学園の優秀な人とか手伝ってくれると思うんだけど」
「…いいんです。私が、自分で仕上げたいって、我が儘を言っているんです」
その言葉に並々ならぬ決意めいたものを感じて、厚一はその手の話題は避けようと決める。
しかしそれも良くない傾向であるとも分析していた。自分一人でやらなければならないという強迫観念に近い何かが簪にはあるようなのだ。
他者を遠ざける傾向があり、人を寄せ付けない雰囲気さえある。厚一がこうして話せているのもファーストアタックで図らずも打鉄弐式に興味を示し、その外見から武装を言い当てたからという所が大きかった。
メカ好きな所と、幾度もの戦闘映像での厚一の動き方から簪が話題を振ったのは機動戦士の量産型特務仕様機がビットによるオールレンジ攻撃を切り抜けた部分の話題や、そもそもの戦闘スタイルとして第二世代で扱いにくい物の、威力は折り紙付きのパイルバンカーを撃ち込みに行く光景。さらには機体を包むように展開されているシールドの配置に関しては機動戦士の海賊機体がモデルなのではないのかという話に発展し、互いに同志であることを確認したことから会話が成立する関係になったという事だ。
ちなみに簪は勧善懲悪もののアニメが好みだという事だ。
厚一はその辺りは見境が無いのだが、そのお陰で簪の話題には大体ついて行くことが出来る。
やはり好きな趣味の事になると饒舌になるのは誰でも言えることで、その手の話題を話す時の簪は言葉が止まる事が無い。それも普段では話せる相手が居ない事での反動だろう。
「でもそれなら実際に動かしてデータを取って行けばいんじゃないかな? データ取りなら手伝うよ」
「そうですね。…そう、しましょうか」
「じゃあ、明日の放課後なんてどうかな?」
「はい。わかりました」
人に見られたくないという事ならば、真耶に事情を話せば第二アリーナを使わせてもらえるかもしれないし。その分ラファールの修理に立ち会えないのではあるが、私情よりも優先するべき事であると決め、内心で相棒に謝罪した。
「どうして、速水さんはそう親身になってくれるんですか?」
「それはほら、頑張ってる女の子が居るんだもん。応援してあげたくなるでしょ?」
「やっぱりそういう感覚なんですか?」
いつもの様に笑顔で言う厚一に、疑うような視線を向けて簪は返すものの、それには特に何も思わずに、本心を口にする。
「というのもあるけど、友達の事だもん。友達を助けたいって思う事はいけない事かな?」
「……いいえ」
26歳と16歳という歳の差男女で友情が生まれるのかと言われたら疑問なのだが、それでも厚一はセシリアや鈴、簪の事をそう思っている。
頼りになるしっかり者のお嬢様。勝ち気であるが甘えっ子。そして素直になれない内気な女の子。
そんな友人が出来たことに感謝したかった。
だから大人の身勝手な理由で苦労している女の子の背中を支えてあげたいと思ったのだ。
片付けをして整備科から簪と並んで帰るのもここ最近の厚一の帰宅コースだった。
明日の放課後にまた会う約束をして簪と別れる。
そして自室に戻ってしばらくすると訪ね人がやって来る。
「こんばんわー、速水さん」
「いらっしゃい、鈴」
沸騰したお湯で急須と湯呑を温めていると、ラフな格好をした鈴がやって来た。
整備科に居ても帰りは訓練時と同じ6時には部屋に居る為、それを見計らって鈴がやって来るのだ。
セシリアから貰った紅茶が美味しかったことを伝えると茶葉がなくなりそうなタイミングで新しいのをくれるので紅茶が切れる事はないのだが、少し申し訳なく思いながらも受け取り、その代わりセシリアの望むお願いを時々聞いているのだ。
イギリスの代表候補生で貴族でもあるセシリア。IS学園に通うために日本語も勉強しているが、漢字の読み書きに関してはまだ弱い部分があるらしく、そういう部分で役立てるのは嬉しかった。
「お邪魔致しますわ、速水さん」
「いらっしゃい、オルコットさん」
そして今日は丁度茶葉が切れそうなタイミングだったのでセシリアも態々部屋まで茶葉を持ってきてくれたのだった。
「んげっ。今日はセシリアが来る日だったかぁ」
厚一の膝の上に座って凭れ掛かっていた鈴が露骨に邪魔された事に顔を顰める。
「あらあら。お下品ですわよ、鈴さん」
普段から厚一の隣には大体セシリアが居る。
ケガを負ってからは左手という利き手ではない方の手しか使えないために、ノートが取れない厚一の分までノートを用意して放課後前には内容を纏めて持ってきてくれる彼女には一生頭が上がりそうにないと思う。
そしてなんだかんだでほぼ毎日厚一の部屋に入り浸っている鈴。
その日に2組で起こった事や、更にはまた一夏が一夏がと、色々と報告して来る姿は妹が居たらこんな感じなのだろうかと思う程だった。
そういうわけでタイミングが被れば厚一の部屋で鉢合わせはするし、厚一からして世話を焼こうとする一夏の所に鈴がやって来るので普段からこのふたりは顔を合わせるのだ。
3人分の湯呑を用意して、紅茶を淹れると、セシリアがキッチンにやって来てお盆に乗せた湯呑を運んでくれる。配膳関係に関してはすべてセシリアが先んじて行動する為に暗黙の了解の様になっていた。
「ありがとう、オルコットさん」
「これくらいの事ならば構いませんわ」
「ねー、速水さん。これ開けても良い?」
「そうだね。持ってきて貰えるかな?」
「はーい」
キッチンの収納棚を漁っていた鈴がクッキーを見つけたのでそれを持ってきてもらう。茶菓子にしたら甘いだろうし、高級感のある紅茶に申し訳ないかもしれないが、厚一は悲しき庶民の舌なのでどちらも美味しく楽しむだけだった。
「それで、ラファールはいつくらいに修理終わりそうなの?」
「今週末か来週かな。結構ボロボロにしちゃったから」
「寧ろあの程度で済んだことの方が幸運ですわ」
ラファールのダメージランクはD判定。中破ではあるがほぼ大破というありさまだった。
装甲はすべて交換。内装系も交換が多く、先輩女子たちでもこんなに壊れた機体を修理するのは初めてだと言われたほどだった。中には新造したほうが安上がりなのではないかという意見もあったのだが。
それでもあのラファールだけは直してあげたかったのだ。
自分の無茶に付き合わせてしまった相棒が自分の所為で廃棄されるのは後味が悪い。だからどうにか直してほしいと頭まで下げるくらいに愛着が湧いていた。
それこそ最初は真耶の気遣いから生まれた出逢いで、一時的な相棒になるはずだったのかもしれない。
でも、学園側の配慮とはいえこの2ヶ月肌身離さず身に着け毎日身を預けた翼に愛着を持つなと言うのは無理な話だった。
「しかし。結局あのISを送り込んだ相手もわからず、調べようにも箝口令が出されてしまっては下手に手を出すことも出来ませんね」
「それで良いんじゃない? また同じことが起これば今度はあたしがぶっ飛ばしてやるわよっ」
余程戦えなかった事が悔しいのだろうか、手のひらと拳を打ち合わせる鈴に、厚一は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「でもひとりじゃ危ないと思ったらちゃんと逃げてね?」
「速水さんが言えるセリフじゃないでしょ」
「まったくですわ」
「あれれ?」
そんなこんなでお茶会は一時終了し、夕食の為に食堂に向かう。
「あ、速水さん!」
すると今度は一夏がやって来る。一応7時半には食堂に来るようにしているので、最近ではそれを知った一夏が時間を合わせて10分前には厚一を待っている光景が目撃された。
まるでご主人様を見つけた犬みたいだと言われていることを一夏は知らない。
「や、織斑君。先に食べてて良いのに」
「いいえ。速水さんの食事が大事ですからっ」
そして食事を食べさせるのがいつの間にか一夏の仕事になっていた。その隣で控えている箒に申し訳なく思いながら笑いかけると、それに気づいた箒も会釈する。なんとも絶妙なバランスで保たれている光景だった。
翌日。
やはりひとりでは眠れない厚一はシャワーを浴びて、腕の包帯を取り換える。元々の皮膚と人工皮膚の境目がむず痒いが我慢して、薬を塗り、ガーゼを当てて包帯を巻き直す。
首から吊るす作業にも慣れた。癒着部分がずれない様に今月はこのままの恰好が暫く続きそうなのが少し不自由だった。周りの手を借りっぱなしの上に、そうでなくてもISの訓練も出来ないのだ。
メイクにも倍の時間が掛かってしまうのもいただけない。だがこれをしておかないと不眠症で出来ている隈が誤魔化せないのでやらないわけにもいかないのだ。
その気になれば寝れるのだが、その時は決まって悪い夢を見る。
情けない話だが、この歳にもなって未だに母親に添い寝をされていたのだ。
人肌の温かさという物が悪い夢を見ない為に必要だった。
千冬との同居時は布団がひとつしかないのと数日間と言うだけもあって背中合わせで寝ていたので悪い夢を見る事もなくぐっすり眠ることが出来たのである。
それでも流石に心に負荷が掛かり過ぎていると人肌があっても眠れなかったりするのだが。
少し早めに食堂に向かい、真耶を捕まえた厚一は第二アリーナの使用許可を貰いに行った。理由も説明すれば真耶は快諾してくれた。それと教員用の打鉄を一機使用する許可も貰った。さすがにケガ人である厚一をISに乗せる事に難色を示されたものの、ISに乗っていればケガが酷くなることはないという事を押し通して説き伏せた。
そして放課後。先に整備科に赴いた厚一は事情を今日は立ち会えないという断りを入れて、打鉄弐式の前で簪を待った。
「お、お待たせしました…っ」
「ううん。今来た所だから」
そんな事をやって来た簪に告げながら、第二アリーナの使用許可が下りたことを告げ、打鉄弐式をアリーナに搬入し、フォーマットとフィッティングを済ませた簪の前に、打鉄を纏った厚一が現れたのだった。
「は、速水さん、それ…」
「ここって教員用のISの格納庫もあるからね。借りてきたんだ。データを取るなら相手が要るでしょ?」
右腕にもアーマーは装着しているが、機能ロックして動かないようにしているため負担は最小限だ。
「そこまでしてもらう資格なんて、私には」
「資格とか関係ないよ。友達なんだから遠慮しなくていいんだからさ」
そう言って厚一は、真耶が自分にしてくれたようにPICで浮きながら簪の打鉄弐型の手を取った。
「じゃあ、先ず浮くところから始めようか」
「はい…っ」
ISの稼働データの取り方は真耶から聞いている。ほとんど自分が初日に真耶にやって貰った通りの事だった。
真っ新な状態のISは巣から飛び立つ雛を導く様に飛び方を教えていく作業になるのだとか。
他のISの稼働データを使えなくもないのだが、専用機ともなると一から機体に教えてデータを蓄積する方が搭乗者の思う様に動かせる様になるのだとか。
だから手を引きながらアリーナの中央まで先導して、上昇と下降移動から始める。動くだけなら基本的な動作機動で充分なので数日あればデータは集まるだろうという事だった。さすがに戦闘ともなると数を熟さないとならないらしい。
ISと搭乗者はパートナーの様な関係だと授業で言っていた真耶の言葉を厚一は身をもって実感していた。
打鉄は日本の第二世代量産型ISで、初心者にも優しい操作性が売りでもある機体なのであるが。
ラファールの様に機体を動かそうとすると反応がすこぶる鈍いのだ。それを踏まえて動けばいいのだが、例えばラファールなら動こうと思って1拍の間があってから機体が動く感覚ならば打鉄はその倍の反応速度に差が出る。
ゆっくり動く分には問題はないのだが、とてもではないが高速機動をする勇気はなかった。
「…本当にIS適正Dなんですか?」
「うん? うん。そうだけど」
打鉄弐型に稼働データを蓄積させながら、厚一の動きを見ていた簪はとてもではないが信じられなかった。
IS適正はそのままISの反応速度に影響して来る。
専用機持ちの最も多い適性Aランクで、一秒に10個の命令をISに行えるとしたら、厚一の場合は同じ一秒に命令できるのはどう頑張っても4個程度の命令が限界の適正だった。
歩いたり動いたりという単純な命令ならば大丈夫でも、空を飛ぶとなると処理する情報や命令する場面は飛躍的に増大し、高速機動戦闘ともなれば更に命令は増える。
厚一が綺麗に曲がれないのも、綺麗に曲がる為の命令の数を行えないからだ。
だがそれを厚一は命令できないなら出来ないなりに、命令できる部分だけで機体を動かし、更には命令の先行入力という形で処理していた。
それは相手がどう動くのかという未来予測。更に命令処理後に自分がどうあるのかという未来予測。かなりの計算を必要とする物だった。
厚一の纏う打鉄はそういった命令に慣れていない為に戸惑ってしまい機体の動きが悪いのだ。しかしそれを踏まえて最適化し、見た目には直ぐに滑らかに動く様になっていた。
そんなことをしていると知らない簪からすれば、D適正でA適正の代表候補生並のマニューバーを出来てしまえる光景が信じられなかったのだ。
それでも未だに高速戦闘時における命中率は5割に届くかどうかだった。それは速ければ速い相手に追いつこうと機動側に命令のリソースを割くために、照準補正の命令にまでは比重を寄せることが出来ないからだ。
被弾覚悟であれば、直線的な軌道になる代わりに命中率は高くなるのだが。ままならず自分を指導してくれる真耶には毎度申し訳なさが込み上げる程だった。
そういうわけで放課後を使って打鉄弐式の稼働データ取りは始まった。
その日の夜。
厚一の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
日本政府から支給されたもので、以前まで使っていたものは保安上の理由から取り上げられてしまったのだ。
なんでもいいからどうして厚一がISを動かせたのかという理由を知る為だろう。それこそ私用のパソコンも持ち出せず、今使っているノートPCも政府からの支給品だった。それでも最高性能の物を用意する辺り少しでも印象を稼ごうという気が見えて来て萎えるのだが。それでもISに関しては一夏で充分なのだろう。特にこれと言った接触はされる事はなかった。
「もしもし」
『もしもし。元気でやってる?』
聞こえてきたのは母の声だった。
「母さん!?」
『久し振り。って言う程でもないか』
厚一の母親は、厚一がISを動かせることが判明した時に政府に保護されていた。今は要人保護プログラムに従い、厚一でさえどこに居るのかわからないのだ。
「いきなりどうしたの? 今どこに居るの? 元気なの?」
『それはこっちのセリフ。ちゃんと寝れてるの?』
「う…っ」
厚一がひとりで眠れない事を知っているのは母親だけだ。さすがに26で添い寝をしてもらえないと眠れないという事を他人には言えない。
『こうちゃんなら可愛いし、彼女のふたりや3人くらい直ぐできるから心配ないと思ったんだけど』
「そこは普通ひとりとかじゃないの?」
どうもこの母親も少し常識とはズレているので何とも言えなかった。
『そりゃ、お母さんの学生時代は恋人が21人居たもん』
「良く刺されなかったね、それ」
『いや、ひとり嫉妬深い子が居て何回か刺されたことある』
「刺されたの!?」
『あははは。でもみんな良い子達だから』
そんな事は知らない。何しろ母親の知り合いには会ったことがないからだ。
「でも、もう速水としては生きられないんだよ?」
要人保護プログラムによって母は名を変えて今は日本のどこかに居るのだろう。そして転々と日本中を根無し草の様に移動するのだ。
速水厚一の母親という人間は、その記録の足取りを全て途切れさせることになったのだ。
転勤とは訳が違う。
『それが世界の選択だから。厚一が幸せなら、それでいいの』
「母さん…」
自分がISを動かさなければ、あの時母さんに勧められてISの適性検査など受けに行かなければ、母さんの人生は壊れる事にはならなかった。
『こうちゃん。あなたには幸せになる権利がちゃんとある。だから母さんの事は気にしないで、自分の人生を精一杯生きなさい』
「そんな権利、僕にあるのかな…」
『人は幸せになる為に生まれてくるんだもの。だから厚一にもちゃんとその権利がある。だから前を向いて、自分の事が許せないのなら、誰かの未来の為に頑張れる子になりなさい』
「誰かの未来の為に…」
思い浮かんだのは簪だった。今、自分は彼女の未来の為に手を貸している。まるで見透かされている様な言葉だったものの、不思議と心に温かく響く言葉だった。
『それじゃあ、またね』
「うん。また…」
電話が切れ、携帯を強く握りしめる。
今更番号を確認してみるが公衆電話からの着信だった。
「母さん…」
その日の厚一は携帯を胸に抱きながら布団に横になった。
◇◇◇◇◇
「彼がかんちゃんに接触した、か…」
生徒会室でIS学園生徒会長にして簪の姉である楯無は厚一に関する報告書を読んでいた。
他人とは分け隔てなく接する人間と評判な厚一だが、積極的に関わっているのは代表候補生ばかりというのは単なる偶然なのだろうか。
イギリスの代表候補生のセシリア・オルコットは能力は高い物の貴族であること、そして若干男性を見下している部分があるはずだったのだが、それが今では見る影もなく厚一の傍に控える
中国の代表候補生の凰 鈴音に関しても、一夏の事が好きなのにも関わらずにある意味一夏に対する以上に自分を曝け出させている。一夏の居ない前ではダダ甘えの唯の女の子にまでなっている。
元日本代表候補生だった山田真耶も、他人を傷つける事を恐れて日本代表の座を自ら手にしなかった人物がスパルタ教育を施すまでになっている。
そのお陰もあってか、第二世代量産型ISであるラファール・リヴァイヴで正体不明のISを単独で撃破するほどの戦闘能力を発揮している。性能的には第三世代ISでも苦戦する程のスペックを有していたという謎の無人IS相手にである。
そして今度は日本の代表候補生であり、楯無の妹の更識簪とも交流を持ち始めた。
それこそ人を寄せ付けずに整備科の生徒にも全く見向きもしなかった簪が、出逢って1週間程の相手と楽しそうに話して、更には打鉄弐式の開発にも関わらせた。
IS学園に入学して2か月でこの動きと人脈構築。
末恐ろしすぎて接触を避けていたほどである。
「彼は本当に厄介だわ」
織斑一夏が実直さの中にある固い信念で人を魅了する人間ならば、速水厚一はそのおおらかさと柔軟さと包容力で他人の心にいつの間にか自分を住まわせるという魅了よりも質の悪い人心掌握術の持ち主だ。しかもそれを天然で発揮しているのでなお質が悪い。
それでも、それがわかっていても、速水厚一を逃がさない為の一つの楔として妹を利用しようと画策しているのだから嫌なものだ。
「…青の息子、ね」
かつて10年前の、最初のIS学園の一期生。
その中に居る女生徒が、速水厚一の母親だった。
クラスの21人全員を虜にして、恋人にした女性。その能力は織斑千冬よりも優れていた。だが卒業後は行方をくらましていた存在。
厚一と同じように朗らかな笑みを浮かべた青い髪の女性。
人は彼女を青の速水と呼んだ。
10年前ともあってその名を知る者は学園には居ない。いや、初めから学園には居なかった様に扱われる程になにも残ってはいないのだ。
その頃のIS学園は学校というよりも研究施設の色が濃く、今とは違う空気を持ち、生徒の笑い声が聞こえてくるような女子校ではなかった。
ようやく見つけた資料も写真も数少ない。何故なら一度施設の一角が吹き飛んでいるからだった。
実験の失敗という事になっているそれが当時の資料や記録の悉くを吹き飛ばし、当時かなり日本の裏は荒れたらしい。更識もかなり苦労したというのを聞いている。
そんな幻想の様な女性と、親子の厚一。
…年齢が合わないのである。
当時18歳の少女が、10年で28歳の女性が、どうやって26歳の息子をこさえるのだ。
しかし政府はそこを気にしない。何故なら厚一には利用価値も宣伝効果もないとして、最低限の融通と、母親の身柄を保護という名の人質にして日本に縛り付けるのには充分だと判断しているからだ。
速水厚一の世界は母親だけが隣人だった。
家から出ずに過ごすような引き籠り。
だがそんな引きこもりの男があのようなコミュニケーション能力を持ってるものなのか。
他の経歴を調べてみたものの、学籍はあれども、速水厚一は小学校や中学校に通った人の記録がないのである。
それ以上は更なる報告待ちではあるが、速水厚一が普通でないことは確かである。
そして先の無人機相手に見せていた顔は、真っ当な人間の出来るようなそれではなかった。
そんな経歴の持ち主の厚一を大切な妹に関わらせるのは言語道断であったのだが、それでも何年も笑っていない簪が、厚一の前では笑うのだ。
更識としては監視し、必要ならば処分する。
甘い姉として、更識の人間としての折を合わせられたのがそのラインだった。
「だからわたしを裏切らないでね、速水さん」
◇◇◇◇◇
「うーん…」
その日、厚一は首を傾げていた。
「やっぱりなくなってる」
厚一の私物はすべて政府によって与えられている物だった。
それこそ歯ブラシの一本から最新式デスクトップPCまで。
初回生産限定盤のDVDボックスまで取り上げられた時はしょんぼりした。代わりに限定生産BDボックスを与えられたが、SEがまったく違うのでその辺りを抗議したら音沙汰は帰って来ないので結構御座なりである。
故に衣服類も当然政府から与えられたものだ。
なのですべて卸した時の記憶もつい最近。
だが、足りないのである。
「靴下の数が、合わない…」
どこかに忘れたのだろうかと思ってアリーナのロッカーや、寮のランドリーも見て回ったのだが、それでも目ぼしい場所には落ちていなかった。落とし物が無いか千冬に聞いてみても空振りだった。
一応困るわけでもないのだが、特に忘れ物をした記憶はないので腑に落ちなかったのである。
ラファールの修理が漸く終わる嬉しさから小さなことが気にならなかったという事もあった。
その日も特に変わりはなく授業を終えて、昼休みの昼食でも一夏に食べさせられ、午後の授業を終えて放課後になる。
「そういえば今日でしたよね。ラファールの修理が終わるの」
「うん。だから今日からはラファールでのお手伝いになっちゃうんだけど」
「構いませんよ。慣れている機体の方が厚一さんも良いでしょう」
「簪ちゃんがそう言ってくれるのなら、そうさせて貰うよ」
互いに名前で呼び合う程、厚一は簪とも親しくなっていた。アニメ好きの簪だったが、最近は特撮もイケる事を知った。厚一としてもこういったアニメや特撮などの話が出来る相手というのは貴重であった為に、両者の仲が縮まるのは物凄く早かった。
ちなみに厚一が特に好きな特撮は高校生の電磁戦隊と燃えるレスキュー魂を持つスーパー戦隊や平成の一号ライダー、光の巨人の平成三部作である。光の巨人はその後の優しい心を持つ巨人も好きだったりする。
厚一がラファール・リヴァイヴではなく打鉄に乗っていたのは簪の打鉄弐式に合わせての事だった。
後継機であるのなら大本の機体の方が合わせるのには丁度いいのではないかと思ったからである。
「今日は荷電粒子砲の試験だよね?」
「はい。でも態々すみません」
「良いって。簪ちゃんはデータが取れるし、おれはエネルギー兵器が使える様になるんだから」
打鉄弐式の武装はミサイルポッドの他に荷電粒子砲が搭載されているのだ。
そのデータを取る為に、厚一は自前の荷電粒子砲を用意する計画を立案した。
幸い設備は整っているIS学園。IS学園機体開発計画の為の実証評価試験の備品という事で認証され、荷電粒子砲が用意された。
第二アリーナへ修理の終わったラファールを搬入し、久しぶりの相棒に身体を預ける。
「うん。やっぱりしっくりくるこの感じ」
ハンガーロックを解除し、ピットに赴けば打鉄弐式を纏った簪が待っていた。
「お待たせ、簪ちゃん」
「いえ。それじゃあ今日もお願いします」
「うん」
ラファールと共に搬入した荷電粒子砲を担ぐ厚一。
荷電粒子砲といっても打鉄弐式のものより大掛かりで大型であった。威力は競技レベルでの使用限界ギリギリで撃てる代物で、リミッターを解除した時は目標を原子レベルで分解させる程の威力になるものだった。
それ故に使用する時はエネルギーチャージを必要とし、機体のエネルギーをバカ食いするという欠点も抱えている。一応補助に空気中の静電気を取り込み、エネルギーに変換する事で機体のエネルギー消費を抑える設計にもなっている。
例の無人機襲撃によって有事の際の一撃の火力が求められた結果である。
とはいえ今回はそんな最大出力で撃ってはデータの基準にならないので、荷電粒子砲本体の動力のみでの低出力モードで射撃する。
此方は威力が最低限である代わりに連射も出来る為、こちらを打鉄弐式のデータに使う予定である。
厚一の立案で始めた稼働データ採取は初めの1週間で終わってしまった。そこは技術のある代表候補生である。更にメカに強い簪本人の力もあった。
故に今は戦闘機動テストとその稼働データ採取の段階になっている。
「それじゃあ、始めるよ」
「はい!」
互いに向かい合って動き出す。
簪はミサイルポッドの
其々が独自の機動を描く独立稼動型誘導ミサイルは避けるのに苦労する。実際厚一は打鉄で相手をした時はこれを使われると手も足も出ないのだ。
これも第三世代兵装の一つで、マルチロックオン・システムによって6機×8門のミサイルポッドから最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射するものだった。
だがこの部分が一番の難関で、とても簪ひとりでどうにか出来る範疇を超えていた。何しろ日本が国力を注いで作っていた機能だったのだから。
それをハイパーセンサーの網膜認証システムと火器管制システムを合わせ、さらにISには量子コンピューターが使われているのだからという理由で、個別にロックオンしたミサイルの誘導を全部機体側に処理を丸投げする形で一応の形を完成させた。
考えたのは厚一だった。しかしとは言ってもその連動プログラムを組んだのは簪であったが。
「凄い……」
ラファールを身に纏った厚一の動きは、打鉄を纏っていた時などとは比べ物にならない程の物だった。
瞬時加速によってミサイルとの距離を開けたと思えばスプリットSで機体を捻って、機体を包むように大型のシールドを肩のアタッチメントに装備し、更に右腕にも大型のシールドを装備してミサイルの中を物ともせずに向かってきたのだ。
ミドルレンジの距離に入って、背中に搭載された2門の連射型荷電粒子砲である
近接武器である対複合装甲用の超振動薙刀である
そこの一撃はいつの間にか握られていた近接ブレードで防御された。超振動刃がブレードを切り裂く前に瞬間にハンドガンを撃たれる。
至近距離で銃弾を浴びるのは一端不利だと間合いを開けた途端に今度は再び近接ブレードで切りかかって来て、受け止めようとするとハンドガンで撃たれる。
斬り合っていたかと思えばいきなり銃に持ち替えての近接射撃、間合いを離せば剣に変更しての接近格闘。押しても引いてもダメージを簪は受けた。
高速切替によってブレードを持っていたのに次の瞬間には銃を握って撃っているという中々えげつないコンボも可能であるものの、厚一にとってはラファールでないと出来ない攻撃だった。
そのまま簪は反撃するものの、鉄壁の防御と的確な攻撃と次々と切り替わる武器の応酬に対応しきれずに削り負けてしまった。
「ご、ごめんね。つい、熱くなっちゃって」
途中からは稼働データ集めではなく普通に戦闘をしていた厚一は、両手を顔の前で合わせて拝み倒すように簪に謝罪した。
「いいえ、大丈夫ですよ。お陰でこの子も良い経験になったと思います」
最近はISで戦う事をしていなかった所為で思ったよりも動けていなかった。それでも代表候補生でいられる程度には腕を落としていなかった自分が勝てなかった。それどころか後半はすっかり厚一にペースを握られ続けていた。
それでも悔しいという前に、微笑ましいと簪は思ってしまった。
まるで子供の様にキラキラした晴れやかな顔で向かって来る厚一に見惚れていたからだ。
打鉄で戦っている時はいつも窮屈そうだった。基本的にそんなマイナスな顔を見せず、見せても苦笑いしかない厚一であるが、それは簪だから見る事の出来た顔だった。慣れたラファールと同じ動きが出来ないもどかしさが自然と出てしまっていたのだ。
だから、ラファールで晴れやかな顔で向かって来る、それこそ同じ人間が操っているのかと思えるほどに別の動きになった厚一を見続けていたから最後まで戦ってしまったのだった。
「やっぱり厚一さんにはラファールが似合うみたいですね」
「うん。でも、この子だからかな。一緒に飛んでて楽しいんだ」
「楽しい? 戦う事がですか」
「ううん。一緒に飛んで、この子はおれに生きる為の翼をくれるんだ」
それは少し悲しげで、でも嬉しさもある切ない笑顔だった。
「あれ?」
そんな時、厚一のラファールが光に包まれたのだった。
「え? まさか…」
光はラファールの姿を変えて行った。
胸を包むロボットの様な装甲。
カスタム・ウィングも背中の高さから腰程の高さにまで下がり、新たに肩に直接、ハードポイントとスラスターのある装甲が装着され、腕の装甲も肩から手首までをすっぽりと包み、頭のヘッドセットも耳を包み顎に沿って伸びたヘッドギアになった。後頭部まで包み、機械の耳が兎の様に後ろに向かって伸びた。更に角の様にもパーツが生えた。脚も装甲に殆ど包まれ、脹脛の部分にもハードポイントが増えていた。
全身装甲という顔が露出していなければ普通にロボットに見えてしまう程にISとしては重装甲の機体に変化したのだった。
「一次移行したの!? 学校の訓練機は不特定多数の人が使うからフィッティングもパーソナライズも出来ない様になってるはずなのに」
「お前……」
試しに飛んでみると、今まで感じていた重りがすべて無くなった様に思い通りに機体が動く。カーブも綺麗に曲がれるようになった。完全停止も思ったタイミングに止まる。
「そっか。そうなんだ…」
今までは借り物で、でも今は、自分専用のISに生まれ変わったラファールに、厚一はただ胸の装甲を優しく撫でた。
一度データ収集は中断し、真耶に連絡を取ってアリーナまで来てもらった。
「これは、見事に形が変わってしまってますね」
「あはは。どうしましょう」
機体のシステムにアクセスしたところ、形状制御のリミッターがすべてオフになっていた。
いくらなんでもこの部分を生徒には弄れない領域の技術の話であり、これを操作するにはメーカーにまで持っていかなければならないのだ。
考えられるとすればIS側からリミッターがオフにされたというくらいである。
ISの自己進化機能が機体のリミッターを超えた。
そうとしか考えられなかった。
「こうなってしまってはおそらくこのラファールは速水さん専用のISとして正式登録されることになると思います」
「そうですか。良かった…」
そう聞いて厚一はホッと胸を撫で下ろした。勝手に一次移行させてしまったので機体を取り上げられて初期化されてしまうのではないかと思ったからだった。
しかしそうまでして一緒に飛んでくれるという相棒の存在が厚一には嬉しかったのだ。
「良かったですね、厚一さん」
「うん。驚かせてごめんね、簪ちゃん」
「別に良いですよ。珍しい物も見れましたから」
ラファールが個人に合わせた変化の一例というのは目の前で滅多にみられるものじゃない。
貴重な瞬間に立ち会えたことだけでも簪にとっては良い時間だった。
そして次の日の翌日に、一次移行したラファールは厚一の専用機として認められることになった。
「まさかISまで口説き落としてしまうとは、さすがですわね。速水さん」
「うん。おれもこの子と飛び続けられるのは嬉しいよ」
待機状態で今までは認識番号を刻まれたドッグタグだったのだが、指輪に変化したラファールを厚一は左手の人差し指にそれを嵌めた。というかそこにしか嵌められなかったのだった。
右腕も私生活をする上では問題なくなってきたのでノートも自分で書ける様になったために席が元に戻るのかと思うと少し寂しい気分もあった。
なお一夏の食事補助は朝食をひとりで食べる事が出来たので終了となった。その時物凄く寂しそうにしながら、何かあったらいつでも言ってくれと両手を握りしめながら言われた。
その日のISの実技授業にも参加出来た厚一は皆の前で新生ラファールをお披露目する事になった。
「うわぁ、カッコいい。なにあれ、本当に元々ラファール・リヴァイヴだったの?」
「もはや別物というか、ロボットみたい」
「でも基本的な部分は変わってないからラファールだっていうのはわかるね」
そんな感じで新生ラファールのウケは良かった。
そんな今日は1組と4組の合同授業だったので、もちろん簪も専用機持ちとして参加していた。
「やっぱりみんなもカッコいいって思うんだ…」
新しい厚一のラファールは一見すればリアルロボットに見えるデザインに変わった。特に搭乗者を守るように胸やお腹といった前面に露出は一切なく、腕も肩も太腿も装甲に覆われ、唯一の露出は顔とうなじだけという物だった。
さらにそれによって増加した重量でも機動性が下がらない様に背中にもスラスターユニットが増設されている。元々あったカスタム・ウィングのメインブースターと合わせて20%の機動性が向上している程だった。
色も深緑だった装甲が緑色になって少し明るい色の印象になった。
別物の機体になった機体に、エスポワールと名付けた。
ラファール・エスポワール――希望の風という意味を持たせた名前だった。
「今日はISでの連携行動を実践してもらう。織斑、オルコット、速水、更識。お前たちに先ず見本を見せて貰う」
「はい! 織斑先生」
「何だ更識」
千冬が名を呼んだのは専用機持ちの名前だった。そして好都合に代表候補生2名と、素人2名という組み合わせに気付いた簪は手を上げた。
「私は厚一さんとペアを組ませて貰っても構わないでしょうか」
その簪の言葉に二クラス分の視線が注がれた。内気な簪には少々キツイものだったが、メンバー構成を考えたらここで引くわけには行かないので気丈に腕を上げて千冬を見続けた。
「まぁ、良いだろう。速水、お前は更識と組め。オルコット、織斑とペアを組め」
「かしこまりましたわ」
「よろしくな、セシリア」
「ええ。ISでの連携という物をわたくしが織斑さんにご教授致しますわ」
「よろしくお願いします、厚一さん!」
「よろしくね、簪ちゃん」
「はいっ」
其々がペアのもとに向かうのだが、厚一が簪の名前を呼んだことに更に周りの視線が向くが、千冬の目があるのでだれも己の中の言葉を口にする事は出来なかった。
空に飛びあがる4機のIS。先頭は白式だった。
漸く思う様に空が飛べるようになってきた一夏は、あとから向かって来る3人を見る。
セシリアはすぐ後ろに居る。その少し後ろを簪の手を引いて厚一のラファールが続いていた。
すると一気に加速して一夏を追い抜いた。
「うえっ!?」
「まさか同時に
その加速力は瞬時加速の物であることは、それを一番の武器にして磨いている一夏にもわかったのだが。
「驚くというか、余程互いを信頼していますのね。これは強敵ですわよ、織斑さん」
「ど、どういう意味だ?」
「一歩間違えれば衝突してしまう様な事を、相対速度を合わせ、そして同じ加速力で瞬時加速を使ったのです。互いの機体の性能を把握し、更に互いの呼吸を合わせ、そして互いを信じなければ成し得ないということですわ」
「いつの間にそんなことを。あの子4組だろ?」
「更識簪。日本の代表候補生の方ですわ。先程のやり取りの様に、交流は深そうですわね」
そんな会話をしながら、厚一に合わせる代表候補生の簪が凄いのか、簪に合わせる厚一が凄いのか訳が分からなくなったものの。
「速水さん、やっぱスゲー」
という感想しか一夏は出せなかった。
「見ましたか厚一さん、あの呆けた顔」
「あはは。あとで怒られないと良いけどなぁ」
むろん同時に同速度での瞬時加速という一歩間違えれば衝突事故を起こす事をした自覚のある厚一は千冬の雷が落ちないか心配するが、簪の気持ちもわからなくもないのでとことん付き合う事は最初から決めていた。
地表から数百メートルに達して停止すると、次の指示が来る。
『よし、それでは両ペアで模擬戦だ。一発当てたら降りてこい』
という事なので後衛が一撃でも被弾したら負けというルールにして模擬戦を始める事となった。
「速水さん、私に前衛をやらせてください」
「いいよ。存分にやってきて」
「はい!」
本来ならば後方支援向きである武装をしている打鉄弐式だが、セシリアと一夏がペアではどうしても一夏が前衛になってしまう。
だから簪は一夏と一戦交える気持ちを厚一に伝えた。それを了承し、武装を展開する。
武装は荷電粒子砲――パーティクル・ランチャーである。
一夏が飛び出したのを合図に、簪も一夏に向かって行く。それをセシリアは援護する様に簪を牽制する。が、それを厚一の狙撃が許しはしなかった。
「熱反応!? エネルギー系で来ましたか」
「いつもセシリアを見てたからね。これくらいの距離なら」
「光栄ですわね…!」
そのままセシリアと厚一の撃ち合いが始まるが、完璧にセシリアの射撃を避ける厚一と、厚一のまだエネルギー系兵装での射撃での不慣れと経験の差が、セシリアにも被弾を許さなかった。
「せやあああっ」
「くっ」
ブレードを振り下ろす一夏に、簪は薙刀の柄で受ける。
「1組の織斑一夏だ。よろしくな」
「っ、私はっ、あなたを…、殴る権利がある!」
「は? おわっ」
一夏の勢いを押し返し、荷電粒子砲で弾幕を張って一夏を近づけないようにする。
「っ、たああああ!!」
「んなくそっ」
体勢を崩された所に薙刀を振り下ろす簪。獲物のリーチの差で受けるしかなかった一夏はブレードで防御する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いったいどういう事だよ」
「何も知らないで。あなたが居たから私のISは見捨てられた」
「はあ!?」
「倉持技研はあなたのデータを欲しいから、私のISを切り捨てた。でも感謝もしてる。お陰で厚一さんと逢えたから。でも、それとこれとは話が別!!」
「わけわかんねーって、ぐっ」
そこから蹴りを入れられ、一夏は後退する。もう一度間合いを詰めようとした所で、ビームが一夏の白式に撃ち込まれた。
「うわああっ、は、速水さん!?」
ランチャーを連射しながら突っ込んで来る厚一に、セシリアはどうしたのかと思えば、今度は簪がセシリアに向かって荷電粒子砲で牽制を加えていた。そして厚一が手を伸ばすと、簪も手を伸ばし、互いが手を掴むと背中合わせになりながら回転して、大量のミサイルを放ってきたのだ。その数は80発以上と確認された。
「いいいっ!?!?」
「織斑さん! っ、このミサイルは…!」
其々が別々の機動をする特異なミサイルの嵐に迎撃をするセシリア。一夏もセシリアをミサイルから守る盾になったり、ブレードで切り裂くのだが。
それによって生じた大量の爆煙に厚一と簪を見失ってしまう。
「どこだ!?」
「こう視界が悪くては…」
そして、爆煙を一筋の眩い閃光が引き裂き、セシリアのブルー・ティアーズを直撃したのだった。
「くっ、今の攻撃は…っ」
煙が引き裂かれた先、そこにはパーティクル・ランチャーを構えた厚一の姿と、自分たちよりも上空で空間投影端末に指を置く簪の姿があった。
「やれやれ。なんとか当たった」
「ナイスですよ、厚一さん。ちゃんと当たりましたもん」
爆煙の中。見えない場所への攻撃を成功させたのは爆煙を上から見下ろす簪の測距データがあったからだ。
爆煙に紛れて上昇した簪は、煙の切れ目からセシリアの座標を厚一に送り、その座標に向かって高出力のビームを放ったのだ。
結果煙を引き裂き、ビームはセシリアのブルー・ティアーズに直撃したのである。
「でも良かったの? 織斑君との勝負」
「今は授業ですから。あれは宣戦布告です」
「そっか」
取り敢えず連携という意味では合格点を貰った厚一と簪だったが、軽めの拳骨は頂戴する事になった。やっぱり怒られたのである。
「まったく。速水さんも人誑しよねぇ」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
放課後。厚一の部屋には、厚一の膝に座って凭れ掛かる鈴と、優雅にお茶を愉しむセシリア、そして――、
「オールハンデットガンパレード! 全軍突撃っ」
厚一の背中に寄りかかりながらゲームをしている簪の姿が増えた。