ちなみにうちのこーちゃんはあっちゃんの石田さんの声ではなく、もう少しなよっとしてて高めの声のイメージなので緒方さんのイメージで書き進めてたりします。
しかしこの主人公は一体何処まで行くのだろうか?
その日、1年1組には新たな仲間が増えた。
「皆さんにお知らせがあります。なんと、転校生を紹介します。それも2名です!」
『えええええ!?!?』
その時、1組の女子たちが皆一斉に驚きの声を上げた。
女子というコミュニティーは情報伝達が速く、どこに耳があるのかわかった物じゃなく、にも関わらず二名の転校生の情報がなかったのである。
そういうこともあるだろうと思うが、もう一度言う。女子のコミュニティーというのは情報伝達が早い。
それは教師も生徒も上級生も下級生も関係がない。
故に、教師側からも情報が漏れないように徹底されていたのだろう。
真耶に呼ばれ教壇の前に並んだ二名の転校生を見て、どちらもズボンを履いている。だが片方は慎ましいものの胸の輪郭が確認できるが、もう片方は男子の制服を身に纏っていた。それを見て、これは確かに噂が行き渡らない様に注意するわけだと厚一は思った。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いてやってきました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
背中に掛かる程の金髪を後ろで一つ結びにした中性的で軟らかい笑みを浮かべる美男子に、教室中の視線が降り注いだ。
「男の子…?」
誰かが言ったその声が静まり返っていた教室に響いた。
「男!男子!? 3人目!!!?」
「美形だ!」
「しかも守ってあげたくなる系男子!!」
「お母さん生んでくれてありがとおおおっ」
「速水さん2号よ!速水さん系2号!!」
「僕っ子男子のツイン連動システムだと!? ぐはっ」
「清香!?」
そんな感じで一気に感情が爆発した女子たちであった。
男子生徒の追加という事で一夏は嬉しそうな視線をシャルルに向けていた。
男友達が増えそうな予感に嬉しさが込み上げているんだろうと厚一は思いつつ、妙な引っ掛かりを覚えた。
それこそ3人目の男子のIS操縦者の発見ともなればニュース位になっても良いはずなのに、それがない。
「ねぇ、オルコットさん。フランスでデュノアって」
「速水さんの使っているラファールシリーズを生んだIS企業ですわね。偶然の一致、にしては出来過ぎてますわね。おそらく親族の方なのでしょう」
となれば同じラファール乗りとして話が合うと良いなと厚一は思った。
次は物静かに直立不動で居続ける眼帯をした銀髪の女の子に視線が向かう。
その佇まいから、少なくとも普通の一般人とは思えなかった。
「挨拶をしろ、ラウラ」
「ハッ、教官!」
「はぁ…。ここでは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
千冬に呼ばれた少女は身を正して返事をした。まるで軍人の様だ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
あまりにも簡潔。というより、最初の一夏の自己紹介は名前以外になにを話せばいいのかという悩みがあったのに対し、きっぱりと名前しか告げないラウラの姿に教室中の女子たちも困惑気味だった。
そんな空気を物ともせずに、ラウラは一夏のもとに歩み寄った。
「貴様が織斑一夏だな」
「そ、そうだけど…」
パン――ッ。
あまりにも突然かつ素早いビンタに、誰もが何が起こったのかを把握したのは音が鳴ってしばらくしての事だった。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど――認めるものか!」
それは怒りだった。蔑むわけでも見下すわけでもなく、純粋な怒りに一夏とラウラの間に、というよりも千冬とラウラの間に何かがあるのだと厚一は睨んだ。
「いきなりなにしやがる!」
「フン!」
一夏の憤りも無視して、ラウラはそのまま厚一のもとへ向かって歩み寄った。席を立ち、セシリアが厚一を背に庇った。
「退け、私はその男に用がある」
「いきなり人を叩くような野蛮な方を速水さんに会わせるわけにはいきませんわ」
「
一食触発の空気に、厚一の手がやんわりとセシリアの方を横にズラし、厚一はラウラと相対した。
「速水さん…!?」
「大丈夫だから」
そう言いながら厚一はセシリアに笑いかけて、ラウラに向き直った。
「速水厚一だな」
バシィン――ッ。
2度目の、しかし先程よりも大きな音に教室の時間が止まった。銀髪の髪が揺れ、教室の床に広がる。教室中が信じられないものを見たと視線が集中する。セシリアでさえ、目を見開いていた。叩かれたラウラも床に尻餅をつきながら一瞬顔が呆けていた。
「なんで僕が君を叩いたか、わかる?」
あの厚一がいきなり人を叩いたからだ。しかも年下になる女の子をである。さらに知らないだろうが、厚一が使ったのは利き腕の右ではなく左手での平手打ちだった。腕の力も関係ないだろうが握力も強い左での一発というのは厚一なりに本気のビンタだった。
「君は織斑先生を教官と呼んだ。ドイツで1年ほど教官をしていた織斑先生と君がどういう関係だったのか僕は知らない。それでもその呼び方と君自身の態度から、君は軍人かそれに連なるものだと仮定した。それに何の意味はないけれど、君にわかるように言うのならば。戦友を叩かれて黙っていられなかったからだ」
「戦友など。その様なものは足手まといだ! 貴様もつまらん男の様だな」
「つまらなくていいよ。君に好かれようだなんて思わない。でも織斑君には謝って貰う」
一触即発の空気に教室が沈黙したままになるが、SHRの終わりを告げるチャイムが鳴った事で厚一が再び口を開いた。
「ここは軍じゃない。学校だ。そこに属するからには君にもその組織の決まりに従う義務が生じる。席に座れ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「く――っ」
叩かれて切ったのだろうラウラが口の端から一筋の血を流し、腫れる頬を抑えながら席に座った。
「勝手な事をして申し訳ありませんでした。さらにクラスメイトに対する暴行及び傷害。謹慎も覚悟しております」
そう厚一は身体を千冬に向けて告げる。
「今回は不問とする。次の授業では2組との合同でIS模擬戦闘を行う。そのアグレッサーを務めろ」
「了解しました」
「解散!」
その言葉と共に教室の時間が再び動き始める。千冬が一夏にシャルルの面倒を見る様に告げるのを見て、厚一もISスーツを制服の下に着ていたので、その場で制服を脱ぎ捨てて教室から出て行った。
「速水さんも怒るんだ…」
「ちょっと不謹慎だけどかっこよかった」
「あんな感じで蔑まされたらどうにかなっちゃいそう…」
「というか普通に私たちの前で着替えちゃったよあの人」
「相変わらず脚きれーだったね」
「お尻もちょっと丸くて軟らかそう…」
「お腹もスラッとしててヤバいよね」
そんな会話があったとかかんとか。
第二グラウンドに集まった1組と2組。
その話の内容はふたりの転校生と速水厚一ビンタ事件で持ち切りだった。
学園では朗らかさと優しさが服を着て歩いているような人という印象がすっかり定着した厚一の新たな一面。友達を殴られて赦せなかったという理由で人を殴る様なアツい面もあるのだと人物像が改められるのだった。
「では本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。凰、オルコット、速水に実践してもらう。前に出ろ」
「「「はいっ」」」
名を呼ばれた3人が列の前に出ると、厚一だけは更に前に出て千冬の後ろに控えた。アグレッサーをやることは既に先程伝えられているため、その為の位置取りだった。
「それで、お相手はどちらからすれば良いのでしょうか?」
「あたしは速水さんとやってみたいわね。姿の変わったラファールの性能にも興味あるし」
「そう急ぐな小娘ども。もう一人参加者が居る」
「「もうひとり?」」
その時、ISのスラスター音が頭上から聞こえてくる。
「お待たせしました~!」
そう言って降下してきたのは教員カスタム仕様のラファール・リヴァイヴを身に纏った真耶である。
「あれ、真耶ちゃん先生だ」
「く、なんというボリュームっ」
「ISスーツの所為ですっごくエロくみえるよね」
出席簿が3発落ちた。
「凰とオルコットはペアで山田先生と速水ペアと戦って貰う」
それを聞いて納得したのは2組の生徒たちだった。
代表候補生のふたりならば即席の連携も組めるだろうし、厚一は一次移行したとはいえラファールであることに変わりはなく経験もまだ浅い。教師である真耶がフォローに回るというのも理解できたが。
既に一度連携訓練を見ている1組の生徒からしたら鈴とセシリアが気の毒でならなかった。
なにしろ万能型二機の連携と、近接格闘型と遠距離攻撃型の連携勝負の焼き増しに見えたのだから。
「まさか授業で先生と飛べるとは思いませんでした」
「はい。今日は遠慮なしに思いっきり飛びましょうね♪」
「はい!」
表情の硬かった厚一も真耶と授業で飛べるという事で軟らかい笑みに代わりつつあった。
ISを展開し、並び立つラファールの姿はどちらも緑系統の色なので絵になっていた。
「なんかうれしそうね、速水さん」
「普段では山田先生と飛ぶ機会はございませんからね」
「あぁ。確か速水さん鍛えてるのあの先生なんだっけ?」
「ええ。これは一筋縄ではいきませんわよ?」
「上等! 相手が強い方が燃えるってねっ」
「準備は良いな? では、始め!!」
千冬の合図と共に上空へ先んじて飛び出したのは厚一と真耶のラファールコンビだった。
初動が落ち着いた所で武装を展開。そのままインメルマンターンで機体を翻した厚一が右腕にシールドを装備して鈴の甲龍と相対する。
真耶とセシリアはそれぞれのパートナーの後ろに控えている。先に動いたのは鈴だった。
セシリアが牽制射撃をスターライトMk-Ⅲで加えて行くが、それは厚一のラファールの右腕に装備されている大型シールドによって防がれてしまう。例によって耐レーザー・コーティングは変わっていない。
「相性が悪いですわねっ」
「だったらあたしが――」
「私だっていますからね♪」
厚一に切り込もうと双天月牙を構えた鈴の甲龍に向かってライフルを撃つ真耶。それをバレルロールで避けて間合いを詰めるものの、今度はシールドを構えて突っ込んで来る厚一を相手に一閃を振るうが、それを厚一は受け流して鈴を通り過ぎた。
「ちょ、待ちなさ――きゃあっ」
「ダメですよ? 相手に背中を向けちゃ」
鈴が厚一を眼で追った一瞬。真耶の射撃が鈴の甲龍を直撃した。その瞬間にグイッと何かに後ろへ引っ張られた。
甲龍の非固定部位に巻き付いたワイヤーアンカー。それによって厚一に後ろへ引っ張られた。しかも真耶の射撃によって体勢を崩した瞬間、着弾した衝撃をも利用して。
「く…っ、きゃあっ」
「あ…っ」
しかも鈴を抜けてきた厚一に対する牽制としてセシリアの放ったレーザーの盾として使い。レーザーは鈴の甲龍に直撃する。
ワイヤーを切り離した厚一は反時計回りに移動し始める。
「こんのォっ、やってくれたわねえ!」
「鈴さん、あまり熱くなられては」
衝撃砲を連射する鈴であるが、砲身も弾も見えないそれを厚一は腕のシールドと、カスタム・ウィングから伸びるフレキシブル・アームに接続されている二枚の大型シールドの三枚のシールドで機体の全面を防御して耐え凌ぐ。
「ああんもうっ!! ヤドカリかっ」
「あの防御は中々抜けさせてくれませんわよ」
「みりゃわかる!!」
甲龍とブルー・ティアーズの集中砲火をすべて耐えている鉄壁。しかも厚一が反撃せずとも、その直ぐ後ろに控える真耶が、空間圧縮やエネルギーのチャージサイクルの一瞬の隙を的確に狙い撃つ。
「次は?」
「カウント10で仕掛けます。LP3で凰さんから落とします」
「了解」
ほぼ毎日放課後に厚一は真耶からの教練を受けている上に、休日は時間と予定が許す限り缶詰なのだ。
指導する側とされる側。指示を聞いて動くという事は日常的に行ってきた事なので、真耶の指示に厚一はすぐさま動くことが出来るのだ。
「おいきなさい、ティアーズ!」
ここでセシリアが切り札であるビットを投入した。正面から撃ち合っても厚一のラファールの防御力の高さというのは身に染みている。シールドの数が減っていても以前と変わらない鉄壁の防御力に、セシリアは多方向からのオールレンジ攻撃で無理やり厚一の防御を崩す作戦に出る。
さらにその間厚一と真耶のどちらでも相手に出来る様に鈴が接近する。
「こちらの手は読ませません。機動パターンを変えます! LP1!」
「了解。仕掛けますっ」
「なに、はやっ!?」
鈴の甲龍へ向けて飛び出す厚一のラファール。その速度は瞬時加速よりも速いスピードだった。それに一瞬気を取られた鈴に向けて接近しながら真耶がアサルトライフルの弾幕を浴びせる。
「ティアーズ!」
なにかする気だと直感で悟ったセシリアは厚一に向けてビットを向かわせたが、シールドを機体の前面から退かした厚一のラファール・エスポワールの両肩は見掛けからして硬く重いアーマーに包まれていた。アーマー自体にもスラスターユニットが内蔵されていて、それが速さが変わった理由だろう。
その肩の前面がハッチの様に開いた瞬間、退避行動をティアーズに出すが遅かった。
そのハッチの裏側と肩のアーマーから大量のマイクロミサイルが放たれたのだ。しかも一発一発の機動が違う独立稼動型誘導ミサイルだった。
それによってビットが悉く撃墜される他、すべてのミサイルが個別にセシリアと鈴を襲うという状況を生み出し、セシリアは回避と迎撃によって鈴を援護するという所まで手が回らなくなり、更に鈴も足止めを受ける事となる。
その合間にライフルに持ち替えた真耶の射撃が鈴の甲龍に突き刺さる。
「ぅぅ、動けないっ」
ミサイルとライフルによる同時攻撃で機体が揺らされ、爆煙の中でもミサイルは容赦なく鈴の甲龍を襲い続けた。
「やあああっ」
そして真耶のラファール・リヴァイヴが爆煙を引き裂いて現れ、鈴の甲龍に向かって左腕をアッパーの様に振り上げた。その左腕のシールドが後ろへスライドし、姿を顕したのは69口径のパイルバンカー
その杭が甲龍のボディを突き刺し、炸裂と共に強い衝撃が鈴を襲った。
「まだだ!」
さらにパイルバンカーによる攻撃の衝撃で吹き飛ばされた甲龍の背中に回った厚一のラファールが荷電粒子砲パーティクル・ランチャーを構えながら現れ、その砲口を甲龍の背中に突き刺し、トリガーを引いた。
「あうっ」
「鈴さん! きゃっ」
援護しようとスターライトMk-Ⅲを厚一のラファールに向けるセシリアに、真耶のライフルから放たれた弾丸が突き刺さる。
そしてそのままセシリアを撃ちながら厚一の押し出した鈴の甲龍の懐に入った真耶はもう一度パイルバンカーを撃ち込み、その背中からも厚一はゼロ距離で甲龍をパーティクル・ランチャーを撃ち込んだ。
甲龍に接近した勢いを殺さずに厚一と真耶は交差し、シールドエネルギーがゼロになった鈴を厚一が回収した。
「コンマ02、遅れてましたね」
「先生が突っ込みすぎなんです。というか、途中から急にLP0に変えないでくださいよ」
「でもちゃんと合わせてくれたので合格です♪」
「でなければ先生に申し訳が立ちませんから」
肩を落としながら抗議する厚一であったが、真耶の笑顔と称讃を受けて、更には連携攻撃も見事に決まった為に、そして真耶に時間を割いてもらっている自分が合わせられなければ申し訳が立たないという事で話を締めた。
相手が専用機や第三世代機でも連携を駆使すれば攻略できる。その為の連携フォーメーションがLPと呼ばれる機動パターンであった。他にもいくつかまだ考案中であり、それが出来る様になれば有事の際でも或いは敵を退ける助けになるだろう。
今はこのLPをベースに汎用兵装の練習機でも使用可能なフォーメーションを製作中である。
「あーあ、負けちゃったぁ」
「まぁ、今回は山田先生が居たからね。1対1ならまだどうなるかわからないよ」
「むぅ、なら個人トーナメントで勝負です!」
「うん。楽しみにしてるよ」
厚一に抱っこされている状態で降下する鈴は負けた悔しさもあるが、まるで長年連れ添ったパートナーの様に息がぴったりである厚一と真耶を相手に、自分たちの得意な距離で戦う事で役割を固定してしまった事が敗因の一つだろうかと分析していた。
特化型は確かに己のフィールドに持ち込めば強い反面、苦手な距離がどうしても出てしまう。第三世代機が開発され、各国で特色のあるISが生まれつつある今日で第二世代最後発であるラファール・リヴァイヴが世界第三位のシェアを獲得する機体である理由がわかった気がした。
マルチロール・ファイターであることと、その特性を最大限に発揮し、遠近を瞬時に切り替えられるパイロットが組んだ時の恐ろしさという物を身に染みたのだった。
「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意をもって接する様に」
そう締めくくった千冬。ある意味真耶の普段のほんわかさと親しみやすさで友達感覚の生徒を引き締める言葉でもあった。
「完敗ですわ。少し自信を無くしてしまいそうです」
「今日は山田先生が背中に居てくれる分後ろを気にしないで前だけ守っていればよかったからね」
それでも完璧にセシリアの攻撃には対応している厚一の言に、慰めにもならないのだが。その成長速度の高さに加え、機体相性が致命的なのも、もどかしい所だった。鉄壁の防御を破るだけの突破力をセシリアのブルー・ティアーズは持ち合わせていないのだ。
厚一のラファールは最高強度を誇る大型の実体シールドを装備する鉄壁の防御を主体にして、当然重量が増える事で機動性や運動性に影響が出るのにも関わらずに繊細な操作で攻撃を回避する。または防御する。
一次移行を終えたことで反応速度が劇的に改善されたラファール・エスポワールであるからこそ、三枚のシールドだけで以前と変わらぬ防御力を発揮し、さらに軽量化された機体に推力を強化。機体性能も20%向上しているとあって、その戦闘能力は第三世代機とも引けを取らないものになっていた。
国の特色を出すために実験機としての側面が強くなり、高性能であるが特化型の機体が多くなる傾向のある中で、『兵器』としての完成度が高かった第二世代機の性能がそのまま第三世代機に据え置きともなれば、相手の苦手な分野で即時対応できるラファール・エスポワールは高レベルで高いバランスを持つ柔軟性が高い機体となっていた。
もちろんそれを発揮し切るだけのパイロットが乗っていなければ話にならないのだが、それは厚一の師である真耶もラファール・ユーザーであり、距離を選ばずに全領域で戦えるパイロットであったからこそだろう。
機体・パイロット・師がかみ合った結果、厚一はここまでラファールの性能を引き出せているのだった。
「まだまだ細かいところが甘いが、呼吸の合った良い動きだった。連携も良い模範だった。そのまま精進を続けろ」
「はいっ。ありがとうございます」
千冬にも言葉を貰った厚一はいつもとは違う真剣なキリッとした顔でそれに返した。
誰かが変装して入れ替わっているのではと思う程の真剣さを感じさせる顔に、何人かの女子生徒はハートを撃ち抜かれたとかかんとか。
その後の授業は専用機持ちが班長となり、二クラスの女子を班分けするのだが生徒に任せるとものの見事に一夏やシャルル、厚一のもとに殺到する十代女子に額をひくつかせながら千冬の怒声が飛び、出席番号順で分かれる事となった。
「じゃあみんな。今日はよろしくね」
『はーい!』
「ラッキー。今日は速水さんに教えて貰えるんだぁ」
「速水さん教えるの上手いもんね」
「教え方も優しいし」
「わからないところもちゃんと教えてくれるし」
「この前は至近距離で密着しながら教えてくれた…あうっ」
「あれは本人親身になって無意識でやってくれるから悪気がないんだよねぇ」
「首筋に光る汗がエロかった……ゴフッ」
そんな感じで授業は過ぎ、シャルルの歓迎をするという一夏の言で屋上での昼食になった。
急な話だったのだが、その日は示し合わせた様に全員が弁当持参だったのだ。
厚一は簪も誘おうか迷ったものの、やはり一夏が傍にいる事は嫌らしく。食堂で見かけても軽く会釈して行ってしまう為に誘う事を思い止まった。
「速水さん、良かったら食べます?」
「うん。ありがとう、鈴」
そう言って鈴が箸で掴んで差し出した酢豚を口に入れて貰う。相変わらず甘辛で美味しかったものの、いつもより少し酸っぱい気がした厚一は鈴に訊ねた。
「鈴、お酢の分量変えた?」
「うん。ちょっと酸っぱい感じの気分だったから」
「へぇ。僕はこっちの方が好きかな」
「じゃあまた今度作ってきますよ」
「ほんと? 楽しみだなぁ」
そう言いながら厚一もサンドイッチが入ったバケットを鈴に差し出した。
「酢豚貰ったし、鈴もひとつどうぞ」
「マジ? いただきまーすっ。んんー、美味しい」
普通の食パンの1/4程度の大きさに切られているサンドイッチは女子の鈴でもぺろりと平らげられる大きさだった。
半分はたまごサンドで、あとはハムチーズサンドとツナサンドだった。鈴が取ったのはたまごだった。
「それにしてもみんな自炊出来るなんて、すごいね」
そう言ったのはシャルルだった。転校初日とあって、シャルルの昼食は食堂で買ってきたパンだった。
「今日はたまたまよ。普段は学食で済ませちゃうし」
「わたくしも、今日はなんとなくお弁当の気分でしたから」
「私も特になんとなくだな」
「僕もだね」
そう鈴とセシリアと箒と厚一が返事を返した。
普段厚一は学食派だ。だが今日は天気が良いピクニック日和だとニュースで見たので、なんとなく屋上か外の庭で食べようかとサンドイッチを用意していたのだ。
それを聞きつけたセシリアが同じようにサンドイッチを作り、そこから鈴にも話がながれて鈴も酢豚を作った。
完全に偶然だったのは同じように天気予報を見てお弁当を作った箒であった。
「学食のも悪くないけどな。速水さん、ひとつ貰ってもいいですか?」
「いいよ。はい、どうぞ」
「いただきます」
厚一からたまごサンドを貰って口に運ぶ一夏。その味は何の変哲もないたまごサンドなのだが、僅かにコショウの香りを感じる物だった。
「コショウ入ってるんですね」
「うん。母さんの作り方。母さん香りにもこだわる人だったから」
味を妨げずに香りを感じる様にコショウをミルで挽いてその場で粗びきにする。母親の仕込みのお陰で幸一の部屋のキッチンには調味料が一般家庭の倍以上の量があったりする。それでもまだ母には届かず、母の味を完璧に再現した芝村 志の腕に厚一は涙を流してしまったのだったが。
そんな感じで手作りの物を食べると、買ってきたパンが味気なく感じる一夏だった。
「ん、甘い。トマトってこんなに甘いのもあるんだ」
「フルーツトマトですわ。これならトマトの酸味が苦手な方でも美味しく食べることが出来ますわ」
「加工されていたりするトマト缶とかならいいんだけど、生のトマトって酸味と独特の苦みがあるから苦手なんだけど、これは美味しいよ」
セシリアからもサンドイッチを貰った厚一はたまたま貰った中身がトマトに驚いたが、味はトマトだとわかるのに甘いトマトに舌鼓を打つ。
「ねえ、一夏。あの三人って付き合ってたりするの?」
「ん? いや、セシリアも鈴もそんなはずないと思うぞ。セシリアは面倒見がいいやつだし、鈴の場合はなんでか懐いてるって感じかな」
「ふーん、そうなんだ」
それでも仲が良い三人に目を向けるシャルル。
セシリアも鈴も共に代表候補生だ。
そして午前中での厚一の動きを見た時、シャルルは驚くしかなかった。
同じラファール系列の機体のカスタム機とは言え、高いレベルで機体を操っているのがまだISに来て3ヶ月の人間。いったいどういう訓練を積んだらあんな動きが3ヶ月で出来る様になるのだろうかと首を傾げる程だった。
朗らかな笑顔を浮かべ、人付き合いも良く、軟らかい雰囲気は大人であるからなのだろうか。覚えが良いのも年齢が違うから理解力の違いがあるのだろうか。その謎が、シャルルは気になった。
「ほら、一夏。あんたそれだけじゃ味気ないでしょ? 良かったら食べなさい」
「おお。酢豚だ! 俺の分も作ってくれたのか。ありがとなっ」
「別に。足りないと思った時に食べる用で持ってきたやつだから」
そう照れ隠しをする鈴ではあるが、厚一が誘えば一夏も屋上に来るだろうと思ったので一夏用に別に用意したものだった。ちなみに味は普段たべている味で、酢を足したのは厚一に食べさせて今自分も食べているものだけだったりする。
台所を漁ることが良くある鈴は、厚一がお酢のストックを結構確保していることと、普通のお酢に米酢と寿司酢まで分けて用意しているのを見ている。お酢の酸っぱいのが好きなのかと思って試しに少しアレンジしたのが厚一の舌にマッチしたのだった。
「私のもあるぞ。良く味わって食べろ」
「お。サンキューな、箒」
箒も一夏に自分のモノと同じお弁当を渡した。箒も最初から一夏を誘ってふたりで食べる気だったためだ。
その約束も先程の授業中にしたのだが、それを一夏はシャルルの歓迎会にしてしまったのであった。
屋上に来た箒のそんな顔を見て、ご愁傷さまと、厚一は心の中で合掌した。
「午後はISの整備実技だからちょっと食べ過ぎても問題ないよ」
「そうですか? まぁ、残すの勿体ないしな」
箒にもお弁当を貰った所で少々顔が悩みそうだった一夏に、厚一がフォローを入れた。実際整備で授業は潰れてしまうだろうという事で、食べても大丈夫だと告げた。何より好きな相手に作って来たお弁当を残される方が嫌だろう。
一夏も出されたものは全部食べる派であるが、さすがにISでの高速機動が午後に控えているなら考えてしまうくらいには量が多そうだったのだ。
放課後。
学年別個人トーナメントが近いという事もあって真耶はそちらの準備で忙しい為、しばらくは自主練になった厚一に箒が声を掛けてきたのだ。
「少しよろしいでしょうか、速水さん」
「篠ノ之さん? うん。いいよ」
そういって厚一は席を立って歩き始めた。態々自分に声を掛ける理由が思いつかないものの、何か思いつめた様子の箒を見て、人の少ない場所で話そうと思った為、教室を出てアリーナまで向かう道すがらのベンチに座った。
「それで、なにか用があるから僕に声を掛けたんでしょ?」
「はい。無理を承知でお願いします。私に
腰が90度曲がる程の角度で頭を下げる箒。
正直これはどうしようかと厚一は思った。教える事に問題はない。しかし厚一は一般生徒扱い。代表候補生ではない。だから他人に教える権利があるのかどうかという事だった。
勉強を教えるのとは違う。ISという特殊なものを自分が教えても良いのだろうかという事だった。
さらに言えば瞬時加速は高等技能なのだ。もちろんそれを扱う為の基礎がなければならない。
「篠ノ之さんはどうして瞬時加速を覚えたいのかな?」
「そ、それはっ」
その返答に言い淀む。頭を上げた箒の目に映るのは、真剣な表情で箒の目を見る厚一の姿だった。
「強くなりたいから? 自分だけ置いて行かれるから? このままじゃ織斑君の傍に居られないから?」
「私はっ」
動機は不純であるかもしれない。トーナメントに優勝して、独り歩きしてしまっている噂の責任を取り、そして一夏に――。
「私は、一夏を取られたくないと、そう思ったからです」
「優勝したら織斑君に告白できるって噂だよね?」
「はい。あれの出どころは私です。個人別トーナメントに優勝したら付き合って貰うと言ったんです」
「それがどういうわけか聞かれていて、そのまま広がったわけか」
「はい。自分の迂闊さが招いた事です。しかし私は、一夏を誰かに取られたくはないっ」
その言葉の後に、しばらくの沈黙が続く。厚一がベンチから立ち上がった。
ダメだったかと、不純過ぎる理由で勉強熱心の厚一が自分に時間を割いてくれるはずもなかった顔を俯かせた箒の頭に、ポンと人の手が触れた。
「じゃあ、色々と準備しないとね。今月末だからあまり時間もない。教えられる事は最低限になると思うけど、その代わりに突貫工事だ。血反吐吐くことになると思うよ」
「…もとより覚悟の上です!」
「うん。わかった。じゃあ、少し待ってて」
「はいっ」
恋する乙女には弱いなぁと、心の内で思いながら厚一は真耶に連絡を取った。
教えるのならば訓練機の使用順番を待っている時間はない。これもかなり卑怯かつズルい方法であるが、自分の要求はある程度通るだろうし、何しろ篠ノ之 束の妹である箒がISを使いたいという時に使えず、それが開発者の姉に知れたらどうなるかわからない学園側からしても、厚一の要求を断る事で生じるだろうリスクを計れないはずもなく。
教員用の打鉄の使用許可が降りたのは10分程度経ってからだった。
アリーナに関しては今日は教師陣の訓練があるという事で借りられなかったので、ISだけを借りて第三アリーナに到着し、箒は打鉄を纏った。
「き、機体の反応が、こうも違うものなのかっ」
「教員用って生徒用の練習機よりも遊びが無い設定になってるからね。その分思った通りに動いてくれるでしょ?」
「し、しかし、私には過敏すぎて少々恐ろしいくらいだ」
「それくらいじゃないと、第二世代機で第三世代の相手は出来ないよ」
そう涼し気に言う厚一に、同じような立場になって目の前の人間がどれほど努力して先んじているのかという片鱗を見た気がした。
同じスタートでも、速さが異なる。箒自身訓練用ISの使用許可待ちで乗っていたのだ。そうなれば早々にラファールを専用機として与えられ、毎日乗り続けていた厚一の上達速度は他の一年生の一般生徒とは比べ物にならない程でも無理はないのだ。
「今日は基礎の確認からするからね」
「はいっ」
PICで浮き上がった厚一のラファールに手を引かれて、箒もPICで浮いてみるものの、反応が敏感すぎて同じ打鉄であっても訓練機とではまるで別物の印象だった。
そのままアリーナに出ると、あちこちで訓練している生徒の姿が見える。皆、訓練機の使用の順番を守って乗っているというのに、自分はズルをして乗っている。そこに後ろめたさを感じる。
「ダメだよ、集中して! でないとコントロールが乱れる!」
「はい!」
しかしすぐさま飛んでくる厚一の声に、そんな事を考える暇は一切なかった。
授業で習っているだけの知識はまだまだ表のほんの表層なのだというのを箒は思い知った。
「ダメ! まだ反応が2秒遅れてる。シールドがあるんだから多少ぶつかってもケガはしないから恐がったらダメだ!」
「はいっ」
そして血反吐を吐くという程でなくとも、厚一の指導は厳しかった。
「そこで切り返すと撃たれるよ! ハイパーセンサーは前を向いていても後ろの相手が見えるんだからもっと意識を向けて!」
「はいっ」
基本的な動きを確認した後、すぐさま高速機動の確認になった。
箒からすると、普段の練習用の打鉄は本当に練習用の機体なのだと思う程に教員カスタム仕様はじゃじゃ馬だった。
機体を思う様にコントロール出来ると厚一は行ったが、その加減が掴めない箒からすれば繊細さを要求されるばかりで神経が擦り減りそうな感覚だった。
それでも2時間という短い時間が何倍にも感じられる程の濃い時間を過ごした感覚があった。
部屋に帰った箒は身体が鉛のように重かった。精も根も尽き果てんばかりであった。
おかげで、自分がどれほど甘い訓練をしていたのか分かった。
一夏の訓練に、ISに乗れる時は付き合っていたし、セシリアにもアドバイスは貰った事はある。
だが厚一の教練は、自分が微温湯に浸っていたのかを突き付けられるのには充分だった。
あれほどの内容を毎日続けていれば強くなれるというのもわかる話だった。
「2週間、か…」
カレンダーには個人別トーナメントの予定日まではそれだけの時間があることを示していた。
速水厚一は1週間で
自分にはその倍の時間がある。
「…………」
首から下げられている認識番号が書かれたドッグタグ。それは今日使った教員カスタム仕様の打鉄が待機状態となった姿だった。
篠ノ之 束の妹であるから学年別個人トーナメント終了までの期間限定での専用機として所持を認められたものだ。それもどう説得したのか鶴の一声の様に厚一が連絡を入れると承認されたのだ。今度は5分も掛からなかった。
専用機を持つことの注意事項も厚一から再度復習と称してマニュアルを貰った。更に打鉄のマニュアルも熟読して置く様にも言われたのだ。
重い身体を動かし、マニュアルに目を通す。
ISを動かす上で大切なのは実際に動かした時間は経験と確認。才能や適正を省けは残るのは知識だと教えられた。
どうすれば機体が動き、システムがどのような働きで使われるのか。
各部位のPIC制御をマニュアルでやるという変態的な課題に、それでも国家代表はISのPICの自動制御は使っていないという事だった。でなければ世界レベルの舞台では通用しないとも。
箒が身につけたかったのは瞬時加速だったのだが、いつの間にそんな世界レベルの話にまでなってしまったのかとも思う。だが、厚一の熱意に応えないわけにはいかない。なにしろ自分は頭を下げた側で、貴重な厚一の時間を割いて貰たのだ。
「必ず、ものにしてみせるぞ」
ドッグタグを握りしめ、箒はマニュアルの続きに目を走らせたのだった。
◇◇◇◇◇
箒と別れ、自室に戻ってシャワーを浴びた厚一はドアのノブに外出中という掛札を掛けて教員寮に向かった。
生徒であっても成人の厚一が教員寮に立ち入るのは余りよろしくないのだが、それでも今日は向かわずにはいかなかった。
とある部屋の前で立ち止まり、部屋をノックする。
「はーい、どちらさまですか?」
「こんばんは、山田先生」
「は、速水さん!?」
ドアの前から厚一の声がして、慌てて真耶はドアを開けると、そこにはいつものように朗らかな笑みを浮かべている厚一が経っていた。
「ど、どうしてここに居るんですか!? ダメですよ生徒さんが教員寮に入ってきちゃ」
「あはは。でも規則には立ち入り禁止って書いてないですよね」
「それでもダメなんですぅ。生徒さんには見せられない資料とかもあったりしますし」
「なら5分だけ時間を貰えますか? 今日のお礼がしたくて」
「お礼ですか?」
「篠ノ之さんの件で動いてもらいましたから」
「そんな、良いんですよ。生徒さんの頼みですから」
「それでも忙しいのに余計な仕事を増やしたのはこっちですから」
そんな感じで部屋の前で話していれば、しかも女の園である、――男日照りな教員寮では高めの厚一の声でもやけに響くのだ。
「あれ? あの人1年に入った噂の」
「え? 真耶ちゃんのお部屋よねあそこ」
「まーちゃんまさか男を連れ込むなんて大胆過ぎない!?」
「真耶ちゃん先生モテるもんねぇ」
「ちくしょーっ、胸か!? おっぱいなのか!? その殺人兵器で悩殺したのか!?」
そんな感じで教師の方々も部屋から出てきてしまうのだった。
「あ、あのあの、はやく要件をっ」
このままここに居させると色々な意味でマズいと判断した真耶は先を促した。本当は部屋に引き入れる方が良いのだが、そうしたら明日がどうなるかわかった物じゃないので、公開処刑に耐える事を選択したのだった。
「これ、夕飯にどうぞ。時間がなくて簡単なものしか作れなかったんですけど」
「これは…」
厚一が差し出したのはバスケットだった。中にはサンドイッチが詰まっていた。
「それじゃあ、僕は戻ります。おやすみなさい、山田先生」
そう言って頭を下げて踵を返した厚一は何げない顔で廊下を歩いて去って行った。
サンドイッチ。綺麗に作られているものの、手作りの、男の人の手料理。
『よこせーーーっっっ』
「だ、ダメですーーーっっっ」
すぐさま真耶は部屋に引っ込み、鍵とチェーンを掛け、更にテーブルをつっかえにして入り口のドアにセットする。
外からは阿鼻叫喚とも言うべき勢いでドアを叩く音が聞こえるが、ヘッドホンを着けて無視する。
「速水さんの、手作りサンドイッチ……えへへ~」
普段は真面目に授業を受ける年上の生徒。放課後はどんなにきつい教導にも食らいついてくる教え子。
普段朗らかで、ぽやっとしていて、和やかな人。しかし、訓練の時は普段見せる事のない真面目さと必死さを見せる顔は、ギャップもあって未だに思い出すと顔が熱くなってしまう。
「だ、ダメですよ、速水さんは生徒さんなんですから!!」
そう自分に言い聞かせるようにして、サンドイッチを一つ摘まむ。食べやすいサイズのそれを口に運び。
真耶は膝から崩れ落ちそうになった。ギャグマンガならば眼鏡が砕けていただろう。
「負けた……」
どうにか耐えるものの、心は完全敗北、白旗を上げた。
優しくて強くて料理まで上手いなんていう超優良物件がまさかの生徒。
「うぅ、美味しいですよぉ…」
敗北の味を噛み締めながら、真耶は涙を流し、厚一のサンドイッチを平らげるのだった。
◇◇◇◇◇
「今のもダメ! 反応が2呼吸遅い! 軌道の頭を読まれて撃たれるよ!」
「はいっ」
翌日の放課後も厚一の教導は続いた。
「やってるなぁ…」
その光景を一夏はアリーナの地上で目撃した。
千冬は平日は基本的に時間が取れない為、その指導を受けるのは土曜日の半日授業のあとや日曜日の休日だった。
箒の背後や側面に並走し、箒の機動を一つ一つ修正していく。あの厚一が声を張り上げている光景など中々見られないのだ、少し夢中になってその後を追いかけてしまう。
「一夏?」
「おお、悪い」
その為、一夏は同性で専用機を持つシャルルにISの事を教わっていた。男同士遠慮なく出来る一夏からすると、セシリアや箒よりもやり易い相手だった。
「ターンの時に右に20度流れる。それだと次の行動をする時に余計な力が掛かってバランスがズレるから直して!」
「はいっ」
そんな光景は当然他の生徒たちにも目撃される。第二アリーナが暫く教員の訓練で使えないからだ。クラス代表戦で侵入者が現れた影響で、教師陣も個別トーナメント合わせて調整と訓練を行う為だった。
「あと降下する時の反応速度が比較的に遅い。地面が近付く恐怖がまだ残ってる」
「という事だから、それも直していくよ!」
「はいっ」
更に厚一はメカに強い簪にも声を掛け、箒のデータの収集を行って貰ったのだ。さすがに厚一は真耶の様に教師でもない為、見て直すべきところはわかってもデータで比較検証出来る技術にまだ疎い。故に簪に協力を依頼したのだ。後継機で第二世代と第三世代とはいえ同じ打鉄ユーザーである簪からのフォローに期待しての事でもあった。
2日目はひたすら降下機動とターン、カーブとまだまだ高速機動の調整と訓練であった。
「篠ノ之箒を2週間で代表候補生と戦える程に仕上げる、ですか?」
「うん。出来ると思う?」
「普通なら無理です」
その日の昼食。4組に出向いて簪を昼食に誘った厚一は、屋上で厚一が作ったサンドイッチを分け合いながら簪にそんな話をした。
「プランは山田先生がしてくれた教導をそのまましようと思うの。篠ノ之さんの成長に合わせて適時判断するけど、見えない部分での補助をお願いしたいんだ」
「稼働データでの比較ですか?」
「うん。他のクラスで、この時期に頼むのは不躾なのはわかってるんだけど、やるからにはこっちも出来る事はして上げたくて」
「それ、私が断ったらどうするんですか?」
もちろん断るわけがない。厚一のお陰で自分の打鉄弐式は完成したのだ。そんな厚一からの助力要請は、受けた恩を返したい簪からすれば願ってもない事だった。
「そのときはそのときかな?」
おそらく教科書を片手に稼働データの比較検証を独学で覚えるつもりなのが目に浮かぶ様だった。
「別に良いですよ。厚一さんの頼みならなんだってしてあげます」
「ん? 今なんでもするっていったよね」
そんな感じで数々のプレイ…ではなく、普通に稼働データの採取と比較を任された簪ではあるが。
「(稼働データの更新量が比較にならなくてヤバい…)」
物凄い勢いで稼働データを蓄積していく箒の打鉄は簪の処理速度でもかなりギリギリの頻度でデータを送ってくるのだ。
結果指が引き攣りそうな限界手前まで本気でデータを処理するというある意味拷問の様な状況だった。
それをおそらく厚一はわかっていない。そして箒も必死に食らいつくのに集中していて他を気にする余裕もない。
地獄の耐久レース。簪の指が悲鳴を上げて折れるのが先か、箒の体力が尽きて休憩を挟むのが先か。
「っ、ストップ!」
「っっ!!」
「あぅ…」
その厚一の言葉に急停止する箒と、漸くひと息吐けそうな簪は空間投影端末から指を離せた。
「どうかしたんですか?」
「あの子…」
急にどうしたのか近づく箒に、厚一は目も向けずに呟くのでその視線を追うと、そこにはISを纏ったラウラの姿があった。
その視線を追えば、一夏とシャルルが居た。
「篠ノ之さんはここに居て。簪ちゃんもありがとう、少し休んでて」
「あ、はい」
「え? 厚一さん…?」
厚一は二人に言い残して降下していく。
そこはラウラと一夏の直線上だった。
「また貴様か、速水厚一」
「軍人が民間人に一方的に銃を向けるのは感心しないね」
「ふん! 邪魔をするというのならば貴様から墜としてやるぞっ」
「やれるものならばっ」
大型レールカノンを向けるラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと、シールドを展開する厚一のラファール・エスポワール。
互いに臨戦態勢。両者の闘気がぶつかり合い、息が張り詰めそうな空気が漂う。
「ッ――」
先に動いたのはラウラだった。
大型レールカノンから放たれる砲弾の直撃を受けるが、砲弾は物理シールドに衝突すると無残にも砕け散る。
瞬時加速で懐に入ろうとするが、その動きが一瞬止まりかけるのを感じて、PICと脚部、機体前面のバックスラスターで後方に向かって瞬時加速をする事で未知の感覚から離脱するが、瞬時加速中に無理やり後方にバックするという荒業に、厚一の顔は青くなっていた。
「ほう、我が停止結界を察知し、そこから逃れるとはな」
「はぁ、はぁ、…ごふっ」
胃から込み上げて来たものを反射的に手で受け止めた厚一の、ラファール・エスポワールのマニピュレーターが赤く染まり、続けて胸に激しく鈍い痛みを感じた。それでもラウラから視線を外さずに相対する。
「しかし、その程度のGに身体が耐えられんとはな」
「くっ、僕は、人間だからね」
PICでも相殺が間に合わなかったGが身体を痛みつけたのだ。
「まぁ、良い。楽しみは後日に取っておくとしよう。貴様は私の敵になる存在だと認識した」
「光栄だね。それでも負けるつもりはないから」
「…ならば医務室には寄れ。つまらんことで私を失望させてくれるなよ?」
そう言ってラウラは踵を返して去って行った。
厚一も痛む胸を押さえ…たいのだが、胸の装甲があるのでグッと堪えてその後姿を見送り、見えなくなったところで戦闘態勢を解除する。
「速水さん!」
「ああ。大丈夫だった? 織斑君」
「いや、俺は。ていうか血が出てませんか!?」
「あはは。口の中切っちゃっただけだから気にしないでよ」
幸い吐いた血は少量で、手を握っていればバレない。さりげなくだが腕のシールドの影に隠せば問題ないだろう。
「厚一さんっ」
そう見えたのは背後に居た一夏とシャルルだけで、上から見ていた簪はそうもいかなかった。
しかし近寄って来る簪の頭を撫でて、意味深に笑いかけることで厚一は簪を黙らせた。箒にもウィンクを送る事で黙らせる。
取り敢えず解散にしたのだが、厚一は簪によって医務室まで運ばれた。箒もついて行こうとしたが、厚一に今日の復習をするように言われて、大人しく従うしかなかった。
肺胞の毛細血管をGで痛めたための喀血だったらしく、安静にしていれば治るという事だった。
「もうっ、なんであんな無茶をするんですか!」
「あははは。ごめんね」
「あははじゃないですよ! ISで高G障害で喀血なんて見たことも聞いたこともありませんよっ」
「いやぁ、なんか危ないかなって思ったら咄嗟に」
「治るまではISに乗るのは禁止ですっ」
「そういうわけにもいかないよ。篠ノ之さんとの約束があるんだから」
「約束したのは瞬時加速を教えるという事だけでしょう! 何故彼女を鍛える必要があるんですか?」
「鍛えておいて損はないよ。彼女は篠ノ之束の妹だ。弱ければ何も守れない」
そういう厚一の顔は少し陰りを見せた。自分の所為で母の人生をめちゃくちゃにしてしまった。
だから誰かの未来の為に頑張れる存在になることを決めた。
ならば彼女の手を離すわけにはいかないのだ。差し出された手を掴んだものの責任なのだから。
「あなたはバカです」
「そうかなぁ」
廊下を歩きながらそう会話をしつつ、いったん部屋に戻るという簪と別れ、厚一も自分の部屋に入った時だった。
「っ、ぅぅっっっ―――ッ!!!!」
今まで我慢していた痛みが、ひとりになったことで襲い掛かり、胸を鷲掴みにして耐える。
外傷と違って内臓的なダメージは我慢できる様に人間は出来ていない。
今までとなりに簪や、目の前に一夏たちも居たために我慢していたが、ひとりになって緊張感も解れ、我慢も限界だったのが一気に襲ったのだ。
「はぁ、はぁっ、くっ…」
制服が皺になるのも構わずに胸を握りしめ、痛みを耐える。
「この程度の痛みに、身体が耐えられないなんて…っ」
しばらく痛みから遠ざかった所為だろう。
切り刻まれる痛みの方が余程痛かった記憶がある。
「…………よしっ」
痛みを閉じ込めて立ち上がる。もうそろそろ鈴が来てもおかしくはないし、簪も来るだろう。或いはセシリアがお茶を飲みに来るかもしれない。
その時部屋のドアがノックされた。しかし今までに聞いたことのないノックだった。
「はい」
返事をしてドアを開けると、銀髪の髪が映った。視線を下げれば黒い眼帯と、切れ目の瞳。
「君は」
「医務室に行ったらしいが、まともな治療も出来んのかこの学園は」
そこには厭きれと怒りが見え隠れした。
そして何かの錠剤が入ったプラスチックの箱を渡された。
「治療用ナノマシンの服用剤だ。あの程度ならば2錠服用すれば治るだろう。それはお前にくれてやる」
「なんで…」
「私の顔を殴る者は居たが、引っ叩いた奴はお前が初めてだ。つまらんことで勝負が預けられるというのは癪に障る。万全の状態で私はお前を倒す。ただそれだけだ」
そう言い残して、ラウラは去って行く。
「待って」
その背中を、厚一は呼び止めた。
「この借りは、トーナメントで必ず返すから」
「ああ。楽しみにしている。速水厚一」
振り向いたラウラと厚一の視線が交差し、数秒間見つめ合うものの、その間に剣呑な空気はなく、今度こそラウラは去って行き、その背中を厚一は見送った。
◇◇◇◇◇
くつしたは至高である。
「ビバクツシタ、ビバクツシタ!」
パンストなど足元にも及ばぬ。
くつしたはその耐久性によって蓄積される潜在的な香りを内包し、それが使用済みの直後に盗まれることによって永遠の芸術へと昇華するのだ。
「まいったわね。最近委員会の監視が厳しくなってる」
「速水さんの部屋はともかく、織斑君の部屋は生徒会も見張ってるから無理だよ」
「だからこそ盗む価値があるのよ。だれも破ったことのない包囲網を破り、そして至高の靴下を手に入れるのよっ」
「ソックスリバー…」
「はい。残念でした。ご愁傷さま」
「っっ、生徒会!?!?」
「逃げるよ、ソックスホーク!」
「あ、待ってっ」
「お姉さんから逃げられるかしらねぇ」
水蒸気爆発によって行く手を遮られるふたりのソックスハンターであるが、ソックスリバーはその走る勢いのまま跳躍し、人が触れれば火傷では済まされない程の水蒸気を飛び越えた。軽く10mくらいの高さである。
そしてソックスホークは壁を斜めにとはいえ駆け上がり、更には壁に突き出ている照明を足場に跳躍し、十数mの高さを物ともせずに着地し、暗闇へと姿を消した。
「なにをしているの! 呆けてないでハンターを追いなさいっ」
その号令と共に風紀員会の精鋭が飛び出していく。
今日もまた、世界の暗闇ではソックスハンターと風紀委員会の闘争は人知れずに繰り広げられた。