Fate/stay night 【select the fate】 作:柊悠弥
美綴ルートです。本編はセイバーを呼び出し、バーサーカー戦を終えた次の夜。士郎とセイバーが新都を探索しているところから始まります。
第1話 『分岐点』
人々は本来無理解を拒み、爪弾きにする傾向にある。
怖いからだ。理解できないモノが身近にあり、自分に牙を向いてしまうかもしれないから、と。
出る杭は打たれるという。自衛のために、今にも牙を剥くかもしれないソレらを殺し、地の底に埋めて、見なかったことにするのだ。
唾と暴言を吐き捨て、暴力を繰り返すその姿こそが怪物だということに気づかずに。自分たちがその『無理解』に足を踏み入れているのだと気づくコトなく、歩みを進めていく。
────嗚呼、世の中はこんなにも壊れ果てている。
こんな世界はおかしい。間違っている。
けれど、そんな壊れ果てた世界は案外丈夫で、あたしなんかの手には負えないモノだった。
壊れているのに、世界は正常に回っている。
しかしそんな世界を変えようと、切り捨てられたものに手を伸ばそうとするモノが居た。
正義そのものに想いを馳せ、そして執行しようと血を吐き叫ぶ者がいた。
人々はソレを異常だと笑うだろう。人々はソレをありえないと吐き捨てるだろう。
……違う。違うんだよ。アイツは、
「俺は、正義の味方になりたかったんだ」
アイツは、人並みに何かを求めて、必死に食らいついて、人並みに何かを目指しただけの普通の人間だったのに。
こんなにも弱く、あんなにも強く、あんなにも醜く、美しいモノだったのに。
────これは、正義の味方が、切り捨てることを覚える物語。
そして、少女が傀儡をホンモノだと認める、物語だ。
◇◆◇
辺りには闇が満ちていた。
静まり返った街は不気味さを孕み、そして目の前の光景はソレを駆り立てている。
組み合う2人の女。紫色の長髪と、茶色の短髪。後者はもうこの二年で見慣れたものだが、見る見るうちにその高飛車な雰囲気は失せて行く。
「ッハハ……! 無様だな
その事実が僕を高揚させた。興奮で顔が熱くなって行くのがわかる。
ソレに反比例するように美綴の顔色は悪くなっていき、血の気というものが消えて行く。
いつもは生意気を吐き捨てるその口も、今は無様に呼吸を繰り返すだけだった。
「やめ、なよ……こんなことしたって、」
「あぁ? なに、聞こえないな。ライダー、もっと吸ってやれよ。コイツ死にたいんだってさ」
これでもまだ無駄口を叩く余裕があるんだからムカつくんだ。なんでこんなにタフなんだよ、コイツは。
僕に立てつくその視線が、その言葉が、全てが気に入らなかった。本当に。心の底から。
思わず漏らした舌打ち。ソレと同時に、
「おい、おまえ。そんなところで何してる」
聞き慣れた声が、響いた。
振り返る。ゆっくりと、冷たい視線を向けた、その先。
建物の陰に、見慣れないやつを連れた友人が────衛宮士郎が、立っていた。
「やあ、衛宮。奇遇じゃないか」
「……質問に応えろ慎二。こんなところで何をしてるって訊いてるんだ」
衛宮は変わらぬ声音で、眉間に目一杯シワを寄せている。きっと僕の行動が気に入らないんだろう。正義の味方、とか素で言っちゃうようなやつだからな、コイツは。
「見てわからないのかよ。食事さ。僕のライダーはお腹が空いてたみたいだからね……オマエのサーヴァントも一緒にどうだい?」
衛宮の隣で見慣れないソイツが、おそらくサーヴァントと思われるソイツが、不可視の何かを構えるのが見えた。
にしてもまだ食事は終わらないのか。何かを呑み下す音と、吸い上げる音。それだけがひたすら続き、ライダーは美綴の首筋から口を離す気配はない。
「はーぁ、オマエがノロマなせいで衛宮なんかに見つかっちまったじゃないかよ。なあ!!」
それが不快で不快で仕方がなくて。そのノロマなところが
瞬間、その雰囲気が一変する。
静かに食事を繰り返していたライダーと、その餌に過ぎなかった美綴。その二人は同時に目を見開いて、美綴が悲痛な叫びを上げ始める。
思わず離れるライダーと、地面に蹲って頭を地面に擦り付ける美綴。コイツのこんな悲鳴は、初めて聞いた。
「い、いだ、いたい────」
「おい慎二、美綴に何をした!!」
衛宮の問いかけなんかには応えてる暇はない。だって、僕だってわからないんだ。
これはヤバい。まずい。そんなのは僕にだってわかる。だから一目散にライダーを連れて駆け出した。
「く、くそ。僕はなにも……」
美綴の悲痛な叫びを背中に、必死に言い訳を繰り返しながら。
◇◆◇
「美綴!!」
逃げ出した慎二を追いかける暇はない。とりあえず蹲る美綴に駆け寄って、その体を抱き上げる。
呼吸が荒い。体からは俺でもわかるほどの濃密な魔力が溢れ出し、ひと目であまり────いや、かなり良くない状態だとわかる。
「……マスター、そのままではその者の命が危ない。とりあえず教会に連れて行ってはどうでしょう」
駆け寄ってきた少女、セイバーが不可視の剣を構えたまま、冷静な声で提案をしてきた。
こう言う時に彼女はすごく助かる。俺は非常事態に慣れてないし、すぐ気が動転しちまっていけない。
「そうだな、とりあえずは教会に。あの神父がなんとかしてくれるかもしれない」
自分にできることはない。その不甲斐なさを噛み締めながら、教会を目指して駆けていく────。