Fate/stay night 【select the fate】   作:柊悠弥

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第10話 『涙』

 押さえ込んだ腹部から、とめどなく血液が溢れ出ている。

 呼吸が浅い。なんとか大きく繰り返そうとするも、腹部に空いた大穴が邪魔しているようだった。

 

「ふ、ぅ、っ、っ────」

 

 ゆっくり、ゆっくりと治癒の魔術をかけていく。

 魔力源に配慮する必要はない。この柳洞寺から無限に魔力を組み上げる術式を組み上げてあるからだ。

 ……しかし。

 

「……まさか、術式まで破壊されるなんて」

 

 それも、もうじきに終わる。

 辺りを見回せば、視界に映るのは変わり果てた柳洞寺だ。あちこちに転がる地面だったものと、術式だったもの。ついでに住民はとっくに避難済みと来た。周到すぎて頭にくる。

 寸分の狂いもない、完璧な私への攻撃と逃亡。これは、少し厳しい戦いになるかもしれない。

「キャスター、無事か?」

 ふと、声が聞こえた。

 境内へと続く、長い長い階段。そこを駆け足で上がって来たのは私のマスター────宗一郎様。

 いつもの無表情が顔にはりついているものの、その奥からは心配しているのか、不安の色が若干見て取れた。

「ええ、平気です……しかし、アサシンを倒されたばかりか、結界まで壊されてしまいました……」

 どんな方法を使ったかはわからない。けれど、おそらくアサシンを倒したのはアーチャーかランサー(あのどちらか)だろう。これから用心しなくてはいけない。

「……そうか。戦力に問題は?」

「正直、問題しかありません。ランサーとアーチャーが手を組んだようでした」

 ここで見栄を張っても仕方がない。正直、これから勝ち上がるのは難しいだろう。

 新しい工房を確保し、そして……おそらく、新しい仲間も必要だ。

「……でも私がどうにかします。マスターは、いつも通りに生活していてください」

 ……そう、私がどうにかしなくてはいけない。どうにか、しなくては。

 この人を巻き込んだのは私なのだから。

 

「そうか。わかった」

 

 振り返り、寺院に向かって歩みを進めて。背中に我が主の声を聞く。

 その声は何処か、ほんの少しだけ、不安に揺れている気がした。

 

 ◇◆◇

 

 マスターに会わせたい。

 柳洞寺を出たランサーはいつものニヤケ顔でそう言うと、私たちを先行するように歩き出した。

 足を進めるペースが遅いのはきっと、疲れている私に配慮してのことだろう。

 しかしまあ、停戦協定────別陣営との協力。最初は衛宮くんの所としよう、なんて考えていたものだけど。戦力的な不満はないか。

「けど意外だったわ。貴方のほうから、協定を申し出てくるなんて」

 あくまでもイメージだけれど、ランサーは何処か一匹狼を好むような印象があった。

 私の言葉を受けてランサーは振り返り、いつものニヤケ顔で、

「いやな、マスターも気が変わったらしくてよ。この聖杯戦争は色々と可笑しいだとかなんとかで」

「色々と、ねえ」

 確かにこの聖杯戦争はおかしい。

 前回の聖杯戦争────第四次聖杯戦争から、まだ十年しか経っていないのだから。聖杯が願いを叶えるのにあたって、必要な魔力は足りないはずなのに。

 色々と、なんて言い方をしたからにはランサーとそのマスターは他の『異常』と呼ばれるような要素を見つけているのかもしれない。対面した時に情報を共有しなければ。

 なんて物思いに耽りながら進んでいくのは、私のよく見慣れた道。

 心臓破りの急激な坂を登り、まさか、なんて気持ちを私の胸に抱かせながら、ランサーの足取りはまっすぐに。

 見えてきたのは冬木教会だ。私の、あまり会いたくない相手がいる場所。

 ランサーはゆるりと教会の扉を開いて、

 

「よく来たな、凛。……いや、アーチャーのマスター、とでも呼ぶべきかな?」

 

 ……こういう時の嫌な予感というのは的中するものだ。

 教会の、祭壇へと続く長い道。そのど真ん中に、見慣れた……なるべく見たくはなかった姿が、両腕を広げて立っていた。

 名を言峰(ことみね) 綺礼(きれい)。この冬木教会の神父で、冬木で起きている聖杯戦争の管理者。

 

「……なるほど。アンタがランサーのマスターだったワケね」

 

 ────それから、ランサーのマスター。

 正直、予想していなかったというワケではない。この男は前回の聖杯戦争に、ひとりのマスターとして参加しているのだから。

 ……私の、父親と一緒に。

「だったらなおのこと意外だわ。アンタが、私と協定だなんて」

 そう、最初にぶつかり合った時から姿を見せなかったのは、おそらく『管理者でありマスター』という利点を通すためだろう。綺礼の好みそうな戦略だ。

 でもその利点を潰してまで、私に協定を申し出てきた。つまりは、それだけの理由があるということだろうし。

「……おや、凛。まだ知らないのかね」

「知らないって、何がよ?」

 一瞬、小さく目を見開いてから、綺礼はいつものムカつく笑みを浮かべる。

 くつくつと数秒笑いを漏らした後、「いや、」なんて前置きをして、

「知らないのならいい。さて、凛。次なる目標は?」

 ……これがコイツのムカつくところだ。本当に、本当にムカつく。

 で、次の目標ときたか。アーチャーの傷を治さなくちゃいけないのが、一番ではあるけれど。

「……あれで、もうキャスターは身動きがしばらく取れないはず。そこを叩くのもいいけど、まずはバーサーカーが優先かしら。アーチャーとランサーなら、倒せるかもしれないし」

 セイバーは、後回しでもいい。なんなら、他のメンツと戦って弱っているところを叩いてもいいくらいだ。そこまでしないと倒せない────そう思わせられるほどの迫力が、彼女からは感じられた。

 戦力は蓄えた。なら、バーサーカーを叩くべきだろう。

 アイツは、一筋縄ではいかない。早めに倒しておかなければ。

 

 ◇◆◇

 

 かち、かち、かち、と。秒針の音だけが部屋に響いている。

 居間にいるのは美綴と、セイバー、桜、俺。

 そして、それに囲われるように座り込んだライダーの姿だった。

 バイザーで隠れているものの、ライダーの表情は浮かないとわかる。その表情が、ことの深刻さを表しているようだった。

「……申し訳ありません、アヤコ」

「いいって、気にしないでください。……これは事故なんだし」

 首筋を抑えながら苦笑いを浮かべる美綴と、頭を深く下げるライダー。

 結論から言うと、美綴はライダーでは治すことができなかった。体を侵しているライダーの魔力は、既に深く美綴に染み付いてしまっている。

 ……わかってはいた。わかってはいたさ。それでも、だとしても。胸が痛む。

「体調は大丈夫か、美綴? つらくなったらいつでも言うんだぞ」

「ん。衛宮もありがとね……今はだいぶ、落ち着いてる」

 美綴の言葉に、おそらく嘘はない。それでも言葉の節々が震えていて、ほんの少し無理をしていることはわかる。

「……今日はもう、休むから。迷惑かけてごめんね、桜、衛宮……」

 一瞬、美綴の視線がセイバーに向く。

 セイバーはと言うと、視線すら合わせず、正座をしたまま静かに瞼を閉じているだけ。

 

『もうアレは助けることができない────だというのなら、』

 

 ……あの時の美綴に向けられた殺気と、言葉。ソレは、強く俺の脳裏にまでへばりついている。

 だとしたら、美綴は。ソレを向けられた本人は、どれほどショックだったんだろう。決して、忘れることはできないものだったんだろう。

 数度、何かセイバーに言おうとしたのか口を開いて。息だけを漏らし、諦めたように居間を出て行く美綴。

 その背中になんと言葉をかければいいのか。そんなことはわからぬまま、美綴を追いかけるように居間を出た。

 廊下に、俺と美綴の足音だけが響いている。

 美綴、なんて名前を呼んでやることすらできずに。ただひたすら、無言で。

 何時間にも感じるような、突き刺さるような無言が続いて、気がつけば美綴に貸している部屋の前に辿り着いていた。

 いつも生活している『本館』から少し離れた、『別館』の一室。和風で統一してある本館に対して、何処と無く洋風な雰囲気を受ける部屋だ。

「……美綴」

 ようやく、振り絞るように名前を呼ぶ。

 部屋の扉に手をかけていた美綴はゆっくりと振り返り、一瞬見えた沈んだ表情を、すぐにいつもの柔らかい笑みへと変えて。

「なーに、衛宮」

 胸が痛い。肺のあたりが焼けるような感覚がする。

 もやもやと、蟠っていく何か。このままではいけない、という気持ちだけが俺の中ではっきりしている。

 このまま何も言えなければ────このまま何も言わなければ、美綴は何処か遠くへ行ってしまう。そんな気がして。

 

「……無理、するなよ」

 

 やっと絞り出せたのは、そんな月並みの言葉。でもそんな言葉ですら、美綴の感情を揺さぶったらしい。

 

「……無理、なんて」

 

 唇を噛み締めて、肩を震わせて、美綴は静かに否定する。

 無理なんてしてない。自分にそう、言い聞かせるように。

 

「……そんな不恰好な笑顔浮かべておいて、無理してないなんて嘘をつくのはやめろ。つらいのなんて、当たり前なんだから」

 

 そう、当たり前。当たり前のはずなんだ。

 つい最近まですぐそこにあったはずの日常が、今は手を伸ばしても届かない。気がつけば自分だけが、何処か遠いところに取り残されているんだから。

 

「でも、また衛宮たちに迷惑をかけるし……」

「いいんだよ、迷惑なんていくらでもかけて。俺も────きっと、桜も気になんてしない」

 

 そう、だからいくらでも頼ればいい。我慢なんてすることはない。

 手を伸ばしても『日常』に手が届かないのなら、普通ではない者(魔術師)に、近しい者にしがみつけばいい。

 

「我慢なんて、しなくていい」

「────、────」

 

 それが、決定打だったのかもしれない。

 溜め込んだ涙が美綴の瞳から流れ出し、強く握りしめた拳で、自分の腿を叩いて。

 

「……嫌だ。死にたく、ない」

 

 振り絞るように、言った。

 

 死にたくない。嫌だ。繰り返し吐き出される弱音は止めどなく、俺に向けられた視線は涙に濡れ、揺れている。

 そんな俺に、できることがあるとすれば。

 

「……ああ、当然だ。だから、美綴」

 

 そっと、握りしめられた美綴の手を取り、そして、

 

「俺の血を吸え」




お久しぶりです。あけましておめでとうございます。
私ごとではありますが、とうとう前回のコミケ────C95にてコミケデビューをしました。いぇーい。
それにあたって前まで書いていた作品、Gluhen Clarentの更新を「本当に気が向いたら」なんて位置付けにさせてもらいます。ごめんなさい。
加筆、修正したいところが多すぎて。それに、冬コミでこの作品を本にさせていただいたところが理由としては大きいと思います。何卒ご理解お願いします……。
ただ、こちらの作品は最後まで駆け抜けさせていただく所存です。これからも付いてきてくれたらな、なんて思います。

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