Fate/stay night 【select the fate】   作:柊悠弥

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第11話 『溶け混じる赤い命』

 広がっているのはただひたすらの暗闇。頼りにする明かりは一切なく、本館から離れているせいで桜たちの話し声すら聞こえてこない。

「……衛宮」

 そんな静寂と暗闇の中、控えめな声で名前を呼ばれた。

 思わず肩を跳ねさせながら、『ここにいる』と主張してやるように、震える美綴の手のひらを握って。

「どうかしたか?」

「本当に、いいの?」

 投げかけられた問いに、頷きだけで応えを返す。

 すると布が擦れる音が数秒続いて、俺の身体に暖かさと、ほんの少しの重みがのしかかってきた。

 女の子独特の柔らかさと、甘い匂い。そして首筋にかかる、戸惑ったような息遣い。

 暗闇の中でも、美綴の視線が俺の首筋に突き刺さっているのがわかる。

 

「良いよ。でも、ちょっと待ってな」

 

 言って、ゆっくりとシャツを脱ぎ捨てる。このままじゃ首筋を邪魔するだろうし、シャツを血で汚しちゃいけない。

 その間も美綴の喉からは息をのむ音が聞こえて、思わず小さく笑みを漏らす。

 とうとう露出した首筋。そして、

 

「────、っ、」

 

 どうぞ、なんて声をかける前に。首筋に、小さな痛みが走った。

 吸血種になった影響か、普通の人間より鋭い犬歯が、俺の肌を貫く。

 同時に身体から何かが抜けていくような感覚がして、ふわり、と、何故か宙に浮いているような錯覚を覚えた。

 

「は、っ────」

 

 小さく息が漏れた。別に痛みを覚えているわけではない。自然と、口から抜け落ちるような小さな吐息。

 そんな吐息をかき消すように、部屋には生き血を啜る音が響く。

 

 じゅる、ずず、ず。

 

 首筋へと這う舌。唇は執拗に傷跡に吸い付いて、ぞわりぞわりと背中に震えが走った。

 

「ぁ……っ、は」

 

 身体から大事なものが抜け落ちていく。それこそ『生命』そのものが奪われ、そしてすぐさま補填されていく。

 身体に害のある行動。その筈なのに、何故か身体は快感を覚えていた。

 血液と一緒に力が抜けていく。自分というものが溶けてしまいそうで、美綴の身体に抱きついた。

 肉体の柔らかさを貪るように。荒げた呼吸を押し殺すように、こちらも美綴の首筋へと顔を埋める。

 それでも美綴の行為は止まらない。身体が、内側から蹂躙されているような不思議な感覚。

 

 溶けていく。肉体も、中身も、美綴とひとつになるように。

 その快感に、まるで────、

 

「……衛宮」

 

 ふと名前を呼ばれて、首筋から顔を上げる。

 すっかり夜闇に慣れた瞳は、すぐそこにある美綴の顔を捉えた。

 口元に付着した血液を舌で舐めとり、俺の目をまっすぐに見つめるその瞳は、潤んで小さく揺れている。

 赤く上気した頰と、呼吸に合わせて上下する肩。その全てに、俺の中の何かが疼いて────。

 

「も、もう終わり! あたしは、もう平気だから」

 

 美綴に突き飛ばされる形で、身体を離して。ふわふわと浮いたままの意識を正常に戻すために、首を大きく横に振る。

 ……正直、どうかしてた。ただの吸血行動に、ここまで何もかもを持っていかれるなんて。

 気まずい沈黙が流れる。その沈黙をどうにか誤魔化すようにTシャツを着なおし、小さく息を漏らして。

「もう体調は平気か、美綴?」

 なるべくいつも通りを心がけながら、美綴に問いを投げた。

「あ、うん。おかげさまで……なんというか、いつも通りに戻った感じ。ありがとね、衛宮」

 そう応える美綴は早口で、頰にもまだ赤みが残っているのが見える。

 

 ……まだ見つめていたい。そう思う自分をどうにか押し殺し、数度会話を交わして部屋を出た。

 

 正直、その会話の内容は覚えていない。廊下に出た途端襲った寒さですら俺の頭は冷えることなく、悶々とした気持ちを抱えたまま、自分の部屋へと駆けていく。

 

「……ちくしょう、なんだったんだよ」

 

 あのまま、あの場に居座ったら俺はどうなってしまったんだろう。

 恐怖ともなんとも取れない感情を、胸に抱えながら。

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 意識が蝕まれている。記憶もあやふやで、自分が今どこにいるのかすらわからない。

 かろうじてわかるのが、今(じぶん)(じぶん)であること。

 あの日、あの瞬間からかなりの時間が経った気がする。それでも机の上に乗ったデジタル時計は、だった一日しか経過していない、と、無慈悲に告げていた。

 僕の中に僕じゃない誰かがいる。だってのに、不思議と身体は重くなるわけじゃなくて、前よりも軽くて歩きやすい。

 足取りはふわふわと、何かに浮かれたように落ち着かない。

 

「……いや、違う」

 

 そうだ。『何か』なんてそんな曖昧な理由じゃない。

 

 僕の身体に根付いた、かつてはなかったもの。

 血液と同じく流れている、魔力の息吹。

 その全てに僕は、興奮を覚えているんだ。

 

「僕は、とうとう魔力(ちから)を手に入れた────!!」

 

 その事実に、興奮している。歓喜している。

 これでようやく、僕だって、みんなに────・・・・。

 

 ◇Interlude out◇

 

 夢を見る。

 頰を撫でる熱を孕んだ風と、散っていく命の匂い。

 煤の混じった空気は呼吸を奪い、肺は助けを求めるように浅く呼吸を繰り返す。

 苦しい。そんな感覚すら、もう覚えなくなってしまっていた。

 この夢は俺の日常だ。諦めきった、過去の記憶。何度も何度も見た光景。

 でも今日は、ひとつだけ違うところがあった。

 崩れていく町並みを歩いていく俺の足。

 その視線の先には、白い髪の少女が佇んでいる。

 

「────、────」

 

 発した言葉は聞き取れない。その言葉を聞こうと、前へ、前へ。

 

「シロウは────」

 

 前へ、前へ、前へ。重たい足を運びながら、必死に耳を傾ける。

 

「シロウは、本当に正義の味方になりたいの?」

 

 目を覚ます。見開いた目はいつもの天井を捉えて、起き抜けからフル稼働していた肺を落ち着けるように、長く、長く呼吸を繰り返し。枕元の時計で、時間を確認した。

「……朝、か」

 なんでもなしにそんなことを呟いて、布団からのそのそと立ち上がる。習慣というのは恐ろしいもので、悶々としたまま眠れなかったくせに、身体はいつもと同じ時間に活動を開始しやがった。

 未だに胸の奥底に動揺と、昨日の夜の快感が残っている。

 それでもいつも通りに。朝食を作って、学校に行って、それで────。

 

「……こんな戦いは、終わらせる」

 

 たくさんの人が傷つく非日常を、終わらせなければ。

 手早く着替えを終えて、居間に向かう。少し寝坊をしてしまったし、日課の鍛錬は今日は休み。夜の分の鍛錬を少し長引かせればいいか、なんて自分の中で納得しておく。

 何より朝食の方が大事だ。朝食を取る仲間が増えたワケだし。

 

「おはよう」

 

 居間へと足を踏み入れて、先に朝食の準備を始めていた桜に声をかける。

 桜は包丁を片手に緩く振り向き、いつもの柔らかい笑顔を向けてくれた。

「おはようございます、先輩。もう少し寝てても良かったんですよ? 昨日は忙しかったんですし」

「そういうワケにいくか。衛宮邸の台所を任されてるんだ。仕事はしっかりこなすよ」

 そんな会話を交わしながらエプロンを手に取り、視線は机の周りへ。すでに美綴が席についていて、セイバーの姿は見えない。たぶん道場にいるんだろう。あとで呼びにいってやらないと。藤ねえが来るのはもう少し後か。

 

「ぁ……」

 

 視線が絡み、一瞬美綴の頰が赤く染まる。きっと、昨日のことを意識してしまっているんだろう。

 ……そんな顔をされると、俺までつられて気まずくなっちまうんだが。

「おはよう、美綴」

「ああ、おはよう……衛宮」

 なるべく意識をしないように。いつも通りを心がけて、挨拶を交わす。ほんの少し声が上ずっていたのはこの際気にしない方向で。

 

 そのまま、いつも通りの風景が過ぎ去っていく。

 

 桜と俺が朝食を作って、今朝は天気がいい、とかどうでもいい話をして。桜がまた腕をあげた、なんてほんの少し誇らしく思ったり。

 そんな日常を遮るように、インターホンが鳴った。

 ピンポーン、と響く機械音。藤ねえならそんなもの鳴らさず自分の家のように入って来るだろうし、きっと別の誰か……新聞勧誘にしては時間が少し早すぎる。

「出て来るよ」

 とりあえず担当していた味噌汁のコンロの火を止めて、エプロンを外しながら小走りで玄関へ。

 ガラリ、と扉をあけてやると、見知らぬ男がそこにはいた。

 ……いや、男と言うより『男の子』だろうか。知り合いの誰かに似ているような、そんな既視感を覚える。

 

「キミは」

 

 記憶を手繰り寄せながら、思わずその子に問いを投げる。脳裏をよぎった既視感は、案外身近なソレで。

 

「……俺は美綴 実典(みのり)────美綴 綾子の弟です。ねーちゃんを、返してもらいに来ました」


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